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2014年9月

2014/09/30

「シンラ」特集森のいのち

Img003_2 SINRA(シンラ)復刊2号が発売されている。隔月刊の11月号だ。

 
今号のテーマは、「森のいのち」と題して、クマとシカが教える森の未来、と謳っている。
一読して、旧シンラぽさが少し出てきたかな、という印象。復刊1号は、なんだか「田舎暮らしの本」みたいだった(笑)。
 
表紙やグラビアから、ヒグマやツキノワグマの写真がオンパレードで、記事には旧シンラ的なウンチクも並ぶ。また、シカも登場するが、どちらかというと切り口は、狩猟。ジビエ肉のアップも美味しそうだし、ハンターの心意気?も詳述している。狩りガールも多数登場している。
 
何よりスタンスとしては、日本ではクマもシカも増えている! としていることだ。間違っても「クマは絶滅寸前」なんてことは言わない。増えている理由も、ようは里山が崩壊して森が増え、餌が豊富になったこと。
 
全体として、真面目に、本気にクマとシカに向き合っているという点で、好感を持てたのだが、ところどころツッコミどころもある。 
 
増えすぎたシカ対策としては、狩猟のほか、「オオカミを放て!」なんて噴飯ものの主張を真面目に取り上げているのは論外だが(笑)。生態学や歴史的事実を無視している。こんなの、囲み記事ぐらいにしておけばよかったのに……。
 
 
それでも、重箱の隅をつつくつもりはないよ。私は心が広いし、全体としては伝えたいことを間違っていないし、何よりシンラにはシンパシーを感じているからね……。エヘッ
 
     
ただ、どうにも妙な点を指摘しておこう。
 
Img001
 
左の記事は、クマが増えた理由を記した文の一部。
 
 
日本は、国土の森林面積が約70パーセントの、世界第3位の森林大国である。
 
この記述、なんかオカシイ。国土の森林面積? 世界第3位? こんな表現おかしくないか。
    
普通なら「国土面積の約70パーセント(67パーセントと書いてほしいところだが)が森林」だろう。
  
そして世界第3位というのもヘン。
森林面積が世界に比してそんなにあるわけない。ロシアとアメリカとブラジルと……中国だって日本より森林面積は多いはず。ようは森林率なんだろうが、これだって厳密には日本より高い国はたくさんある。
   
  
20 
たとえば、こんなグラフもある。 
 
 
島嶼国など小国の場合は、ちょっとの森林面積でも森林率が高くなるし、逆に国土が広いと森林率を上げるのは大変だ。
 
ようは、主要国の中でとか、OECD諸国内では、と付けないといけない。
 
 
  
だが、より不思議なのは、「国産木材の利用は0,53パーセント」となじみのない数字を出している。これはなんだ?1パーセント未満とは何を意味しているのか? 木材自給率なら、28パーセントとか、約30パーセントと記せばよい。
 
ずっとシンラを読み進めると、124ページにこんなグラフがあった。
 
Img002
        
どうやら、この右グラフからの引用らしいが、このグラフ自体がヘン。
 
どうやら全森林蓄積のうち、1年間で伐採している量を記しているらしいのだ。それが日本は0、53パーセントになるという。
 
日本は、大雑把に40億立方メートルの森林蓄積があり、1年間で2000万立方メートル前後しか木を伐採していない……だから蓄積が多すぎると示したいようだ。
   
しかし普通なら、1年間の生長量に対して、1年間の伐採量の割合を示すべきだろう。年間1億立方メートル育っているのに伐るのは2000万立方メートル……つまり20パーセントしか伐っていません、と説明した方が納得しやすいのではないか。
 
 
それに、グラフには日本以外の国の割合が書いていない。これでは比べようがないではないか。
アイルランドやポルトガルが上位なのは、森林が非常に少ない国なのに過剰伐採しているのかもしれないし。この割合が高いことは、決してよいことではない。むしろ森林にとって危険なのである。
  

  
なんか、勢い余って理解しないままというか、付け刃にデータをいじくったというか、せっかくの本筋の記述を狂わしてしまいかねないじゃないの。
  
     
以上、重箱の隅をつつきました(⌒ー⌒)。
 
 
 

2014/09/29

フリーミアム、そして贈与経済としてのブログ

フリーミアムという言葉をご存じだろうか。

 
フリーとプレミアムを合わせた造語だ。……アルコール抜きのビールもどきのことではない。
 
フリーは無料を指し、無料で儲けるビジネスモデルと言ったらよいだろうか。矛盾しているようだが、無料で配って利益を得る仕組みは、今や珍しくなくなった。とくにIT業界では目立つ。
 
たとえば無料でソフトやゲームを提供しつつ、グレードアップを求めるとプレミアム、つまり割り増しの場合は料金が発生させ、そこで稼ぐ。
また、無料で雑誌や新聞を配るものの、多くの人が目を通すことから広告料で稼ぐ。
 
モデルはいろいろあるが、ようは無料で提供しても、ちゃんと元を取れるわけだ。
 
……なんで、こんなことを思い出したかというと、先に「素材とビジネス」について考え、無料で行う「おもてなしは大嫌い!」と書いたからである(笑)。
 
そして私自身が「ビジネス下手(泣)」と告白してしまった。
何より、このブログは無料で書いているのだから、まさにフリーなのである。本当は、このブログから拙著を購入してもらうことでプレミアムが発生するはずだが……果たして、採算はあっているのか? 
  
  
実は、もう一つ今風のビジネスを示す言葉がある。
 
贈与経済」だ。他者に与えることで経済を回す仕組みである。通常なら、いかに自らが受け取るか、収益を上げるかを考えるべき経済・経営に、無償で与えるモデルがあるという。
もっとも、これがビジネスなのかどうかは、私も迷うところだが……。
 
もっともよい実例は、ウィキペディアのような読者参加型の百科事典製作だろう。執筆者は、利益抜きで、自らの意志で参加する。しかも匿名だ。ほかにも、ネットには無料でさまざまなことを教えてくれたり助けるサイトが多くある。また実社会に進出する例もある。
 
これは、一種の趣味だろう。自らが持っている知識や技量を無料で贈与する感性を人々は持っていることを示す。
ただ、自らの所持するものを必要以上に滞蔵せず、次(他者)にパス(贈与)していく仕組みだ。(内田樹の定義より)
 
 
たとえば最近の年寄りは、金など財産も所蔵品も、自らが使う以上に溜め込んでいる例が多い。それは死蔵(不良在庫)となり、世の中に役立つことなく、消えていく。それぐらいなら、無料で提供する方がいい。それが経済を活性化すれば回り回って自らにも利益を与えることもあるし、評判や名誉につながるかもしれない……そういう考え方である。
 
贈与経済の次には評価経済という言葉も登場しているが、それはパス。
  
 
  
そう考えると、本ブログは、贈与経済の一つかもしれない。まあ、趣味だし(笑)。私自身には思考トレーニングの意味もあるが、基本は贈与。「思いつき」だから細かく調べないし、後で間違っていることがわかっても文句言わせないよ。(たまに「ジャーナリストなのに」と文句つける人がいるが、それは有料ブログやメルマガに言え。)
 
ちなみに、私は雑誌記事なり書籍なりを執筆する際に、相当な量の情報を仕入れる。また考え抜く。いくつもの論なり説なり、アイデアを生み出す。が、そのうち文章にするのは10分の1以下だろう。絞って、絞って、ほとんどを捨てて滴を執筆に使うのだ。
 
だから、残り(のさらに一部)を無料でブログに書くことによって提供している。滞蔵せずに「次にパス」しているのだ。もしかして、誰かが活かしてくれるかもしれない。それが回り回って……ああ、私の元に帰ってくることはあるだろうか?
 
  
というわけで、ここで少し情報漏洩を。
 
 
10月15日発売の拙著のタイトルが『森と日本人の1500年』になるまでの軌跡。
 
最初の仮タイトルは『森から見たニッポン』だった。
原稿アップ後、編集者とともに考えたタイトル案は、全部で20~30はあったのではないか。事前の打ち合わせの中で数字を入れるといいんじゃない? という提案があったので、ならば1500年という年数を入れようということになっていた。
 
最終的に絞ったのが、次の5本。
 
森と人の1500年史
森から見たニッポン ~人がつくった風景1500年史~
森の日本史 ~1500年かけて生まれた風景~
森と林業と日本人 ~知られざる風景1500年史~
森の風景進化論 ~1500年間、日本の森は変わり続けた~
 
絞ったせいか、かなり似通ったものになっている。そして決まったのが、これらをシャッフルした『森と日本人の1500年』だというわけだ。私の本としてはオトナシめだが、これは版元の性格もあるかもしれない。地味に売っていこう、というわけではないが。
 
以上、通常なら表に出さないボツタイトルの無料(フリー)大公開(贈与)でした(笑)。

2014/09/28

足長キノコさん

こんなキノコを見かけた。
 

027

 
 
 

   
このキノコ、やたら柄が長すぎる。高さが30センチ近い。
 
この上の傘は、これから開くのだろうか。
それにしては、破れ具合が、もう「開き終わりました!」という感じ。
    
  
 

   
028
                頭部(傘?)のアップ。
 
 
最初は、誰かが無理やり合体させて作ったのかと思ってしまった。
 
柄は、触るとわりと硬い。名前わかる人、いるかな?
 
