無料ブログはココログ

本の紹介

« 幹から、樹下から芽生え | トップページ | Yahoo!「巨木のチェンソーアートが……」を書いた裏側 »

2014/05/25

『山林』の「木の文化」は持続可能か?論文

『山林』5月号に、

木の文化は持続可能か? 伝統文化継承における森林・林業の役割
という論考が寄稿されている。
 
筆者は、峰尾恵人・京都大学大学院の学生である。
 
実は、私は筆者と会ったことがあり、その際に本記事の内容についても紹介を受けている。そこで改めて読み返しつつ、ちょっと感じた感想や、異論を提起したい。これがディスカッションのきっかけになれば面白い。
Img002

内容をここでつぶさに紹介する余裕はないが、大径・長大材資源の問題がテーマだ。
それは寺社仏閣など歴史的建造物に使われている木材の調査から浮かび上がった日本の森林資源の変遷と、将来への危機感である。
 
 
長大材の変遷をたどると、古代よりヒノキ材が多く、江戸時代に入るとケヤキ材が増える。明治以降はタイワンヒノキが使われだしたのの、戦後はRC造に変わる。しかし再び木造回帰する中で、ベイヒバ、それにアフリカ材も求められるようになった……という流れだ。
 
 
そこから浮かび上がるのは、一つの長大材資源が枯渇する度に別の樹種に移り、それも遠隔地の材を求めてきた事実だ。
 
同時に、いまや「木づかい」の時代だと吹聴され、日本は「木余り」状態のように喧伝されるなか、実は長大材は枯渇している点を突いている。
 
今後さらに木造の大建築物の需要が増す可能性があるという。
 
とくに問題は、天守閣の復元ラッシュが起きかねないのだとか。主に戦後のRC造の復元城郭が、そろそろ耐用年限が近づくなか、再び復元するとしたら、もはやRC造は認められなず、木造に向かうとされる。
たしかに本丸御殿を復元した名古屋城は次に天守閣の木造化をめざしているし、駿府城、江戸城の復元構想まである。ほかにも金沢城の御門の修復や何かと復元ブームなのである。
 
一方で、神社仏閣の復元も進んでいる。東本願寺、西本願寺の修復に加えて、奈良の興福寺も金堂の建設が進められている。これらには大径木で長大な木材が使われるのだ。
 
この調子だと、国内どころか世界的に少なくなった長大材を、日本が根こそぎ持っていきかねない……。
この点については、まったく同意見だ。木づかいと浮かれている場合ではない。
 
ただし筆者の前提というか立ち位置は、いかに長大材を育てるか、に向かっている。
「合わせ柱や集成材の使用は最善策ではない」
「集成材(エンジニアウッド)は木ノ癖を殺してしまい、木の文化とは正反対」
という考え方だ。
 
さて、ここが疑問だ。
無垢の木、長大材を使うことが、本当に最善の木の文化か?
集成材とは、木の癖を殺さないとできないのか?
 
大径木を使う建築とは、大雑把に言って、木の重みで構造を支える仕組みである。強度も木の太さで稼ぐ。正直言って、高度な構造技術と思いにくい。加工技術としても高くない。
 
たとえば大口径の柱1本立てるより、その柱材を2本3本、いや6本8本に割って組み合わせた方が構造としては強くなるのではないか。
また歴史的建造物も、時代ごとに新たな技術を取り入れて修復してきたのではないか。
 
今の法隆寺には古代にはなかった貫が入っているし、東大寺の大仏殿は小屋組構造が変えられイギリス製の鉄骨を入れたのも、修復時点での最新技術による改造を目指したのだろう。平城宮の復元大極殿だって、ゴム製の免震基盤を備え、裏には合板による壁構造を設えている。
 
何も寺社建築を鉄骨にしろとは言わないが、技術の粋を集めて細い木を利用した素晴らしい建築をめざすことも「木の文化」を発達させることにはならないだろうか。
 
そして今の集成材は、接着剤を使うため長期間の持続が心配されているが(それでも100年くらいは保証されているらしい)、新たな接着技術の投入だって考えてもよい。たとえばリグニンによる木質接着剤なんて可能性もあるだろう。
そこには「木の癖を生かした集成材」もあり得るのではないか。
 
……と、まあ、そんなことを考えたのである。
 
どうだろう、『山林』編集部さん、紙上で「木の文化の持続」に関する論争やりませんか(笑)。
 
 

« 幹から、樹下から芽生え | トップページ | Yahoo!「巨木のチェンソーアートが……」を書いた裏側 »

書評・反響」カテゴリの記事

コメント

田中様
お世話になります。
先日、木構造の先生と話をしました。先生は、これから市場に出廻る(と思われる)杉の大径材について危惧されていました。芯去り材で横架材を製材した時に強度がでないのでは・・・。と言う心配です。勿論、上下に外皮に近い辺材があれば問題はないのですが・・・。
さて、林業者も製材業者もこのお話についていける方が何人いるでしょうか?建築業者もそうですね。

スギ材を横架材に使ったら、あまり強度は期待できないかもしれませんね。でもトラス構造にしたら? とかいっそラーメン構造は? などと素人的に考えてしまいます。
まあ、それは専門家におまかせしますが、ここでいう大径木材というのは、どの程度の太さでしょう。寺社建築や天守閣に使えるほどの太さでしょうか。おそらく、その域には達していないのではないように思うのです。

こんにちは。
ご無沙汰しておりました。
わざわざ取り上げていただきありがとうございます。
大変光栄に思います。

再反論させていただきたいところですが、続きはWEBで、ならぬ続きは誌上で、となることを期待してここでは控えさせていただきます(笑)
山林編集部様、私も論争の準備はできております。

「山林」編集部の方、読んでいますか?(笑)

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/36391/59702533

この記事へのトラックバック一覧です: 『山林』の「木の文化」は持続可能か?論文:

« 幹から、樹下から芽生え | トップページ | Yahoo!「巨木のチェンソーアートが……」を書いた裏側 »

2017年5月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

森と林業と田舎