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2015年8月

2015/08/31

Yahoo!ニュース「日本は木材輸出国になった!」書いた裏側

Yahoo!ニュースに「日本は木材輸出国になった!」を執筆しました。

 
いうまでもなく、2日前、つまり29日に本ブログに書いた内容とほぼ同じである。
ただ先に書いたのは、現場を見た印象録。(文章のほとんどは、28日夜にフェリーの中で書いていた。)
 
改めて、日本の木材輸出の現状はどんなものか確認してみたところ、なかなか面白いのでその点を詳しく書いてYahoo!にアップしたのである。
 
 
この記事では、最後を「今後の推移を期待と不安をもって」と記した。
 
実際は不安の方が大きい。
いつまで輸出ができるのか。輸出をし続けた結果、何が起こるのか。。。
 
昨年度の輸出総額は178億円。輸出材積は51万8239立方メートル。単純に割算すると、1立方メートル3万4347円。これが輸出額だから、山元に落ちる金額はいくらぐらいだろうか。土場で見るか、市場で見るかとか、途中マージンがどれぐらいなのか見当がつかないのだが……。まさか10分の1にならないよな。。。
 
詳しい人、教えてください。
 
23

2015/08/30

ブックオフで自著を見つけた

ブックオフで自著を見つけた。

 
日本の森はなぜ危機なのか 』である。出版は2002年だから13年も前だ。
 
通常、このような事態は寂しい思いをするのである(^^;)。自分が精根傾けて執筆した著書が、一度は買われたのに手放され、転売されているのを目にしたわけだから。
 
でも考え直すと、最初に買った人は読んでくれたわけだし、ブックオフで価格が安くなったら別の人が買う気になるかもしれない、そうしたら読者が増える、とも言えるわけだ。
とくに今回は、もう通常の書店では並んでいない絶版状態の作品だし。
 
もちろん、これが贈呈本だったら話は別( ̄ー ̄)。サインまでしたものが売りに出されたら辛く寂しいのだが……。
 
 
さて、今回はちょっとした別の発見。
蔵書印があったのである。
 
003  盗み取りv(^0^)。
 
この蔵書はなんと読むのかな。隷書体というのか、私には解読できない。これを押したのはどんな人なのかな。 ちょっと想像が膨らむ。
 
そして裏表紙にもこんな印があった。
 
002 こちらも盗み取り(@_@)。
 
蔵書印だけでなく、隣にあるのは「眼福」であろうか。この印を押してあるのは、内容が気に入った、良かったという意味ではないか……と想像力をたくましくして悦に入るのである(^o^)。
 
 
そして、そんな蔵書印を押したにもかかわらず、なぜブックオフに売られたか、ということも考えてしまう。
自宅に本があふれて、とうとう処分しなくてはならなくなった。
引っ越しする際に持っていけなくなった。
家人が勝手に処分した。
……もしかして、蔵書家がなくなって遺族が処分した可能性だってあるなあ。
 
 
ちょっともの悲しく、ちょっと楽しませてくれる蔵書印であった。
 
 
 

2015/08/29

0泊3日・志布志港の原木

終わった……。俺の夏休み。
 
実は、27日の夕方に大阪南港を船で出て、翌朝鹿児島の志布志港に上陸。その後宮崎の都城を回り、その夜はまた船に乗り込んで帰ってくるという旅に出ていた。仕事ではなく、これが夏休み(^o^)。
ただし、0泊3日!  船中2泊ですだ(泣)。。。いえ船旅を楽しんだ、のです。キリッ
 
さて、仕事でないとはいえ、鹿児島の志布志港に着いて、まず目に留まったのは、丸太の山。ほとんどスギだろう。          
20150828_173757
 
かなりの量だ。写真に納まり伐らないほど、各所にはい積みされている。
よく見ると、細いのから曲がりのあるもの、傷だらけのもの……。   
 
 
この丸太はどこへ行くのか。
 
おそらく海外、とくに中国ではないか。
なぜなら志布志港は、今や日本有数の木材輸出港だからだ。
 
気がつけば、日本の木材輸出はどんどん膨らんでいる。志布志港がその中心と聞いていたが、こうして目の当たりにすると、感慨深い。
 
私は、10年以上前に木材輸出について取材して、宮崎の日向港で中国の貨物船に乗り込んだこともある。当時は、ここから木材輸出が始まるのだと、心踊ったものだ。
 
結果として、それは成就しなかったのだが……。
それが、今は静かに志布志の海で進行していたのだなあ。(日向港からは木材を出していないというわけではないはず。しかし、主役は志布志港だろう。)
 
 
※ちなみに、この記事は、昨夜船からアップしようと思ったら、あっさり携帯の電波圏外であった。港を出ると、すぐに外洋なんだな、と思わせる。
 

2015/08/27

幕末に導入された製材機

古本「木材利用の発展」から、こんな図画を見つけた。

 
Photo
読み取りやすいように、大きめに掲載しよう。(なんて親切なんだ。。。。)
 
慶応2年である。すでに開国しており、明治維新の2年前。
 
なんと製材機が見せ物になっていた!  西洋伝来の木匠器機は、実用より見て楽しむものだった?
もっとも、いくら絵を見ても、どれがどのように加工しているのか理解できないのだが……。
 
ともあれ、最初はお雇い外国人を教師として機械技術も学んだわけだが、なかなか大変だったらしい。勝海舟は、木挽き職人を集めてフランスの技術者に製材機の目立てを教えようとしたが、我流が強くていうことを聞かず、てこずったという。
しかし、やがて民間にも導入され、あっと言う間に我が物にしてしまったのである。

2015/08/26

木取り技術とCTスキャン

2 1

 
写真は、京都の銘木屋「千本銘木商会」の第11代目にして銘木師・中川典子さん。
 
彼女らが手にしている写真は、保津川の筏流しと嵐山にあった貯木場の様子。もちろん戦前の古いものである。嵐山は、かつて木の町であった。300年続く銘木屋である。9代目が木取りの名人と言われた中川嘉兵衛で命牧師なる言葉が生まれた元でもあった。
 
ちなみに千本銘木商会の屋号は「酢屋」。ピンと来る人もいるだろうが、坂本龍馬と海援隊の京都本部として活動拠点にしていた幕末京都の名所である。
 
 
さて、彼女の話を聞くといろいろ面白かったのだが、その中で引っかかった一つのポイントが「木取りの技術は日本にしかない」ということ。木の文化を標榜する国や民族はたくさんある。どこでも木を大切に扱い、丸太から木材を切り出すことには、どこも智恵を絞っている。
しかし、木取り、つまり木目を重視して、美しい材を切り出す技術は、ほかにないのだそうだ。北欧・中欧なども、みんな丸太から板や角材を切り出すだけ。
 
そして次のポイントは、「日本の木取り技術を欧米の人が注目している」ことだ。すでに千本銘木商会には、オランダやスウェーデン(たったかな)の製材業者らが幾度も見学に聞いているそうだ。
どうやら、欧米でも木目にこだわった製材に興味を持ってらしい。木材は、単なる構造材ではなくて、魅せる建材として価値を持とうとしているのではないか。
 
 
近年は、コンピュータ製材が流行りで、人がいなくても丸太の断面から自動的に製材してしまう時代だ。たしかに端材を少なく板なり角材にできるだろう。しかし、木目までは考えられない。
今や日本人でも銘木の木取り技術を持った人はきわめて少ない。ちゃんと技術の伝承をしようにも、そもそも銘木と呼べる木材が少なくなってきており、外観から材の内部まで読み取る勘を養う余裕はあまりないだろう。それに需要も少なくなった。
 
しかし、再び木取りが脚光を浴びる日が来るのではないか。
なぜなら、すでに木材はマテリアルとしての価値を減じているからだ。代替材料がたくさん登場している。木材が木材としての価値を保てるのは、木目のような不確定な美の世界なのだ。
また木取りによって、これまでチップにするしか使い道がないと思われた曲がり材や空洞の丸太などにも新たな息吹が吹き込めるのではないか……。
それなのに、現状はあまりに暗い。次々と銘木屋は廃業していく。何か良い手はないか……。
 
 
そこで思い出した。最近はX線CTスキャン機によって木材の内部を調べる方法が試みられていることを。これなら、内部に隠れて見えない節や虫食いなどを確認できる。木目もかなりわかるそうだ。そうした情報をインプットしたうえで、木取りを考えるのなら一か八かの博打ではなくなる。
 
もちろん木取りとはそれだけではないが、木取り技術の習得もかなり早められるのではないか。さらに銘木に限らず、木材の価値をかなり正確に丸太の状態でも確認できることから、ユーザー側も失敗を少なく買いつけられるから、高価格にすることも可能になるのではないか。
 
そして海外に木目に価値を見る銘木を普及させるチャンスにもなると思うのである。
 
……こんな思いつきを記すと、必ず反論が出る(笑)。CTスキャンなんて機械を使うのは、本当の木取り技術じゃないとかなんとか。アホか。
 
勘を磨いて伝承するだけが職人の技術ではない。そんな古い世界にこだわっているうちに、肝心要の技術まで消滅してしまう。
 
 
 
 

2015/08/25

虐待される植物たち

先日、神戸で植物学者夫婦と飲んだのだが、その際に出たアイデア。

 
この世の虐待される植物たちについての本を書けないか?
 
