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2015年2月

2015/02/28

壜の中の森づくり

先にタナカ山林で“発見”した「壜の中の森林 」。

 
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実は、気にかかっていた。何がって、壜という閉鎖空間に森ができることである。
 
いかなる条件で誕生できるのか、それを維持するにはどんな条件が必要なのか……科学的な面からも興味深いが、見た目も雰囲気いいし、家の中にも手軽に置ける森にならないか……。いっそ、盆栽のように壜入りの森を商品化してしまう、てことだって考えられる。
 
それで試したいと思い出した。 
考えてみると、盆栽だって植物群を小さくまとめ上げる手法だし、魚類や水草を育てる水槽だってある。壜の中に森を作ったって何らおかしくない。
 
 
まず、百均ショップで壜を探す。
 
首の細い壜は上手くできるとボトルシップのようにかっこよいが、最初は難しそうだ。それに空間が狭すぎる。木本性の植物は生えにくいだろう。また土を入れたり、水をやったり、ガラスの内側部分をキレイに拭いたりするのも大変だ。丸いボトルは、転がってしまう点も困る。
そこで、広口壜にした。
 
004_2
これは、底だけでなく横にも平面があり、動きにくく安定する。土の量も多めに入るし、草木の丈も多少は高く伸びられるだろう。
 
そこで肝心の土をどうするか。
 
もっとも簡単なのは、庭の(家庭菜園部分)土だ。園芸用に売っている土だってある。
 
しかし、そこに埋土種子はどの程度あるだろうか。畑には雑草の種子が多そうだし、園芸用に配合された土には、そもそも種子が混ざっていてはいけないはず。
かといって、壜の中だから、自然と外から種子が舞い込むことに期待するのは無理がある。
 
そこで、やはり森に行ってそこの腐葉土を取って入れることにした。
もしかしたらヘンな菌も混じるかもしれないし、微生物も多そうだが、それがどんな変化を見せるか楽しめるだろう。
もし、種子が全然含まれていなくて、何も生えなかったら、何か対策が必要だろうか。……そこでドングリ(クヌギ)を一つ放り込んでおいた。
 
タナカ山林で土を取って入れる。
 
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ちょっぴり落葉入り。後で少し水を足した。
 
 
問題は,、蓋だ。蓋をすべきか。
あんまりカッチリ締めて、閉鎖空間をつくりたくなかった。それでは自然と隔絶させてしまうことになる。何も宇宙ステーションの実験じゃないんだから。
とはいえ、口を開けておいたら、大きいだけにひっくり返して土がこぼれても困るし、あんまり外とツーカーでつながると、壜の中の森というイメージがわかない。
 
そこでゆるゆると締めておいた。
おそらく、水が蒸発して壜が曇るだろうから、その蒸気を抜く必要もある。
 
 
さて、今後どんな変化を見せるか。気を長く観察したい。ブログでも、のんびり紹介しよう。
 
科学的な実験ではないから、途中でいろいろ手を加えることもあるだろう。もし見映えのよい「壜の中の森」が誕生したら、商品化して販売かな(⌒ー⌒)。あ、私はパテントだけでいいや。
 

2015/02/27

ハリーポッターin USJ の木材

昨日の続きになるが、ユニバーサルスタジオジャパンで使われている木材もチェックした。
 
 
印象としては、園内にはわりと多くの木材を使っている様子。とくにハリーポッターエリアでは、ホグワーツ城でも木の柵とかドアがある。
 
047 なかなか重厚そうなつくりのドア。
 
が、FRPであった。ようするに合成樹脂。たたくとポコポコと音がするよ(^o^)。これは城壁などの岩も同じ。おそらく城全体がそうなんだろう。石垣も、よく見たら全部くっついたパネルになっている。みんな合成樹脂だ。
 
092 ホグツミード村フクロウの店。
ここにも太い梁が使われているのだが……。
 
これも本当の木材ではなさそう。ちょっと遠目なので、確実に断言はできないが、鉄骨にFRPでも被せたかなあ。それでもアンチエイジングした古い木材に見える。
 
これは、言い換えると木材でなくても木材ぽく見えるということだ。そんな見せ掛けの技術が発達している。
 
これって、由々しき事態ではないか。私は常々、木材は感性の素材と言っていて、見た目や触った感触などが重要だと考えていた。しかし、FRPでここまでそっくりに作られると、木材の利用分野を随分乗っ取られる可能性があるということだ。
 
幸い、目の前でしっかり見たら本物か偽物か見抜けるし、触ればほぼわかる。叩けば音も違う(^o^)。当然FRPには、調湿作用とか香りとかもない。 だが、木のように腐らないとかメンテナンスがいらないとか、値段も安いなど有利な条件も数多い。
 
木の良さを感じてもらう場所といいつつ、実は擬木で間に合うところも多いかもしれない。
 
もっと本物の木材の良さを伝える加工方法を考えねばいけないなあ……。
 
 
 
 
009 飲料の自動販売機。
 
これはハリーポッターエリアの前、ジョーズの横辺りにあった自動販売機だが、この幅広さに感動した(^o^)。
が、よく見ると周りを木材で囲っているのである。色もおとなしめにしている。なんでも、原色ギタギタのアメリカンな世界と思っていたが、こうしたところでは木の素材感を活かしているのだ。ジョーズの舞台になったのがアメリカ東南部のひなびた田舎の漁村であることに合わせているのだろうか。
 
そして、ここに使っているのは本物の木材であった。
USJで積極的に木材を使っているところが、自動販売機のカバーだったなんて……。
 
そういえば東大寺の大仏殿の前の自動販売機も木で囲んでいた。自動販売機が醸しだす現代の機械文明?消費文化的な雰囲気を抑えるには、木の囲いは有効なのかもしれない。
 
 
私がこの写真を喜んで撮っていると、娘は呆れて見ていたよ。
 
 

2015/02/26

ハリーポッターin USJ の森

昨日は、実は誕生日であった。何回目であるかは伏せる(^^;)。

 
そこで娘に「遊園地に連れてって!」とねだってみた。
するとOKが出たのである。行ったのはユニバーサルスタジオジャパン
 
もちろん、めざすはウィザーリングワールド オブ ハリーポッター。昨年夏にオープンして大人気というニュースが流れているが、地元に住むのに行ったことがないのは悔しい。本当のところ、ハリーポッターは読んだこともなければ、映画も数本しか見ていず、あんまりファンとは言えない。まあどちらかと言えば、興味が薄いのだけど。
 
それでも行くのだ。いや、連れて行ってもらうのだ。
 
幸い?娘はすでに秋に行ったというので、案内してもらう。入場して向かう方向から、先に整理券をもらうとか、時間の有効利用の仕方まで教わる。
 
 
ハリーポッターエリアは、たしかにスゴい。よくぞここまでリアルに作った、と感心することしかり。ホグワーツ城も、ホグツミード村の町並みも見事。しかし、スゴい混雑だね。冬の平日、水曜日。それでも開園と同時に行列だ。
 
