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2015年12月

2015/12/28

なぜ?に応える「森の理論武装」

2015年もあとわずか。

 
ここで1年を振り返ると、私にとって今年は、多くの林業女子と触れ合う(本当に触れたわけではない!)機会が多かったのが印象に残る。彼女らは、いずれも森林に、林業に非常な思い入れを持ち、また行動が軽やかだ。それは男子と比べ物にならない。
 
ただ、私が話したことの一つは「考えろ」である。
 
何を考えるか? それも考えろ(笑)。自分の感情をそのまま発露したり、他人の意見をそのまま受け売りするな。、と言いたい。これだけだと上から目線的だけど、実は自分にも降りかかってくるのだ。
 
森が好き。森は大切である。森を守りたい。林業が好き。林業に就きたい。林業を元気にするには。
 
それらは素敵なことであるが、その思いは他人に伝えて納得してもらわねば何も始まらない。さもないと賛同者は増えない。自分が好き、だけで止まらず、なぜ好きか。なぜ大切か。なぜ守らなくてはならないか。なぜ自分は林業に肩入れしているのか。
 
直感的に「好きだから」という感性は重要だと思っている。が、それをいかに他人に広げるか。……実は、私自身が立ち止まっているポイントだ。世間に森林とは何かを伝え、森林の大切さ、保全を訴える……その手前に、「なぜ」が横たわる。
 
一般には、森林は酸素を出す、二酸化炭素を吸収して地球温暖化を留める、水を溜める、水をや大気を浄化する、土壌流出を抑える、生物多様性を維持して遺伝子資源をもたらす、そして木材等を生産してくれる……といった知見が紹介されている。また森林を健全に育つには人の管理が必要で、それは林業によって成されるし、山村社会を経済的に支えるという言い方で林業振興も訴えられる。
 
が、私はその多くに反論しているし(^^;)。また代替素材や条件も多い。第一、こんな理屈を持ち出されたら引く人が一般には多いのではないか。地球温暖化を防ぐために、森を愛しましょう! と言われても……。
 
では、何か。
 
それを一般人が納得できるような理論武装をしなければならない。
 
 
さらに、なぜバイオマス発電なのか。
なぜ森を伐り開いてメガソーラー発電なのか。
本当に素材価格が安くなるCLTが木を活かすことなのか。
補助金ジャブジャブのバラマキが本当に地方創生なのか。
 
反射的にそれらを腐しても何も生まない。なぜそうした方向に進むか考えねばならない。
 
まだまだある。いくら皆伐が森を破壊して、環境にも景観にも悪いし、そもそも自分にも一時期の収入しかもたらさず持続的な森林経営が不可能になってしまうとしても、それを選択する山主が多いのはなぜか。それを止める発想はないのか。
 
木材価格を上げるにはどんな方法があるか。
そのための先行投資に必要な資金をいかに調達するか。
 
そういうことを考えねばならない。そして関係者に納得してもらわねばならない。
手間とリスクを負って、取り組む人を増やさなければならない。
 
森よ、武装せよ! 誰もが納得できる理論で。
 
 
 
……本年は、ここまでとしよう。
 

2015/12/27

『小説紙の消える日』を読んで

小説 紙の消える日~森林メジャーの謀略』という本を読んだ。

 
著者は、森山剛。版元は、廣済堂。
 
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出版年は1982年1月(初版)だ。私の手にしたのは5刷りだから、よく売れたことになる。もちろん、こんな古い本は書店では売っていなくて、たまたま古書市で見かけたのを手に入れたのである。
 
結構分厚い本なので、読み終えるのに時間がかかったが、一読、これは小説ではない(笑)。
実は著者自身が、あとがきで「小説と題するのは不見識」であり、展開に想像力が必要なのでやむなくとった方法だと記している。そして「啓蒙書」になれば、とある。
事実、著者は何者かわからないが、とても小説家、いや文筆を職としている人とは思えない。おそらく製紙業を管轄する(通産)官僚だろう。名前もペンネームだ。
 
 
内容は、森林メジャーズ(アメリカやカナダの巨大製紙会社&森林所有会社)が、木材資源(主に製紙チップ)の供給を牛耳る「陰謀」を延々と語っているだけで、たいしたストーリーはない。
 
ただ結果として、日本は為す術がないのだ。日本の製紙業は、多くが北米産チップに依存しており、価格をどんどん上げられたり輸出を絞られることで、ギブアップしてしまう。森林メジャーは世界中に手を延ばしているから、他者と取引を始めても、ほかの国に植林しても、環境保護運動に押されて身動きとれなくなってしまう。古紙利用率を高めるなどの手も限界に達する。(当時、国産材資源は底をついていて、はなから期待されていなかったよう。)
 
結果的にチップでなく、パルプ輸入や紙自体を海外に依存するようになるが、新聞や雑誌・書籍も、紙を牛耳られることでマスコミ支配を確立するのだ。
……そんな話をずっと書きつらねている。
 
正直、40年近く前の世界情勢でもあり、どこまで実際の動きだったのか、どこまで想像が入っているのか、よくわからない。ただ、かつての製紙業界の内実は伝わってくる。
 
 
さて、現在と比べると、どうだろう。少なくても現在の日本の製紙業界は、ここまで森林メジャーに牛耳られていないようだ。それどころか紙の需要が落ちて困っているはず。アメリカも、森林を保有管理しているのはREITなどファンドになってきた。
 
またマスコミが紙に支配される時代は終わりつつあり、テレビなど電波さえも黄昏ており、今やインターネットを通した電子メディアが席巻している。石油の値段も、本書にあるように上がりぱなしではなく、現在は暴落している。
 
それでも紙の重要性はまだまだ高い。森林=木材・チップ=紙資源・燃料に結びつき、それは世界経済を裏で支えている(だから森林を通じて世界を支配できる)という論理は、一理あるだろう。昔から木材は戦略物資であったし、今も決して無視できるわけではない。 
 
 
それとは別に、アメリカの森林業者の言葉として、「木を植えるのは、自分のためではなく、子供のためでもなく、孫のため」というのは唸る。長期戦略を持っている強みと言えようか。日本にそこまで言える林業家はどれほどいるだろうか。
 
 
製紙業界の勉強の第一歩としては、この本、なかなか役に立つ。
 
※著者の守山剛氏とは、元通産官僚の佐藤剛男氏(後、衆議院議員・故人)であることがわかった。
 
 
 
 

2015/12/26

丸太の寄木看板

年の瀬ですねえ~。

私も、今晩は“自分へのご褒美”のつもりで、某所にお出かけします。
 
だから本日は簡単に、先日の浜松で見かけた「丸太の寄木」看板を。
 
Dsc_0082
 
角材でなく、丸太の断面を寄せるだけで、ちょっと違ったデザインの気分になるから不思議。
 

2015/12/25

ふるさと納税とふるさと投資

今や「ふるさと納税」が大はやりだそうである。

もちろん、納税した先の特産物をもらえるからだろう。

 
私は、大嫌い!なので、絶対にふるさと納税することはないだろう。何がイヤって、これが各地の地域振興に役立つとは思えないうえ、ふるさとでもなく、とくに愛着のある地方でもない自治体に納税することは、税金の本義を狂わせる気がするのだ。
 
当初、単純に自分が納める住民税の一部を気に入った自治体に移す、というだけなら、さして気にならなかった。そういう手もありかな、と思っていた。が、今や納税してくれた人に御礼の品を出すのが当たり前になり、それを目当てにするようになっている。
 
考えてみれば、納税額は同じなのだから、それをどこの地域に振り分けても金額が膨れるわけではない。つまり納めるところがあれば、その分納税額が削られる自治体がある。これはゼロサムゲームである。
 
しかも、そこから御礼の品という名目で地元の名産品などが贈られるとなると、その分は目減りするわけだ(郵送料とともに)。地元の産品をつくっている業者は儲かるかもしれないが、それは地域づくりとは少し違う。行政に買い上げてもらうのは公共事業のようなものだ。波及効果が薄いだけでなく、本当の消費者に顔を向けた商品づくりではなくなる。ようは、自治体の担当者を口説けばよいことになる。
 
