無料ブログはココログ

本の紹介

« 2014年12月 | トップページ | 2015年2月 »

2015年1月

2015/01/30

日本の伝統的高層建造物

これは、たまたまネットで見かけた明治時代の大阪・道頓堀の写真。

 
Photo
 
なかなか風情があるが、私が目を止めたのは、その建物だ。もちろん木造なのだが、4階建てのよう。なんか建て増ししたような造りだが、今なら建築基準法に合致しないだろうな(^o^)。
とはいえ、すでに4階建てまであったことに驚いた。
 
実は、日本で建てられた木造高層建築にちょっと興味がある。
 
古くは飛鳥時代から三重塔、五重塔、七重塔などが建てられた。奈良時代の東大寺には七重塔が二つあり、高さは100メートル近かったという。
 
Photo_2 これは奈良興福寺の五重塔。
 
だが、この手の塔は、正確には多層階とはいえない。5つや7つあるのは屋根だけで、中が5層や7層になっているわけではないからだ。芯柱が最上階から地階まで貫いているのである。それを取り巻くように階があるが、床はなく階段で登るわけでもなく、実用的なものではない。
 
となると、城の天守閣も多階層だ。
 
Photo_3 これは松江城。一応5層かな。
 
これは全階層に床があり、階段で登れる。その点では間違いなく高層(今なら中層程度)建築だろう。
しかし、見た通り上の階ほど小さくなる。天守閣の最上階は意外なほど狭いことは、登った人なら知っているだろう。そして階段は狭く急だ。これは合戦時の櫓の変型であり、日常的に使われる建物ではないのだ。
実際、平和な江戸時代には天守閣は使われず締め切っていたそうである。殿様は、たいてい城の敷地内の平屋に住んでいて、執務も行っていたのである。だから江戸城が火事で焼け落ちた時もも、天守閣を新築しなかった。必要ないからだ。
 
そのように考えると、日本の建築技術は、あまり高層建築に挑戦しなかったのだなあ、と思う。やはり明治に入って西洋建築を真似るように作り出したのではないか。
 
大仏殿のように巨大木造建築物はあるが、いずれも内部は一室で実用的な階層建築にはしなかった。これは、どんな経緯があるのだろう。
 
 
ちなみに私の好きな建築物。
 
2 会津の栄螺堂。
 
江戸時代の建築らしく、らせん状になっているので、何階建てかわからない(^o^)。一応3階層くらいだが、そもそも中はほとんと螺旋の坂道だもの。
また行く機会があれは、もっとよく観察したいと思っている。

2015/01/29

森の中のテープ

生駒の山中を歩いていると、なんだか新しい道ができていることがある。

 
森林ボランティアの活動地域にも目にするのだが……。ま、踏み跡程度なら構わないし、私も歩けばつくっているかもしれない。そもそも獣道はたくさんあるし。
 
だが、やたら木を伐り、地面を削って本格的に「建設」していたり、工作物まで設置していることがある。そういうのは、厳密には森林所有者の許可がないとマズいだろう。
 
 
が、私がよりムカつくのは、そんな法的な問題や権利関係をいう前に「美観」だ。
 
このところ、森の中にテープを派手に巻き付けた木が多いのだ。
 
5 この程度なら、まあ目をつぶる。なんらかの必要性があるのかもしれない。
 
が、この度目についたのは、突然、目の前の低木にビニールテープが巻き付けられているかと思ったら、そこから新たな道の分岐がつくられており、さらにその新道沿いにズラズラとテープが続く。
 
 
3 1メートル間隔……いや、木立にやたらテープを巻いているところもある。
 
4 ここなど、ある木全部に巻き付けようかという意気込み?を感じた。
 
これほどテープがないと困ることがあるのか、道を間違うのか。あるいは境界線などの線引きができないのか。(もっとも、ありったけの木に巻き付けているから、振幅が数メートルもあって、境界線としては意味なくなると思うが。)
 
少なくても森という自然を楽しむつもりでいるのに、人工物の代表のようなビニールが目に入ると、気分は興醒め。逆に怒りが湧いて来る。
ビニールテープとはいえ、あまりグルグル巻の場合は、木の生長によって木肌に食い込むこともあるし、腐ることなく残れば、森にゴミを撒いているようなものだ。
 
 
こんな時、私はどうするか? 
 
もちろん、テープを剥がすのである(⌒ー⌒)。刃物を持っていたら簡単だが、ない時も、せっせと結び目をほどく。
もちろん、全部は取らない。テープがないと森の中を歩けない連中のために、10メートルに1か所くらいは残しておく。同じ木に何か所も巻いている場合も、1本だけ残しておく。本当は全部取ってやりたいのだが……心優しいワタシ。
 
 
なかには2~3メートル分のテープをぐるぐる巻いているところもあった。それもずらずらと目立つように延ばしている。
 
この日は、ほどいたテープでポケットが満杯になってしまった。
 
昔、青木ヶ原のジャングルでテープを見つけたら、自殺遺体の捜索ルートを示しているので、遺体とご対面できる、と教わったのだけど、まさかなあ。。。そうそう、自衛隊の空挺師団の訓練標識もあったなあ。
 

2015/01/28

2月5日に「土倉翁と朝ドラ?」集会!

突然ですが、来週の2月5日に川上村で講演することになりました。

 
正式には
 
土倉庄三郎と広岡浅子~ NHK朝ドラの裏舞台~」
 
演者 田中淳夫 
日時 2月5日(木) 午後7時~9時?
 
場所 川上村総合センター(やまびこホール)2階 研修室 
主催 NPO法人芳水塾
 
 
基本は、芳水塾の例会なのですが、来年の土倉翁百回忌に向けて盛り上がるべく勉強会&作戦会議と思ってください。
講演内容は、タイトルどおり、今年9月からのNHK朝の連続TV小説(朝ドラ)で広岡浅子が主人公の「あさが来た」にちなんで、日本女子大学設立に関わる広岡と土倉庄三郎のつながりを紹介します。
同時に、土倉翁の教育にかける情熱、なかでも女子教育に関したことを取り上げる予定です。明治初年期、それも山村地域に、これほど開明的な人がいたことは、改めて驚きとなるでしょう。
 
……もっとも、急に決まったことなので、内容は今から(~_~;)。そんなに見せる資料もないし、ビジュアルなしでどのように紹介するのか悩んでおります。
 
また百回忌に向けての取組も参加者とともに考えたいと思っています。
 
 
 
場所と時間は、村外の人には参加しづらいかもしれませんが、たまには夜更かしもよろしいんじゃないですか(笑)。私も、当日は雪が降ったり路面凍結しそうな寒波が来ないことを祈っています……(~_~;)。

2015/01/27

Yahoo!ニュース「寒ウナギ食ってる場合か……」を書いた裏側

Yahoo!ニュースに「寒ウナギ食っている場合か? 絶滅危惧種を食べたがる日本人」を書きました。

 
カツオに続きウナギである。ああ、もう私は「水産ジャーナリスト」を名乗るべきでしょうか。本当は先に「土壌ジャーナリスト」になるはずだったのに。。。。神よ(-人-)。。。
 
 
最初は、ウナギの話から生物多様性、そして熱帯林や里山の話題へとスライドさせていき、最後は大径木の枯渇問題までつなげよう思っていた。事実、一部は書いたのだが、テーマや事例が拡散しすぎるので思い切って削除した。
 
自分の本分というか専門領域は守るべきだろう。
 
ただ水産業も興味のある分野なので、私の中では違和感はない。知識はまだまだ補完しなければならないが、根っこは同じ生物多様性と環境保全、そして人と自然の関わり方なのだから。

2015/01/26

高齢化医療と集落の活性化事情

本日のお客さんは、日本社会の医療体制の研究を手がける人。

時折訪れて、研究内容を楽しそうに話してくれる(^o^)。
 
ちょっと難しいが、面白いので紹介しよう。
まず大発見をしたのだそうだ。それはかい摘んで言うと、日本社会は2030年ごろに、人口の半分以上が50歳以上になるということだ。かつて「人生50年」と言われた時代からすると、「余生」を送る人が人口の過半になってしまう。
 
人生50年時代は、生まれて学んで育つ第1期、社会に参画して家族をつくり義務と責任を追う第2期までで大半だった。子供が成人し巣立った後に訪れる自己実現と自由の時期(第3期)は、ほんのわずかだった。
 
実は、日本のみならず世界中の国・社会は、この原理で構成されている。ところが、日本はついにその枠からはみ出ることになる。ほんの数年~十数年で終わるはずの第3期が数十年も続くのである。平均寿命からすると、30~40年もある。
 
医療福祉も、過去のパラダイムから新しい世界に作り直さなければならない……。
 
そんでもって、こんなグラフを見せてくれた。
 
Photo (長谷川俊彦氏作成)
 