ハリーポッターの行列は280分というトンデモな時間の表示が。
 
それでも並ぶ。実際に乗り物に載るまでは1時間半で済んだとはいうものの、その行列の凄まじさよ。
 
そこでその間、いろいろ観察した。
 
まず驚いたのは、森だ。ハリーポッターエリアは、みな森に囲まれており、行列もその中を進む。それが見事に針葉樹の森なのだ。いかにもイングランドの古い森を思わせる。原作ではスコットランドが舞台らしいが、どちらにしてもブリテン島は冷涼な気候で植生が貧弱なことで知られるが……。
 
ハリーポッターの森は,、ヒマラヤスギで埋めつくされていた。
 
015 すごいよ。高さ10メートルを越えるような大木まである。
それがエリアを囲み、中世?のスコットランドぽい風景を描き出している。本当のスコットランドにヒマラヤスギが生えているのかどうかは知らない。これって、文字通りヒマラヤ地方が原産だ。
 
018 ただ一部にトウヒっぽい木々もある。
 
行列を進みながらなので、よく観察できなかったが(止まると抜かれるんだよ。娘にも怒られるんだよ)、これはモミかトウヒかツガか……。
 
しかし、ハリーポッターエリアの建設期間は、せいぜい2年。当然植えて育てるわけにはいかないから移殖したのだろうけど、かなりの大木をよく植えたものだ。どこから調達したのか。ヒマラヤスギは比較的強い樹木とは聞くが、枯れないように移殖して維持するのは大変だろう。関係者の努力を想像する。
 
044 周囲を取り囲む森。
 
よく見ると、葉形に広葉樹ぽいものも混じるが……しかし、この森の向こうには高速道路が走ることを知っている。それが見えないように目隠しの役目も果たしているようだ。
 
……長い行列の末に辿り着いた城内は、なかなか見せた。そして乗り物も迫力満点。思わず声を何度も上げてしまった(^^;)。数分で終わったけれど。これを味わうために何時間も行列したわけだが、森の観察もできたし、よかったとしよう。
 
 
 
ついでにジュラシックパークも。
 
4  
ウルトラサウルスだ! こちらの背景は、熱帯植物の森になっている。
こちらも本物だと思う(ハリーポッターエリアの温室では、ウツボウズラなど熱帯植物が飾ってあったが、これは造花だった)が、同じ地域の野外に冷帯の森と熱帯の森を作らねばならないのは大変だ。
 
最後に、娘に感謝。
 
 
 
 

2015/02/25

グリーンパワー書評「『森と日本人の1500年』

月刊誌『グリーンパワー』に拙著『森と日本人の1500年』の書評が掲載された。

 
Img001
 
長めにキッチリと書いていただいた書評は、久しぶりだ。有り難い。
 
ただ「明治期の1894年には国土の森林被覆率は16.5%くらいに落ち込んでいたらしい」とあるのは、私はそんなことを書いたっけ? と焦ってしまった(^^;)。
 
しばらく考えて気づいた。これは本文122ページの志賀泰山・東京帝大教授の言葉であった。国土のうち森林は55%だが、実際に樹木に覆われているのはその30%……というところから導き出した数字であった。
私自身、この数字を信じるべきかどうか迷う(そもそも55%とか30%というのは、教授の感覚的な数字の可能性が高い)のだが、ようは森林の定義の問題だろう。1ヘクタールに木が何本あれば森林と認めるか……といった点をはっきりさせていないから困る。
 
今でも土地利用区分の中では森林に入っていても、実際は木が生えていない(伐採跡地だったりする)ところは結構多いから。
 
ともあれ、年を越えてから書評が載りだしたこと、影響が出ることを望む。
 
 
 

2015/02/24

洋風本願寺

昨日は神戸に出かけていたのだが、目的地の場所を地図で確認した際、近くにあったのが本願寺神戸別院

 
なんでも通称・モダン寺というそうだ。
 
ちょうど東京の築地本願寺(本願寺築地別院を訪ねたばかりだったので、興味を持って足を延ばしてみた。
 
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なるほど、洋風の造り。どことなくインド風であり、イスラム様式も取り入れたような西洋人の描くオリエンタル。その点、築地本願寺と似ている。
 
が、何か違う。薄っぺらく感じる。外観を見て、中まで入って見学しようという気が失せた。
 
築地本願寺と比べてみる。
 
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こちらも様式は似ている。だが重厚さというか、壮麗さがある。ホンモノと思わせる。
 
調べてみると、築地本願寺は伊藤忠太の設計で昭和9年に完成した。命じたのは大谷光瑞。構造は鉄筋コンクリート製だが、見た通り石を多用した石造寺院ぽい。
 
一方、神戸別院は昭和5年に同じく大谷光瑞が建てていた。こちらの方が古いのだ。しかも鉄筋コンクリート製の寺院としては初めてだったらしい。
 
だが、その風合いがない。軽い(^^;)。
さらに調べると、神戸別院は平成7年に建て直していた。なるほど新築なのだ。そして外装ものっぺりしている。誰が設計したのか知らないが、伊藤忠太に遠く及ばない。古い神戸別院の建物も見てみたかったな。
 
 
せっかくだから、京都の本願寺も見る。
本堂はもちろん伝統的な木造寺院建築だが、少し離れたところに伝道院という建物があって、これがレンガづくりなのだ。
 
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明治45年建設。設計は、やはり伊藤忠太であった。
 
神戸別院、築地別院よりずっと古いが、もっとも風格がある。
ただ建てた時は、真宗信徒生命保険株式会社の社屋であったらしい。寺院建築とは違うのだ。
 
伊藤忠太は「建築進化論」を唱えて、「日本の建築も木造からレンガや石造、鉄筋コンクリートへと進化しなければならない」と主張した。ただし、西洋の物真似ではなく和洋折衷でもない、木造からの進化である、という。
 
さて、木造からの進化は、現在どこへ向かっているのだろうか。
 
 
せっかくだから、擬洋風と呼ばれる生駒の宝山寺獅子閣の建物も。
 
3 こちらは洋風を真似たのだが、構造はれっきとした伝統的木造。作ったのは宮大工である。奈良の近代化遺産に指定されている。

2015/02/23

Agrioに自著宣伝文(^o^)

これは書評ではない。なんたって著者自ら自著について語っているのだから。

 
もっとも露骨に本の内容について書いたわけでもない。
 
あくまで一般のコラムである。ただ……自著をさりげなく宣伝している(^o^)。そのテクニックを見てくれたまえ\(^o^)/。
 
 
Agrio
媒体は、電子農業情報誌Agrio。
一般には目にする機会は少ないだろうから、あえてここに公開する。
 

2015/02/22

林業女子@生駒?