地域づくりでは、地域の生産量(額)・純収益を増やす方向に誘導しなければならない。ふるさと納税にそうした効果は薄い。住民でもなく、地域の純粋なファンでもない人から税金を多く集める自治体は、長い眼で見れば衰退するのではないか。
 
 
さて、一方であまり知られていないものに「ふるさと投資」がある。これは、地域創生につながる事業に小口で投資してもらうものだ。いわばクラウドファンディングの一種だろう。
 
これは、あくまで事業への投資だ。株式投資と同じく、その事業を動かす資金の提供であり、事業の結果に対する配当がある。決して納税とか寄付金のようにお金を出したまま、というのではない。
 
私は、こちらの方が健全だと思う。事業が成功すれば収益を産み、地域の生産額(量)を増やすわけで、地域起こしに寄与するはずだ。
 
ふるさと納税による見返りと投資に対する配当は、金を払う人からすれば同じようであっても、意味が違う。
調べてみると(セキュリテという会社がやっているみたい)、お酒とか地元の特産品の生産のほか、太陽光発電所づくりとか、新しい交通インフラづくり、そして新しい商品開発の資金などもある。
 
正直、私の眼からするとくだらないものもあり(^^;)、すべて推薦できるものではないが、ともあれ事業として利益を生み出すことを一義に置いていることからは納得できた。
 
ただ、さらによく見ると、(クラウドファンディング全般にも言えるが)まともな配当でないものも多い。記念品レベルのものを渡すだけという投資もあるようだ。これって、投資じゃない。単に寄付金を集めるのと同じになってしまう。悪どい人がやれば、持ち逃げもできる。(ウケのよい事業を提案してお金を集め、記念品だけ配って事業を行わずに逃げてもバレないかもしれない。)
 
本来は、生み出した利益の中から配当すべきなのだ。そして成功すれは配当は大きく、失敗したら配当はなくなる形式であるべきだろう。
配当は、何も金銭だけではなくてもよい。出資者の満足感に訴えるものもありえる。たとえば地域の山林や土地の利用権を何年間進呈とか、事業でつくるものの命名権を与える、記念碑に名を刻むぐらいのことがあってもよい。
出資側も、その事業が成功するか否かを吟味し、成功の暁には株主になるぐらいの気合を持つべきではないか。
 
 
改めて思うのは……「もっと、真面目に地域づくりしようよ」である。
知恵を絞って、本当に地元に利益を生み出すようなシステム設計にしないと、目先の金のバラマキでは、返って衰退を助長するだろう。

2015/12/24

NHK「フランケンシュタインの誘惑」

クリスマスイブにふさわしい番組を見た。録画であるが……。
 

NHK BSプレミアムでフランケンシュタインの誘惑~科学史闇の事件簿というドキュメンタリーが不定期に放映されている。

「科学」の持つ魔力にとり憑かれ、人生を狂わされた科学者たちの闇の事件簿―。

輝かしい科学史の闇に埋もれた事件に光をあてる、新しい知的エンターテインメント番組

……だそうだ。

私は、気に入って自動録画を設定しているが、今夜は3作目を見た。

 

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初回は「不死の細胞狂想曲事件」
天才外科医アレクシル・カレルは、永遠に分裂を続ける不死の細胞をつくったというが……。STAP細胞を思わせる謎の事件である。
 
2回目は、「愛と憎しみの毒ガス」
農業に革命をもたらした空中窒素固定法を発明した化学者フリッツ・ハーバー。彼は、後に毒ガス開発に邁進する。
 
そして3回目は、「マリーが愛した光線」
二度のノーベル賞に輝く女性化学者マリー・キュリー。原子が変化するという物理学上のパラダイムを転換させたラジウムの発見だ。これは壮絶であり、恐怖のテーマだった。
 
夫ピエールとともにラジウムを発見し、その強力な放射線を利用したガン治療をめざした。だが、ラジウムは全世界に広がり、恐るべき放射線被害を引き起こす。なんと戦前から放射線は多くの人々を蝕んできたのだ。
 
その危険性を熟知していたはずのキュリー夫人は、そうした事態にもなんら警告を発することなく、「わが子のようなラジウム」の利点を強調し続けるが、やがて自らも倒れる……。
 
科学への愛が歪んでいく過程は、おぞましさと悲しみがないまぜになって襲ってくる。
 
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これは科学だけでなく、自らが夢中になって取り組んだ「もの」の明るい一面に固執するあまり、負の面に目をつぶってしまう危険性を問うているのではないか……。
 
 
 
私も、常に林業や森林を擁護しませんぜ。森林を破壊する林業なんぞ必要ないし、森林のない方がよい生態系社会だってあるだろう。ちょっと肝に銘じておこう。
 

2015/12/23

わからない!森林認証の実情

Yahoo!ニュースに書いた「新国立競技場の知られざる不安」の記事の反響が続いている。

 
すでに雑誌や新聞、そしてテレビ局の取材を受けた。「お会いして話を」というのだが、「私は奈良在住ですが……」と記すと、あっさり電話取材に変わる(^o^)。
 
それはいいのだが、いろいろ質問されると私もその場でスラスラ応えられるほど森林認証制度とオリンピックにまつわる事実関係には詳しくない。
 
とりあえず調べ直すと、まずFSCとSGECの認証を取った国内森林面積の統計が古かった。記事を書くときは2013年版を使ったのだが、今年の統計が出ていたのである。
 
SGECは、ぐっと増えて126万ヘクタールになっていた。FSCは、日本国内ではたいして変化はない模様だ。ただ、こちらは増えたり減ったりしている模様。
 
とりあえず記事の中の数字を修正しておいた。
 
※気になるのは、FSCの認証を取った森林の一覧がどうしても見つからないこと。FSCジャパンのHP内を探してもわからない。FSC本家の一覧に飛んで検索しても、具体的な森林の在り処が見つからない。ナンバーだけだったり……。誰か、教えてください。
 
 
 
ちなみに、「持続可能な森林経営のための勉強部屋」 に、世界と日本の認証森林面積などがアップされている。これが最新かな。
 
これによると日本の認証森林は、全森林面積の6,6%らしい。世界の認証森林の割合は11,27%であるから、半分程度しかないことになる。とくに欧米との差が大きい。中北米が3割を超えているとは思わなかった。SGECは、まだ国際的な認証とは認められていないのだから、それを外すと見るも無残になる。
 
そういやSGECがPEFCにちゃんと加盟できるのか、するとしたらいつなのか、誰か知りませんかぁ。
 
 
 
なお、記事は新国立競技場を前面に出したが、重要なのはオリンピック全体に使われる木材である。
正直、競技場で使われる木材ぐらい(A案に決まったが、提案書によると使用する木材の量は1800立米であった。)は、国内の認証材で賄えると思う。国の威信をかけて集めるだろうし、業者も協力するだろう。
ここは、私も飛ばして書いたところだが、では、そのほかの施設、たとえば選手村などでは、どの程度木材を使うのか、見当もつかない。
 
オリンピックの施設について詳しい人、誰か教えてください
 
 
また当初の記事では、木材のことばかり書いたが、オリンピックでは紙類も森林認証ペーパーを使うことが推奨される。この点を書き落としていたので少し記事に加えた。
ちなみにロンドン五輪では木材・紙ともに100%認証モノだったそうだ。となると、東京五輪でも……と考えるが、国産材の認証ペーパーなどほとんどないように思うが……?
日本国内の製紙工場でつくっていても、材料は認証外材を使っているのではないか。
 
認証の中でも製紙の部分は、よくわからない。誰か教えてください。
 
 
 
以上、質問コーナーでした(⌒ー⌒)。
 
 
 
 
 

2015/12/22

「重要里地里山」って?

