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2014年8月

2014/08/31

お笑い! 木材利用ポイント制度

もう書くまい、触れまい、と思っていた「木材利用ポイント制度」。

が、今朝は笑わせていただいたので、ちょこっと。
 
まずは朝刊の広告。
 
027
〆切せまる!  ですよ、木材利用ポイント。
 
9月30日までで打ち止めだよ…。
 
この広告を見た人で、何かおかしいと感じなかった? 
気がついたら、なかなかの情報通かも。
 
       


                               
  
だって。だって。。。
このページの告知を見ただろうか。
http://mokuzai-points.jp/
このページの「重要なお知らせ」欄を見てほしい。
 

  • 木材利用ポイント発行申請の受付期間を平成27年5月31日(当日消印有効)まで延長いたします。
  • 交換申請の受付期間を平成27年10月31日(当日消印有効)まで延長いたします。

しっかり延長しているではないか。8ヶ月も。
そこで、改めて広告をよく呼んでほしい。
 
026

  

購入期間は平成26年9月30日までです」とある1段目ではない。2段目の小さな文字。
 
ポイントの発行申請期間を、平成27年5月31日までに延長します。」
 
 
広告を入稿する直前に延長ニュースが入ったんだろうな。あわててこの文字を挿入した担当者の大変さがわかる(~_~;)。
どうせなら、上の大きな文字の部分を差し替えられたらよかったのに、それもままならなかったようだ。
 
ただし広告どおりに読むと、着工・購入期間は9月30日までで、申請期間だけが来年5月31日に延長されたということか。購入してから8カ月たってから申請する人もいるかもしれないからなあ(~_~;)。この広告を見て、まだ準備が整っていないのに、あと1カ月の間に着工を早めるのは、至難の業だろう。申請期間に余裕ができたのなら、業者としては9月に「着工したことにする」のではなかろうか。
 
 
まあ、どうでもいいや。外材OKが出た時点で、延長は読めていた。
 

 

2014/08/30

裁判傍聴記

土曜日だし、まったくドーデモ話。本来なら、裏ブログに書くべきかもしれんが。
 

なぜか、裁判を傍聴に行ったのですよ。

傍聴ですよ、傍聴。私が裁判やるわけではない。被告でも原告でもなく、あくまで傍聴。
 
 
まずは大阪裁判所を正門から入って、ロビーで、本日開かれる裁判の一覧をチェック。ここでは、1日に数百件もの裁判をやっているのではないか……。
 
目的の裁判は25分前にスタートしていたらしい。その法廷に急ぐ。……が、なんともう終わっていた。。。いやはや、民事は早いのだね。ま、私には何の関係もない裁判なのだが。
 
 
しょうがないので、刑事裁判の一つを傍聴。それは裁判員裁判だった。
 
こちらは朝から晩までやっているもの。内容はコンビニ強盗である。
ところがすごい内容である。犯人……被告人は、統合失調症で精神科より薬を処方されているうえ、大麻吸引歴もあり、危険ドラッグとアルコール摂取……という状況で強盗を行ってしまった(しかし、本人はその当時のことを記憶していない)という。
 
そこで証人に立つのは、精神科医。ほとんど神経系疾患の症状の解説になっていたが、結論として、今回の犯行は、被告人の病気や大麻・ドラッグ歴は関係なく、アルコール摂取だけを原因とする。
 
これを聞いて、私もなんだかなあ~と思ったが、弁護人もそこを質問。
 
……ところが、こちらも情けないのだ。一体、何を質問したいのかわからない状況。しかも詳しい案件を記憶していないのか、ノートを見ながらの質問している。とうとう裁判官が、「質問の趣旨は……ですか」とまとめる有り様である。
 
あああ、、、これってプレゼン下手の典型例だ。
 
せっかくツッコめるネタがあるのに、うまく活かしていない。なぜ犯行を犯してしまったか、という点をさまざまな病歴薬の作用の複合とすれば、少なくても強盗の罪は軽くなるかもしれんのに。
これでは被告人も罪を軽くするチャンスを失いかねない。私にしゃべらせろ! と思ってしまった(~_~;)。
 
検事は検事で、わりと慣れているらしく、話し方は上手かったが、あんまり事件そのものに興味なさそう。淡々とこなす様子。むしろ判事(裁判官)が、素人の裁判員向きに用語解説を交えつつ、全体を仕切るのが面白かった。
 
裁判員も大変だ。もっと事実関係を争ったり、犯意(動機)を読み取るような裁判なら、それなりに熱心になれるだろうが、精神医学の話でウダウダやっているのは聞いていて辛いのではないかなあ。
 
しかし、わりと味をしめたから、これからも機会があったら裁判の傍聴をしようっと。
 

2014/08/29

FITと製紙原料

バイオマス発電事業が盛んになってきた。
 
もちろんこれは、FIT(再生エネルギー固定価格買取制度)によって燃料とするバイオマス(木材)の価格の底上げが図られ、採算が合うと見込まれたからだろう。
 
それに合わせるように、未利用材の収集が行われるようになってきた。山に眠っている未利用の木材を搬出して、チップにして燃料に使うのである。
ここで木材の区分が少し代わってきた。一般に無垢の建築材などになる製材される木をA材と呼ぶ。次に少し曲がりなどがあるものは合板用に回すのでB材。そのままでは使い道がなくチップにされるのがC材と呼ばれてきた。
 
これまではC材と言えば製紙用チップだった。ところがバイオマス用のチップ材も現れたので、最近ではD材という呼び方も登場した。しかし、C材とD材の区別は十分についていない。
ここで気がかりな点がある。製紙用になるはずの材も、燃料として燃やしてしまう可能性が高まっていることだ。なぜならFITで、価格が製紙用に出荷するより高くなりかねないからだ。
 
これはもったいない。木材としては製紙の方が価値のある利用法である。発電用はいきなり燃やして終わってしまうが、紙は一定期間使われた後て焼却される。つまりカスケード利用が可能なのだ。
 
 
製紙用チップにはちゃんと規格・品質があって、どんな木でも砕けばいいわけではない。チップの大きさ・形状もあれば、材質もある。また樹皮などが混ざってもダメだ。結構厳しいはず。
一方、燃料用は、とにかく燃やせたらいい。本当は樹皮が混ざると灰分が増えるとか、含水率の高いチップは熱量が下がるなど影響するはずだが、細かなことは言わない。
 
本来ならC材の方がD材より高いから、自然と両者は区分されたはずなのに、市場原理が働かなくなっている。
 
なおFITは、エネルギーの中でもとくに発電した場合しか適用できない。バイオマスを燃焼させた場合、通常木質の持つエネルキーの20%内外しか電力に転換できないとされる。残りは熱になるが、現在の日本に利用計画はないに等しい。せっかく上乗せ価格で集めた木材のエネルギーの8割を、無駄に捨ててしまうことになる。
 
これをなんとかできないか。
 
そう考えると、やはり製紙会社に任せるのが一番ではないか、と思い当たった。製紙会社は、(輸入、国産問わず)集めたチップをパルプにするとともに、そこに含まれるリグニンなどの成分を燃料に回し、熱を利用するとともに発電も行っているところが多い。またパルプにならなかったようなもの(木粉)も回収してエネルギー利用している。
すでに、そうした仕分け能力と、エネルギー利用のシステムを確立しているのだ。
 
製紙会社はセルロースを取り出して紙にするだけでなく、リグニンなどは燃料に、その他無駄なく利用するシステムを持つ。全部燃やしてしまうバイオマス発電より高度な利用技術をもっている。
 
新たにバイオマス発電に参入する業者に、そうした機能は期待できない。
 
いっそFITのバイオマス発電も、まずC、D材の全量を製紙会社に納入させるべきではないか。そして製紙用C材と燃料用D材の仕分けをさせ、ちゃんと有効に使う。さらに熱も無駄なく利用する。国産材によるバイオマス発電事業は、製紙会社に限定したがよいかもしれない。
 
……こんなことを書くと、製紙会社の回し者のようだが(^o^)、それでもよい。別に、何も受け取っていないけど。持ってこられても断らないけど。。(オイオイ……)
 
どう考えても、その方が資源の使い方としては効率的で無駄が少ないのだ。
ついでに言えば、燃料が足りなくなっても、製紙会社は輸入も含めて確保する手段に長けている。持続できる可能性は高い。(各地に、燃料を未利用材に限ったため、数年で燃料が尽きて稼働停止になりそうなバイオマス発電所が多い。あるいは最初から輸入バイオマスに限ったバイオマス発電所もつくられている。)

 
085
 


某製紙工場。
 
紙の原料の国産化を進めることは、木材自給率を上げる決め手だろう。




   

   
よく言われるように、森林事情は世界と日本は真逆である。
 
日本は森林飽和状態で、木が育ちすぎた。もっと木を使わないといけない……という木あまり現象を生じて、「木づかい運動」まで起こしている。
だが、世界的には森林面積の現象は加速しており、いかに森林を守るかが早急な課題なのである。そのためには植林も必要だが、木の伐採を抑制しなければならない。
 
だが日本だけを特別扱いして、「どんどん木を伐れ、木を使え!」と叫ぶことがよいことか疑問に思っていた。
日本も世界の一部であり、森林保全にも力を尽くさねばならない。それを世界に広める側に回るべきだろう。
 
だから使い方をもっと工夫しないといけないし、とくに無駄なく使う技術なりシステムを採用すべきだ。
 
 
……どうだろう? 今回は思いっきり製紙業界の味方(⌒ー⌒)。
 

2014/08/28

林業の?デジタル図書館

我が家の書棚には、古い「林業技術」誌が結構並んでいる。

 
Photo
こんな感じ。一番古いのは1950年のものだから、64年を越える戦後まもないものだ。全部で百数十冊以上になるだろう。。
 
ちなみに私は、「林業技術」誌(現・「森林技術」誌)を定期講読しているわけではない。
 
実は、さる人から古い号10年分の寄贈を受けたのだが、目を通すと面白いので、私もネットで出物があると購入してしまうようになったのだ。最近のものではなく、数十年も昔の雑誌ばかりを集めるという……(笑)。
 
もともと「興林会」が大正11年に発行した「こだま」がスタートで、それが「興林こだま」になり、戦後は「林業技術」に、そして「森林技術」へと誌名を変更してきたらしい。その理由は、発行元の団体名が変更になったからなのだが。。。
ちなみに発行元の名は、「林業技術」は日本林業技術協会、「森林技術」は日本森林技術協会である。
 
ともかく、古い雑誌の古い記事を眺めて楽しむというミョーな癖を持っているわけだが、今回はショックな出来事が……。
 
日本森林技術協会デジタル図書館がオープンしたのだ。ここで、「こだま」~「森林技術」誌だけでなく、「森林航測」なども無料開放するという。
 
あらら。。。私がせっせと集めた古雑誌が。。。
 
もっとも、まだPDF化したものはそんなに多くなく、まだ目次だけのものも多い。順次、公開していくらしい。
 
でも、情報源としては、貴重だ。
 

2014/08/27

割り箸セット、残部一冊!

