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2014年10月

2014/10/30

ネット書評『森と日本人の1500年』

ふと思いついて、自著をネットで検索してみた。

 
当然、『森と日本人の1500年』である。果たして紹介してくれているサイトはあるか……。
 
ありました(^o^)。
 
このブログはたくさんアップしているから、多くヒットするが、それは省く。もちろんネット書店は省く。古本屋のコーナーも省く(;_;)。。。
 
とりあえず見つけたのを列記すると。
 
 
 
 
 
 
実物以上に巨大な本の表紙を乗せてくださっているところもあって、開くと仰天する(^o^)。
各サイトの書き手には本ブログの読者もいるよう(というか、全員かも……)だが、ありがとうございますm(__)m。
 
 
新聞や雑誌の書評は、たいてい1カ月くらいかかる。
夕刊フジは速報?的な紹介欄があって、例外的に早かったが、普通は書籍の選別とそれを評者に届けて、読んでから書く、そして掲載までの時間もかかるから、どうしても日数が経っってしまう。
しかし最近は書店に並ぶ期間がどんどん短くなっているから、書評が載ったころには店頭にないケースだってある。2週間たった今は、そろそろ消えかねない時期なのだ。
 
幸い、なんとか踏ん張っている(^o^)。今日も、本屋で見かけました。
 
 
Amazonでは、ベストセラーランキングの環境保護部門で2位だ(順位は、短期間で入れ代わる。ちょっと前まで1位だった。)
楽天ブックスでは、林業水産業部門で3位
 
個人的には、じっくり時間をかけて売れてほしい気持ちもあるが、世の中の動きから外れると浮上できないからなあ。
 
というわけで、あわてて自分のサイトにも『森と日本人の1500年』のページをつくりました
 
 
 
もう少していねいに工夫すべきかと思いつつ、まずはスピード(笑)。ここでは、序章(はじめに)が読めます。
 

2014/10/29

「愛染かつら」の秘密(笑)

大阪の上町台地は、大阪城から天王寺にかけて南北に延びる台地。

寺町でもあり、大阪でも歴史の色濃い地域だ。
  
今年400年を迎える大阪冬の陣で盛り上がっている。真田幸村人気も高まりそうだ。各所にノボリが立てられている。
 
そんな町をなぜか散歩していたら、「愛染堂勝鬘院」に出くわした。大阪の人なら詳しいだろうが、大阪一番の夏祭である愛染まつりで知られる寺院である。その歴史は飛鳥時代まで遡る屈指の古刹だ。
 
そこで、少し寄り道して参拝。すると、境内に愛染かつらがあった。
 
2
 
「愛染かつら」
と聞くと、そもそもは小説で、映画化テレビドラマ化を幾度も繰り返した恋愛物語を思い出す。さては、ここが舞台だったのか。
 
 
カツラの木は巨木になるが、ここの木は途中で折れてしまっていて、そんなに太くはない。ただ、その幹にはノウゼンカズラが巻きついている。カツラを男子、カズラを女子に見立てて、それが寄り添うというか和合していることから、恋愛成就・夫婦和合の霊木」として人気がある。
 
3 こんな具合に巻きついております。
なるほど、これは恋愛小説のシンボルになりそうだ。 
 
そういやこの寺の名である勝鬘院の鬘の字は、かつら(ただし、カブリモノの髪のかつらだけど)のことである。なんだか、カツラ、カズラ、かつらと二重三重にひっかけてあるのであった。
 
異種の植物がこのように合体するケースはままあることだ。
 
実は、愛染堂の隣の大江神社にも寄ったら、もっとすごい木があった。
 
2_2 こ、これは何種類の木が生えているのか。クスにナンテンにカシに……
ここを舞台にしたら、純な恋愛ものにならず、どろどろの愛憎劇になりそうだ(^o^)。
 
 
……そう思って確認のつもりで「愛染かつら」について調べると、なんと!仰天の真実が!
 
 
川口松太郎の小説「愛染かつら」の舞台は、この愛染院ではなかった。長野県上田市の別所温泉にあるカツラの木なんだそうだ。当時名前は付いていなかったが、たまたま隣に愛染明王堂があり、それをくっつけて愛染カツラと命名したという……。しかも、こちらにはノウゼンカズラなんぞは巻きついていないよ(^^;)。
 
愛染堂の説明版は大嘘書いておる(⌒ー⌒)。
 
 
ところで信州上田と言えば、真田幸村の故郷でもある。
 
実は、愛染堂からほど近い安居神社は、真田幸村戦死の地だ。ここで力尽きて幸村は亡くなったのだ。
 
             6 幸村像
 
 
何やらさまざまな形で、大阪の上町台地と信州の上田は結びついているのであった(笑)。
 

2014/10/28

稲木の風景

木枯らし1号が吹く季節になった。

 
この時期、ちょっと田園地帯に行くと見られるのが、稲木。刈り取った稲穂を干す様子だ。稲木かけ、稲架かけ、はさかけ、など地方によって言葉はいろいろ。形や規模も、いろいろ。なかには何段にも積み上げて、高さ5メートルくらいのものもある。組み方とかも伝統があるのだろう。
 
私の周辺でも、結構見られる。実は、私は稲木そのものに興味がある。かつて、細い間伐材は稲木用としての需要が大きかったのだ。これが山主に結構な収入をもたらしたという。
 
 
1 もっともシンプルな干し方。
 
1_2 雨が降るとわかっている場合は屋根を。
 
Photo でも、最近増えているのはもっとも楽で安直なガードレール干し(-_-)。
本当は違反だろうなあ。それに、これでは風景に色気がない。。。
 
 
で、今年もっとも美しいと思えたのは、生駒山でも大阪側の方であった。
 
2 規模といい、干し方といい、絵になる。
 
稲木の文化論や民俗学を、誰か研究していないだろうか。

2014/10/27

佐賀の「200年の森」づくり構想

昨日は、皆伐を始めた栃木県の林業新機軸を紹介したが、今日は佐賀県。
 
佐賀新聞によると、
 
佐賀県の藤津郡太良町では、町有林は1542ヘクタールあるうち、標高約500メートルにある41・3ヘクタールと9・8ヘクタールの二つのエリアを、「多良岳200年の森」として整備を始めたという。これは、現在は樹齢40~50年のスギ、ヒノキ林を、樹齢200年を超える森林を目指すものだ。管理は、町の森林組合が受け持つ。
 
これは、材価が下がり待った今、あえて高樹齢の森をつくって、良質な木を育てつつ間伐材の販売を行うほか、森林浴などを楽しめる観光スポットにもして、さまざまな活用を模索するのだそうだ。
 
現在は、1ヘクタール当たりヒノキが約900本、スギが約800本だが、6年に1度のペースで間伐、80年以上になると15年間隔で実施し、目標林形は200年後にヒノキ林分で100本、スギで約80本、胸高直径がヒノキ1メートル、スギが1,2メートルを見込んでいるらしい。高さ40メートルに育つ見込み。
 
残す木には白い塗料で印を付けたというから、いわゆる将来木施業なんだろうなあ。
問題は、これだけの長伐期の森づくりの技術やノウハウがないこと。もっとも、この計画を通して、高樹齢の森林の管理技術を確立するのも目的だとある。
 
なに、全国には高樹齢の森づくりをやっている林家もそれなりにいる。大いに教えを乞うて、それを地元に合うようにアレンジしたらいい。試行錯誤しつつも200年の森が誕生したら、その技術も自慢できるかもしれない。
自慢の技術は、町のほかの林家にも伝播するだろう。底上げにもなるわけだ。
 
 
面白いなあ。小さな町が、こんな壮大な未来図を描いたのだから。どこから200年という数字が出てきたのだろう。「100年の森」というのは、各地にそこそこあるのだが、実は100年ぐらいでは森として目立たない。しかし、200年だと見映えがよいだろう。寺院建築などで求められる長大木も、200年300年の木だ。
 
近頃の林業的話題は、みんな近視眼的で、目先の利益を求めるようなものばかりで、聞いていて楽しくない。こうした大風呂敷も広げてほしい。遠くの目標、高い理想、理念を掲げるのも、長期間必要な林業には必要だろう。大きな風呂敷には、きっと目の前でもキラリと光るものが包まれているものなのだ。
 
 
それに木材生産でありながら、観光ももくろんでいるところが何か力が抜けてよい(笑)。実は、こちらが本当の目論見なんじゃない?
 
