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2014年6月

2014/06/30

金融ディリバティブと林業

今では古い話になってしまったが、2007年にアメリカでリーマン・ショックが起きたのは、サブプライムローンの破綻だった。

 
サブプライム……覚えているだろうか。
私も詳しくは語れないが、ようするにプライムレベルの市民ではなく、どちらかと言えば低所得者層を指す。そして彼らに金を貸し付けて、バンバン消費を煽った挙げ句に破綻して焦げついたのだ。それが証券会社リーマン・ブラザーズを追い込んだわけだ。
 
で、このサブプライム層に、なぜ金を貸し付けられたか。そこにディリバティブとよばれる金融商品があった。
 
でもって、これを説明するのが目茶苦茶難しいのだが(私だってよくわかっておらん)、思い切り簡略化すると、金融債権の要素を細分化して、リスク部分を分離して、それだけを集めたまた別の金融商品をつくる……ようするにリスクの飛ばしだ。リスクを切り離した債権は買い手がつく。リスクを集めた商品は、利息を高くするなど別の操作で買い手を見つける……ま、こんなところだろう。(間違っているかなあ。)
 
これで金融証券界は上手く回ると考えたのだから凄い。
 
案の定、破綻したわけだが、私はむしろ注目した。だってリスクの高い部分を分離して別の商品にしたら買い手がつくんだ。儲からない分野も、買い手がつく商品に化けさせられるんだ。。。。
 
何が言いたいかわかりますね?
 
そう、林業も儲からない、長期のリスクが高い等言われているが、ディリバティブの手法でリスクを切り取る商品にできないか。と考えたわけであります(笑)。
 
誰か金融工学に長けた人が考えてくれないだろうか。
 
もっとも、分野は多岐にわたる。林業界だけではなく、製材合板から製紙、そして建築からリサイクル事業まで全部通して設計しないといけない。
 
40年間に台風が何回直撃するかなどリスクを数値化してもいい。
たとえば立木と住宅ローンを組ませた証券をつくれないか。住宅ローンの中に林業を組み込めば、木材の売り先や製材コストを織り込める。本の木を無駄なく全部使い道を決めて金に変える。それに取りっぱぐれがない。
 
ほかにも林地価格と建築費用を反比例リンクさせた商品をつくるとか。
行政の土砂崩れ対策費と造林費をセットにするとか。
土地より大木の所有権を担保にして造林費を借りる方が夢を与えられるかもしれない。
二酸化炭素関連は私はキライだが、多少は使えなくもない。
最後は、墓地にしてお使いください(^o^)。
 
ま、荒唐無稽の方が、乗ってくる人がいるような気がする。当然あるリスクに関しては、広く薄く世間にばらまく。
 
そんなぶっ飛んだことを本気で取り組む人が現れないと、事態は動かないよ。
 
 
 

2014/06/29

Yahoo!ニュース「林業女子へのセクハラ行為?にご注意」の裏側

Yahoo!ニュースに「林業女子へのセクハラ行為?にご注意」の記事を書きました。

いやはや、こんな記事を書くとは。自分でも驚いている(笑)。
気をつかうこと木をつかうこと。

だいたい、文中に紹介したような林業女子の声を聞き出す行為が、一歩誤るとセクハラと言われかねないからねえ。
 
なお、
林業女子と林業女子会は、厳密には区別しないといけない。林業女子は、本当に林業現場で働く女子。女子会は、現場の女子も含めるものの、もっと広く林業を応援している一般の女子のグループと理解している。公務員など林業関係者も後者だ。
 
そして今回書いたのは、前者の林業女子の話である。

2014/06/28

林業番組予備取材~地味な話

先日、某NHKより電話取材を受けた。

 

今度林業を取り上げたいので予備知識を得るための取材だということなので、どの番組なのかは明かさない。どんな内容になるのか、いつ頃放映するのか゛そもそも番組が実現するのか……何も決まっていないのだから。

 

ただ、先方としては今後は林業が成長産業になるのではないか、そこまで行かなくても衰退産業と思われた林業の逆襲、というイメージで企画にしようとしたのだと思う。

 

だから、さまざまな分野の動向を尋ねられたのだが、私の返答はイマイチ厳しすぎたようだ(~_~;)。別にヘンにこき下ろしたわけではないが、「そう期待されても……」というのが私の正直な気持ち。

 

もちろん、いろいろな分野で新しい取組は始まっており、それらは一定の評価はできるのだが、成功している、前途有望、とは言いにくいのが実情だ。実際、壁が見えている。

 

たとえば木材自給率の回復が進んでいるが、これは国産材需要が必ずしも伸びたというよりは、外材が輸入量が減って、しかも木材の消費そのものの減少が比率で見る自給率を押し上げているという数字のカラクリがある。

 

ちょうど平成25年木材需給表(用材部門)が発表された。それによると、木材自給率は28,6%と0,7ポイント上昇したことになっている。また木材需要も供給も増えている。

しかし、これも消費税アップ前の駆け込み需要と円安の影響、それに木材利用ポイントによる底上げと見るべきだ。だいたい外材輸入も増えている。多分、今年度はぽずれも落ち込むだろう。それでも比率的には自給率は上がるかもしれないが。

 

そして国産材輸出にも期待を感じているようだが、すでに21世紀の初めに中国相手に痛い目にあって、今は韓国が堅調ながらもボリューム的には小さすぎる。

 

ちょうど北海道留萌市が韓国にトドマツを輸出したようだ。コンテナではなく船で約1850立方メートル(丸太9000本程度)とあるから、そこそこの規模だ。しかし、定期的に出荷するまでには至っていない。実際問題、韓国の木造住宅市場は狭いから、日本の林業に恩恵をもたらすほどではないだろう。

何より、海外市場ではロシア材はもちろん、米材、欧州材などと競合する。高値は望めないし、日本材の利点が見えない。

 

もちろん私も、いくつか新しい取組は紹介しましたよ。ただ、一発逆転を狙ってはダメだと思う。輸出しかりCLTしかりバイオマス発電しかり自伐に六次産業化しかり。コツコツ多様な分野で積み上げる努力と、それを担える人材育成なくしては持続しない。

 

……こんな地味な話をしたので、企画がボツになってしまうかもしれない(~_~;)。せっかく林業がマスコミに紹介されるチャンスだったのに? そうだねえ。でもNHK記者の某書のように実現不可能なことをそれらしく煽るのはねえ。いや根が真面目なもんで(^^ゞ

 

2014/06/27

逃亡者、もしくは特務工作員

近頃、気が滅入ることが多くて、意気上がらない。

精神的にぐったりしている。ブログを書いたら仕事が終わったような気になる。……コメントに返事付けるのも億劫かも。。。
 
ちょっと気分転換に、森歩きすることにした。
 
例によって、ブッシュをかき分けて進む。尾根に上がると、わずかな道が。測量杭がそこかしこにある。荒れてはいるが、道筋はしっかりしているので、そこをたどることにした。
 
グイグイ登ると、汗が噴き出るし、息が苦しい。だが、おかげで頭の中が空っぽになって何も考えずに済むのが心地よい。それに木々の緑に囲まれていると、やはり癒される。
 
……だが、気になるのは、上空だ。ヘリコプターが飛んでいるのだ。
 
単にウルサイ、ということもあるが、ぐるぐる自分のいる地点の上を旋回しているような動きをするのがうっとうしい。まさか、私を探しているのではあるまいな?
 