虐待! この言葉には敏感になる世の中だが、その対象は子供ではなく、老人でもなく、ペットや動物園の動物でもない。植物だ。
 
このフレーズだけで、売れるような気がした(笑)。
 
その気で見れば、結構あるんだよなあ、植物の虐待。
 
1_2  3_2
 ゛
これは神戸の街路樹や某神社なのだが、ああ、このスペースいっぱいに広がった根が痛々しい。これ以上伸びるスペースどころか土もないのではないか。それなのに結構な太さに成長しているのがまた痛々しい……。
 
ほかにも、いわゆる「ど根性植物」の数々。
 
2  Photo  
 
コンクリートのすきまから生え出たり、光の足りない地下街の植物とか、針金が食い込んだ庭木とか、ときには盆栽も。さらに煤煙の中で縮れた枝葉を伸ばす草木とか、水不足環境の中でひょろりと生える草。産廃やゴミの中で伸びようとしている木々。
 
Photo_3  Photo_4
 
破れた砂嚢から芽吹きだした雑草。
 
さらに進んで、虐待される森。
 
Photo_2
 
何十年経っても成長せず、表土も流れてしまった森である。いつも荒れた人工林とか簡単にいうが、これも虐待された植物の集合体ではないか。
 
6
 
これなど虐待されて殺された植物の捨て場というか、墓場。
 
 
見方を変えれば悪条件で祖経っている植物は「けなげ」でもあるし、「ど根性」を感じて勇気づけられる人もいるだろうが、やはり植物が生き生きと育っているとは言い難い。
 
「虐待」という視点で植物の生育環境をチェックしたら、また別の世界が広がるかもしれない。
 

2015/08/24

ナラ枯れ緊急事態は、ビジネスチャンス?

またタナカ山林の見回り。

 
先日植えたアジサイは、その後大雨の日が続いたおかげか、よく根付いたみたいだ。
 
158_1
 
が、すぐ側に太いアベマキの枝が……。(注・アベマキとクヌギの区別はまだついていない。なんとなく樹皮が分厚そうなので、アベマキということにしている。)
 
この地を皆伐したと説明しているが、実はシンボルツリー的にアベマキとコナラの巨木を数本残している。ほかヒノキもある。
 
その中でも、もっとも真ん中にあってシンボルツリーに向いていた木の枝であった。アジサイが育ったら、これらの木を取り巻くように花を咲かせることを想定していたのだが……。
 
どうやら連日の風雨で折れたらしい。幸いアジサイの苗を直撃しなかったのはよかったが、ドングリになりかけの実がいっぱい付いた枝が落ちたのはちょっと悲しい。ま、枝の一本くらいなら……。
 
もっとも、事態はそんなに単純ではなさそうだ。
 
158_8
 
あああ。シンボルツリーの根元に粉が! ナラ枯れの始まりだ。
やられた……カシナガに。ということは、この木も遠からず枯れるか。まだ枝葉は青々しているが、枝が折れたのは、予兆かもしれない。
 
すでにこの木の隣のコナラが枯れ始めていた。
 
158_4_2
 
これは、もう葉が茶色になっているコナラ。もともと伐採予定だったのだが、都合により残っていたのだが、もはや勝手に枯れるだろう。
 
これらの大木があらぬ方向に倒れると、電線を切ったり、道を塞ぐことになりかねない。反対方向だと、石垣を破壊するかもしれない。
 
秋から冬にかけて、バタバタ倒木が相次いだり、カエンダケが大発生したり。タナカ山林、緊急事態である。
 
 
 
もっとも、まだ山林内の立ち枯れは救いがある。必ずしも道路にはみ出すわけではないし、車の通行量も多くない。もっと重大な懸念があるのは、街中のナラ枯れが進んでいることだ。
実は、家の近くでも道沿いに立つコナラの大木が完全に立ち枯れしている。これは、電線も巻き込んでいるし、街の中なので道を塞ぐと交通の便からも大問題となるだろう。
 
 
倒れてからなら、素人でもチェンソーを使えば小分けすればできなくもないが、対物対人に被害が出るかもしれず、処理に時間もかかって大騒動になるだろう。やはりその前になんとかしないと。
 
今年は奈良県北部で猛威を奮っているナラ枯れ。多分、緊急処理が必要な場所は相当数あるだろう。県と市町村は真剣に対策を考えるべきだ。
逆に考えると、アーボリカルチャーの技術を持つ人には、千載一遇のビジネスチャンス? しかも人の目に止まりやすい公共の道路沿いということは、木登り伐採技術を世間に知ってもらうチャンスでもある。
 
 
なんたって、ナラ枯れが奈良県で広がるのは、シャレではなく不吉ではないか(ーー;)。奈良県が枯れてしまうぞ。

2015/08/23

身近なところに太陽光発電所

タナカ山林に向かう道筋に、こんな現場が。

 
 
4
 
見てのとおり、ソーラーパネルを設置中。ここで太陽光発電をしようというわけか。それまでは、土建屋の資材置き場ぽかったが。奥の方は、一部木を伐って広げたかも。
 
面積としては大したことはないが、最近はこの手の小規模太陽光発電が身近に増えてきたことを感じる。生駒市内でも、相当の箇所で設置されているからだ。場所は、自動車道路沿いの空き地もあれば、急斜面の山を伐採してつくったところもある。
おそらく話を持ちかけたブローカーがいるのだろうし、管理業者もいるはずだ。土地の所有者にとっては、小金稼ぎをする気持ちなのかもしれない。設置経費は数年間で償還できるとして、あとは年金のように何をせずとも利益が入ってくる。
 
だから最近は、かつて想定されたようなメガソーラーよりも、ミニソーラーの発電所が予想以上に多く普及しているようだ。
 
 
このような動きを嫌う人もいる。私も、景観的には望ましいとは思わない。とくに山を伐り開いてまで設置するのはどこかオカシイ。
一方で南向きで陽差しを受けやすく、平坦に造成済の、もっとも設置に向いていると言われた棚田などの放棄農地にはあまりつくられないのは、やはり農地法の関係か。
 
 
とはいえ、私はあんまり反対する気になれない。
 
というのは、太陽光発電など再生可能エネルギーに眼を向けられ広がったのは、何より東日本大震災で原発が大事故を起こし全国の原発が止まったことを契機にしているからだ。一時は電力不足が喧伝されて、そこにFITがつくられて採算の合う金額で買い取ってもらえることになった。それが太陽光発電などの急速な普及につながったと言える。
 
そして、つい先日まで原発は一つも稼働していなかったにもかかわらず電力不足に陥らなかった理由の一つに、太陽光発電の増加が上げられる。
電力量はたいしたことない(と言っても、全国を全部合わせると原発1基以上の出力になるそうだが)が、なにしろ夏のもっとも暑い時期にソーラーはもっとも発電してくれる。つまりピークカットに有効なのだ。そのことを考えると、あまり大げさに反対したくない。
 
ちなみに、とうとう川内原発が再稼働してしまったが、すでに原発に電力供給としての意味はないことが証明されている。単に電力会社の利益に貢献するだけの代物だ。
 
 
もう一つ。ソーラーパネルを設置する場所の確保のため森林を伐り開くケースが多いのは決して好ましくはない。しかし、その場所はだいたい放置雑木林が多い。つまり何も利用価値はなく、ブッシュ状態になった森で、健全な生態系が広がっていたとはいいにくい。
それを伐り開くことですっきりした面はある。ただ裸地にしたわけだから、降雨などで土砂流出を引き起こさないようにしているか気になるが。そのうちパネルの下にも草が繁るだろう。
 
そして再生可能エネルギーの普及を後押ししているFITは20年を期限としていて、その後は高く買い取ってくれない。その時、発電施設そのものが放棄される可能性もある。
 
おそらくバイオマス発電所のような大規模プラントは廃墟になるだろう。しかし、ソーラーパネルぐらいなら、簡単に取り外せる。処理費用も安いだろう。大がかりな施設もない。比較的現状回復が簡単でコストもかからないことは、多少安心できる。
 