境省がまた妙なことを。

 
「生物多様性上重要な里地里山」(略称・重要里地里山……もっと略せよ。。。)を選定したのだ。それも500か所も。
 
ようするに生物多様性に優れた里山(環境省は、それに里地をつけたがる)を選んだというのだが……とくに何かあるわけではない。まあ、名前を売る肩書みたいなものか。
 
ちゃんとHPもつくっている。
 
具体的な選定には、3つの基準を設けて、そのうち2つが該当すると合格としたという。
もっとも条件に満たない場合でも、動植物の生息生育状況や生物多様性保全の観点から重要性がある地域、さらに自然性の高い環境(二次自然ではないということか?)であっても、「地域住民にとって身近な自然」「手をかけて守り続けている自然」である場合は、選定の対象としたという。
なんとか選定地の数を増やしたかったらしい。
 
 
ちょっと基準を抜き出してみる。 
 
基準1:多様で優れた二次的自然環境を有する
 従来のくらし・生業、新たな活動等、人の適切な関与がなければ劣化、消失のおそれがある身近な自然(手入れの行き届いた社叢林などの残存林、ため池・自然水路、二次草原(半自然草原)、氾濫原・谷津田等の低地・湿地など)がある。
農地、ため池、二次林、草原などの環境がモザイク状に存在し、動的な土地利用が行われている。
基準2:里地里山に特有で多様な野生動植物が生息・生育する
 対象地において、里地里山に特徴的な種(里地里山的環境を好む種、里地里山的環境に依存性の高い種、複数の異なる環境を必要とする種など)、あるいは希少種についての生息・生育情報がある。(種名、種数など)
希少種、象徴種などの保全の取組によって、当該里地里山全体の保全、その他さまざまな種の保全につながっている。
基準3:生態系ネットワークの形成に寄与する
 豊かな里地里山生態系のシンボルであるオオタカ・サシバが確認されている。渡り鳥の生息地・中継地点として、国際的に重要な地域である。
生きものの視点から見たつながり、生態系の視点(森・里・川・海等)から見たつながりを確保している。
 
 
別に悪いことではない。選ばれた地域が文句言うことはなかろう。
 
しかし「選定により、地域の人々のくらし、農林業の営みや土地の利活用等に対し新たな制約や規制等を生じさせるものではありません。」とあるから、ようするに何もしないということだろう。選定してやったから、後は頑張れよ、ということか。
 
むしろ、すでにある「日本の棚田百選」やら「日本の里百選」 など官民さまざまな里山対象の百選など、同じようなものが並ぶことが気になる。ほかにも「ため池百選」とか「日本の美しい村景観百選」、「水の郷百選」……などもある。
 
この手の百選は、農水省などの選定が多いから、環境省も負けずにつくりたかったのだろうか。SATOYAMAイニシャアティブに引っ掛けて。
 
でも、「重要里地里山」というダサイ(^^;)命名だと盛り上がらねえ……。しかも数が多すぎる。
 
 
ちなみに奈良県では生駒市の高山地区が選ばれていた。誰が推薦したのだろうか。
 
ここ、以前はニュータウン計画があって、土地も多くがURが所有している。計画はすったもんだのあげく頓挫したのだが、その後は放置状態で多くが荒れている地域だ。それを重要と言われても……。
ただ、この高山の土地を、今は生駒市が買い上げようとしている。塩漬けの土地を公金で。何の利用計画もなしに。
 
ああ、今の市長は元環境省の役人だった。。。なんか裏が読めるなあ。

2015/12/21

Kindle版『ゴルフ場に自然はあるか?』購入

電子書籍『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』、発行されました!

 
さっそくダウンロードしました。
292円かかるはずだったけど、なんとAmazonポイントが使えて、実質ゼロ円に。こんなやり方もあったのか、と感心。電子書籍になることで出版界の再販制度から外れると、単に定価を変えられる(下げるのが一般的)だけでなく、購入にもメリットがあったか。
 
どんな画面かというと。
 
Dsc_0084  Dsc_0085
 
序文と、新たに加筆した最終章。
 
写っている目次は隠すこともできる。改めて読み返すと、字がわりと大きい。これはパソコン画面に合わせたからだろうが、新書版より読みやすいかもしれない。
 
ちなみにスマホではどのように見えるかは、日を改めて挑戦してみよう。
また書面を見ながら「デジタル大辞泉」を立ち上げて(文字の上でクリックするだけ)、書かれた言葉の意味を調べることもできる。。。。まあ、自分の書いた本でそれをやったらバカだが。 
 
 
同時に版元よりチラシが送られてきた。
 
Photo
 ゛
下についたQRコードを使うとどのようになるか試してみる(スマホのICタグリーダーを起動させてかざすだけ)と、Amazonおよび楽天の書籍購入窓口に飛んだ。。思わずクリックしてしまいそうになった(^^;)。もちろん二度買いはしないよ。。。
 
なるほど、いろいろできるもんだなあ。
 
 

2015/12/20

スイスの高付加価値戦略を支える仕掛け

私は、数年前にスイス林業の視察に参加させていただいたほか、地元奈良がスイス人フォレスターを招いた研修を実施するなどしたおかげで、そこそこスイス林業について触れることができた。
 
そこで関心を持ったのは、スイス林業が高付加価値戦略を取っていることだった。つまり量ではなく質の木材生産だ。それは奈良県の吉野林業と通じるところもあり、大いに参考になるのだが、同時にスイスの林業はそれなりに黒字基調で展開しているのに、吉野林業は息も絶え絶え……という差も感じざるを得ない。
 
しかも、スイスは仰天するほどの高物価国家だ。商品も高ければ賃金も高い。感覚的には、日本の2倍3倍だ。だが、回りをEU諸国に取り囲まれ、陸上を通じて人や物資の流通は盛んだ。EUには加盟していないものの、何も鎖国しているわけではない。
特別な関税もない模様で、ようするに安い商品が、隣国から流れ込んでくる。国境付近の住民は、隣国に買い物に出るのは日常茶飯だろう。
木材だって例外ではない。それなのに、安い外国産にシェアを奪われず、経済が維持できるのか。そして生産者にとって理想とも言える開発と生産を続けられるのか。。。
 
なぜか? その疑問はずっとこびりついていた。
 
その理由を探ると、まず育林過程のコストダウンだろう。植林しない天然更新もその中に含まれるが、収穫(伐採)イコール育林という形態も重要だ。
さらに高品質の木材を、高付加価値商品に加工していることもある。「スイス・クオリティ」という言葉まであって、利益率が高いのだ。私が見たのは、木製サッシや家具だったが、高い品を買える国民がいる。また海外へも売れる。
そして、1本の木材から様々な商品を生み出して利益を出す「複業」体制。製材だけでなく集成材化、建築とも連携して、さらに樹皮や端材は肥料や燃料に、という「大林業化」を進めていた。
 
だが、それでも完全には納得できない。グローバル化の流れに、その程度の努力で乗り切れると、私は思わない。人は、易きに、安きに流れるものだ。
 
いくら国民性と言っても、絶対に大多数が安い商品に流れるはずだ。とくに昨今の木材価格では、林家(たいてい農業兼業)に十分な収益を与えない。それなのに……謎だ。
 
 
さて、たまたまスイスの農業事情を知る機会があった。
 
スイスと言えば、精密機械や金融産業が有名だが、実は農業国でもある。
農業も、EUから安い農作物が流入すれば、苦しいはずだ。しかし、有機無農薬栽培が非常に進んでおり、しかも地元産の愛好傾向が強いという。高くてもよいものを、という価値観が国民にも浸透しているらしい。
 
 
2  スイスのスーパーマーケット。
 
 
が、もっと端的に農家が高付加価値農業に挑戦できる理由を見つけた。
 
スイスの農林水産業の生産高は、国内総生産(GDP)の0,77%に過ぎないが、農業予算は連邦予算の約6%に当たる約37億スイスフラン(2013年・約4520億円)に上るのだ。そして、この予算のうち約8割が、農家への直接支払いなのである。
 
そう、農家へのデカップリング、直接支払いの所得保証制度で農家の生活を支えているのである。とくに有機農業のほか、景観維持や生物多様性の保護といった条件を満たす農家には、支払いが加算されるそうだ。
そして農家の多くが森林を所有しているから、農業収入(直接支払い分)も含めて森林経営ができる。
 
生活が保証されているから、「理想的な」農林業を展開できるわけか。食えなくなる心配がなければ、リスクのあるチャレンジもしやすくなる。100年後の森づくりを語れるはずだ。
 
莫大な補助金を支出するという点では、日本も同じ。……ただし、日本のような農作物(の価格)保護や労働対価でないところが大きな差となる。あくまで農林家の生活最低保証なのだ。 
 
日本の補助金は、決められた枠をはみ出したチャレンジを許さないシステム設計だ。そして所得保障どころか1回の失敗で人生を失いかねない負債を被る社会である。これではリスクのある挑戦などできなくなる。さらに所得格差を増大させる政策が取られている。
 
しかし、恒産なくして恒心なし、である。生活が安定しないと、ぶれない心で理想を追えない。森づくりという時間のかかる作業には、結果を求めない所得保証もありではないか。
 
 
ちょうどフィンランドでは、ベーシック・インカムを実施を検討することがニュースになっている。これは、何も福祉国家だからではない。
全国民一人一人の最低限の生活を保証する金額を出すことで、理想の人生に一歩でも踏み出すことができる社会をつくろうというのかもしれない。……国民の生活を安定させることで、社会不安が起こりにくくなり、治安コストが減る。さらに起業家が増えて、成功者が多額の税金を納める……といった 好循環を狙っているのだろう。

2015/12/19

ツリーシェルター林立!