上空にエンジン音がすると、思わず木陰に隠れる。気分はもはや「逃亡者」。私は追跡されているのだ。ヘリコプターに見つかると、銃撃されるかもしれん。。。(妄想)
 
いかん。じっとしていたら囲まれるぞ。あわてて、森の中を上空から見えないように移動する。なんとか非常線を突破するのだ。。(妄想強まる)
 
あ、広い道に出てしまった。すぐに次のブッシュに飛び込む。この谷を進んでから右に折れよう。すると、あの谷底に下りられるから、そこから次の尾根に登るのだ。。。。゛

 
ふふふ。この裏山は隅々まで知っているのだよ。私以上に詳しい者はいるまい。そんな簡単に捕まってたまるか。(妄想、非常に強まる)
 
短時間に道なき道をどんどん移動。新たな踏み分け道も発見して、それをたどって北から西へ。アスファルトの上は10メートルと歩かないのがルールだ。
 
ほれ、だんだんヘリコプターも見当違いのところを飛び始めた。うまく撒いてやった。ヘリなど怖くない。早く安全圏に脱出するのだ。この谷を越えれば自由への扉が開かれるのだ。(妄想、かなりヤバイ)
 
とうとう大阪側に入ってしまった。鉄塔を伝うように進む。ところが泥沼に突っ込んでしまった。しまった、罠か。なんの、すぐに脱出してみせるぞ。えいっ、飛び石づたいに乾燥した地面まで走った。靴もズボンもどろどろで、昨夜の雨で濡れた草木から露を吸ってしまった。
 
しかし、先を急ごう。だんだん方向が怪しくなってきた。一体どこに向かっているのか。脱出できるのか?
 
 
いきなり、舗装路に出た。しかし、落葉が積もっている。まったく人気はない。どうやら塞がれた道らしい。これはどこに出るのだ。
 
遠くから、重いエンジン音が響く。キャタピラを踏みしめる音。重機、いや戦車か自走砲かもしれん。 (妄想、暴走中)
 
用心しいしい道をたどるが、舗装されていても草が生い茂っているし、回りは森で何も見えない。下りを進むと、スパッと道は途絶えていた。
あわてて、反対方向に進む。こちらもアップダウンが続く。に最近人が通った気配もない。それなのに、戦車もとい重機の音が。見つかるとヤバイぞ。
 
おっと、また道は唐突に終わっていた。どうする?
このままだとエンジン音の正体がつかめない。敵の正体と動きを探る任務をまっとうするのだ。(妄想、もう止まりません)
 
またもやブッシュをかき分けて進む。逃亡者から特務工作員に変身だ。何、森の中の行軍はお手のものさ。特務工作には欠かせないのだ。敵のアジトを突き止めるぞ。
小高い丘に登った。その向こうから音は聴こえる。見てろ、正体を暴いてやる。(妄想、行き着くところまで行くか)
 
010

見えた! これがエンジン音の正体だ。
 
なんということだ。生駒山の森の中に、こんな広い土地が切り開かれているとは。秘密基地を建設するのだろうか。
 いや、侵略の橋頭堡を築いているのだ。

 
さあ、どうする? このままだと地球は危ない。(危ないのは妄想です)
 
よし、ここで逃げるわけには行かない。
一気に造成現場に飛び出して敵中突破だ。
……とととと、よし、逃げきったぞ。
 
あとは早く、味方にこの極秘情報を伝えることだ。
 
さあ、この道はどこへ通じている?
 
あ、前方に見えるのは……。
013

 
これこそ敵の秘密基地だ。
 
ここにお姫様は監禁されているのか?
(妄想、完全にキレています)
 
 
どこから潜入して、お姫様を助け出すか。そもそも、近づけるだろうか?
しばし、苦吟した結果、お姫様には当分監禁されておいてもらい、私が早く帰ることを優先することに。
 
走る走る。
誰が、何が現れようとも、突破するのだ。
  

あっ。
 
墓地に出た……。地平線まで広がっているような巨大墓地。。。
これこそ秘密基地の正体か。
 
気がつけば、森に入って1時間を超えた。カラータイマーが点滅するぞ。私は2時間を越えて森の中には居られないのだ。(妄想、方向転換しました)
 
……なんとか帰り着きました。山越えの途中、オシゴトの電話が入って、妄想途切れてしまいました(~_~;)。
 
 
ともあれ、身体を動かしてもやもやしていた気持ちを整理しました。明日から、またオシゴトに励みましょう。
 

2014/06/26

奈良のシカ資源

時代小説を読んでいたら、台湾からシカ革を日本に輸出している話が登場した。

 
舞台は江戸時代初期で、まだ鎖国はしておらず、むしろ盛んに御朱印貿易が行われている。そして高山国、つまり台湾に行くと、そこで日本人もオランダ人も、現地人(いわゆる高砂族)にシカを獲らせて革を大量に輸出しているエピソードが描かれている。
そのため台湾から急速にシカが減少し、それが元で部族間の争いも激しくなり……。
戦国の世がまだ明けきれぬ時代だから、鹿革は侍に欠かせなかったらしい。刀に槍に、陣羽織に。でも、日本では十分なシカが捕獲できなくなっていたのだろう。さもないと、あの時代の貿易品になるわけがない。しかし、それが彼の地の生物だけでなく 部族社会にまで影響を与えたとすると。。。
 
シカが増えすぎて困っている現代とはまったく違う状況だったのだ。
 
 
ところで、奈良県でもシカ肉の缶詰を作っている情報を仕入れた。春日大社では「神の使い」として保護してきたシカだが、やっぱり増えすぎて困っている。
缶詰用のシカの狩猟場は、吉野郡天川村だそうである。
 
そこで探してみた。見つけたのは、こんな感じ。
 
 
頑張っているみたいだ。620円なら、ギリギリ買えなくもない値段。
 
しかし、難しいことに挑戦したものである。
シカ肉は狩猟で獲るのだから、安定供給が難しいうえに屠殺方法を誤ると商品価値がなくなる。銃弾が腹を撃ち抜いていたら、もう使えない。そのうえ、直後の血抜き・解体などの作業も大変だ。また肉の量は意外と少ない。体重の数分の1しか、食肉にはならない。
 
缶詰だから生鮮品ではなく、多少は売りやすいが、味を固定してしまう面もある。
珍味、土産物としての取り扱いにならざるを得ないだろう。
 
しかし、昔は絶滅においやりかねないほどシカを獲ったのは、革需要だとしたら……。
 
現代でも鹿革商品を開発できないだろうか。解体(皮剥)やナメシ工程の難しさは感じるが、
食肉需要とは別の価値がつく。価格も高めに設定できないだろうか。
鹿革の服飾のほか、いろいろなグッズも考えられるような気がする。原材料としての鹿革さえ確保できれば、商品化に関しては、一般も参入しやすい。
 
まさかハヤリすぎて、鹿革需要でシカの生息数が激減……という事態にはならないだろう。

2014/06/25

Agrioの「wood job!」

以前も紹介したが、デジタル農業誌Agrio「アグリオ」という会員誌がある。
pdfで配信される時事通信社発行の農林業情報を扱う週刊誌だ。
 
内容は専門誌らしく濃い。知事や大臣クラスのインタビューもあれば、学者の濃厚な論文、国会議員の動き、そして各地の意外なネタも拾いだしている。
私の今号のお気に入りは、「緑のバラ」だな……。
 
 
その名のとおり、アグリ……つまり農業関係の論説や情報が中心だが、林業系情報もそれなりにあるし、林業そのものも時折扱う。私は、その担当だ。
 
無断引用禁止だが、表紙は宣伝になるからいいだろう。
 
Agrio_1



不定期だが、私はだいたいひと月に1本は書いているかな。ほかに農水省と林野庁、国会関係の情報の中に林業系も掲載されることがあるし、どこかに読みどころがある。
 
 
今回は、映画「WOOD JOB!」に絡めて記事を書いた。このために映画も見た。この記事の予定がなければ見なかったかもしれない(笑)。
 
 
これこそ私のwood job! である。


 
 
無断引用だから、ちょいと拙文の触りだけ。これも宣伝ということで(~_~;)。
 
Agrio_2
 

2014/06/23

シイタケ原木の需給状況

林野庁が、今年度5月末時点の「きのこ原木の需給状況」を公表している。

キノコと言っても、大部分がシイタケ用の原木だろう。つまりコナラが主体のはずだ。
それによると、供給希望量は17府県で151万本。対して供給可能量は12県と国有林で175万本。つまり23万本の供給余力が生じるまでになった。


http://www.rinya.maff.go.jp/j/press/tokuyou/140617.html
 
これは東電原発事故によって、大産地であった福島県の原木が放射能の影響で、ほぼ使えなくなったことに対応して年に2回行われている調査だ。
前回の25年度9月末では、希望量が118万本、供給可能量が196万本だった。つまり78万本多かったのである。ちょうど1年前の5月末では、224万本と201万本で23万本足りなかった。
 