本日は、3人の女性が来生駒。

皆さん、どこかで林業つながりである。

 
彼女らに生駒山を案内する。でも、なかなか大変だ。雨の中を「遭難したい」という難題をなんとか終えると、タナカ山林の見学。
 
以前、発見した「壜の中の森林」を再び観察して大はしゃぎしたり。
 
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なぜか切り倒して乾燥して剥けかけている木の皮を可愛い(皮良い?)というし。
 
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さらに峠を越える棚田を視察して、例によってラッキーガーデンに寄ったら、ヒツジとヤギに歓声を上げ、テーブルの上の草花に感動し、販売しているコナラのアクセサリーに大興奮し。
 
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女心には通じていると自負する私も、さすがについていけない世界に突入するし……。
 
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ま、このランチを食べて満足していただけたから、よかったとしておこう(^o^)。

2015/02/21

「七福島神」展に行ってきた

良市で「七福島神」展というのをやっているというので覗いてきた。

 
正確には安藤栄作彫刻展。現在は奈良県の天理にお住まいの安藤栄作氏の作品展である。
見どころは、吉野檜の半割を使った高さ3メートル近い七福神7体。それに楠材による小型の珍妙な彫刻群。
 
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全部、手彫りらしい。最近は、木彫というとチェンソーアートを見慣れている私としては、斧や鑿で削ったと思われる木肌は新鮮だった。
 
 
いずれもなかなかの迫力だ。私もフェイスブックで紹介されているのを見て、すぐに行きたくなったのだから、遡求力があるのだろう。
 
実際、会場は「ならまち」にある小さなギャラリー勇斎なのだが、見学客がほぼ途切れていなかった。私とほぼ同時に入った女性は、富山県の人で、フェイスブックで見かけて(もちろん、安藤氏本人とは何のつながりもなく)足を延ばしたというのだから、たいしたもの。
 
 
ところで安藤氏は、東京都生まれながら、福島県いわき市に住んで創作活動を行っていたらしい。ところが、4年前の3・11によって津波で家を流され、さらにF1原発の30キロ圏内に入っていたため、帰宅も不可能になってしまった。
 
そこで、どこに住むかを家族で相談した結果、まったく縁の無い奈良を選んだというのだ……。最初は明日香村、今は天理らしい。奈良は津波がないからだろうか……(^^;)。ご本人に聞いてみたかった。
 
そんなこともあって、壁には福島の彫刻もある。
 
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残念ながら、この展覧会は明日までだという。でも可能なら覗いてみることをお勧めする。
 
 
 
Dsc_0176 こんな作品も。「歩く巨樹」。
 
 
 
なお作品は販売もするそうだ。この七福神、家に飾るのは無理かもしれないが、たとえばお寺の本堂に並べたら迫力あると思うね。(お寺に七福神はオカシイ? なに、地元の宝山寺には七福神が祀ってあるよ。)

2015/02/20

Y!ニュース「サルでもかかる花粉症…」を書いた裏側

Yahoo!ニュースに「サルでもかかる花粉症の話」を書いた。

 
もちろんこれは、「サルでもわかる~」をもじっただけであり、何も内容はない(笑)。
花粉症自体は、この季節キャッチーだが、私には関係ないし…。そんなら私は花粉症にならないということを書くか。と思ったわけ。
 
通常、こんなのはブログにしておくか、そもそも書かないのだが、あえて書きたくなったのだ。
 
 
というのも、人気のプレゼン番組「TED」で、まったく意味のないプレゼン というのをネットで見て笑い転げてしまったから(笑)。
 
でも、Yahoo!ニュースで書いて大丈夫か?
 
 
まあ、いいじゃん、という結論に達して書いてみた。
もっとも、さすがに私はウンチクを垂れてしまった。サルでもイヌでもネコでもかかる。寄生虫がいたらかからない? うん、これで十分情報提供したじゃないか。
 
ま、今年に入って書いた本数が少ないから、こんなのも含めておこう。

2015/02/19

みなとパーク芝浦の木質デザイン

昨日もチラリと紹介した、東京都港区の「みなとパーク芝浦」。

 
完成したばかりだが、総合支所やスポーツセンターの合体施設だが、地下1階地上8階の、まあ、贅沢な造りだこと(笑)。6階に長さ200メートルのランニングコースがあるんだもんなあ。
 
ただ注目すべきは、「みなとモデル二酸化炭素固定認証制度」のモデル事業として、床や壁、天井、そして家具やら建具など、ふんだんに国産材を使用している。総量は477,32立方メートルになるそうだ。鉄骨・鉄筋コンクリートづくりの建築物としてはよく使った。
 
種類も、スギやヒノキだけでなく、トドマツ、エゾマツ、カラマツ、シラカバ、クロマツ……とかなり幅広い。全国の港区と協定を結んだ地域から集めたようだ。
 
港区は、金を持て余しているのか……と思わずにいられないほどであったが、その点は置いておいて、その木材の使い方、デザインはなかなかよい。
 
5 アトリウムだが、右の壁に注目。
よくある板をベタ張りしているのではなく、棒状に張っている。
 
 
9 天井。
こちらも板で密閉するような木材の使い方ではなく、板を縦に並べるという趣向。当然、その隙間から無機質の天井裏が見えるわけだが、それがなかなかよい。
 
10 3階の柵のような壁。
これも、あえてベタ張りしていない。
 
ほかにも壁なども、無機的なクロスの一角に木の棚がしつらえられてある。
無機素材と有機素材(木材)が上手くマッチングしている感じだ。手垢についた言葉で言えば、「おしゃれ」。
よく「木材を使いました~」と主張した建築物は、住宅にしろ公共建築にしろ、うんざりするほど木をこれでもか、と押しつけているが、あえてスカスカなのがいい。
 
手すりも木製……と思えたが、実は鉄製の手すりを木製カバーで包んでいるのであった。
もちろん使っている木は集成材。 
 
これもいい。私は、下手なデザインで使われる無垢材は嫌いなのである。無理に大径木を削って使っているのを見ると、センス悪いなあ、と思ってしまう。デザインは、もったりして変化が少ない。
 
だいたい無垢材を使うと、その裏で捨てる木材が山ほど出る。それこそもったいないし、環境破壊だと感じる。(まあ、集成材だって、張り合わせる過程で、莫大なかんな屑を出してしまうのだが。)
 
 
私の理想の木の使い方は、少量の木材を、高度な加工技術と素敵なデザインで使って、高付加価値にすることだ。そうして山元への還元を増やせば、山元もたくさん木を伐らなくても利益を得られる。
 
木をたくさん使うとコストが高くなりやすいが、少量ならそんなに総額を上げないだろう。
たとえば、この施設も無理に木造建築にしてたくさん国産材を使おうとしたら、それこそ莫大な金額となり、しかも使い勝手が悪くなりかねない。
 
日本の山は木が余っている? なに、木は伐らずに山に残せば、自然がいいようにしてくれる。人間が管理しなけりゃ、森は健全に育たないなんてのは思い上がりだ。病んだ森も、ほんの少し手を添えると時間が解決するだろう。
むしろ、下手に木を使おうと、木を伐る方が危険なのではないか。
 
……ともあれ、センスのよい港区(ヨイショ)は、それを実践してくれるよい顧客だと思う。
 
2  使われた全国の木の見本。

2015/02/18

3勝3敗1引き分け

昨日より今日まで、駆け足の東京行。

 
私が東京に行くときは、もちろん、多くの用事を詰め込む。今回も取材に打ち合わせに視察に表敬挨拶に逢い引き♡……まで、寸刻み?のスケジュールで動き回ったのだ。
 
で、その成果。
 
まず1発目からドカ~ンと大穴、大勝利。予想をはるかに越える良き展開。
が、2発目がひどいしっペ返し……。難しいとは思っていたがより悪き大惨敗。
3発目も、想定外の展開で思うようにならぬ惜敗。
4発目は、まあまあ?計画外だったのだが、悪くはない辛勝。
5発目も、なかなかよい展開。大きくは動かぬものの気持ちよく快勝。
6発目は、うむむ。最初は箸にも棒にもかからず……それを私の力業で押し戻したかな?
7発目。これは……悪天候のために不戦敗。
 
