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森と林業の本

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2015/12/20

スイスの高付加価値戦略を支える仕掛け

私は、数年前にスイス林業の視察に参加させていただいたほか、地元奈良がスイス人フォレスターを招いた研修を実施するなどしたおかげで、そこそこスイス林業について触れることができた。
 
そこで関心を持ったのは、スイス林業が高付加価値戦略を取っていることだった。つまり量ではなく質の木材生産だ。それは奈良県の吉野林業と通じるところもあり、大いに参考になるのだが、同時にスイスの林業はそれなりに黒字基調で展開しているのに、吉野林業は息も絶え絶え……という差も感じざるを得ない。
 
しかも、スイスは仰天するほどの高物価国家だ。商品も高ければ賃金も高い。感覚的には、日本の2倍3倍だ。だが、回りをEU諸国に取り囲まれ、陸上を通じて人や物資の流通は盛んだ。EUには加盟していないものの、何も鎖国しているわけではない。
特別な関税もない模様で、ようするに安い商品が、隣国から流れ込んでくる。国境付近の住民は、隣国に買い物に出るのは日常茶飯だろう。
木材だって例外ではない。それなのに、安い外国産にシェアを奪われず、経済が維持できるのか。そして生産者にとって理想とも言える開発と生産を続けられるのか。。。
 
なぜか? その疑問はずっとこびりついていた。
 
その理由を探ると、まず育林過程のコストダウンだろう。植林しない天然更新もその中に含まれるが、収穫(伐採)イコール育林という形態も重要だ。
さらに高品質の木材を、高付加価値商品に加工していることもある。「スイス・クオリティ」という言葉まであって、利益率が高いのだ。私が見たのは、木製サッシや家具だったが、高い品を買える国民がいる。また海外へも売れる。
そして、1本の木材から様々な商品を生み出して利益を出す「複業」体制。製材だけでなく集成材化、建築とも連携して、さらに樹皮や端材は肥料や燃料に、という「大林業化」を進めていた。
 
だが、それでも完全には納得できない。グローバル化の流れに、その程度の努力で乗り切れると、私は思わない。人は、易きに、安きに流れるものだ。
 
いくら国民性と言っても、絶対に大多数が安い商品に流れるはずだ。とくに昨今の木材価格では、林家(たいてい農業兼業)に十分な収益を与えない。それなのに……謎だ。
 
 
さて、たまたまスイスの農業事情を知る機会があった。
 
スイスと言えば、精密機械や金融産業が有名だが、実は農業国でもある。
農業も、EUから安い農作物が流入すれば、苦しいはずだ。しかし、有機無農薬栽培が非常に進んでおり、しかも地元産の愛好傾向が強いという。高くてもよいものを、という価値観が国民にも浸透しているらしい。
 
 
2  スイスのスーパーマーケット。
 
 
が、もっと端的に農家が高付加価値農業に挑戦できる理由を見つけた。
 
スイスの農林水産業の生産高は、国内総生産(GDP)の0,77%に過ぎないが、農業予算は連邦予算の約6%に当たる約37億スイスフラン(2013年・約4520億円)に上るのだ。そして、この予算のうち約8割が、農家への直接支払いなのである。
 
そう、農家へのデカップリング、直接支払いの所得保証制度で農家の生活を支えているのである。とくに有機農業のほか、景観維持や生物多様性の保護といった条件を満たす農家には、支払いが加算されるそうだ。
そして農家の多くが森林を所有しているから、農業収入(直接支払い分)も含めて森林経営ができる。
 
生活が保証されているから、「理想的な」農林業を展開できるわけか。食えなくなる心配がなければ、リスクのあるチャレンジもしやすくなる。100年後の森づくりを語れるはずだ。
 
莫大な補助金を支出するという点では、日本も同じ。……ただし、日本のような農作物(の価格)保護や労働対価でないところが大きな差となる。あくまで農林家の生活最低保証なのだ。 
 
日本の補助金は、決められた枠をはみ出したチャレンジを許さないシステム設計だ。そして所得保障どころか1回の失敗で人生を失いかねない負債を被る社会である。これではリスクのある挑戦などできなくなる。さらに所得格差を増大させる政策が取られている。
 
しかし、恒産なくして恒心なし、である。生活が安定しないと、ぶれない心で理想を追えない。森づくりという時間のかかる作業には、結果を求めない所得保証もありではないか。
 
 
ちょうどフィンランドでは、ベーシック・インカムを実施を検討することがニュースになっている。これは、何も福祉国家だからではない。
全国民一人一人の最低限の生活を保証する金額を出すことで、理想の人生に一歩でも踏み出すことができる社会をつくろうというのかもしれない。……国民の生活を安定させることで、社会不安が起こりにくくなり、治安コストが減る。さらに起業家が増えて、成功者が多額の税金を納める……といった 好循環を狙っているのだろう。

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コメント

木材のどの部分を山で切り揃えるかが木材の価値を左右するとよく言われています。
海外ではまるまる木材のすべてを山から搬出するらしい。木材をまるまる長いまま積み重ねて山から麓の土場まで長いトラックで運ぶさまをYouTubeで見せられると、とてもその真似はできないと降参するだけ。
木材の一部の利用でいかに価値を高めるかという技術を競うだけの日本と、木材のすべてを利用して、それも様々な用途で最も価値を高めることに苦心している海外と、その差は歴然としています。
更に現在ではより高く売れる木材までも、最低の価値の燃料として利用しようとする最悪の政策を行っています。
林業が産業として成り立たないのは必然の結果です。

なぜ全木集材が日本でできないか、という疑問は昔から持っています。できないのではなく、やらないのだろうな、と思いますが。
結局、工夫する手間とリスクを取るのがイヤなのでしょう。

欧米も、最初から完璧な制度をつくったのではなく、常に修正していく姿勢があったのでしょう。試行錯誤しつつ合理的な判断をしたら、所得保障に行き着いたのではないかな。
日本に欠けているのは、変化に対する耐性かもしれない。

現在静岡県西部森林地域では、東京オリンピックスタジアム向けの製材需要を狙っていると聞いています。

しかしながら、こちらの方では国道152号線沿いに長野県近くに行けば行くほど殺風景になっていきます。

山が急峻というのもあるのですが、針葉樹ばかりを植えてきた単一植林の問題もあります。北遠地方のお茶の生産も意外と多くないのは、治水との関連でしょうか?

以前青森の林業関係者の方に「ひば?」とか言う木が絶滅寸前に少なくなったとのお話を頂いたことがありました。是非この木についてご関心をもっていただければ幸いです

ヒバ、別名アスナロ、ヒノキアスナロ、アオモリヒバですね。
誰が言ったのか知らないけれど、絶滅寸前は大げさですね。そんなに面積は広くないけど、それなりにありますよ。国有林にある、日本では珍しい天然更新に成功したヒバ林は有名だし。またヒバ材専門の住宅もあるし、ヒバ専門グッズを扱う店も(東京に)あります。何分、成長の遅い木だから、切りすぎにはご用心。
 
静岡県西部の浜松市が森林の35%でFSCを取得したのは、オリンピック用として先を見る眼がありました。

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