これまでの医療は、病気になって治療して回復し安定する……というサイクルだった。ときに治療しても障害が残るか死亡するということもあった。それは(病の)単一エピソードである。
しかし高齢化社会になると、病気になって治るまでに次の病気になって……と繰り返し、徐々に弱って終末期に入る。その間に介護も必要になる。介護も在宅から施設ケアへと重度になっていく。それを繰り返して、確実に死に向かうのが高齢者医療なのである。
 
だから医療福祉体制も、新たな仕組みに組み直さないといけないのに、今も単一エピソードを前提としたままだから、多くの齟齬が生じる。それは医療だけでなく社会システムの問題となるのだが、余生を送る人の方が多くなる社会では、どうしなくてはいけないか。
 
なんとか余生でも働いてもらう、介護も軽い在宅期間を延ばす……ようにしなければならない。そして、その中で重要なのが農山村社会だというのだ。
 
この辺りの理論は一気に端折るが、ようするに余生を農業や林業に従事してもらう必要があるという。これを将来の農山村社会のモデルにならないか、というのである。
 
ちなみに実証的な調査は、岐阜や滋賀で行ったらしい。
 
 
しかし、私は余生の仕事ではフルタイムの本業にならないし、収入も十分に確保できないことを指摘した。年金の受け取れる年代も先のばし必至の事情では、いかに生活を維持するか。
一つの可能性としては、空き家利用によって住宅コストをゼロに近くすることを考えるべきだろう。さらに自給的農業で食費を抑えることも考えないといけない。
 
 
……だが、その前に上記のグラフを改めて見てほしい。
 
この高齢者の段階的な医療ケア事情は、そのまま限界集落事情に当てはまらないだろうか。
行政の施策も、徐々に変化する。
高齢者ケアは、最初は一過性の病気対策から在宅、施設の介護と移って行くように、集落も当初は起業で活性化とかIターン誘致なんて言っている段階から、交通確保のためコミュニティバスを走らせたり、移動スーパーによる買い物難民の救済を行うようになる。そして、追い詰められると集落移転、あるいは個別移転という撤退を迫られる。が、最後は消滅(死)を迎えるのである。それは必然として。
 
地域社会は、全体が高齢化しつつあることを自覚しなければならない。人はいくら最先端医療を受けても若返らないように、集落も過去の華やかりし時代にもどることはないのではなかろうか。
 

2015/01/25

林業発祥は縄文時代!?

拙著森と日本人の1500年』で、林業の発祥について考察している。

 
そこで付けた林業」の定義には、
 
1、木材の社会的需要。自分の家などの自給自足的木材調達は含めない。
2、輸送手段の確保。遠くの産地より木材を伐り出して運ぶ組織と技術がある。
3、木材の加工技術の存在。目的の長さに合わせたり、角材、板材、さらに目的の形に加工できること。
4、木材の調達が持続的であること。
 
この4つが揃わないと林業は産業として成り立たない、とした。
ただ4番目の持続性は、大昔なら天然林から伐り出しても森林全体の生長量に追いつかないから自動的に持続できる。いよいよ消費が激しくなっても森林の蓄積があるため、木材が枯渇するまでにタイムラグがある。そこで林業の古代発祥としては先の3つを考えればよいとした。
 
そして古くは邪馬台国が登場してから大和政権が誕生する飛鳥時代まで(古墳時代)を林業発祥の目安とした。
もちろん地域を狭めれば、弥生時代の集落(クニ)にも、先の3つの定義に納まる林業的な働きはあっただろう。弥生時代の建築物には、それなりの大きさがあって木材加工を行った部材が出土しているからである。 
 
 
さて、ここでこんなニュースがあった。
 
Dscf6943 1月23日の朝日新聞。
石川県の能登町で発掘調査が行われていた真脇遺跡にあった川跡とみられる幅4メートルの溝で、多数の板材とともに角材が出土。そこにはホゾが刻まれていたというのだ。
 
見つかったのは長さ91センチ、幅16センチ、厚さ約7センチの角材。樹種はアテ(アスナロ)らしい。肝心のホゾは、先端に長さ10センチ、太さ6センチだそうだ。しかも芯去り材だという。大木から角材に製材したことになる。
 
真脇遺跡は6000年前から2000年前まで続いた集落跡とされるが、この出土物の年代は、約3000年前。縄文晩期らしい。なお遺跡の中には巨木の柱を円周上に並べた「環状木柱列」の遺構も見つかっているから、結構大きな権力機構と、組織力があったのだろう。
 
まだ完全に発掘が終わっていないのでわからないが、おそらくこれに対応するホゾ穴を開けた角材もあるはずだ。つまり木材加工技術が存在していたのだ。しかし、鉄器など金属がまだ伝来していないはずの縄文時代だ。石器で加工したのだろうか。かなりの精度だが。
 
3 発掘風景
 
 
となると、少なくてもこの遺跡のあった集落では、「林業」が成立していたのかもしれない。長きに渡って存立していた集落なら、木材需要も絶えることなくあり、それを調達する技術者集団も生まれていただろう。伐採や搬出、輸送技術があり、個人のものとは思えない建築物を建てていた……。
 
 
林業の発祥は縄文から!
 
さっそく書き直さないといけないなあ。
『森と日本人の1500年』が売り切れて、再版が必要になったら改定するよ。だから早く売り切れてくれ(~_~;)。
 
2 今も平積みされている立派な書店。(ジュンク堂なんば店)

2015/01/24

森林の仕事ガイダンス2015

大阪で開かれた「森林の仕事ガイダンス」に顔を出す。

ちなみに先週が名古屋、来週が東京だ。
 
わりと地味に開かれていた(ゲストを呼んだりチェンソーアートしたりなどのイベントもなく)のだが、結構満員なのに驚く。どこのブースも行列ができていた。
景気が回復したから応募者が減る、といったこれまでの動きとは違う状況だ。もっとも、2日に渡って開かれることが多かったが、今回は1日だけ、それも午後だけと圧縮しているのだが……。
 
2015_016 とくに多かったのは、大阪府と京都府。
さすが地元だからだろうが、逆に大阪府にそんな林業の求人が多いとも思えないのだが……。
 
そして比較的空いていた秋田県のブースで話を聞くと、話は聞きに来るが秋田県に行きたいという人は少ないという。。。
ほかに岐阜県のブースでは、森林文化アカデミーの生徒募集も。。。それでいいのか?
 
一方で緑の雇用の先輩に聞くトークショーはあった。
 
2015_010 司会は葛城奈海さん。
 
終わってから葛城さんとお話(^o^)。
 
それにしても、知り合いの多いこと。次々と顔なじみと会う。吉野の林業家から各地の主催者、古いツリークライマーの知り合い……。募集する側応募する側ではなく、私と同じく林業事情の偵察もいた。さらに林業で起業したいという学生とか。
 
もはや同窓会模様(笑)。森林の仕事ガイダンスとは、林業関係者の交流の場のような。そんな役割もあったんだね。
 

2015/01/23

冬の変色葉

山で見かけた葉。

 
2 一瞬、若葉が出ているのかと思った(~_~;)。
 
そこだけ若々しい?萌葱色の葉が広がっておりました。
これを見たのは数日前。もちろん、寒風の中の生駒山である。
若葉か、と思ったが、まさかね。かといって病気のようにも見えないし、なんでこんな色の葉が出ているのだろうか。
 
この樹は、よくわからないがモチノキのようにも見える。
なぜ葉が若返った(色落ちしたのか?)のか、わかる人教えてください。
 
 

2015/01/22

壜の中の森林

タナカ山林は、真ん中に道が走っている。

 
そのためか、道沿いにはゴミが多い。ペットボトル。空き缶。壜。その他もろもろ。酷いときには弁当箱まであって、どこで食べたんだ?と思ってしまう。
時々、それを拾い集める作業をする。むかつく。
 
が、こんなものを見つけた。
 
3 ガラス壜(瓶)だが……。
 
壜の中に森があった。
 
口から覗くと……。
 
5 ちゃんと土壌もあるじゃないか。
 
どうやら空き瓶の中に、長い間に土が流れこんだらしい。もしかして水が溜まって、そこに微生物や苔などが繁殖して、それが乾燥する……また水がたまる、微生物が繁殖する、といった繰り返しの中で土に相当するものが誕生したのかもしれない。
 
そして、その土の中から草が生えたのだろうか。ガラスだから光を通して内部でも光合成を行えたのだろう。
冬の今は、むしろ温室効果があって植物も育ちやすいかもしれない。また二酸化炭素濃度も上がっているんじゃないか。
壜の中の宇宙に森ができて、もしかしたらその森には昆虫や線虫などが育って生態系をつくっている可能性もある。 
ゴミの世界でも、たまには粋なことをやってくれる。
 
