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森と林業の本

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2015/11/23

米は飼料、木材は燃料、そして人は……

日本の米作は、長く減反政策が取られてきた。

 
まあ、再来年に減反は形ばかりなくなることになったのだが……。しかし、転作補助金はなくさずに、米以外をつくれば補助を出すことで米の生産量を減らそうとしている。
 
とはいっても、大豆などをつくるためには水田を畑に変えなくてはならない。水田と畑は、同じ農地でもまったく違う土壌となるから、事実上田んぼは消えてしまう。そこで注目されているのが飼料米や米粉用の非主食米だ。
 
なかでも品質を気にせず量をつくればよい飼料米が人気だ。低コストで大量生産するものに補助金を出す。補助金も量に合わせて出すから、量をつくれは収入増となる。
これまで「美味い米」をめざしてブランド米づくりに燃えていた農家からすると、気が抜けたような米だろう。
 
今再び、農家は量を生産する方向に舵を切ったのか。。。
 
 
……林業界も、量を求められるバイオマス燃料用木材ばかりが注目を集める。合板用B材もよく似たものだが、より品質を気にせず量さえ出せば、FITで高く買い取ってもらえる。
 
手間ヒマかけた造林が金にならず、放置林が金になるという倒錯状態だ。その伐出も、低コスト至上主義だから、森が荒れても気にしない。再造林もお題目だけ。
せっせと銘木(とまで言わないまでもA材となる品質の木材)生産に勤しんできた篤林家にとってはたまらんだろう。
 
一般的には、「世の中、量から質へ」と言われている。消費社会が爛熟して、食うに困らず、欲しいものもなくなってきた今は、「より良いもの」を求める質重視の消費へと移ってきた、と。
 
 
だが、現実には質より量なのではないか。
質を求めるのは、少数にすぎない。あるいは質にこだわるように見えて、実は小賢しいグレードアップに幻惑されているだけにすぎない。美味しいものを求めて、選ぶのが操られたB級グルメなのである……。
圧倒的に価格を気にする消費者が増えて、安くて量のあるものを求めているのではないか。
 
 
そして気づいた。人間も、質から量へ移ったのだ。
 
かつて求めた質のよい人材は、ほんのわずか幹部候補生として確保するだけ。大半は、非正規労働者という名の量で済ませるのだ。人材の質を求めるより、支払う給与を抑えられる制度が喜ばれる(経営者には)。いや、自動機械化やマニュアル化が進むと、非正規・未熟連労働者で間に合ってしまうというべきか。
仮にその中に優れた人材がいても、圧倒的なその他非正規の量に埋もれ、低賃金に甘んずるしかなくなる。
 
そして非正規労働者は、低賃金ゆえに質の高い高価格商品は買わない。食べ物も、家具や住宅も。農林業は、それに則しているわけだ。
彼らには教養などもいらない。反知性的である方が、大量生産低価格商品の消費者となる。せいぜい刹那的な道楽を与えておけばよい。
 
 
生産者側の視点に立つと、思いっきり金を持っているごく少数の人向けに本物のA級商品をつくるか。それともオシャレに着飾ざって見せ高級ぽく見せかけたB級品を生産して小銭を稼ぐか。それとも量のみを追求した商品を奴隷のごとく造り続けるか。
 
 
こんな選択肢しかないのか。。。
 
 
ふと思い出したのは、「世界で一番貧しい大統領」ことウルグアイのホセ・ムヒカ前大統領のリオの演説である。。。。
 
彼の演説は、日本で絵本 となり、15万部も売れているという。
 
 

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