 
 

2014/09/27

Yahoo!ニュース「ドイツのFITが変わった…」書いた裏側

Yahoo!ニュースに「ドイツのFITが変わった! バイオマス発電は小型に限る 」を執筆しました。

これを書いている最中に御嶽山が噴火するんだもんなあ。。。それを山頂で目撃して、噴火現場から逃れようとしている登山客のツイートで知ったのだから、驚くわ。。。

 

 

それはともかく、連日のように、各地で進む計画のニュースが届く。私の地元の奈良県でも、とうとう来年度の稼働を目標に建設が始まるそうだ。

これまで奈良県は、幾度かがバイオマスエネルギー活用を模索したが,調査の結果は否定的で断念してきた奇跡がある。なかなか慎重でよろしい、と私は前向きに捉えていたのだが、とうとう本気になってしまった。

以前、奈良県がバイオマスエネルギー活用の「実験」に乗り出す旨を紹介したが、とうとう本気になってしまった。しかも、やるのは発電である。

 

発電所を建てるのは、吉野郡大淀町。事業主体は産廃業者で、2015年度中に建設する予定である。。。

総事業費 38億円
内容    木質バイオマス発電施設(タービン発電機)
発電計画 発電出力 6500kw /時間
             4万2000kw/年間
稼働日数 340日/年(14 名雇用)
稼働時間 24時間/日
使用燃料 未利用木材 3万1500t/年
       建築廃材     3万1500t/年
 
    
実験」では熱利用を考えていたはずだが、そのための木質ペレットは課題が多いので先送りの模様だ。ようするに発電だけ。しかし、燃料は未利用材がそんなに集まるか疑問だが、建築廃材も3万トンとなると、相当な量である。。。税金で産廃処分場を建てたようなものかなあ。
 
 
さて、何年持ちますやら…(⌒ー⌒)。
 
そんなときに、ドイツの事情というか、動きが入ってきたものだから、つい書いたのである。本当は、バイオマス発電なんぞのことは考えたくなかったのだけどね。楽しくないでしょ。
 

2014/09/26

林内の実験装置

今日は、真面目に森歩き……いや、いつもは不真面目だと思っているわけでは断じてないが。

 
今回は生駒山ではなく、平行して南北に延びる矢田丘陵の縦走路を、しっかり基本ルートから外れることなく歩いたということだが……その一角に近畿大学農学部の実験地があった。
 
そこで見かけたのが、これ。アチコチに設置されていた。
032 なんか、不思議な光景。微妙な違和感がある。
 
何をしているのだろうか。、幹に巻き付けたウレタン?の上部は、蝋を流し込んで幹との隙間を埋めてあり、その一部に穴が開けられ、それが下のホースにつながっているよう。
ホースはポリタンクへつながり、そこに水が溜まっている。
 
おそらく、樹幹流の測定だろう。
 
森林に降る雨は、全部地表に落ちて土壌にしみこむわけではない。一部は樹冠に降りそそぎ、そこで雨滴が大きくなって落ちるもの(樹冠雨)や、葉や枝に留まるもの、さらに幹を伝って流れ落ちるもの……があるはずだ。
 
この装置は、幹を流れる水の量を測定しようとしているのではないか。
 
森には雨に対して樹冠遮断作用を発揮する。降った量と地上に達した量(土壌にしみこんだ分と地表を流れたり溜まった量)の差は、実験によって6%とか20%という数値が出ているそうだ。つまり、全部が地上に落ちているわけではない。
 
枝葉や幹についた一部は、そのまま留まって雨がやんだ後に蒸散するのかもしれない。だが、多くは幹づたいに下へ流れ落ちたり滞留するのではないか……。
この量を知ることは、おそらく保水力とか水源涵養機能なんと言われる環境に関わる作用を解析するのに重要な役割があるはず。
 
 
ほかにもカメラぽいものも幾か所か設置されていたし(監視カメラがハイキング道まであると想像すると、あんまり楽しくないが)、ナラ枯れを防ぐテープを巻いた樹木も見かけた。
いろいろやっているのね。
 
ちなみにナラ枯れは結構侵入していた。来年当たり、矢田丘陵も大量にコナラは枯れるだろう。

2014/09/25

素材のビジネス化、あるいは「おもてなしは大嫌い!」

日本の人工林は1000万ヘクタールを越えて、潜在的な資源量は膨大だ。一方で、木材需要はまだまだ膨大で、その7割を輸入でおぎなっているほど過大にある。……それなのに日本の林業は、なぜ斜陽なのか。

常識的に考えれば、事業が成り立たないわけがないではないか。

 

この問題を考えると、実にシンプルな事実が浮かび上がる。

素材がビジネスになっていないのだ。多くの事業でも共通しているが、とくに林業はそれが顕著だ。

素材と言っても、林業用語の原木、丸太のことではない。ビジネス上の加工していない素の材料という意味だ。資源と言い換えてもよい。ブツではない場合なら、ビジネスの基となる資本とかサービスと捉えてもよいかもしれない。

 
 
たとえば林業における資源(素材)は木材だ。そして山に生えている立木である。これがなくては始まらない。そして、多くの林業振興を企てている地域(山村)では、木はあるのだ。それもたっぷりと。森林が広がり、木質の蓄積も充実している。
 
ところが、経営が立ち行かない、斜陽になっているのは、素材を上手く消費者の手元に届けて、適正な対価を受け取っていないからではないか。
 
木を欲しがる人(製材所なり工務店なり、木工職人、そして施主や買い主)はたくさんいるのだ。にもかかわらず、ちゃんと届けていなかったり、届けたのに十分に適正な金銭を受け取っていないから、林業は沈滞している。それは消費者を満足させていないからか? 
いや仮に満足していても、消費者から、ちゃんと金を受け取っていない、払わせていないからだろう。
 
何も騙されているのではない。単に適正な対価を受け取るシステムが確立されていないからだ。
 
これをベタな言葉でいうと、商売が下手、という(笑)。
 
 
モノばかりではない。サービス業なら観光を例に取ると、観光客数を集めることに熱心な観光振興がある。あるいはほっといても観光客が来るほど観光資源が豊富な地域もある。(奈良県は、その最たる地域だ。大仏商法と言われるほど歴史的資源はある。) 
しかし、来訪者数に比して、観光収入が少ないのである。なったって、宿泊者数が全国最下位を記録したことがある!
 
なぜか。訪れた人が、満足してお金を落とすシステムがないからだ。本来ならお土産を買ったり、宿泊して食事したり……してお金を落とす。それも満足して。
 
ところが、(奈良県の場合は)そこが弱い。宿泊施設が少なく、夜を過ごす場がない。また目立った奈良発の料理もない。だから観光客が増えても、地元経済に寄与しない。
 
逆に落とされるのがゴミだけだったりすると、処理費がかさむ。あるいはイベントを開催してたくさん客は集めたものの、経費を多く使いすぎて、収支は赤字になる。
 
 
金融だって、金は貸しても利息を取らなかったら赤字だろう。つまり素材(ブツや観光資源や資金)はあるのに、それを提供して自らが対価を受け取る仕組みをつくっておかないと、立ち行かなくなるのだ。
 
 
……そこまで考えて、私は「おもてなし」という言葉が大嫌いであることを思い出した。
東京オリンピック誘致だけではないが、最近やたら「おもてなし」という言葉が広がっている。しかし、そこで使われる意味の大半が「対価を要求しないサービス」である気配がある。対価を要求したら、おもてなしではなくなるような雰囲気で語られる。
 
それってオカシイ。お金に余裕がある人・本業が別にある人が、余技で「おもてなし」して、自己満足するのは勝手だが、本業の人に業務以上の「おもてなし」を要求するのは間違っている。サービスのよい(手間をかけてくれる)ホテルは、高い宿泊料金を取るものだ。
 
対価のないおもてなしを唱えている人は、きっと経営に失敗するだろう。
 
 
とまあ、経営コンサルタントのようなことを書きつらねたが、実は私自身も悩んでいる。
最近マスコミが林業を取り上げる際のアドバイスを求められたり、あるいは林業振興や地域振興のアイデアを求められることもある。ときにギャラなしのシンポジウム出席を求められることもある。
内容が私にとって余技だったらいい。しかし、ほとんどの場合、本業なのだ。
 
 
にもかかわらず、対価がないのだ! 菓子折りだけとか(泣)。。。私は、可能な限り誠意を持って対応しているつもりだが、自ら持ち出しでは、応えることができない。
 
もちろん、当初から契約書を交えて会談するものではないだろう。幾度か繰り返して、最後にビジネスにする(私の場合なら原稿依頼するとか講演会を開くとか)こともあるだろう。しかし、いつ報われるのだろうか?
 
これって、素材をビジネス化していないことを意味するのか?
 