とはいえ撤去さえできれば、その跡地には再び自然をとりもどすことができる。その速度は結構早いだろう。(もっとも、安くても放置の可能性も捨てきれないが。利益が出なくなったら、あえて撤去せず、そのままにする業者と所有者が多いような気がする。)
 
 
そう考えると、あんまりガミガミと反対する気になれないのである。
 

2015/08/22

青いシダ

先日、生駒山中をほっつき歩いていて、林縁で出くわした光景。

 
1
 
ん? なんだ、この青いのは……。
 
2
 
おお、シダが青く輝いている。一瞬、青いスプレーでもかけられたのかと思ったが、ちゃんとシダの葉が青く染まっていた。
 
不気味だなあ……。近くに廃屋になった神社もあったし。ヘンな汚染物質がばらまかれたとか、宇宙から来訪者の痕跡とか。。。(思わず往年の「ウルトラQ」とか「怪奇大作戦」を連想してしまう。)
不気味な雰囲気を漂わせている。ちょっと薄暗いし。
 
 
調べてみると、これはコンテリクラマゴケらしい。コケとはなっているが、イワヒバ科のシダの一種だ。
と言っても、通常のシダ類はもちろん、クラマゴケは青くなんかない。このコンテリだけが青いのだ。そうそう、コンテリとは紺照りのこと。つまり紺色にテカっていることが名前の由来だ。
 
ただし、コンテリクラマゴケは帰化種。中国原産で園芸用に持ち込まれたのが野生化しているらしい。生駒山に、こんな外来種が入り込んでいるとは思わなかった。
 
 
なお、この青色は、色素の色ではないようだ。実は別名がレインボーファン。虹色をしていると表現されているとおり、光の具合や水がついたりすると色が変わるらしい。(このことを知っていたら採取して試してみたのに。)
 
これは構造色といって、葉の表面の構造によって青色を反射しやすいということだ。クチクラ層という膜の多層構造が色を決定づけている。
 
帰化種とはいえ、日本ではなかなか珍しい。青いバラならぬ青いシダは売り物にならないだろうか。
 
こういう植物は、魔女の館みたいなアトラクションの背景に使うと雰囲気出すんじゃねえ? と思ってしまった。
 

2015/08/21

「林業」脳より「無駄な教養」脳

終戦特集の番組の中で、8月15日以降も軍は停戦せずに戦闘が行われた事実を描いているものがあった。

 
いくら天皇が「日本は降伏する」と言っても、戦闘配置を解かなかった部隊は多くあったのだ。外敵と向き合っていた外地(中国大陸や東南アジア、樺太・千島列島など)ならまだしも、国内でも「本土決戦」を叫ぶ兵士・将官は数多くいたという。
 
だが、その中で上官の攻撃・抵抗、そして自決命令に逆らった士官もいたそうだ。天皇の意志に背くだけでなく、今死ぬ無意味さを訴え、日本再建の意義を説いて止めたという。
彼らの多くは学徒出陣で部隊を率いることになった、一般大学出身者だったという。大学生活を通して、一般国民の社会を知り、文学や哲学、あるいは歴史文化など教養を身につけていたからではないか、と番組では結んでいた。
本土決戦を叫ぶ士官には、軍の幼年学校、士官学校、大学、予科練……などの出身者が多かったという。軍隊という狭い世界にはまってしまうと、広い視野を持って分析したり、大局的な決断ができなくなりがちなのだろう。
 
「教養」とは、普段すぐに役立つ知識や技術ではない。むしろ生活の陰に隠れている。あえて言えば、「無駄」の学問。自分が直接関わらない世界を知ることが「教養」なのだ。
だが、教養なくして豊かな情操もなく、グローバルな判断もできないのだと思う。
 
 
一人が歩める人生は一つにすぎない。だが膨大な人々が刻んだ人生を疑似体験できるのが「文学」だ。
現代人が経験できる社会は一つにすぎない。だが多様な地域と多様な時代が織りなした社会を疑似経験できるのが「歴史」だ。
一人では深く堀りきれない思考の迷路から脱出して、古今東西の深い思考をなぞるのが「哲学」だ。
人間以外の視点を得るのが「生物」「地学」「物理」「化学」「数学」など理系の学問だろう。
さらに芸術、文化、サブカルチャーなど多彩で多様で奥深いトリビア(役立たない知識)が情操・官能を鍛えるのだ。 
それらは「無駄」だけど、「無駄ならではの用」がある。
 
 
同じことは林業についても言えるのでは……と、ふと思った。林業ばかりに「耽溺」していると、広い視点を持てず大勢を見誤るだろう。
 
林業が森林を守り、国土を守り、地球環境を守っているのだと声高にいう。
日本人は、国産材を使った和風建築の住宅に住めと主張する。
材価を上げるためなら、国は自由貿易を捨てろ、と平気で口にする。
世間の人がみんな林業のことを心配してくれている、と勘違いする。
大切な林業を守る(林業家が食う)ためなら税金を投入するのも当然だ、と傲慢になる。
 
そんな思考の頭になっている人を「林業脳」の業界人、あるいは業界脳」の林業人呼ぼう。 
もっと広く各界の情勢を知れば、林業の見方も変わって別の展開もあるはずなのに。
 
私は、そうならないよう必死で抗っている。できる限り別の分野にも五感を向け、林業に近づきすぎず俯瞰するよう心がけている。
だてに土壌ジャーナリストやゴルフ場ジャーナリスト、割り箸評論家、田舎暮らし専門家などを名乗り出したわけじゃねえ。生駒山で毎度遭難してるんじゃねえ。タナカ山林にアジサイ植えているわけじゃねえ。娘に頼んでUSJに連れて行ってもらったんじゃねえ。ニコニコ超会議に参加したわけじゃねえ。(ホントか?)
 
 
 
文部科学省は、大半の大学から「教養」の学問を奪い、「職業教育」に特化させる政策を検討中とのことだ。本土決戦要員を育成して、それをストップをかける勉学はなるべく奪いたいわけか。
これこそ反教養主義、反知性主義の跋扈する現政府の路線だろう。業界脳の官僚、業界脳の政治屋の考えることだ。
 
林業脳人は、その「要員」にカウントされるんだろうな。

2015/08/20

Yahoo!ニュース「道の駅はコンビニに駆逐される」書いた裏側

Yahoo!ニュースに「道の駅はコンビニに駆逐される? 誕生秘話と淘汰の時代 」を書きました。

 
もともとは、誕生秘話の話で終わるはずが、その後の展開も少し書き、ついでに将来予測を書いて「コンビニに駆逐される?」とタイトルに入れたら、もう内容はこちらが主役(笑)。
 
 
実は、わが町でもっとも近い道の駅である「くまがしステーション」は流行っている。幹線道路でもなく、観光地でもないところにつくって大丈夫なのか、と思っていたのだが、いつも流行っている。通りすがりの客より、地元のニュータウンの住人にとっての農産物直売が受けたのだろう。それに周辺にレストランも少ないし。
 
が、本日の夕方に行ってみたら、見事に作物がなかった。なぜかナスビばかりが並ぶ。平日の夕刻ということもあったのだが、地元の農家に頼ると、農作物はみんな一緒になりがちだし、商売っ気が弱い。
 
昔は周りに何もなかったが、今は周辺にデカいショッピングセンターやファーストフード・ファミレス系の店もできた。もちろんコンビニもある。油断すると衰退するかもね。
 
 
道の駅も、スタート時点では画期的だったのだろうが、時代は移る。移る時代に合わせて変われないならば、滅ぶのだ。
この法則は、どの産業も一緒だな。。。。
 
 
 

2015/08/19

ナラ枯れ最前線!