2年前の春に『割り箸はもったいない?』のネット直販を開始した。

http://homepage2.nifty.com/tankenka/waribasihon-hanbai.htm

大部数を引き受けてくださる人もいて、自らのところで販売するなどもしていただいた。
また私の手元にもそれなりに残しておいたが、大部分は捌けた。
 
それでも多少残っていたが、それもポツリポツリと注文が来る。
 
なかでも評判だったのは、株式会社磐城高箸の「希望のかけ箸」とセットにしたものだ。
本より割り箸目当ての人も多かったと思う(~_~;)。
 
そして今週にも1セット注文があった。
 
それで確認すると、これで『割り箸はもったいない?』の残りは1冊だけであることが判明。
 
あとは我が家の保存用だけだ。
 
つまり、割り箸セット……だけでなく、『割り箸はもったいない?』そのものが、販売できるのは、もはや後1冊だけということである。ちなみに箸セットは残り3部。
 
以上、お知らせ。いえ、何も急いで最後の一冊を買いませんか、というわけではない(~_~;)。むしろ売るのが惜しい気分(⌒ー⌒)。
 
5
 

何度も再版とか、新たに書き下ろしの構想は出るが、実現しないなあ。
 
出版業界も、年々厳しくなる……。
 

2014/08/26

取材を受ける側の覚悟(-_-)。。。

何カ月も前のことなので忘れていたが、共同通信にゴルフ場の自然についての電話取材を受けたのだった。

 
それが8月に全国の地方紙に掲載されたようだ。掲載紙は送って来ないけど……。
 
中国新聞の掲載分をネットを通じて送ってくださった方がいるので、紹介しよう。


8月16日づけの夕刊である。
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記事は、見てのとおり、ゴルフ人口が世界的に急減していることに対しての対策……といった業界問題としての記事だ。
 
もっとも私に質問されたのは、ゴルフ業界のことではなく、縮減するゴルフ場の跡地の問題。
 
コース減とか閉鎖に追い込まれた場合、その跡地をどうする? そこの自然はどうする? 
これは結構経営者の間では大きな問題なのだ。
 

で、2度に渡る長電話のほか、メールでも意見を伝えたはず。先のNHKの「サキどり↑」と同じパターン。(金にならない、ボランティアで終わった点でも同じパターン……)
 
 
掲載された私のコメントを引用しよう。
 
日本には現在ゴルフ場が約2400あるが、今後の需要減でこのうち千ほどが余剰になる恐れがある。閉鎖した後放置すると自然は元に戻らず劣化する恐れもある。里山に近い状態にあるゴルフ場も多いので、一部を太陽光パネルの設置場所として活用するなどして継続的に整備し、豊かな生態系を守っていく必要がある。」
  

……う~ん。書かれた内容は、断片的にはそんなことを話した気がするのだが、ちょっとニュアンスが違う。とくに、私がソーラー発電を推したことはない。「メガソーラーの場所に利用しているところも増えているが、私はあまりお勧めしない」と話したはずだ。だって、太陽光パネルを並べたら、里山的自然が守れるとは思えないからね。もっとほかに、お勧め手法や頑張っているゴルフ場の話もしたのだけど。
1000も余剰だというのも、私ではなく業界関係者の話として伝えたのだし。
 
だが、まあいい。気にしない(笑)。
 
取材を受けるということは、そういうことだ。どうしても書き手とニュアンスの違いが生じるのは仕方がない。事前にチェックする手もあるのだが、私は好まない。(この人、間違ったことを書きそうだなと取材を受けながら感じる場合や、細かな数字や事実関係が重要で、間違うと危険と思う内容の場合は要求するが。)
 
 
微妙なニュアンスの違いを考えて気をつかって書いたとしても、読者の受け取り方自体が多様というか、誤読・曲解も多いから(^^;)、誤解も含めて全部まとめて受け入れる度量というか、リスクを負うつもりがないと、この商売やってられない。
それが、今まで山ほど経験してきた末の結論だ。
  
せいぜい、ここに愚痴を書く程度(^^;)。   
もちろん、あきらかな間違い、それも根幹に触れるようなものは抗議するけどね。
  
  
だいたい私自身が取材者・執筆者なので、他人の取材に文句をつけたら我が振り見直さねばならないし(°o °;)。
  
読者にもマスコミ情報のリテラシーは必要だよなあ。    
 
書き手としての気持ちもわかる。いろいろな情報を仕入れて、それをどのような構成で読みやすい記事にするかを腐心する。聞いたことを地の文に書くか、コメントにするか。複数の取材相手がいれば、語らせる内容を分散させねばならないし、自らの意見をどこに折り込むか。何よりわかりやすい文と構成にしなければならない。
 
結果として、取材で話されたとおりに紹介しないこともある。
(これは、事前に描いたシナリオどおりに事実を曲げる、という意味ではない。大枠を外さない前提で、表現方法としての話。こうした子細なニュアンスを取り違えてツッコム読者も少なくないから……。)
 
ときに、取材を受ける人は、書き手は自分の代弁者だと勘違いしている場合がある。自分の話すことを忠実に紹介してもらえるとか、自分の味方?有利?になるよう書いてもらえると信じてしまっているらしい。……そんなことはあり得ないのである。 
 
 
ということで、ニュアンス違いのコメントでも、泣く泣く我慢するのだよ(泣)。。。。
 
 

2014/08/25

環境省のシンポ

奈良教育大学で、「大台ヶ原に苔むす自然は再生できるのか」というシンポジウムが開かれると知って、覗きに行ってきた。

 
大台ヶ原は、奈良県と三重県の県境に広がる高原的な山で、吉野熊野国立公園の一部であり、日本一雨量の多い山とか、ニホンオオカミ最後の棲息地で今も希少種の宝庫とか、まあいろいろ言われているが、貴重な自然の残るところである。
だが、今やシカの個体数の増加によって、原生林が枯れて草原になりつつある。いや、ササさえ食べ尽くされつつある。また観光客の増加によるオーバーユースなども問題になってきた。
 
2
 
そこで環境省が、自然保護のためシカの個体数管理(ようするに駆除ですな)と柵の設置、そして入場制限などを実施している。
 
その成果発表ということなので、興味を持ったのである。大台ヶ原は私も好きだし、シカなど獣害問題は林業界でも大きなテーマだし、地域振興とも絡む。

   
  
……そして会場に着くと、140人先着順とあったところ、私は事前申込みも無視して押しかけたのだが、ガラガラであった(笑)。50人くらいかなあ。
 
が、始まる前から感じるのだが、空気が違う。何か、違う。
数多くのシンポジウムを経験しているが、なんだろう。
 
まだ、誰も話していない。知った顔もない。……それでも感じる違い。
 
そうか、これは環境省の主催シンポなんだ。
 
そう気づきました(笑)。いつもは、林野庁もしくは林業系の自治体、林業団体が関わっている。会場にも、林業系の人が多く、もしくはそこそこいる。自然と林業系の雰囲気が漂っているものだ。
 
でも、この会場には、その臭いがない。。。(⌒ー⌒)。
 
シンポが始まってからも、その発表の仕方や内容に「環境省的」な臭いを嗅いだ。
 
いや、まあ、気のせいかもしれない。別に研究発表という点では同じなんだが。環境系と林業系と言っても、扱う分野は被っているし、シカ問題や生態系の話なんぞは同じはず。パネラーの研究者には林学系の人もいる。
 
が、何か違いを感じるのだ……。
 
パネルディスカッションでは、自然保護団体の代表も混じっていて、彼が強烈な個性を出していた。
ここに林学を持ち込むな」とか「森を再生するためと言って、植林するな」なんて言葉も出る。ようするに、自然の遷移に任せよう、人の手を加えない方がいい、という主張。が、それは後半の話。
 
3
 
会場に来ている人も、環境系自然保護系の人が多いのだろうな。なんか反応が違う。
  
パネラーには地元の上北山村の人も入っており、「大台のネームバリューで多くの観光客を呼び込んで、地域活性化を」というのだが、林業振興の話は出ないねえ(^^;)。

   
ツッコミドコロはいろいろあったのだけど、それはそれで、違和感を楽しんできたよ。
 
なお、シカの問題に関しては、個体数を1キロ平方メートルに目標の5頭まで減らすことに成功したという。またコア部分のほとんどを柵で囲んだことで、植生の回復も徐々に見られるらしい。これは、国立公園だからできたことだろう。
 
   
なお、シカ問題が大きなテーマではあるが、会場の大学があるのは奈良公園の一角と言ってもよい場所。
 
1
 
キャンパス内に、シカの糞がいっぱい落ちている。
 
「奈良のシカ」は駆除できないしねえ。。。。

2014/08/24

「サキどり↑」の林業特集

今朝のNHKでは、林業特集。




たまたま気づいて見ることができた。ようするに、最近日本の林業は再生の兆しがあるんじゃありません? という趣旨の番組。
 
取り上げるのは、九州からの(主に韓国への)木材輸出。そして自伐林業。
 
2
  
 
木材輸出は、消費者の要望を聞いて(マーケットイン)、プレカットして、しっかり乾燥させて……という話。取り上げたのは、宮崎の吉田産業。
 
単にプレカットだけでなく、集成材もつくっている。

難しい乾燥に尽力している様子を説明していた。番組中ではスギの集成材も製造していると紹介していた。  
  
  
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こちらは、自伐のための研修風景。
 
高知の土佐の森救援隊のほか、宮城(だったけな)、全国各地に広がっている様子を。

ちょっと気になったのは、自伐を始めたという21歳の若者の伐り方が、ちょっと危なっかしいこと。防護チャップスも付けていないし、あの服装でいいのか? それに自伐だからと言って、一人で山に入って怪我でもしたら……。

   
 
