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2014/08/21

『「水育む森」の混迷を解く』から考えた2

昨日の続き。

 
本書で示されるのは、日本は欧米よりも古くから森林に水源涵養機能があることを悟って、政策に反映させていたことだ。 
また思想・文化の面からも、森林の公益的機能は深く庶民にまで根付いていた。それは江戸時代の思想家などが多くの農書や啓蒙書(熊沢蕃山など)を執筆していただけでなく、明治時代には小学校や女学校の教科書にも、森の大切さを記した文章が載っていたことからもうかがえる。
 
 
ところが、これは妙なことなのだ。
 

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本来なら、まず科学的事実(知識)があって、それが思想なり文化(社会的認知)に高められた上で、政策(法律など)に反映されるのが順序だろう。
 
ところが、科学的検証は成されぬまま、思想となり政策となったのが、森と水の世界なのである。科学的でないのは、森と水の関係は経験則に基づいて理解していることを示している。
 
そして、科学は後追いで、社会(制度)や思想の証明を求められていることになる。
  
  
 
しかし、現実には野外科学は複雑だ。場所がほんのわずか違えば環境条件(地質、地形など)も変わるし、そこに生えている草木も違う(本数、太さ、配置、種類……)。そして天候(とくに降水や風)は二度と同じように再現できない。「100個の事例を調べれば、100の現場特性がある」わけだ。
 
だから、森林の水源涵養機能も千差万別。ある時は水をため、あるところでは水を消費して減らす。何から何まで変化する。一口に結論が出る問題ではない。
  
それでも、世間は学者にわかりやすく、単純なモデルを求める。微に入り細に入り解説されても困るのだ。これは「舶来」の近代科学の杓子定規な適用だそうだ。西洋では、ある意味理論科学が強く、単純理想状態の答を基礎として全体に当てはめがちになる。
また幾つかの実験のデータの一人歩きもする。それは一例に過ぎないのに、全体を代表しているかのような引用をされてしまう……。
 
……これが、「混迷」を生んでいると著者は解説する。
 
結局、森林水文学は、まだ未完成な科学ということなんだろう。
 
後半は、それらを克服するために「注釈を重視する科学」を提唱し、発信すべき注釈情報について語られている。いわば科学コミュニケーション論だ。
 
そこのところの説明は置いておくが、あらためて野外科学の大変さを思う。森林水文学だけではなく、森林学全体が複雑なのだ。これを林業に当てはめて言い換えれば、林業技術も千差万別、山一つ、谷一つ変われば、そこに適用すべき林業技術は変わるということだろう。
   
それなのに、単純理想状態にしか通用しない全国画一的な政策ばかりつくっているのである……。
 
なぜなら、いくら「こんなに複雑なんだから注釈読んで、よく考えてね」と言っても、肝心の現場の人が「大雑把に言えば、どういうことなの?」とか「ようするに「○○していいの、悪いの?」とマニュアル化を求める。注釈を読むのは面倒だし、自分で考えるのも億劫だからだろう。
 
 
人間社会も、政治も、野外科学と一緒なのだ。ほんのわずか条件が違えば結果も変わる。「100の現場があれば、100の政策が必要」なのである。しかし、現実には、グローバル化の名の元に、いよいよ画一化を進めている。これでは政治が「混迷」しても仕方がないかもしれない。
 

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コメント

あっ、私は億劫な人の代表です。

条件分岐があまりにも多く、その種類が多いと、各地区ではどの条件を当てはめたらよいか、わかりにくいというより読みこなすことを最初からあきらめているとか・・・。

日本では経験則でいわれていることを、近代科学の原因→結果という一元論では説明が困難という事でしょう。
森林生態系そのものが複雑で、一元論で解説できない所を科学的に解説しようとすると無理が出て来ますね。どうしても単純化しないと原因→結果とならないからです。
やはり、地域、地域により過去の災害史(土砂崩れや水害、津波、地震等)を学びそこから考えて行くしかないでしょうね。

現在の異常気象に伴う土砂災害、深層崩壊なども100年単位で歴史をひもとけば昔も発生していたことに気づくはずです。あとは、常識で考えてみるしかないでしょう。
科学的に証明されないとそんなことはありえないというのは、想定外という言葉で災害が起きた時に逃げ口上となりやすいです。

みんな億劫ですよ(^^;)。ただ、億劫でもやらなきゃしょうがない、と思うか、やることで自らの利益になると見込んだからやるか。
でも、億劫な人向きに、「5つの選択肢の中から貴方の山林にもっともよい方法を選ぶ方法」というマニュアルづくりはしてほしい(⌒ー⌒)。
 
野外科学は、畢竟、経験則しかないのかもしれませんが、それを確率論まで高めていかなくてはならないでしょうね。私も重要なのは、歴史に学ぶことしかないと思います。
今もニュースでやっていますね。地元の老人が登場して、「こんな災害は、私の人生で初めてだ」とか。それで異常性を強調しているのだろうけど、100年に1回の災害……なんて、地球史的には毎度、定期的な範疇なんだけど。

農業ではかなり完全に近く制御出来ている(植物工場以外にも耕作の自動化など)ので、技術的には可能でしょう。
金がないだけでは?

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