なんだか振幅が大きすぎて、どのように解釈してよいのか困る。
ただ細かく希望地と供給地を見ると、福島県が大きな希望地になっている。自前で原木を得られなくなったことが伝わってくる。
 
供給可能地は、大分県や宮崎県などのシイタケ産地が多い。
大分県はシイタケ栽培が盛んなのに、その原木は福島県から仕入れているものが多いことがあの事故の際に分かり驚いたのだが、さすがに地元生産に切り替えたということだろうか。
 
震災前は福島県産に頼っていたのは、価格が安いことと量を安定的に確保できる体制が作られていたためだろう。なんだか、外材と国産材の関係に似ている。
その点からすれば、地元産を増やしたことは喜ばしい。しかし、福島県からすれば、切歯扼腕の思いではないか。
 
私には、福島県の阿武隈山系は日本でも数少ない広葉樹林業が成り立っていた地域だったので、こうしてシイタケ原木という産物が失われたことに関しては、残念な気がする。おそらく広葉樹林業は当面成り立たなくなっただろうから。
 
斜め読みなので、詳しい事情はわからないが、コナラ資源の増減をこんなところから確認できるだろう。
 

2014/06/22

奥の院の奥

今日は、奈良の某寺の奥の院に潜入した。

 
この寺は、山門から本堂にかけてはなかなか立派。またステキな花園もあるし、伽藍も仏像も見応えがある。が、そこからさらに奥に延びる道をたどっていくと奥の院があることを汁人は意外と少ない。知っていても、あまり足を運ぶ人はいないだろう。
 
途中はそこそこ距離があるのだ。しかも山道を歩かねばならない。しかも見どころなし。てくてく歩くだけ……。
 
私は、そこに潜入した。潜入……というのは、真正面から入らずに、ちょっと○○をかき分けて入ったから(~_~;)。ちょっとズルかな?
 
それでも、そこからさらにてくてく歩き、もはや回りは深山幽谷。道の傾斜もきつくなって、瀧音も聴こえる。もちろん誰もいない。巨岩と沢が織りなす渓谷が続く。
 
そして見えてきた奥の院。その奥の院はさして大きくもなく、なぜか鳥居があるのだけど、見るべきものはない。わずかな祠に近い堂があるだけ、と言っても過言ではない。
 
しかし、800年以上前に弘法大師が竜神に出会ったところとされ、霊験あらたかな聖地なのだ。この寺は、奥の院から誕生したのかもしれない。
 
007
 
そして、こんな巨木もある。
 
樹齢800年ということはないだろうが、よい材が採れる……もとい、山の神様が宿っているようだ。
 
これこそ、奥の院を体現しているのかもしれない。



気分は、修験者だなあ。

 
 
 
 
が、そこにあったのが、こんな標識看板。
 
001


「来た道をお帰り下さい」……。
 
そのつもりだったけどさ。
 
「通り抜けは出来ません」って、念を押されると気になる。
だいたい、道は延びているじゃないか。
苔むしていて、通る人もいないみたいだけど。
 
 
1

そろりそろりと進む。雨上がりだから、コケも水を吸ってよく滑る。
 
あらら。荒れていますな。
 
しかし、これ見よがしなトウセンボじゃない?
 
 
ずずい、と進む。

3

荒れてる、荒れてる。
 
でも、道はある。
 
足元は濡れるけど、ここで引き返しては、我が遭難人生に悔いが残る( ̄^ ̄)。
 
進む進む。岩がごろごろ。
 
が、もう一歩進むと……。
 
5

家がありました。奥に車が写っているように、道路もあります。
 
そもそも、そこは住宅街。それもニュータウンでありました。
 
そこを写すと、場所を特定されてしまうから抑えておくけど。
奥の院の奥は新しい街があるのですよ。
 
実は、こうしたことは、ここに限らず生駒山周辺を歩いていると、よくぶつかる。
奥の院はなくても、里山の奥へ奥へと進んで、すっかり山の懐に入り込んだと思えば、いきなりニュータウンに出る。
 
だいたいニュータウンの開発は、里山の頂き、尾根部分を削って造成することが多い。
その場合、谷筋は残される。河川法などの関係もあるのだろうが、緑地となるのだ。
 
結果として、山の高台部分に新興住宅地が連続して誕生するものの、その間にある谷は深い森のまま残されるのだ。
 
実は、私が現在住んでいる街もそんな一つ。山の上のニュータウンだが、そこにたどり着くまでには、もちろん立派な道路もあるが、谷の山道をたどることができる。ほとんと崩れかかった泥の道をかき分けて登ると、我が家に帰れる(^o^)。これは、結構心地よいものです。
 
里山のもう一つの姿だなあ。
 
次は、こちらのニュータウンから某寺の奥の院に潜入してみよう。。。
 

2014/06/21

蓮か睡蓮か

生駒の棚田地帯を走っていたら、池一面に咲く花を発見した。

 
池自体は昔からあるのを知っていたが、気に求めない存在。よくある溜池だ。
ところが、その水面が何かに覆われている。で、よく見ると、蓮の花ではないか。
 
8


わざわざ車から下りて、池のほとりまで草をかき分けて確認。
 
こんな具合に、池で大繁殖していた。
かつてはホタルが飛んでいるのを夜見たことがあったが、蓮があった記憶はない。


誰か人が持ち込んだのだろうか。
 
  
 
 

 
6


花がそこかしこに咲いている。
 
蓮も種類が多いから、何というのか知らないが、これは蓮根が取れるような大きな葉が広がる種ではないようだ。
 
 

 
 
 
その後、某所を走って、某ゴルフ場の敷地内に侵入(^o^)。
 
そこにある池でも蓮を発見。つい山の中を分け入って岸辺まで近づいた。
今の季節、蓮は大成長期なんだろうか。
 
7
 
 
こちらは赤っぽい花が咲いていた。
 
……ここで写真を並べて気づいた。
 
こちらは、もしかして睡蓮? 蓮とは別種かな。
 
この手の分類は詳しく知らないが、違いは葉が立ち上がっていないこと。こういうのは睡蓮ではないかと思う。蓮は花も葉も水面より立ち上がる。
睡蓮は睡魔に襲われた蓮のごとく、立ち上がれないのだよ(^o^)。
 
あれ? 棚田の池の花も、立ち上がるといっても低い。本当に蓮なのか? 
……自信なくなった(~_~;)。
 
誰か詳しい人がいたら教えてほしい。蓮と睡蓮は科も違う別種だが、極めて似ている。

2014/06/20

草木塔を建てよう

Photo




先日訪れた金沢大学角間キャンパスにあった草木塔。



  
草木塔とは、文字通り、草木に感謝する記念碑だ。人は生きる過程で草や木を利用している。木材の利用は言うまでもないが、草も食べ物のほか繊維を取り出したり薬にしたり、実に幅広い。それに感謝する心の現れだ。
 
日本では江戸時代より建立され始めたらしいが、160ほど発見されており、その9割が山形県。とくに置賜地方にある。が、その精神を汲み取って、新たな建立も全国的に行われているらしい。
 
金沢大学のキャンパスは全140ヘクタールほどあるが、そのうち74ヘクタールは里山ゾーンとして残されている。新キャンパスの建設には多くの草木を切り払っただろうから、そうした意味もあって建てたのだろうか。
 
動物のみならず草木にも魂を感じて感謝してきた日本人の精神の素晴らしさ……と思わずナショナリストになりかけるが、残念ながらその精神は、近年すっかり忘れ去れているのではないか。 
 
たしかに一般市民が、直接草木を利用するケースは減ったが、少なくても農林業は、自らの扱う対象の商品が草木なのだ。しかし、現実の木の扱い方に植物に対するリスペクトが欠けているようなシーンを時折垣間見る。
 