先日訪ねた京丹波町。

 
帰り道、ふと車の窓の外に異様な光景を目にして、急ぎ進路を変更。幹線道路から逸れて田舎道に。そして、もっとも近づいたところから撮影したのが……。
 
1
 
おおお、ツリーシェルターが林立しとる。低い山を皆伐した跡地は、何ヘクタールくらいかな。1~2ヘクタールはあるが、もしかして尾根の向こうにも広がっているかもしれない。
 
しかし、ツリーシェルターを立てるということは、苗木を植樹したというわけだ。それにしても、スゴイ本数。
 
で、さらに近づきアップにすると……。
 
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こんな感じであった。植えた場所まで直接入れたらよかったのだが、間に谷がある(^^;)。それに一応他人の敷地なんで諦めた。
 
しかし、なんか妙。ツリーシェルターの間隔がやけに狭い。相当な密植だ。ここで北山杉施業でもするんだろうか。それにしても、回りは雑木で、とても林業地には見えないのも不思議だ。間に残された立木は、マツだろう。一体、シェルターの中の樹種はなんだろう。本当に木の苗なのか、疑問になってきた。
 
広葉樹植林? それにツリーシェルターを被せたらものすごい経費がかかりそうだ。
もしかして実験林とか、研修林かも。ツリーシェルターの効果を調べるために……。
いやいや、流行りのメガソーラーを並べようと思って皆伐したけど、実は保全林だったりして、行政許可が下りずに再植林を命じられたとか……
 
いろいろ想像してしまう(~_~;)。
 
 
せっかくだからグーグルの航空写真でもチェック。
 
Photo_2
 
真ん中の白い裸地ではない。ここは建設重機が伐り開いたような場所だ。その下側の、どうみても雑木林部分である。航空写真で雑木林が写っているということは、伐採され(再植林し)たのは、そんなに昔ではなさそうだ。
 
誰か、事情を知っている人はいないかなあ。
私としては、見事なツリーシェルターの林を写真に納められたことで満足しているが(笑)。

2015/12/18

Kindleアプリに挑戦

来週、『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』が出版される。

 
すでに紹介したとおり、これは電子書籍だ。
キンドルのような専門の書籍リーダーだけでなく、タブレットでもスマホでも、普通のPCでも読める。……そうだ。
 
ただ著者である私も、とくに無料でダウンロードできないらしい(;_;)。通常、執筆者には版元から無料献本が何冊かあるものなのだが。自分で買えってか。
 
実は、私はこれまで電子書籍を読んだことがなくて(^^;)。書籍リーダーはおろか、タブレットも持っていない。だがパソコンでもOKとのことなので(スマホもOKだけど、あの小さな画面で読む気がしない)、挑戦してみることにした。自分の本を金出して買うのも釈然としないが……。
 
 
とりあえずAmazonのサイトに行く。
 
カテゴリーのタブを開いて「Kindle本&電子書籍リーダー」のコーナーに飛ぶ。
 
Kindleのコーナーをクリック。
ありゃ、これは電子書籍リーダーの購入コーナーであった。これじゃない。
 
サービスのコーナーの中のKindle無料アプリをクリック。この中にダウンロードのアイコンがあったので、クリック。ああ、。勝手にどんどんダウンロードしちゃうよ。
 
思わず二度押ししたら、2回もダウンロードしてしまった(;´д`)。
 
と、ともあれ、ダウンロードのファイルから立ち上げる。
 
これがKindleアプリか。。。
 
もちろん、空っぽ。何か書籍をダウンロードしなければわからない。
拙著は、まだ発売していないし(『森林異変』Kindle版もあるのだけど……)、何かその気になる本はあるだろうか。
 
Amazon、Kindle版の中をいろいろ探っているうちに、なんと無料本というのもあるんだね。漫画もある。意外と無料本が数多い。実験には、無料本で十分だろう。
 
なかには、エロティックな写真集?雑誌?もあったのだけど……激しく心は動いたが、記念すべきKindle最初の本がこれでは、と(泣く泣く)自制する。
 
よし、『ぼくたちに、もうモノは必要ない』(無料お試し版)というのを選んだ。ミニマリスト、つまり物を最低限しか持たない生活を送るススメだ。うん、私も身の回りのあふれるモノを整理しようと思っていたところだ。Kindleの最初にこれは、悪くない。
 
というわけで、Amazonのそのページに飛んで、クリック。もちろん価格はゼロ円を確認済み。
 
十数秒でダウンロード終わり。あっさりしたものだ。
 
それがKindleアプリ画面に表紙が表示された。こちらも簡単なもんだね。
さっそく開く……ええっと、まず目次をクリックすると一覧。最初から現れた。
続きはスクロールすることで読める。
私のパソコンはWindows7なのでスクロールになるが、Windows8以上とかタブレットなら、タッチパネルでページを繰るんだろうな。 
 
読むのは、とくに問題ない。書籍と同じ縦書きなのが新鮮に感じるぐらい。
 
驚くほど簡単でした。しかも、ここまではタダ。
 
よし、予行演習は済んだ。来週21日には、『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』をダウンロードしよう。年末年始は、半額セール。292円だよ。期間を過ぎると、583円(540円プラス税)になるはず。なお消費税8%の間である。
 
この金額で本1冊と考えると、愕然とする価格なんだけど……世の中、このようになってくるのかねえ。
ともあれ、私も電子書籍を食わず嫌いにならずに、そろそろと手を出していくかねえ。とりあえず無料本を漁ってみるか(⌒ー⌒)。。。
 
でも……やっぱりそのうち書籍リーダーか、タブレットを買ってしまうかも(^^;)。
 

2015/12/17

「新国立競技場の木材」で透ける世間の眼

先日、Yahoo!ニュースに執筆した新国立競技場の知られざる不安。デザイン案にある木材は調達できるのか?、結構な反響がある。ちょっとびっくりぽんや。

 
何が驚いたかって、単にアクセスが多いだけでなく、多くのコメントが付いたこと。Yahoo!ニュースだけでなく、ツイッターフェイスブック、さらにブロゴスにも転載されており、それぞれにコメントなどがついている。そして私のところへ直接メールも来ている。
 
また新聞や雑誌からの取材要請も入っており、もしかして、二次記事がそのうち紙・誌面になるかもしれない。
 
 
それらコメントに目を通して、まず思ったのは、案の定、目のつけどころがズレているでしょ♪ である。そして、ちゃんと読んでいないなあ、であった。だいたい私は、2案に反対しているわけではないし、木造でスタジアムは無理、と書いたわけでもない。あくまで下りッピック施設に国産の森林認証木材を使おうとすると、調達は大変だということだ。
 
私の書いた意図は、新国立競技場をネタにして、森林認証制度について世間に知らしめよう、であった。そう、眼目は森林認証なのである。事実、記事の後半は森林認証絡みのことばかり書いている。
 
それなのに、勝手に国産材全般に広げて解釈したり、本筋を放置して脇の小さな点にツッコミが入ったり。まあ、私もネット記事なもんで、筆が滑ったところはある(滑っているのを認識しつつ書いている)んだけど。
 
私は、基本書いたものをどのように曲解されてもいいや、という立場を取っている。人間、どんなにていねいに説明しようが、完全な記事を書いても、誤読・誤解釈されるものなのだ。これは私が取材を受ける側に回っても感じることだが、完全に理解してもらえることなんかわずかだ。だから、放置する。ただ根幹だけは理解してほしい……というのが本音。まあ、それさえも裏切られることが多いが。
そうした点は、以前「想定外を生まない防災科学」の書評 でも書いた通り。 
 