実際、町議会の議事録に目を通すと、「200年の森」の場所を設定する理由の一つに、観光バスが入れる道と場所を用意することも上げられている。150年後に観光客が入れるように考えているわけだ。いくらなんでも「取らぬタヌキの皮」のような気がするが……。
 
岩島正昭町長の言葉には「森が町のシンボルとなり、訪れた人に癒やしの場を提供できるよう、観光事業との連携を図っていきたい」とあるし、
村井樹昭森林組合長は「林業をやってきた者にとって、この計画はロマン。ノウハウがなく手探りだが、次の世代へと森を継承できるよう、山を愛する心と知識を持った若手を育てていきたい」と語ったという。
 
やっぱり、林業、森づくりを語る場合には、こんなロマンと大ぼら(笑)的な発想がないと楽しくない。150年後、今いるメンバーは誰も生きていないだろう、と町長も口にしているし(^^;)。
  

議事録の中の議員の発言に面白いものがある。
  
 
あぎゃんた言わんでよかとばってん、その1本の中に、1本、2本の中に町長、副町長の札をして、この町長が200年の森をつくったんですよというふうな歴史も刻むように、そしてその町長の木が切られんように残すような状況で歴史、あんた笑うな、真面目な話をしよっとば、議長も結構、こういう時代にこういう人たちが残したというのは、そんくらいの1本、2本のあってもよかじゃなかかなあと思いますので、その辺ぜひ残していただきたいと思いますけれども、どうでしょうか。
 
本当にやるかなあ。リーフレットと記念碑はつくるらしいよ。
 
 
この町、訪ねてみたくなった。今訪れて150年後の森を想像するのだ。ああ、すでに観光戦略は成功しているよv(^0^)。

2014/10/26

栃木の「皆伐」補助事業

栃木県で皆伐に補助金を出す事業が進んでいることをご存じだろうか。
森林資源循環利用先導モデル事業」と名付けられており、今年度の新規事業として、森林組合ほか林業事業体と製材業者、それに工務店などビルダー3者が協定を結んで、民有林を皆伐する事業に助成するのだそう。具体的には協定を結んだグループに、皆伐1ヘクタールあたり32万円を助成する。
 
そして決まったのは、12グループで事業面積計25ヘクタール。森林組合など「川上」が代表となり、製材業者と工務店が参加したもの。皆伐は14年度内に行うそう。
 
 
「川上」「川中」「川下」までをグループ化することで、安定的な取引形態を構築し、民有林の利活用を促進させる……いやあ、よい計画じゃないか。設計に合わせた造材と製材が行えるほか、合板用やバイオマス用にも分別できるだろう。それに六次産業化にもつながるし、木材の流れに合わせて適正利益を分配できるし……。
 
ただ疑問は、なぜ皆伐なんだろう、ということだ。
 
栃木県内の民有林面積は約12万ヘクタールで伐期が来ているのが7割に達することが根底にあるらしい。。そして安定的な取引を構築するのが目的とある。そして皆伐で全量搬出を促し、木材のフル活用を目指す……という。
 
でも、それがなぜ皆伐なんだ
 
 
誤解のように記しておくが(これまでも幾度か記した通り)、私は皆伐に反対ではない。時と場合によって皆伐が有効な施業になるところもあるだろうし、また皆伐から植林への技術を残すためにも必要だろう。また伐採跡地の草原も意外と重要だ。イヌワシの餌場にする、なんて計画もあるが。経営的にも、生態学的にも、皆伐はあってもよい。
 
しかし、補助金が出るのは、皆伐だけ……。
 
たとえば強度の間伐や群状択伐なども選択肢に入るのではないか。ようするに木材の安定供給ができればよいのなら。
 
今回は、皆伐面積もしれている。12グループで25ヘクタールということは、1か所2ヘクタール程度ということだ。(私は、皆伐する単位は1ヘクタール程度が限度じゃないかという思いはあるが、そこまで厳密に言わない。地形や地質を選んで5ヘクタールくらいまでなら仕方ないかな、と思っている。)
しかし、なんだか皆伐が条件で、皆伐すれば補助金がつくというのが先走ると、今後どんな皆伐が広がるか気になる。栃木以外の県が物真似で始めるかもしれないし。
 
皆伐というのは、ようするに主伐=収穫なんだろうが、民有林にとって最大の収益事業だ。そこに税金注ぎ込むのか……。お金儲けしたら補助金もらえますよ、というのは、なにかしっくりこない。ビジネスの規範が崩れるような気がする。いわゆるモラル・ハザードだ。
 
なんだか、林業関係の政策は、今後、皆伐補助に向かう先駆けことを暗示しているようだ。その先駆け的な意味を持つのだろうか。
 
ヘクタール32万円という額が、施業上はどれほどの意味を持つのか私の感覚ではわからないので教えてほしいのだが、これは伐採への補助金? それとも再造林費用?  
 
せめて皆伐跡地の計画をしっかり定めることは絶対必要だろう。
単に植林すればいいだろ、ではなく、獣害対策に下刈り、除伐……と10年くらいは世話を見るプランを作ってほしい。いわば長期伐採権制度だ。しかも、そのシステムに製材所や工務店まで参加するなら面白い。
 

2014/10/25

森には「記憶」が埋まっている

この森の写真を見ていただきたい。
027 変哲もない雑木林に何か石組が。
 
よくある風景である。かつてのシシ垣とか棚田の石垣の一部とか。。。ところが、この石がただ者ではなかったところが、奈良らしい。
 
この石組を発掘して、調査して、過去の状態を復元すると、どうなったか。
 
040 な、なんだ?
 
そう、ピラミッドなのである。それも階段式の。
 045 
全体像は、こんな感じ。高さは10メートルあまりある。
 
森を掘り返すと、こんなものが出てくるのである(^^;)。
 
階段ピラミッドは、エジプトなら古王朝時代、あるいは新大陸のマヤやアステカのピラミッドなどが有名。しかし、日本にもあったのだ。
 
実は、ほんのつい最近、奈良は奈良でも明日香村で見つかった曽我稲目の墓とされる都塚古墳が四角い階段状の方墳だったことがわかり、ちょっとした騒ぎになった。その時に「日本に例のない階段ピラミッド」と言われた。が、なんのことはない、奈良に先例となる大きな階段ピラミッドがあるのだ。
 
正式には「頭塔」と呼ばれる。土塔が訛ったらしいが、その正体は僧の墓説もあるものの、どうやら仏舎利塔だとされる。
しかし、築かれたのが奈良時代の767年だというし、結構古いのだ。場所は、東大寺の南、約1キロの住宅街の中。周りがどんどん開発される時に、この一角だけは開発を免れたのは、昔から何らかの言い伝えがあって、破壊できなかったのだろうね。それが今や国の史跡だ。
 
ちょっとわかりづらい人向きに、パンフレットからの複写を。
4
 
これは2000年に復元されたものなので、必ずしも原型がこの形とは限らないが、ユニークな仏塔であり、ピラミッドだ。
こんなものが、森の中に眠っていたなんて。。。
  
 
ところで、生駒の町には、各所に森が残る。山ではなく、宅地の中に森が結構モザイク状に残れさているのだ。私は、そんな小さな森もよく訪れている。そこに何があるか。なぜ、森が残されたかを、考え感じ取るために。
 
……すると、残された森の中には、たいてい神社や祠があった。それらの存在ゆえ、残されたように思える。
 
先日は、周りが巨大マンションに囲まれた一角の森に目をつけた。広さは、奥行きがせいぜい50メートル、幅は20メートルくらいか。物凄いブッシュで荒れ放題の森だった。正直、きたない。
そこに無理やり分け入った。道も何もない。周りは私有地だから、誰かに見られたら不審者扱いだろう(^^;)。
それでも、狭い森の中をさまようと、こんなものを見つけた。
 
2
粗末な祠だ。それも近年設置し直したのだろう。セメントのブロックの上に乗せられている。が、この存在が森を残したのではなかろうか。加えて、枯れた池の跡もあった。かつて森の中に溜池をつくり、そこから水を引いて農地を潤したのだろう。
 
……この森の半径50メートル以内に住んでいる巨大マンションの住民で、森の中に祠と池の跡があることを知っている人は何人いるだろうか。
 
森には、森の記憶がある。その土地の植生など自然の変遷に加えて、周囲に住んで関わってきた人々の歴史の記憶が。
もしかしたら、もしかしたら最初に薪にするために伐採したのかもしれない。その跡地に木を植えたのかもしれない。そこを間伐して、ていねいに育てた時代があったかもしれない。そして放棄して忘れられた時の流れの記憶も……。
 
でも、探せば何らかの痕跡は残っているものなのだ。その石はなぜそこにあるのか。今の地形は人が成形した可能性だってある。さまざまな記憶は土地に刻まれる。ときには、大きな歴史の息吹につながるものかもしれない。
 
森を見て、石を見つけて、地形を読む。そこから何かを感じ取るのも、今を生きる人の務めのような気がする。
 

2014/10/24

秋の平城京を歩けば

気がつけば10月も末。秋も本番だ。

 
週末には、こんな風景を楽しんでほしい。
 
046 ススキ野原。最近では珍しい。昔は身近だったが。。。
 
 
058 場所は、平城宮跡でした。遠くに大極殿が見える。
 
実は、ススキとともにセイタカアワダチソウも繁茂している。ススキの銀と、セイタカアワダチソウの黄金の色が一面を埋めているのは美しい。ただ、セイタカアワダチソウをアップで見ると、なんだか毒々しくて好きになれないが。
 
