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2016年1月

2016/01/31

長崎は今日も温かかった

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長崎(の諫早)に来ている。

こんな(写真)の紙コップで出迎えられた。ほっこり。

 

今晩は長崎市の中華街に繰り出すぞ!

長崎は今日も温かかった

2016/01/30

林業研究で地域おこし協力隊に!

今日は、吉野に足を運んだ。

 
いくつか用事があったのだが、その一つを川上村で話し合う中で出た言葉。
 
「誰か吉野林業を研究して、その内容を地域に活かしてくれないですかね。地域おこし協力隊になったら3か年続けられます」
 
お、なんか面白い切り口かもしれん。
 
川上村だけではないが、山村なら林業を活かした地域おこしは大きなテーマだ。そして地域おこし協力隊のメンバーも、林業に関連した商品開発や宣伝部隊となって頑張ってくれる人は多い。それで起業する人もいる。
 
ただ、その地域の林業の歴史や技術を十分に理解して、それを元に地域おこしとなるとなかなかハードルが高い。ある種の研究者の仕事になってしまう。
だが、林業体験イベントや、地域の魅力発掘などを考えた場合、やはりそれなりの知識と見識を持った担当者がいないと、腰砕けになりがちだ。せっかく外から来た人に、その地域の林業の魅力を伝えようとしても、舌足らずになることは考えられるだろう。
 
今は市町村はもちろん、県にも十分なその土地の林業について熟知している人は少ない。地元の林業家に詳しい人がいるかもしれないが、それは経験知であって情報発信活動に向いていない。
また地域の観光資源を発掘するのも、素人的な目よりも専門的に歴史をひもといて価値を指摘できる人が欲しい。
 
 
とはいっても、外部の研究者に頼るには限界がある。遠く住んでいたら十分な研究もできないし、そもそも対象に選んでくれるかどうか。な
らば、しっかり地元に棲みついて研究する人を募集するというのはどうだろう。最近は大学などの研究職は狭き門になっているが、地元密着型の研究人材を雇用するのだ。
 
そこで地域おこし協力隊の制度を活用する。3年間は給料が出るのだから、その間、その土地に住み込んで林業研究を通して地域の魅力発掘に取り組む……というスタイルも考えられるのではないか。就職口が見つからずに研究職をあきらめかけている若き学徒にとっては、一つのチャンスにならないか。
 
3年後どうするかは悩ましいが、本当に地域の魅力を発掘できたら、それを仕事につなげることも可能だろう。何より研究成果を上げたら、地元に認めらるはず。あるいは論文を書いて注目されたら新たな任地が見つかるかもしれない。
 
ちなみに川上村は、今年も地域おこし協力隊を募集中。これまでのメンバーによると、極めて自由に動かせてもらえるそうだから、林業研究という切り口でも応募できるのではないか。
そして吉野林業は、極めて研究テーマとしては奥深く魅力的だ。
 
あ、ただし締め切りは2月12日だった。。。。あと2週間ないか。
 
でも、新しい地域おこし活動になるし、研究希望者にとってもチャンスだよ。

2016/01/29

Yahoo!ニュース「事故率12倍! ……」を書いた裏事情

Yahoo!ニュースに「事故率12倍! 新規参入に立ちふさがる危険な林業 」を書きました。

1月はこれ1本になりそうですね……。毎週書いていたときより怠けています……いえ、厳選した内容をお送りしています(^O^)。
 
ま、説明はいらないだろう。これまで林業界を多少とも知っている人なら、みんな自覚しているはず。しかし事故率の高さは、実は世間にはほとんど伝えられていない。林業関係者(記者も含む)も、あまり触れたがらないタブーみたいなものだ。
 
それに触れたら、林業界に人が来なくなるとか、林業界の問題の根っこみたいなものだからか。林野庁の政策を批判するのなら気楽だが、林業の底辺部分の批判はみんな控えてしまうところがある。
 
せっかくだから、「chainsow accident 」とグーグルで検索して、画像もしくは動画のところをクリックしたらいい。……私はやってみて、気分悪くなったよ。。。我慢してリンク張ったから、見たければどうぞ。ゲボッ。オエッ。
 
でも、林業研修は、まずこの映像を見せるところから教育した方がいい。その方が本気で安全意識を持てる。これを隠して夢物語を語って就業させちゃ、詐欺に近いよなあ。
 
 
ちなみに森林の仕事ガイダンスのおかげで、新人がベテランを教育した話を笑って聞いたが、これこそ大きな功績ではないか。
 

2016/01/28

フランスの林業が知りたい!

BSプレミアムでフランスの自然の中をトレッキングする番組を見た。

 
NHKの女子アナが、フランス南部のヴェルドン渓谷を約1週間かけて旅するもの。ガイドには、地元の19歳の女子大生。彼女は日本のアニメオタクで、日本語がペラペラなのには恐れ入った。
 
そこで描かれるフランスの自然、とくに森の中を抜ける景色に見入ってしまった。全体に地中海気候ぽい乾燥した広葉樹林なのだが、明るくて、見通しもよい。こんな景観は日本ではほとんどないからうらやましくなる。
 
そこでは「フランスには、木漏れ日という言葉はない」なんて会話も交わされる。さまざまな光と影が描き出す光景を表わすフランス語はないのだそうだ。このれほど光にあふれ、印象派の絵画も生み出した国(地域)なのに?
 