農業者、林業者が率先して草木塔を建立してもよいのではないか。
古臭いようだが、草木塔を建てることで、日々向き合う植物の扱い方が変わるような気がする。
 
私も山に建てようかな。皆伐しちゃったからなあ。石に彫るのは難しいかなあ。とりあえず卒塔婆で(~_~;)。
 
……実は、同じことを3年前にも書いたんだよなあ。
 

2014/06/19

林家も「家族経営協定」で後継者を

家族経営協定」というのを知っているだろうか。
これは農業の世界、とくに家族経営をしている農家で結ばれるものである。
 
おそらく農家でも知っている人は少ないのではないかと思うが、農水省によると「経営方針や役割分担、家族みんなが働きやすい就業環境などについて、家族間の十分な話し合いに基づき、取り決めるもの」だそうだ。具体的には、労働内容、就業時間、給与などの労働条件を記した企業の「雇用契約書」のようなものだ。
 
 
 
この協定をちゃんと言葉として定義づけたのは1995年だというから約20年前だが、実は50年以上前から仕事分担など協定の必要性は訴えられていたそうだ。
だが、家族間で明文化することへの抵抗や、とくに女性(妻、嫁、娘)が農作業しつつ家事を担当するのが当然とされた時代には、なかなか成立しなかった。
 
しかし昨年3月の調査によると、「家族経営協定」の締結農家は、全国で5万2527戸あるという。(全体の1%程度。これを多いと見るか少ないと見るか……。)少なくても意欲的農家ほど、ちゃんと家族で話し合って定めている。
なぜなら、次の担い手、次の世代が農業を継ぐ気になる際に大きな役割を果たすようになったからである。
 
現代では親子であろうと夫婦であろうと、農作業だけでなく家事や地域の仕事の分担などをはっきりさせないと、いざこざを引き起こす。とくに外の社会で会社勤めを経験した世代からすると、家業が旧態依然とした経営方針では、継ぐ気になれない。
 
実は、私は以前農業の取材をしていたこともあって、その時の農家の意識にはがっかりすることが再三あった。こりゃ、近代的経営なんてできないよな、と思ったわけだ。
だから「家族経営協定」は、今後の世代の大きな武器になるはずだ。
 
……こんなことを考えたのは、林業の家族経営なんて、農業以上に旧態依然しているんじゃないの? と思ったから。まあ、大半の林家は林業を「経営」していないのかもしれないが。
しかし、本気の自伐林家なら「家族経営協定」を結んでみたらどうだろうか。
 
 
「現代林業」7月号のお悩み相談コーナーに「帰ってくる息子の山林経営の方針に納得がいきません」という悩みが寄せられていた。相談者は、80歳で息子は定年前というから50代だろう。
息子の経営方針とは、ボランティアを呼んでイベントをするとか、企業にレクリエーション空間を提供するとか、地元産品で商品開発する……などらしい。詳しくはわからないが、極めて今風の発想だ。
 
だが、これが父には許せないらしい。地に足が付いていないと感じるらしい。これまでどおりの経営をしてほしいらしい。
笑うのは、回答者が、父の意見に同調していること。孫に託したら?なんて噴飯ものの意見を記している。孫もいい迷惑だ。
 
 
もちろん新しい試みが成功する確率はどの程度なのか、失敗したときの痛手はどれぐらいか。本当に利益を生むのか……など考えるべき点はあるが、そうした発想の柔軟性は必要だろう。そもそも木材生産でも利益が出せない(補助金が頼り)くせに、新規事業に文句つけるんだ。
 
せっかく後継者になろうとした意欲を頭ごなしに潰されたら継ぐ気になれないだろうなあ。
ここは家族経営協定を結んだら、と思ってしまった。たとえば父は何年後に引退すると定めて、その後に自由にやってみなさい、と宣言するとか。
境界線の確定とか、森林簿の作成、複式簿記の採用を条件にしたら、父の世代がいかにいい加減な経営をしていたのか明るみに出るかもしれん。
 
 
その点、土倉庄三郎はえらかったなあ。長男が巨額の無謀な事業に借り入れまでして投資することを知っても止めなかった(@_@)。息子に譲ってから経営には一切口をはさまなかったのだ。……まあ、それで土倉家は逼塞するんだけどね。。。(ーー;)

2014/06/18

若い私の思考法

私は、こう見えても若く見えると言われる。

 
髪もまだまだ黒いし、顔に妙なシワもない。娘と歩けばカップルに間違えられるし(ただし後ろ姿)、肉をガツガツ食うし、酒も何でも呑む。夜更かしもする。体力だって、山で遭難するほど元気だ。腕立て伏せだってできる。今日も山で丸太を動かしてきた。街を歩けば女性に目移りするし、何より少女マンガを読むほど心が若い……。
 
何が言いたいかって? 
 
いや、昨日は自分がいかに老いぼれているか、老後が心配かと書きすぎたから。いや、あれは後半の「林業は人生の老後に似ている」という話を書くための前振りのネタ。ネタですよ。本気にしないでね。まだまだ元気な私が老後の心配しませんよ。だいたい老後の生活設計を、マジにこのブログに書くわけないじゃないか。ネタですよ、ネタ。断固ネタ(;^_^A。
 
 
ところで、若さの基準は、やはり頭の柔軟性だろう。肉体年齢はカバーできなくても、思考力を衰えさせてはならない。
 
その点で言えば、最近気になるのはコミュニティの意見のステロタイプ化だ。
 
先日の金沢では「里山は本当に必要か」というタイトルの講演をした。まあ、タイトル自体がネタなのだが、とりあえず疑問形にしたわけだ。
そして参加者の声を聞くと、圧倒的に「里山は必要」「だから……」という論理展開になっていた。つまり里山は必要なのは自明の理になっていたのだ。
 
もちろん参加者は里山に興味がある、すでに保全活動をしている(つまり里山保全コミュニティの一員である)から講座に参加したのだろうから当たり前の結果なのだが、あえて思考の中では「本当に必要か」と問い直す柔軟性を確保してほしかった。
 
同じことを最近は各所で感じる。
林業コミュニティでは、「林業は必要」「林業は不振」「林業を振興しなければならない」という論法で攻めてくる。
 
また山村コミュニティでは、「山村は疲弊している」「山村は過疎高齢化が問題」「山村を活性化しなければならない」「山村の人口を増やさなければならない」……と続く。
『里山資本主義』も、実はその論法に乗っかって人気を呼んでいるのではないか。
 
いったん原点に還って、なぜ自分は里山に興味があるのだろう、なぜ林業に肩入れするのだろう、なぜ山村がなくなってはいけないのか……と自問してみたい。
 
そして反対意見を考える。里山なんかより都会の方が快適に暮らせる。林業がなくたって輸入材で間に合うし、木材以外の素材もいっぱいある。そちらの方が安くて使い勝手もよい。山村をなくしてコンパクトシティを形成した方が効率的な国になるし、自然も守れる。
 
 
……そんな意見に真っ向から理論的に反論できるか。
いや、頭ごなしに否定してはいけない。「そんな意見もあるねえ。その考えもわかるよ」という理解あるおじさん風に捉えて、そこから新たな選択肢を探し出せないか。
 
ヘーゲルの弁証法のごとく、テーゼに対してはアンチテーゼを提起することでジンテーゼに止揚できるのだよ。
 
 
さて、そんな「原点からの林業論」を7月12日に大阪で展開してみるかなあ。(宣伝かい!)
 