このところ雨がよく降るので、タナカ山林に最後のアジサイの移植を行った。

これまで雨の前日を狙って植えていたが、ずっと猛暑で晴れが続いていた。こんな時に移植しても、毎日水やりに行けるわけではないので枯れてしまう……と我慢していたのたが、今こそチャンスだ。
そこで挿し木でつくった苗を4本、山に植えたのである。 幸い、これまで植えた分もすべて順調に育っている。この調子だと、数年後にタナカ山林の林床はアジサイの花に覆われるだろう。
 
 
が、今日はその話ではなくて、同時に発見したナラ枯れだ。ついに枯れ始めたのだ。
 
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これは直径40センチを越えるコナラの巨木だが、根元から幹全体に点々と穴が開けられ木屑を噴いている。完全にカシノナガキクイムシに乗っ取られたようだ。まだ緑の葉をつけているが、遠からず赤茶けるだろう。
これ、枯れる前に処理した方がいいのだろうか。しかし、私にはこれだけの大木を伐る自信がない……。(今の私は、直径20センチ以上の木には手を出さないことにしている。)
 
さらに遠目に見てみると、すでにタナカ山林の各所で枯れ始めていた。
 
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ここなど、ひどい。かなりの巨木なのだが、この木の樹冠の中に電話線と電線が走っているのであった。つまり、どちらの方向に倒しても線を切ってしまう。そして道を塞ぐ恐れさえある。
この処理は、アーボリカルチャーの技術を持ってしても至難の技だろう。
 
こんな場合、誰が処理するのだろうか……。下手に手を出して断線させたら損害賠償ものだ。 いっそ、自然に倒れて断線してから関西電力に処理を任せた方が無難かね。
 
 
 
林野庁の発表によると、昨年度のナラ枯れ被害量は約4万1000立方メートルで、最も被害が多かった2010年度の約8分の1まで縮小したそうだ。
 
が、少なくても奈良県はそんなレベルではない。とくに生駒山系はナラ枯れの最前線である。盛夏の現在、まるで紅葉しているかのように、山は赤茶けている。
 
ざっと見渡したところ、緑視率(視界に入る緑の面積比率のことだが、ここでは山全体のナラ枯れの比率)で言えば2割くらいが赤茶けている。ものすごい量だ。山だけでなく、街路樹のように道端に生えているコナラまで枯れている。この非常事態を、奈良県や生駒市の関係者は気づいているのだろうか。
 
これらは、今年は葉を落とすだけかもしれないが、来年あたりには枯れた枝が落ち、さらに幹ごと倒れる例が相次ぐのではないか。森の中で倒れるだけならまだしも、道を塞いだり、道行く人や車を傷つける可能性だってある。
もう一つ、コナラが枯れたところには、最強の毒キノコ・カエンダケが群生することが多い。昨年は私の実況報告 がミョーに話題を呼んだのだが、今年以降は昨年の比ではないはず。
 
そのうちカエンダケに触ったり食べたり、殺人事件が起きるんじゃないか(笑)。
 
さて、どうするかなあ。座して眺めているだけでよいのか……。
 
 
もし伐ってくれる勇者がいたら、1本につきラッキーガーデンのカレー1皿を御馳走しよう(⌒ー⌒)。
 
 

2015/08/18

低コスト林業とは「無駄に伐らない」

朝からじっとパソコンの前で仕事をしていると、気が滅入る。現実逃避したくなる。
 
集中力はなくなり、次々と連想ゲームのように考えることがずれていく。
たとえば、こんな風にだ。
 
林業の低コスト化がよく話題になるが、それは具体的にはなんだろうか。
(高価な)機械を入れて大量生産することなのか。ちょっと違うだろ、と思う。
 
では何か。すると思い出すのは、数十年前に吉野の山行きさんに言われたことだ。

その頃私は、林業のことをちゃんと知りたくて、吉野の現場に通っていた。

 
山仕事を一通り経験させてもらうためである。おかげで地拵えから植林、除伐間伐、枝打ち……そして巨木伐採まで一応は経験した。(ちなみに巨木の伐採を私がしたわけではない、あくまで見学とお手伝い。チルホールをせっせと引っ張ったことぐらい。)
 
なかでも枝打ちは丸1日やった。枝と言っても、もっとも初期の小枝を払う「紐打ち」と呼ぶものだったが、落とした枝の後がどんな形状にするのか、一緒に作業する人々に、いろいろ教わった。みんな吉野で林業やること30年40年以上のベテランだ。
きれいに枝の盛り上がりを削らないと後に樹皮がふさがらないとダメだしされた。やり直しもさせられた。暑い最中だったが、結構熱中したものだ。
 
昼飯を食っている時もいろいろ話を聞いた。 
私は貸してもらった刃物(ヨキ)を持つのが嬉しかった。休み時間に研ぐのだか、私の研ぎ方にもダメ出しをされ(~_~;)つつも、切れ味を試したくなる。
 
そこで、目の前にあった立ち枯れしていた木を倒せないかと振り回した。直径7、8センチくらいで、上部はすでに折れている。私のヨキの振るい方にまたダメだしされながら(~_~;)、なんとか倒して悦に入ったのだが。。。
 
「プロは無駄なものは伐らんのだよ」
 
枯れた木がそこにあっても何も邪魔しない。残しておけば、年月が経てば勝手に腐って倒れるだろう。それを力出して伐るのは無駄。そう、あっさり言われたのである(>_<)。。
 
無駄に伐る、無駄に動けば身体も疲れるし、もしかして怪我をするかもしれない。刃物を傷めるかもしれない。刃物を持って喜んで振り回すのは、高コストなんだと気がつかされる。
 
 
そういえば、FSCの審査でも、作業の邪魔にならない枯れた木を伐るのは無駄であり、それにチェンソー使えば燃料代のコストが増えるわ、排気ガスで環境を悪くするわ、作業員を無駄に働かせるから人件費かかるわ、さらに枯れ木は鳥の棲家や止まり木になるかもしれないのに、それを倒すことは生物に悪影響……と判断されて減点対象なんだそうだ。
 
低コストとは、なるべく人が動かない、作業量を落とすことなのであった。もちろん、作業量は落としても生産量は変わらないよう効率を上げないと、単なるナマケモノになってしまうが(~_~;)。
 
そう考えると、日本人は実に無駄によく働いているのではないか。いや、林業だけでなく。
無駄に早く仕上げようとする。無駄にきれいに仕上げたくなる。無駄に時間を費やした方がエライ気持ちになる……。つまり労働生産性が低いのだ。
これは、コストが上がるから経営的にもマイナスだし、労働者は働いた割には収入が増えないし、何より環境に悪い。いいところなし、である。
 
私も、考えてみれば無駄な動きばかりだ。記事にならない取材ばかりしているし、仕事は関係ない資料本を買い集めるし、ギャラの払われないコメントや情報提供ばかりしているし、誘われたら用事もないのに遠くまで船乗って出かける約束してしまうし。
 
よし、低コストになろう。無駄に急がなくてもいいのだ。書かないのにデータの裏取りしなくてもいい。原稿なんてギリギリまで書かないでいいや。   ←今、ココ。
 
 

2015/08/17

田んぼの水の中観察

散歩の道筋、稲穂がそろそろ立ちだした。
 

もうそろそろ、田んぼの水が抜かれて干す時期かと思ったが、意外やまだまだは水が張られていた。

 
そこで、水の中の観察。初夏はカブトエビが見られたが、今は何がいる? ミズスマシはすぐ見つけてたけれど……。
 
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ほお。ゲンゴロウがいるではないか。
 
なんか、最近は希少種扱いされることもあるが、今のところ生駒ではそんなに珍しくないようだ。言われるほど農薬も使っていない、あるいは選択性農薬に絞っているのだろう。
 
そして、もう一つ。
 
何か水中を動くものを発見。しかし、なかなかカメラにおさまらない。
 
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こである。ホウネンエビ、かな。 特別珍しくはないけれど、意外と知られていないというか、気をつけて観察しないと気づかない水田の生き物だ。エビとつくがエビ類ではなく、ミジンコに近いらしい。
ここには緑と茶の色違いがいたが、なかなか愛嬌のある動きをする。もっとも、稲にも人間にも何の役にも立たない。昔は観賞用に飼育されることもあったそうだけど。
 
しかし、無用の用とでもいうか、いなくなったら世の中が危険になった証拠である。
 
 
こいつらは、田んぼから水を抜かれたら、卵の状態で冬眠して乾燥に耐え、次の春を待つ。
 

2015/08/16

音響生態学から見た「択伐」

「真実」という言葉がある。が、ここでいう「真実」はなかなかの曲者で、ちょっと見方を変えたり、新たな事実が見つかると、あっと言う間にひっくり返ることがある。

 
ここでは、択伐について考えさせられた話。
 
林業でいう択伐とは、森の中から木を選んで抜き伐りすることだ。間伐とは行為としては同じだが、(森の)保育より(木材の)収穫の意味合いが強い。そして、択伐による収穫は、森にもっともダメージを与えない伐り方とされる。
 
それどころか、択伐を行うことは密になった森をすかして、残った木々の生長を高める効果があるとか、一時的に林内にギャップ(開いた空間)を作り出すことで林床にも光が射し込むことになり、そこに草が生えたり次世代の芽吹きや稚樹を育てることにもつながる、と言われる。
 
つまり、択伐は収穫と同時に森の保育にもなる、健全な森づくりにもなる、というわけだ。
 
もちろん、そのためには伐る木をどのように選ぶかが非常に重要で、その技術や知識がないものが選木をすると、台無しにもなる。
 
 
……長々と前ふりを書いてしまったが、上記は択伐に関する一般論というか「常識」だ。だが、これが「真実」だという確証はない。
 
 
そんな時に「音響生態学」に触れた。これは、実は新しい学問で、音響、つまり自然界の音を収集することで生態系を調べるというもの。もともとは、学問というより音楽・芸術に近かったのだが、意外なほど音には多くの情報が含まれていることがわかってきたのだ。
 
音響生態学の始祖であるバーニー・クラウスのプレゼンを聞いていると、択伐について触れているところがあった。
それによると、伐採業者が環境に全然影響がないという択伐を行い、実際に見た目は森が傷んだところはなかった。
 
 
 
 
ところが、伐採前の音とその後を比べると、まったく違っていたというのだ。しかも25年間経っても元にもどらない、と。 (4分15秒から始まる)
その業者の行った択伐がどんなやり方だったのかわからないから確定的なことは言えないが、少なくても見た目は悪くない、25年も経っている、という点がポイントだ。にもかかわらず……。
 
 
音から択伐を考えると、択伐の意味合いがまったく変わってしまうかもしれない。あるいは、別の解釈の仕方を考えなくてはならないのか。
 
 
さて、「真実」はどちらだ?
 