これだけの広さの平坦な草原は、今や全国的にも少なくなっただろう。しかも、この草の下には1300年前の遺構がまだまだ眠っているのだから……。
散歩コースとしては、なかなか贅沢な気分に浸れる。
 
1 その一角にあった倒木。これ、クヌギかコナラのようだが。
 
なぜ倒れたのか。ナラ枯れか? 奈良(平城京)だけに。。。
 
しかし、カシナガが穿孔した跡はなかった。葉もまだ青々しているから最近なんだろうが、ナラ枯れの場合は、葉は枯れているだろう。
 
倒れた部分を見ると……。
 
2 ああ、根っこが……。
 
これはひどい。これだけ見事に腐っているのに、葉が青いのが不思議なほどだ。しかし原因は、何だろう。地下水位が上がって根が腐ったのだろうか。それとも病気? 樹木医の方、教えてください。

2014/10/23

CLTの新聞・雑誌記事

グリーンパワー11月号が発売された。

Img002

表紙にも書かれているCLTの記事は、私が書いたもの。その内容は……もちろん雑誌を読んでほしい(^^;)。見開き2ページである。

私の見立ては、CLTそのものは面白い建材だが、日本の林業に寄与するかどうかは???である。その理由は、国産材でつくれるのか、材料の価格は、という点もあるのだが、もっと根本的な問題があるように感じた。それは……やっぱり読んでもらわないとなあ(笑)。
雑誌が発行されたばかりなのに、内容を明かすわけにはいかない。

 

ところで、週間ほど前に、朝日新聞の経済面にも、CLTの記事が掲載されていた。新聞記事としては大きめだろう。

 
Img003_2 10月7日朝刊。左端は若干キレております。
 
 
 
林業界、木材業界ではCLT、CLTと騒いでいるが、世間ではこの建材についてほとんど知られていない。それが、とうとう一般紙でも紹介し始めたか、という妙な感慨を持った(笑)。こうして取り上げられること自体、注目を集めだしたのだろうか。
 
 
この記事は、コンパクトながら上手くCLTを紹介している。長所ばかりではなく、木造なのに木材らしさが出しにくいこと(表面を別素材で覆うことが多く、木製としての特徴は見えない)や、値段も高くなることを記している。また輸入CLTに押される可能性にも言及している。
  
 
……こんなことを書くと、私の記事を読まなくても良いみたいになるが、私のとは切り口が違うので。私は、あえて日本CLT協会を取材しなかった。日本で推進する人たちの声より、本家のヨーロッパでCLTがどのように使われているか、という点が気になったからだ。
 
おりしもベルギーで古城跡地に建てられる高齢者介護施設の建物に、日本の木造軸組工法が採用されたのだが、その理由の一つに「CLTよりも格段と安かった」からがあるそうである。
 
何も、ヨーロッパ手はCLTが大はやりしているわけではなさそうだ。
 
 

2014/10/22

夕刊フジ『森と日本人の1500年』

今日の夕刊フジに、『森と日本人の1500年』の書評が載った。
 
Photo_3
一番乗り! こんなに早いのは嬉しい。通常、新聞でも発行してから1カ月近くかかるものだからだ。(日刊の新聞とはいえ、書評欄があるのは週に1回程度である。)
 
正確には、書評欄というより新刊の紹介欄であるが、これで弾みがついてくれたらなあ。
 
どうです? この記事で、本書が描こうとしたのは、林業だけではなく、森と日本人のつきあってきた歴史であり、風景の変遷を描いていることを理解してもらえるだろうか。
 
  
 
なお、ご要望に応えた“秘密の集落”の在りし日のイチョウの木。
 
Photo_4  撮影は、2006年11月だった。
 

2014/10/21

“秘密の集落”再訪

『森と日本人の1500年』のの冒頭は、

“秘密の集落”があった。……と始まる。
 
何が秘密かって、まあ、それは読んでいただきたい(^^;)が、先日、その集落の近くに行ったので、久しぶりに寄り道してみた。もう何年も足を運んでいない。
 
だが、私が行かなくなってからは、さほど大きな変化はなかったようだ。かつては、この季節もっとも美しい景観が広がっていたのだが、今は見映えしない、「普通の」田舎集落になった、という印象である。
ただ、田畑の周りに以前の記憶になかった高い柵が築かれている。鉄柵であったり網だったり。その高さからはイノシシだけでなくシカ害やサル害対策だろう。
 
その点からは、景観としてより不細工になった気がするが……。
 
その集落にある神社に寄ってみた。神社としては小さいのだが、境内にやたら立派なスギの大木が林立しているのである。
 8 ちなみに祭神は石。
 
この巨木を見るつもりだったが、何本か倒れたのか切り株がある。
大きなものは、長径1メートルを越す。
 
3 これは小さな切り株。芯が朽ちて、そこからスギの稚樹が生えている。
 
7 こちらは大きな切り株。こちらもわさわさと稚樹が。
 
まるで、切り株更新の見本のよう。
 
ま、これを見られたから、当分“秘密の集落”のままでいてもらおう。
 
 
 
 
 

2014/10/20

なか卯の割り箸

久しぶりに、移動中に「なか卯」で食事した。

 
食べたのは、ウドンでも牛丼でもなく、親子丼……そんなことはどうでもよく、そこで見かけて驚いたのは、樹脂箸と並んで割り箸が備えてあったことだ。
 
Photo 割り箸は、封印されていて爪楊枝付き。
 
これは、珍しい。以前は、なか卯と言えば、樹脂箸だったのだ。私は、基本的には樹脂箸しかない店では「割り箸ありませんか」と声をかけるようにしているが、こうしたファーストフードの巨大チェーン店ではむなしいので諦めていた。
 
しかし、備えつけてあるではないか。これは、この店だけなのか、あるいはなか卯全体に普及しているのか。
 
なお備えてあるのは、どうみても中国製の割り箸だが、この際、そこまで文句は言わない。もはや国産であろうと中国産であろうと、割り箸自体を増やさなければ割り箸文化を守れない時代だ。
 
もちろん、私は割り箸を使う。店内を見回すと、割り箸と樹脂箸の使っている割合は半々ぐらいか。世間的には割り箸と樹脂箸が並んでいても、樹脂箸を取るほど樹脂箸に違和感が亡くなっているのだろうか。
 
しかし、以前はなかった割り箸を置いてあるのだ。じわりと外食業界に割り箸への揺れもどしがおきているのではないか。なんだか親近感(^o^)。滅多にファーストフードで食事などしない私だが、今後なか卯は注目しよう。 
 
 
ところで、箸の隣にあるのが、アンケート用紙。
 
そこで書きましたよ。「久しぶりに来たら、割り箸があって嬉しかった。やはり食べる時は割り箸でしょう!」といった内容。割り箸を置いてあることを褒めて伸ばす(^o^)。
 
皆さん、もし樹脂箸を使っているお店でアンケートや意見を書く用紙があったら、割り箸を要望しあったら褒めましょう。そんな地道な声が、お店を変えるのです。
 

2014/10/19

森林総研の「シカ算」

先週末、17日に、京都で森林総研関西支所の公開講演会

「森のなか、シカが増えすぎて・・・」が開かれた。
 
1
ほぼ満席。ただし講演中の写真撮影は禁止になったので、これは始まる前である。
 
  
テーマは、シカ、そしてクマ。(ツキノワグマも増えていると断言したのは、そこそこ斬新かも。ただ、その理由を明確には説明されなかったのは残念。)
 
セミナー的には、シカが増えたことでどんな問題が発生しているか、どう対処するか、クマも数は増えても問題がある……という点に重きを置いていたようだが、私が興味を持ったのは、なぜシカが増えたのか、という根本。
 
そこではシカ算が提唱?された。
 
ネズミ算は、一度の出産数が多いことが前提だ。1匹が子供を2匹3匹~10匹と出産することで、倍々的に増えていく。
ところがシカはたいてい1回の出産で1頭。ネズミ算は当てはまらないのである。
 
ただし、約1年で成獣化して出産可能になり、しかも毎年出産できる、高齢出産できる……ことがポイントだそうだ。また比較的長生きでもある。
 
つまり複利計算なのだ。孫、曾孫が生まれるほど世代を重ねても、自らも毎年生む。ネズミはそんなに長生きしないから、同じ世代で増えていくのに対して、シカは高齢世代と若年世代が同じように出産をすることで増えていく。……年20パーセントの増加率だそうだ。
 
付け加えれば、シカの餌は葉っぱ系なら基本なんでも食べられる。樹皮もたいてい食べられる。つまり餌の量は非常に広く多く分布しており、不足しにくい。それも数が増えやすい一因のような気がする。  
 
