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2015/01/17

朝ドラ「あさが来た」に注目!

NHKの朝の連続テレビ小説、今年後半は『あさが来た』に決定!

ヒロインは、広岡浅子!
……と言っても、ほとんどの人は知らないだろうし、まだ興味を持っていないだろう。
が、広岡浅子は注目だ。明治の女傑経済人なのだが、私は以前より気にかけていたのである。
 
 
面倒だから、彼女の経歴はウィキペディアから引用。
 
山城国京都(現・京都府京都市)・油小路通出水の小石川三井家六代当主・三井高益の四女として生まれる。幼名は照。幼い頃より裁縫や茶の湯、生け花、琴の稽古などよりも、四書五経の素読など学問に強い興味を持つが、「女に教育は不要」という当時の商家の慣習は固く、家人から読書を禁じられる。
17歳で鴻池善右衛門と並ぶ大坂の豪商であった第8代加島屋久右衛門正饒の次男・広岡信五郎と結婚。嫁いだ後も、主人は手代に任せて業務に関与しない商家の風習に疑問と限界を感じ、簿記や算術などを独学するようになる。
20歳で明治維新の動乱を迎え、家運の傾いた加島屋を救うために実業界に身を投じ、加島屋当主である第9代広岡久右衛門正秋(信五郎の弟)、夫の広岡信五郎と共に、加島屋の立て直しに奔走する。
 
明治の女性実業家として
1884年(明治17年)ごろから炭鉱事業に参画し、筑豊の潤野炭鉱(福岡県飯塚市、後の製鐵所二瀬炭鉱)を買収して、開発に着手。その際、単身炭鉱に乗り込み、護身用のピストルを懐に坑夫らと起き伏しを共にしたと伝えられている。このように男もためらうような冒険的事業に敢えて乗り出したので、狂気扱いされたこともたびたびであったという。
1888年(明治21年)に加島銀行を設立。続いて1902年(明治35年)に大同生命創業に参画するなど、加島屋は近代的な金融企業として、大阪の有力な財閥となる。これらの活躍により、広岡浅子は鈴木米(鈴木商店)、峰島喜代子(尾張屋銀行)らとともに、明治の代表的な女性実業家としてその名を馳せる。
 
日本女子大学校の設立に尽力
1896年(明治29年)、梅花女学校の校長であった成瀬仁蔵の訪問を受け、成瀬の著書である『女子教育論』を手渡される。幼い頃に学問を禁じられた体験を持つ浅子は、『女子教育論』で成瀬の説く女子高等教育機関設立の考えに大いに共鳴し、金銭の寄付のみならず、成瀬と行動を共にして政財界の有力者に協力を呼びかけるなど、強力な援助者となる。また広岡家は固より、実家の三井家一門にも働きかけ、三井家から目白台の土地を寄付させるに至り、1901年(明治34年)の日本女子大学校(現 日本女子大学)設立に導く。
 
 
この経歴の中で、私の琴線に触れたのは、最後の項目、日本女子大学の設立である。
 
これでピンと来ないかな? 来ない人は、拙著『森と近代日本を動かした男』を読んでいない証拠(笑)。
 
日本女子大学の創設者である成瀬仁蔵が、女子大学校の設立を企てた際に、まず相談し援助を請うたのは、土倉庄三郎なのだ。土倉翁は、同志社の新島襄を支援して、その大学設立計画を応援したのは比較的知られているが、それだけではないのだ。
 
 
土倉翁は、女子教育の大切さに賛同し、資金集めを買って出た。まず翁が5000円の寄付した。これは運動資金である。明治29年のことである。その際に共同出資者になったのが広岡浅子だ。
 
成瀬は国会議員(衆議院・貴族院)を集めて創設の趣旨説明を行うが、その際の座長は土倉翁が務めている。そして出資しても大学が創設できなかった場合、それまで集めた資金は自分が責任を持って出資者に返すことを約束している。
そして広岡浅子も同意するのだ。つまり出資者への元本保証は、土倉翁と広岡浅子が二人で行ったのである。当然、その事務経費も引き受けたわけだ。
そして見事大学設立してからは、土倉翁は大学の評議員も勤めた。
 
日本女子大学の学長室には、長く土倉翁の肖像画が掛かっていたそうだ。(翁の曾孫娘が日本女子大に入学した時に見たと聞いている。)
 
 
広岡浅子がドラマに取り上げられるということは、一緒に女子大設立に尽力した土倉翁を登場させずに済まないと思うのだが……。。。
 
朝ドラ『あさが来た』の脚本は、大森美香。名前にも森が入っているし(^^;)、ぜひとも土倉翁も登場させてほしいところだ。
 
まだヒロインの女優も決まっていないし、おそらく脚本もこれからだろう。今は広岡に関する資料集めをしている時期ではないか。ならば土倉翁を売り込めば、登場人物に組み込む可能性は十分高まるだろう。
 
ちなみに、拙著『森と近代日本を動かした男』では日本女子大の設立は紹介したものの、広岡浅子は名前を出しただけである。詳しく記す紙面はなかった。
 
先の大河ドラマ『八重の桜』の主人公・新島(山本)八重も土倉家と絡んでいたし、土倉翁の存在を知らせる機会はいろいろあったのに、プロモーションがイマイチ成功していない。今回の機会を逃す手はないと思うのだが……。
 
 
ちなみに来年2016年は、土倉庄三郎百回忌。そして朝ドラは今年10月から始まって、来年3月まで続くはず。とくに日本女子大設立は晩年だから、来年の放送になるのではないか。タイミングもぴったりである。
 
 

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コメント

>広岡浅子は注目だ。明治の女傑経済人なのだが、私は以前  より気にかけていたのである。
とありますが、NHK朝ドラの「花子とアン」のモデル村岡花子が、自分の将来を決める事になった、御殿場で開かれた女性の地位向上のための合宿研修で、スポンサーであり主催したのが広岡浅子だったと孫の村岡恵理さんから聞きました。
(同じ御殿場で昨年夏に開かれた講演会「花子の生涯」講師は村岡恵理さん)
会場の二の岡神社は杉木立に囲まれた(7人の侍のロケ地にもなった)若き村岡花子が思索した場所でもあります。

そうです。実は村岡花子は広岡浅子の教え子というか、弟子筋ですね。
NHKは意図したのか偶然なのかわかりませんが、この調子で、次は大河ドラマで土倉庄三郎を取り上げるとか(笑)。
 

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