ああ、私って、ビジネスが下手(泣)。
 
 
せめて、拙著を購入してくれ。宣伝してくれ。
 
来月10月15日には、新刊出ます。『森と日本人の1500年』(平凡社新書) 。よろしく。
 
 

2014/09/24

売るのは家具か空間か

昨日の続き。

 
国産家具の輸出をめざす前にすべきことは何か。簡単だ。国内でも売ることだ。
 
 
だが、どんな売り方をするか。
それは、少なくても量ではない。販売量を大きくしようとすれば、必ず価格に行き着く。それは安値競争に陥って自滅する。安く大量に生産するのは外国の方が得意だし、仮に売って見せても利益率が悪くてコストが増える。いっそ国産材を海外に運んで、向こうの国で作らせた方がまし。だが、それでは国産材で作る意味も薄れるだろう。
 
かといって、質をめざすのも考えものだ。徹底的にこだわって作家性の高い作品をつくり、高価格な家具になっても、購買層が小さくなるだけで、売れる量はわずか。いやその前に、職人の腕にしろ家具の品質にしろプランディングにしろ、すでに欧米が圧倒的な強みを持っていて、そこに参入しても簡単にシェアを取れるとは思えない。それに狭い層を狙うことになり、これまた利益は小さいだろう。 
 
このように考えると、国産家具の販売を伸ばすのは、極めて難しいことが自明の理だ。
 
……が、そんな無謀な国産家具に取り組んでいるのがコレ(笑)。
 
これは、 国産のスギやヒノキで作ることを前提にデザインされた家具のプロジェクトだそう。
なんと、クラウド・ファンディングをやっている。目標額は集まるかなあ。
志はよい。 ……だが、サイトにある趣旨をいくら読んでも、投資を集めて何がしたいのか、イマイチ理解できなかったのだが。もしかして、金より告知目的だろうか? 
 
 
 
ところで、ここで紹介されている家具はたしかに素敵だ。その理由を考えてみた。それは……家具のデザインもあるのだけど、どちらかというと、写真の撮り方が上手いように思う(^o^)。
国産家具が素敵に見える撮り方をしているのだ。
    
私も現場で経験したが、カメラマンの腕によって、風景や料理や人物さえも、まるで違う写真になる。 私が目にした光景と数段上に写真は仕立てる(^^;)。
 
それは偽りのビジュアルを作っているのではない。ちょっと配置を考えて、余計なものを排除して、光の当て具合を工夫して、小道具も置く。人物にはポーズを取らせる。それで全体が素敵な空間になる。これはセンスの問題だ。
 
それと同じことを家具販売でもできないか。
 
言い換えると、家具のデザインより空間のデザインをするということ。
 
 
そして、ここに別の切り口があるかと思う。
家具を家具と売っても、多分販売力の問題に刷り変わる。(そこには価格やブランドや営業努力も含むのだけど。)
 
 
むしろ、オーダーメイドで家具を置く空間を、プロのデザイナーがプロデュースしたら、モデルハウスのような空間が演出でき、そこに似合う家具を販売できるように思う。
 
そんな手間かけることは、よほどのお金持ちしか注文しない?  そうだろう。
 
しかし、美しい内装やデザインが金に変わる世界もある。それはビジネス空間だ。家具や内装にお金をかけても、その分を取り返せるほど商売が繁盛すれば文句は出ない。
オフィスもいいが、とくにファッション系の店舗。あるいは飲食系の店舗は、木のデザインを活かせるのではないか。
 
しかも店舗は、数年ごとにリニューアルする。その度に需要が発生する。
  
 
 
何も頭の中だけで提案しているのではない。実際にやっている人に会ったことがあるのだ。
ただし、組んだのは国産家具の作り手ではなく、マレーシアの家具職人たちだ。あちらも王国だけあって伝統的な木工技術が生きている。しかも非常に安くできる。それを日本の店舗の建設業界に売りまくっていた。
 
 
国産家具を使えば、マレーシア(やインドネシア)の家具とは違った空間プロデュースができるはず。
 
自ら空間プロデュース業に乗り出すか、あるいは店舗デザインを手がける事業体と組むか。そんなデザイナーに国産材を使った家具や小道具を活かしたデザインを作ってもらう。きっちり供給できたら可能性は広がるかもしれない。もしかして、輸出もできるかもしれない。
 
これは、モノを売るように見せて、センスを売るわけだから、それなりの人材が必要となる。
それが日本社会はできるだろうか。
 

2014/09/23

新大臣のめざすは国産家具の輸出?

遅ればせながらだが、農林水産相が交代した。西川公也農相は、どんな林業関連政策を打ち出して来るだろうか。

 
ちなみに林芳正前大臣の「農林水産省は農水省と略して林が抜けているが、心配ご無用。林が大臣です」という決めゼリフはもう聞けない(笑)。
 
 
前職の林氏は農政の門外漢であったが、今回はガチガチの農林族とされている。ただし専門はあくまで農業であり、林業の話は出てこない。また農協改革に熱心で、TPPも推進派だ。おそらく林業も輸出も含めた攻めの姿勢だろうと思っていた。
 
 
西川農水相の記者会見で口にした林業系の話題は、「国産の木製家具の輸出拡大を検討する」である。
 
これは、意外というか盲点というか、想定外の視点からの言葉(^^;)。
 
これまで国産家具の輸出なんて発想は、誰からも出ていないのではないか。
 
2013年の日本の木製家具の輸出額は、22億4300万円だったそうだ。輸出先は、台湾がトップで、アメリカ、韓国、シンガポールなど。この金額、国の貿易としたら、ほとんど「その他の物品」扱いの小さな額だ。
しかも木製家具の価格は、安くても数万円はする。木工作家のテーブルなら数十万円はする。つまり輸出点数にしたら、ほとんど問題外みたいなものである。
 
 
そもそも日本は家具の輸入国であり、国産家具の生産量自体がしれている。その家具の中でも木製家具なんて……。世界的に見ても、中国製や東南アジア製が席巻している。ニトリだって、ほとんど中国製だろう。
さらに国産木製家具の材料となる木材の素性となると、さらに厳しくなる。
 
通常の家具は広葉樹材を使う。とくに作家的な作品の場合は、ブナ、タモ、オーク、メープル、ウォルナット……いろいろあるが、大半が外材だろう。輸出した家具も、その素材が国産材とは限らないのではないか。輸出を増やすだけでは農林水産省の意味がない。その素材に国産材を使わねば。
 
ごく一部、国産のクリやブナも使われたり、針葉樹材の家具をつくるところもあるが、量的にわずかだ。スギやヒノキでも家具は作れるが、あまりハヤリそうにない。
 
 
輸入される家具材には、違法伐採が疑われる材も少なくない。北朝鮮人が中国東北部や沿海州に出稼ぎに行き、そこで乱伐したタモが日本に入ってきているという情報も、以前あった。
 
果たして国産の割合はどれほどだろうか? 
 
 
それにしても、どこから家具輸出の発想が生まれたのだろうか。もしかして、住宅輸出を打ち出しても新味がないから、家具? これも素材を加工するわけだから6次産業化かもしれないが……。
     
   
私なら、家具というより表具とか欄間など二次元の木工品を狙ったらどうかと思う。これなら針葉樹材も活かせるし、日本の伝統工芸の一部であり、加工技術も職人もまだいる。
 
表具のなかでも、とくに障子は、複雑な幾何学模様を描くこともできる。緻密な木材工芸に和紙と合体させたら、オリエンタル風で人気を呼ぶだろう。あるいはステンドグラスとの合体とか、いろいろ可能性を感じる。
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障子のいろいろ。
  
 
  
 
 
 
 
欄間も、ドアや壁掛けなどに組み込む洋風デザインにしたら、欧米で受けると思うが。神社彫刻のような彫り物もいい。

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石の外装にはめ込まれた欄間。
 

    
あるいはスギやヒノキの家具を開発して輸出するか。イギリスでは、アーツ&クラフト運動というのがあって、その中でパイン材による家具がよくつくられた。
 
もう一つ、チェンソーアートのような作品も輸出産品にならないか。手作業の木彫りより安く、カジュアルなモニュメントやインテリアになりそうな気がする。
 
ただし、いずれの品も個人的な技量が要求されるので、作り手が確保するのが簡単ではなく、量産できないだろうなあ。パーツに分けて工芸品としての生産体制は作れるだろうか。
 
ただ、量は捌けないが、価格は高い。今の量ばかり狙った木づかい運動のアンチテーゼにはなると思うよ。
 
 
 
 

2014/09/22

クレバーな散歩ルート

晴天に恵まれた連休の谷間の1日、皆さんいかがおすごしでしょうか♪

 
 
私? どうせまた山へ入って遭難しているんだろ……と侮ってはいけない。私がいつも森をかき分けてばかりいると思ったら大間違い。
 
そもそも私は、生まれも育ちも街、シテエボーイですからね。山に行くのは非日常であり、仕事上止むなく足を運んでいるのです。
シテイボーイとしては、日常的にはもっとクレバーでスタイリシュで、ゴージャスでエグゼクティブな、散歩をすることを知っておいてもらいたい。これがシチ~ボーイに似合ったエリアというものでしょう。
 
 
というわけで、本日選んだのは、国会図書館関西館。我が家から車で20分圏内である。。。
 

001_2 これが散歩コース? いや、いいのです。広いから。クレバーな空間だから。インタレスティングだから。

 
場所は関西学研都市内だが、見たところ、だだっぴろい敷地だけが目立つ。
 
  
   