  
……こうした講演を聞いていて、ぼおっと思ったこと。
 
シカし、シカ算でシカが増えていくと言っても、それを止めるために人間が関与しなければならないというのは自然界の摂理なのだろうか。シカがシカ算という生存政略を取るのなら、それを規制する何かの仕組みが自然界にはあるはずだ。人間が管理しなければ生態系が守れないというのはどこかオカシイ。
 
シカ肉を普及させて駆除を増進させるのも、思うように進むだろうか。
仮にジビエとしてシカ肉が人気を呼べば、シカを養殖する人が必ず出てくるように思う(^^;)
すでにイノシシ肉を供給するために、イノシシ牧場をつくった人もいるからなあ。
 
いっそ、人が関与せず、このまま放置したら、どうなるか。
 
その先に何が起こるか興味がある。
 
 

2014/10/18

『森と日本人の1500年』到着報告

各地より『森と日本人の1500年』を書店で発見、Amazonより届いた、等のご報告をいただいている。

 
私も、昨日は京都の書店で平積みを確認。今日も奈良の書店で見つけたものの、1冊だけで平積みできないことを確認(^^;)。
 
こんな写真もいただいた。
 
Photo





福島県郡山市のジュンク堂。
 
 
福島県は優秀です。平凡社新書の棚がしっかりある(^^;)。……いや、奈良の書店は、そもそも平凡社の棚が弱いのですよ。。。。。営業態勢に違いがあるのかなあ。
 
 
そんなところに、私の手元にも届きました。
 
006     
じゃん。段ボール箱入り。
もちろん、注文したのです。何冊入っているでしょう……(⌒ー⌒)。
基本的には、これらは講演会などで販売していくためのもの。もちろん、世話になった方々への贈呈用にも使うが。
 
一方で地方の書店には、なかなか配本が少なく、見当たらないという声もある。しかもネット書店では買いたくなく、近くの書店では見かけない方には、注文に応じてもよい。
 
ただ、私が送ると送料がかかってしまうのですよ。1冊だと1000円近くになってしまう。しかも既存書店と食い合いになっても困る。可能なら、書店に注文を出してください。書店は版元に「客注」として要請します。「客注」には、版元も迅速に対応する……はずです。
 
 
なお複数冊購入予定で、しかも近隣の書店で買えない人はご連絡ください。

2014/10/17

木材を売るためのマヨネーズを!

最近、スーパーの食品売り場で目立つのが、簡単に調理できる調味料類である。
何種類かの素材があれば、この調味料があればすくできます! というのが売り物。

 
こんな棚もよく見かける。
 
3 4

 


                                                     
見覚えはないだろうか。このレトルトの調味セットを使えば、材料にまる○■△と*ΩΘを買うだけで○○という料理がすぐ完成します! というものだ。
 
料理名をよく見ると、「ブリの香り揚げ」「モヤシのニンニク醤油炒め」など、定番的な料理ではなく、ちょっとアレンジしたものが多い。なかには「ガリバタ鶏」とか「ミルフィーユ風カツレツ」……それ、どんな料理??? というものも。
 
結構である。こんなのを見ると、食べたくなる→買いたくなる……こともある。
 
そういえば、たとえばマヨネーズのテレビCMも、マヨネーズの宣伝というよりは野菜料理を紹介していることが多い。この野菜を、このように料理すると美味しいですよ、それにはマヨネーズを付けてね、というわけだ。
 
野菜の宣伝だって、素材である野菜だけを強調しても売れないから、料理法を伝える。ブロッコリーはこのように料理すると、ちょっとオシャレで楽しめます、というような。これ、グルメ番組ではしずる感というが、肉汁がほとばしったり、ジュージュー焼いたり、湯気の上がった様子を思い浮かべると食べたくなるのだ。

ここで教訓となるのは、素材は、素材のままでは売れない。その加工後の姿をしずる感たっぷりに見せることでユーザーの消費欲に火をつける。
 
……(以上、マーケティング評論家でした。)
 
 
さて素材と言えば、木材も、林業界では原木のことを素材と呼ぶ。一般には通じない言葉だと、私はいつも馬鹿にしているのだが、原木だって通じないかもしれない。ようするに伐採したまんまの樹木である。
実は、これこそまさに「素材」なのだ。そのままでは使い物にならない。枝付きの新鮮な木材が入荷しましたぜ、と店頭に並べても売れるわけがない。枝を払って、長さを整えた丸太でも無理。樹皮を剥いて、製材して、角材や板などにして初めて売り物になる……いや、それでも買うのは工務店か日曜大工のおじさん向きで、一般人には用なしだ。
 
そう、本当に売れるのは木材商品なのだ。大は住宅だが、家具や木の小物まで。割り箸や爪楊枝だって、その形になって初めて売れる。
つまり、木材もマヨネーズを付けないと食べられない……使い物にならないのだ。
 
野菜や肉だけをいくら宣伝してもダメだ。せいぜい価格競争におちいるだけ。また調味料も、並べているだけでは買い手が着かない。
しかし最近は、塩、コショウも別々ではなく、一緒になって商品化しているし、上記のようにレトルトになった調味材料まで発売されている。すると、「素材」である肉や肴、豆腐、ブリやモヤシも売れる。
 
 
だから木材を売りたければ、建築物や木工品のデザインが大切なのだ。
 
と結論づけると、またか、と思われるかもしれないが、実はどんな素敵な商品デザインを提案しても、ほとんど売れないだろう。
 
お手軽で、価格もそこそこ安くないといけない。
凝ったデザインのため、特注の6・25メートルの湾曲した柱とか薄さ0・5ミリの赤柾の板を1000枚必要……しかも組み立てる際には熟練の技を持たねばならない。なんて言ったら、誰も使わない。
やはり、一般的な規格の材を簡単に使って、いかに素敵なデザインの木工品を作れるか、ということも大切なんだろうなあ。
 
誰か、木材を売れるようにする調理料をつくってくれ。

2014/10/16

某書店で発見……(^o^)。

某書店を訪れて、新刊『森と日本人の1500年』を探す。

 
新書売り場……ないなあ。森林農林業関連の棚……ないなあ。環境の棚だってないし。歴史はもちろん場違い。。。
 
ハッと気づいて新刊コーナー。
 
1 ありました(^o^)。
 
しかし、2冊だけか。最近、平凡社新書の棚が減っている気がする……。目立たないやん。
 
こんなときはどうするか。こうするのである。
 
2 しっかり、並べ替え。ちょうど隙があったのが幸い。
 
ちゃんと表紙を見せないと。隣は、「ニッポン景観論」。こちらの帯の「日本の原風景……」とマッチしているではないか。この関連性が客の視線を引き寄せ、購買意欲を増すのです。書店子さんよ、棚はこのように作るものだよ(⌒ー⌒)。
 
気づくかな? 気づいたら元にもどされてしまうかもしれんが、それまでに2冊とも売れたらよいのだから。
 
また、買う場合は、場所がわかっても、あえて店員に声をかけて本の在り処を訪ねる。そして案内されたら、「これだ!」と喜んで手に取り、レジに走ること。
 
このような書店の棚を変えたり、書店員に本を印象づける手段は、以前勤めていた出版社で教わったこと。編集者も、こうして地道な努力をして自社発行物を売らねばならない……と上司から訓戒を受け社員は各書店に走ったのである。
 
よいこの皆さんは、真似……しましょうね\(^o^)/。

2014/10/15

1300年前の切り株

ちょっとメモ程度に。

 
奈良の都・平城京の発掘現場より、巨大な切り株が見つかっている。
正確には、奈良文化財研究所の建物建替え工事現場で見つかったのだが、地表約4メートル下から、25個以上掘り出された。なかには直径が60~70センチル級のものだという。しかも斧とみられる工具の痕跡が残り、人為的に切り倒されたことがわかる。樹種はわからないが、広葉樹らしい。
どうやら秋篠川の流路を付け替え工事を行い、その川筋を埋め立てるために切り株を使ったらしい。しかし、これだけの巨木だから、使えるところは宮殿などの建築に使い、使えない端材? あるいは質が悪い部分を埋めてしまったのか。
 
しかし広葉樹材だとしたら、宮殿のどこの部分に使ったか。……復元された大極殿でも、ケヤキは使っていたが。
 
 
1


奈良文化財研究所提供。

今は、公開していないとかで、見に行けなかった(;_;)。
 
 
ま、切り株が1300年間腐らなかった点に注目するか、切り株を埋め草に使う土木技術に注目するか……。そういや、山の作業道づくりでも、切り株を埋めていいのか悪いのか、論争があったっけ。また別の場所からは、樹木の枝を敷きつめる「敷き葉工法」の跡も見つかっている。
 
2

2014/10/14

提唱・林床純収益説

林政学の世界に、土地純収益説と森林純収益説という二つの学説がある。

 
ようするに、林業を行う際の考え方なのだが、これらを上手く説明するのは難しい。そもそも私も、完全に理解していないかもしれない。
にもかかわらず、ちょうど明日発売になる『森と日本人の1500年』(平凡社新書)で紹介したのだが、極めて簡単に端折りながら文脈に載せて書いたので、多分、専門の研究者が読んだら「違うだろ!」と怒るはずだ(笑)。
 