 
 
さて、愚痴?はここまで。私が今回の記事を書き、その反応に目を通して、もっとも興味深かったのは、実は、世間の林業や木造建築に向ける眼であった。
ちょっと抜き出してみよう。
 
本当にいいのか。木で
・木なんか使うなよ。強度もないし。木は日本らしいなんかやめてくれ!
・木材は支持したいが、耐久性や腐食性が問題。
・伊勢神宮の式年遷宮を見ても、数十年に一度の取替えが必要。
・耐久性考えろよ~!ばかーー 地震だってまたいつくるか分かんねんだぞ!!
・そんなでっかい木、国内に無いよ。。。落葉樹も針葉樹も巨木は伐採には反対者も多いからね。
・難しいでしょ・・・、どれだけの技術でも経年劣化で木が離れてしまうんじゃないのかな?
・杉と欅は伐採でお願いします。これ以上花粉症を悪化させたくない!
・この際だから、日本中の杉の木切って使ってくれればいいのにね。花粉症が楽になるかもしれないし。
・集成材って湿気に弱いんじゃなかった?耐久性は大丈夫なんだろうか?
・素人の考え方としてよ 競技場みたいな大きな会場の素材に『木』って ないわ~
・そもそも、木を使う、結局、保守で、後からコストが掛かるのでは?
 
 
実に多くの人が、木造の巨大建築物に否定的なのだ。多くは耐久性とか、耐震・耐火性などを心配しているようだが、森林を憎んでいる(苦笑)ような人も多い。
もちろん森林認証制度のことなんぞ、まるで知らないし、興味もないらしい。(なかには的確に木材と建築、そして森林認証について記したものもあるが。)
 
どうも木造に不信感を持っているような感じを受ける。木材イコール燃える、弱い、腐る、なのである。
現代の木材科学では燃えない木材もあれば、鉄より強い木材もある。もちろん腐らないようにすることも可能だ。そうしたことが知られていないのだ。
 
ここで、そうした「無知」を嘆くつもりはない。むしろ当たり前だ。考えるべきは、いかに木材に関する情報が伝わっていないか、関係者(そして私)の努力不足だろう。
 
だから、世間のこうした眼を十分に知ることが大切だ。木造なら日本的だとか、癒される、なんて勝手に喜んでいたら、世間の感性を見誤るよ、ということだ。林業木材関係者が思っている(望んでいる)ほど、日本人は木に興味を持っていないよ。。。
 
山側の人は、これらの「誤解」をいかに解くか。そうでないと、森林認証までは遠い。(取材を受けたら、思いっきり森林認証制度について吹くよ! )

2015/12/16

ナラ枯れ材と、自然の摂理?

いつも散歩している生駒山の森林公園。

 
この公園内には、大小さまざまな道があるが、あちこちに伐採跡がある。
伐られたのは、コナラの大木だ。伐採されたのは、ナラ枯れで枯れた木々である。
 
009 こんな感じ。直径40㎝前後はある。
 
だが、この切株をよく観察すると、面白いものが見えた。
 
020
わかるだろうか。断面に小さな穴が一面(と言っても辺材部が多い)に開いている。
これこそ、カシノナガキクイムシが潜り込んだ穿孔だろう。幼虫が穴を掘って、そこかしこにナラ菌をばらまいたから、枯れるのだと言われている。
 
これを見ると、ナラ枯れした木から木工用の材を伐りだすのは難しいかもしれない。
 
 
 
さて、ここの森には、若返りを図る計画があった。コナラ林で過熟化して照葉樹林化も進んでいるため、老木を伐採して林内を明るくする予定だった。ところがこの公園でスタートしてすぐ、当時の大阪府知事によって予算が半減されたために、ほとんど行えなくなった過去がある。
 
ところが、ナラ枯れが蔓延したために、さすがに放置できなくなったようだ。なにしろ遊歩道沿いのコナラが軒並み枯れているからだ。もし枯れたコナラの大木が倒れて、道行く人を傷つけることになったら大騒動になるだろう。
 
おかげで、今は伐採真っ盛り。期せずして、かつての若返り計画が進んでいるようだ(^^;)。
伐られた後は、巨大な樹冠が除かれることで空が広くなり、地面に光が射し込んでいる。
 
022
 
まあ、写真のように伐採して、そのまま幹を谷に落としてしまっているところが多いけどね。本来は燻蒸しなければならないのだけど。これでは放置した幹から、またカシナガが飛び立つだろう。当面、ナラ枯れは収まりそうにない。
 
 
ともあれ、コナラがあまりに太く育っところにナラ枯れが流行して枯らしてしまうというのは、自然の摂理と呼んでよいのだろうか。
 
 

2015/12/15

Yahoo!ニュース「新国立競技場の……」を書いた裏事情

Yahoo!ニュースに「新国立競技場の知られざる不安。デザイン案にある木材は調達できるのか?」を書きました。

 
いやあ、長いタイトルだわ。。。
 
昨日発表になった2つのデザイン案。どちらも「杜のスタジアム」という名だというのは偶然だというのだが、木材を多用する点もよく似ている。
ただ、A案(と言っても、その図案やパースは手に入らないけど)は、鉄筋コンクリートづくりの内装・外装に木材を使うらしい。法隆寺五重塔のイメージなんだとか。
B案は、巨大柱が立ち並ぶのだから、構造材に木材を使うことになる。縄文のイメージというののだが。
 
スポーツ紙の見出しは、「法隆寺VS縄文遺跡 」なんだって(笑)。
この記事には、わりと両案の木の使い方について詳しく書かれている。
 
 
 
それはいいが、果たしてどこから木材の調達するのか楽しみだねえ。
今からFSCを取得しても、間に合うかな?
 
ちなみに先日訪れた天竜林業を抱える浜松市は、森林の35%で1FSCを取得したそうだが、オリンピック狙いなのだと聞いた。なかなか先見の明がある。
 
気になるのは、吉野の川上村の森は、SGECなのである。これ、厳密には欧米から森林認証だと認めてもらえるかなあ。ダメと言われたら。。。森林認証を取る際の選択眼が、問題になりそうだ。
 

2015/12/14

樽桶流通革命!

樽丸、そして樽や桶の話から、少し日本酒の話を。

 
 
かつて造り酒屋の取材を重ねていた際、ある主人は「お酒を木樽に入れるな」と言った。
私の目の前で、銘酒として人気のあったその蔵の酒を、祝い酒だから樽に詰めてほしいという注文が電話で来たのだが、断っていたのだ。
 
その理由として「せっかくの酒の香りや味を木樽に詰めたら木香が移って台無しになってしまうから」と説明した。
言われてみれば当たり前だ。酒の香りや味は、杜氏が精根傾けて最後の最後まで工夫を凝らして生み出すもの。それを完成後の容器のせいで変えられたらたまったもんじゃない。味を変えないためには、ガラスや陶器の瓶の方が良い。
 
樽酒を売るのは、二流酒を木の香りで誤魔化して美味しく感じさせるため、とまで言った(笑)。
 
別の蔵主は、「戦前の酒より、今の方が数倍美味くなっている」と言っていた。
たしかに戦中戦後、三増酒と呼ばれる3倍に薄めてアルコールと糖類を添加した偽物がはびこった(今もある)から、「昔の酒は全部純米で美味かった」という声が出るわけだが、時代は変わった。現在は純米どころか吟醸酒も出回り、各地の地酒が腕を磨き、日本酒の歴史上、もっとも美味くなっているのだ。
 
それなのに樽酒を喜ぶのは、本当の酒の味がわからない人(笑)。
2  美吉野酒造の吉野杉の桶。
仕込みに木桶を使うと、菌の繁殖が違って酒の味が変わるという(……が、それが酒を美味くするのかどうか?)。 
 
1  木桶の内側。
 
 
ところで酒の発祥は、もちろん奈良である。(なんでも日本初は奈良なのだ。)
 