 

2015/08/15

信貴山の虎、より鯉

生駒山系の南端は、信貴山と呼ばれている。

 
そこにあるのが朝護孫子寺。あまり知られていないけど、なかなかの名刹で、しかもテーマパークのように面白い。巨大な虎の張りぼてから始まり、虎の像がいったいいくつあるか、ウマは、ヘビは、巨大地蔵尊に国宝の絵巻物は、本堂の地下に隠された迷路は……そして山頂には!!! と、真面目に見て歩くと一日かかるのよ(^o^)。
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そこに娘の車の運転で訪れた。(正確に言うと、娘の車の練習で、だけど。)
 
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あまりの暑さに、緋鯉が瀧に打たれて涼んでいる(娘の言葉)。
私も、ついうなずいてしまった。
 
 
これだけだと、あまりと言えばあまりのなので。
 
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納経堂、兼休憩所にかかる額は、一枚板のよう。これに見ほれた。なんと書いてあったのか字は読めないけれど。

2015/08/14

「味の箱船」にニホンミツバチ

The Ark of Taste, 「味の箱船」を知っているだろうか。

 
ノアの箱船からイメージされるように、箱船は滅びゆくものをすくいあげるものだ。
「味の箱船」は、世界各国に残るローカルな食文化を登録して後世に保存していこうとするプロジェクト。
なんだか「世界遺産」的な認定事業だが、これはユネスコなどではなく、イタリアの「スローフード・インターナショナル」が行っている。
 
早く安くつくる・食べる画一的なファーストフードに対抗して始まったスローフード。それが、こんな活動まで広げているとは知らなかった。
 
その「味の箱船」に、ニホンミツバチとそのハチミツが認定されたそうだ。
 
これまで「味の箱船」には、世界では2588品目がリストアップされており、日本からはすでに短角牛サバの熟鮨、くさや、ハタハタのしょっつる、そして各地のローカル野菜など34品目が登録されている。昆虫のざざ虫まで入っている。
箱船自体を知らなかったのだが、意外と大きな動きになっているようだ。
 
 
 
そんな中でのニホンミツバチである。
 
日本在来のニホンミツバチは、蜜を集める量が少ないのでセイヨウミツバチのように商業ベースには乗りにくい。たいてい趣味の養蜂だ。生産量は、推定で全国で年間30トン。ハチミツ国内生産量の1%程度だろう。
 
ただ集める花の種類を選ばないところがあって、多くの花から集めるうえ、セイヨウミツバチとは酵素が違うらしく、微妙に味が違うとされる。もっともセイヨウミツバチにも複数の花蜜が混じることもあるし、私が食べた感じでは、あまり味の差はなかったが。
 
 
どうやらプロジェクトの認定基準には、味だけではなく、ニホンミツバチ養蜂を巡る歴史や文化も含むらしい。ニホンミツバチを使ったハチミツ酒や薬としての利用、さらに蜜蝋を使った伝統工芸など全体が評価されたようだ。
by 蜜蜂ジャーナリスト。
 
 
いろいろな認定制度が生まれている。単に機能的価値だけでなく、歴史的位置づけがはっきりあることや、それに関わる人々の文化と結びつかないと広がらない。人々の記憶に残らないからだろう。
 
 
森林・林業界にもさまざまな認定制度はあるが、残念ながらほとんどが心に響かない。環境とか材質・品質とか産地とか、あまり面白みのない基準ばかりで、そこに文化的裏付けがないからかも? なんて思ってしまった。
 
by 森林ジャーナリスト。

2015/08/13

ポツダム宣言受諾をいつ知ったのか

今年も終戦(正確には敗戦というべきだが)記念日がやってくる。

 
終戦70周年ということで、いろいろ戦争に関する特集番組が組まれている。そのうちの一つを見て、「ああ」と腑に落ちたことがあったので、そのことを記したい。
 
 
私は、今から30年近く前に『チモール 知られざる虐殺の島 』という本を出版した。これは、東南アジアの東チモール紛争についてのルポだ。現在は東ティモール民主共和国として21世紀最初の独立国になっているが、かつてインドネシアの占領から独立を求めた闘争で数十万人もの住民が虐殺されているのである。
 
私は、現地に足を運ぼうとした(軍に捕まって断念)ほか、戦前から戦中の日本との関わりを求めて取材した。当時の東チモールはポルトガル領であり、第2次世界大戦においても日本とは中立の関係であったが、実際は日本軍が占領統治下に置いていたのだ。
だから、その占領部隊の人々を訪ね歩いて話を聞いたわけだ。何十人かに会ったか。
 
 
その一人から、気になることを聞いた。終戦時のことである。
 
「私は、日本が戦争に負けたのを8月12日に知っていたよ。連合軍のラジオ放送を傍受していたからね」
 
彼は主計中尉であり、通信部隊と多少のつながりはあったそうだから、連合国の放送を聞くことができる立場だったことはわかる。英語も多少わかったのだろう。しかし、8月12日とは。
 
当時の私は、日本がポツダム宣言を受諾したのが8月14日だと知っている。それから玉音放送の準備をして、国民に発表されるのが8月15日であって、この日を終戦記念日と呼んでいるのだが、本来の終戦はその前日だ。だから14日なら、米軍に情報が伝わりラジオ放送されていた可能性はある。それでも12日は早すぎるだろう……。
 
 
結局、勘違いだと判断した。
 
だが、先日のテレビ番組で、12日に連合国側で日本がポツダム宣言を受諾したと報道されたことを知ったのである。それは世界中に報道されたという。
 
実は、日本政府が一度「黙殺」したポツダム宣言を改めて受諾を考え出したのは8月8日だ。それは広島(と長崎)の原子爆弾投下のせいだと言われるが、むしろソ連から対日宣戦布告を突きつけられたからだろう。それまでソ連に終戦の仲介を期待していた日本の外交が、根底から崩れたからだ。そして9日にはソ連軍は満州国に攻め込み、それを受けて御前会議が開かれて天皇の「ご聖断」(ポツダム宣言の受諾)に至る。
 
そこで10日に連合国側に打診しているのだ。ただ一つの条件、いわゆる「国体の護持」 を認めるかどうかだった。つまり天皇制を保てるか、保てるならポツダム宣言を受諾するよ、という意味である。そして12日に連合国の「保てるかもよ」(確証は与えていない)という返信を受け取っている。だから、事実上、この日に日本はポツダム宣言を受諾していたわけだ。
あとは14日の御前会議で天皇のOKを取り付けて、正式受諾になるわけである。
 
……とすると、チモールで8月12日に「日本が降伏した」という情報を傍受することはありえるわけだ。
 
なんと、30年近くたって、私の取材の甘さが証明されたのである(~_~;)。いや、喜べない。喜ぶわけにはいかない。我が敗北であった。
とはいえ、歴史の襞に隠れた事実を読み取るのは大変なのである。
 
 
 
ほかにもチモールに絡んだ戦争秘話はいっぱいある。
「満州国の甘粕大尉」がチモールを訪れていたとか、オーストラリアにこっそり上陸した日本軍の話とか……。でも、これらを細部まで証明するのは難しいだろう。
※追記。
 連合国側が、「日本がポツダム宣言を受諾」と第1報を発信したのは、8月10日だそうだ。
だから、11日を戦勝記念日としている。12日は、それを受けての発信だったのだろう。
終戦(敗戦)記念日は、各国によって違うのだ。

2015/08/12

「とくしま林業アカデミー」とは?