国会図書館というと敷居が高そうに思うかもしれないが、関西館はいたってカジュアルに訪れられる。
 
たとえば入り口では警備員が挨拶するし、入っていきなり地下に伸びる大階段を下ると、受付の女性がさっと寄ってきて、「カードをお持ちですか」「調べごとは地下書庫のものをお使いでしょうか」と訪ねてくださる。
もちろん私は「いや、ただの散歩で見学です」と言い切って、当日だけの赤カードを入手。実は資料を渉猟できる青カードも持っているのだが、今日は忘れたのである。
 
決して、こんなことでめげては散歩にならないのである。
 
002
 
入館すると地下1階のはずだが、廊下の両脇は森だ。
 
もちろん燦々と太陽光は差し込んでいる。学研都市があったかつての京阪奈丘陵地に広がっていた里山の雑木林を再現しているのだ。
 
残念ながら、この森は歩けない。
 
   

さて、ようやく入った地下の閲覧室の広いこと。
 
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各席には、みんなパソコン端末が置かれているし、開架書庫からは好きに持ち出していい。
 
 
広い閲覧室を隅から隅まで歩く。関西館の特徴は、アジア情報室があることで、ここにはアジア各国の雑誌や研究誌が並んでいる。開いても読めないものも多いが……いいのである。散歩だから。
もちろん一般の雑誌や、意外な専門・業界分野の雑誌類もあるから楽しい。「アエラ」や「週刊文春」「正論」ついでに「現代農業」なんてのもある。
木材学会誌を開くと、CLTの研究論文もあったりして。数式が並んでいるが。
 
ちなみに、林業系の書棚を見ると、主に百科辞典・図鑑類も並んでいたが、私が一部を執筆した本もあった。ちょっと満足。
 
拙著も、これまでの出版物はみんな国会図書館に納められているはずだ。それは東京館にあるのかもしれないが、日本で出版される書籍・雑誌類は全部網羅するのが国会図書館の使命である。それゆえに知の宝庫なのだ。
 
なお10月15日発行予定の『森と日本人の1500年』(平凡社新書)は、本日、校了しました、との連絡が入った。もう編集部の手も離れて、あとは印刷製本されて、書店に配本されるのを待つだけである。ぜひ、国会図書館に納品される前に手に取ってほしい。
 
 
なんなら、4階のカフェテリアに行っても良い。ここでちょっと一息の飲食も可能だ。カップラーメンすすりながら、パソコン開いている女性もいた。
そして佐川急便の佐川男子らが、アイスクリーム食っていた。彼らが資料を漁っているとは思えないから、きっと散歩の途中休憩なのだろう。
 
 
ところで、閲覧室の天井に注目してほしい。
 
この光はどこから入っているか。実はほとんど自然光。
外の地上を見ると、こんな風になっている。
 
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この下に地下深く本が埋もれていると思うと……核戦争があっても、遺跡になっても保存され続けるだろうか。
 
 
こうして図書館内の散歩は行われる。出るときは、受付に赤カードを返しつつ、「次は青カード持ってくるからね」と啖呵を切って? 退出したのであった。
 
クレバーでスタイリシュで、ゴージャスでエグゼクティブな散歩だったろ? さすがシテーボーイだ。
 

2014/09/21

屋根の上のヒガンバナ

連休の谷間にブログ読んでる皆さん。

昨日は、ヒガンバナの写真を紹介したので、その延長。こんなヒガンバナはいかがでしょう。何もヒガンバナは、秋の田園風景の象徴だけではないのだよ。
 
 
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何これ? 
 
屋根の上に草が繁っている……。
 
実は、これだけなら珍しくない。よく見てほしい。生えているのはなんだ。。。
 
  
  
  
 
 
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ヒガンバナでした。
 
わざわざ植えたんだねえ。
一年の今の時期だけに咲く花をわざわざ移殖した努力を褒めて上げたいv(^0^)。
 
ちなみにヒガンバナは、花が咲いてから葉が伸びる。
 
 
 
角度を変えて見ると、こんな感じ。
 
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ちなみに場所は、大阪の谷町・空堀商店街界隈。
 
今、古い昭和の商店街と路地を残す町並みが人気を呼び、若者がレトロなライフスタイルを楽しむために移り住んでくるホットスポットだ。
 
 
そうした人々は長屋を再生し、路地に住む。
そして味わいのある店を出し、それ目当ての観光客も集まってくる。
 
そんな街の魅力を今風に変えていく象徴が、屋根の上のヒガンバナかな?
 
 
東京なら谷中の町並みや状況と似ているかもしれない。どちらもなかなか楽しめる町である。
 

2014/09/20

Yahoo!ニュース「ヒガンバナに種子はない…」書いた裏側

Yahoo!ニュースに記事を書いた。

 
このところ、Yahoo!ニュースに書くのはのんびり間隔を空けていたのだが、珍しく早い(^^;)。
 
 
その理由は、ヒガンバナの写真をたくさん撮ったのに、今書かないと時期を逸してネットにアップできなくなると言う理由から(~_~;)。ヒガンバナが枯れてきたら、書いてもウケナイからね。
 
いや、写真ありきで、しかも発表時期を急いで書くなんて、滅多にない。始めてか?
 
 

しかし、「日本の原風景」という言葉も安っぽくなった気がする。なんでも美しい景観があったら、「日本ならでは」という声が出てくるのはどうしたものか。
その風景が登場したのはいつなのか、どんな経緯で人がどのように関わっているのか、と考えてみてほしい。
 
…そんなことを、来月出版の『森と日本人の1500年』では書きました。よろしくv(^0^)。オイオイ

2014/09/19

華麗なる草刈りの世界

最近、街角でよく見かけるのが、草刈り。

   
通行規制までして、草を刈り、それをトラックに積み込む作業をしているを目にする。
ようするに道路際の草を刈っているのだ。幹線の中央分離帯とか、街路樹周辺とか。行政的には9月が草刈りシーズンなのかね。
 
あるいは、庭木の剪定もよく行われている。我が家のすぐ側でも、アチコチで造園業のトラックが停まって、繁った庭木の枝葉を落としている光景が広がる。
造園の世界に資格があるかどうか知らないが、かなり技能が要求されるのは間違いない。庭師は女にもてる、という噂もある(^^;)。
 
 
ま、ご苦労さんとしか言えないが、草刈りそのものは楽しさもある。草ぼうぼうのところを手鎌、あるいは刈り払い機でバッサッバッサと草をなぎ倒すと、快感だ。草刈りが上手い男はもてるかもしれない(^o^)。
 
刈り払い機の扱いに関しては、技能研修もあるし、上手い人はスピードも早ければ、的確に伐る。
 
 
……そこで思いついた。草刈りの技能を認定する制度をつくれないか。草刈りの上手い人には技能級を与えるのである。2級、1級。さらに特級とか。マイスター超級なんてのも設ける。技能大会を開いてもよい。いかに早く的確に草を刈るか、剪定するか、を競うのである。
 
技能だけではなく、知識を競う草刈り検定があってもいい。草の種類や刃物の名前、使い方、メンテナンス理論、草刈りの歴史。地域別伝統的草刈り法。さらには美的感覚を試すテストを行うのである。 
 
スピードと正確さ。もちろん安全も。部門別で、手で草をむしるクラシック戦もあってもいい。また機械の整備や刃物の研ぎの技術も点数に入れる。最高位を手に入れたら、表彰される。個人プレーだけでなく、チーム戦もある。全国大会、さらに国際大会を開催する。
 
ここまですれば、いよいよ張り切って草刈りをしてくれるのではないか。草刈り愛好会がたくさんできて、草刈りリーグが誕生する。競って草刈りをするのだ。毎年リーグ戦を展開して、優勝チームを決める。
 
そのうち草刈りする場所が足りなくなって、奪い合いが起きる。朝早く他のグループを出し抜いて公園や道路際の草刈りをする。街路樹が足りずに、他人の家の庭木を了解なく剪定してしまう剪定団が出没する。とうとう、深夜に潜入して草刈りを行う掟破りも頻発する。
 
こうなりゃ仁義なき戦いである。抗争になって、刈り払い機を振り回す事件も起きる……。
一方で、刈るための草を育てるため、来年用に草の種子をまいて栽培し始める人たちも登場する。。。略奪型草刈りから、育成草刈りへと進歩するのだ。
 
技法もいろいろ生まれる。皆草刈りは環境破壊という声も出て、列状草刈りとか群状草刈り、択草刈りも登場する。。切り捨て草刈りは補助金が出なくなり、集約化が必要になる。
とうとう一斉草刈りは古いと言われ、近自然草刈りが流行りだす。。。。
 
 
何のためにこまでするのか? いや、草刈りが楽しい競技にしたら、競ってみんな草刈りをするよ。トム・ソーヤー現象である(笑)。この意味、わかるかなあ。
 
 
……そんな妄想を抱いた終末の昼下がりであった。。。。
 

2014/09/18

原野商法の二次被害

ここ最近、原野商法の二次被害が増えているという。件数では昨年が過去最高だ。

 
これは振り込め詐欺の増加と時を同じくしているようだが、なぜ今、原野商法の被害者を狙うのか。
 
 
説明するまでもないが、原野商法とは、ほとんど価値のない山林など原野を、近く開発される(リゾート開発とか新幹線や高速道路が伸びるとか工業団地ができるとか)から転売すれば儲かると騙して、高い額で買わせる悪徳商法だ。
当然、開発なと絵空事で、その土地はまったく何も使われることなく被害者の手元に残る。
 