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2014/06/17

人生は長伐期の林業のごとし

疲れが取れない。

 
近頃、泊まり掛けで出かけたら、一晩寝ても疲れが抜け切らないことが増えた。回復力が劣化してきたような……。
 
パソコン向えば眼が辛くなるし、肩はガチガチに凝るし。肩だけでなく首も肩甲骨も。最近腕が背中に回らなくなってかゆいところに手が届かない。
そういや寝付きも悪くなったよう。一方で睡眠時間が足りないのに早朝に目が覚めたり。深夜にトイレに立つことも増えた。変な夢も見るし。
足の筋肉も落ちたなあ。朝起きた直後は真っ直ぐ立てないし、坂道を登ると息が切れるし、代わりに腹回りのお肉が増えた……。
 
 
いやでも年を自覚する。この年まで生きられた人の平均寿命は、だいたい80才すぎかねえ。その頃には、私は何をしているだろうか。何ができるだろうか。
 
それまで暮らせる蓄えも必要だなあ。フリーランスの私は、満足な年金ライフなど期待できない。最低限、住むところと日々暮らせる資金を今のうちに残さねば。
もっとも、80までの予定で蓄えた場合、その後長生きしたら干上がってしまう。いやいやその前に病気や事故で亡くなるか、死なないまでも身体が動かなくなる可能性だってあるよなあ。娘に介護をさせたくはないし、いかに過ごすか。身体のみならず頭が惚けたら、心配する能力さえ失うのだろうか。若者の人生を奪いたくないなあ。
 
 
まてよ。いくら蓄えても経済状況が激変する可能性がある。国債の底が抜けてハイパーインフレにでもなれば、蓄えなんぞ一瞬にして消えてしまうだろう。カラ景気の今から先は、その可能性の方が高いのではないか。
 
ならば、いかなる老後を想定するか。
 
想定できない、想定してはいけないのである。今、いくら考えても無駄だ。経済・社会。自らの健康。何がどうなるか予知することは不可能なのだから。
 
結局、その時が来るのを待ち、その場その場で最適の選択肢を選ぶ目と能力を鍛えておくしかないのではないか。自分の能力を最大限活かせる道を見つけること。それが生き延びるということだ。
 
……老後の生活設計は、長伐期の林業のごとし、である。いくら今植えた苗が80年後にどんな材質の木に育つか予想しても、その材質の木材が求められるかどうかわからない。
80年後、50年後、いや30年後の用途を設定することさえ、馬鹿げている。そもそも、生長途中に台風の風で折れるかもしれないし、雷に打たれるかもしれない。害虫に食い荒らされて枯れたり、材に傷がつくことだってある。
 
むしろその時が来て、その時そこにある木はどんな用途が向いているか可能性を探り、最適の利用法を選ぶことが大切なのではないか。仮に生長途上で折れたり枯れても、その木の可能な利用法を探したい。切り捨てはイヤだ。
 
長伐期の林業はリスクがいっぱい。
先日、吉野林業の某氏に200年もののスギは、植え付けた土地の3%くらいしか育たないと研究者が言った話を聞いた。この数字にどの程度の根拠があるか知らないが、200年とはそういう歳月だ。単に切らなかったら育つ、というものではない。
 
そして育ったら育ったで、その木を200年ものの価値を活かせる用途を見つけるのが大変だろう。しかし、それは植えたときに考えるのではなく、伐採収穫する時にその木を欲した人が考えるべきである。


 
高齢化社会のニッポン。老後は老いた後に考えるか。
 
 
※タイトルは間違いだ。「長伐期の林業は、人生のごとし」が正しい。

2014/06/16

Y!ニュース「森林・林業白書の隔靴掻痒感」の裏側

Yahoo!ニュースに、「平成25年度森林・林業白書の隔靴掻痒感 」を書きました。

 
 
白書に関しては公開直後(5月30日)から書きたかったのだが、どうにもまとまらないというか、白書に目を通したときの感想がぼやけていたため先送りしていたが、いっそのこと、そのぼやけた感想を披露しようと開き直って書き上げた。

 
もっとも書き上げた今も、実体が掴めない不思議な感覚(~_~;)。結局、何が言いたいんだ?という疑問と、私が引っかかっている点は何なのか、自分でもわからないから。
 
 
なお執筆の際は、タイトルを単に「平成25年度森林・林業白書が公開」と仮に書いておいたままアップしてしまった。アップした直後に書き換えて再度アップし直したが、フェイスブックなどに転送分は古いタイトルのままである。だから一部の人は、タイトルが最初とは違うと思ったかもしれない。
 
 

2014/06/15

金沢建築3景

金沢から帰りました。

珍しくお土産に和菓子などを購入して。
 
もともとのどが弱いので、2日続けてしゃべって結構のどが痛い(@_@)。
 
ちょっと印象を述べると、里山がテーマだったのだが、金沢はそれなりの都会だが、参加者の話の中では里山(田舎)と都会の距離が近い印象がある。里山地域出身だったり、通いで里山生活送っていたり。そのうえ(主催者にも)林業関係者が多かった。なかにはもりラバー林業女子会@石川の代表も。
 
今日は、こんな建物に関する3点を紹介をしておこう。
 
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会場だった金沢大学「角間の里」の施設は、古民家を移築したそうだが、昔は養蚕農家の家だったらしい。
 
それだけに梁も柱も太いし、吹き抜けもある。
  
で、目についたのが、階段の手すり。
 
なぜかカエルの彫り物が。
 
それも一カ所ではない。移築する前の建物にあったのだろうか。カエルに何か意味はあるのか。意外とこんなところが気にかかる。

  
  

 
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同じく金沢大学の中なのだが、こんな建物が。
 
これ、炭焼き小屋なのである。学内で炭焼きをしている大学は珍しいだろう。
 
もっとも、最近は年に1度焼くかどうか、らしい。せっかく作ったのに活用できていないのはもったいない。
 
学生にやりたいと手を挙げる人物が現れないのか。



 
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こちらは金沢市内。


繁華街に近い犀川に面したところで見かけた木造4階建て。
 
多分、最下階は斜面に建つ建物の地下扱いをしているのだろうが、建築的には木造4階建ても可能なことを示しているね。
 
何の建物か確認しようがなかったが、名所にできるのではないか?
 

 
  

追記・調べてみると、すでに金沢市の指定保存建造物になっていた料亭・山錦楼だった。

明治28年に立てられている。現在は、結婚披露宴などもできるそうだ。

2014/06/14

金沢大学

金沢大学
金沢大学に移築した古民家で里山講座の一日目。


参加者の濃いメンバーのことは、あらためて紹介したい(*^.^*)が、金沢大学に来てふと思い出したこと。

現在の金沢大学は、郊外の140ヘクタールの里山の中にある。移転前は、金沢城址にあった。

そのことを思い出したのは、私の学生時代、下宿に捨てられていた「りぼん」で読んだマンガ「花岡ちゃんの夏休み」がよみがえったからだ。マンガの作者は清原なつの。

その舞台は金沢大学だが、今でいうリケジョの主人公花岡ちゃんと、超天才蓑島さんの物語。

金沢城址にあった金沢大学と城下町が描かれていた。
その青春物語に同時期に大学生だった私は、ビビビと来たのであった。

ま、今回の講座と何の関係もないのだが(((^^;)。


あ、今、テレビでやってる映画「容疑者Xの献身」のヒロインは、花岡さんだった!

2014/06/13

伐採3カ月目

生駒山中のタナカ山林。


皆伐して2カ月が経ち、3カ月目だ。梅雨にも入り、これから雨がよく降り、気温も上がれば新芽が伸びる季節だろうか。
 
というわけで、ちょっと観察。
 
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やっぱり、ササが結構伸びてきたなあ。
 
通常の草もそこそこあるが、生長は遅いよう。
ササは、せっせと刈り取る(^o^)。鎌もあるが、面倒なので手でむしる。いつまで続くか……。
 
生長に追いつかなくなったら除草剤を使うことも考えているが、できるならやりたくない。薬を撒くのは準備が面倒だし、コストもかかるし。私は農薬に関して忌避感を持たないが、基本的に使わなくて済むならそれにこしたことはないという立場だ。


 
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もっとも、こんな萌芽も出ている。
 
やっぱり、種子から芽を出すよりも、すでに根がある木からの萌芽や、ササのような地下茎があり、別のところで光合成をして生長のエネルギーを溜めた種の方が伸びるのが早いということか。


とりあえず、ササ以外のなんらかの緑に跡地が覆われることを期待しているのだが、こうして見ると、地下茎やら根株のある以前の森の生き残りが素早く復活するのだろう。
皆伐したら、一気に植生を変わる……ということにはならないみたい。結局、同じ草木が広がるのだろうか。
 
ちなみに、今日は警察より電話。
 
先日、剪定ゴミを不法投棄されたことを届けた件に関して、事後を尋ねられる。見回りもしているそうだ。
幸い、その後は目立ったゴミはない。ただ……
 
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このようなペットボトルのゴミはある。
 
これはハイカーかドライブする車からの投棄だろうな。
 
まったく、追いかけっこだ。
 
「警告」の看板を修理して立てたのだが、さて効果はあるだろうか。
 

2014/06/12

「風景資本論」から考える

ふと手にとった本。

 
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『風景資本論』(廣瀬俊介著 朗文堂 2000円+税)
 