ざっとまとめると、3勝3敗1分けというところか。
 
今回の東京遠征。時間と労力と経費をかけた結果として見れば、よしとするか。
 
 
7 みなとパーク芝浦
 
東京と港区にできた施設。国産材たっぷり使った施設。
デザインと施工にこだわりを感じましたな。

2015/02/17

石造寺院

石造寺院
本日はなぜか築地。そして訪ねたのは築地本願寺。寺院といえば木造のイメージが強いが、インド様式の石造寺院は迫力ある。

言わずと知れた築地本願寺は大谷光瑞の建てた名建築だ。
私は、あえて堂内で木造部分を探したのだが…(笑)。

でもパイプオルガンの演奏を聴けたよ。

2015/02/16

弥生時代の木工

先日、奈良県立橿原考古学研究所付属博物館を覗いてきた。

 ゛
ここには、三角縁神獣鏡やら、土偶やら埴輪やら、金の冠やら、国宝の考古学資料も数多く展示されており、奈良県の隠れた名所。私は奈良国立博物館より、こちらの方が面白いと思っている。
 
さて、そんな展示の中で、ふと目に止まったのが弥生時代の木工。
 
上手く写真が撮れなかったのだが(だから、下記の写真は私が撮影したのではなくて、神が与えてくれたものである)、加工途中の木材を水漬けにして歪みを取る手法を紹介している。
 
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へえ、弥生時代にそんな技法がね。まだ鉄器……どころか金属さえなかった時代に。
 
どうして、水に木材をわざと漬けたものだと推定できたのか理由が書かれていないのだが。単に土砂に埋まっていた木器だということではないのかなあ。
 
ただ全体を通して、弥生時代、いや縄文時代にも、かなり高度な木材加工が行われていたと思える出土物が陳列されていたよ。本当に石器で加工したのだろうか。
 
思わず古代の超先進文明について考えちまったよ。

2015/02/15

林産物輸出実績(平成26年)

林野庁から平成26年の「林産物の輸出実績の集計が発表されている。

 
それによれば、「平成 26 年の林産物輸出総額は 219 億円で、前年の 158 億円から 61 億円の増(対前年比 139%)」と大幅な伸びを見せている。
 
Photo
 
 
 
ま、それはいいことなんだが……このデータを見ていて、イマイチ隔靴掻痒?なのは、すべて単位が金額、つまり輸出額を示していること。
実際の量、つまり木材なら木材の体積なり重量を示してくれていないことだ。だから、どんな木材が売れているのか中身がつかみづらい。
 
たとえばA材が伸びて輸出額を引き揚げているのか、BC材ばかりたくさん売れて全体を伸ばしたのか、を知りたいのだ。それに為替も示していないが、円のレートがいくらで輸出しているのだろう。輸出だから日本の統計の場合は気にしないでよいのかな。
 
なぜ量にこだわるかというと、木材輸出額が増えたとしても、純益が少ない安価な材だと、あまり山に還元されづらい。だいたいBC材は国内でも合板やバイオマス用などで取り合い状態で、品薄だ。
 
 
一応、こんな説明はついている。
 
主な品目別では、丸太が 69 億円(対前年比 220%)、製材が 32億円(同 118%)、合板が 14億円(同 132%)で、この上位 3 品目で全体の 65%を占めています。
 
ま、ほかにも表を見ると、建具や干しシイタケまで伸びているので、全体的に輸出が好調であることはわかるが。
 
 
それにしても、宮崎県(の相互造林)が、大規模な木材輸出に取り組んだのは2003年だった。それから10年余。ようやく軌道に乗り出したのだなあ。肝心の先駆者が姿を消したのは残念だが……。

2015/02/14

Y!ニュース「破綻確実?バイオマス発電所…」の裏側

Yahoo!ニュースに「破綻確実?バイオマス発電所の規模を見直せ 」を書きました。

 
内容的には、これまで下りに触れて書いてきたことを整理しつつ、スイスで見てきたことを加えたものなのだけど、なかなか反響が大きい。ということは、世間はまだまだ問題点を知らないということになるな。
 
でも、NHKの「クローズアップ現代」などマスコミでも取り上げ始めたし、林野庁も小規模施設を推し出すなど、そろそろ社会も動き出したようだ。
 
日経の記事
 
 
 
ちなみにゴミ焼却所で発電する案は、1999年に発行した『伐って燃やせば「森は守れる」 』で記したもので、結構古い。この本は、もう絶版だけどね。
 
ただゴミの分別を進めて「分ければ資源!」と謳っている人々にとっては、なんでも燃やしたら熱エネルギーになるやん、という私の主張は嫌われた(笑)。
ゴミの分別は、今やそれ自体が目的化してしまって、本当にそれが環境に貢献するのか怪しいのだが…。
 
 
なお、この記事は、Yahoo!ニュースの「科学」にもリンクを張られ紹介された。
「見直し必要?バイオマス発電所」

2015/02/13

「吉野の会」で土倉翁の宣伝

本日は、「吉野の会」で土倉翁について話す機会をいただいた。

 
この会は、吉野地域に関心のある人の集まりであるが、地元の教育委員会に所属するなど、全体に専門職(とくに歴史系)が多い。
そこで少し時間をいただいて、来年の土倉翁百回忌と、それに連動させる企画を現在考えていることを紹介。協力をお願いした。
 
そこで配ったレジュメ。20分で作成したいい加減なものだが……。
 
Img001
年譜はともかく、下段に記したのは、土倉翁をアピールできそうなネタ。また今後の研究調査課題にする可能性のあるものだ。
 
とくかく、あと1年ないのだから、全部はできない。そこで今は一つに絞り込んで、1年未満でとりあえずの結果を出して、百回忌の際に発表できるものを選ばないといけない。(もちろん、百回忌にこだわらず例年取り組んでいく手もあるが。)
 
さて、どれがいいかなあ。
 
大滝で酪農というのも面白いし、養蚕だって、奈良ではもっとも早いスタートだ。
土倉道調査は急がず数年かけて取り組みたいとも思う。
また、川上村内の各家庭に残されているはずの土倉家の遺物調査はぜひやりたいね。数が集まれば展示会も開けるし。
 
なお専門的な調査が必要になったら、吉野の会のメンバーにもご協力願うことになりそうだ。
 

2015/02/12

毎日新聞の源流は土倉庄三郎にあり

本日の毎日新聞東京本社版と北海道版は、5万号を記録したそうだ。

 
それで私も確認してみたら、大阪版は4万7581号であった。
なるほど、東京版は東京日日新聞(1872年3月29日創刊)からの号数を引き継いでいるのだ。発行元は、日報社である。
 
一方で大阪版は、1882年創刊の日本立憲政党新聞を起源とする。それが85年に大阪日報、88年に大阪毎日新聞へと改名(正確には、少し複雑な経緯がある)する。この会社が、1911年に日報社を買収した。つまり東京日日新聞を傘下に納めたわけである。
 