それはともかく、実は私もこの番組の企画に多少関わっていたのだよ。結構時間を割いたし、出演話もあった。
 
ただ、私の評価は「それぞれの事例は頑張っているが、それだけで林業再生と言えるかどうか……」と辛口だったためか? 出演はなくなった(笑)。結局、ただ働きじゃ。
 
国産材の輸出量は地道に伸びているし、自伐林業も新たなトレンドとなりつつある。ただ、それらを特効薬に見立ててもダメですよ……という話をしたのである。
 
木材輸出は10年以上前に中国に挑戦してイタイ目に遇っているし、韓国のキャパは小さい。スギの集成材は赤字気味だし、自伐林業も事故が起こらないことを願う。
 
まあ、その点は担当ディレクターも取材を通してわかってきたみたいだが、番組としては成功例を取り上げないと話にならなかったのだろう。
 
内容には不満もあるが、こうした番組がつくられるということは林業に期待が集まっているということかね。その期待が崩れたとき、一気に冷めないか心配。二の矢三の矢(成功実例)を放たないと。
 

2014/08/23

「ビッグイシュー」の特集記事

生駒駅のコンコースでも、「ビッグイシュー」日本版を売る人がいる。まだ若そうに見えるが……。

多少の興味はあるが、若者向き雑誌との評判だし、無意味に金を払う趣味もないのでスルーしていたが、今回掲げていた見本誌の表紙にあったのは、「今、森をめざす」であった。

それなら手にしても悪くないだろう。

ということで購入した。350円。ちょうど私の買う前に、主婦が購入していたので、並んで待つというあまりしない状況になる(^^;)。

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一応雑誌の紹介をしておくと、「ビッグイシュー」は、ホームレスの仕事をつくり自立を応援することを掲げた雑誌。イギリス発祥で、日本には2003年からだという。月2回発行だ。

書店には並ばず、契約した販売者は、1冊170円で仕入れ、街角で350円で売るから、1冊売れれば180円の利益が出る。頑張れば1日数十冊売ることも可能だから、それを元手に自立の道を探る……というものだ。

ちゃんと行動規範もあり、それに反した販売者からは、買わないよう呼びかけられている。言葉づかいや通行の邪魔をしない、酒や薬物を服用していないこと……などだ。
一方で、販売エリアを割り振り、販売テクニックを教えたりもする。そして生活の自立や就業トレーニングなどの支援もするそうだ。
 

記事は、国際的なものから文化、エンターテイメントなど。別にホームレス関連の情報誌ではなく、一般人が普通に読む記事を載せるのがポリシーだ。
まだ都会でしか販売されていないから、目にされる人は少ないだろう(……と書いてから、生駒は都会か? と思ってしまったが)。

最初に手にとっての感想は、薄いことだ(^^;)。350円のわりにはペラペラ。32ページである。しかし、広告がほとんどないことを考えると、通常雑誌なら2倍の厚さの内容だろう。

で、今回の特集。

2
写真は、特集扉。

取り上げているのは、ツリークライミング(ジョン・ギャスライトさん)。

カホン・プロジェクト(山崎正夫さん)。

林業女子@京都(4人)

西粟倉・森の学校(牧大介さん)。

ちゃんと足を運んで取材しているし、書き方もていねい。

内容は、私にとって特に驚くようなことは書いていないが、一般人向けという点からすると、かなり斬新なのではなかろうか。各人の単発の記事ならそこそこあるが、全体を通して森を伝える切り口はあまりなかった。これを読んで多少とも森と林業を巡る現代日本の事情に眼を向ける読者も出るだろう。

また、改めて仕事は大事、と思う食い扶持を稼ぐと同時に社会に関わるという意味で。買い手の顔が見えるのは結構重要なのだ。私も自著を駅売りしようか。。。

(ちょうど、本日『割り箸はもったいない?』の注文が入る。ネットの自己売りもコツコツと。。。)

2014/08/22

『「水を育む森」の混迷を解く』番外編?

一昨日、昨日と取り上げた『「水を育む森」の混迷を解く』の続編。ただし今回は、まったく別の面から私が注目した点。

 
本書では、エジンバラの万国森林博覧会が取り上げられていると記したが、もう一つ詳述しているのが、第3回内国勧業博覧会だ。これは1890年に東京・上野で開かれた国内の博覧会である。
 
ここにも水源涵養、土砂流出防止……などに関連した出展があるのだが、私が注目したのはそこではない。
 
そもそも第3回内国博と聞いて何を思い出すだろうか? いや大半の人は何も思い出さないと思うが(^^;)、『森と近代日本を動かした男 山林王・土倉庄三郎の生涯』を読まれた方なら、多少は何か記憶に残っていないだろうか。
 
そう、土倉庄三郎も、この博覧会に出展しているのだ。そしてこれは、吉野林業にとってエポックメーキングな出来事だと私は思っているし、現在の林業にも通じる意味がある。
 
ただ、出品した時の様子や、その後の反響に関して記した文献が見つからなかったのが、拙著を記した際の悔いであった。勘繰れば、本当に出品したのか? 出品しても隅に追いやられていたのてはないか? という疑惑さえあった。
 
ところが、本書に記されていたのだ。
 
土倉翁は、この出品に対して「一等有功賞」を受賞していた。このことがわかっただけでも、私は感激なのである(^o^)。

Img003
 
 
ちなみに三重県の土井幹夫氏も、有名な大山林主。 
  
 

報償理由には「意ヲ運材法に注ギ世ノ需要ヲ充サンコトヲ勉ム」とある。
私的には、ここが重要だ。

   
改めて紹介しておくと、土倉翁が出展したのは、吉野の多くの種類の木、木材、木工品とともに、筏なのである。長さ60メートルにもなる、吉野川を流す本物の筏を2連だ。
 
これを出展すると決めたときは、当時の奈良県庁とゴタゴタ揉めたようである。あまりの大きさに渋る当局と押し問答を繰り返した文書が残っている。今なら……ま、同じだろうな(^^;)。
 
こんな大きなものは展示できないという意見に対しては、展示館の中ではなく、野外の樹木の間に並べ、本当に川を流している状況を再現したらいい、提案している。それが実現したのかどうかはわからないのだが、これは今風に言えば動態展示に近い。
 
ともあれ、これらの出展物は単に林産物の紹介ではなく、運搬方法にも力を注いでいることを評価されたのだろう。
 
また出展と同時に解説書を付けた点も大きな意味がある。そこには吉野林業とは何か、そこで木々を育てる技術を解説し、吉野を見習い、各地でもっと植林しろ、山々に木を植えることこそ災害を防ぎ、国を富ませる興国である、と檄を飛ばしている。
 
まさに展示物と解説書はセットになった吉野林業の広告の役割を果たす。実際、この後、次々と吉野林業の解説書が出版されていく。
 
そんな裏取りが取れたのが、本書のこの項目なのである。
 
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せっかくだから、もう一度表紙を紹介。詳しくは、サイドバーからAmazonのサイトに飛んでくれ。あるいは日本林業調査会のサイトでもいい。

2014/08/21

『「水育む森」の混迷を解く』から考えた2

昨日の続き。

 
本書で示されるのは、日本は欧米よりも古くから森林に水源涵養機能があることを悟って、政策に反映させていたことだ。 
また思想・文化の面からも、森林の公益的機能は深く庶民にまで根付いていた。それは江戸時代の思想家などが多くの農書や啓蒙書(熊沢蕃山など)を執筆していただけでなく、明治時代には小学校や女学校の教科書にも、森の大切さを記した文章が載っていたことからもうかがえる。
 
 
ところが、これは妙なことなのだ。
 

Img001

 
本来なら、まず科学的事実(知識)があって、それが思想なり文化(社会的認知)に高められた上で、政策(法律など)に反映されるのが順序だろう。
 
ところが、科学的検証は成されぬまま、思想となり政策となったのが、森と水の世界なのである。科学的でないのは、森と水の関係は経験則に基づいて理解していることを示している。
 
そして、科学は後追いで、社会(制度)や思想の証明を求められていることになる。
  
  
 
しかし、現実には野外科学は複雑だ。場所がほんのわずか違えば環境条件(地質、地形など)も変わるし、そこに生えている草木も違う(本数、太さ、配置、種類……)。そして天候(とくに降水や風)は二度と同じように再現できない。「100個の事例を調べれば、100の現場特性がある」わけだ。
 
だから、森林の水源涵養機能も千差万別。ある時は水をため、あるところでは水を消費して減らす。何から何まで変化する。一口に結論が出る問題ではない。
  
それでも、世間は学者にわかりやすく、単純なモデルを求める。微に入り細に入り解説されても困るのだ。これは「舶来」の近代科学の杓子定規な適用だそうだ。西洋では、ある意味理論科学が強く、単純理想状態の答を基礎として全体に当てはめがちになる。
また幾つかの実験のデータの一人歩きもする。それは一例に過ぎないのに、全体を代表しているかのような引用をされてしまう……。
 
……これが、「混迷」を生んでいると著者は解説する。
 
結局、森林水文学は、まだ未完成な科学ということなんだろう。
 
後半は、それらを克服するために「注釈を重視する科学」を提唱し、発信すべき注釈情報について語られている。いわば科学コミュニケーション論だ。
 
そこのところの説明は置いておくが、あらためて野外科学の大変さを思う。森林水文学だけではなく、森林学全体が複雑なのだ。これを林業に当てはめて言い換えれば、林業技術も千差万別、山一つ、谷一つ変われば、そこに適用すべき林業技術は変わるということだろう。
   
それなのに、単純理想状態にしか通用しない全国画一的な政策ばかりつくっているのである……。
 
なぜなら、いくら「こんなに複雑なんだから注釈読んで、よく考えてね」と言っても、肝心の現場の人が「大雑把に言えば、どういうことなの?」とか「ようするに「○○していいの、悪いの?」とマニュアル化を求める。注釈を読むのは面倒だし、自分で考えるのも億劫だからだろう。
 
 
人間社会も、政治も、野外科学と一緒なのだ。ほんのわずか条件が違えば結果も変わる。「100の現場があれば、100の政策が必要」なのである。しかし、現実には、グローバル化の名の元に、いよいよ画一化を進めている。これでは政治が「混迷」しても仕方がないかもしれない。
 

2014/08/20

『「水を育む森」の混迷を解く』から考えた1

先週末から福知山市・丹波市・高山市……と水害のニュースに目を奪われたかと思うと、本日未明、広島市北部で大水害が発生した。深夜の集中豪雨とは、盲点を突かれたかのように感じる。

 
水害が発生すると、必ず注目されるのが森林だ……長く「緑のダム」論争が展開されてきた。すなわち森林には水源涵養や洪水防止、そして山崩れを抑える機能があるや否か。
 
ある者は、あって当然自明の理のごとく唱える一方、森に期待するな!  森林は水を消費するのだ、という論者も古来多く出て、論争を繰り広げて来たのである。
私自身、この論争には20年以上前から加わっている気がするが、その立場は「森には“過度に”期待するな!」である。

  
それはともかく、この論争の歴史と根本を解くのが本書だ。
 
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「水を育む森」の混迷を解く   田中隆文著 

 
日本林業調査会 1800円+税
 

 
※サイドバーにリンクしました。

 
 