この壜は、改修せずに(本当の)森の中に寝かしておいた。

2015/01/21

林業投資と森林組合の仕事

昨年の5月、就職先として外資系ファンドと森林組合を天秤にかけている女子大生のことを紹介したと思う。

 
その時は、外資系投資会社と日本の森林組合の落差に驚いたわけで、しかしそれを並列的に就職先として見る目が斬新だったから記事にしたのだ。
 
……実は彼女からまた連絡があった。某大手証券会社から内定を取ったそうだが、それを断って「森の中に入りたい」というのである。。。。
 
おいおい。世の中知らないのか舐めてんのか、社会はそんなに甘くない! と、どこぞの手垢にまみれた説教オヤジみたいなことは私は言わないのだが(~_~;)、改めて投資ファンドのことを考えてみた。
 
 
ちょうどアメリカでは、森林投資が急拡大している。TIMO(林業投資管理組織)とかT-REIT(林地不動産投資信託)が林地を所有して経営する形態が主流になっているのだ。そこでは、林業は優良な投資先と考えられている。それも非常に利益率の高いビジネスなのだ。
 
と言っても、購入した森林を丸裸にして木材を全部売ってしまう……といった短期利益ではない。むしろ木は伐らないで森林の資産価値をあげて転売する、といったビジネスモデルが主流らしい。いわば、これは育林ビジネスである。
日本のように、今そこにある育った木を収穫することばかり考えている林業ではなく、むしろ底値の林地を購入して、しっかり森づくりをして返すのである。だから自然保護団体と組んで買収することさえあるらしい。
 
 
そのことについて少々勉強しているのだが、なかなか面白い。とはいえ難しくて完全なビジネスモデルを理解できるまでにはいたっていないが……。
 
ただガツンと来た言葉がある。
 
育林はコストではなく、投資である。
 
日本では植林して下刈りして除間伐して……という育林作業は、利益の出ないコストだと思い込んでいるが、アメリカでは元本を太らせる投資なのだ。
 
そして森林の長期保有は、株式や社債、商業系の不動産など短期売買の金融資産と対をなす長期安定資産だとする。それらは負の相関があり、お互いがリスクヘッジし合うわけだ。だから分散投資する際のポートフォリオの一つとして重要なのだ。
 
しかもTIMOREITのやっている森林管理の仕事とは、なんのことはない、基本は森林組合と同じではないか。預かった(所有した)森林の手入れと、タイミングを見計らっての収穫(伐採)と販売(木材ほか林地から得られる商品)など。そして再び契約した所有者に山を返すというビジネスだ。
 
 
外資系ファンドと森林組合は同類だったのね(~_~;)。
 
もちろん、比較すべきは森林組合の中でも真っ当に組合員の林地管理としての林業に取り組んでいる組合は、だが。
 
日本でも、森林の利益を収穫する木材で計るのは抑えて、森林価値を上げるという目で見ることはできないのか。
 
これは日本の不動産会社の意識を改革しなければならないかもしれない。日本の会社は林地にほとんど資産価値を認めてないからね。だから転売しづらい。売却したら、逆に購入時より安くなっていたりする。
 
しかし、土地ではなく上物の森林に価値を見る目があったら、手入れした森林は価値が上がるはずなのだ。そして長期に資産運用する希望者には、森林はよい投資物件になるはずなのである。
 
よし、証券会社に勤める前に森林組合に勤めるのもアリだな。。。。

2015/01/20

生駒の天然性スギ林

久しぶりに生駒の森に分け入った。

 
これまで遭難……もとい調査にほぼ入っていない地域を頭の中に描いて、そこに侵入する。道はなくても、冬なら林床は比較的開けているので入りやすい。通りにくければ、イノシシの獣道をたどると進みやすい。
 
結構な斜面もあるが、何、シシも四つ足、シカも四つ足……私は二つ足だけど。
 
頭の中では、このまま進めば、アノ道のアノ部分に出るだろうな、と読める。生駒山中を歩き尽くしている私ならでは特技だ。だから何の心配もない。
 
谷を下ると沢があり、湿地になっているところもある。そこはイノシシのぬた場になっているようだ。
ここを水源として、どの川に流れ込むのだろうか。……うむ。アソコだな。地形を知り尽くして、どこに川があるかわかるのも私ならではだろう。
 
谷から尾根に登る。意外なほど平坦な土地があった。ここに隠れ家を築きたいとか想像する。ま、この尾根の向こうは道路に出るだろうから……出ない。またブッシュに覆われた谷だ。
 
どうやら私の知っている谷は、もう一つ向こうだな。想像より一つ谷間が多かっただけだ。
 
谷を下り、斜面を登る。シシも四つ足、私は二つ足。今度の尾根こそ……あら、また向こうには谷がある。沢もある。ぬた場もある。この水はどの川に。。。何、もうすぐだ。
 
谷を越え、尾根を登り、その向こうには……また谷があり。
シシも四つ足、私は二つ足。何、もうすぐだ(泣)。。。
 
谷を越え、尾根を登り、その向こうには……また谷があり。
シシも四つ足、私は二つ足。もうすぐ。もうすぐだよな。。。
生駒山って奥深い。素晴らしい!
 
 
ようやく道に出たのは、当初想定した時間の2倍ほど後だった。ま、たいしたことではない。たいしたことではない。 
 
 
そうそう、一つ興味深かったのは、スギ林があったことだ。生駒山中には人工林も結構ある。モザイク状に雑木林とスギ林、ヒノキ林が混ざっている。が、今回出くわしたのは、そうした人工林ではない。
 
2 こんな生え方。
 
スギと言えば人工林かと思いがちだが、ここは天然性のようだ。生え方も樹齢もバラバラで、とても植林したとは思えない。おそらく種子が飛んできて根付いたのだろう。
 
 
1  こんなスギまであった。
 
なかには立派な大木もある。通直だし、胸高直径も30センチ近い木も。放置(というか天然だし)しても、ちゃんと育つ木もあるわけだ。
 
今回の調査は有意義であった\(^o^)/。
 

2015/01/19

目的外用途に活路あり?

神戸のガード下で見かけた和装のお店。

 
3 着物や和装の品を扱っているらしい。
 
そこで目立ったのが左右の木箱。これって……茶箱じゃない?
着物の収納に茶箱がいいというのは聞いたことがあるけど。通常は桐箱がベストであり、茶箱は代用品扱いだろう。茶箱は機密性が良すぎるともいう(着物の保管には湿度も重要だから)。 
が、このお店は、むしろ茶箱を目立つように店頭に積み上げている。
 
2 露骨に着物の横に茶箱(笑)。もはや茶箱を売る店か。
 
1そして、茶箱の間に、変木?のオブジェ。
 
実は着物がインテリアの小道具かもしれない。商品は茶箱なのである(笑)。 
 
 
なかなか凝った店舗インテリアに感じた。ガード下でコンクリートむき出しの壁や柱と木のインテリアがミョーに合うというか、ミスマッチな魅力を醸しだしている。
 
 
今や茶箱を茶箱として使うより、別の用途が多いそう。
 
そういや、今日はお客さんに「木質ペレットは、燃料とするより猫砂としての需要が多い」という話をしていた。もはや製作時の用途を越えたところに、人気の需要が隠れているのかもしれない。

2015/01/18

Yahoo!ニュース「ハンターが減ったから…」を書いた裏側

Yahoo!ニュースに「ハンターが減ったから獣害が増えた? いいえ反対です 」を執筆しました。

 
このネタは、昨年末にブログに書いたものを核に、補強しつつ農山村の過疎対策にも踏み込んだものだ。
 
その点では、書くのはそんなに苦労しなかったのだが、悩んだのは写真。
 
手持ちの中に、ハンターが写っているものがなかったのだ。
が、野生のシカや駆除されたもの、またイノシシの痕跡、箱わな……などの写真は多くあった。
 
どうしようかな、と思ったが、やはり銃で撃たれたシカに決めた。
 
しかし、ちょっとグロいのである。なんたって、銃で首を撃たれて血まみれだから。私は、そんな姿をちゃんとさらすのも必要だと思っているのだが、写真にインパクトがあると、本文が読まれない(^^;)。読んでも、ミスリードされかねない。
 
実際多いのだ。写真ばかりが印象に残って、本文とは関係ないところに反応する人が。下手すると炎上する。(ま、炎上は望むところだが。だって、アクセス数が伸びるじゃない(笑)。)
 
とはいえ、品行方正な(笑)、Yahoo!ニュースである。自粛することにした。そこで写真を加工して、血糊部分をできるだけカットして、ほとんど色を消した。おかげでパッと見には、ショッキングではなくなったと思う。本当の反応は明日になったら出ると思うが……。
 
本当の写真を見たい?
 
いいのかな?
 