しかし、当時の醸造のための容器は、陶器しかなかった。陶器は大きくつくるのは難しい。もっとも大きな壺でも、せいぜい直径1メートルくらいしかできない。そのため酒などの醸造も、量に限界があった。
そこに桶の製造技術が生まれ、4メートルの桶も可能になった。おかげで酒の大量生産が行われるようになる。発明されたのは、安土桃山時代だとされる。
 
さらに蓋をつけて密閉した樽が発明され、液体の輸送を可能にした。これが日本に流動物の流通革命を引き起こす。これまで小さな容器でしか運べなかった液体商品を、大量生産、大量輸送の時代を迎えるからだ。だから樽や桶が果たした役割は、日本産業史を買えるほど大きいのではないか。
 
 
そして江戸時代になると、上方から江戸に酒が運ばれた。これを下り酒という。江戸の町の飲み助を支えたのは、伊丹酒や池田酒、それに交野酒(生駒山地北辺の交野地方は、かつて酒の産地だった)だった。少し遅れて、灘の酒が登場、一世を風靡する。
 
だが、考えてみてほしい。江戸近辺でも酒はつくっていた。なぜ苦労して、危険な海を船で時間をかけて上方から運ばなくてはならなかったのか。
 
樽や桶は、全国に普及していた。吉野杉ほど性能は高くなかったが、醸造はできただろう。
 
……実は、火落ちが防げなかったのである。火落ちとは、簡単に言えば、酒の腐敗だ。醸造された酒は、すぐに雑菌が繁殖して白く濁り、味を落とした。江戸の近くでつくられた酒といえどもすぐに火落ちする。とくに夏を超すと、飲めなくなる。
 
ところが「下り酒」は火落ちしない。なぜか。上方の造り酒屋には、火入れの技術があったからだ。極めて微妙な温度で雑菌(主に乳酸菌)を殺すことで、長持ちさせる。この技術は、長く門外不出であり、関東の造り酒屋では真似できなかったのだ。温度を上げすぎたら、アルコールが飛んでしまう。菌を死滅させて味を変えない温度と時間を、勘で維持しないといけない。
 
とはいえ、完全に火落ちが防げたとは言えないだろう。なかには失敗作もある。
ただ酒を木の樽で運ぶと、木香の成分で雑菌が繁殖しにくくなる。しかも味を誤魔化す効果もあったのかもしれない……。
 
かくして上方が江戸の富を吸収するのに、樽による流通革命があった。ちなみに吉野林業が栄えたのも、江戸へ樽の形で木材を運んだからだ。酒樽は、江戸で味噌や醤油、漬け物樽として重宝されたらしい。
 
……こんな樽桶流通革命論、誰か展開してくれないかなあ。。。
 
 

2015/12/13

樽丸はトロだ!

樽丸シンポジウム、行って参りました。

 
意外や席が足りなくなるほどの参加者。こんなに人気があるとは。
    
 
さて、私の感想。
 
007 会場に陳列された再現樽丸。
 
 
樽丸になるのは、80年~100年生の吉野杉。それも通直で無節の最高級のものしかない。
話を聞いていると、樽丸にできるのは、もっとも適した原木でも3分の1くらいだそうだ。最高級の吉野杉の中の、さらにトロの部分でないとできないという。
なぜなら、建材なら表面に節がなければ「無節」となるが、樽丸は中まで節のない材でなければ成立しないからだ。
 
それを聞いて、吉野林業が樽丸林業と呼ばれることへの疑問が深まった。
 
吉野林業は1ヘクタールに1万本植えて、80年生になったときは400本くらいしか残っていない。その中で選りすぐりの木の、さらに3分の1しか樽丸にならないのでは、全体の何十分の1か。さらに樽丸にする過程で残った辺材を割り箸にも使う。
 
結局、吉野は、間伐材で稼ぎ、最後に残った大木をボーナスとして樽丸用に高く売った、と見るべきではないか。最後の収穫だけを見て「樽丸で成り立っていた」とするのは視野が狭い。長い育林期間を通して林業全体の収支を考えれば、もっとも利益を上げていたのは、おそらく銭丸太などの細い間伐材だろう。
 
林業経営を見るには、時間軸の視点が欠かせない。
 
しかし、マグロのトロばかりを追いかけていると、マグロは絶滅してしまう。赤身やアラを大切に売らないと。それにトロは、脂っこいよ。。。

2015/12/12

もう一つの販売予約

拙著がAmazonで販売予約……と聞けば、先日紹介した『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実 』でと思うだろう。

 
が、違う。昨夜、別の本がAmazonに掲示されたのだ。 
 
 
これこそ来年2月に出版する予定の、書き下ろしだ。
 
まさか、これが2か月前の現時点で掲示されるとは……。
 
びっくりの……今風に言えば「びっくりぽん」ですわ(笑)。
 
 
だって、だって、この本の再校ゲラが今私の手元にあるからだ!  まさに今、手を入れて最終チェックの真っ盛りである。これを版元に返して、色校出して、表紙カバーや帯などをデザインして、印刷、製本へ。。。その後、取次ぎを通し、ようやく本になって書店に並ぶのである。
もちろんAmazonのようなネット書店にも並ぶ。
 
 
今、ゲラを返さなければ出版できない( °- °)。。。いや、もちろん返しすまけどね(笑)。
 
 
もはやネタバレみたいなものだが、来年は樹木葬の本出します。本当は、こちらも年末の出版を予定していたのだが、諸般の事情で年明けになったもの。ゴルフ本と年を跨いで分け合う結果となった。おかげで年に最低1冊、という自分に貸したノルマは早くも達成だ(^o^)。
 
『樹木葬という選択』の内容については、改めて紹介する。私にとって、ちょっと異色の本だろう。それでも.樹木、森林という一点では肩書〔森林ジャーナリスト〕とつながっている。
 
こちらも、お早めの予約お願いしま~す\(^o^)/。
 

2015/12/11

樽丸のシンポジウム

じりじりと年末だが、このところ様々なイベントが続く。

今週末もいろいろあるようだ。奈良マラソンとか……。
 
その中で私の目に止まったのは、これ。
 
Photo  Photo_2
 
地味~な、シンポジウム……というより、映像鑑賞とトークの会。
 
しかも対象が樽丸(^o^)。
 
樽丸とは、樽あるいは桶をつくる際の部材である。丸太を割って板にしたものだ。
かつて吉野林業は樽丸林業と言われたように、吉野杉も、樽丸づくりが最大の用途だった。戦後、木の樽がホウロウや金属、プラスチックなどに取って代わられ急速に衰えたが、吉野林業を支えた重要加工品である。
しかも、この樽丸づくりの過程で出た端材が、割り箸やら菓子箱、三宝……など細かな木製品を生み出す元にもなった。
 
そして吉野の中でも樽丸づくりの発祥の地とされるのが、黒瀧郷。つまり現在の黒滝村だ。
 
 
今では樽丸(および樽、桶)の製造は伝統工芸なみの扱いで生産というほどの量をしていないはずだが、その歴史と技術を取り上げた映像作品ができたらしい。
 
私は、基本的に「失われゆく伝統工芸」に興味はない(^^;)~需要がなくなったら、消えて当たり前~のだが、温故知新、過去から学んで将来に活かすこともあるんじゃないかな。
 
 

2015/12/10

『ゴルフ場に自然はあるか?』出版!

