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2015/03/12

震災後の街

東日本大震災4周年から一夜明けた今日、私が訪れたのは神戸だった。

 
何も震災を意図したわけではなく、たまたま神戸市東灘区に取材先があったから。
 
取材後に少し歩いたのだが、取材先からほんの数分のところに私の友人の家がある。別に寄るつもりはなかった(だいたい昼間から友人は家にいない)が、ぶらぶらと近在を歩く。
そして思い出した。
 
20年前。阪神淡路大震災の時、私はこの街を訪れている。もちろん交通が途絶しているから原付バイクで吹田(北大阪)から延々走ってきたのだ。そして見た街の風景は……平面だった。
 
その地域は、完全な住宅地で、しかも古い一戸建て住宅の並ぶ「閑静な住宅地」である。
だが、友人の住む地区全体がへしゃげて、家はことごとく倒壊していた。何丁目だか忘れたが、友人の家のある地域で立っているのは2軒だけだった。
 
それは、1軒は鉄筋コンクリートの家(低層マンション?)。そして友人の家である。
なぜ゛友人の家が潰れなかったのか。それは震災の2年前に建て替えたからだ。ツーバイフォー構法の家に。
 
おそらく潰れた家は、ほぼ戦前から昭和30~40年代に建築された在来工法の木造住宅だった。それが2階建ても平屋も、見事に潰れていたのを目の当たりにした。
いかに木造住宅が地震に弱いか、誰もが感じたのではないか。
 
もちろん後々の調査からは、それは古い在来構法の家は耐震構造になっていないからであって、建築基準法が改正された以降の新築や、逆に寺院建築のような伝統構法は強かった……などと説明されている。
しかし、現実に自宅が潰れたら、とても木造に住む気になれなかったのではないか。あるいは見事に生き残ったツーバイフォーやパネル構法の建築法に流れたのかもしれない。
 
 
さて、本日歩いた街は、完全に復興していた。
住宅が潰れて空が広く見えた地域も、再び家が建ち並んでいる。
 
1 こんな具合に。
 
……マンションもあれば一戸建てもあるが、みんな鉄筋コンクリートだ。在来の木造住宅はほとんど目にしなかった。
 
阪神大震災後、新築では木造住宅が激減したと言われる。「木造は地震に弱い」と言われ続けた。
しかし、そのおかげで逆に木構造に関心を持つ建築家が現れた。そして耐震を強めた木造建築が提案されるようになった。建築基準法も改定された。
さらに国産材・地域材をもっと使おうという運動も起き、しばしの時を置いて再び木造への回帰が始まったような気がする。
 
幸い? 東日本大震災では、地震で住宅が潰れた例はさほど多くなかったものの、被害の多くは津波が引き起こした。一方で仮設住宅も、木造で建てられたところが多い。復興住宅の構法はどうなっているのか詳しくは知らないが、木造住宅忌避は起きなかったのではないか。
おかげで木造を見直す契機にもなっている。
 
 
震災が街をどのように変えるか、長いスパンで見守りたい。
 
 
 

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