 
ところが、その被害者の名簿が出回ったらしく、今度は彼らに「高く買いたいという人が現れましたよ」と持ちかける事件が多発している。ただし高く転売するためには、その前に整地代とか道路を入れなければならない、とその代金と称して、またもや金を巻き上げる詐欺だ。
 
少しは逮捕者も出ているが、おさまる気配はないらしい。
 
二束三文の土地を高く買わされて、大損したと思っていたのに、本当に買いたいという人が現れて、転売すれば損を取り返せる……と思う込む被害者心理を突いている。
 
ここで持ち出されるのが「中国人が日本の土地を買いたがっている」だそう。これって、「日本の森が中国人なと外資に買われている」という風説を利用しているのは一目瞭然。
 
日本財団がまき散らした「奪われる日本の森」の言説は、見事に詐欺のネタにされたわけだ。
 
 
 
しかし、思うのだ。いっそ、原野商法の土地を本当に中国人が買ってくれるならいいな、と。つまり中国人をカモにする(笑)。
本気で営業かけたら、もしかして、買ってくれる奇特な大金持ちがいるかもしれないよ……。
 
 
残念ながら、中国人はそれほとバカじゃない。詐欺のネタにはなっても、本当に買いたいという中国人は登場しないらしい。残念(^O^)。
 
 
 

2014/09/17

生駒山も秋です

今日も昼間は30度越えだが、さすがに朝夕は涼しくなった。

 
ヒグラシの鳴き声もよく響く。……ヒグラシの声は、俳句の秋の季語だ。カナカナカナという響きが、暮れゆく夏を連想させる。
 
実は、私は8月初旬にヒグラシの鳴き声をたっぷり聞いていた。場所は岩手である。なんでも岩手では、ヒグラシと言えば初夏のセミの声なんだそうだ。なるほど、地域によって鳴く時期も変わるのか。
初夏も昼間と朝夕の気温差が大きい。東北では初夏と晩夏は似た風情なのかもしれない。
 
 
というわけで、このところ秋を探しに(^^;)よく生駒山を歩いているが、本日はヒガンバナと遭遇。
 
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独特の赤が、秋を連想させる。
 
稲穂も、よく稔っている。今夏は雨続きだったが、どうやら豊作の模様。7月までによく照ったからだろう。実は世界的に記録的な豊作だそう。
 
 
 
 
さらに、ヤマドリも発見。
 
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1匹だと思ってカメラを向けたら、後から2匹、3匹と着いてきた。
 
親子だろうか。どうやら父鳥が先に道に出て、その後子供たちがタッタッタと走るように道路を横断して、繁みに入っていった。
 
 
 
 
ついでに、こんな花(^^;)も発見。
 
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バナナ。
 
秋の気分が吹っ飛ぶだろう(⌒ー⌒)。
 
実は、生駒山にはバナナも自生しているのだよ。それも一か所ではなく、何か所かある。
 
もちろん、最初は人が植えたのだろうが、放置しても毎年生えてくるみたい。そして、ちゃんと稔るのだ。食べられるかどうかは知らないけれどね。
 
 

2014/09/16

Yahoo!ニュース「山ガールこそ、自然と正直に…」

Yahoo!ニュースに「山ガールこそ、自然と正直に向き合っているかも 」書きました。

 
本ブログを毎日読んでいる人ならわかるだろうが、これは「山ガールの森林限界」のコメント欄に、「遭難男子をテーマに書いてくれ」という言葉を真に受けて(~_~;)、実際書いたらどうなるか? と悩んだ末にこの形にしたのである。
 
遭難のススメではないが、遭難(≒未知の世界)と、山ファッションは同根ではないかと。
実は、ほとんどの人間はそんなに自然が好きなわけではなくて、別の目的を持って自然界に分け入るのである。
それにしても、山ガールをバカにしてはいけません。何十年とかけて山男が血の滲むように広げてきた登山の世界の認知度を、彼女らはたった数年で数倍にも広げたのだよ。
 
それにファッションばかり問題にするが、山登りの実力はあなどれん。古典的山姿の男性で情けない人もいるし、女性の超一流クライマーでも最近はカラフルなウェアを着る。山スカートも、実はポケットの役割を果たすなど機能的な面も大きい(そうだ)。
 
 
 
 

2014/09/15

10月に新刊を出版!

先日、ブログのテンプレート・デザインを一新したことに多くの人は気づいただろう。なぜか。気持ちを新たにしようと思っていたのだ……。

 

本日、永きにわたって執筆に苦しんできた原稿をついに手放した。

正確に言えば、昨夜、再校を終えて版元にゲラを送り返したのである。全体で240ページになる。昨年は出せなかった新刊書の原稿である。これで私の役割はほぼ終わり、あとは出版されるのを待つだけ……。
 
 
 
が、驚いたのは昨夜の晩、ツイッターで以下のようなツイッートが流れたことだ。
 
平凡社新書10月。「時とともに変わる風景。今ある緑は、どんな経緯を経て生まれたか。その景観に人はどのように関わってきたか。」 ⇒田中淳夫『森と日本人の1500年』
 
 
私が出版する書籍のことだ。つまり、Amazonに予約ページができていたのだ。
 
満を持して、私が紹介する直前に先を越された……(笑)。いや、まだ私の手元に原稿(ゲラ)がある時に、告知されたわけだ。
 
 
今更だが、版元は平凡社の平凡社新書、タイトルは「森と日本人の1500年」と決まり、発行日は10月15日だ。おそらく数日は早く出ると思うが。
 
相変わらずの森の本? そう言えばそう。一種の日本の森林史と思っていただければよいだろう。ただ、多くの環境史、森林の歴史の本とは、かなり切り口が違うと思う。
 
執筆はほぼ2年かけている。つまり、『森と近代日本を動かした男 山林王・土倉庄三郎の生涯』を出版後すぐに取りかかった。にもかかわらず、幾度も中断しており、何度も書き直している。これほど執筆に苦しんだ本は初めてかもしれない。
 
 
詳しくは、今後ボチボチと。
 

2014/09/14

都会の「緑の館」

緑の館」という小説を知っているだろうか。

 
ウィリアム・ハドソンの小説で、まあ、恋愛小説と言ってもよいだろう。
南米のジャングルの奥地で出会った不思議な少女の話だが、彼女の話す言葉は、どこの民族のものでもない、小鳥のさえずりのような声だった……。
 
映画化もされているそうだが(主演は、オードリー・ヘプバーン)、私は高校で英語の教師に英文で読まされ、まったくキライになったのだが、その後翻訳を読むと、なんと素敵な物語なんだ! と感動した。
 
 
 
……そんな本のことを思い出したのは、先日の表参道・南青山で、見事な「緑の館」を見かけたから。
 
こちらは、ロマンスでもなんでもない、ようするに廃墟だ。ただ、緑のカーテンに包まれているだけの。これが都会のど真ん中。それもお洒落な街の一角にあるのだ。
 
 
2 それにしてもすごい。
 
見たところ、普通の住居なんだが、どこに玄関があるのかさえわからないほど、植物に包まれ蹂躙?されている。
 
窓も塞がれ、完全に密室だ。
近くに置かれた自転車も、緑の蔓に絡まれ、飲み込まれようとしている。
 
ここでは恋愛小説よりミステリーが似合うだろう。
  
  
しかし……こんな地価の高いところにも、空き地が広がり、さらに廃墟になっても撤去されない家が残されているんだなあ。
 
 
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これは裏側。
 
周辺は駐車場になっている。

2014/09/13

週刊朝日に「木造新時代」

週刊朝日9月19日号のグラビアを開いてびっくりした。

 
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木造新時代」という特集なのである。
 
これだけなら驚かない。では、何にびっくりしたのかというと……。
 
 
この1面に写っているのは、表参道・南青山にあるサニーヒルズ。
 

木造3階建てだが、何よりこの外観がすごい。ヒノキの角材6000本を使用した檻のような姿。これを「地獄組み」というのだそうだ。
設計したのは、隅研吾氏。
 
ここ、私が先日のティンバライズ建築展に行く際に、少しだけ開館まで時間に余裕があって訪ねたところなのだ。(展覧会会場から徒歩5分圏内。)
 
この建物は、台湾のパイナップルケーキ専門店だそうだが、残念ながら私が行ったときは開店前で中は入れなかった。それでも少し写真を撮る。
 
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地獄組みと、ガラスの外壁の間には、この通り、緑地帯があった。
 
なかなか贅沢な造りだ。幅は1メートル以上ある。
それでぐるりと外を取り囲んでいる(2面)のだから、何平方メートルを外観に費やしているのか。この地域の地価を考えたら○○万円相当……なんて、考えるのは貧乏臭い(~_~;)。
 
ちなみに中をガラス越しに覗くと、中も木がいっぱい。 店の中ではヒノキの香りがするそうだが…。
 
  
   
 
 
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これは、入り口から上を見上げたところ。
 
どんな組み方をしているかわかるだろう。
 
1本1本は何の変哲もない角材のようだから調達は簡単なはずだ。岐阜県のヒノキを使ったらしいが。
 
それを組むことで、異様な外観に仕立て上げたのである。

   
  