この本は、専門書だ。ただし、森林水文学の専門書にあるような数式やら図表が並ぶような本ではない。むしろ前半は歴史書のように、過去の文献を読み解き、いつの頃から、森と水の関係が語られていたのかを詳しく調べている。そして後半で野外科学のあり方やコミュニケーションの問題にも触れている。
 
そして私には、本書からまったく別の私の興味から、重要な事実を知ることができた。(その点については後日。)
 
まず最初に取り上げられるのは、1883年(明治16年)の林業試験場報告に「樹木ヲ伐ツテ水源ヲ涸ラスノ説ハ舶来ニアラズ」という論説が登場することだ。
これは、明治維新以降、すべての技術は西洋を手本にするかの風潮に対して、水源涵養機能、そして治水技術はそうではないことを論じたものだ。
そして本書は、その点を追いかけて、治水技術は江戸時代より日本独自の技術が積み重ねられてきたのではないかと検証する。
  
その論証の一つが、1884年のイギリス・エジンバラで開かれた万国森林博覧会だ。
実は、私もこの博覧会が以前から気になっていたのだが、中身を記した文献がまったく見つからずあきらめていたのである。それが本書で結構詳しく紹介されている。(その点だけでも出色の本である。)
 
当時、博覧会は国際的な情報交換の場だったようだ。今のように簡単に電話やメール、そして国際会議を開ける状態ではなかったから、博覧会に出展したり集うことが情報発信や意見交換に重要だった。だから森林博覧会は、今なら森林関係の学者とNPO、NGO、そして政府関係者などが集う地球サミットのような場だったのかもしれない。
  
そして日本の出展物は、大いに評判を呼び、科学誌ネイチャーの記事に「日本の林業および森林科学は、イギリスをふくめた各国よりもずっと先進的」と評価されている。
 
なんか、びっくりである。日本の林業が? 森林科学が?
 
その出展物の中身は、日本の森林関係の法令や山林学校の設立、そして伐木運材、森林の空間分布を示す地図、土砂流出防止工法の説明、数多くの林産物と林産製品……などだ。中には樽や櫛、柳行李、歯ブラシもあったというが。。。
 
そう言えば森林法(ほか、河川法、砂防法と合わせて治水3法)が成立したのは、1897年だ。これは英米に先駆けている。
日本では歴史的に禁伐令は7世紀から発せられているし、数々の治水工事や植林が行われてきた。実は欧米では、そうした森林に関する法令は、極めて少ないのである。
 
日本はドイツに林学を学んだが、それを活かした法令や施策の実行は、英米より早く、ドイツやフランスとも、ほとんど同時期だったことも驚きである。
 
さらに伐採搬出の技術も、なだらかな地形のヨーロッパとは違ってかなり進んでいたらしいし、木の加工と製品化技術も、優れていたと思われる。
 
 
この点だけでも、目からウロコだった。
 
……どうも、本題の「混迷を解く」まで行き着きそうにない。今日はここまでにしよう。

2014/08/19

Yahoo!ニュース「イヌワシのために皆伐」……の裏側

Yahoo!ニュースに執筆した
「イヌワシのために皆伐」の裏に透ける意図

 
いうまでもなく、8月11日に記したブログ記事の発展版。あの記事は、まさに「思いつき」で書いたのだが、その後も気になっていくつか記事を後追いしていたら、どんどんきな臭くなった。
 
林野庁の本当の意図がどうかはわからない。だが、無意識的であろうと、たまたま持ち込まれた案件であろうと、このところ皆伐を推進したがっているのは間違いないだろう。
そして、これを契機に「皆伐は悪くない」「皆伐は必要だ」というイメージづくりをしようとしているのではないか……と深読みしてしまった。
 
本文にも記したが、私は皆伐絶対反対論者ではない。むしろ、大昔から「皆伐やろうよ」と口走っては顰蹙を買っていた。ただし、小面積皆伐でなければならないし、伐採後のケアも含めてかなり気をつけて取り組まないと失敗するだろう、とも思っていた。
 
それだけに、野放図な皆伐の口実にイヌワシが利用されることのないよう望む。
 
 

2014/08/18

緑地の環境効果でもっとも優秀なのは?

手元に1枚の用紙がある。

 
地域緑地の環境負荷・効果の比較を調べたものだ。つまり、さまざまな緑地の中で、生態系に対する負荷を与える、もしくは向上があるかどうかを列記してある。
 
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少々細かいが、読めるだろうか。
 
緑地環境としては、人工林、ゴルフ場、水田、施設園芸、果樹園、河川敷、道路敷、社叢林、緑地公園、工場・住宅の10種類。
 
負荷とするのは、熱(赤外線)の貯留と廃熱、表土の損耗、不透水化と表面流水の発生、大気・水・土壌の汚染、生物種の衰退と生物汚染の5種類。
 
効果とするのは、熱の代謝・循環機能、表土の保全・循環機能、降雨の貯留・循環機能、大気の浄化・循環機能、水生・陸生動植物の保全の5つ。
 
細かな点は、表を見ていただければよいが、それぞれプラスかマイナス(加えてゼロ)を見ていく。
 
天然林、草原等が入っていないのは、ここでは緑地、つまり人が積極的に関与した環境を対象にしているからだろう。もっとも、社叢林が人の手がもっとも加わっていない環境として代役を担っているのかもしれない。
 
 
さて、この中でもっとも優秀なのは、どれになるか。
具体的には、負荷が一番少なく、向上がもっとも多い緑地だ。
 
それは……社叢林である。ま、これは予想できる。そもそも人の手が加えられなくて成立した「潜在自然植生」(出た!)なんだから。もっとも、社叢林が天然林・原生林化すると、生物層は減少する傾向にあるから、環境効果をまるごと+にすべきなのか、疑問はあるが。
 
そして、もう一つ。ゴルフ場の点数がもっとも高い。負荷に±が混ざっているが、効果は全部+だ。
意外に思う人もいるだろうが、ゴルフ場内を里山環境と認識すれば理解しやすい。農薬を撒いているのは、芝生のごく一部(約2割)だ。全体としてはモザイク状にさまざまな生態系が配置されているから、環境的には優秀になるのではないか。
 
緑地公園は、残念ながらさほど高くない。もっとも低いのは、施設園芸と道路敷、そして工場・住宅。道路は当たり前かもしれないが、施設園芸がこれほど低いとは……。そして住宅も工場も、それなりに緑化しているように思えたんだけどなあ。
  
まあ、点数の付け方の根拠は結構難しいが、何も思いつくまま付けたのではなく、ちゃんと調査データに基づいている。それなりに裏付けがある。
 
残念ながら、人工林はあんまり高くないね。。。
 
 

2014/08/17

中米ニカラグアの戦争

我が戦争特集、第4弾。……え、まだ続くの、と思っている人もいるでしょう。ええ、私もその一人(笑)。いいじゃない、日曜日だし。

 
古い度の写真を探していると、忘れているものも見つかる。ソロモンの次はチモールか、頭に描いていたら、ニカラグアの写真が出てきた。そう、ここも戦場だった。
 
ニカラグアは、中米の国である。中米では面積の大きな国だが、長くソモサ一族の独裁が3代続き、国は荒廃した。とくに首都マナグアで起きた1972年の大地震で世界中から集まった義捐金をソモサ大統領は着服した。一説には1兆円にもなる。
それがきっかけでサンディニスタ民族解放戦線が政権打倒の戦いを始め、1979年にソモサは亡命してニカラグア革命(歌う革命)を成就した。しかし、徐々にキューバ寄りになった政権に対して、アメリカが介入を始めてコントラを組織、第2次ニカラグア戦争と呼ばれる戦いが始まる……。(このコントラに協力したのが、オサマ・ビン・ラディンであることは、意外と知られていない。)
 
私が訪れたのは、この頃。一応、サンディニスタ政権を応援する、という名目だったが、私にとっては革命観光旅行(^o^)。まずは現地を見てみたい、というものだ。つまり、見てきたのはサンディニスタの革命とコントラとの戦いが重なっている。
 
 
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ニカラグア第2の都市レオンの町並み。
 
建物の壁には、どこも銃痕が残る。
 
崩壊したり焼けただれた建物も多い。それが戦闘によるものなのか、地震の名残なのか(まったく復旧しなかった)、わからないのだが……。

 
  

  
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そこでも、子供たちはたくさんいたなあ。
貧しくも、たくましく生きておった。物売り、物乞いも多い。
 
しかし、みんな商売しているので、とても共産主義国家とは言えない。アメリカの言い分は難癖であることがよくわかった。
一応、政府は「混合経済」をめざす、と言っていたが……。
  
  
  
  
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サンディニスタの戦い。
 
もちろん私が撮影したものではなく,現地で売っていた絵葉書である(⌒ー⌒)。
ちなみにサンディニスタとは、独立の英雄サンディーノ将軍の子供たちという意味らしい。
  

 
  

  
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そんな革命の国には、世界各国から支援者が集まっていた。だから、意外なほど外国人によく会う。ヨーロッパ人が多いが、日本人もいた。
 
これは日本人僧侶。たしかインドの日本寺から来たと言っていた。首都でアメリカに抗議して断食中。熱帯の国で、水だけで30日くらい続けていると記憶する。

 
ちなみに、その後のニカラグアは、経済が破綻し、国連監視の大統領選挙でサンディニスタのオルテガ大統領は落選した。そして中道右派政権が成立して、アメリカとの関係も改善したはず。その後、ドタバタが続くが、近年オルテガ氏が再び大統領に返り咲いたという。あのとき、会えていたらなあ。
 
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街角の女の子。


頭にものを乗せて運ぶところを実演してくれる。
  
みんな陽気だ。さすがラテン系。


 

  
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この娘は、町で出会ったグループで、みんなが「もっとも美人だから撮れ、撮れ」とうるさく囃すので撮影したものである。

他意はない。
 
実はアルバムには、ほかにも美人の写真がいっぱい。
 
私の(当時の)撮影の目的は革命の視察だったのだろうか……と、アルバムを見て首を傾げるほどであった。ラテンアメリカには美人が多いことは視察したようだが。

2014/08/16

戦場はソロモンとラバウルにあり

戦争特集、第3弾。まだ続くか(笑)。。

 
戦われた戦場を実地に見てきたのは、ソロモンとニューギニアだった。とくにガダルカナル島と、ニューブリテン島のラバウルである。
 
ガダルカナル島は、別名ガ島。餓島と呼ばれた。
 
勝ち戦に勢いに乗る初戦の日本軍は、米軍とオーストラリアの補給線を断つ目的で、ソロモン諸島へ進出する。そしてガダルカナル島に飛行場を建設するのだが、ここで連合国軍の猛反撃に行き当たるのである。完成した飛行場をあっさり奪われ、奪還を目指して兵の逐次投入を行うが、見事に大失敗。
派遣された軍の多くは、補給も受けられず、戦闘より病気と飢餓に襲われ、ほとんど全滅状態に陥る……。
 