私もタイトルに惹かれて購入してしまったのだが、つい『里山資本主義』をもじったのか? と思ってしまう人もいるだろう。
 
しかし、本書の出版は2011年11月。つまり『里山資本主義』より前なのである。どちらかと言えば、里山……の方が真似たことになる。
 
 

  
それにしても、風景資本とは。
 
私も考えていたのだ。風景というか景観というか、そこにあるランドスケープを資本と見なすことができるか? ということを。だからこそ、たまたまネットで目にして、ついクリックしてしまったというわけ。
 
もっとも本書は、資本論というほどに思想的、あるいは哲学的な論考ではなく、ランドスケープデザイナーである著者が、これまでの仕事などで交わった地方を例に挙げつつ、一種のエッセイのように語った内容である。
 
しかも、カラー写真がたっぷり掲載されている。フランスのストラスブール、そして飛騨古川のものが多い。自然に街並に祭や日々の暮らしに……。だからフォトエッセイとも言えるだろう。
一方で執筆の最終段階で東日本大震災に遭遇。彼は東北芸術工科大学の准教授でもあるので、震災現場の多くに関わることになった。そこで感じたことを追記している。風景の修復と生業の復活という難しいテーマに活動しているらしい。
 
 
私は、風景が何を生み出すかを考えている。
風景を資本と見なすのはよいが、目に見える形で風景は金を生まないし、また資金のように転用もできない。風景は見る者を元気づける一方で傷つけることもあるかもしれない。また資源として常に活用するものではなく、寝かしておくこともあるだろう。その意味では、負債をも包含した「資産」と考えた方がよいのかもしれない。
 
もしかしたら、風景は環境の代名詞かもしれない。美しい風景は、豊かな自然を表し、不愉快な風景は人々に害を成す要素を含んでいると考えたらどうだろう。
いや、風景を生業に結びついた収穫物だと考えてみることもできる。心穏やかになったり、歓喜をもたらす風景は、何らかの収穫物を内包していないか。物理的な利益もあれば、心の喜びを表現しているのかもしれない。
 
……本書は、そうした思索そのものを描いたものではないが、こちらの思索を刺激する言葉が散らばっている。
 
「風景のデザインとは……人間のつくる社会と自然との関係の調整を必須条件として人間が生活する場をつくること」
 
版元からすると、これは全国の書店の店頭に並ぶ本ではない。自費出版に近いものかもしれない。そうした本と出会えるとは、なかなかの幸運だ。
 
 

2014/06/11

高齢者資産で森林墓を!構想

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まずは写真を見ていただきたい。これは生駒駅前に新たにできた施設「ベルテラスいこま」である。
すったもんだの末に大型商業施設の誘致はできず、小さくスーバーマーケットと医院、それにいくつかのお店の入った5階建ての低層施設である。
 
その中で気になるのは、最上階の図書分室だ。と言っても中ではなく、看板を見ていただきたい。
 
「木田文庫」とあるだろう。
これは生駒市在住の人が寄付した金で作ったことを示している。なんでも高齢の方で、数千万? 一説には億単位の資産を市に寄付したそうである。太っ腹。
 
実は、生駒市でそんな話はほかにも聞いた。駅前に病院つくるなら1億円寄付します、とか。高額所得者が多いのだ。
 
 
 
さて、ここからは一般論。日本の個人資産の7割は高齢者が所有している。そして使わないことが日本の経済を悪くしている。資本の循環が起きないからだ。一方で少子化も進んでいて、親がため込んだ財産を引き継ぐ人がいないケースが少なくない。
 
十分な財産を所有する高齢者も、相続させたい人がいない場合は、死後に顔も知らない遠縁の人か、国庫に納められてしまうだけの可能性が強い。
だから、よいところがあったら寄付したいという願望が潜在的にあるのだそうだ。
 
そこで彼らの財産をいかに引っ張り出してくるか、が結構な課題となっている。
 
この仕掛けを上手く作れば、森に投資させることができるのではないか? と考えたのだ。
とはいえ、民有林では難しいし、国有林・公有林も阿呆らしい。NPO法人では信用がない。どのような立場なら、自分の死後に、自らの財産を寄付してくれるだろうか。
やはり永続性や信用を考えると宗教系ではないか。
新興宗教はよほどの信者でないと無理だが、一つ可能性を思いついた。

 
墓だ。
 
永代供養墓をつくって、そこに寄進させるのがよい。これを森と結びつけると樹木葬になる。しかし、樹木1本ではダメ。広大な森を墓地にする。
 
最低1ヘクタール。できれば10ヘクタール単位の森を対象にしたい。森林墓である。
 
樹木葬の場合、埋葬料は安いのは10万円くらいからあるが、通常は30万円~70万円といったところだろうか。それで占有面積は、せいぜい1坪くらいだ。
 
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ひっそりと森の中に眠る……。
  
そこで1000万円単位の寄進によって、1ヘクタールの森を墓にしてもらう。1億円で10ヘクタール。10人集まれば100ヘクタールになる。樹木葬を行いたい人の1000人に一人くらいこの額を払ってもいいという人が現れないだろうか。
金持ちは、最後は自らの墓に投資して、それが後世美しい森になると思えば、名を残すこともできる。
 
 
もちろん墓になる森は、常に手入れして美林に仕立てる。
「不伐の森」にする案もあるが、放置するとたいてい美しくならない。むしろ積極的に「美林に仕立てる」ことを売り物にする。森の命名権を与えよう。

  
そして森の中に、古代の王の眠る古墳のような墓を作って上げるのである。なんなら前方後円墳の形にしてもよい。もっとも、 墓自体は大きすぎてはいけない。あくまで主眼は森だから。
 
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こんな風に森の中に墓を建てる。
 
自然石で、できる限り自然の中に溶け込むようなデザイン。
 
  

 
契約は最低でも100年間継続にすべきだが、持続性をどのように担保するかが課題だ。口約束だけではいけない。墓地業者が森林墓を勝手に処分したりしないような歯止めを設けないと。
 
ある種拘束性のある法的な契約を結ぶべきだろう。たとえば名目上は林地を買い取ってもらって借地扱いする? 
あるいは土地に生えている樹木を何割か選んで立木権を100年間遺族に渡す手はどうか。立木権は、木だけの権利だから、土地の分筆にならないし、伐採も許可制になる。 
 
ゴルフ場会員権みたいな方式も考えられる。美林にならなかったら、埋葬料の何割かを返却するという契約をしてもよい。美林の定義も詳しく設けて。
 
森林墓構想で何億円か集めて、それで荒れている山の整備を進めるのだ。
 
……高齢者の財産をいかに吐き出させるか、森に投資させるかと考えていたら、こんなところに行き着いたよ。
 
 
 

2014/06/10

臨床環境学!

今年の日本森林学会の発表要旨を眺めていたら、一つの項目に眼が向いた。

 
森林をめぐる臨床環境学とは
 

思わず、脳内のアンテナがピピピと動く言葉だ。

 
「臨床環境学」は、地域の環境問題を総合的かつ実践的に解決しようとする新しい学問体系、なんだそうだ。
 
私も面識がある名古屋大学の竹中千里教授は、「臨床環境学と森林~アジアの森の診断と治療」と題して概論を発表しているのだが、そのデータを見ているだけで面白い切り口が浮かび上がる。
 
一部を切り取って紹介すると、

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こんな具合。
 
これだけでは詳しいことはわからないが、私の思うに、
純粋学問と臨床(現場)の乖離を埋める体系・システムとして提起しているのではないか。

とくに環境問題では,診断(何が起きているか)と治療(どうして不都合を治すか)の間をつなぐのが難しい。
そこで基礎的な科学から現場につなぐ橋渡しの役割を担おうとしているかのように読み取れた。


そして人と森林との関わりを次のような図で示す。
Photo


里山は、人と森をつなぐ存在であることを示している。
それを連結型と位置づける。


乖離型とするのは、人は町に住んで、森林に通うだけ。
融合型は、森林生態系の中に人の営みも溶け込ます……と解釈してもいいかな?
 