まあ、それでもさらに端折りながら思い切り大雑把に説明すると
土地純収益説」は、林地を資本として、その上に植林(投資)して育て、伐採する際の収益を計算する考え方。
森林純収益説」は、森林を資本として森林が生み出すものを収益とする考え方。
 
両者は長い間論争を繰り返してきた。が、私に言わせれば、どちらも古臭い学説だね(-_-)。なんたって、収益を木材に依存する考え方が古い。しかも収益を得るまで時間が長すぎ。それでは経営の範疇からはみ出してしまう。所詮は前世紀、いや前々世紀の学説だ。
 
※また、お怒りの声がこだまするだろうなあ(⌒ー⌒)。
 
 
が、ここで私は考えたのだ。不動産としての土地、あるいはその上に生えている樹木の群=森林だけを資本に見立て、価値を見出すから無理があるのだ。
 
その間にある林床空間、さらには土壌にも価値があるではないか。
 
そもそも樹木の苗を植えて収穫するまでの期間は、あまりに人間的に長すぎて、収益として利回りを考えるには無理がある。そんなものは、おまけのボーナスに見立てたらよい。
 
森林の価値は、林床にあり。
 
林業経営は、林床で行うのである。生産・収益の舞台を主に林床と考えることで、発想を一新する。すると、まったく新たな経営が可能になるはずだ。
 
生産としては林床の方が広くて、手をかけやすく、栽培から収穫までの周期が短い。経営上は絶対に有利である。そのように考えた方が、経済活動に向いているのではないか。
 
 そこで提唱する。「林床純収益説」を。林床に生える草本もしくは低木、さらに土壌に価値を置いて経営するのである。
 
経営の基盤を林床に置く。短期間の栽培、あるいは空間そのものの利用だ。その上に繁る高木は、数年~数十年に一度収穫する程度で、その利益はボーナス扱いと考える。
 
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少しモデルを考えてみよう。
 
木のない土地(禿山、伐採跡地など)なら、焼畑のように山肌を不耕起栽培でソバやキビなどはどうだろう。樹木が育ってきたら、薄暗い林内で育つ作物に転換する。山菜やキノコ類、薬草が可能だろう。
 
私は、花卉の可能性も十分あると思う。日陰で育つ花木も多い。それを切り取って出荷するだげてなく、ベニドウダンなど山野草の花を鉢植えで栽培すれば、鉢ごと販売できる。
   
さらに花を販売するだけでなく、観光客を誘致して、相当な収入が見込めるのではないか。
たとえば、林床に花の美しい草木を育てる。春にカタクリ、ミツマタ、初夏にササユリ、アジサイ、秋にヒガンバナ……が咲くようにしたらどうだろう。
 
草本に限らず、林内に低木を育ててツマモノを得ることも考えてよい。そして観葉植物とか、園芸用花木、庭木も可能だ。
 
なお上木となるのはスギやヒノキなど針葉樹でなくてもよい。広葉樹を育てたら針広混交林になって、紅葉も楽しめるだろう。もちろん多様な木材も生産できる。
 
さらに牧草としてウシやヤギ、ヒツジの飼育を行う。ブタも可能だろう。
もちろん、野生鳥獣も資源だ。出没するイノシシやシカも収穫すればジビエとして出荷できるだろう。
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いずれも短期間(1~数年)で栽培・収穫が可能だから、損益計算をしやすい。しっかりした計画を立てれば投資を呼び込むこともできるだろう。
 
このように林床に草木を育てるためには、林内照度を確保しなければならないから、適時、間伐する。あくまで照度調整のための伐採だ。ただし、間伐材は販売してボーナスを得る。
 
栽培ばかりではなく、林床空間を貸し出す事業を行ってもよい。別荘や林内オフィスとか野外カフェ、アスレチック施設を設けて販売・賃貸する。一部はツリーハウスのように林床から少し上の空間を使うことも考えられる。森の中でお茶できる店があったら人気を呼ぶと思うのだが。
 
林床には多くの動植物が生息するから、生物多様性の維持にも一役買う。
そして林床には土壌も含まれる。林床の生産物は、ほとんどが土壌あっての産物だ。土壌を大切に扱ってこその林床栽培である。また林床植生をしっかりさせれば、土壌が守られるのだ。
 
つまり林床を大切にすることは、土壌を守ることであり、砂防と治山につながる。そして生物多様性という公益的機能も加えると、生態系サービスのほとんどを担うのである。加えて景観も形成する。となれば、大手を振って環境関係の助成金を要求できるだろう。
 
ここでは「土壌純収益説」を主張してもよいかもしれない。土壌の価値によって換金作物を生産し、同時に環境に寄与する。
 
 
木材生産なんぞ、林業の一部に過ぎない。木材にしたって、どうしても使い道を住宅など建築材料ばかりに固執するから行き詰まる。
 
林業は木材生産。木材は建材……。こうした固定観念から離れることで、林業にイノベーションを引き起こせるのである。
 

2014/10/13

噴火口と石刻画と平和賞

ただいま、近畿を台風19号が通過中。

 
しかし、生駒はたいしたことありません。雨は少々降っているものの、風がたいしたことなく、家の雨戸全部締め切って構えて待っている身には、少々物足りなく……。これも、神の山・生駒山の懐に抱かれているおかげでしょうか。。。
 
とはいえ、こんな日に原稿書く気にはなりません(^0^)。森や林業なんぞについて思索するのもつまらないでしょう。
  
 
そんでもって、古いアルバムなどを開いてみる。古い写真のデジタル化を少しずつ進める計画が(私の心の中に)あるのだが、少し手をつけようというと思ったのだ。
 
本当は、資料的価値のある森林や林業系の写真を優先するつもりだったが、龍谷ミュージアムに大谷探検隊の特別展を見に行った影響ではないが、ついソロモン諸島探検の時代を振り返る。
 
せっかくだから、当時の写真の一部を披露しよう。
 
 
思えば、ソロモン諸島は火山ばかりなのだった。なかでも、私が訪れた小島シンボ島は、丸ごと火山島。
 
そして探検隊としての私たちのミッションは、噴火口から地の底へと下ることだった。
 
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シンボ島の聖なる山・パツキオの山頂に口を開けた噴火口である。
 
直径は60メートルくらいか。深さもそれぐらい?三方を絶壁&オーバーハングした火口だが、残る一か所から潜入。その底に開いた穴より地球の中心を目指す……。
 
そんなジュール・ベルヌばりの旅をめざしたのだった。
 
 
地の底は、人食いコウモリの群と、光り輝く結晶に包まれたホールがあった。しかし、サウナのような暑さと鼻の曲がる臭いに満ちていた。気が狂いそうな世界。
 
  
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一方で、こちらは本気で噴火しかかっている山。ざっと長径1キロのングスナ・クレーター
 
周りは緑のジャングルだが、この一角には、硫黄の臭いが立ち込め、蒸気を噴出している。
 
火口に落ちた木々は、炭になっていた。そんな底に降りて、走り回っていたのである。
 
 
御嶽山の噴火を思い出す。今考えれば、この時に噴火したら助かる余地ゼロであった。有毒ガスにやられて倒れる可能性もあったのだが……。
 

こんな謎のタプライの石刻画の調査も行った。
 
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何を意味するのだろうか。
 
どうも、火山の噴火で舟に乗って逃げ出す人々の様子が描かれているように思う。゛
 
下の方にはヘビもいるし。何か妖怪もいる。
 
島の歴史が刻まれているようなのだ。
 
調査と言っても、何も解明していないのだが。
 
  
  
とはいえ、探検調査ばかりをしていたわけではない。
 
村の学校に訪問したこともある。授業参観である。
 
3

この教室は、まだマシな方で、机や椅子がなく、地べたに教科書広げて学ぶクラスもあった。
 
義務教育ではないが、授業料は必要なく、島の人々は教育には熱心だった。
 
そこで、持参した文房具を寄付してきた。
  
  
ノーベル平和賞を授賞したマララさんの演説を思い出す。
 
「一人の子供、一人の教師、一冊の本、一本のペンが世の中を変える」と教育の重要性を訴えた彼女の勇気と見識に拍手である。
  
  
最後に、ソロモン・ビューティーも紹介しておこう。
 
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気が強くてお転婆で、でも可愛い娘だった(^o^)。

  
 
 
※ソロモン探検については、「ナンバワン、ソロモン」を参照のこと。こちらに写真を張り付けるべきなんだけどね。

2014/10/12

柿の葉の「豊かさ」

自宅前で、柿の葉を拾った。

 
Photo    
  
なかなか色づき具合が美しい。完全に真っ赤な葉も美しいが、緑から紅に移る途中も悪くない。赤い色素はアントシアニンの一種だそうで、葉緑素(クロロフィル)の変化の妙が生み出すアートだ。1枚1枚の色具合も形も、虫食いの様子が違うから、観察していると、楽しめる。
 
 
こうした葉を目にすると、柿の木が生み出す価値は、柿の実だけではないと感じる。
 
ツマモノとか、アート素材とか、いろいろ言われているが、紅葉した葉を商品にするのは、決して簡単ではない。
 
でも、こんな葉が、柿の産地には山の一面に数十万枚あるのだよ。いや、数百万枚かもしれん。
 
そのように想像すれば、商品化とか、金になるか……とかの考え抜きに豊かな気分になれるんじゃないかね。
 
 

2014/10/11

委託型・自伐林業?