アップしよう。
 
010
 
ここに載せるということは、全然自粛にならないけど(~_~;)。ま、たいしたことないね。
 

2015/01/17

朝ドラ「あさが来た」に注目!

NHKの朝の連続テレビ小説、今年後半は『あさが来た』に決定!

ヒロインは、広岡浅子!
……と言っても、ほとんどの人は知らないだろうし、まだ興味を持っていないだろう。
が、広岡浅子は注目だ。明治の女傑経済人なのだが、私は以前より気にかけていたのである。
 
 
面倒だから、彼女の経歴はウィキペディアから引用。
 
山城国京都(現・京都府京都市)・油小路通出水の小石川三井家六代当主・三井高益の四女として生まれる。幼名は照。幼い頃より裁縫や茶の湯、生け花、琴の稽古などよりも、四書五経の素読など学問に強い興味を持つが、「女に教育は不要」という当時の商家の慣習は固く、家人から読書を禁じられる。
17歳で鴻池善右衛門と並ぶ大坂の豪商であった第8代加島屋久右衛門正饒の次男・広岡信五郎と結婚。嫁いだ後も、主人は手代に任せて業務に関与しない商家の風習に疑問と限界を感じ、簿記や算術などを独学するようになる。
20歳で明治維新の動乱を迎え、家運の傾いた加島屋を救うために実業界に身を投じ、加島屋当主である第9代広岡久右衛門正秋(信五郎の弟)、夫の広岡信五郎と共に、加島屋の立て直しに奔走する。
 
明治の女性実業家として
1884年(明治17年)ごろから炭鉱事業に参画し、筑豊の潤野炭鉱(福岡県飯塚市、後の製鐵所二瀬炭鉱)を買収して、開発に着手。その際、単身炭鉱に乗り込み、護身用のピストルを懐に坑夫らと起き伏しを共にしたと伝えられている。このように男もためらうような冒険的事業に敢えて乗り出したので、狂気扱いされたこともたびたびであったという。
1888年(明治21年)に加島銀行を設立。続いて1902年(明治35年)に大同生命創業に参画するなど、加島屋は近代的な金融企業として、大阪の有力な財閥となる。これらの活躍により、広岡浅子は鈴木米(鈴木商店)、峰島喜代子(尾張屋銀行)らとともに、明治の代表的な女性実業家としてその名を馳せる。
 
日本女子大学校の設立に尽力
1896年(明治29年)、梅花女学校の校長であった成瀬仁蔵の訪問を受け、成瀬の著書である『女子教育論』を手渡される。幼い頃に学問を禁じられた体験を持つ浅子は、『女子教育論』で成瀬の説く女子高等教育機関設立の考えに大いに共鳴し、金銭の寄付のみならず、成瀬と行動を共にして政財界の有力者に協力を呼びかけるなど、強力な援助者となる。また広岡家は固より、実家の三井家一門にも働きかけ、三井家から目白台の土地を寄付させるに至り、1901年(明治34年)の日本女子大学校(現 日本女子大学)設立に導く。
 
 
この経歴の中で、私の琴線に触れたのは、最後の項目、日本女子大学の設立である。
 
これでピンと来ないかな? 来ない人は、拙著『森と近代日本を動かした男』を読んでいない証拠(笑)。
 
日本女子大学の創設者である成瀬仁蔵が、女子大学校の設立を企てた際に、まず相談し援助を請うたのは、土倉庄三郎なのだ。土倉翁は、同志社の新島襄を支援して、その大学設立計画を応援したのは比較的知られているが、それだけではないのだ。
 
 
土倉翁は、女子教育の大切さに賛同し、資金集めを買って出た。まず翁が5000円の寄付した。これは運動資金である。明治29年のことである。その際に共同出資者になったのが広岡浅子だ。
 
成瀬は国会議員(衆議院・貴族院)を集めて創設の趣旨説明を行うが、その際の座長は土倉翁が務めている。そして出資しても大学が創設できなかった場合、それまで集めた資金は自分が責任を持って出資者に返すことを約束している。
そして広岡浅子も同意するのだ。つまり出資者への元本保証は、土倉翁と広岡浅子が二人で行ったのである。当然、その事務経費も引き受けたわけだ。
そして見事大学設立してからは、土倉翁は大学の評議員も勤めた。
 
日本女子大学の学長室には、長く土倉翁の肖像画が掛かっていたそうだ。(翁の曾孫娘が日本女子大に入学した時に見たと聞いている。)
 
 
広岡浅子がドラマに取り上げられるということは、一緒に女子大設立に尽力した土倉翁を登場させずに済まないと思うのだが……。。。
 
朝ドラ『あさが来た』の脚本は、大森美香。名前にも森が入っているし(^^;)、ぜひとも土倉翁も登場させてほしいところだ。
 
まだヒロインの女優も決まっていないし、おそらく脚本もこれからだろう。今は広岡に関する資料集めをしている時期ではないか。ならば土倉翁を売り込めば、登場人物に組み込む可能性は十分高まるだろう。
 
ちなみに、拙著『森と近代日本を動かした男』では日本女子大の設立は紹介したものの、広岡浅子は名前を出しただけである。詳しく記す紙面はなかった。
 
先の大河ドラマ『八重の桜』の主人公・新島(山本)八重も土倉家と絡んでいたし、土倉翁の存在を知らせる機会はいろいろあったのに、プロモーションがイマイチ成功していない。今回の機会を逃す手はないと思うのだが……。
 
 
ちなみに来年2016年は、土倉庄三郎百回忌。そして朝ドラは今年10月から始まって、来年3月まで続くはず。とくに日本女子大設立は晩年だから、来年の放送になるのではないか。タイミングもぴったりである。
 
 

2015/01/16

1・17 エイジマーク

いよいよ明日早朝が阪神淡路大震災の20周年。

関西では、ローカルニュース枠や特番も組まれてかなり扱われている(明日は丸1日扱うだろう)が、全国的にはマイナーになっているのではないか。
 
そこで私なりの思いを。
私にとっては1990年代と言えば、会社を辞めて独立した時代であり、生活は結構目まぐるしく変化していた。その中で、「あのこと(取材からプライベートまで)はいつだっただろう」と思い出そうとした際に、「震災の前だったか後だったか」と考えるのが常となっている。
つまり、自分の中の記憶をたどるとき、阪神大震災を基準に考える癖がついた。
 
これは地理的なランドマークならぬ、自分の歴史のエイジマークのようなものだ。震災より前だったから、○●だ、震災より後だったから、■□だ、と考える。
 
私は、当時大阪府の吹田市に住んでいて、この大地震を直に経験した。おそらく被災地域としては東端に当たる場所で、激震地に比べたらさほどの被害ではないが、それでも只事ではない揺れで、さすがの私も眠りから覚めた。
 
寝室にはたいした家具は置いていなかったが、箪笥が倒れてたないかヒヤヒヤしたのを覚えている。揺れがおさまって、隣のリビングに入ったら、テレビがぶっ飛び、部屋中にガラス片が散らばっていた。
 
それは食器もあるが、私のコレクションの転落が大きな理由だ。鴨居部分に私が集めた「世界のジン・ボトル」を並べていたのだが、それらが落ちたのだ。マイナーながら、珍しいジンが幾本かあったのに……。
 
ともあれ起き上がり、テレビを付けてようやく事態を把握した。震源地は神戸のように思われた。(実際は淡路島北端。)それから明るくなるまで待つ。 
何もわからぬまま動いてはいけないと肝に銘じて、情報収集しつつもコタツの中でぬくぬくしたのを記憶している。
 
その日にしたのは、書きかけの原稿を完成させて、とりあえず編集部に送ったことである。今後何が起こるかわからないので、身辺整理?したようなものだ。なお、当時はパソコンもなく、ワープロ通信である。
 