そんな島に私は出かけたの(^^;)。
 
今はソロモンアイランズという独立国になっていて、ガダルカナルには首都ホニアラがある。当時(なんと30年も前だよ!)、到る所に瓦礫となった兵器が転がっていた。今はそれらを巡る戦跡ツアーもあるようだが。
 
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これはレッドビーチに捨てられた野砲。五木支隊が上陸したところ……と言っても、ほとんどわからんか(^^;)。とにかく、この浜が血に染まったので、「赤い海岸」という名になったのである。
 
この海には、あまりに多くの艦船が沈没したので、鉄底海峡と呼ばれている。
 
写っているのはガイド役の女性だが、私と二人だけでは危険と感じたのか、息子連れだった(^^;)。
   
ちなみに彼女は、現地のソロモン人(メラネシア系)ではない。ミクロネシア系の、おそらくキリバス人だろう。

   
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これは、たしか、ウォーミュージアム(ようするに戦争兵器の残骸を集めたところ)にあった飛行機の残骸。
  
日本のものとしたら、単座単発だから、零戦(零式艦上戦闘機)かもしれない。ラバウルからガダルカナルまで飛んでくる航続距離を持っているのはゼロしかないからだ。
 
もっとも、どこか違う……。造りが簡素というか粗末。アメリカの偵察機とか? 


   
 
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これは、貧弱な小型戦車か……と思ったが、自走砲かもしれない。走らせる平坦な地形は限られていただろう。
 
日本軍が、戦車もしくは自走砲をガダルカナルに上陸させたケースがあるのかどうかわからない。
 
乗っている砲は、あとで乗っけたように見える。正確な復元はしていないだろう。


 
一方、日本軍の拠点はラバウルだ。当初は大規模な基地だったが、連日の猛爆撃で疲弊していく。だから戦跡の宝庫。兵器の残骸は、ごろごろしていた。 

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野砲の残骸。   

このように子供たちの遊び場になっている。
 
とくに展示しているわけではなかったはずだ。




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一般家庭の庭に転がっていた機関銃。
 
ほかにもヘルメットや水筒、飯盒などを家の玄関や庭に飾っている家はたくさんあった。
 



ラバウル周辺には、日本軍が築いた多くの地下壕がある。
 
私が訪ねた地下壕は、何百メートルもあったが、非常に大きく、中に上陸用舟艇が格納されたままだった記憶がある。
暗くて写真が撮れなかったのが残念。
 
ラバウルから各地を流浪したが、あちこちで日本軍の伝説を聞いた。よくぞ、こんなところまで! と驚くような場所まで駐屯地があったようだ。
  
……ニューギニア戦線は、いかに過酷な戦場だったか、多少とも現地のジャングルを歩くと、その恐ろしさを肌身に伝わってくる。
ジャングルの中の敗走で飢えた兵士が人の肉を食べたことは、よく知られている。現地人を襲って肉を取る事態も頻発したそうで、「日本人は人食い人種」と恐れられていたとか……。
 
さて。さ~らばラバウルよ、また来る日まで~♪ 
と、再びガダルカナルにもどる。そして、日本軍が飛行場奪取を狙って立てこもったオースチン山に行くと、そこは平和公園になっていた。ここで日本軍は壊滅的な被害を被るのだが……。この山の麓には、地下壕にアメリカ軍の野戦病院もあった。
 
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そこで見かけた、白人とソロモン人の子供が仲良く遊んでいた姿が印象的だった。
 

2014/08/15

小笠原は戦場だった

我が戦争特集・第2弾。

 
若い頃から戦争遺跡には親しんできた私だが、本格的なものを見たのは大学生の時に訪れた小笠原諸島だった。探検部の遠征であり、目的は洞窟探し&調査やオガサワラコウモリ探しなどを掲げたが、戦跡調査も重要テーマだった。
 
小笠原諸島といえば、今でこそリゾートぽいが、かつては日本の南洋諸島に連なる飛び石の一角。サイパン陥落後は最前線であり、硫黄島の後背地としての基地があったのだ。
 
そして戦争末期に日本軍が展開した地下壕戦は、パラオ南方のペリリュー島に始まり、硫黄島で史上まれに見る激戦を繰り広げた。(折しも今夜は、テレビでペリリュー島と硫黄島を舞台にした戦いのドラマ・映画が放映されている。)
 
だが、小笠原諸島の父島など各島にも地下壕は築かれたのだ。その総延長は35キロにもなる……と聞いたが、真偽は定かではない。その一端を調査しようというものだった。
 
正直、明るい日差しの下にくらい戦争の影はさほど目立たない。……が、行けばびっくりするほど身近に戦跡があった。集落周辺にもトーチカ跡や軍施設跡は珍しくない。海水浴では、トーチカで着替えたりして。雨が降っても、トーチカ跡で雨やどり。
しかも海辺の沖には、半分沈没した船が崩れそうになりつつ海面に船橋を突き出している。圧倒されるばかりの戦争遺跡なのだ。

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父島・最高峰の夜明山山頂部に残る建物。
その頑丈な造りは、司令部を思わせる。
 
これは今でも残っていて、観光スポットになっていると聞く。
  
  
  
  
  
 
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海岸に放置された、多分、高射砲。
 
これは兄島だったと思う。
しかし、父島にも、アチコチに残されていた。
  

   
  
そして圧巻は、山々に点在する地下壕だ。巨大なコンクリートの建物があるかと思えば,道沿いに口を開ける地下壕に恐る恐る分け入ると、迷路のように通路が次々と連なり、崩れかけた部屋の中には腐った木材が散乱。足元は水がたまり、黴臭い臭い……貧弱なヘッドランプに映し出される空間は、お化け屋敷巡りより遥かに怖い。
当時の写真を探したのだが、ほとんど地下壕は撮影していなかった。当時、写真は今ほど簡単に撮れず、しかもストロボなど装備も揃えていなかったからだ。
 
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わずかにあったのは、こんな写真。
 
これは母島の陣地だったと思う。でも、ちょっと綺麗すぎる。ほとんどの地下壕は、もっとボロボロで陰惨な雰囲気を漂わせていた。
 
 
母島では、島民しか知らない地下壕も案内してもらった。分厚いコンクリートに包まれた造りに驚くが、同時にこれで米軍を迎え撃てば玉砕間違いなしだと感じた。逃げ場がない。
  
それにしても、まったく道もない山をかき分けて登ると、(アダンノキ、タコノキなどが生い茂るジャングルは、超難関の登りだった。足が地につかず、ブッシュの中を泳ぐように進むのだ)そんな奥にも塹壕があり、さらに地下壕が掘られている。当時の兵隊は、地下要塞を築くためにどれほどの苦労をさせられたことか。
 
 
今は、その大半を埋めてしまったはずだ。私が行った際は放置状態だったが、危険だと入り口をどんどん閉鎖していた。私が訪れたのは、ギリギリの時期だった。ただ一部を利用して、戦跡観光ツアーが行われているというが……。
 
 
結果的に硫黄島を占領した米軍は、父島にも母島にも来なかった。飛行場を作るのは難しい地形のせいだろう。だが、数千人の駐留部隊が居座っていたらしい。連日の空襲と「硫黄島の次」を感じる中で、極めて陰惨な事件も引き起こしている。父島で、墜落した米軍爆撃機の乗員を捕虜にしていたが、彼らを虐殺して人肉を喰らったのだ。連日、遺体を解体して肝臓を切り取り、宴会を開いたという……世に言う「小笠原人肉事件」である。
飢えではなく、敵をいたぶり狂気に支配されて行った人肉食として、世界的にも稀な事件だ。虐殺して食べたのは連隊長以下、高級将校ばかり。彼らは戦後戦犯になっている。
 
……そんな戦争の遺物と記憶をたどる旅だった。
 
鍾乳洞の探検などは楽しかったが、そんな密かな調査もしていたのだよ。。。。
 
 
  
ところで、まったく趣の違う戦跡を紹介しておこう。 卒業後訪れた無人島の兄島では、当時、空港建設、反対賛成で争っていた。そこで地元の人に案内をお願いして、上陸し空港建設予定地を見て歩いた。
 
ところが兄島の風景は、父島や母島など他の島とまったく違う。乾燥しており岩だらけ。植生が貧弱で沙漠か草原なのだ。しかも台地になっている。まるで南米アンデス高地を連想するような世界だった。
そこにもあった、戦跡が。しかしそれは、まるでインカの遺跡を思わせる岩の地下陣地なのである。岩に刻まれた階段を登っていくと、岩山の下に掘られた壕があった。その中は乾燥していて地下壕というより地下宮殿の趣。
 
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兄島のピークの岩山に登ると、山頂直下に地下壕があり、そこに潜って行くと、奥はこんな覗き穴があった。
  
美しい海が見える。ここで敵軍を見張っていたのか。



 
  
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そして仰天したのは、ピラミッドがあったことだ! それも3つ。これはインカ人がつくったのか、それとも宇宙人の基地か? と思わせる光景だった。
 
ああ、ここはもう一度行きてえ。
 
 
 

2014/08/14

弾薬庫と砲台跡

明日は8月15日、終戦記念日。

 
テレビや新聞では、戦争特集を組んでいる。69年前のこととなると、さすがに最近は直接的な戦争を描くのも無理となり、それぞれ工夫を凝らしだした。結構、それが見応えあったりする。単に悲惨だ、酷かった辛かった……といった押しつけるような記録ではなく、忘れられた当時の事情や新発見の事実がつまびらかにされるからだろう。
 
そこで拙ブログでも、戦争特集(^^;)。
   
 
中学・高校時代、私は北九州市門司区に住んでいた。家は少し高台にあったが、すぐ横が山で、私はそのブッシュに分け入るのが趣味だった。その頃から、道なき道を登ることをやっていたのである。
 
最初のうちは、家の近くの部分だけだったが、やがて高く登るようになった。どこまで登れる(そもそも山の高さも確認していない)のか探検するつもりだった。とにかく、草木をかき分けて上へ登る。あまり高い木はなかったと記憶するが、案外凸凹があり、落ちたり転んだりしつつも、よじ登った。突然ツバキの花咲き乱れる樹林に出くわしたこともあった。
 