 
 
なお記事は、ほかにもオトノハカフェ(東京都文京区)や大阪木材仲買会館(大阪市)、さらに建築中の静岡市の草薙総合運動場新体育館も取り上げている。
 
また海外ではチューリッヒのタメディア本社ビルも。ここは、建築中に私も見たんだよなあ。
7階建てで、無垢の木材を使っている。設計は、坂茂。
 
 
 
一般誌に、こうしたグラビアが載るようになったのは、単に木造が増えてきたから目を向けただけではないだろう。紹介するに値する木造建築が登場してきた、ということだ。
いよいよ木造建築も本格化して、デザインの時代に入ったのではないか、と思わせる。木造を建てれば評価される時代はオシマイだよ。

  

   
  
  
  
※ この号には、「頂上に行かない“秋の富士”」という記事もあって、昨日書いた、「頂上を目指さない山ガール」こそ、時流に乗っているのかもしれないと思わせる話の裏付けにもなっている(笑)。
 

2014/09/12

山ガールの森林限界

東京のティンバライズ展では、某女性と密会……(~_~;)。

 
実は15年ぶりに会う大学の後輩である。
彼女は、当時バックパッキングも行う探検部員だったが、今は恋愛道の師匠?モテ女講師?という大変身を遂げていた。とはいえ、話していると、中身は昔と変わらんかも(^o^)。
 
で、今夏久しぶりに山に登ったそうだ。昔と違って、ちゃんと山スカはいて、山ガール・ファッションに身を包んで。
 
今は、登山ブームとか。その担い手は女性と中高年である。そして、とくに(若めの)女性は山ガールと呼ばれて、ファッショナブルな姿で闊歩する。
彼女が最初はたどり着いたのは、登山口にもなっている麓の赤石鉱泉。そこには全国の山ガールが、驚くほど集結していたとか。ちょっと覗きたくなるが……ところが登り始めると、どんどん数が減り、頂上につく頃は山ガールの姿は消えていたという。
 
「きっと山ガールは、森林限界を超えられないんですよ」
 
おお、名言だ(笑)。

 
 
そういや私の聞いたところによると、中高年の登山ブームの実体は「出会い系」なんだそうだ。
同性でもよいが、やはり男女の出会いを求めて山に登る。だから愛好会をつくってメンバー集めたり、山で同じ方向に登っている人に声をかけて一緒に登る。同好の士なら話題も合うし、何より開放的になっているから、警戒心が弱くて親しくなれる(はず)。……それが目的の大半。
 
とくに女性グループは、登りながらでもよくしゃべる。男も異性と出会ったら、一生懸命しゃべる。仲良くなろうとする……。とても景色を見ている余裕はない。もっとも、景色や動植物、土地の歴史などを異性に解説するチャンスを手ぐすね引いている人も少なくない。
 
山(森)で他者を見かけたら木の陰に隠れたり、道からそれてすれ違わないようにする(ついでに遭難もする)私とは大違いだ(~_~;)。
 
ま、出会い目当てばかりではないにしろ、そんな人々が多数派かもしれないなあ。
そもそも登山が頂上や縦走を目的とするという見方自体が古いように思う。今はトレイルやフットパスのような自然の景色の中を歩くことが(表向きの)目的の主流となっているのではないか。

  
もっとも、そんな山ブームの中から、本気で山を登ることに目覚める人も出るのだろう。山ガールから登山女子へ進化?したり、山登りに人生賭けてしまう女性や中高年も出ている。いわば森林限界を越えるのだろう(笑)。出会い系だって、純愛に発展するかもしれないし。
 
やっぱり、裾野を広げないと高みを目指す人も出にくい。遭難していてはダメだ……。
 
 
林業女子にも“森林限界”はあるだろうか。その限界線はどこにある?
 
今は「林業応援団」的な林業女子も、数が増えたらその中から現場を本格的にこなす林業女史とか、オピニオンリーダー的な林業女師が出てくるかもしれないね。
 

2014/09/11

カエンタケ再び

今日は、朝早くから生駒山中入り。

 
目的は、またもやカエンタケ探し。
 
……実は、前回のカエンタケの記事が妙に反響があって、幾件か取材申込みがあったのだけど、結果的にテレビ大阪の番組の取材を受けた。もちろん、異常気象や外来種とは関係ないよ、念を押して。
 
それで、実際にカエンタケ探しの様子を撮影されたのだが、昨夜の大雨の後だけに、簡単に済ませるため、前回発見した場所へ。
 
そして山に入って、1分後に「発見!」(^o^)。
 
極めて簡単だ。撮影スタッフも拍子抜けしたみたい。
ただ、前回の発見個体とは微妙に入れ代わっている。もしかして、一度誰かが駆除したのかもしれないし、あるいは寿命?が来て子実体は枯れたのかもしれない。ただ菌糸が広がっているから、次々生えるだろうけど。
 
そして「何か話してください」と言われてたので、里山のウンチク垂れたら、「もっと身近な話題ないですか」と言われてしまった。
 
そこで山の中で過ごした夜の怪談話とか、イノシシやタヌキ、イタチが街中まで進出して駆けめぐっている話(もっとたくさん走ってほしいと口走ってしまった)とか……道のないところを歩く登山のオモシロさも語ってしまったが、これは使えないだろうなあ。「遭難は楽しい!」というのはマズいだろ。
 
 
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肝心のカエンタケだが、今回は枝分かれした大物も発見。
 
スタッフがゴム手袋してつかんで持っております。
 
これでカブレたら大変だな。。。


私としては、カエンタケを入り口にナラ枯れ問題を紹介してほしいところだけどね。

2014/09/10

ティンバライズ建築展

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東京の表参道で開かれたティンバライズ建築展に行ってきた。

  
表参道?デング熱…。と連想しないではないが、もちろん展覧会は関係なく、多くの人で賑わっている。女性も多いが、みんな建築、建築した顔ぶれ(((^^;)。なんだ、それ。。
  
こんな木造都市が誕生したら、おもしろいだろうと思わせる。 その一角にCLT が展示されていたけどね…。

2014/09/09

バナナの葉も商品だ

しょっちゅう紹介している生駒のスリランカ料理店ラッキーガーデンでお食事。

 
 
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これまで何十回と食べているが、今回のバナナリーフコースは、実は初めてである。だって、高いから(^^;)。
   
こんな風に、バナナの葉に包まれている。
 
これにカレー2種類(私のときは3種類におまけ)とナンやデザート、ティーなどがついている。
 
    
      
2  
葉の中は、こんな具合。


インディカ米のサフランライスに、タンドリーチキンなどもたっぷり。半熟卵も乗っている。



 
なにも、ラッキーガーデンの宣伝をしているのではない。問題は、バナナリーフである。
これは、自家製。バナナを栽培しているのだ。
 
いや、案外育つのだよ。
 
バナナは大きくなるが、実は一年生の草本だ。日本の夏にも葉を繁らせることはできる。実もなるし。(美味しいかどうかは知らない。) バナナの葉の商品化なんて考えた人は日本にはいないのかな。
 
 
東南アジアなどでは、皿の代わりにバナナの葉を使うのは日常的だ。田舎では自給しているが、都会では販売もしている。十分、商品になっている。
 
これを見て思ったのだ。
 
日本の農山村でも、葉っぱを売らないのか、と。バナナだけでなく。
 
有名な「つまもの」はある。料理の飾りである。それもいいが、もはや飽和状態。むしろ料理に使ったり、料理の包装に使える葉はないか。つまものよりはカジュアルで、少し香りなど料理の味に影響する。そしてオシャレになるではないか。
 
山間部でも育つ葉で商品化できたら、量は捌けるし、生産は毎年だし。今のところ、山椒の葉ぐらいかなあ。蓮の葉の塩釜包み料理なんてのもあるが。あと、朴葉味噌か。

2014/09/08

日本の出版界を救った?『紙つなげ……』本を読む

紙つなげ! 彼らが本の紙を造っている 再生・日本製紙石巻工場

                                    佐々涼子著・早川書房 
を読んだ。まあ、なんと長いタイトルであることか。
 
 
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このタイトル、そして表紙と帯の文を見ればわかるとおり、テーマは、東日本大震災で被災した日本製紙の石巻工場の苦闘の記録。
 
「紙つなげ」とは、紙を造ってロールを巻いていく過程を示す。
 
 
売れているそうである。
発行後、約2週間で5刷りまで行っている。私の本ではまずないことだ……(正確に言うと、一度だけあったんだけど)。

  
正直、私はこの手の本は好みではない。 
  
 
東日本大震災の被災者の記録はたくさん出ているし、内容は想像がつく。大変な目にあったのはよくわかる。そこからの再建がいかに大変だったか聞くまでもない。
読めば感動するだろう。当時の状況に想いを馳せ、目頭が熱くなるかもしれない。が、今更である。何も未読の本を増やす必要はないのだ……。
 
それでも、あえて新刊を購入してすぐに読んだのは、一つには製紙の話であること。製紙現場の勉強になるかもしれない、という気持ちが一つ。
そして、この工場が日本の書籍や雑誌の紙の約4割を造っているという事実だ。帯にある、「日本の出版は終わる」という言葉は、その点を指している。
ならば、出版界の片隅に佇む者として、多少は応援する気持ちも込めて読んでみるか、という気になったのである。
  