     
そして研究場所として、
経済的に成熟している日本(伊勢湾流域圏)、
高度経済成長期の中国(沿岸部)、
開発途上国のラオス(高地と低地)

この3つの地域で調査研究していくそうだ。
それそれ環境問題のテーマが違う中で、どのように臨床研究と治療をつなげるのか。
日本なら町と農山漁村の共存がテーマとなり、中国は急成長期の環境負荷が課題であり、ラオスなら生物多様性保全と伝統的生業の調和が大きな問題だ。

各論の発表もあるが、じっくり聞いてみたいものである。
これらの発表データだけでは、まだ理解できないところも多いが、私は期待したい。

竹中先生、教えてください(^o^)。


それにしても、林学と林業の乖離が言われて久しいことを考えると、多くの応用が効くかも。林学と環境学の乖離もあるし、林野庁と環境省の溝もあるし(~_~;)。

上の図からすれば、現在の林学は「基礎環境学」だけしかやっていない。ちゃんと現場に則した「臨床環境学」に位置する臨床森林学を設けるべきかもしれない。
同時に森林学と林業経営を結びつけた指導のできる人材(=本当のフォレスター)が求められているのではないだろうか。

2014/06/09

京都迎賓館の……隣の森

京都迎賓館を訪れた。

海外からの賓客を迎える迎賓館が、京都御所の隣にあることを知っているだろうか。

 
東京・赤坂の迎賓館がヨーロッパ式の洋風建築なのに比べて、こちらは和風……というか、日本の工芸の粋を集めたような建築である。
 
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これが迎賓館の門。
もちろん、私はここから入れないが、中を見せていただいた。

 
そりゃ、もう。すんごいモノがてんこ盛り(^o^)。あれも、これも。いやいやこんなのも。
   
が、それは勝手に公開できないのである。いくらたくさん写真を撮っていても……。
内閣府のきついお達しつきなのだよ(-_-)。


 
で、その回りにある森を紹介しよう。
正確には、京都迎賓館ではなくて、京都御苑に属するのだが、意外なほどの密度の濃い森があった。
 
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これは迎賓館の裏手。実は、狭い幅しかないのだが、なかなか見応えがある。


京都御苑は、どちらかというとだだっぴろい空間みたいで、一部の庭園・邸宅跡を除くと、あまり木々が密に繁っているイメージはなかった。
 
しかし、なんの一部には結構深い森が成立しているじゃないか。京都の都心部の隠れた森の見どころかもしれん。


 
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こんな異種が抱き合ったような木も……。

 
御苑全体では、約500種の植物が生育しているそうだ。

2014/06/08

北の谷の探検

生駒に住んで30有余年。近隣の山は遭難……もとい探検し飽きた。

 
自宅から入れる山のたいていの部分は歩き尽くしているので、どこの山の谷も山も知っているのである。昨年末に引っ越したものの、実は行動範囲は大きくは変わっていないから、(頭の中に)地図ができている。
 
知ったところを歩いても、遭難……もとい探検できない。
 
そこでまだ分け入っていないところを(頭の中の)地図で検索してみた。
 
ない。ないぞ。地図が描けていないのは、アプローチが長く、自宅から歩くとかなりの距離となる。時間が足りない。
 
が、一か所だけ、歩いていない空間があった。北の谷だ。
 
ここに空白地帯があった。北の谷を下りて、そこから南や東や西にはこれまでも進んでいたが、そのまま北に直進していなかった。
 
ただし、狭いのだ。北に進むと、真正面にハイキング道がある。東は道路、西もハイキング道だ。つまり三方を囲まれているわけで、直進したらすぐ、どこかの道に出てしまう。
 
ふっ。遭難……もとい探検というには、小さなエリアだな。
 
が、気軽な遭難……もとい探検にはなる。時間があまりないときには、助かるかもしれん。
 
そこで、北の谷に分け入った。そこを下りて、小川を越える。通常は、そこからそれるのだが……そのまま斜面を登った。うん。とりあえず始めてのコースだ。
 
かなり急である。こんに険しかったか。しかも、岩がごろごろしている。意外や巨石地帯だったのだな。これは遭難……もとい探検気分に浸れる。ま、小さなエリアだが。
 
尾根にたどり着くと、岩が並んでいた。
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おや、岩を割って伸びている樹木がある。
 
 
なかなかカッコイイではないか。
もっと人目につくところにあったら、名所になったかもしれないのに。
 
こんな発見も、遭難……もとい探検の醍醐味だ。
 


 
 
尾根には、奇妙な形の岩が多く並んでいる。まるで古代遺跡を見つけたような気分になる。


 

 
 
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 こんな岩もあった。
 
この凹みはなんだろうか。
 
天然の風化なのか、人為的なものか。
ここに寝仏像でも納まるような……。
 
 
 
だが尾根は細く、すぐに下りとなっていた。かなりの斜面。せっかく登ったのに。しかし、北に向かうのだ。
 
滑るように谷底に下りると、ホッとしたのも束の間、すぐに登りとなった。おいおい。なんて険しいのだ。
 
狭いエリアだけどな。なかなか苦労させられるじゃないか。
 
またブッシュをかき分けて登る。が、尾根につくと二股に別れている。どちらに進むか。尾根沿いに進めば、南に向かってしまう。北に向かうと、すぐに下り。。。
 
今度は木々をかき分けて下りる。が、また崖のような登り。。
 
ひい。ちょっと歩けば空白地帯を踏破してどこかの道に出ると思ったのに。
こんな狭いエリアに、これほど谷と尾根が入り組んでいるとは思わなかった。時に崖もある。谷底には水が流れていた。それを乗り越えるのは意外と大変。
 
もしかして、こんなところには何か知られざるものがあるのではないか。
 
 
突然、垂直の崖にぶつかった。
 
下りられない。回り道をする。崖の下に立つと、真正面も崖。あああ、三方を崖に囲まれた……!
 
これは探検……というより遭難ぽくなってきた。
 
 
 
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あれ? 
 
この崖と思ったものは……石垣ではないか。
 
こんな深山幽谷に? いや、狭いエリアだけど。
 
 
もしかして、遺跡? かつて、この山奥(今は狭いけど)に隠れ住んだ人がいたのだろうか。そして山中に石を積み、砦を築いていたのでは……。
 
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おお、こちらにも。
 
石垣がいっぱい。
 
天空の城ならぬ、北の谷の石垣。
 
もしかして、歴史的遺物の発見?
 

 
 
ちょっと心がざわめいた。そして石垣の上に登ると……ハイキング道が伸びていた。

2014/06/07

木工家ウィークin名古屋

名古屋ルポを昨日のまま終わらせたら、一部でブーイングが出そう……(~_~;)。

 
 
もちろん名古屋に行ったのは、先に紹介した環境フォーラムへの出席が目的で、そこで多くのリケジョにお会いできたことは楽しかったし、とくにマンホールに潜るリケジョも興味深かったのだが、実は一泊して訪れたのは、
 
木工家ウィーク in NAGOYA。6月6日から8日まで3日間(あれ?ウィークじゃないよ…)、名古屋各地で開かれた木工関係のイベントだ。(正確に言えば、1日だけのも2週間続くのもあるようだけど。)
 
そのうち私が訪れた文化のみち橦木館で開かれていたのは、『木工家がつくる「自分のための木の椅子』展と『一生ものの木の家具と器展』の二つ。
 
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木の椅子展。
 
どれも座ってよく、座り心地を確かめながら、気に入ったものを選ぶアンケートもある。
 
 
木工家が売り物ではなく、「自分のため」の椅子というコンセプトだから、ようは自らのこだわりを示さねばならない。あえて難しい材料を選ぶ例もある。家具には向いていないスギ材による椅子もあれば、リョウブのような強度もなさそうな上にねじれやすく、しかも細い木を使った椅子もあった。
 
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リョウブの椅子。森林文化アカデミーの敷地内にあったリョウブを使ったそうである。
 
細い。これで座っても大丈夫かと思わせるほどなのに、意外としっかりしている。
 
でも、座って椅子をギシギシ揺らせないね(~_~;)。
 
 
 
 
 
一方で、木の家具と器展では、椅子などの家具もあるものの、漆塗りの碗から用途の不明な作品も多数。作家製が高いものが多いかな。
 
 
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何十種類もの木(国産、外国産あり)でつくられた小箱。
 
ちゃんと蓋を開けると、小物入れになっている。
 
実用品ではあるが、もはやコレクションアイテムのよう。
 
 
 
