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2015/09/06

書評「想定外を生まない防災科学」

今夜のNHKスペシャルは「巨大災害」の第二回目。テーマは「大避難」だ。

そんな番組を見た夜には、この本を手に取ろう。

「想定外を生まない防災科学」(田中隆文・編著/古今書院)
   ~すべてを背負う「知の野生化」~
 
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「想定外」という言葉が、いつのまにやら幅を利かせるようになった。

私の記憶では、ホリエモンこと堀江貴文氏がプロ野球球団の買収・新球団創設に乗り出したときに、横から楽天が割り込みかっさらった時に口にした言葉が印象に残っている。
 
が、やはり最大の「山場」は、東日本大震災と原発事故の際に、政府はもちろん科学者からも乱発された「想定外」だろう。まさに大盤振る舞いされた「想定外」。
日本の社会は、「想定外」と口にすれば、誰も責任を負わず、被害者も悟りの境地に達する社会だと知って、ああ便利な国だと思った。
 
さて本書だが、タイトルどおり、このところ天変地異が続く度に「想定外」という言葉が繰り返される。しかし、科学の世界では想定できることも多いのだ。ただそれが一般市民はもちろん、政治家、行政に通じないもどかしさ。
それを防災科学の面から各研究者が論じている。
 
実は、東日本大震災の年に、砂防学会内に「砂防学における知の野生化研究会」というのが立ち上がり、そこで論じたものを集大成したのである。
 
私自身は、「知の野生化」という文言にピピピと来た(^o^)。全体に、各章内にある小タイトルなどのキャッチワードがウマイ。本文は難しくて読めなくても、タイトルを追うだけでわかった気にさせる。
 
章のタイトルをいくつか抜き出すと、
「想定外」はどこから生まれるのか
情報の信頼性をどう判断するのか
「市民知」のあり方
「答えはひとつ」からの転換
「すべてを背負う知」からみえてきた災害の実態……
 
まず論じられるのは、科学に対して一般社会が求めがちな「わかりやすい説明」がはらむ問題点の指摘だ。
それは、想定を必要とした単純化した科学なのだ。いわば実験室内の書斎科学。野外の科学は、幾千万の条件を積み重ねた再現性のない現場である。それを少数の原理に落としこんでしまうと、「想定外」を生み出すという皮肉な結果に陥っている。
「理解を助けるための典型例の提示」が、実は必要な注釈を取り除いてしまっている。それでは自然災害に対応できないということである。
 
ここでも「飼い馴らされた科学知」「野生化」するべき……という刺激的で魅力的なキャッチが使われている。
 
さて、本書はかなり難しい言葉の羅列が続く。私としてはもっと「わかりやすい説明」がほしい。これでは、砂防分野を専門とする学者しか読めないだろう。一般人は、見出しを追いかけて興味をもった章と、各章の最後につけてある「解題」を読めば最低限は理解できるんじゃないかと思う。
 
 
そこで私が無理やり本書の結論的な部分を「わかりやすく」抜き出すと、「わかりやすく単純化するな」「典型例に絞り込むな」ということになる(なんという皮肉!)。そして「注釈をいっぱいつけて、判断材料を提供する」という……。これを「すべてを背負う科学」と名付けている。
もちろん個別の特殊条件による事例の単純化・簡易化は、コンピュータの分析に任せることができることや、「情報は(削ぎ落として)精緻化せずに(結びの情報を)活かす」方法なども提起されている。
 
いわば、本書は災害や防災を扱う専門家としての科学者の情報発信方法のテキストになる。それは、今後も続く大災害時代のテーマになるだろう。
ただ、学者が研究として「想定外」を生まないようにしても、結果が一般市民に届かなければ、災害後に「この程度は想定していました」と言われても無意味である。防災科学は活かしてこそ、だ。
次に求められるのは、想定内の内容をいかに心に響くよう伝えるか、対象者を行動に移させるか、というテーマになるだろう。
 
 
……折しも、NHKスペシャル放映中に、こんな緊急速報が流れた。
 
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和歌山県みなべ町で、大雨による河川の増水が起きて、「避難判断水位」に達したというのだ。 実は現在、和歌山県中南部では大雨洪水警報が発令中なのだ。番組は、東京下町の高潮からの避難を取り上げているが、それどころじゃないでしょ!  
 
 
ちなみに、「伝える」というテーマは重要である。私自身も、常に迫られている。
なぜなら、私の執筆する内容は、森林などの自然科学のほか経済やら歴史やら民俗やら哲学やら……多くの分野を縦断的に取り上げることが多いから、本来は複雑で難しい。しかし私の執筆する舞台は、雑誌にしろ書籍にしろ、一般誌や教養書、などのノンフィクション部門であって、読者は専門家ではなく一般人を対象にしている。そこで常に「わかりやすい説明」が求められる。
 
つまり本書と反対の方向に向かうわけだ。しかも私は、注釈はなるべく付けないことに決めている。通常、注釈は読まれないからだ。
 
では、どうしているか。
 
それは……中心テーマ以外は、誤解する奴には誤解させておく、気にしない、である。もっと言えば、誤解されそうな書き方を「わかりやすくするために」あえて取ることもある。
野生化した知のうち、生き残るのは一つ」でいい。
 
これは、私の経験則なのだが、どんなに理を尽くし、文章力を駆使して説明しようが、誤解する奴は誤解する。あるいは読み手にとって気分の悪い、都合の悪い情報はほとんど受け取られない。いわゆる「バカの壁」は強固だ。それに立ち向かうのは愚、と感じる。
 
だから私のスタンスは、内容すべてを完璧に伝えようと思わない。どうしても譲れないテーマに絞る。あとはおチャラけて、誤解されて、批判されてもよい。かなり自らの合格ラインを下げている。
もっとも、それさえ難しい。もっとも論じたい本筋を無視した部分ばかりに注目(ツッコミ、批判、反論、異論ともいう)が集まることも多いのだけど。。。。
 
この点については、改めて所感を記したい思いはあるが、今回は抑えておこう。
 
 
 

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