今朝、テレビを見ていたら、いきなり林業が取り上げられていた。

森は宝の山、新成長産業としての林業、という最近流行りの切り口なのだけど、そこでメインに紹介されたのは、自伐林業。ようするに森林所有者が、自らの手で伐採等を行う方式の林業だ。小規模でも、自分でやればコストを圧縮できて利益が出る。ただし、副業が多い。
 
政府の石破地方創生大臣も出演して、「ともすれば大規模化や機械化ばかりを推進していた林業に、そうではない別のやり方もあることを示せるのではないか」と持ち上げる。大規模化を推進していたのは、自民党なんだけど。ただ、その路線に乗って「森林・林業再生プラン」を立ち上げたのは民主党だから、今となっては批判しやすいのかも。
 
ま、それはいいのだが、自伐林業が拡大していく中で、隣の集落の森林も、委託を受けて施業する話が出た。そして画面には「委託を受ける自伐林業」。
 
これって、言語矛盾やろ(笑)。
 
一般の森林所有者は作業を森林組合などに委託するから利益が出ない、という話をしておきながら、今度は自分たちが委託を引き受ける側に回るなんて。委託する側からすると、その委託料は(森林組合)より安いのだろうか。
しかも、ここまで来ると副業とは言えず専業になる可能性大だが、そうなると利益をしっかり確保できるよう計算して経営しないといけない。安易に安く請け負ったら経営が立ち行かないだろう。
 
ようは、自伐林家が自分の山と一緒に、周辺の山を集約化する形で施業を行うということだ。別に珍しいことではない(事例はたくさんある)が、問題は、自分の持ち山と他人の山を同じような扱いができるか、という点だ。
 
森林組合、あるいは林業会社・事業体が、他人の山を請け負った場合、委託料の額もさることながら、どこまで森林の将来を見据えた作業を行えるかが課題だ。目先の利益に走ると、荒っぽい施業になりかねない。そこで将来的に森を任せてもらえるのか、それとも一過性の作業請負なのかが重要になる。
 
いくらていねいに扱っても、来年は委託してくれないのだったらやる気を失う。また、どうしてもコストが高くなりがちな際に、自分の山なら躊躇するような荒っぽい施業を委託を受けた山にはしてしまわないか。
 
この場合、委託の期間も影響する。1年2年分の施業ではなく、10年単位で山を任せてもらうことが必要だろう。それも伐採だけでなく、その後の森づくりも請け負うべきだ。さもないと、自分の山はていねいに行うためコストがかかり、その分だけ他人の山を荒っぽく扱って目先の利益を確保する……というイヤなパターンに陥りそうだ。
 
 
もう一つ、懸念を感じたのは、結局、現在の自伐は「量の林業」の範疇に入っている、という点だ。
自伐自体は規模が小さいのだが、副業でもあり、また間伐主体だから搬出した材は、バイオマス用だったり、合板用などであり、材質を吟味した利用法を選びにくい。当然、材価は安くなる。やり方次第では、もっと高く売れるはずの材を十把一絡げに扱いかねない。
 
しかし、今の林業で真に求められているのは質の林業である。利用者に評価の高い材を出して、価格も高くすることだ。
 
かといって、自伐林家がユーザーの動向を把握しつつ、造材や搬出、それに木取りまで神経を配って、高度な交渉と取引をして、質の高い材を提供する代わりに高値で売るのは大変だろう。できなくはないが(実行している林家もいる。ただし専業)、少数派だ。そうした林家は、単に自伐林家と呼ぶより、プロ林家である。しかし、ほとんどの自伐林家は、その次元にはまだ達していないだろう。
 
 
私は、自伐林業の価値は、自分の山だから愛を持って取り組めることだと思っている。だから施業もていねい、利用もていねいにして高く売れる……自伐林家が委託で他人の山も引き受ける場合、それを意識してめざしてほしい。
 
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木取りの妙。より価値を出せるよう、製材する技術だ。

2014/10/10

『森と日本人の1500年』の贈呈先

まだ私の手元に『森と日本人の1500年』は数冊しかないわけだが、贈呈先を選んでいる。

 
今回は文献に頼る分が多かったので、さほど贈呈すべき取材先は多くないが、やはり執筆に際してお世話になった人のところには届けなくてはならない。
もっとも、その基準は「思いつき」だが(^o^)。
 
1500_1   1500

で、さっそく最初の1冊を贈呈してきた。
 
送り先は……1年前まで私が住んでいた家の大家さん。これまで20年近くに渡って家を借りていたわけだが、何かとお世話になっていた。なったって、うちの娘は毎正月にはお年玉をもらっていたのだ! ……ときに親より高額を。
 
また、私の本を書店で見つけては購入してくれていた。実はそのことを最近まで知らなかったのだが、家を引き揚げる挨拶に伺ったら、ずらりと拙著が並んだ棚を見せていただいのである。
 
が、贈呈する理由は、それだけではない。実は、本書には大家さんが登場しているのである。名前は出していないが、こっそり大家さんから聞いた情報を記した箇所があるのだ。
 
それなら贈呈しないわけにはいかないでしょう。
 
これからも贈呈先を洗い出して、できれば直接届けたいと思っている。
 

2014/10/09

Yahoo!ニュース「緑のオーナー」判決…を書いた裏側

近頃、生駒から出ていない……。せいぜい出ても車で奈良市とか平群町とか大和郡山市とか。みんな隣接自治体。

 
やっぱり、大都会の息吹に触れなくてはならん。さもないと、森のことなんぞわからないだろ! 都会からの視点なくして、森を論じるなかれ、だ。
 
というわけで、大坂に出ることにした。ちょうどよい名目というか、ネタがある。
 
「緑のオーナー制度」訴訟の判決だ。これを傍聴しに行こう。
 
というわけで、大坂地裁に出かけたのでした(^o^)。
 
法廷は原告と報道陣でごった返している。席争いが起きそうになった(事実、坐れず出る人もいた)。幸い、私はなんとか確保。いっそ報道陣席に座ってやろうかと思ったが、事前に申請していないとダメだって。
 
で、午後1時10分からテレビカメラの撮影が2分間行われて、15分より判決。
 
……主文は数十秒。判決説明も数分で終わる。法廷用語満載で、よくわからん。しかも「詳しくは別紙を」と済まされる。その別紙を受け取れるのは原告や弁護団などだろう。
 
 
せめて30分、1時間ぐらいは判決文を読み上げると思ったのだけどなあ。
 
 
そこで決めた。「そうだ京都へ行こう!」
 
龍谷ミュージアムの「二楽荘と大谷探検隊」展だ。
 
結局、3時までにたどり着いた。大谷探検隊、中央アジアとインドだけかと思ったら、東南アジアの諸島部や、ニューギニアまで訪れておる。いや、南米に行ったり、なぜかアイスランドに行ったメンバーがいるんだなあ。
 
それに二楽荘(大谷光瑞の阪神間の別荘。山の上に巨大な宮殿みたいな建物やスポーツ施設、農園まで)が楽しい。山麓から専用ケーブルカーが走り、学校までつくった。すんごい世界だ。
  
 
  
ただ、注目したのは、その写真の背景の六甲山。明治~大正時代だと思うが、見事な禿山である。当時の植生を知るには、よい写真だよ。

2014/10/08

『森と日本人の1500年』見本届く

思わずツイッターでリツイートしたので目にした人もいるだろうが、平凡社のツイートで、今月発行の平凡社新書4冊の紹介があった。そのうちの1冊が、『森と日本人の1500年』である。

 
つまり、私は自身の著作物の見本(文字通り、見せる本)を、ツイッターを通して初めて目にしたのだった。
 
なお、平凡社のHP、そしてAmazonなどのネット書店でも、表紙が表示されるようになった。本ブログのサイドにも表示されるように変更している。
 
 
……とネット上で喜ぶだけではいけない。そもそも見本ができたのなら送ってくるはず。そう思っていたら、届きました、本日。 
久々の出版だけに感慨もひとしおである。
 
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帯付きの表紙。写真は、吉野の川上村300年生の人工林。
  
青い表紙の地と、緑の森がなかなかマッチしている。そこに赤い文字。
新書は、基本的に表紙カバーのデザインがみな同じだが、今回の帯は、 美しくまとまっていて、お気に入り。
  
