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森と林業の本

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2015/10/21

森で哲学しようぜ!

朝、NHKの朝のワイドショー「アサイチ」を見ていると、「哲学」をテーマにしていた。

今、哲学が流行りなんだそうだ。NMB48のアイドルから子育て主婦まで哲学にハマる人が続出していて、哲学カフェも各地で開かれているとか。
 
そこで紹介される哲学は、「ものごとの本質を考えること」と大雑把に説明されているけど、古今東西の哲学者? 思想家? の箴言・格言などが登場して、なかなか楽しめる。
 
実は、私も今思えば哲学に凝ったことがあった。中学生の頃に図書館で見つけた格言集や、それらを語った人々の伝記を読みふけり、高校の倫理の教科書に載る哲学者の唱える主義主張を熟読・理解するため呻吟していた。まあ、テスト対策もあったのだろうけど、わりと楽しんでいた記憶はある。
当時は、これが哲学とはこれっぽっちも思っていなかったが、この番組の定義に合わせたら哲学となるのだろう……。もっとも、哲学と思想、あるいは宗教の教義との違い……などと考え出すと複雑になりすきて混乱するのだが。
 
 
で、何が哲学のオモシロさかと言うと、私にはうだうだ考えることなのである(^o^)。
 
これがこうなってああなり、その裏にこんな要因があるから、きっとこうなる、みたいな。
たとえは「人生とは」とか「幸福とは」なんてことも、それらに当てはまる要因と条件、さらに事例を数多く積み重ねて考えていくと、因果律の思考ゲームみたいなところがある。
 
肝心なのは、完全な解答が出ないことだ。数学など理系にありがちな論理的に導き出せる結論は出ず、曖昧こもな「意見」だけである。それこそテレビに登場した哲学者が口にしたように「解答はないのが哲学」なのだろう。
 
 
そんなことを「アサイチ」を視聴していて思っていると、これって林学にも当てはまるのではないか、と気づいた。
森林は、あまりに多くの要因が絡み合っている。環境や土質、樹種と個体差、それに人間社会の経済や心理まで複雑に絡んでいる。何より時間のファクターが重い。
 
しょせんは、時間によって森がどのように変化するかわからない。1本の木を切ることで、周りにどんな影響を与えるかなんて想像するしかない。目標林形を決めようと、50年100年先にどんな木が育つかわからない。育った木からどんな木材が採れて、何に使えるかなんてその時の人間の都合なんぞ今は知ったことじゃない。
 
でも、考えてみる。とりあえず考えられるだけの環境や経済や人間社会の要因と条件を思い浮かべ、さらに各地の事例を参考にして、きっと、こうなるんじゃないかなあ、と「意見」をひねり出す。
その意見は、しばらくして変わるかもしれない。新たな研究事例なども現れるだろうし、数年で森が思いもかけぬ方向に遷移するかもしれないのだから。
 
……これって、哲学だ。解答がない点も(^o^)。
 
 
私は、これまで森林生態学を学ばず林業するな、と思っていたが、今後は哲学せずに林業やるな、に変えようかな。
 
 
実は、また某大学の森林系の研究室の女子学生から連絡があって、今度会うことになった。わざわざ生駒まで来るというのである。
 
森林とは、林業とは、地域社会とは……といろいろ思うところはあるようである。
私としては、森林に関したことで、お望みとあらば可能なかぎり協力するつもりだ。とくに女子大生には(⌒ー⌒)。
 
ただ、一応付け加えたのは、まず「考えなさい」である。考えて考えて考え抜いて、自分なりの「意見」を持たないと、本を読んだり人に聞いた話を丸呑みするだけで終わってしまう。ちゃんと考えてから来ること。私の話もそのまま信じず、その後も考え続けること。
 
森で哲学しようぜ!が、これからの合い言葉だな。。。
 

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