だから経営的な系譜で言えば大阪なのだが、古さでは東京日日新聞なのである。東京・大阪で違っていた紙名を同じ「毎日新聞」にしたのは、1943年のことだという。
 
さて、こんな毎日新聞史をなぜここに記すかというと、現在の毎日新聞の源流となった日本立憲政党新聞を創刊する際に、吉野の山林王・土倉庄三郎が大きな役割を果たしているからだ。
 
 
1880年代、日本は自由民権運動のうねりが広がっていた。土倉庄三郎も弟たちと運動に邁進し、自由懇親会を開催している。そして板垣退助や中島信行ら自由党の幹部らが近畿を遊説して回る。庄三郎はそれに同行したという。
この際、中島らは政党新聞創刊の必要性を熱心に説いたそうだ。
 
そして自由党の近畿別動隊として結成された日本立憲政党は、日本立憲政党新聞を創刊したのだ。これは1876年に創刊された大阪日報社を買収したものだ。(ただし大阪日報そのものは残して休刊とし、立憲政党新聞を新創刊している。この当たり、非常にややこしいが、政府の弾圧を逃れるためであった。政党新聞が発行停止になった際、大阪日報に切り換えて発行を続けた。)その資金として庄三郎は3000円を拠出したという。今なら数千万円だろう。
形の上は借用だったらしく、礼状が残されている。
 
もっとも、その後も出資し続けるから、実質的に大半をだしたのが庄三郎なのである。本人は「5万円まで出せる」といったとか。岐阜日日紙は、土倉庄三郎が6万円出したという記事を載せている。
 
ほかにも吉野の富豪はも多く出したそうだ奈良では、北部より南部の吉野に熱心な人が多かった。そのため「自由民権運動の台所は大和にあり」と言われるほどだったのである。
 
この時代の新聞事情を追いかけると、政府の弾圧に耐えつつ、つぶされてはつくり、創刊しては発行停止を繰り返しながら論陣を張っている。そして実業家も敢然と立ち上がっていた。今の新聞にそれだけの気概があるだろうか……。
 
ともあれ、今につながる毎日新聞の源流の一つは、土倉庄三郎が事実上スポンサーであり、吉野林業の資金力がバックにあったことは、チラリとでも知っておいてほしい。
 
 
 
 

2015/02/11

バーク堆肥の表示

 ホームセンターで見かけたバーク肥料の表示に目を奪われた。
 
001
 
いかがだろう? わかるかな……。
 
私が目を止めたのは、その説明文に幾度も繰り返し書かれている「繊維(リグニン)」という文字だ。 一瞬、何かの勘違いかと思った。
 
繊維はファイバーだろう。もう少し分解すればセルロースとヘミセルロースである。一方、リグニンとは、繊維質をつなぐ高分子化合物である。化学用語を使うならフェノール性化合物というべきか。ベンゼン核を持つ3次元構造の複雑な幾種類もの化合物である。構造式は複雑すぎて、今もはっきりしていないはずだ。
 
樹木の木質部を説明するのによく例えられるのは、コンクリートだ。鉄筋を砕石まじりのセメントで固めた状態である。つまり、長い繊維のセルロースと短い繊維のヘミセルロースが、リグニンによって固められているのが、コンクリートとよく似ているというわけ。
 
 
ま、小難しいことは置いておいて、ようするに繊維とリグニンはまったく別物のはず。私の理解は間違っていただろうか……。ま、バーク(樹皮)は、セルロースまで分解前の状態で、正確にはリグニンも含んでいるかもしれないが。
 
それにしても繊維あるいはリグニンが、地力を増加させるのか。そもそもバーク堆肥の役割は、土壌の物性をよくするためで栄養素ではなかったはずだが。 (不思議と、リンやカリ、窒素……という表示があるのだが、これはどこに含まれているのだろうか。化学肥料を添加しているという声もあるが。)
 
 
先日も、造園業界のいい加減さの話を聞いたばかり。
 
樹木の生育のことどころか、名前もあやふやな庭師が多いのだという。なぜ弱っているのか、どうしたら花が咲くのか、と聞かれても答えられない。だから、施主に話しかけられるのを嫌がるとか……。
 
ま、みんなが植物が好きで望んで造園の仕事についたわけでもなく、また堆肥の勉強して商売しているわけでもないということか。
 
 
誰もが自ら望む職に就けるわけではない。しかし、いいのか、これで。商品にいい加減な表示したって誰も気づかない?
 
私だって、土壌ジャーナリストになるために、ホームセンターで土や堆肥を見て勉強しようとしていたのに……。

2015/02/10

林野庁は小型バイオマス発電を推し?

先の木材産業シンポジウム。林野庁の沖次長の言葉を紹介したが、一つ忘れていた点があった。

 
当然のようにバイオマス発電についても触れたのだが、そこで資料に紹介された発電施設の一覧(会津若松市(福島)、日田市(大分)、宮古市(岩手)、松阪市(三重)、瑞穂市(岐阜)……の中で特に説明したのが、長野市であった。
 
長野森林資源利用協同組合の行うバイオマス発電所である。
 
ここが他の施設と何が違うのか。それは、発電出力が2800kwと、他の半分以下であることだ。(他は5700kw以上ばかり。) 一般に5000kw以上ないと発電施設として採算が合わないとされるので、これは小規模扱いなのだろう。
そして、この施設は発電だけでなく熱利用もするらしい。……具体的な熱利用の方法は紹介しなかったが。
 
おや、林野庁も小規模バイオマス発電(プラス熱利用)に眼を向けだしたのか、と感心していたのだ。
 
すでにドイツなどもバイオマス発電は小規模へとシフトを始めている。日本の計画も、実際のところ国産未利用材にこだわれば、5000kw以上の大規模施設は、まず間違いなく数年で破綻するだろう。
 
 
そんな時に別件で教わったのが、こんなデータである。
 
 
内容的には、木質バイオマス発電の基礎的な認識と、原料調達で集材範囲の競合を避けるために小型化が必要という理屈だ。そして「小規模な木質バイオマス発電に期待される効果」などを説明している。
ただし、熱利用については触れていない。あくまで発電一本槍だが、それでいかに採算を合わすのか?
 
これ、1月28日発表だから、沖次長もこの件を念頭に話したのだろう。
 
 
……しかし不思議なのは、経済産業省のサイトにあるんだよ??? 経済産業省の審議会の項目の「調達価格算定委員会」の17回会議の資料の中だ。……発表は農林水産省だけど(^^;)。
 
一応、林野庁や農水省のサイトの中でも探してみたが、見つからなかった。。。
 
 
なお、私自身は2800kwでは小規模とは言えないと思う。ニーズは500kw前後だろう。せいぜい1000kwまでではないか。さもないと、原料調達に支障をきたす。2000kwを越えたら連結も大変だし。同時に熱利用を考えても、出力が大きければ熱量も多くなり、使い道があるのか怪しい。
 
さて、バイオマス発電の道は、どこへ続く道?
 
 

2015/02/09

宝山寺の「古道」

私がいつもお参りしている宝山寺。

 
奥の院の奥に足を運んだ。そこに見かけたのは、謎の階段とモノレール。
 
1
 
何のために? この上に何か建設するのだろうか。そこにいた建設関係者に声をかけたが、口を濁して何も語ろうとしなかった。
 
怪しい。
 
そこで階段を登って行く。階段が終わった先に伸びるモノレールに沿って登るが、それも途切れる。まだ建設途上のようだが、この上に何か建設しようとしているようだが。
 
秘密基地か?
 