年末になったが、ようやく出版が確定しました。

出版日は、12月21日
 
 
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『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』
ごきげんビジネス出版
 
タイトルからわかるとおり、2009年にちくま新書から発行した『ゴルフ場は自然がいっぱい』の改訂新版である。
以前の内容・文章を全面的に新しく書き直したほか、新たな章も追加。2015年問題とされる閉鎖ゴルフ場に関した論考も加えた。
 
ただし、これは電子書籍である。 紙の本として書店の店頭に並ぶことはない。
全部で20以上のネットストアで購入でき、対象もキンドルのような専門端末のほか、パソコン、タブレット、スマホとたいていのものに対応している。
代表的なものは、以下の二つだろう。 
しかも発売記念に、年末年始は50%オフ!!! 292円だ。
 
こんなことができるのが、電子書籍の強みであると同時に、著者にとっても挑戦になる。 
 
 
私にとって、電子書籍は、基本的に初めて。
実は平凡社新書の『森林異変』はキンドル版も出しているのだが、紙の本と同時であり、とくに私も意識しないままだったので、電子書籍を発行したという感覚があまりない。たまに「キンドルで読んだ」というメールなどが来て、ああ売れているんだ♡と感じる程度。
 
今回は、最初から電子書籍として企画したもので、私もいかなるものか伺いながら進行させた。正直、勉強しながらの出版である。
 
皆さんの反応に期待している。
 

2015/12/09

ドローンは林業に何をもたらすか

福岡の友人がドローンを購入。写真を送ってきた。

 
By_2
 
場所は熊本らしい。この高度(150mくらい)で森林を撮ると、リアルさが引き立つ。人工林と広葉樹林の違いがよくわかる。樹高の差も出ているし、樹種まで特定できそうだ。
 
 
彼は、趣味ではなく、ドローンを仕事に使えないかと考えている。もともとは地質屋だけど、今はなんでもあり(笑)。
 
ドローンの各分野の応用は、いろいろ模索されているが、林業分野ではどうだろうね。
もちろん、最初に頭に浮かぶのは森林調査用だろう。森林と樹木の種類識別とか、密度などもわかる。マツ枯れやナラ枯れ被害の調査、風水害、山崩れなどの調査にも役立つだろう。
調査以外では、架線のロープの渡しなども有効だと思う。現在でも無線ヘリでやっていることだし。しかし、もっと林業施業に結びつく別の使い方はないだろうか。
 
木材を運ぶのは無理としても、苗なら運べるかもしれない。遭難救助(位置確定)も可能だろう。作業道の路線決定にも役立つか。
 
 
だが、私が思うのは、そうした直接的な使い道だけでなく、山主が自分の山を見る、という点でも有功だと思う。文字通り森を俯瞰できるからだ。航空写真のように平面的ではなく三次元的だし、非常に近い距離で樹冠を観察できる。もしかして、枝葉に停まる鳥や虫さえも見えるのではないか。地上にシカやクマを見つけるかもしれない。
 
それが意識を変えることもあるのではないか。
 
もちろん、森の中の地表を歩いて状態を確認することも重要だが、それでは「木を見て森を見ず」になる面もある。また広範囲に見て歩けないし、そもそも山歩きは苦手な山主もいるだろう。それなりの面積があると、森の隅々まで知るのは無理になる。
だから森林所有者が、自分の森をどのように把握するかは、その後の森の扱いに影響するのではないか。
 
それこそドローンで、三次元の荒れた森を見せられたら「こりゃなんとかしなくちゃ」と思うかもしれないし、美しい森を目にして、丸裸に伐採してしまおうと思うのなら心は鬼だ(笑)。
 
何より森を自分のものとして感じることができるのではないか。これは山主だけでなく、請負の森林管理者や施業者でもそうだが、空から見る、鳥瞰するということは、森の全体像をつかむことで我が身に引き寄せる効果があるような気がする。
 
山主よ、まずはドローンで自分の森を眺めよう。
 
趣味でも娯楽半分でもよい。それが森に対する愛着を持つのにプラスとして働くなら、ドローンは積極的に導入する価値ありだ。

2015/12/08

金原明善記念館にて

浜松を訪れて一泊した理由の一つは、金原明善記念館(生家)を訪れることだった。

金原明善を知っているだろうか。 明治時代の静岡の偉人にして、天竜林業の立役者である。(天竜林業自体は長い歴史があるが、吉野林業に酷似した現代の天竜林業の礎は、ほぼ彼がつくった。)

もともとは天竜流域の豪農の生まれだが、毎年氾濫する暴れ川をなんとかしたいと治水事業に取り組み、後半生は治山のための植林を始めた。林業のためではなかったのだ。

しかし、山のことは何も知らないと、その技術を学ぶため吉野の山林王・土倉庄三郎の元に手紙を送り、使用人を派遣する。ここに、明善と庄三郎のつながりが生まれたのだ。

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築200年くらいの金原家の生家が現在記念館になっている。

立派です。そして資料がいっぱい。膨大な書簡など文書関係の資料が残されているのだ。

実は、私の狙いもそこにあった。庄三郎のところに明善からの書簡は1通残されている。しかし手紙を交わしたのは一度だけとは思えない。また庄三郎も返事を書いただろうし、静岡を2度訪れているはずで、もっと密に交流しているはずだからだ。

その資料が明善側に残されていれば……と期待したのである。明善側にあるとしたら、もしかして庄三郎直筆の書の可能性だってある。

突然訪れた私だが、記念館側は新設に応対していただき、資料を探してもらえた。だが、残念ながら、見つからない。書簡集も出されているのだが……。

なんでも、戦前に重要資料1万点が東京に送られており、それが関東大震災で焼けたのだそうだ。もしかして、その中に含まれていたのかもしれない。

それでも両者の交わりを証明するものはないか、と探してもらったところ、住所録に目をつけた。明善は各地を旅することが多かったが、その旅先で手紙をたくさん書いたから住所録をつくって持ち歩いていたらしい。膨大な人数の住所がイロハ順に書き込まれているのだ。

あった。2冊あるのだが、両方に土倉庄三郎が記載されてある。

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こちらは2冊目。真ん中に大和国吉野郡大滝村の土倉庄三郎がある。赤丸がつけられているのはなんだろうか。頻繁に住所を繰った一人を意味しないだろうか。。。。

とりあえずの新資料発見!である。ほかにも、ヒントになる話をいろいろ聞けた。金原家を引き継ぐ金原利幸さんとも、現在の林業状況について話せたし。

 

それにしても、金原家は莫大な資料を受け継ぎ、記念館も開いて維持していることが羨ましい。土倉庄三郎には記念館そのものがないが、あっても展示できる資料がどれだけあることか。……いや、各地を漁ればそれなりに出て来そうだけどなあ。

2015/12/07

惜しい!浜松餃子

惜しい!浜松餃子
惜しい!浜松餃子

今晩はなぜか浜松。

浜松に来たら、やはり浜松餃子食べようかな、と繁華街をさ迷ったあげく、たどり着いたラーメン屋。

餃子もまずまず。思い切り昭和を意識した内外装で、まあそれはソコソコ似合っているのだが……、惜しい! 箸がプラスチックであった(-_-)。

昭和だったら割り箸、もっと前の昭和30年代なら、赤い塗り箸(少し剥げていること)ではないのか?

ともあれ食べ過ぎた。。。

2015/12/06

『スキマの植物の世界』の世界

えっと、タイトルは書名だし、カテゴリーも一応「書評」に入れたけど、書評ではありません。

というか、まだこの本を全部読んでいない(^^;)。 
 
まあ、図鑑みたいなものなので、全部読む本でもないのだけど。
 
Photo  『スキマの植物の世界』 塚谷裕一著 中公新書
 
書名のとおり、スキマに生える植物の本。
 
私も、このブログで下りに触れて「すきま植物」を紹介してきたから、その親近感があり(^^;)。
 
私がすきまなど生育には厳しい環境に生えている植物に興味を持ったのは1、2年前で、見つける度に写真を撮るようになった。また散歩中でも無意識に探すことが癖にもなっている。
 
当初は、一時期流行った「ど根性大根」にあやかった「ど根性○○(植物)」という呼び方をしていた。さらに「虐待される植物」群と名付けたり、その時その時の気分で命名していたのだが、いつしか「すきま植物」と呼ぶようになった。それは、本書をどこかで見かけた影響かもしれない。
本書の出版は、今年3月だが、前著「スキマの植物図鑑」が昨年出版されているのだから、ほぼ同時期である。
 