現地に入ったのは、翌日だったか。芦屋の知り合いの女性が、その日は大阪にいたのだが、自宅に帰りたいというので送っていくことになったのだ。
 
5 神戸メリケンパークに当時のまま残された岸壁
 
 
その時の経験を記録していた。当時、個人的に発信していた通信に記したものだ。一部を引用してみる。
 
Img001 Img002
 
*********************************
 
阪 神 大 震 災 の こ と 、 書 か ず ば な る ま い 。
 
 地震のあった翌日、阪急西宮北口駅から
歩いて芦屋や神戸市東灘区に入った。
 避難民の大阪方面へ向かう列に逆らうよ
うに西へと進んだ。そこには未知の、不思
議な世界が広がっている。ぺしゃんこにな
った住宅や一階部分が潰れたマンション。
ところどころ高架がねじまがって崩れ、線
路が切断されていた。空に2本の鉄路だけ
が伸びている所もある。
 ところが、そこに人影が見える。なんと
崩れた高架に登って、その景色を見学して
いる人々がいるのだ。切断面に身を乗り出
して覗き込んでいる。
 一瞬、えらく元気な野次馬やんけ、と思
った。しかし、よく見ると家族連れだ。登
っている中には子供もいるし、なにより背
中にリュックサック、手にはバックがある
から、避難している途中のようだった。線
路伝いに歩いてきたのか。しかしその恰好
は、被災者らしくない。
 彼らだけではなかった。大阪方面に歩き
ながら、振り向いて被災者の列を使い切り
カメラで撮っている若者もいるぞ。
 さらに5日後、今度は被災地にバイクで
入った。できるだけ幹線道路を通らずに崩
壊した住宅街を走った。
 と、ある崩れた家の前に三脚を立ててカ
メラをセットしているおじさんがいた。
 思わずバイクを止めて見ていると、おじ
さんが手招きした。
「一緒に写らんかね」
 写ってどうなるねん。しかし聞いてみる
と、この家の人とその親戚だそうだ。こん
な機会はまずないから(!)記念撮影して
いるそうである。
 その後、ようやく再会した東灘区在住だ
った友人にこの話をすると、
「いや、うちも壊れた家の前で近所の人た
ちと写真を撮ったよ」
 
私もカメラを持っていたが、最初はあま
りの惨状に写真を撮るのは被災民に失礼で
は、と躊躇するものがあった。だが当の本
人たちがこの調子なのである。
知人の家の様子を見に行った際、肝心の
知人には逢えなかったが、その向かいの家
のおじいさんと話ができた。彼は地震当日
生き埋めになったのだそうだ。
聞いてみると、仏壇の間の空間に閉じ込
められて、暗闇に手を伸ばすと天井が触れ
たこと、そして近所の人が壁をぶち抜いて
助けてくれるまでの過程をユーモラスに語
る。加えて、その後に家具を取り出すため
役所に助けを求めて「それどころやない」
と怒られ「すんまへん」と謝った逸話まで
披露してくれた。
ほかでも、同じような体験を何度もした。
目が合えば、見知らぬ者同士でもすぐ口
が開いた。みんな不思議と優しく話してく
れる。そして「命が助かったのだから」と
異口同音に言った。
 その後、関東の友人からも続々と電話が
かかってきたが、みんな口にするのが「テ
レビのインタビューに応える被災者の口調
がユーモラス」であること。
 これは、関西弁特有のニュアンスもある
だろうが、同時に感情をストレートに表に
出さない関西人の知恵でもある。
「笑いは、すべての感情の上位にある」と
いうが、まさに自らの体験を笑い飛ばせば
怒りも悲しみも昇華させられるのだ。
 それによくしゃべる。倒壊家屋の下から
数十時間ぶりに救助されたおじいさんが、
酸素吸入を受けながらペラペラしゃべる様
は、私が見てもおかしい。生き埋めになっ
ている間、話相手がなくて寂しかったんや
ろなぁ、と思ってしまった。
 またひどく家屋が倒壊した門戸厄神界隈
で、タコ焼とベビーカステラの露店にも出
くわした。ひと儲けしたろ、という商売人
根性なのか、あるいは付近の被災者向けな
のか聞かなかったが、廃墟に立つ赤いのぼ
りは異様な景色である。
 被災者だけではない。地震の被害が伝わ                   
るにつれて、大阪などの近隣の市民は一斉
に動き出した。友人知人、会社など組織も
個人も水や食料などを背負って阪神を目指
した。徒歩、自転車、バイク、そして自動
車。それは中国や東南アジアを思わせるエ
ネルギッシュな流れだ。避難民とは反対に
ものすごい物流が西へ向かったのだ。
 これが渋滞を生み出し、救援を遅らせた
と批判されたが、もともと行政を信用して
いない関西人は、自分の手で運ばないと我
慢がならないのだろう。
 だが、民間が支えられるのは短期間に過
ぎない。自らの境遇を笑ってみせた被災者
も、やがて当初の頑張りが力尽きるかもし
れない。そして巨大な現実がのしかかる。
  多くの人命が失われ、最初から笑う力を無
くした人々もたくさんいるだろう。
 それでも、私には被災地の人々のたくま
しさが脳裏に強く焼きついている。
 今後、復興がどんな形で進むのかわから
ない。しかし、私は心配していない。なん
だかこの震災を機に、街だけではなく人々
も生まれ変わるような気がするからだ。 

**********************************
 
 
今振り返ると、果たして街や人は生まれ変わったかどうか、心もとない。
ただ、自らのエイジマークになったことは、少なくても自分にとって大きな「起点」になったと思っている。
 

2015/01/15

いかりスーパーの割り箸

関西一円に「いかり」という名のスーパーマーケットがある。

 
阪神間を中心に店舗を出しているが、本部は兵庫県の芦屋だったと思う。芦屋といえば、日本有数の超豪華住宅タウン。田園調布なんぞ目じゃない豪邸が並んでいる。
 
そこにあるスーパーだから棚に並ぶのは主に食料品だが、高級品を扱うので有名だ。スーパーとはいえこだわりの品ばかり。輸入品や各地から直に仕入れる物も多く、「いかり」でしか手に入らない品もある。商品を詰める「ikari」の紙袋は、それ自体を持ち歩くことがステータスになる、とさえ言われるほどだ。
 
私が社会人に成ったばかりの駆け出し記者の頃、本部に取材に行ったことがあるが、度肝をぬかれたねえ。
 
……そんな昔話はおいといて、そこで見つけたのがこれ。
 
2 割り箸である!
 
「つかえばつかうほどが再生されるワリバシ」とある。
 
そして製造しているのが……岡山県の西粟倉村だった!
 
そうか、西粟倉村・森の学校でつくっている割り箸が、いかりスーパーで扱われているわけだ。それだけでもブランドになるかもしれない。
 
この村の割り箸そのものは見たことあったが、販売している現場は初めて。
 
割り箸としては普通の元禄箸で高級仕様ではないが、国産割り箸の意義を汲み取ったのだろうね。

2015/01/14

日本の種多様性マップが完成!

昨年のことだが、琉球大学理学部の久保田准教授の研究グループが、日本列島の(維管束)植物の種多様性マップをつくった。

植物の分布情報を全国の研究所や在野の研究者・愛好家が作った植物目録、そして自治体史などを各地から取り寄せて収集して5年がかりで作成したのだという。

それが英語論文誌の Ecography Journalに掲載されている。これは、たいしたことだ。

 
 
 
これによると、日本列島には5614の植物が存在している。そして約30%が日本固有種。
まさに日本は、生物多様性ホットスポットなのだ。(生物多様性ホットスポットについては、NHKスペシャルでもやっていたなあ。)
 
イチバン多い都道府県は、愛知県だそうだ。2番目が奈良県! 海がなく海浜植物が存在しないのに大健闘?だろう。そして3番目が静岡県。4番が滋賀県、5番は山梨県。
 
逆に少ないのは、北海道、長崎県、青森県……。やはり冷涼気候では植物の種類は増えないのか。
 
やはり温暖な気候の土地が多いのだろうが、面白いのは、温かい九州より本州太平洋岸の方が多くの種が存在していること。
おそらく、九州は阿蘇山や鹿児島の姶良カルデラといった巨大噴火が幾度も起きたからだろう。九州一円を火砕流と火山灰で埋めつくした名残で植物数が減ったのではないか。
 
また奈良県、愛知県、静岡県は山が険しく入り組んだ地形が多くの植生を保存できたのではないだろうか。
 
こんな地図をじっと眺めていると、各地の植生や気候・地形などの環境を想像できた面白い。ちょっとマニアックだけど(^o^)。

2015/01/13

木を売るため鉄を売る「シェアウッズ」

先日神戸を訪れたのだが、そこで寄ったのは「シェアウッズ」。

 
不思議なお店だ(^o^)。
いや、お店というべきか。一見さんが覗けるような店ではなく、そこで購入するものもない。
展示ギャラリーとでもいうとよいかな。
 
ようするに木の商品を展示・提案している。まあ、事務所に展示されているのはごくわずかなのだが……(^^;)。
ここが手がけたり目指しているものはなかなか一口に言えないが、詳しくは「シェアウッズ」のサイト を見てほしい。
 
 
そこで私の琴線に触れたものは、木ではなかった。むしろ鉄だ。金属だ。
 
2 この脚の部分。
ようするに、天板に付けて、テーブルにするものだ。
 
万力で板を締めつけて留める方式なので、板がどんな形でも脚にすることができる。天然木の歪んだ形であっても、これを4つ付けたらテーブルになる。
 
8 こちらもテーブルの脚の部分。もっとも、これはテーブルにするよりはスツール用だ。この三叉の脚を2つ付けたら、簡単なスツールの出来上がり。
 
無垢の天板をテーブルなりイスなりにしようと思うと、馬鹿にならない加工が必要になる。脚の部分も木でつくるのは難しいのだ。もちろん強度の問題もある。
 
だが、アイアンの脚なら、比較的簡単……というより、DIYで可能だろう。
 
しかもデザイン的も悪くない。むしろ斬新で、今風。実際にヨーロッパでは木と金属を組み合わせた家具はよく見かけた。(建築も、両者を融合させたものがよくある。)
 