それにしては、私が登るのに何も反対しなかったし(^^;)。
 
 
 
ところで、ここまで登ってしまったのである。引き下がるのもシャクだ。(謎)
 
そこで、そのまま森の中に分け入る。ブッシュではあるが、相変わらずイノシシの足跡だらけで獣道はある。
 
が、意外と地形は複雑で、進む方向を右往左往する。
ここはどこ? どこに向かうの? 私は……。 
 
そのうち、導かれるように谷に下りた。そこが通りやすい。なんか地形が人を呼び込んでいる。人為的な感じがするのだ。
 
9 これは自然地形か、人為の名残か。
 
 
そして、こんなものを発見。
 
8  これ、井戸なのだ。深いのだ。
 
この水を汲んでいた? ここに人が住んでいたのか? 
 
さらに進むと、何か見えてきた。
 
1_2  ありゃ、石段とお堂が。
 
この石段の下、つまり私の立っているところは、完全に森の中なのだが。
 
お堂は、経塚だった。中興開山の祖・湛海律師の功績を讃えて建立されたものである。
生駒山の頂上近い尾根にある宝山寺の一部だ。
 
今なら尾根を走るスカイラインから訪問するのだが、森の中に本来の参道があったのだろう。つまり私が登ってきた谷筋は、消えてしまった古道だったのかもしれない。
 
今は深い森に見えても、かつては賑やかな参道だったのかと思うと、ふとタイムスリップしたような気がした。
 

2015/02/08

木材産業シンポの「言葉」

昨日の続き。

 

大阪の木材産業シンポジウム(大阪商工会議所主催)の本筋である。

 
出演者は、基調講演&パネルディスカッションのMCに井上雅文・東大教授、沖修司林野庁次長。ほかにパネラーとして大阪府の副知事大阪府木材連合会会長、和紙の布の社長など。
 
 
シンポの内容は想定内で、そんなに目新しいことが聞けたわけではなかった。というより、これは初心者向きなのだろう。木材産業にもっと力を入れましょう、という呼びかけなのだから。
実際、参加者も木材関連企業の人は少なかったと思う。
 
 
それでも、聞いた中からちょっと記憶に残った言葉を抜粋。 あくまで私個人の感覚で面白かった言葉である。他意はないのだよ(^^;)。
 
まず、「東京五輪に抜けて」と語る井上氏の講演なんだが、木材の良さ・大切さをよく説明された。でも、それって「木材」であって、「国産材」じゃないのよね? 
しかも五輪に使われるのは基本、森林認証された木材でなければいけないでしょ。今のままだと、いくら木材を使おうと呼びかけても、結果的に使われるのは外材になるのでは? だって国産の認証材は少なすぎて対応できない。
 
そう心の中で毒づいていたら、さすがにパネルディスカッションの最後に井上氏は「認証材」のことに触れた。この点を無視したら、単なる夢物語のアジテーションになってしまう。
 
が、その後が傑作だった。
 
副知事が手を挙げて「認証材って何ですか?」
 
私は心の中で爆笑\(^o^)/した。
 
そうだよな、おそらくパネラーだけでなくくシンポの参加者でも森林認証について知っている人は少数派だ。木材業界の人だって、あまり知らない。ある程度「聞いたことがある」という人も、もしかして産地認証、品質認証、そして合法木材などと混乱している人も多いのではないか。
 
井上氏も、「大阪の木材関係者に森林認証の話をしたら、『それ取ったら、いくら儲かりまんねん』と言われた」と語った。
儲かるんじゃなくて、お金払って取得するもんなんだけど。でも、そのうち取得しなければ商売できなくなるだろう。認証が、いわばビジネスのパスポートになりつつあることを業界人が知らないのだ……。
 
 
次に沖次長の講演内の言葉。繰り返すが、私が個人的趣味で面白かった部分である。
 
レジュメの「新たな木材需要の創出」の中にある「CLTなどの開発・普及……」という言葉を取り上げ、
「CLT等、です。CLTだけではないです」。
 
この言葉の裏を私は知りたい(笑)。もちろんLVLも合板も大規模集成材もあるけどさ。
 
CLTの建物について。
 
「建ってから見に行っても、木造とはわかりません。建てる最中に行かないと」。
 
いや、そのとおり。
 
銀座に建てられた木造5階建てのビルについて。
 
「1階がRCで、上はツーバイフォーです。見た目は木造とわかりませんね」。
 
いや、とおり(^0^)。
 
 
今後の林業の未来像について。
 
「耕作放棄地や消滅自治体などが出てくるだろうが、そうした平地に森づくりを行えば平地林業ができる」
 
そうそう、平地とは言い過ぎと思うが、私も提唱している里山林業こそが今後重要ですよ。なんたって人里に近く、傾斜もなだらか、道も整備されているし。
 
「山ごとの売買も増えている。自前で山を持って、安定した森林資源を経営していこうという動きがある」
 
中国木材など製材系メーカーも乗り気ですからなあ。私は、これに投資ファンドをかませたいと思っているのだけど。金融資産として森林に眼を向けてほしい。
 
 
ほかに木材連合会会長は「木材産業は産業でなく家業レベル」
 
副知事「大阪では、林業と緑は一緒ではなく職員も交わらなかった」
 
……などの言葉が面白かった。いや、個人的趣味ですよ。 
 
 
ちょっとオマケ。
 
009 出展されていた球磨の芯去り製材。
 
丸太ごと熱処理して乾燥させるのだそう。割れにくいので、1本の丸太から2枚の芯去材が取れる。(SSDプロジェクト)
 
こんな大径木材が今後、どんどん出てくるだろう。おそらく直径40~50センチ級。その利用法を考えることは、大きなテーマだな。
 
 
 

2015/02/07

木糸は製糸か製紙か

昨日、大阪で開かれた木材産業シンポジウムに顔を出した。

 
大阪商工会議所が主催とあって、林野庁次長も基調講演するという内容なのだが、それについては改めて。
 
私の興味は、実は別にあった。
 
これである。
 
004
 
荒い糸、あるいは紐のように見えるが、これこそ「木糸」(もくいと)である。
 
木糸については以前より聞いていたが、実物をまだ見たことがなかったので、見てみたいというのがシンポに参加した最大の動機だ(⌒ー⌒)。
 
実は、これを開発した株式会社和紙の布の阿部正登社長がシンポジウムのパネリストの一人なので、きっと展示されるだろうと考えたのである。
木糸を簡単に説明すると、スギやヒノキをチップ・そしてパルプ化して繊維を取り出し、それに綿と半々に混ぜて和紙のように漉く。それを細く切って縒り合わせることで糸をつくるのである。それを製織することで布にするわけだ。(正確には木質繊維を使うわけだし、機械漉きでもあるので、「和紙」とは違う。)
 
 
これは平成25年度の間伐・間伐材利用コンクールの林野庁長官賞を授賞している。
 
引っ張ってみると、1本の糸としては、わりと簡単に切れる。そんなにテンションに強くないようだ。が、布になると、なかなかの強度があるし、感触が穏やかで素敵だ。漂白していないそうだが、なんともよい薄いベージュの
 
005
 
説明文によると、紫外線遮蔽率が高く、調湿性もあり、毛羽立ちが少ない……などの特徴があるという。
もちろん布だからアパレル系のファッションにも使えるが、私はクロスとして壁紙利用の方が将来性があるように思えた。建設・インテリア分野の方が量も出るのではないか。
 
改めて目の前で見ると面白いよ。
 
以前、ツキ板をクロスにする企画を目にしたが、こちらの方が現実的な商品になりそうな気がする。無理に木の壁を張らなくても、この「もくいとクロス」でかなり自然素材としての風合いのある内装になるのではないか。
 
また製造には、製紙会社も参入できるだろう。 自然素材の布は、主にシルク、綿、ウールといったところだが、第4の素材になり得る。かつて日本は生糸と綿で繊維産業が興隆していたが、木糸で復活なるか?
 