ただ少し違うのは、本書ではあくまで「スキマの植物」と「の」が入っていることと、紹介される植物の多くが草花であること。私は、樹木に眼を向けがちだ。
 
 
最近の私の記録。
 
 2 3 
 
公園緑地に生える樹木の根が、道のアスファルトを持ち上げてむき出しになっている。
 
2_2
 
こちらは、実は横断歩道橋の階段部分に生える苔。この歩道橋は、あまり使われていないらしく、そこかしこに苔が生えていた。
 
Photo_2
 
これは、どういう事情で兵の外に生えているのか。そして根元をセメントで固められたのか。まあ、伐採されずに残されたというべきか、いじめられているのか(^^;)。
 
今後もこの手の植物を記録し続けたら、何か集大成できるかねえ。
 

2015/12/05

木でない鉛筆

いつもは、何か珍しい木製品を見つけたら紹介しているが、今回は反対。

当然、木製だと思ったものが……。
 
Photo
 
これは、百均ショップで見かけたもの。
「木材を使わないプラスチック鉛筆」だそうだ。「エコフレンドリーな非木材鉛筆!」と書かれてしまったぜ。
 
近頃、あまり使わなくなったとはいえ、鉛筆と言えば木製と思っていたものも、プラスチックに代わってしまっている。そしてエコだとさ。
 
割り箸と同じ運命をたどるのか……。
 
ちなみに、鉛筆には外材の針葉樹を使っているはず。
太平洋戦争で日本が降伏して貿易が制限される中、最初に輸入した外材が、鉛筆用のインセンスシダーだった。今はベイスギの一部に紛れ込んでいる樹種だと思う。1948年2月に、占領軍によって許可されたのは、日本が鉛筆不足だったというより、鉛筆つくって輸出して、外貨稼ぎなさい、という意味ではないだろうか。
 
 

2015/12/04

ナラ枯れ伐採後の切株

折に触れ、紹介してきた生駒山で進むナラ枯れ。

 
とくに街路に面したコナラの大木が枯れると危険だから伐採されるわけだが、11月7日に伐採風景 も報告した。
 
その後に残された切株を見に行った。巨大なコナラだっただけに、なくなると道の景色がガラリと変わった。空が広々としたというと聞こえはよいが、ようするに緑の樹冠がなくなった。
 
 
1
 
これ以外にも1、2本伐ったようだ。
 
4
 
断面。思っていた以上に太い。直径60㎝……いや70㎝はあるように思う。しかも、芯まで詰まったよい材質。枯れたといっても、まだ数カ月だから材は傷んでいない。
 
でも、おそらく廃棄物として処理されたんだろうな。
上手く製材すれば、わりとよい楢材が採れたと思うんだけど。家具やクラフトに使えなかっただろうか。

2015/12/03

気になる木のある林業地・中川町

このところ、私が気にかかっている林業地がある。

 
北海道上川管内の中川町だ。と言っても、内地の林業関係者はほとんど知らないのではなかろうか。もちろん伝統的林業地でもなければ、機械化とか大規模化、あるいは実験的な事業を行っているわけではない。
 
 
なぜ気になるか。
 
ちょうど、こんな北海道新聞の記事が出た。「中川産木材をどう使う?
 
内容は、木工作家を招くモニターツアーを実施するというもの。
木工クラフトの材料として、ミズナラやクルミ、ヤチダモなど13種類の広葉樹材を無料で提供して、作家側が望む樹種や価格など条件を把握しようという魂胆だという。
 
 
 
中川町の林業とは、主に広葉樹林から材を生産し、家具材のほかに低質・未利用扱いの木材をクラフト用に販売しようという戦略だ。
その中には銘木生産もある一方で、薪産業も含めている。バイオマスではあるが、発電ではなく熱利用。小さく多様な用途開発を行うものだ。つまり1本の木をピンからキリまで商品化する方向である。
 
そのために生物多様性に配慮した広葉樹林択伐施業を基本に据える。さらに遊休農地の森林化も行う。いわば近自然林業を導入しようというわけだ。そのための人材育成に林業塾を開くほか、木工家の養成も行うという。
 
いわば、林野庁の推進する林業政策とは違う方向を行く選択(笑)。
もう一つ言えば、北海道で有名な下川町の林業戦略の真反対(笑)。
 
それだけが私の琴線に触れたわけではないが……少なくても低質材の高付加価値化や、皆伐ではなく択伐で、針広混交林をめざすこと、そして木工家など川下のユーザーと結んで商品化をめざすことは、私が描いていた方向性そのものだ。
 
実は、これこそ現代のヨーロッパでは主流になっている林業ではないかという気もする。日本の林業は30年遅れで追いかけているから、ここが最先端かもしれない。
 
もちろん、この方向性を決めて5年くらいだというから、まだ目に見えた成果は出ていないだろう。自治体が主体だから、現場がどのように動いているのかもわからない。
 
でも、気になる林業地なのである。だから、先物買いしておく。ここに記したのは、その証拠を残すため(^o^)。
 

2015/12/02

光る木~クリスマスツリーに寄せて

先日訪れた銀座の街は、街路樹は輝き、早くもクリスマスムード。

道行く人も、クリスマス光線やチョコレート光線に撃たれて、ついウィンドウの奥の輝く逸品の物色を始める人もいるだろう。
 
1_2
 
3  ちゃんと天使も見守っている(^0^)。
 
 
クリスマスツリーと言えば、電飾で輝いてるものと相場は決まっているが……。地球上には、天然の輝くツリーがあることを知っているだろうか。
 
 
私がそれを見たのは、もう30年(!)も前になるだろうか。
場所は、パプア・ニューギニアのニューブリテン島(わかりやすく言えば、ニューギニア本島の北にあり、ラバウルのある島)の真ん中辺りから飛び出たウィルメッツ半島にあるブルムリという村である。
季節は11月ぐらいだったと思う。
 
私はそこで居候しつつ滞在して、未知の巨大動物を探索しようとしていたのだが……ちょっと病気になって情けないことになっていた。
 
そんなある夜、村の中を歩いていると、前方の樹木が、なにやらチカチカと光っている。おや、こんな辺境の村でもクリスマスをやるんだ、と思ってから気づいたのだが、この村に電気は通っていないのであった。
ならば、樹木の枝葉に何か反射するものを張り付けたのか。しかし、反射する光源がない。そもそもチカチカ点滅するのもオカシイ。
 
近づくと、正体がわかった。なんと、小さなホタルがその木にいっぱい付いていたのである。それが点滅しているのだ。ただし、光り方が揃っていなかった記憶がある。
 
天然のクリスマスツリー! 
 
しばし、見とれたのであった。 
 
その時は撮影しなかったから、よく似た風景を探すと、こんな感じ。
 
ユニーチューブ「動画で見るホタルの木
 
 
 
さて、地球上には光る生物は意外とたくさんある。ホタル以外にもクラゲやミミズだって光る。節足動物なら、ウミボタルも有名だし、ホタルイカとか、夜光虫もいる。そして発光キノコも数多い。魚にも光るもの(チョウチンアンコウなど)は多いが、これは発光バクテリアを内蔵しているんだっけ……。
 
そして、琵琶湖の川エビが光る現象が発見され、私も取材に訪れた。その弱々しい発光をカメラに納めるのは非常に難しかった。結局、ぼやけた姿しか撮れなかったのだが。(後日、これは川エビが感染したコレラ菌の仕業と報告された。)
 
ところが、なぜ生き物が光るのか、明確な説明はできていないそうだ。それぞれ発光メカニズムは違っているし、ホタルのように交尾相手を見つけるというはっきりとした理由の見つからないものも少なくない。無意味に光るケースの方が多いらしい。
 
しかし発光現象は、常に人間を魅了するのは間違いない。
 
いっそのこと、遺伝子改造技術でも使って、自ら光る樹木を創造できないかね。人気を呼ぶのは間違いない。クリスマスツリーに高く売れる(笑)。
 

2015/12/01

京都のヌートリア

娘が、フェイスブックに写真をアップしていた。

 
それが、なんと大学内で見かけたヌートリアなのである。
そこで写真をパクってみた。なんか絵画調に処理してある。
 
1
 
2
 
まあ、京都の加茂川にはヌートリアが繁殖していることは知っていたけど……昼間から堂々と出回っているのだねえ。
 
こうして見ると、やっぱり巨大ネズミ(^^;)。
 
もちろん外来種である。軍用の毛皮を取るために輸入して飼育していたのが逃げ出した、あるいは放置したのが増えたと言われるが、生態系に悪影響を与えているのは間違いない。
 
そういや京都には中国産のオオサンショウウオがたくさんいて、それが在来種と交雑してしまう(いわゆる遺伝子汚染)を起こしていると聞くが、どうやら京都は外来種の王国と化してしまったらしい。
 
ヌートリアもニホンカワウソと交雑して繁殖する……わけないか。

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