ある日突然、目の前の視界が開けた。ブッシュは終わり、草原に出たのだ。頂き部に木は生えていない。意外なことに道があった。(その道を伝って登るルートを知るのは、ずっと先である。)
 
草原は多少の起伏があったが、頂上に立つと、そこから関門海峡が見渡せた。眼下に関門橋や行き交う船が見える。対岸は山口県。彦島だろう。
 
ところで山腹のすぐ下にレンガ積みの壁があった。そして扉がある。恐る恐る入ると、暗いがガランドウの部屋だ。湿っぽいすえた臭いがする。一番奥の天井に竪の穴があった。
 
そんな地下の部屋が、たしか3つほど並んでいたと思う。それは弾薬庫だった。そして上には、丸い陣地がある。回りはコンクリート製だ。そこは砲台跡だった。砲台だけは外されたが、陣地まで撤去できなかったため、残されているのだろう。
 
ここは関門海峡を見下ろす絶好のポイントだ。もし敵艦が関門海峡に侵入してきたら、狙い撃ちするための砲台陣地を築いたのだ。つまり要塞である。たしか明治の刻を見つけた記憶があるから、建設されたのは日清戦争時代かもしれない。
 
(ちなみに関門海峡は幾度も戦争の舞台になっている。古くは源平の壇の浦の合戦。幕末の第2次長州戦争でも戦われた。)
 
その後、埋もれた砲台跡を発掘(砲台下の部屋に潜り込む穴を掘る)したり、おそらく埋められて隠された弾薬庫のある辺りを掘り返した(小さなスコップで掘れるものではなく、諦める)り、直に戦争遺跡と触れ合う……というより、遊び場にしていた青春時代である。
 
思えば門司には、到る所に砲台のほか地下壕陣地が残されていた。戦略拠点だったのだ。しかし戦後は保全されることもなく、打ち捨てられていた。当時は戦争遺跡という言葉もなく、面倒な遺物にすぎなかったのだ。
しかし山中に累々と広がる廃墟。今なら「天空の城ラピュタに紛れ込んだ気分」とでも表現できるかもしれない。
 
おそらく今は残されていないだろう。私が引っ越す前に、その山は全面的に木が伐られて山を崩し宅地開発されたからだ。完成した姿は見ていないが、山の上まで住宅地になったはずで、弾薬庫や砲台跡も撤去されたのではないか。
   
 
わずかに、私が裏山で掘り出して今に至るまで保有しているものがある。
 
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「陸軍」の
である。かつての要塞の敷地を示していたのだろう。世が世なら、勝手に侵入したら逮捕されていたはずである。今でも、勝手に石標を持ち出したら罪かもしれんが、もう時効(^^;)。
 
実は、かなり長く地面の下に1メートル以上ある。それを掘り出して家まで運ぶのは大変だった。
 
今は、長い石の下部を割って、上の部分だけにしている。そして庭の隅にひっそりと立てている。
 
これが、我が家の戦争遺跡である。
 
 

2014/08/13

森林認証SGECがPEFCに加入する?

近頃、あまり話題に上がらない森林認証制度。

 
今更だが、森林経営で環境に配慮していることを第三者が審査する制度のことである。
世界的にはFSC(森林管理協議会)のものと、PEFCだ。
 
このPEFCは面白い、というか妙な展開だ。もともとは「汎ヨーロッパ森林認証スキーム」の頭文字を取ったものだった。つまりヨーロッパ各国の森林認証制度をお互い認め合う制度だったのだが、その後アメリカやカナダなどヨーロッパ以外の国のさまざまな森林認証制度も取り込んだために
Programme for the Endorseement of Forest Certification Shemes

のことだ、と変更した。これを何と訳せばよいか。「森林認証スキームのための裏書きプログラム」? もっとかっこ良くならんか。
 

Pefclogo


ようするに、世界中の地域にある森林認証制度を認め合うのである。


だから内容はバラバラだし、その基準は概して低い。

   
  

そこに日本独自の森林認証制度としてつくられたSGEC(緑の循環認証会議)も生まれた。
これは日本の法律を守っていたらよいというレベルの基準。実際、その審査基準はびっくりだ。基準を満たしていなくても、改善計画を出したらOKだというのだから、何がなんでも合格させようとしているみたい。

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それでも、私は森林エリートをめざすFSCと、底辺の底上げを狙うPEFC、SGECぐらいのイメージで、それぞれの役割があるだろうと思っていた。
 

 
ところが、SGECがPEFCに加入しようとしているそうだ。動きは昨年からあったと思うが、いよいよ8月には団体加盟し、9月に認証プログラムに入れてもらう申請をする気らしい。
 
私は、当初からSGECはPEFCに入るものと感じていたが、当時はそれを否定していた。それもそのはず、SGECは実質的に国際的な認証の条件である第三者認証ではない。認証を業界がつくって業界が運営している……つまり自分で審査して自分で宣言している状況なのである。
これでは、ゆるいはずのPEFCの基準さえクリアできない。加入できないのである。
 
……と思っていたのだが、今回はどのようにしてPEFCに入れてもらうのかな?
 
 
日本は木材輸入国であり、輸出しないからという言い訳も、最近は国産材の輸出も少しずつ始まり、国もターゲットにし始めているから通用するまい。
  
もっとも、森林認証における「エリート」と「底上げ」という役割分担も怪しくなっている。 
 

日本では、FSCも厳しすぎる基準のためか頭打ちだし、SGECは取得してもしなくても何も変わらないし。林業界も、悪貨が良貨を駆逐する……は言い過ぎか(^^;)、ようは易きに流れるというパターンに陥っているように感じる。
 
楽な方へ、楽な方へ。苦労せずに甘い水を飲みたい……。
 
ああ、私と同じだ(°o °;)。

 
 
 

2014/08/12

萌芽をかく

例の生駒山のタナカ山林皆伐地。(ここにイヌワシは来ない……)

 
台風も過ぎたし、様子を見に行った。今日は草刈りの覚悟。案の定、かなり繁っている。とくにササが多い。これは始末しないとササ原になるとマズい。
 
しかし、簡単ではないのだ。伐採後の倒木などが散らばっている間から生えているため、一般のイメージの草刈りができない。ザクザクと鎌を入れるのではなく、長く伸びているササを選んではつかんで刈り取る方法だ。
しかも、量と時間の関係で全部きれいに刈り取るのは難しいので、とくに伸びている地点やササを狙い撃ちで刈る。とにかく生長を抑えて、その間に樹木の若木が伸びてくれたらよい。今年は除草剤使いたくないし。
 
その合間に行ったのは萌芽かき。芽かきともいうが、ようするに伐採後の切り株からワサワサと生えてきた萌芽の量を少し減らす作業。どうせ今の時期の萌芽は、ほとんど枯れてしまうだろうが、人為的に数を減らせば、残した芽に栄養が回って早く大きく育つかもしれないという、樹木からすると余計なお世話の行為である。
 
どうもコナラはほとんど出ていない。切り株が太すぎる……樹齢が高すぎたせいだろう。
出るのはカシなどの照葉樹も多い。
 
こんな感じ。
 
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ビフォー・アフター1。


 
 

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ビフォー・アフター2。

 

  
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 ビフォー・アフター3。
  
 


 
まあ、残した萌芽も、数年の内に枯れたり折れるものが出るだろうから、それを過ぎたころに本格的に伸ばす芽(というより枝か)を絞って、育てたい。
 
しかし、よく見ると萌芽って、可愛い(^o^)。
 
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必ずしも、切り口から芽吹くわけではないらしい。
 
 
 
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マイマイもいる。

2014/08/11

「イヌワシのために」皆伐

最近、何かと目にしたり耳にすることの多い言葉「皆伐」。

 
いよいよ間伐では間に合わなくなったことを伺わせるのだが……。
 
こんなニュースを知っているだろうか。

http://www.nacsj.or.jp/katsudo/akaya/2014/08/post-35.html
 
群馬県みなかみ町の国有林「赤谷の森」で、行う「赤谷プロジェクト」。
絶滅危惧種のイヌワシの生息環境(とくに餌場)を作り出すために、成熟した人工林を皆伐して、イヌワシが獲物を捕獲しやすい開けた場所をつくり出す……というものだ。
 
ここで注目すべきなのは、猛禽類は上空を飛びながら地上を走る餌となる小動物を捕獲する習性があることだ。とくにイヌワシは基本的に草原性の鳥。森林に覆われた日本列島では餌探しに苦労している。
 
そこで、人工林を切り払って人工的な草原を作ってあげましょう、という計画なのである。
 
これは日本自然保護協会なども関わっており、実験には165ヘクタールを当てるという。来年にまず2ヘクタールを皆伐するそう。順次伐っていくそうだから、いつか全部? 皆伐するのだろうか。
 
猛禽類に開けた土地がいるのは事実。現在も、イヌワシやクマタカ、それに里山のオオタカなどは、餌場に田畑や林道が重要であることが知られる。
そして私は、草原生態系こそ地域全体の生態系の中で重要なのではないかと思っている。だから、理屈としては賛成なのだが……なんとなく、釈然としない。伐採した木は搬出して利用するそうだから、林業そのものだ。そして跡地に再造林はしないのだろうか。
 
皆伐と言っても、どれほどの規模なのだろうか。実験地になる165ヘクタールは連続した土地ではないと思うが、一か所皆伐した周辺にどれだけの森林が残されるのだろうか。
 
それにイヌワシのためなら、自然林も皆伐する必要があるのだが、対象は人工林だけなんだなあ。林業側の都合も入っているのかもしれない。
 
なんとなく、この実験が成功したら、人工林の皆伐にお墨付きを与えるような気がする。繰り返すが、皆伐が悪いというのではなく、その規模や伐り方、そして伐採後の土地の扱いが気になるのだ。
 
皆伐OK、猛禽類のためになるよ、国有林、どんどん伐ろうぜ、という声だけ広がって、技術もノウハウも規範もないまま全国に広がる可能性だって無きにしも非ず。
 
 

2014/08/10

Yahoo!ニュース「割り箸批判の起源と進化」書いた裏側

昨日書いた「割り箸が危険と思うなら……」

 
この中で、過去アエラにもよく似た記事があったことに触れたが、我が資料庫を探してみた。
 
見つかりましたよ。しっかりと。書かれたのは『割り箸はもったいない?』出版後だったけど。
それをまたブログで紹介しようかと思ったが、どうせならYahoo!ニュースに書いてみることにした。
 
「割り箸は危険」都市伝説の起源と進化(笑)

