無料ブログはココログ

本の紹介

« 水木しげると鳥取砂場 | トップページ | 橿原神宮の鳥居 »

2015/05/20

藤原宮跡にて

鳥取が間に入ってしまったが、先週は藤原宮跡に行っていたのだった(^o^)。

 
藤原京は、平城京に先立って建設された日本で最初(西歴690年)の条里制の都だ。十数年しか存在しなかった(すぐに平城京へ遷都)が、最近の調査では、どうも規模は5キロ四方あり、平城京どころか平安京より大きな規模だったと見込まれている。チョー広い宮が建設されたのだ。
 
今、この藤原京と飛鳥京の遺跡を世界遺産にしようと運動が行われているが……。
 
 
3
 
赤い円柱は、遺跡の柱跡。これは朝堂跡だったかな。巨大建築物が並んでいたのだ。
 
 
橿原市の藤原京資料室には、こんな展示があった。
 
1
 
遺跡から発掘された柱の根元部分か。これでも直径50センチくらいはある。ちゃんとホゾ穴が刻んであるから、礎石に立てたものではないかもしれない。
 
 
 
この建設に必要は木材は、滋賀県の田上山から運んだらしい。これがまた、とんでもなく遠くて、しかも陸路を使わねばならないルート。よくぞ運んだ。建設はたった4年で終えたというのだが、本当に全資材を運べたのか。
平城遷都した理由の一つに、川から遠くて運輸がままならなかったせいではないか、とも言われている。
 
もっとも、平城京も木津川から丘一つ越えないといけないので、決して便利なわけではないが。。。だから恭仁京(木津川沿い)への遷都計画もあったわけである。
 
結果的に、70年後に長岡京、そして平安京に引っ越すわけだ。
 
木材の運搬しやすさ(ひいては、物流全般の便利度)は、都を移させる条件になるかもしれない。

« 水木しげると鳥取砂場 | トップページ | 橿原神宮の鳥居 »

木製品・木造建築」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/36391/61618500

この記事へのトラックバック一覧です: 藤原宮跡にて:

« 水木しげると鳥取砂場 | トップページ | 橿原神宮の鳥居 »

2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            

森と林業と田舎