 
 
もう一つ理由がある。……実は、この工場、私も震災直後に訪れているのだ。岩手から福島まで主に沿岸部を回ったのだが、石巻にたどり着いたときは雨だった。海岸の工業団地に入ると、壊滅状態の工場が並んでいた。その中に流された製紙の巻紙がゴロゴロしている現場に出くわした。それが日本製紙の工場であった。人気もない、閑散とした廃墟だった。。。


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私(ともう一人)は、その中にそろりそろりと侵入している。
  
とても、再生できるようには見えなかった。一度全部撤去してから建て直すくらいではないと無理じゃないか……と感じたのである。
 それが半年後には再開できたなんて。。。そう聞けば感動するよな。その気持ちが読む気を後押ししたのは間違いない。
            
ちなみに、ロール紙だけではなく、丸太もゴロゴロしていたのを覚えている。
  

 
 
さて読んでみたところ、製紙の現場の雰囲気は、なるほど、それなりに感じた。製紙だけでなく、出版業界の紙に関する知識も身についた。(ただ、本書の説明は、ちょっと舌足らず。どんな工程なのか、十分にイメージできないところが多かった。私は製紙工場の現場を見ているから多少は知っているのだが、それでもわかりにくい。)
でも、なぜ半年で再開できたのか、十分な分析はしていない。そこが知りたいのに。単に、現場の人々が頑張りました、ではなあ。。。
 
 
なお本書の主テーマは、やはり被災時の苦闘であり、工場再開に向けての人間ドラマであろうか。
地震時の状況。津波が押し寄せる様子。工場の人々は、みんな避難訓練を受けているからちゃんと避難して死者は出なかった(そこはヨイショっぽい……)が、工場内には多くの人々の遺体が流れ込んでいたという。
 
本書は、そもそも早川書房の副社長が現場を訪ねて思いついた企画だそうだ。そういう意味では、予定調和的な内容である。当然、日本製紙の全面的な協力体制で取材もしたのだろう。本も、社員分だけでも何千部か売れたのかもしれない。
 
 
ちょっと面白かった?のは、現場では、強盗・窃盗なども頻発していたこと。救援物資に関しても妬みや疑心暗鬼が飛び交っていたらしい。「日本人はすごい! 」というほど治安がよかったわけではなかったらしい。
  
ともあれ、震災で沿岸部の製紙工場だけでなく合板工場の多くが被災して、操業できなくなったことが、東北の林業現場にも影響を与えている。それは今にも響いているのだ。
遠くの合板工場に輸送するとなると、コストがかさんでしまう。また、一度別の工場に渡った納入先は、なかなかもどってこない。
 
先日訪ねた岩手でも、そんな話を聞いた。今は、バイオマス発電所に期待をつないでいるそうだが……。
 
ともあれ、震災で本の紙を造っている工場がどうなったのか。どうやって再生できたのか、というテーマは、本好きには手に取りたくなる。やられた! という感じだ。

2014/09/07

国産材価格アップ最後のチャンス?

たまには林業ぽいことも書こう。たまには、ね。 
お題は、国産材の価格。長期的には下がり続けているのだが、果たして今後上がることはあるのか。その時期を推定すれば、立ち回り次第で儲けることができる林業家も出るはずだ。
 
 
この際に注目しなけれはならないのは、消費税率の問題だ。
 

安倍内閣は、今年中に来年10月から消費税率を値上げする(10%)かどうか、決断するという。もともと消費税率アップは法律でも決まったことで、規定方針どおりに行くか行かないか、という選択にすぎないのだが。。。

 
今春までの1年間の材価を振り返ってほしい。
もともと昨春から昨夏にかけて下落していたのに、昨年の今頃から上がり始めて、一時期は1・5倍くらい跳ね上がった。この時期に国産材をどんどん搬出できた林業家はかなり儲かったはずだ。そして今春以降は、また下がった。
 
こんな乱高下になったのは、当然消費咳率5%→8%アップしたからである。その駆け込み需要があったのだ。
この時期は、急激な円安のため外材の価格が跳ね上がるという現象もあったから、余計に国産材に注文ガは行ったという事情もある。ただ、結果的には外材の輸入量も増えているのだから、外材価格は上がっても、国産材が十分増産されなかったために仕方なく?輸入量を増やしたと思われる。
 
つまり駆け込み需要は約半年続く。為替レートも影響する、ということが読み取れる。
 
 
さてさて、来年はどうなるか。税率アップが決まれば、また駆け込み需要が起きるだろう。また、このところ再び円安が進み出している。つまり国産材に再び目が向けられる要素は十分にある……。
 
今から国産材の増産準備をしておくべきか? 来年10月に増税になるなら、木材需要が増えるのは来年始めから8~9月までだろう。今から取りかからないと。
 
昨年は値上がりを知っても増産できずに悔し涙を飲んだ森林組合や素材生産業者よ、夢をもう一度。
 
 
と、煽っても、本当に上がるかどうか知らないよ(⌒ー⌒)。
すでに景気の底割れが始まっているから、駆け込み需要も盛り上がらないかもしれないし、大量注文に応えられなかった国産材に愛想が尽きて、建築業者は先に外材を手当てしているかもしれないしなあ。あるいは非木造住宅にシフトするか。いやいや、みんながこぞって増産したために、結局は在庫がだぶつく恐れもある。
 
 
関係者の皆さん、よく考えて決断してくだされ。
 
私が無料の「思いつき」で書くのは、ここまで。 タダでは真面目に書けない( ̄ー ̄)。

2014/09/06

カエンタケは異常気象か外来種か

ブログおよびYahoo!ニュースに記したカエンタケの記事が、意外やよく読まれてリツイートやシェアも繰り返されて反響を呼んでいる。

 
私としては、テレビや新聞(地域版だけど)のニュースにもなった後だから、たいしてバリューはないと思っていたのだが……。
 
で、テレビ局から取材の依頼(^o^)。
 
来ましたね。
と、企画書を読ませていただくと「日本に迫る異常気象」「日本で異常繁殖する外来種」というテーマで取り上げたい……。
 
あれ? あれれ?
 
カエンタケの発生が異常気象と関係あるだろうか。そもそもカエンタケは外来種?
私は、そんな記事を書いたつもりはないのだが。
 
……というわけで、ていねいに説明させていただきました。
ナラ枯れとは関係ありそうだけど、異常気象には関係ないし(雨が多かったからよく生えた、程度なら言えるが)、菌類に外来種という概念使うかなあ。新種ばっかりだし。
 
さて、どうなりますやら。
 
企画を変えるか、企画に合わなくても別枠で取り上げるか。
私としては、真面目に取り上げてくださるなら大歓迎。取材に協力もさせていただく。(もっとも、私は菌類の専門家ではないし、そもそも研究者でもないのだが。)
 
乞う、ご期待!

2014/09/05

ついにイネ花粉症

ニュースで、9月3日4日と岐阜県の大垣市や羽島市の小中学校で、生徒が目のかゆみや充血などを訴えた事件を報道していた。2日間で延べ2580人だというが、おそらく、その数倍の人が同じ症状に襲われたのだろう。

どうやらイネ科の花粉によるアレルギー性結膜炎らしい。
 
 
これを聞いて思い出した。
 
以前、メールだったか手紙だったか、拙著の読者から連絡があった。彼女(女性だったと記憶する)はスギの花粉症問題で、スギを大造林したのは政府の失政で、スギを植えた山村住民にも責任はある、そして「スギを全部切り倒せ」と主張していた。
 
それに対する私の反論。
 
花粉症はスギだけではない。ヒノキ花粉症もあるからヒノキも切り倒すべきか。林業止めて木材を暮らしの中から排除するか
。いやブタクサのようなイネ科植物の花粉症もあるから、もしかしたらイネそのものの花粉症も起きるかもしれない。その時は、イネを栽培したのは政府や日本の農民の責任で、「全部刈ってしまえ」と主張されるか。
 
返事はなかったように記憶するが……。
 
今こそ、現実になった。本当にイネそのものの花粉でアレルギーは起きるのだ。花粉症が発症したのだ。
さあ、どうする? イネ栽培を止めさせるべきか? 米を食うのを諦めるか。
 
結局、花粉症を目先の症状と捉え、アレルゲン排除ばかりを考えるから、行き詰まる。土の地面がなくなったことで、花粉を吸着するところがなくなり、いつまでも宙を舞うという主張もしていたが、ならば舗装を剥がして、土の地面を取り戻す決断ができるか。
そして人間の身体が、なぜ頻繁にアレルギーを引き起こすようになったのか、あるいはアレルギーを持つのが普遍で、それをカルマ(業)として引き受けるか、を考えないと。
いざ、決断のとき! 
……という妄想をしてみた週末の夜更けである。。。。

2014/09/04

チェンソーアートの昨今事情

チェンソーアーティストの城所啓二さんが、大和郡山市で開かれたイベントでショーをしたので、見学に行ってきた。

 
1日に3体(フクロウ、金魚、シカ)彫りあげるという、相変わらずハードなプログラム。一体は約1時間くらいで仕上げている。
とくに金魚を題材にしたのは、大和郡山が金魚養殖の地で、金魚すくい選手権で有名になっているからだが、なんと「つくるの、初めて」だそうだ。予行演習もせずにぶっつけ本番で彫りあげるのだからすごい。
 