 
またコメント欄でいただいた情報も加味した。つい、タイトルに(笑)を付けてしまったが、消すのは止めておく。まさか、本当に「進化」と感じる馬鹿はいないと思うが。 
 
それにしても思うのだが、やたら痴漢に遇いやすい女性とか、いじめられやすい人がいるように、割り箸にも、なんか批判されやすい“雰囲気”があるのかね。そんなフェロモン発しているのかね。
 
これほど手を換え品を換え、理由は次々に変わりつつも批判にさらされるというのは。
 
 
これまでも理のない批判にはむかっ腹が立ったが、資源問題や環境問題を理由にしていたものとは違って、今回のように中国批判のネタにされた点は、非常に不愉快だ。
間違った情報に振り回されているのではなく、別の意図に都合のよい情報なら間違った内容でもよい、という浅はかさが怒りに輪をかける。
 
 
 

2014/08/09

割り箸が危険と思うなら……

このところ、ネットの世界で飛び交っているのは……

 
中国産割り箸が危険」という言説。ツイッターやフェイスブックで広まり、繰り返しリツイート(シェア)されるものだから、一体いつ、誰が言い出したんだ? と思っていた。
 
それとどちらが早いのか、あるいはどちらが引用したのかわからないが、実際に週刊誌などでも取り上げるようになってきている。
期限切れ鶏肉事件があったので、「中国産食品の危険」を言い立てるのは絶好のネタだ。それに関連して割り箸も取り上げるのだろう。
 
これは「週刊大衆」(ネットは「日刊大衆」らしい)の記事のようだが、数カ月前からネットの世界では拡散されているので、別のネタ元もあるのだろう。
 
いずれの記述も内容は、次の部分に集約されている。
 
「上海のレストランで食事をしていた一般客が、割り箸を澄んだスープに入れたら、瞬く間に濁ったことから発覚しました。報告を受けた当局が調査のために割り箸を水槽に入れたら、元気に泳いでいた金魚が、ぷっかり浮かんできたそうです」(通信社中国特派員)
 
今更、である。伝聞ばっかり(笑)。しかも匿名。
「週刊大衆」だから、と笑えない。実は同じような内容を、以前「アエラ」でも記事にしている。そしてアエラの記事は、拙著『割り箸はもったいない?』の執筆前だったと記憶するから、5、6年前になるのではなかろうか。
 
しかし、不思議だ。これだけ幾度も取り上げられるのだったら、ぜひともやるべきことがある。それは……記事にする前に、自ら実験するという基本中の基本だ。
  
割り箸を金魚のいる水槽に浸す」というのは、誰もが簡単にできる実験である。記者はもちろん、読者もすぐできる。金魚がいなかったら水生昆虫でもいい。金魚が死んだら可哀相? いや、「瞬く間に濁った」とあるのだから、水に浸すだけでも目視できるのだ。割り箸なんぞ、100均ショップでも売っている。極めて安価、そして時間もかからない。
 
そして実験で確認できたら、
上海ではなく、目の前で事件は起きるのだ。より迫真の記事を書けるだろう。そして伝聞ではなく大手を振って実験結果を記事にすれば、どんなに説得力があることか。
 
仮に実験では異常出なくても、記事にはもってこいのマクラになるはず。ブログやフェイスブックに記すにも、すごいネタになるじゃないか。ヒマがないって? リツイートするヒマはあるのに。。。
 
実は、書き手の誰もが信じていないのではないか。信じていないけど、面白いから書く。信じていないけど、面白いからリツイートする。怖がって見せる。あるいは正否を考えない。書いたりリツイートはするけど、割り箸の使用を止めることはない。(かつての割り箸無用論が流行した頃に、塗り箸持ち歩いた人、今も続けているだろうか。)
この記事読んで、「中国産割り箸は怖いから国産割り箸を使おう」と記している人もいるが、絶対に行動に移さないだろう、と確信する。そんな行動力あったら、実験するよ(笑)。
 
ちなみに、割り箸の漂白は国産でもやってる。白く綺麗な割り箸がよく売れるから。また防カビ剤使うのは竹箸だけ。製造後に滅菌工程がないのは、国産、中国産とも同じ。いや、中国産大手は、一応あるかな。機能しているかどうかわからないが。
  
 
あ、私は実験しないよ。そんなアホなことするヒマはないから(笑)。
 
ブログ書くヒマはあるけど……。
 

2014/08/08

森林セラピー基地の意外な“効用”

明日から、いや今夜から夏休み入りしている人も多いかと思う。明日から長い終末……おっとっと、週末の始まりである。

 
そこで登山やキャンプを楽しんだり、森林リゾートに出かけて、ゆったりと森の息吹を感じようと思っている人もいるかもしれないが、台風である(~_~;)。
九州、四国に続いて、中国、近畿圏も暴風雨入りしかけている(奈良は、今ちょうど大雨が降り出した)。もう、どこにも出かけられん。
 
さて、そんな時だからこそ、皆さん期待?の森林セラピーの裏事情を。(なんだ、そりゃ。)
 
これは、某森林セラピー基地があるマチの人から教えてもらった裏話。
 
そのマチでは、首長が森林セラピーに熱心で、結構カリスマ的な評判で先導しているそうだ。
そして、移住者も多い中、森林セラピーガイド(森林セラピスト)も多く養成している。外向けには、それがよいイメージをもたらして、いよいよ「あのマチは、頑張っているなあ」と地域づくりの見本のように語られる……。
 
おかげで、森林セラピー関係には、結構な人数が関わっている。ガイドが数十人いたら、家族を含めて100人を越すだろうし、そのほか観光関係業者も森林セラピーを無視できなくなる。つまり森林セラピー基地の看板にぶら下がる人々がいるということだ。 
 
それは、何を意味するのか。
 
選挙の票田になるのである。
小さなマチの場合、数百票の基礎票を持つことの意味は大きい。仮に5000人程度の人口の自治体なら、首長選挙では、1000票程度で勝敗が決まる。そこに数百の票田ができたら、心強いだろう。
 
首長の選挙戦で、彼らは後援者の一角を占めるのだ。彼らにとっても、現在の首長を失えば、森林セラピー基地の縮小が避けられないから、必死で応援することになる。
 
 
そういや、首長の選挙時に立候補者に「森林セラピー基地をつくってくれ」と陳情する人の話も聞いているが、それは票田になりますよ、という裏の意味があったのか!(ホント?)
 
 
それでも、森林セラピーが地域づくりに本当に効果があるのならよい。
 
その点について、私は「経済的にはない」と断言しよう。イベント開いても持ち出しが多いし、セラピー目当ての集客力も小さい。そしてわずかな客の落とす金銭はしれている。
 
実際、森林セラピー基地の認定を取ってから、そのことに気づいて、あまり年月のたたないうちに“店じまい”をする地域は少なくない。
 
しかし、赤字でもよい。自分の 票田になるのなら。
 
穿ちすぎ? まあ、一面的な情報だが、そんな側面もあるのは事実だろう。
 
……こうして森林セラピーに対する夢を壊していくのであった(笑)。
 
5
 
森林セラピー推進者へ1票! 
 
と言っている(と思う)。

2014/08/07

木材自給率30%越え?

東北・岩手から帰った。
 
暑かった。恐れていた豪雨もなく、かんかん照り。秋田や北東北は雨が多いらしいが、岩手南部は今期最高気温を記録する始末。
 
「私は晴れ男なんです」と自慢したら、地元の人に「雨男に来てほしかった。ずっと降っていないから雨がほしいんだよ」と言われた(°o °;)。
 
しかし、昔から「日照りに飢饉なし」ともいう。雨が降らないと嘆いても、米の収穫はそこそこあるものなのだ。植物はギリギリの水でも稔る。むしろ大雨で田畑が水没したり流された時に飢饉となる。
 
今年の岩手は、よく稲が育っていた。北上川の流域は、広大な水田が広がる。
 
2_3
  
いつもより稲穂が立つのが早いそうだ。8月初旬ですでに稔り始めている。
 
 
このまま行けば豊作だろう。今年は冷夏予想もあって米不足が心配されていたが、とうやら杞憂に終わりそうだ。もちろん、油断大敵、今後の気象に要注意だが。

  
ともあれ、2日間、思いっきり駆け足で動き回り、ほとんど野外にいた気がする。
 
これで夏休みはオシマイ。身体が疲れて動かない。これからは身体を労って当分仕事はしないつもりだ。
 
 
   
   
 
 
ところで、正式の発表ではないが、今年の木材自給率を林野庁が試算したところ、30%台の大台に乗る様子だそう。
 
木材の総供給量は7218万4000立方メートル。一方で国産材の供給量は2218万7000立方メートルになる予定なのだ。すると自給率は2,1ポイントも増加して、30,7%になると見込まれる。
総供給量(ほぼ消費量)は前年に比べ2,3%減少するが、国産材の割合は5,1%増加しそうなのである。
しかも、ここには木質バイオマス発電の燃料分約30万立方メートルが含まれていないそうだ。これをどのように自給率に算定するのかわからないが、丸ごと含めれたら、数%は高まるだろう。バイオマス用の輸入木材はわずかだから。
 
この調子で行けば、目標としている2020年の自給率50%達成も夢ではない。
 
……と言っても、あんまり喜べないなあ。結局、数字合わせに過ぎないではないか。
 
そもそも自給率とはなんだ? 本来なら、国内資源の有効活用で地域経済の活性化とか外国の資源への依存軽減につながる指標のはずなんだが、喜んでいる林家はどこにいるのだろうか。
またバイオマス発電所が計画通りに稼働すれば、森林資源を荒らして山村社会を壊しかねない。
 
米の自給率100%を謳いながら、農家の減少に歯止めがかからず、食料自給率も下げている農業の実情と重なるのである。

2014/08/06

山神さま

山神さま
今日は花巻。

山中(といっても、里に近いが)で山神さまの碑を見かける。林業地ではたまに見かけるが、廃れたところも多い。ここではまだ生きているんだなあ。

もっとも、奥地にあったものを移設したとのこと。そのための儀式を執り行ったそうだ。

2014/08/05

ログハウスの傷

111


岩手、一関市に来ています。

そこで見たログハウス。なんと周りを囲んでいるのは、高圧電線である。

その目的は、裏手の柱にあった。クマの爪痕…。
蜜蜂の巣箱をベランダに置いていたという。

2014/08/04

生駒山でナラ枯れ広がる

ちょうど1週間前だろうか。遠目に見た生駒山の稜線に、点々と赤茶けた樹冠があるのに気づいたのは。

 
一瞬、ナラ枯れ? と思ったが、遠すぎる。天候の大きな変動があれば季節外れに紅葉することもあり得るし、今頃若葉を出した樹もあるかもしれない。
 
それで確認したいと思っていたのだが……今日思い出して、場所を探しつつ近づいてみた。幸い、家の近くで見つけた。
 
005

ああ、間違いない。見事なナラ枯れだ……。
 
あいにく雨上がりの湿気の多い状態で、しかも逆光気味。それでも、はっきりわかる。
 
 
  
枯れているところをアップで見てみよう。

007
枯れているのはコナラだ。
 
数週間前には、こんな景色は目にしていない。いきなり枯れ始めたと思うしかない。
 
 
生駒山の各所でナラ枯れが発見されているのは知っていたし、私も確認しているが、まだ点在状態だった。 しかし……。
 
    
  
 
006

もはや立ち枯れ状態。
 
猛暑続く夏ゆえに進行は早いのかもしれない。 

   
 
枯れている木が、点からすでに面になっている。
 
 
 
     
008

立ち枯れたコナラの木の根元に行ってみた。

幹に穴が無数に空いている。
 
見上げると、葉が散り始めていた。
 
 
 
手遅れだといわざるを得ない。
 
 
  
生駒山の植生は、ほぼコナラ林だと言って良い。大木も多い。そこでナラ枯れが広がりだしたとなると、どこまで枯れるやら。。。

2014/08/03

リーダーなんかいらない?