これを見て気づいたのだが、平凡社は創刊100年なのだった。
  
  
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こちらは、裏表紙の帯文。
 
前書きの一部抜粋である。
  
  
  
  
ちなみに発行予定日は15日だから、書店に並ぶにはあと数日かかるだろう。
  
  
……実は今日、スーツを新調しに行った。これまでのスーツがボロボロなので。
そこで女子店員としゃべっているうちに、仕事内容を聞かれ、応えているうちに「あ、来週本を出すのでよろしく」と勧めてきたのだった(^o^)。
 
ちゃんと書名もメモしてきたよ(⌒ー⌒)。
   
ちなみに彼女は中国人。今度香港の友人が遊びに来るというから、奈良の観光案内までしてしまった。
 
スーツを引き取りに行くときが楽しみだぜ。

2014/10/07

グッドデザイン賞に「フォレスターの精神」

グッドデザイン賞と言えば、世の中の商品の「デザイン」を、総合的に表彰する代物。

それなりに権威もあることは知っていたが、林業関連商品も含まれているとは思わなかった。実は、結構な数の林業商品が含まれているのである。
  
  
そして、今年選ばれた中には、「スピリット・オブ・フォレスター」が含まれていた。
 
以前、本ブログでも紹介したが、IPadを使って、森林所有者に持ち山の施業を進めるツール(アプリケーション)である。主に森林施業プランナーを対象に、集約化や施業内容を提案する際に、目に見える形で説明できる。 
 
 
林業系アプリケーションとしては、授賞は始めてらしい。
  
本当は、この手のITツールはもっと当たり前に使われるべき時代なのだが、林業界では画期的なのであった(^^;)。
審査員評には、「旧態依然の世界に、時間軸のビジュアライゼーションで果敢に改革を挑むのが、このアプリである。森林以上のタイムスパンでの持続的な発展を期待したい。」とある。そう、この手のツールの普及に、「森の時間」がかかっては困る。
 
  
せっかくだから、林業関係のグッドデザインには、どんなものがあるかチェック。
2014年度は、5つあった。上記アプリ以外には「マンション用二重床」とか、「建築主参加型家づくりプロジェクト」なんてのもある。
 
私が笑ったのは、「買い物袋用木の持ち手 」。こんな木工商品もある(笑)。なるほどねえ。あれば素敵だが、わざわざ使うかなあ。
 
ちなみに手削りの品で、価格は「スピリット・オブ・フォレスター」と同じ(か、それ以上)。

 
 
 
ほかにも昨年は「木の生産流通システム」というのが授賞しているし、さらに前は「仮設住宅」も含まれている。
 
必ずしも受賞作が売れているわけではなさそうだが、デザインという切り口で林業や木製品を見るのも面白い。
 

 

2014/10/06

倒木にもカシナガ

春に皆伐したタナカ山林。その中には、コナラの大木もたくさんあったのだが、ほとんど倒して寝かしている。

 
11月になったら、薪ストーブ用にほしいから取りに行くと言われているので、それまで乾燥が進めばいいと思っていた。

  

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こんな具合に倒してある。大木すぎて、根元はチェンソーのバーも届かない。しかも枝が電話線に巻き込んでいて、特殊伐採で枝を落とした上で、無理やり山側に倒したイワク付きのコナラである。
   
ところが、久しぶりに見ると……。



しかし、なんだか幹に点々とあるのはなんだ?
   
  
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ん? この幹から木粉を噴き出しているのは……。
 
やっぱり、ナラ枯れと同じ症状だ。
 
つまり、カシノナガキクイムシが侵入したのだろう。
 
もう枯れているのに……。
 
倒してもカシナガが入って繁殖することは知っていた。しかし、切り倒して乾燥している最中に入られるとなあ。これ、中で幼虫が増えているのだろうか。そして、いつか幹から羽化するのだろう。たしか春先から飛び立つはずだが。。
 
いかん。ナラ枯れ被害を拡大するのに手を貸すことになる。
もっとも、ちゃんと薪にされて燃やしてしまえばカシナガも絶滅するはずだ。まずは、この木を刻んで薪にしてしまうか?
 
それにしても、生駒山のナラ枯れは急速に広がっている。とくに今夏だ。
 
ちゃんと観察する必要があるかも。
 

2014/10/05

林業は小規模に限る

……上記のタイトルを思いついた。

 
現代の林業は、どんどん規模の拡大を求められている。今や100ヘクタールくらいでは経営は成り立たず、専業でやりたければ1000ヘクタールが最小単位とか。大規模ならば機械化も必要だし、雇用や委託も必要になる。
 
そこで大規模に木材も搬出し、大規模に製材も行う。そして需要も大規模に生み出さなければならない。
 
それは、一つのベクトルではあろう。否定はしない。
 
だが、大規模林業は画一的な商品を大量に生産し、外材や非木材マテリアルとの競合を生み出し、価格の下落を招き、山側の疲弊につながりがちなのも現状だ。
 
大多数が小規模林家である日本の場合、このベクトルで世界に伍して経営できる林家は少なく、全体として日本林業の衰退に導くのではないか。むしろ、オルタナティブなベクトルも考えられるはずだ。
 
小規模で生産が限られているゆえ、価格の高くなる需要を見つけ出す。非木材商品とは競合せず、地域材ならではの商品だ。需要量は多くはないが、利益率が大きければ、小規模生産だからこそ小回りが効いて有利になるはずだ。
 
 
小規模林家(一応、20ヘクタール以下とする)は、それだけでは食べて行けず、別の仕事を持ちながらの副業になる。逆に捉えれば、林業で食い扶持を稼ぐために、あくせくしなくてもよい。
    
   
林家は、暇を見て山を世話する。非常に密に育林作業をすることで、美しい森をつくる。そして良質の木材を生産する。それは大規模な山林ではできないことだ。むしろ狭い方がよい。仮に30ヘクタールの山林を所有していても、手間隙かけた育林作業を施すのは、数ヘクタールでよい。それも林道が入っているとか里に近いという好条件な場所だけにしておく。あとは放置?までは行かなくても粗放化する。大規模林家に委託してしまう手もあるかもしれない。
 
なお密な育林とは言っても、農業ではなく林業だ。毎日山に通う必要はない。月に1回、数ヘクタールの山を歩いて観察し、少しずつ手を加えるだけなら、副業でもできるはずだ。そんな育林作業は、趣味に近いかもしれない。もちろん山主は、森が好きだということが前提になるのだが。
 
その代わり、他者から自分の森は美しいという評価を受けることが、対価の一つになるだろう。それは行政などがバックアップして表彰制度を設けるとか、一般市民を受け入れて説明を行い人気を呼ぶことで得られるだろう。
 
もちろん木材が高値になるような努力も必要だ。それには伐採・搬出・造材のプロがいなくてはならない。ここを山主が副業感覚で自伐してしまうと、高く売れる可能性は低くなる。傷つかない伐採や搬出、市場のニーズを捉えた造材は、素人では難しいと思う。
そこには(日本型ではない)本来のフォレスターやプロの作業員、エンドユーザーを見据えたニーズと結ぶコーディネーターが登場してもらいたい。
 
もちろん、彼らに手数料を払わねばならないから利益は目減りするが、何も考えずに伐って刻んで木材市場に出すよりは高額になるはずだ。それが彼らの役割だから。
  
  
 
……こんな小規模林業を夢想したのは、京都の北山林業や、東京の四谷林業の事例を知ったからだ。そこは都会に近い小規模(1ヘクタール単位)ゆえ成り立った林業地である。里に近いから、密に通って世話ができ、小規模ゆえ手間をかけられたのだ。
  
これらの林業地は磨き丸太などの役物が衰退して窮地に陥っているが、新たな木材の魅力を強調できる商品を開発する(ニーズを見つける)ことで、十分に可能だろう。それは山主ではなく、コーディネーターの仕事である。
 
 
……この考察に関しては、『森と日本人の1500年』にも記したが、私はこれこそ未来型林業ではないか、と思っている。通いやすい里山の山林で、小規模で密に世話する森づくりこそ、日本の森林を支えるのではないか……と思うのだ。
 

2014/10/04

『森と日本人の1500年』の目次

気がつけば、10月。
10月15日発行予定の森と日本人の1500年、まであと2週間切りました!
 