日本では、木造と言ったら全部木材でつくらねば、と思い込みが強いようだが、結局それが手間もコストもかけて、性能までイマイチの商品にしてしまいだち。それが木造を躊躇する理由にもなりかねない。だが、この部品があれば、気軽に木製のテーブルやイスをつくれるのではないか。
 
木を売るために、鉄を売る。
 
いいじゃないか。この精神だよ(笑)。
 
 

2015/01/12

Yahoo!ニュース「今年は国産土壌年」を書いた裏側

Yahoo!ニュースに「今年は国際土壌年。だから土壌のスゴさを知ろう 」を書きました。

 
なぜ新年最初の記事にこれを書いたのか。
 
もちろん土壌ジャーナリストの旗揚げ宣言である(笑)。
 
ま、実際に土壌のことを書かせてくれる機会がどれだけあるかわからないが、自分なりに幅を広げないとね。
使っている写真も、わざわざ生駒山に撮りに行ったのだよ。
 
 
しかも、たまたま本棚から今はなき科学雑誌「サイアス」が出てきて、それが「土を守ろう」特集だったのだ。これ、2000年の10月号だよ。15年前とは先見の明?がある。
 
15年前と言うと、今や一昔扱いだが、内容を見ていると、今とそんなに変わっていないところも多い。科学は日進月歩と言われがちだが、本質はそんな簡単に動かないのだ。
ちなみに第2特集が、「地震・噴火・地殻変動 伊豆の島々で何が?」である。これって、今そのまま通じるのではないか。 
 
科学雑誌冬の時代だが、私は、たとえ世間の反応が鈍くてもYahoo!に科学的切り口の記事を書いていきたいと思う。
 

2015/01/11

朝日新聞『森と日本人の1500年』書評

忘れたころに載りました!

 
そう、『森と日本人の1500年』の書評です。本日の朝日新聞の書評欄。
 
1500 朝日新聞1月11日(日)。
 
 
新書紹介欄だから小さいけど、やっぱり有り難い。よく私の書きたかった根幹を捉えて記していただいている。ここで私が書きたかったのは、林業史だけではなく、環境史だけでもない、「経済性と環境の持続、美観など多くの要素を含む森林経営の歴史」なのである。
 
そして木づかい運動や森林ボランティア、さらに「森林セラピー」や「森のようちえん」などの動きにも目を配った。いわば森林経営と森林利用の動きを押さえたかった。
 
……そうか、これらのことに触れているのだから、昨日のシンポジウムで、『森と日本人の1500年』を販売したかったな(^^;)(^^;)ヾ(- -;)。。。。
 
 
あえて付け加えれば、「明治以降ヨーロッパで勃興した林業を導入して」とあるが、正確には「林学を導入して」であるが。
 

2015/01/10

ライフ・アンド・フォレストにて

今日は、いろいろあって、奈良から神戸へと遠回りしながら、京都で開かれた第4回ライフ・アンド・フォレスト」に参加してきた。

 これは、「生活の中から、日本の森林・林業を考える」ためのシンポジウム。
 
テーマは「癒す、育む、森のちから」ということで、森林セラピーに森のようちえん、そして木育(プラス木づかいプラス森林整備)の論客が並ぶ。ただし、今回はギャルズ・トークだそうだ。スタッフも出演者も、ほぼ女子で固めておる(^^;)。
 
直接的には、我らがただっち(笑)の出演を見に行ってきた。「ただっち、ガンバレ!」のぼりをひるがえしたかったのだが。。。。心の中だけにしておきました。
 
3  8
 
でも、パネルディスカッションの時に気づいた。壇上の人は、ほとんど知り合いだ……。初対面かな、と思っていた人も、講演の中の自己紹介で、あれ、以前会った人だと気づいたり、会場の中にも知った顔がたくさん見えたり……。
終わってから、そんな参加者の人たちと立ち話をした。せっかくだから、紹介の仲立ちもして、ときならぬ交歓会。木育、木づかい。森林セラピストの方たちも多い。お互いが知ってつながれば、何かとよい人脈になるだろう。
 
その時、ただっちから言われた。
 
「タナカさんの知り合いって、女性ばかりね」。
 
いえいえ(^^;)。私は、幸福者です。
 

2015/01/09

どこからか木質ペレットが(笑)

寝ようとしたら、寝床に木質ペレットが落ちていた。

 
2 ちょっと真四角だけど……やはりペレット。
 
どこから湧いてきた? まさか私の身体から……アホな(笑)。
 
だいたい私は木質ペレットを、これまで散々コケにしてきたのである。木質ペレットが悪いのではないが、ペレットストーブなんて、どこが楽しいの、何の価値がある、と。
 
それなのに見覚えのないペレットが、よりによって寝床に……。
 
観察する。どうもヒノキぽい。色が白っぽいし、スギ材より硬いし。
 
どこから出てきたか探してみた。
すると!
 
3_2 じゃらじゃらと……。
 
あわわわ。焦る。
 
が、わかった。
 
4 ほれ、ここが発生源だよ。
 
これ、枕。そういや、この枕、ヒノキ枕だった。随分前に購入して、枕カバーを何重にもかけたので忘れていた。そもそも中に入っているペレットなんて見た記憶がない。
 
何かの拍子にチャックが開いてこぼれ出たのね。
 
せっかくだから、木曽檜のアロマオイルをたっぷりふりかけてからチャックを締めた。
久しく忘れていた木の香りがするだろう。

2015/01/08

焼畑を世界農業遺産に

昨日の国際土壌年は、国際食料農業機関(FAO)の管轄だったが、それに続いて世界農業遺産の話題を。

FAOが認定する世界農業遺産に推薦する国内候補地が3つ選ばれた。

まず岐阜県長良川上中流域の「里川における人と鮎のつながり」

説明文をそのまま引用する。

鮎を中心とした内水面漁業が盛んな長良川は、流域の人々の日々のくらしや水質保全活動により清らかな流れが保たれ、その清流により鮎が育ち、地域の人々が鮎からの恩恵を享受。人の生活・水環境・漁業資源が相互に連関する長良川の里川システム。

次に和歌山県みなべ・田辺地域の「みなべ田辺の梅システム」

養分に乏しい礫質の斜面を利用し、梅林としての利用と周辺には薪炭林を残すことで水源涵養や崩落防止等の機能を持たせ、薪炭林に生息するニホンミツバチと梅との共生等、地域資源を有効活用して高品質な梅を持続的に生産する農業システム。

そして宮崎県高千穂郷・椎葉山地域の「高千穂郷・椎葉山の森林保全管理が生み出す持続的な農林業と伝統文化~森と農林文化が創る森林理想郷~」

険しく平地が少ない山間地において、針葉樹と広葉樹で構成されるモザイク林等による森林保全管理、伝統的な焼畑農業、急斜面に築かれた500km超の水路網を有する棚田の米作りなどの複合的農林業システムと神楽など特色ある伝統文化を継承。

 

それぞれ面白いのだが、私はやはり宮崎県北に注目する。

該当するのは、高千穂町、日之影町、五ヶ瀬町、諸塚村、椎葉村の5か町村だが、とくに2つの村では焼畑が中心だ。

これまでも折に触れて書いてきたが、私は20年以上前から焼畑に非常に興味を持ち、各地を見て歩いた。椎葉村やモロ塚村も焼畑目当てに訪れている。さらにボルネオの少数民族の焼畑にも触れてきた。

そこで感じたのは、日本の焼畑は、ボルネオなど世界で一般的とされる焼き畑と少し違うことだ。

具体的な例で言うと、ボルネオでは山の斜面の木々を伐採すると、下から火入れしてドバッと燃やしてしまう。だが、椎葉では斜面の上から火入れして、燃え炭を人が少しずつ下へ落として行く。ゆっくり、小さく焼くのだ。

おかげで延焼しづらいし、じっくり土壌の中まで熱を伝える。表面温度も高くなる。おかげで殺菌効果も出るわけだ。

つまり日本の焼畑は、非常にシステマティックでありテクニカルであった。細かな技術が集積されている。

そして何より、日本の焼畑は育成林業の出発点になる。最初の伐採が木材の収穫、すなわち林業であり、その後の焼畑で農作物を収穫しつつ下刈りを行い、作物の間に樹木の苗(スギ、ヒノキのほかコナラ、クヌギなど)も植える。そして数年間の農的収穫の後10年20年間放置して、樹木が育つのを待つ。言い換えると、林業の伐採跡地で焼畑を行うのだ。