ここ数年、全国的に林業系の教育機関が次々に設立されている。

その点については以前にも記した。
 
今のところ確認できているのは、
長野林業大学校、岐阜の森林文化アカデミー、京都林業大学校、群馬県立農林学校、島根県立農林大学校、静岡県立大学校、秋田林業大学校、山形農業大学校林業学科、そして高知県立林業学校。さらに岩手の釜石・大槌バークレイズ林業スクール だ。
 
 
ところが今度は、徳島県に誕生するらしい。
 
とくしま林業アカデミー  である。今から募集して、来年開校らしい。期間は1年間で「研修」という位置づけ。ちょっと林業大学校などとは違う。人数も10人だし、即戦力になる人材を育成する方針のようだ。
また学費は無料で、緑の青年就業準備給付金も支払われる。つまり、給料が出るわけだから、職業訓練校と同じ位置づけだろうか。
 
詳しい内容や意図は私も知らないが、今後はこの手の林業スクールが増えるのではないか。
 
以前から、この兆候を取材したいと思っているのだが、残念ながらどこも取材費出してくれそうにない(全国に渡っているから、マトモにみんな訪ね歩けばいくらかかるだろう……)から、記事にできない。ニュースバリューがあるということも理解してもらえない。私は、日本の林業界の地盤が変動しつつあると感じているのだけどね。
 
 
 
なお私は、若い素人に林業技術を身につけさせることも大切だと思うし、林業の将来を考えればそうした人材を育成しなければならないと思うが、より喫緊の事情としては、現在すでに林業職に就いている人に、新たな林業というか、現代的な林業を教える場をつくるべきではないか、と思っている。
 
さもないと、昔ながらの「先輩を見て覚えた」「なんとなく昔からやって来たから」「考えずに身体だけ動かしておけ」みたいな林業技術(といえるかどうか)ばかりが現場で幅を効かし続ける。そして後輩にも同じ教え方になってしまう。
あげくに安全性や効率を無視してしまう。機械も見様見まねで使っていたりする。市場のニーズや最新の知見・ビジネスなどを知らない唯我独尊の林業もどきになる。
 
 
スクール生に研修給付金を払えるなら、作業員を勉強に派遣している事業体に、休業補償?的な扱いも可能だろう。ならば、現業に就いている人を週に1、2日林業スクールに送り込むこともできるはずだ。
 
 
もちろん、何を教えるか、誰が教えるか、など新規スクール開校には難問山積みだろうが……まずは期待したい。
 
 

2015/08/11

丸善ジュンク堂の棚

大阪・梅田に出た。

 
なんだかものすごく久しぶりで、街の様子が変わっているような気がした。いや、本当に変わっているみたいだ。
 
かっぱ横丁の古本屋街を覗き、せっかくだから茶屋町に足を延ばし、丸善ジュンク堂に寄る。
丸善とジュンク堂が提携して西日本でもっとも広い書店をつくったと話題を読んだのが何年前だったか(本ブログでも紹介した記憶がある)、気がつくと今年に入って丸善とジュンク堂が合併してしまって、文字通り一つの会社、一つの書店になってしまったよ。。。。
 
たまにこんな巨大書店を覗くと、やはり興奮する。なんたって、見知らぬ本がたくさん並んでいるのだ。通常のキャパの書店の棚では並べられないような品も並ぶ。私は、いくつか手に取って、やたら高い雑誌を何冊も買ってしまった……。一冊3000円近い雑誌とはなあ。。。。
 
 
それでも、こうした書棚で発見することは大切だ。Amazonでも、その本なり雑誌の存在を知らなければ検索もできない。中身も確かめられない。表紙だけで、こんな雑誌を何冊も買うわけはない。
 
 
そして。新書の棚を見ると。
 
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見よ、真ん中の平積みを。なんと拙著『森と日本人の1500年』があるではないか。発行後、10ヶ月経っても平積みしてくれる書店のありがたさよ(泣)。。
そういや、先日はAmazonでも品切れだったと教えてくれた人がいた。多少は売れているのだろう。だから平積みしてくれる。こ
れだけで、高い雑誌(シツコイ)を何冊も買った価値がある\(^o^)/。
 
 
で、夜は飲み会。と言っても学者夫婦との懇親である。
 
そこで次の本の企画で盛り上がった。ああ、その内容は新書向きで一般受けする。売れるぞ。私の本よりも売れるぞ。(ヤバイ)
夫婦で執筆してもらって、私が監修というか文章を整えて、出版社に営業をかけるか。
 
 
本の売れない時代。雑誌などこの10年で市場が半減している。この危機感を払いのけるのは企画の力なのだ。
 

2015/08/10

Yahoo!ニュース「山にドングリの木を植えたら獣害…」を書いた裏側

Yahoo!ニュースに「山にドングリの木を植えたら、獣害はなくなる? 」を書きました。

 
話は単純で、某森林組合が獣害対策として考えたのが、山にドングリのなる木を植えることだというのだが、私はちと疑っている。
これ、補助金とか付いているのではないのか? 広葉樹植林とかの名目で。さもないと、何の利益もならない、逆に持ち出しになる(苗木の手配とか、人件費は誰が出す)ことをするというのが理解できない。
獣害対策というのが後から付け足しの理屈かも。
 
 
いずれにしろ、森林組合は山のプロ、森林のプロであるべきなのに、こんな素人ぽい発想では困るなあ。
 
クマさんとモリさんのキョーカイをバカにできない。

2015/08/09

極少住民自治体をつくれ

今、地域おこしに関する依頼原稿を抱えている。

 
依頼は、国の地方創生策に合わせて過疎高齢化の進む地方向きの移住・定住政策について書いてほしいという注文だ。なかでも注目している地域おこし協力隊をどう捉えるか書いてください、という。
 
もちろん、私はそれなりのことを書きますよ(^o^)。地域おこし協力隊に関しては、久しぶりに当たった国の政策だと思うし、そこそこ成果も出ている。上手く活かせば活性化の端緒になるだろう。逆に失敗例も耳にしているから、私も考えるところはある。
 
ただ、その時に考えたのだ。
 
この原稿依頼の前提に「地方が生きのびるには、人口増を図るしかない、そのためには移住者を迎え入れて定住させるしかない」という論法があることだ。
 
本当に地域社会は人口を増やさなければ維持できないのか。活性化しないのか。
 
 
日本の自治体は、先の市町村合併でかなり大きくなったが、いくら合併して行政単位としては人口増になったとしても、内部に小集落が点在しており、集落内で人口増を図れたわけではない。そして、そんな集落が限界化しているのだ。
国の本音としては分散している集落の住民を中心部に集約することだろう。自治体の最低単位を10万人程度にしないと存続できないと考えているふしもある。
 
 
ここで切り口を変えると、世界の自治体は、必ずしもそんなに大きくない。発展途上国が小さな自治体を変えているのはともかくとして、ヨーロッパでも人口500人くらいの自治体は結構ある。たしかフランスでは、200人もいれば村になるはずだ。スイスにはゲマインデと呼ばれる共同体がたくさんあって、大都市もあるが、数十人のゲマインデもあるという。それが直接民主制の基礎となっている。
もっとも極端なのは、住民はフォレスターの家族だけ、という自治体だ。ドイツにあるラインハルトの森である。これは歴史的な経緯で独立した地域で、実態は森しかない(^o^)。
 
アメリカでは、「小さくて豊かな村」のランキングまで付けられている。だいたい人口は5000人~1万5000人の自治体だ。なかには1000人を切るところもあるらしい。それでも豊かな生活を送れるのだそうだ。
 
豊かな生活を送るには、人口の多い自治体が必要、という思い込みを取り外せないか。
 
私は、さらに小さく50人~100人くらいの町で自治体をつくることを想像する。たとえば30世帯100人の集落を想定できないだろうか。町内会レベル以下の大きさ。
 
すべての公的業務をその自治体で仕切る必要はない。それは上部自治体に任す。
しかし地域内の自治を認め、予算も自ら組む。たとえば100人の村に年間500万円くらいを交付して、それをどのように使うか住民で決める仕組みにする。議員はいらず、全員参加の直接民主制。公務員は議長か首長とその補佐役数人だけでよい。
 
交付金を福祉に使うかイベント開催に使うか道の補修か……あるいは起業してもよい。カフェなどお店を開く。何か生産する手もある。共有地で農作物つくって売ることも挑戦できる。予算だけでなく、それらの許認可や決裁事項を極小自治体に任せる。
 
自ら決めて、自ら執行する。共有地や公共施設を基本財産にすれば、上手くすると賃貸収入を得たり利潤を上げることも可能だ。
失敗しても、それは交付金のレベルの損失であって、住民の生活は維持できるから心配はいらない。(借金は認めない。)
 
交付金の財源は、今でもそれくらいの金を住民にさまざまな名目で(紐付き)支出しているから、それらを整理したら捻出に困ることはないはずだ。その代わり、これまでのアブク銭のような補助金は撤廃だ。
 