ちなみに、これは製糸なのか製紙なのか……。
 

2015/02/06

「スミセイ ベストブック」書評

住友生命の発行する「スミセイ ベストブック」に、拙著『森と日本人の1500年』の書評が掲載された。

 
それが……。3ページに渡る大部なもの\(^o^)/。
 
Img003 B5版60頁ほどの冊子である。
 
これを全部ここに掲載すると、本の中身がバレてしまうので最初のページのみにしておこうか。ま、そんな小さいこと言わないでおこう(^^;)。
 
Img001   Img002
 
やっばり感謝であるな。

2015/02/05

春日大社に使われる檜皮

今夜は、川上村で土倉翁のことを話に行く。
またもや大雪予報が出ているが……。
 
さて、今晩話すのは、「土倉翁と教育」についてだが、その内容はまたの機会にして、ちょっと気になる情報を。
 

現在、春日大社では、20年に一度の式年造替(ぞうたい)が行われている。そこで檜皮が大量に必要で、私も奉納したことを昨年(11月17日)伝えた。そして、この檜皮は、どこから調達したのだろうと記した。

 
そのことについて記事が載っていた。
 
それによると、奈良公園の奥の花山(春日山原始林の奥、裏手と思い描いてください)なんだそう。ここに生える樹齢100年超えのヒノキから檜皮を剥いているというのだ。そこに紹介されていたのは、樹齢106年高さ25メートルのヒノキだった。
これまでに266本のヒノキから1346キロの檜皮を採ったそうである。
 
1_3 春日大社に寄進された檜皮
 
 
もちろん、この山の木だけでは、到底足りないだろうが、奈良県としても県内調達を目指しているわけだ。
 
 
さて、花山と言えば、土倉庄三郎が奈良公園改良計画に沿って植林した地域である。荒れた山に吉野の美林と同じものをつくって、見本林にするとともに奈良公園の運営資金をつくろうという計画だった。
主に芳山と花山に植林したが、とくに花山は庄三郎自ら指導した山なのである。 
 
 
それが100年以上前……。奈良公園改良計画は、だいたい1900年代に行われたから、当時植えられたスギやヒノキは、樹齢で110年前後だろう。とくにヒノキはスギに先んじて植えられたらしい。
 
ということは?  
 
今、檜皮を採ったヒノキは、土倉翁が植えた可能性がある、というか強い。もちろん植林は何年もかけて行うものであり、個々の木の素性とともかく、土倉翁の植林地と言ってもよいのではないか。
 
花山は、昭和40年代に伐採されたという。ただ私も全部の木を伐ったとは思えなかったので、多少は残っているのてはないか、それを探しにいけないか、とは考えていた。
それを檜皮採取という理由であっても存在していることが示されたのだ。
 
よし、そのうち見学に行こうかなあ。
 
 
来年は式年造替に加えて土倉翁百回忌である。両者を結びつけた企画も可能ではないか。
 

2015/02/04

茶筅の里の風物詩

たまには、ほんわか地元の風物詩でも。

 
生駒市は、茶道で使われる茶筅の約9割を生産しているという。それも高山という地区だけで造られているので、この地域を「茶筅の里」とも呼ぶ。
 
まあ、茶筅の需要がそんなに多くないうえに高度な製造技術が必要だからだろうが、それでも竹製品の一大生産地であることには違いない。
 
そして冬の風物詩が、竹を干す風景。
寒風の中、刈り取り後の田んぼに、青竹を干して渋を抜くのだそうだ。
 
003
 
005 こんな長い竹もある。
 
伝統工芸の指定を受けているが、一子相伝だそう。でも若手が多く後継者の心配は今のところない。日本に茶道がある限り、需要も途切れないのだろうな。

2015/02/03

森林組合の不正問題

先日の丹波で、お会いした人がいる。
 
彼は、かつて和歌山県本宮町森林組合に緑の雇用で勤めていたという。そして、いきなりの首切りにあって、裁判などで争った経験者だ。
 
この件については、私もブログに記していた。ようは作業員の大半、それも緑の雇用のような新規雇用者ばかりを首切りした事件である。
 
森林組合の闇」 2011年6月であった。
この当事者だったのだ。
それは大変だったろう……と労うなかで、この事件のトンデモナイ真相を聞いてしまった。
 
ようするに経営悪化による首切りではなく、理事の組合資金の詐取事件だったらしい。作業班を切り捨てアウトソーシングするという理由づけで、出資した金をいただく……というわけだ。しかし、この理事、まだ捕まっていないらしい。
もっとも理事だけの責任に矮小化してはダメで、その計画に乗って首切りしたほかの組合長に理事・参事はどうなってるんだ?
 
当初は組合の経営の無能さが問題かと思ったものの、どうも遵法精神からして問題だったわけだ。
 
なんともありそうな話。実際、ほかにも違法行為をしている組合の話はいくらでもある。とくに緑の雇用は「儲かる」はずだったのに、保険や年金をこっそりカットしたり、幽霊雇用したり。。。

ちょうど最近発覚したのは、長野県の大北森林組合が作業道整備と間伐造林の県の補助事業で、少なくとも補助金約2億2190万円を不正受給していた事件が明るみになったばかり。

県が無理な案件を押しつけるからだ、という擁護論も出ているが。。そりゃ、責任転化でしょ。2億円以上受け取って、渋々やったというなよ。

 

こうした場合、たいてい犠牲者はIターン者なんだよね。。。政府にいためつけられる地方という構図だけでは割り切れない。

今年も森林の仕事ガイダンスで緑の雇用を募集しているわけだが、本当に大丈夫?