3 椎葉村の椎葉秀行氏(故人)の焼畑。

 

焼畑面積は小規模で、毎年アチコチで行うから、モザイク林相になるのも特徴的。択伐ではなく、小規模皆伐あるいは群状択伐と言えようか。

5 諸塚村のモザイク林。

現在進行中の大規模林業とは対局的ながら、単なる伝統的農林業に終わらず、現代的なアグリカルチャーのヒントになると思っている。

 

世界農業遺産に選定を目指すなら、単に持続的農耕システムのとして焼畑ではなく、農林複合システムとして認定してほしい。 

2015/01/07

今年は「国際土壌年」

今年2015年は、国連が定めた国際土壌年である。ついでに言えば、12月5日は世界土壌デーだ。

 
毎年、国連が何らかのテーマを定めるわけだが、2010年が国際生物多様性年、2011年が国際森林年。これらはそこそこ知られたのに、このところ影が薄い。(私の中だけかもしれないが。) 
ちなみに昨年2014年は国際家族農業年だった。2013年は国際水協力年
 
 
さて、国際土壌年とは何か。こんな応援ポータルサイトもつくられていた。
 
ようは、土壌の重要性にもっと気づこうというわけだ。たしかに土壌は世界的な環境問題の中心課題である。また、一般に森林の環境機能とされるもの(水源涵養とか気候緩和、炭素蓄積(地球温暖化)、また生物多様性……)等々の多くは、実は土壌が関係しているし、そもそも土壌の生成には森林が深く関わっている。
 
また現在、地球環境を考える際、世界的には土壌流亡が重大視されている。各国の経済成長、貧困撲滅、女性の地位向上などの社会経済的な課題を乗り越えていくためにも土壌の保全が欠かせないとされているのだ。
 
国際土壌年で掲げられているのは、次のような項目。
 
・人間の生活において土壌が担う重要な役割について、社会的な認識の向上をはかる。
・食料安全保障(Food Security)、気候変動への適応と緩和、生態系サービス、貧困撲滅および持続的な発展に土壌が寄与していることを啓蒙する。
・土壌資源の持続的管理および保護のための効果的な政策や行動を促進する。
 
実際、少し見直さないといけない「世間の常識」もある。
 
生物多様性も、実は土壌内の微生物の種数や量的なとてつもなく高い。また土壌とは少し違うが、さらに地下深くの岩盤に広がる「地下生物圏」も注目されている。生物多様性は地下世界に支えられているのかもしれない。
 
またモンサントの除草剤は、単に草取り作業の軽減を考えて開発されたものではない。むしろ開発動機は、除草によって土壌の流出が深刻化する中で、草を抜いて表土を流さないようにするためだったという。 
除草剤は土壌を殺す、と盛んに言われるが(その正否は学者によって意見が分かれる)、少なくても当初は環境を守るためという意図があったことは脳味噌の隅に留めておきたい。
 
私も、以前、森林ジャーナリストより表土ジャーナリストにならないか、と声をかけられたこともある(^o^)。もっと土壌にも目を配っていきたいと思う。
 
土壌は直接関わる産業がない点で不利だが、上記サイトによると、それなりにイベントなども行われていくようだ。
 
それにしても、全国穴堀り大会!なんて開かれているんだねえ。。。

2015/01/06

「森林総研」のCLT特集

年明けから、急に各新聞やテレビニュースでCLTが盛んに報道され始めた。国会質疑にも登場したらしい。

 
もっとも内容は、なんら新しい部分はなく、単にCLTという建材に林業復活が期待される……と言ったもの。昨年は専門分野か、せいぜい産業界のネタとして語られていたCLTが、突然各社一斉にとなると、意図的なものを感じざるを得ない。
 
030
 
ちょうど森林総合研究所の発行する機関誌「季刊森林総研」27号 にCLTの特集が組まれていた。
 
ざっと目を通す。なかなか上手く、CLTの紹介をしている。
 
欧州におけるCLTの現状紹介もある。どのように登場したのか、どんな使い方をしているのか。社会的な面にも触れている。
 
が、日本の状況に移った途端、いきなり物性ばかりの羅列になる。
接着剤の話やら、ヤング係数がどうだとか……。
 
もっとも知りたい素材となる原木の性質や価格については触れていない……。
 
本当にスギ材がCLTのような直交貼り付けに向いた木質なのだろうか、という点をもっと追求してほしかった。もともと強度は弱いし、含水率が高すぎる。ラミナの製造には手間がかかると同時にコスト高になるはずだ。
 
トウヒなどでつくられる欧州産CLTとスギCLTとでは、当然性能差は出るだろう。もし欧州産の方が性能が高ければ、国産CLTはビジネスとして成り立つのか。価格も、同等にできるとは思えないが、仮にするためには原木価格を相当抑えないといけないはずだ。
 
ここに記されているのは、建材としてのCLTの機能で、経済面や林業界のことは抜け落ちている。
 
 
それでも、多少面白い点として、
 
断面積当たりの強度性能(耐荷重性能)や弾性係数(耐変形性能)は木材そのものと比べて必ずしも高くありませんが、断面積を大きくすることで、これらの性能を高めています。
 
ところが、
 
幅や長さを非常に大きくすることは、日本は輸送上の問題から限界があります。
 
これは、ヨーロッパでは巨大なCLTが使われるが、日本では寸法が大きいパネルにすると、トラックや道路事情から運べないことを示している。
つまり、CLTでビルをつくることはあまり期待できない。結局、小さめのパネルにして建築物の壁や床に使うことになるのだろう。
 
……これって、今でも厚物合板でやっていることじゃない? つまり、合板の需要を奪うことになるだろう。
本当にCLTが国産材の新需要を生み出すことに結びつくのか、ちゃんと説明していない。
 
  
  
結局、CLTが林業にどのように結びつくのか、誰も論じていない。建材として魅力があるのは、建築業界の話。ところがニュースになると゛なぜか「林業再生の切り札」となる。なぜCLTが林業再生になるのか説明してほしい。
 
木材需要が増えるから? 国産材が? 
上記の推測のように、実は合板に取って代わるだけかもしれないし、輸入CLTばかりになるかもしれない。そもそも建材需要そのものが、今後伸びるのかどうか疑問がある。
本当に増えるのか検証した研究は誰もしていないのか。
仮に需要が増えても価格が問題だ。
 
みんな、気がつかないのか。薄々気づいても触れないことにしておくのか。
 
林業界と建築業界の乖離は、ここでも進んでいる。
 
 

2015/01/05

獣害「里の餌」点検

昨年末に記した「獣害増加の真相は…… 」で、大元にあるのは、山野や里に獣の餌が増えたからだと記した。

 
では、どんな餌があるのか。実際に点検調査してみることにした。
 
生駒には、シカはいないがイノシシが激増している。それこそ、住宅地のすぐ側に、ぬた場が存在するほどだ。またミミズ狙いと思われる掘り起こしも珍しくない。
 
そこでイノシシ目線で、どんな餌があるかを探ってみようと、里山の裾野に残る農地を歩いてみた。
 
人間が「被害」と呼ぶのは、あくまで人間が欲するものを野生動物が横取りするからだが、実はそんなことしなくても餌はいっぱいあるのだという。被害にならない餌が重要なんだそうである。
 
 
6  まずは水田のヒコバエ
 
これは多いねえ。稲の切り株に結構なヒコバエが伸びている。積雪を過ぎて今は枯れているが、12月までは青々としていて、稲穂を付けているものも少なくなかった。(なんでも、ヒコバエから収穫する米は美味しいそうである。過分な窒素肥料が抜けているから。農家の隠れた収穫物だが、今は放置する農家も多い。)これはイノシシやシカには、栄養価の高い餌となるだろう。
 
3  収穫せず放置された白菜
 
これも各所で見かけた。自家用野菜のつもりだったのかもしれないが、使い切れず、放置してもはや食べられない……が、イノシシやシカには十分に美味しい餌であることは間違いない。人にはいらないものだから被害にはならないのだけど、実は野生動物の餌供給源なのだろう。おかげで冬を越して数を増やせるのである。
この畑の周囲には、収穫した白菜の外葉をむしって捨てた場所もあった。そうした葉野菜もよい餌となる。
 
 
1  収穫後?捨てられた作物
 
収穫したものの、傷が付いていたから?大量に捨てている。これはユズだが、ミカンやダイダイなどもある。さらにダイコンなど収穫後に捨てられた野菜群は意外なほど多い。
もちろん、美味しい餌となるだろうねえ。
 

4  雑木林の竹林
雑木林の樹木を駆逐するかのように野放図に増殖したモウソウチクの林も、春にはタケノコが重要な餌となるはずだ。
写真の下の方にはクズが生い茂っているが、クズの根はデンプンたっぷりだから、イノシシには御馳走だろう。
 