 
住民も、固定しない。移住だけでなく、転出もアリだ。雇用の形で住民を連れてくることもありえる。重要なのは、年齢構成だろう。各年代のバランスを取る。
 
ようは一つの自治体を法人かシェアハウスのようにする。土地に縛られた地域社会ではなく、流動性のある社会につくり直す。
その中で豊かに暮らせる仕組みを造ればよいのではないか。自分たちで考え、自分たちで実行する要素があれば、豊かな気持ちで暮らせると思う。
 
 
……そんなことを夢想するのだが、わりと本気だ。日本の人口は減っていく。それなのに頭数の分取り合戦をしても仕方がない。むしろ少ない住民による楽しい社会を築けないか
ただし、伝統的な集落ではなく、むしろ廃村後に新たな集落つくるような形がベターかな。
 
もしかして、家族5人が住民の自治体として独立、豊かで元気な村をつくる、なんてことが起きるかもしれない。
 
 
 

2015/08/08

遭難ツアー

遭難ツアー
生駒遭難ツアーが開かれた。
予定通り、道なき道を進んで頂上を目指す。ブッシュを避けているうちに照葉樹林へ迷い込む。下生えがないので進みやすい。予定通りだ。
計画したように進む遭難。ああ、なんと調和がとれているのだろう。

頂上の遊園地でかき氷。ああ、これも予定通り。素晴らしい。

予定通りハイキング道を下山。
この調子(笑)。

あ、雷。暗くなってきた。あ、雨。ヤバい。早く近くの宝山寺に逃げ込もう。。。

Dsc_0032 土砂降り、雷鳴轟く生駒山。

でも無事に宝山寺に逃げ込めました。聖天さんのご加護のおかげです。

あ、靴が割けた……。

 
これだから遭難は怖い。

2015/08/07

記録者と時代の姿

昨日は8月6日、広島に原爆投下された日。

 
おかげでテレビでは原爆に関する番組がズラリと並んだ。70周年だからなのか、国会を巡る世情を反映しているのか、いつもより力の入った作品が多かったように思う。
 
なかでもNHKスペシャルやニュース23では、原爆投下直後の様子を再現する試みに挑戦した高校生たちを取り上げていたが、そこに動画も登場した。
 
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撮影者に関しては、特段説明がなかったが、おそらく藤波健彰 氏のものだろう。大正から昭和にかけてニュース映画を取り続けたカメラマンである。
 
彼は、多くの世界的スクープを撮っているが、戦争に限れば、多くの部隊や作戦に従軍している。最後は特攻機が突撃している様子を撮ろうと、一緒に出撃する計画まで進めていた。偵察機に乗って、特攻攻撃の様子をフィルムに納めようとしたのだ。
そのため福岡に向かう途中で列車が広島に停まった。ときは8月7日午前6時
原爆投下後1日と経たないときに現地に降り立ったのだ。
 
終戦で特攻作戦への従軍ができなかった。そこで残るフィルムをかき集めて、原爆映画をつくるため広島に向かうのである。だが、完成した映画は進駐軍に没収されるのだが……近年アメリカより返還されたのである。
 
私は藤波氏と一度だけお会いして、その後しばらくは音信があった。
もっと彼から当時の様子を詳しく聞いていたらよかったのだが……若かったからというより幼くて、その当時は、彼の残した映像の価値を十分に認識していなかった。
 
 
改めて記録者の凄味を考える。
記録する当時は、単なる一過性の出来事と思っている場合があるかもしれない。逆にスゴい大スクープと思った内容が、時代の中ではつまらないゴシップになってしまうこともあるだろう。ノンフィクションの世界でも、一断片の記録がその後の世界史の通説をひっくり返すこともある。
 
だが、なんと言われようと現場に立ち、記録しておくことが後世の大きな財産になる。その価値は後の時代に託してもよいのではないか。ずっと記録し続けていることで見えてくる世界もあるだろう。
 
 
今の私に何ができるか? 
 
やはり森林の姿を記録し続けようか。美しいだけでない、時代の姿を。今なら、今後全国に広がるであろう皆伐地の現状を見て歩くのも考えられる。
この時代、日本の林業はこのようにして森を破壊し続けたんですよ、という記録になるか、あるいは明治以来の林政を転換して日本に美林が造られ始めた記録になるか。ああ、前者になる確率が高すぎる……。

2015/08/06

大きすぎるウナギに思う

気がついたら8月6日だった。つまり広島の原爆記念日なわけだが……。

 
昨日が「土用の丑の日」だったことを忘れていたのである。今年は土用の丑の日が7月24日と8月5日の2回あるのだが、昨日はあまり世間は騒がなかった気がする。
 
 
私は、ニホンウナギ(とアメリカウナギ)が絶滅危惧種に指定されたことから、ウナギは当分食べないことに決めている。だから土用だろうが丑の日だろうが、とくに意識することはない。
ただ、「ウナギの干物」が開発されたというニュースに触れた。
 
ウナギは蒲焼で食べるもの、というのが日本人の習性だが、実は蒲焼になるウナギには裏がある。寸法というか重さが決まっているのだ。1匹250グラム~300グラムのウナギでないとキレイに蒲焼できないのだ。 これより小さいのは、なんとか工夫できるのだが、大きいウナギは蒲焼に回さない。皮が厚くて小骨も多いという理由のほかに、1匹分が重箱に入りきれないから料理屋から嫌われるそうだ。
 
養殖の過程で生長しすぎたウナギは、結局刻んで総菜用にするらしく価格も2~3割落ちる。
 
 
それではもったいないと、静岡県と業者が大きなウナギを干物にする技術を開発した……そんなニュースを読んで、なんか気抜けした。
 
日本の漁業は、こんな話ばかりだ。穴子も大きいものは売り物にならない。卸業界は、流通に都合のよいサイズばかりを求めるのだ。(なんか、大径木は製材機を通らないから価格が落ちる、という林業界の話にも通じるわ。
 
干物のウナギは「大名ウナギ」と名付けて静岡県内で出回り始めたそうだ。味はどうなんだろう。干物だから塩味も加味されて、蒲焼とは違ってくるのか。いや、私は食べないけどね。
 
 
 
そこで思い出したのは、篠田節子の小説だ。
深海のEEL」(「はぐれ猿は熱帯雨林の夢を見るか」所蔵)である。EELは英語のウナギである。
ストーリーは、レアメタルのパラジウムを大量に摂取し体内に溜め込む巨大ウナギが見つかって、その争奪戦を描いているのだが、その中で回転寿司チェーンの元締め水産会社が登場する。
 
そこで示されるネタづくりの様子がリアルなのだ。要約すると、こんな感じ。
 
巨大ウナギは細かく切断してしまう。それを真空調理器に入れて体液を吸い出す。スカスカになった身を水でさらしてから機械でミンチにする。そこにつなぎと合成糊料を加えて、,ウナギの長焼の形に成形。そのままではウナギの風味もあったもんじゃないから、タンパク加水分解物と甘味料、着色料などを添加。あとは、これにたれを付けて焼くだけ。立派な蒲焼になるのである。
 
もちろんこれは小説の中の話だが、ストーリーには関係ない業界話として紹介される。篠田節子はきっちり取材して書く小説家だから、結構現実に行われていることではないかな……。
巨大ウナギをバラバラのミンチ状にしてまた固める……ああ、木材をチップやそれ以下のファイバーまで砕いて、それをまた固めてできるのがパーティクルボードやMDFのようなファイバーボード類。つい木材を連想してしまうのは、ボクの悪い癖(~_~;)。
 
ともあれ、現代のウナギは絶滅を危惧される魚種であることをお忘れなく。
 
 
 
 
 

2015/08/05

銘木・吉野松を生み出せ!

先日の産地共催交流セミナーで知り合った人の仕事を聞いて驚いた。

 
三重県を中心に奈良の吉野も含めた地域でマツ材を専門に扱っているというのだ。
 
えっ、吉野にマツ材があるの? という驚きであるが、考えてみればあって当たり前だ。どこもスギとヒノキだけのわけがない。場所によってはマツを植えただろうし、また勝手に生えた天然マツもそれなりの量はあるはずだ。
 
マツ材というと、なんとなくヒノキやスギよりも材質はイマイチで、価格もそんなにしないだろう、使い道は梁には重要だが、影は薄い。しかもマツクイムシの影響で地松~国産マツ材はすっかり少なくなった。今やマツ材といえばベイマツを指すくらいだ。
 
しかしベイマツとは基本的に種類が違うわけだし、地松を求めるユーザーもいる。しかもマツ材の製材はヤニの問題などもあって、一般の製材所では技術も違い、あまりやりたがらない。専門業者が成り立つのだ。
 
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山崎木材の山崎さんよりいただいた写真。これ、吉野のマツなのである。
 
もしかしたら、吉野杉と並べて「吉野松」という銘柄はありえるのか?
 