土曜日に続いてアクセスの少ない日曜日。またドーデモな頭の中にくすぶっている「思いつき」ネタを綴ろう。

 
 
もうすぐ夏の甲子園・高校野球が始まる。今の私はまったく興味がなくて、テレビで映ると反射的にチャンネルを変えるほどだが、今年は少し違った。(過去形)
興味を持ったのだ。それもPL学園に。
 
実は、PL学園は今夏の甲子園には出場しない。大阪予選の決勝戦で破れたからである。
強豪ひしめく大阪大会で決勝戦まで行ったのだから健闘したと言えるが、私か注目したのは今年のPL学園野球部に監督がいないこと。
 
監督なしで決勝まで勝ち進んだのである。作戦指示は、主将を中心に選手自身で考え合議制で行ったという。このことを知って、俄然興味を持った(笑)。
 
リーダーがいなくても、戦いに勝ち進めるのだ。
 
それで思い出したのは、リーダー、ボスの代名詞になりがちなニホンザルの群。動物園などでサルの群はボスを中心に組織づくられているような説明をされることがあるが、これは野生化ではまったく違っている。
 
野生のサル群にリーダーはいないのである。 餌付けされ(必要量を確実に供給される)、狭い閉鎖空間に閉じ込められるからボスが登場するようになったという。
 
餌付けされると、自分で餌を探す必要はなく餌を得る能力も発揮できない。狭い空間の中では逃げ場や独自行動を取ることもできない。ただ力の強いものが分捕り、指示(分配)する支配関係が生まれる。だからボス支配の組織となるのだ。
 
 
最近は国家や会社などで強いリーダーを求め、素早い決断などが重要だと言われがちだが、これは騙されているように感じる。
強い指示型リーダー(ボス)が登場するのは、国民・社員が自ら判断できない状況に追い込まれていて、それに乗じて支配構造を作る輩がいるからではないか。
 
誘拐された人質が、誘拐者にすがり頼る心理状況に陥ることをストックホルム症候群と呼んだと思うが、国民・社員が「強いリーダー」「勇ましいリーダー」を求めるのは、まさにそんながんじがらめの社会が作られている証拠だ。
 
いわば非常事態。戦争とか災害などでは個人で判断できないことが多くあった際は、短期的に全体を見回した人のリーダーシップが必要となることもあるだろうが、平常時~長期戦では指示型リーダーの存在は害毒になりかねない。
いや、そもそも強いリーダーを求める組織自体が異常事態。組織行動の体を成していないから、しぶしぶ必要となるのだ。
 
 
反対に考えると、リーダーがいなくても機能する組織を作るには、国民・社員が自ら判断するだけの情報を共有しなくてはならない。全員が同じ情報を持つこと。お互いの考え方を把握すること。(同意しなくてもよい。他者の考えや行動を知ることに意味がある。)そのために必要なのが、相互間の深いコミュニケーションではないか。
 
他者の考えや動きを把握し合っていたら自ら判断できるし、また他者の動きをフォロー合える。結果として全体が一丸となって動く。粘菌が環境に合わせて、単独行動型単細胞から多細胞的共同体へと変化するように。
 
 
そういえば、スイスのフォレスター学校のカリキュラムを見せてもらったら、その半分くらいが森林コミュニケーションの講座になっていて驚いた記憶がある。仕事仲間、森林所有者、木材販売先、環境教育……さまざまな場でコミュニケーション技術は必要なのだそうだ。
 
またアメリカ人の指導者のチェンソー講座では、二人一組になるのだが、一人が伐りながら常に手元の状態を伝えていた。もう一人はそれを聞いて、その木がいつどの方向に倒れるかを想定して、その後の準備に動く……という方法を説明していた。
 
欧米は「話さなければ伝わらない」という意識が強いためだろか、非常に積極的コミュニケーションを重視していると感じた。
(日本人は、なんとなく「話さなくてもわかってね」という以心伝心コミュニケーションを期待する。しかし、現代社会ではもはや通じないのは言うまでもない。)
 
しかし、コミュニケーションを重視する欧米は、見た目と違い、実はリーダーシップの必要性を減じている社会だと言えなくもない。
そういやスイスはリーダー不在社会に近いかもしれない。首相権限が小さいし、直接民主制である。にもかかわらず国際社会における存在感は大きい。
 
ともあれ完全なコミュニケーションを達成した社会にはリーダーはいらない。リーダー不在の社会こそが、理想社会のような気がする。
 
  
はたしてPL学園は、その域に達して監督不在でも強さを保てたのかどうかは知らない。
ただ今の日本社会は、コミュニケーション不足が甚だしいし、かといって有事型のリーダーもいない。自分の考えを押しつけることがリーダーシップだと勘違いしている知性や教養のない輩はごまんといるが。
 

2014/08/02

真田幸村の町

もっともアクセスが少ない土曜日だから、ドーデモよいことを書こう。ま、ブログの大半がドーデモ話なのだが。

 
先日、高野山を訪ねた際、通ったのが九度山町。入るや否や「幸村の町」ののぼりが立っている。真田幸村と縁のある町なのである。
 
というのは関が原の合戦時、上田で徳川秀忠の軍勢を引きつけて奮戦した真田昌幸と幸村(正確には信繁。幸村は死後に広まった名らしい)は、関が原以後、九度山町に蟄居を命じられて10数年を過ごしているからだ。これも正確には、蟄居を命じられたのは高野山なのだが、その後少し里の九度山に下りた経緯がある。
 
真田幸村は、再来年のNHKの大河ドラマ「真田丸」の主人公になる。脚本は三谷幸喜であることも話題を呼んでいる。
 
とにかく、戦国の真田家、とくに幸村は、幕末の坂本龍馬と並ぶ熱烈なファンの多い鉄板キャラだろう。単にウツウツと幽閉されていた九度山町がわが町のシンボルにするくらいである。地元・信州上田はもちろん、大坂の陣の活躍と討ち死したことから大阪でも人気が高く、各地に数々の旧蹟がある。
そういえば、関係なさそうな奈良にも、「冬の陣の木津川の戦いで幸村に破れた家康が逃げ込んだ寺」というのがある。ま、嘘っぽいが。
 
ちなみに私は、上田市で講演の依頼を受けた際、わざわざ大阪の宰相山公園・三光神社まで足を運んで、幸村像の写真を撮ってきた。そしてパワーポイントで披露するというサービス精神を発揮した\(^o^)/。大いにウケた(笑)。
 
講演準備には、これほど手間をかけているのである。
え? 何の講演をしたんだろうか……。
 
1

 
ここまでたどり着くのに時間がかかって、夜になってしまった。
 
ちょっとガッシリ体型の幸村である。
 
本当は、戦死した安井神社にも行きたかったのだが、こちらに像
はなく碑である。
 


  

ついでに上田城では……。
 
 
3
こんな写真を撮りました(⌒ー⌒)。
 
もっとも上田城では、幸村がそんなに活躍したという記録はないみたいである。こちらは父・昌幸の舞台であろう。
 
私的には、上田といえばアニメ「サマー・ウォーズ」の世界なんだがねえ。燃えた、いや萌えたぜ。
 
あ、もう一つ。養蚕の町でもあるな。上田蚕種には通わせていただいた。
 
 
なんのことやらわからなくなったが、真田幸村にはそれなりに思い入れがあるのである。

2014/08/01

神保町の農業書センター

昨日立ち寄った東京・神保町。

 
ここで、この風景写真。神保町の交差点、岩波ホールの前から南向き?で撮ったもの。
3

どこだかわかるだろうか。
  
 
この看板を見つけた。

 
肝心の看板とは何か、わかるかなぁ。

   
 
2
これこれ。農文協・農業書センター。
 
つまり農業・林業・水産業など第1次産業系の書物を扱う書店だ。
 
以前は、東京駅近く(と言っても、歩くとそこそこ)のJAビルの地下にあったのだが、移転したと聞いていた。それがどこだか忘れてしまったのだが、ここか! と気づいたわけ。
 
なんたって専門書やニッチな分野の本の宝庫だからね。
 
神保町なら行きやすい。そこでさっそく寄る。コンビニ、ドラッグストアを抜けて3階に上がるのはちょっと本屋らしくないが……。
 
ドン、とありました。広さは前より少し広くなったかな。
 
扱うのは、農業が多いのは当たり前だが、林業、水産業のほか地域づくりや食育、そして植物、動物(食害系)などその手の分野がずらりと並ぶ。専門雑誌も多いのが嬉しい。
 
森林・林業系はそこそこの棚だが、こんなフェアも。
 
1
  

「けもの道」(狩猟の雑誌)のバックナンバーから、林業女子会のだすフリーペーパーFGまで。
 
ちゃんと(オモチャの)チェンソーまで飾ってある。山行きさんのフィギア・キーホルダーまであった(^o^)。
 
通常の書店だと、時期が過ぎると消えてしまう本もちゃんと並んでいるのが有り難い。
 
 
 
ちなみに、入ると店員さんに声をかけられて荷物を預かってくれた。重そうに引きずっていたからだろう。私だけでなく、大きな荷物を持つ人にはみんな声をかけているみたい。うむ。何か買わずに店を出られない(~_~;)。 
 
私もしっかり粘って隅々まで観て、1冊買いました。本当はもっとほしい本もあったのだが、これ以上重くできないし、何より高い本(専門書)が多い。
 
そういや、内山節著作集が発刊されたので内山氏の本のフェアもやっていた。
 
次は、ザック担いで行こう。

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