ざっと見て歩くだけでも、こんなにある。これは都会に近い(^^;)生駒の里の例であり、中山間地の集落に行けば、もっと多くの餌が見つかるのではなかろうか。
 
どうやらイノシシもシカも、食い物がなくて仕方なく人間様の領分を侵しているのではなく、食べても人が怒らない餌はたっぷりあるのに、あえて農林地に入ってきているようだ。
なぜって? そりゃ、やっぱり出来のよい作物は美味しいのだよ。

2015/01/04

心に里山を描け

本日の散歩コースは、建設中のニュータウン。

たまには、街も歩くのだよ。
 
なんたって建設中だから、まだ立入禁止の区域も多いのだけど、道路はほぼ完成している。住宅(予定)エリアは、造成されているものの土がむき出しだ。
 
003 建設中の公園。
遊具はすでに完成し、植木も芝生も植えられているが、一応「立入禁止」。
だが日曜日だからか、結構親子連れが遊びにきている。一応、回りは柵がされているのだけど、隙間からいくらでも入れるし、止めるものもいない。
 
008 なぜか門だけあって柵もないエリアも。
ずっと奥にはイオンモールがすでにオープンしていて、結構な賑わいだ。
 
まさにニュータウン。一部には住宅が建ち並んでいるが、荒涼感は否めない。
 
015 モデルハウスの展示場。
ここには賑やかな「市街」が演出されているのだ。
中を歩くと、無料の飲み物やお汁粉までいただける。……いえ、私はいただいていませんが。
 
だが、ほんの数年前、ここには豊かな里山があった。低いながらも多くの襞や皺のように尾根と谷が入り組み、雑木林が新緑から紅葉・黄葉まで目を楽しませる世界があったのだ。
 
そこに鉄道が通り、イオンモールがつくられ、あれよあれよと言う間に森が剥がされた。
その際は、まだ山肌に段々を造成して、住宅地をつくるのだと思っていた。だが、あきれるほど多くのダンプカーが走るうちに山そのものが削られなくなってしまった。
今や、ほぼ平坦な土地である。そして、そこが区切られ、マンションの林立するゾーンと一戸建て住宅ゾーンが敷かれた。マンションは、ほぼ完成し、次は一戸建てを売り出し中だ。
 
駅が近く、ショッピングモールがイオン以外にもいくつかあり、さらに学校や商店まで登場したのだから、一見便利なニュータウンになりそうだ。
 
……もっとも、人口減社会に里山を丸ごとなくしてニュータウンをつくるなんて、本当に将来はあるのだろうか。単に土地を造成するだけでく、膨大なインフラを整備しなければならないし、新住民を呼び込むためのコストも馬鹿になるまい。
マクロ的都市計画としては、市街地に急増している空き家群を再開発する方がよほど有用なんだが、各所の権利関係や投資の効果を考えると、山を崩す方が楽なんだろう。
 
1 3年前の建設風景。
 
 
一角にわずかに残されたかつての里山の名残があった。 
 
006
もはや「里山」ではなく、「緑地」なのだろう。
 
建設地を歩きながら、かつてここにあった里山を心に浮かべ、そこに育まれていた生き物に思いを馳せるのも一興である。。。。

2015/01/03

イチオシ番組!「ロンリのちから」

正月と言えば、通常のテレビ番組がなくなり、お馬鹿な番組が増えるのが悩みの種。

 
が、今年は(正確には大晦日から)面白いのを見つけた。
 
NHKのEテレで偶然目にしたロンリのちからである。正確には、NHK高校講座の一環らしいが、メチャ面白い。しかも大晦日深夜から、これまで放送済の番組をまとめて放映していたから、ほとんどを見られたのである。
全部まとめ見と言っても、一本5分くらいで10本だから、たいした時間を取らない。
また探してみると、NHKのサイトに全部掲載されていた。ここで全部見ることができる。また再放送は今後もあるようだ。
 
 
内容は、高校の映像部を舞台にしており、SF的な作品づくりの過程で発生する事件?疑問?の中からロンリを追求する趣向。結構楽しい。しかも最後に「不思議の国のアリス」も登場する。
 
テーマは、三段論法、前提と飛躍、逆さまのロンリ、接続表現、水掛け論、暗黙のロンリ、仮説形成……と一見難しそうでも、ごく日常的な会話や発想の裏にある論理を紹介している。
ちなみに不思議の国のアリスの著者ルイス・キャロルは数学者にして論理学者であり、作品に満ちている非論理的展開は、論理的に非論理ストーリーにしたのである……。
  
こうした基礎的な思考法を身につけると、おそらくコミュニケーション力が身につくし、文章力も上がると思う。接続詞の使い方なんぞは、これだ! と手を打ちたくなった。
 
同時に、いかに社会には非論理的な展開ばかりかにも気がつく。
実はもっとも非論理的な言葉を使うのが政治家であったり、ごく一般的に語られる将来の予測・推論(経済や国際間問題、社会の変容……)がメチャクチャであることも浮かび上がる。新聞やテレビなどに登場する専門家の解説にも、番組に紹介されているような理由なき水掛け論や誤った前提、危険な飛躍、間違った三段論法……などが実に多い。記者はチェックしろよ。
 
私がこれまで指摘してきた「新月伐採」や「水源狙いで外資が日本の森を買う」などの問題、さらには「CLTで林業再生」だとか「発電だけのバイオマスエネルギー利用」まで、そこに含まれる情報の中に、ごく単純な論理の破綻があふれている。
  
  
  
最近はフェイスブックなどで流れてくる情報にトンデモが多いのが気になっていた。政治、社会、科学などにまったくの似非情報が蔓延している。それも不安をあおるようなものばかりだ。特別な知識や情報がなければわからないものもあるが、あきらかに提示している情報の中に矛盾を含んでいるものも多い。だがコメント欄には、丸ごと信じて肯定しているものが並んでいる。
 
もはや世間が全体にネトウヨ化しているかのよう。都合の悪い事実はなかったことにするか、何らかの陰謀だと断定し、非論理的なこじつけや決めつけばかり。おそらく意図的な発信者はともかく、それをシェアする人には情報リテラシーのかけらもないのではないか。
 
専門知識がなくても、上記の「ロンリのちから」を磨けば、あっさり間違いを指摘できると思うんだけどね。
 
あ、ちなみにこの番組、中学生向きだからね。
 

2015/01/02

山越え初詣

年末に散髪に行った際、理容師と初詣の話題になった。

 
彼も地元の名刹・宝山寺に毎年行っているという。
 
「あそこのおみくじ、凶ばかり出ますよね」
 
おお! 私が振りたかった話題だ(^o^)。
そう、宝山寺のおみくじは、実にシビア。異常なほど凶、大凶が多いのだ。私なんぞ、毎年のように引いている。(そのことは、本ブログの1月の記事を見ると、毎年記している気がする。)
 
普通、凶なんてごくわずかなはず。とくに正月のおみくじだよ。それが、かなりの確率で当たるのだ。おそらく1割2割は凶と大凶なんではないか。
 
「私の友人が、凶を引いたので改めて引き直したらまた凶。とうとう9回連続凶でしたよ」
 
衝撃の証言(笑)。9回もあきらめずに引く根性も凄いが。
私も2度3度引いたことあるな。ただし、その場合は神社を変えても凶だったので、もっとショックだったけど。
 
 
 
さて、ならば今年も挑戦しなければなるまい。
 
しかし、宝山寺に行くには自動車規制をしているし、元旦は超ラッシュアワーで入場制限をするほどである。おみくじにはシビアだが、現世利益が売り物だけに、関西一円から何十万人もの参拝客を集めている。
 
そこで私が取った√は、いやルートは、山越えの道であった。
我が家は山の中腹にあり、宝山寺も中腹。その間を山道を伝って行けば、下りたり登ったりしなくて済む。
 
で、山に入った。
 
1   2
 
元旦の大雪は、凶も、いや今日も残っていた……。ラッセルするほどではないが、足元が雪に濡れる。凍った斜面は滑る。。。結構厳しい道のり。
 
それでもたどり着きました。ここまで苦労してたどり着いたのだから、神様も多少は悪運から免じてくれるのではないか。と、期待したい。
 
4 雪景色の境内。
 
6 花も凍っている。
  
  
9 地蔵も雪に埋もれている。
(……この地蔵の足元、左下に白いオオカミがいるような気がするのだが……。)
 
ともあれ、参拝して、賽銭入れて、おみくじを引く。
 
……末小吉。。。凶の一歩手前であった。
今年は、災い多けれど、一歩手前で踏みとどまる、普通なら良しと思え、ということかしらん。

« 2014年12月 | トップページ | 2015年2月 »

2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            

森と林業と田舎