 
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オナカの膨れ具合とか色合いなど、事前に観察してきたというが、それだけでできちゃうものなんだ。


ところで、見てわかる通り、色を塗っている。
また、表面を電動のバインダーで磨き上げている。だから、チェンソーだけで彫りあげたのとは違った木肌の味わい。
    
 
   
 
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シカでは、まずバーナーで焦げ目をつけてからバインダーで磨き、さらにペインティングもしている。
 
目を彫るのは、細かな道具を使ってきれいに丸く浮かび上がらせ、さらに黒く塗ったかと思えば、虹彩まで描く。少女マンガの光る目の世界だ(^^;)。
  
だから正確には、ショーが終わっても、まだ作品が完成したとは言えないのかもしれない。  
 
     
     
     
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完成品は、こんな感じ。
 
見学者の中には「生きているみたい」という感想も出ていたが、たしかにチェンソーで彫ったかどうかなんて考える必要もなく、造形がしっかりしている。

   
  
  

チェンソーアートも普及するとともに変化している。
そこで、昨今のチェンソーアート・ビジネスを俯瞰してみた。
  
 
私が10数年前にチェンソーアートに触れたとき、これを山村ビジネスにしたら、山村住民の趣味・生きがいになるだけでなく、作品を売れば副業になるし、引き取り手のない寸足らず丸太や黒芯などが素材として売れる、と考えた。
 
その頃、チェンソーアートによって行えると考えた収益事業は、3つ。
一つ目は、作品販売。
二つ目は つくる過程を見せるショー。
三つ目は、教室。チェンソーアートを教えるスクールである。
 
このうち当時は、ショーが一番人気があったのではないかと思う。ギャラもよかった。
ただ私は、そんなに伸びるように思えなかった。もちろん、ある一定数の需要はあるだろうが、やはり特殊なショーであり、そんなに全国各地で行うものではあるまい、また流行り廃りの流行もある……と考えた。
 
実際、今もショー需要はあるものの、チェンソーアーティストそのものが増えたことで、一人のところにショー依頼が集中して稼げる時代ではなくなったらしい。ショーの上手い下手はあるだろうが、とりあえず近くの人に依頼するから、分散する。
 
むしろ大会を開く方が、地域振興とともにビジネスとしても可能性がある。趣味で行うカーバーや見学者が集うことで地域に金が落ちるよう仕向けるものだ。もっとも、これだって同じ場所で開けるのは年に一度だろう。それに大会も全国で数が増えてきたから、人を集めるのは結構大変だ。
 
スクールも、各地に生まれつつあるが、個人で教えるだけでは、広がりが弱い。講師を確保することや、機材、そして素材の丸太を上手く供給できないと難しい。また同じ講師ばかりだと作品も幅がなくなる。結構、組織的に動かないと持続しない。
ちゃんとビジネス形態を保っているのは、私も関わった吉野チェンソーアートスクールだけだと思う。ただ吉野も、今はスクール開催日を減らしたそうだ。
 
となると、やはりビジネスとして強みを持つのは物販、とくに作品販売だろう。それもつくって売るだけでなく、オーダーメイドも増えるのではないか。
 
ところでチェンソーアート作品は、以前は「チェンソーだけでつくったんですよ」というのが売り文句だったのだが、今ではそれが通用しないらしい。
やはり購入者は、つくる過程より、完成した作品の出来にこだわるからだ。「チェンソーだけで」という価値は、その場ではあっても長続きしない。  
 
となると、より完成度の高い作品にするためには、チェンソーだけでなく、電気工具を使って仕上げたり、ペインティングでよりリアリティを増す方向に行く。
 
そういう意味では、チェンソーアート作品ではなく、木彫作品の一つなのだ。
 
こうなると、作り手の技術が重要になる。また作り手の意識も、芸術作品の道をめざすか、あるいは工芸作品の道を選ぶか分かれてくるのでないか。
 
陶芸の世界に当てはめると、陶芸作家と工芸職人がいて、さらに陶芸教室を開く講師がいる……といった感じだろうか。
 
チェンソーアートの世界も、拡散普及の段階から、そろそろ分化・深化へとステージを移すのだろう。そして目新しいアクティビティから、数あるアクティビティの一つになっていくのかもしれない。
 
もちろん、それは成熟してきた証拠だから、悪いことではないのだが……。
 

2014/09/03

混交林化する里山林

私は、いつも裏山を歩いてカエンタケなどキノコ類ばかり追いかけているわけではない。

 
最近気に入っているのは、里山の人工林。里山の森林と言えば雑木林なのが定番のように思いがちだが、よく観察すると、かなりの頻度で人工林が目に入る。
 
里山の植生は、落葉広葉樹に加えて、近年はタケ……モウソウチクが増殖しているが、それとは別にスギ、それにヒノキが混じっている。戦後の造林ブームの際に「低質な」雑木を伐って針葉樹を植えたのだろう。
 
それが馬鹿にならない面積を占めている。とくに生駒山の場合は、感覚的には森林の2割を占めているのではないか。製紙会社の持ち山も多く、わりと手入れはされているように思う。高級材とはいかないが、すっくり伸びた直径30センチ級のスギが林立しているところもあるから、なかなかのものだ。
 

Photo

 
結構よい木が育っているではないか。

最初ころは枝打ちもしたのだろう。


          
 
しかし、収穫される可能性は極めて低い。材価が下落して利益が出ないのはもちろんだが、そもそも伐採しても搬出ルートが難しい。ハイキングコースは縦横に伸びているが、そこを作業道にして重機を入れるのは無理がある。そして森の周りはニュータウン。丸太積んだトラックを走らせるのは住民側が抵抗するだろう。
 
で、どうなるか。放置されるのである。それがどうなるのか、観察している。
 
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キノコと一緒に見てきた里山の人工林。
  
 
林床に落葉樹、照葉樹がびっしり生えてきたのだ。
これなら、雨にも強いだろう。
      
こんな森林が増えている。

  
  
     
 
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もう少ししたら、広葉樹もスギと肩を並べるかもしれない。
 
多少は紅葉する木も混ざっている。上手く育てば美しい混交林になるだろう。
 
                         
放置された人工林は緑の沙漠。林床は暗くて土壌が流出して、山もいつ崩れるかもしれない。木も育たず細くてヒョロヒョロ……。
 
そんな一般的なイメージを吹き飛ばす放置混交林になってくれ。
 
こんな見どころもあるのだ。
 

2014/09/02

Yahoo!ニュース「最強毒キノコカエンタケ……」を書いた裏側

 Yahoo!ニュースに「最強毒キノコ・カエンタケが大発生?」を書きました。

 
昨日の約束?を実行したのですよ。せっかくだから、ブログではなく、Yahoo!ニュースに投稿。しかし、あっけなかった。
 
カエンタケの探索に出て、ここ、と狙い定めた現地到着後10分で発見。
 
なんとも拍子抜けするほど簡単であった。目立つキノコだけに、その気になれば発見しやすいのだ。もちろん、数も多く出ているのだろうが。
 
しかし撮影するために、カエンタケの周りの落葉や草を取り除こうと手を近づけると緊張する(~_~;)。いや、何か障気が漂っているような、ピリピリした美しさがあるのだよ。息を止めて、慎重に手を伸ばす。
 
危険だ、という感覚が、自然界の美しさを引き立たせるというか、摂理を感じさせる。おそらくカエンタケが猛毒(トリコテセン類)を生成する理由だって、自然界の中にあるのだ。
 
腐海に入ったナウシカ気分(^o^)。
せっかくだから、Yahoo!以外の写真も公開。
 
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幹の根元に生え始めているカエンタケ。
禍々しい。続々と子実体を伸ばすのではないか。
 

 
  

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もちろん、雨上がりの山には、無害の美しいキノコも多い。
 
ちょっと目の保養というか、お口直し。
    
              
            
                    
  
  
  
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名前はわからない。私は、キノコは苦手。
 
でも、美しいから好き。
 
彼らが森の中で分解者として働いていることを想像すると、ドキドキする……。

2014/09/01

カエンダケ!

生駒も、災害にはならぬが雨の多い夏。これでは森林散策もできない…。

それでも雨上がりを狙って訪れると、目につくのはキノコ群である。やはり湿っぽいからな…。

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だが、極め付きは、これでしょ。

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生駒山にカエンダケが発見されたのか? 

警戒警報発令中。

我が家から結構近いところ。 

 



                             

カエンダケは、食べたら致死率が高いし、触るだけでも火傷状の酷い症状が出るという史上最悪キノコ。……しかし、それが生駒山中にあると聞けば、探してみたくなる(~_~;)。見た目は美しいし。

 
いえいえ、危険すぎる……。もしかしたら、見るだけでも怪我するかもしれない(~_~;)。

 
そもそも、カエンタケは立ち枯れたナラ類(コナラ、ミズナラ)に腐生するというから、ナラ枯れが急速に拡大中の生駒山でも発生してもおかしくない。いや日本中の里山でカエンタケが増える可能性は高いのだ。こころして、里山を歩け。

 
 
 

でも……見てみたいなあ。。。

 

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森と林業と田舎