著者としては、座して待つだけ……。
では寂しいので、目次を紹介する。だいたい、こんな感じ(^^;)。
 
各章の最後にコラムをつけたのが、今回の特徴。真面目な話のようでいて、ボケ話が多い。新書ならではの工夫だ。
 
 
どこか興味を持った、琴線に触れる項目はあるだろうか。実は、なかにはブログで記した話題もあるのだ。ブログに書くのはメモにもなるし、自らの思考をまとめるきっかけにもなるし、読者の反応を知ることにもなる。もちろん、ブログのまんま掲載するのではないが、随所に取り入れている。
 
 
************************* 
 
はじめに  景色は刻々変化する
 
第1章 「日本の原風景」の嘘
1、パッと散るサクラの欺瞞
2、鎮守の森は神聖だったのか
3、消えた「生糸が生み出した緑」
4、薪がつくった里山の風景
5、和紙が洋紙に変わるとき
6、そしてスギとヒノキに覆われた
【コラム】 足元の里山は林業地だった
  
第2章 ニッポン林業事始
1、林業誕生は邪馬台国から
2、古代の都が奪った巨木の森
3、一四〇〇年続く林業地
4、戦国時代の木材バブル
5、焼畑から生まれた吉野林業
6、江戸時代の森づくり思想
7、袋小路の北山杉と四谷丸太
【コラム】 ペンチを持ったシカ
 
第3章 近代国家は林業がつくった
1、岩倉使節団の見たドイツの森
2、国有林をつくった「夜明け前」の時代
3、鉄路が消費した大径木
4、ドイツ林学は官僚の官房学から
5、本多静六の赤松亡国論
6、大災害時代と『林政意見』
7、合い言葉は吉野林業に学べ! 
【コラム】 樹海・青木ヶ原の恐怖
 
第4章 森林景観は芸術になりうるか
1、森を求めて歩く市民たち
2、『日本風景論』と学校林
3、都会につくられた森と林業
4、林業の鍵は「美しさ」にあり
5、経済と美観の林業芸術論争
6、大失敗した天然更新施業
7 占領軍の見た日本の森と林業
【コラム】 ジャングル奥地で聞いた歌
 
第5章 緑あふれても消えた美しい森
1、消えたアグロフォレストリー
2、「海で採れた木」が森を変えた
3、全国席巻した「木を伐るな」の声
4、「木を伐って森を守る」森林ボランティア
5、森林浴、森林療法から木育へ
6、「木づかいの時代」の裏側 
7、森づくりのリスクマネージメント
8、「美しい森づくり」の効用
【コラム】 放棄林は美しい?
 
おわりに 森でワクワクするとき
 
参考文献

2014/10/03

森歩き点描

日々、わずかな時間を見つけて森の中を歩くと、いろいろな光景が飛び込んでくる。

 
週末の今夜は、そんな点描を。
 
001

折れても、曲がっても、伸びて起き上がろうとするスギの枝。
 
でも、幹ごと倒れちゃったんだねえ。。。。
 
ところが、この枝、生きているようだよ。
 
  

  
  
 
1
 
砂防ダムの上流部。
 
夏の大雨は、砂防ダムを土砂で埋め、さらにあふれた水が林地を泥で埋めたよう。
  
砂防ダムは、立派に役目を果たしたようだが、これらの木々は、生き残れるか?
 

  
  
 
 
010_2
 
藪をかき分けて進んでいたら、湿地に突入……そこで顔を出していたザリガニを発見。ハサミをふるって威嚇する。
  
一瞬、ニホンザリガニ? と思ってしまった。
体もハサミが小さいから。
 
しかし、ニホンザリガニは東北地方にしか生き残っていないはず。それに赤い斑点は、やはりアメリカザリガニだねえ。
  
 
 
2
 
 
園地の隅の方にあったアスレチック施設。
 
人影なし(~_~;)。
 
ちょっと寂しそうなので、私一人で遊んでみた。登って、くぐって、ぶら下がって……。
 
やっぱり寂しい。
 

  
 
  

Photo

林内に置き忘れられた革のブーツ。
 
ちょっと本格派なんだけど、持ち主は、これを置いてどこに行った? 
 
このブーツとともにミリタリールックに身を包んで、サバイバルゲームに興じた。終了後に着替えた際に靴も履き替え、そのまま忘れたのかな?  と想像をたくましくしてみる。
  
 
夢中で遊んだ後の一抹の寂しさよ。
  

2014/10/02

寺院の修理からわかる木材事情

奈良県橿原市に、今井町という戦国・安土桃山時代に成立し、商工業の中心地として繁栄した土地がある。戦国期は堺と並ぶ自治都市であり、江戸時代になっても、大和の富は今井に集まる、と言われるほど発展した。そして江戸時代初期の町並みを残しているのだ。

 
1
 
もともと環濠集落であり、寺内町として発展した。その当時の建築物の多くが今も残っているのだ。
 
江戸時代の町並みを謳う地域は全国にもいくつかあるが、現在も住民が住み続けながら保存している。
 
伝統的建造物保存地域の指定も受けている。
  

  
  
    
その町の中心的な位置づけである寺院・称念寺の解体修理が現在行われている。現在の本堂は江戸時代初期に建築されたとされるが、大規模な修理は江戸末期に行われて以来というから、ほぼ180年ぶりである。
 
その現場を見学する機会を得た。
 
全国的にも江戸時代初期の寺院建築をそのまま今に残すのは数少なく、非常に興味深いのだが……なんたって奈良です(~_~;)。
法隆寺や興福寺など古代から中世の建築が数多く残るものだから、江戸時代の建築なんて新しすぎて( ̄^ ̄)ケッ……という気持ちが奈良人には強いようだ。あんまり注目されていない。
 
しかし、現場を見ると、面白い点がいくつもある。
 
071 現在、屋根を解体中。大きな入母屋づくりの屋根はなくなった。
 
ここで屋根を支えていた梁に注目したい。
 
1_3
わかるだろうか。真ん中に太い材が(左右に)通っていて、その上に細目の丸太が渡してある。
 
ここは江戸末期に修理が施されたところらしい。
 
材は、どちらもマツ材のよう。   
  
普通に考えると、太い主要な梁が江戸初期の建築時のもの……となるのだが、実は違った。
反対なのだ。太い梁は末期に入れられたものなのだ。細い丸太こそ、創建当初の梁だった。それを修理の際に入れ換えている。梁を新たな太い材に換えつつ、旧梁材も再利用したのである。
 
それは、材の色合い痛み具合、刻み(ホゾ穴、本実など)でわかるのだ。
 
2

アップしてみると、一目瞭然。
 
細い材は穴だらけだ。かつて屋根を支えるための貫がいっぱい通してあった名残である。
 
それに対して太い材は、まだ新しさを感じる。
 
 
なお古い材は、各所で折れている。重みに耐えかねたためであり、雨漏りなどで腐りが広がっているせいらしい。
 
 
ここから読み取れるのは、江戸時代初期は、あまり太い材が手に入りにくかったのではないかということだ。むしろ末期の方が立派なマツ材があったらしい。
 
これを森林事情に重ねると、江戸時代初期は、日本列島でもっとも森林が荒れていた時代。戦国時代から城郭や寺院、城下町建設などのために、大径木材を含めて大量の木材を消費した。おかげで、全国的に木材不足に陥っていたとされる。
それを現しているように感じる梁なのだ。
 
木材が契機になって、育成林業が生まれた。吉野で植林が始まり、森づくりが進んだ。だから江戸時代初期より末期の方が、木材事情は多少とも改善している。
 
……この解体修理から、そんな状況を想像できるのである。
  
  
ほかにも樹種から、当時はどんな森林があったのかとか、加工技術の違いのわかるところもあったりして、なかなか楽しい。
 

2014/10/01

拙著の売り込み(^^;)

朝から行きつけの医院へ。

 
もう長く2カ月に1度くらいの頻度で薬をもらいに行っているし、母もお世話になっていたので、医者も私の職業を知っている。だから診察中も気さくに話しかけるのだが、聴診器当てながら「木は売れていませんか」と聞かれても……(^^;)。
 
私も深呼吸しながら、つい「木材は売れないわけじゃないけど、値段が下がってしまって林家が困っているんですよ……」と応える。
 
「ヒノキの家なんか、いいと思うんだけどなあ」。
 
私に言われてもねえ。
 
「オヤジは設計士だったんだけど、昔はケヤキで家を建てた人がいたそうだよ」
「それは豪勢ですねえ。ケヤキなんかお寺くらいしか使わないですよ」
「施主はゴルフ場の経営者だったらしいよ。ごっつい家だったそうや」
「バブルな話ですねえ」
「でも、この前通り掛かったら、売りに出ていたな」
 
なんちゅうオチ付けるねん。
 
しかし、こんな話を血圧計りながらしていても、正確な数値が出るんだろうか。。。。
 
 
つい、こちらも日本の林業の現状しゃべってしまう。 
そして付け加えた。「来月15日に本を出版するんです。平凡社新書す」
 
「おっそうか」と医者はメモを取る。「新聞に広告出るか」
 
「多分、出版社も打つと思いますけどね」
 
ならば、と
タイトルは『森と日本人の1500年』です」と売り込み(^^;)。
 
おお、ちゃんとメモ取ったぞ。カレンダーに書き込んだ。よし、1冊売れた!
 

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森と林業と田舎