考えてみたら、今では吉野檜という呼び名もあるが、これが登場したのは戦後だという。吉野にもヒノキはあったが、吉野杉のように銘柄化されていなかった。ところが戦後、ヒノキの価格が跳ね上がる過程で「吉野檜」という銘柄が作られたのだ。
 
ならば、吉野松を(^o^)。
 
もちろん、量は微々たるものであり、山崎木材としても経営は大変なそうなので、これでひと山当てられるわけではなかろう。が、はっきりと吉野産の松を銘柄として打ち出すことは、今後の差別化につながるはずだ。
もっとも、Yahoo!ニュースにも記した通り、現代の銘木とするには、吉野松がどんな製品にすると価値が出るのか、商品開発も含めないと素材だけでは難しいだろう。
 
ただ、現在のマツ材産地と言えば島根など中国地方や青森を中心とした東北地方だろう。ところが、吉野のマツの方が価格は高いそうだ。何も吹っ掛けたわけではなく、市場で相対的に決まったのだろうが、より価値を高める工夫としてはありえる。
 
 
ところで、先にマツ材というとヒノキ材やスギ材より安っぽく感じると書いたが、実はそんなことはない。
 
銘木屋にいわせれば、銘木の第一は、広葉樹材ならケヤキ、針葉樹材ならマツなのだそうだ。ヒノキよりも、あるいはコウヤマキよりもマツの方が銘木(見せる木材)として格が上だとか。もちろん樹種ではなく、木目で決まるわけだが。
 
山崎さんにも、マツの巨木丸太写真を見せていただいた。あの丸太からなら、銘木は取れるかも。
そういや、千利休の茶室(数寄屋)は、松材を多く使っているんだよ……。
 
吉野松の価値を世間に知らしめることは可能と見た( ̄ー ̄)。
 

2015/08/04

焼畑復活ブーム?

先日、本ブログで「焼き畑がしたい! 」と記した。

 
滋賀県の長浜市余呉町で焼き畑を復活させる動きを紹介したものだ。私もできることなら見学、いや参加したいと吠えたのだが……。
 
その後、各地から「ここでも焼畑やってますよ」という連絡をいただいた。
 
まず、静岡県井川 の小河内地区である。なんでも8月2日に火入れをしたらしい。こちらは復活4年目だとか。
 
さらに兵庫県豊岡市 の但東町赤花地区でも2日に火入れが行われたという。こちらは今年60年ぶりの復活だそうだ。
 
ああ、せっかく教えていただいたのにその日は行けなかった&行けないわけだが、おそらく、ほかにも多くの地域で焼き畑が行われているはずだ。知っているだけで新潟県や山形県でも行っていたはず。島根県もあったかな。
 
焼畑復活ブーム?
 
いや、復活ブームというと語弊がある。なかには、途切れず続け生きた焼き畑もあるからだ。井川の焼畑も、正確には神事として続けられてきたものだ。また宮崎のように、しっかり伝統を根付かせた地域もある。
 
肝心なのは、単に地域おこしのイベントとして焼き畑を行うのではなく、そこで何を栽培するか、その作物を商品化してビジネスとして回していく心構えだろう。
ソバはわりと商品化しやすいし、ほかにも赤カブなどの野菜も出回っている。
 
ただ一品ではなく、複数年に複数の作物になれば。さらに樹木も育てるようになれば。和紙の材料のコウゾも短期間に収穫できる。私は、焼畑の炭まじりの表土だって商品化できたら……なんて夢想するのだが。
 
もちろん、すぐに採算に乗せられるとは思わないし、すべての山で焼き畑をしろというわけでもない。小さく、きめ細かくすることに意義がある。
それでも大規模一斉単種造林と皆伐の林業……いわばファースト・フォレストリーに対抗する、地域に根ざした多種生産農林業……スロー・アグロフォレストリーと位置づけられたらと思うのだ。(ただし、収穫が早いのはスローな方だろう。)
 
ちょっと、真夏の夜の夢かな。。。
 
 

2015/08/03

Yahoo!ニュース「質の林業は誰がつくる?」を書いた裏側

Yahoo!ニュースに質の林業は誰がつくる?~プレミアム国産材は現代の銘木~ を執筆しました。

 
これは、金曜日に訪れた大阪で開かれた「産地共催交流セミナー」の見聞・感想なのだが、知った顔も多いし、どちらかというと交流会に重きをおいた感じ?
 
 
しかし、本当のことを言えば、セミナーでプレゼンされた商品は、あまりにも正当なビジネスの話なのである。本来、どこの業界もこのように工夫しながら商品開発したり、利益を生み出すモデルを作ることに邁進しているはず。それが林業界では珍しく、あたかも新しい試みのように見えてしまうのは、実は不幸なことだ。
 
 
ともあれ、木材の価値をどこに置くかという点を考えると、やはりエンドユーザーが喜ぶものなのである。中間業者が喜ぶ価値とか、川上の人が自己満足的に感じる価値では金にならぬ。
 
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それでも、ここでは頑張っている人々に会えたことで心地よかった。森林や林業の話を聞きに行ったら、どちらかというと気が滅入ることが多いので……。
 
 
 
実はこの翌日、別のところで、今度は文字通り伝統的な「銘木」の話を聞く機会があった。そちらのこともまた記すこともあるだろうが、ちょっと悲壮感はあるものの、清々しく面白かった。
頑張っている人の話は面白いのである。
 

2015/08/02

コナラの木工品~日本の職人展

京都の伊勢丹で、「日本の職人展」をやっていた。

 
そこを覗いて、まず目に入ったのが、木工品。いや、職人展には、さまざまな素材があるわけです。金属も布も皮革に鼈甲、ぶどう蔓なども。その中で、たまたま目に入ったのが、木工だっただけで(^o^)。
 
Photo こんな木の器が並んでいた。
 
見ると、コナラ製。コナラ材を使った木工は、あるにはあるが百貨店まで出てくるのは珍しいなあ、とちょっと見入る。聞けば、富士宮市からきたNAKAYAさん。なんでもオークビィレッジで修業したそうだ。
コナラは収縮するし歪むし硬いし、作りづらいでしょうと余計なことを口ずさむ。だが、生の状態で削るから意外とつくりやすいそうだ。薄くすると乾燥は早くなるが、ちょっとの厚さで割れが入るとか。
 
ふと見ると、木のランプシェードもある。おや、これはどこかで見たことあるぞ……。
 
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これ、昨年の名古屋の木工家ウィークで見たもの。あれと同じだなあ、と話していると、私も出品していました、とのこと。
 
なんだ、見たのはまさに彼の作品であったか。それでは名古屋で彼と会っていたのかもしれない(^o^)。
 
 
職人展には、ほかにも木のオモチャとか、屋久杉工芸とか、象嵌細工を施した家具などを出展している人もいて、なかなかマニアックな集まりになっていた。(しかし箸箱に象嵌して、木材も何種類も使い分けて……ととんでもない作品だった。)
 
思わず欲しくなるものもあったなあ。ちと高いので衝動買いはしにくいが、楽しめますなあ。
 

2015/08/01

りくろーおじさんの店(の看板)

昨日、今日と、結構動き回った。猛烈な暑さに当てられて、体力を消耗する……。

 
歩いた中に、新大阪駅がある。以前はしょっちゅう訪れていた(というか、新幹線に乗るためにこの駅を経由していた)が、このところご無沙汰していた。新幹線乗車は、ほとんど京都駅経由にしたことためだ。
 
そして新大阪駅は、改装工事を経て随分変わった。
 
駅構内に多くの店ができて、そこに外国人が群がる風景が見られるのだが……。そこでみかけたお店の一つ。
 
 
Photo 「りくろーおじさんの店」。
 
この店、大阪ではちょっと有名な焼きたてチーズケーキの店。焼きたてチーズケーキが美味しいのかどうか知らない(冷えている方が美味いという声も多い)が、とにかく難波などの店では、焼き立てを求めて行列ができるのだ。それが駅に進出して「どこが焼きたてやねん!」というツッコミはおいといて。。。
 
その店の看板。
 
スギ丸太の小口をズラリと張り付けている。これは、ほかの店ではどうか知らない。私の知る限り見たことはないが、丸い年輪模様をチーズケーキを模しているのだろうか。
そして切れ込み(背割り)は、ケーキにナイフを入れた痕?
 
ともあれ、店舗デザインに木が利用されることが増えたと感じる一コマであった。

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森と林業と田舎