2015/02/02

「イスラム国」に赴く気持ちは…私の東チモール潜入体験

ジャーナリストの後藤健二さんが「イスラム国」で殺された件について、マスコミもネットも沸騰している。後藤氏について、「イスラム国」について、人質になったこと、政府の対応、中近東情勢、イスラム教……みんなが、それぞれの意見を開陳している。

 
もちろん私も、思うところはいっぱいある。「開陳」したい気持ちもある。
 
だが、ここでは止めておこう。とはいえ、まるで興味ないようにスルーするのもシャク……というか、そのように思われることが悔しい。
 
 
そこで思い出話。今回の事件で甦った記憶である。
 
私は戦場に行ったことはない。安全第一主義なんで。そもそも、専門分野が違うし。
 
ただ独立前の、つまりインドネシア占領下の東チモールを目指したことはある。
 
なぜか。何より、謎だったから。
 
1970年代後半の国際的な関心時は、カンボジア情勢だった。ヘン・サムリン軍がポルポト政権をタイ国境に追放し難民を続出させていた。その時期に、カンボジアより多くの虐殺が行われ、多くの難民を出している島がある、として紹介されていたのがチモール島だったのだ。
スハルト政権下のインドネシアが、当時はポルトガル領で独立間近だった東チモールを軍事的に併合したことで抵抗運動が起きていたのだ。一方で掃討作戦も相当な規模で行われ、数万人と言われる多くの犠牲を出したという。
ただし、ほとんど情報はもれていなかった。島国ゆえ閉鎖されていたからだ。もちろん、当時はネットもない。
 
それで、潜入してやれ、と思った。知りたい。それが原動力だ。
 
実行に移したのは、1986年。まずバリ島に渡る。そしてまずは西チモールに行く計画だった。ところが歴史的にインドネシア領である西チモールでさえ外国人立入禁止。それでもあの手この手で潜り込み、一路、国境の街アタンブアに向かう……。いよいよ東チモールは目前だ。
 
が、町についてすぐ、軍隊の事務所に連行された(泣)。。。。
 
尋問を受ける際の頭の隅がチリチリする緊張感。オーストラリアのジャーナリストが3人殺されたそうだ、という情報が甦る。この島の情報は、国際的には完璧に閉鎖されており、何が起きても隠蔽できるはず。
 
拘留か。国外追放か。それとも……。
 
一つ幸運だったことは、尋問する軍人は英語が堪能ではなかったことだ。そして私のインドネシア語も極めていい加減。かくして意思疎通は難航した。インドネシア語の辞書を使いながらの会話である。
 
それでも難局を打開するには、笑いを取らねば。
 
いかにくだらんことを言うか。笑わせればきっと助かるぞ。まずは仲良くなることだ。
 
いろいろ下らない話をしたと思う。
銃を一度見てみたかったんだ。私は手を後ろに回しておくから見せてくれ。と頼んでみたり。
 
軍人はズボンがほしいと言ったので、私のズボンをあげたら、下半身裸で帰らなくてはならないと手振り身振りで訴え大袈裟なアクションしてみたり。。。
 
私はバリ島観光のついでに寄った観光客なのですよ。とアホになりきらねばならない。一世一代の演技である。決して本当のアホではない(と思う)。
 
 
……ま、なんだかんだとあったが、なんとか翌朝の追放となった。よかった。
 
で、その夜から翌日にいろいろと街を回り、いろいろな出来事を経て、十分町を見学してから引き返すのだが、真っ直ぐチモール島を出たわけではない。そこから西チモール内にある東チモールの飛び地オクシをめざすのだ。こちらなら、警戒がゆるくて潜入可能ではないか。。。
 
またドタバタしたが、結局「潜入」してしまった。
 
7 国境(当時はインドネシア州境)。この奥が東チモール。
 
ついに東チモールに入った!
 
2
 
1  3
(写真はオクシの街。看板に「東チモール」と書かれている。)
 
ところが、入ったレストランに軍人がいた。
私を見ると、すぐに外国人と見抜いたのだろう、有無を言わさず同じテーブルに座らされて、尋問が始まった……。しかも、今度は高級官で英語も上手い。くらくらした。言い逃れできるか?
 
 
 
なんとか帰国できたのは、インドネシア軍人のある意味いい加減さ……もとい優しさゆえである。
でも、尋問受けながら、テーブルの下でカメラから撮影済みのフィルム抜いて、新しいフィルムに入れ換えるのはスリルがあった。もちろん「新しい」フィルムは没収されたけれどね。
残念ながら、その後はほとんど撮影できなかったのだが。
 
 
……安全第一主義の私としては、こんな取材は誰にもお勧めしない。ただ、当時の思いは忘れたくない。
 
 
ジャーナリストが戦場をめざすのは、一つにはそこで起きている戦乱と悲劇を世に伝えたいという使命感があるだろう。スクープ取れば自らのステータスが上がるという功名心も潜んでいるだろう。が、根本には、「知りたい」という思いがあるはずである。
 
そこに未知があれば。そこに謎があれば、知りたい。現場を見たい。
 
そういう思いに憑かれて行動を起こすのだ。おそらく後藤さんも……。
 
もし、今回の「イスラム国」の所業で萎縮することがあってはジャーナリストは務まらないだろう。
 
 
幸い、東チモール(現在は東ティモールと表記する)は、21世紀最初の独立国となった。今は多くの日本人が訪れているはずだ。私も、もうインドネシアのレッドリストから外れたと思うが、まだ訪れていない。いつか、ちゃんと土を踏みたい。
 
※私のチモール体験に関しては、『チモール 知られざる虐殺の島』参照のこと。
 

2015/02/01

ホワイトアウト

真っ白に燃え尽きました……。

 
昨日から丹波に木材コーディネーター養成講座の講師として2日間みっちりとやってきました。18人分のプレゼン聞き取り。講演。ワークショップ。講評。終わったときは頭の中が真っ白になっていた。。。
 
いえ、楽しかったのですよ。某女史にハグされたし(笑)。。。。それかよ……。
もちろん夜は宴会。おかげで久々にブログもお休み。
それに持ち込んだ拙著も売り切ったし、サインもしたし。。。。それもか……。
もっとも燃え尽きた頭では、粋なこと書けませんでしたm(__)m。ここがイチバンの反省ポイントだわ。もう一度書き直したい。。。 
 
 
もっともタイトルのホワイトアウトは、私の頭の中のこと(だけ)ではありません。
 
昨日早朝、家を出たときは、たまに雪は舞ったのだけど、空を見上げると青空。陽差しも射していた。天気予報では日本海側に大雪の予報が出ていたものの、丹波は日本海側に入らないだろう、しかも短時間で降り止むらしい。
 ゛
といわうけで、ノーマルタイヤの自家用車で出発。高速道路も空いていて、快適に丹波篠山を通過。これなら予定より20~30分は早くつくんじゃないか。
 
が、にわかに雲が天空を覆い、猛烈な雪が。。。
何、あと20キロほどだから雪が積もる前に着くさ。。それに丹波だし。日本海側の但馬じゃないし。。。
 
 
が,あっと言う間に道路は白くなる。それどころか前方が見えなくなる。ワイパーがきしる。高思わず車内でフロントガラスを拭う。高速道路上でホワイトアウト? 
頭の中でキーキー悲鳴を上げながら走る。片道1車線の高速道路で止まれないだろ。のろのろ運転になるが、スタッドレスタイヤ仕様の車が抜かしたがる。ま、前を走って轍を付けてくれ。
 
しかし、ずっと下り坂。もはやブレーキを踏んだらスピンしそうな状態。それでも真っ白い世界を浮かぶように走り青垣インターまでたどりつきました。
ホッとして下ると、そこで車体は制御不能に(-_-)。。。
ドロ雪なんだもの。
 
結局、車は近くの道の駅に停めて、迎えに来てもらうことに。あと数キロなのに。
ここで体力の大半を使い切ったような気がする。かくして2日間で頭も身体もホワイトアウト化したのさ。
 
 
(今日は、雪は降っていたもの積雪は全部解けていて、問題なく帰りつけました。)
 

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森と林業と田舎