 
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会場の照明のランプシェードも作品であった。
 
 
 
 
 
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木の割れや節、虫食いなどもデザインに活かしている。
 
光が透けてみえるほど薄く削りだしている。
 
いずれも材料は、クヌギやコナラなど雑木らしい。
 
 
 
 
 
 
よろしいですな。実用から離れることで、材料もデザインも自由になり、新しい感性が発揮できる。そして、こうした作品の中から商品に転化していく可能性だってあるだろう。
 
 
名古屋の木工家展というが、出展者は全国にまたがっているらしい。私の聞いただけでも長野、岐阜、新潟など中部地方だけでなく北海道から九州までいた。観覧者もかなり遠くから足を運んでいる。彼らも木工ファンにとどまらず、やはり木工家の集いになっているのだろう。
 
ここで集まって、どんな交流が行われるのかは知らない。単に友好を深めるだけなのか、お互いの作品論を展開するのか、技術まで教え合うのか、さらに仕入れルートや販売ルートの相談もするのか……しかし、集まる機会を提供するという点だけでもよいな。
 

少なくても、物書きにそうした場はほとんどないはず。作品(雑誌?書籍?)を展示したって仕方ない(~_~;)。たまにペンクラブなどの組織もあるが、内実は空洞化していて怪しいことを聞いている。昔は親分みたいな人と、弟子のような新人の集う場があったらしいが。
 
私は、奈良在住であることもあって、まったくといってよいほどない。写真家やデザイナーなど異業種と一緒に仕事をすることはあっても、ライター仲間は個人的な知り合い以上につながる機会はない。出版記念会だって開かないし。
 
 
脱線したが、名古屋に木工関係者の集う場があるのは盲点でした。
 

2014/06/06

客引きする猫

名古屋から帰還しました。

 
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名古屋の朝の町にて。
 
路上に眠るネコ。近くを人が歩いても、ピクリとも動かぬ。
 
行き倒れのネコか?
 
はたまた酔いつぶれたのか?
 
朝の通勤時間、みんな避けていく……。
 
私も避けた(~_~;)。
 
通りすぎて、気がついた。
 
この写真の奥にもチラリと看板が写っているが、ネコが寝ている路上のすぐ側には、「ネコカフェ」があったのだ。
 
つまり、彼(ネコ)は、客引きしているのか……?
 
「モーニング」が凄いと評判の名古屋の喫茶店だが、ネコにも過重労働させているのね。。。
 
 
以上、今回の名古屋行で、もっとも感心した事象でした(^^;)\(-_-メ;)。

2014/06/05

講演会の舞台より

講演会の舞台より
 

本日の講演会場。(登壇する直前。皆さん、着席してください(^o^)。)

 
600人を越えたという。なかなか盛況であった。

2014/06/04

Y!ニュース「地球温暖化対策税……」を書いた裏側

Yahoo!ニュースに

地球温暖化対策税から森に還元を!

を執筆しました。
 
いやあ、今回はサービスしちゃった(笑)。
本文にも書いたが、森林整備という名の間伐促進が、CO2の削減に役立つという論法は大いに疑義があると思っているが、いつも押され気味の林野庁にちょっとだけエール(~_~;)。
 
というより、遠慮なくずうずうしく訴えることが大切だと思うのだけど。その点は某国の外交を見習って、悪いのはみんなほかの連中で自分のいうことがイチバン正しい……と主張し続ける。そのうち、いくらかは得るものもあるだろう、と。
 
同時に、そもそも地球温暖化対策税の存在があまり知られていないし、それを税源にしてどんな事業に使われているか知ることも大切なんじゃないかね。
 

2014/06/03

木材利用ポイントの対象樹種再び

もう書くのは止めようかと思っていたが……まあ、メモ書き感覚で。知らない読者もいるだろうし。

 
木材利用ポイントの対象樹種が、またもや追加された。
 
 
オウシュウトウヒ(スウェーデン産)
オウシュウアカマツ(スウェーデン産)
ラジアータパイン(ニュージーランド産)
 
ようするにアメリカ産ベイマツ、オーストリア産オウシュウトウヒに続いて外材である。説明するまでもないが、なんだか木材使っていたらなんでもOKぽくなってきた。これらの国はFSCやPEFCなど森林認証を取っていることが決め手かな。
 
しかし、外材に補助金をつけるわけだから、(里山資本主義風に書くと)日本の国富が海外流出するわけだ。富が地域循環どころか国内の循環もしなくなる。
 
もともと国産材振興としては「奇手」だと主張してきたが、もはや何のためだかわからなくなった。むしろ経済産業省の施策みたい。 
 
これまで木材利用ポイントについて記したページをリンクしておく。 
 
 

2014/06/02

告知・名古屋で環境フォーラム

今週明々後日の5日、名古屋で、講演を行います。

 
第24回環境フォーラム
豪雨災害 水と森の国から異常警報発令
 
 
Img001
6月5日(木) 13時30分~17時
 
日本ガイシフォーラムレセプションホール
JR笠寺駅近く
参加費無料
 
私は、第3部で間違いだらけ森と水の世界
を担当。おそらく真面目な話をします(笑)。
 
森の話だけど、これまで多かった林業系ではありません。
原点にもどった環境としての森について話したいと思っています。
 
……あれ? 紹介しながら気がついたけど、これは申込みなしでOKなのかな?
 
一応、裏面も紹介しておこう。
 
Img002
 
 
https://www.eeel.go.jp/news/?news_id=2736
 

2014/06/01

地理的表示保護法に注目すべし

地理的表示保護法を知っているだろうか。正確には、まだ法案だが。

5月22日に衆議院で可決されたのだ。おそらく近く参議院も通過して、法律となるだろう。

地理的表示保護法は、高品質の地域産品を地名と結びつけて名称を保護しようというものだ。特許権や商標権と異なり、特定の個人・組織ではなく、地域が知的所有権保護の主体になるという考え方を取る。地域の関係者全体が保護される権利を持ち、個人や企業の独占を認めない。

簡単に言えば、ノーブランドの地域産品(基本的に農産品物)では、価格が安い方に流れるのは言うまでもないが、品質などに地域の特性があるものは、高くても売れる。そこで、地名を表示して他と差別化を図ろうという作戦だ。

決められた産地で生産され、指定された品種、生産方法、生産期間等が適切に管理された農林水産物に対する表示」なのである。

すでに世界で100カ国近くが導入している制度だが、もともとは、ヨーロッパで提唱された。

最初は、EUがウルグアイ・ラウンドで持ち出し、1994年に国際的な合意を得て成立している。というのも、南米やオーストラリアなどの農産物では、価格競争で勝ち目がないから考え出したのだ。しかし、酪農製品や農産加工品などでブランドのあるものは強い。チーズもワインも高くても売れる。

EUは、地理的表示によるブランド化が、商標や特許などとは異なる独自の域内農業を守る有効な手段として考え出したのだ。ブランドに自信のあるヨーロッパ諸国ならではの発想だろう。そして海外にも保護を求めている。

そしてEUは日本とのEPA(自由貿易協定)交渉の場に持ち出している。これを通さないと、EPAは通らないだろう。

しかし、アメリカや南米、オーストラリアから反発されている。TPPの交渉にも引っかかっているらしい。

今回の法案は、保護対象の線引きなど具体的な基準には踏み込んではいない。政令やガイドラインづくりにゆだねたのだろう。だから通ったとも言える。今後、細部を決める際に揉めるのではないか。

残念ながら、ここに木材が入る気配はない。そもそも林業関係者に、地理的表示の保護という発想がある人物がいるのか。そして、今回の法案のことを知っているのは何人いるだろうか。

もしかして望んでいないのかもしれない。吉野杉、秋田杉、木曽檜なんて自慢できる地域はわずかだからだ。品質保全の自信もないのかも。。。何より量をさばくことばかり考えているようだから、ブランド化も邪魔なのかもね。

だが、長い目で見たら、輸出も視野に国産材のブランド化や、輸入木材の歯止め違法木材対策としても重要な武器になる可能性がある。

……法律ができてから、「気がつかなかった」ということのないように。

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