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111
 
もっとも、その中ではツゲの木が多く、それを木工品を作っている村が登場する。人口100人以下の村が点在しているのだ。
 
 
実は、少し前からフランスの林業が気になっている。フランスでは、どんな林業をやっているのだろう。広葉樹林業が盛んだと聞く。広葉樹だけで木材生産をしているわけではないだろうが、どのような産業構造で、森づくりから木材生産までのシステムはどうなっているのか。
伝え聞くのは、長伐期・天然更新・小規模皆伐&択伐施業。そして主体は燃料(薪)林業。さまざまなキーワードが気にかかる。
 
林業と林学と言えばドイツ、と誰もが思っているだろうが、実は林学の誕生はフランスだ。ドイツは最初フランスから学んで発達させた。
 
また、江戸幕府は土壇場で開国して西洋の科学を輸入したが、林学ではフランスの文献が多かった。だから明治政府が引き継いだ林学⇒林業政策は、フランスの林学理論だった。その後ドイツからの留学生が帰国し始めて、ドイツ式に転換していく。
 
そうした点も含めて、フランスの林業に興味を持ったのである。
そして、ドイツ式が行き詰まり? 広葉樹林業に眼を向けられてきた今、フランス式をもう一度見直してもいいと思う。
 
119 フランスの里山
123  ツゲ細工を行う女性。
どこかに文献ないかなあ。ただし、日本語で読めること(~_~;)。 

2016/01/27

コウゾの皮の味

和紙づくりの現場を覗く機会があった。
 
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と言っても、誰もが想像する紙漉きのシーンではない。その手前の、もっと大切でもっと大変な作業の一つ。それは和紙氏の原料、コウゾの皮を剥いて干しているシーンだ。
 
和紙の原料はコウゾやミツマタだが、それらの植物を刈り取っても、いざ繊維を取り出すのは簡単ではない。まず蒸して、皮をむいて、それを乾燥させて……と前処理がものすごくある。これがなかなかの重労働なのだ。
そもそも乾燥だって、写真のように吊るせば終わりではなく、雨が降ったら取り入れないといけないし、結び目を上下逆転させる作業も必要なのだ。ちょっとうんざりするような肉体労働。
 
さらにコウゾの皮をむくのが大変。まず大きな蒸し器で2時間ほど蒸してから手作業で皮をむく。
 
剥かれたコウゾの皮。
 
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せっかくだから私もコウゾの皮むきに挑戦。ツルリっと剥いて、切れたり裏返しにならないように剥がす“極意”を教わったよ(^o^)。
 
ところでコウゾ栽培の最大の敵は、シカとイノシシだそうだ。なんとシカはコウゾを食べるのだ。イノシシも根をほじくり返すという。野菜や果実ではないのに?
 
聞いてみると「コウゾの皮は甘い」。
 
そう聞いたら味わわなくてはなりませぬ。
 
許しを得て、剥いたばかりのコウゾの皮を食べてみた。……甘かった。 
そういえば、コウゾを蒸している現場には、甘い香りが漂っている。コウゾは強靱な繊維が紙の原料になるわけだが、意外なことに美味しいのかも。いっそ食品に加工はできないかね? 繊維質を売り物の健康食品なんて……(^o^)。

2016/01/26

生駒山のバイオマス発電所は稼働したものの

昨秋より紹介していた、生駒山に誕生したバイオマス発電所。

12月末に稼働したことは知っている。そこで久しぶりに見に行った。
 
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おお、たしかに煙突から湯気っぽいものが噴いている。周りを木の塀で囲んだのは、少しでもバイオマス発電であることを主張しているのかなあ。
 
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正式には、龍間発電所というらしい。生駒山を龍にたとえると、その真ん中辺りにあるので、龍間という地名なのだ。
 
そして、周辺にあったのがこれ。
 
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なんか、ゲージュツ的に積み上げた丸太群だが……。これをどこから運んでいるのか、という疑問はさておき、あまりに量が少なすぎない?
 
この椪積みだけだよ。。。。
 
このクラスのバイオマス発電所なら、おそらく年間10万立方メートルぐらいの木質バイオマスが必要なはずだが、発電所周りにほとんどそれらしきものが置かれていないのだ。この一山だけを見本のようにあるだけ。
 
フル稼働していないにしても、相応の量が必要なはずなのだが。
 
 
謎だ。ストックせずに、いきなりチップを運び込んでいるのだろうか。隣接した都市緑化センターでは選定枝などをチップにしているが。。。それでも量はとても足りないはず。
あまりに謎すぎるバイオマス発電所であった。 

2016/01/25

供養塔の墓石

近くの霊園を訪ねた。

 
いえ、深い意味はなく、散歩である。その霊園は広大で、その裏から山に入る道があるのだ。私にとっては、その山道を散歩する起点として、霊園を重宝にしている。
 
その道への入り口に、供養塔が建っている。
 
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なかなかの規模だが、見てわかる通り、この供養塔を形作っているのは墓石だ。おそらく無縁仏化してしまった墓を整理した際の墓石を積み上げたのだろう。
 
だから、それらの石をよく観察すると面白い。かなり古い風化したような墓石がある反面、ピカピカの石だってある。古いものは、三十三回忌をすぎて永代供養されたんだろうな……と微笑ましくも思うのだが、新しいものはほんの十数年、いやもっと短いものもあるようだ。おそらく、管理料を支払わなくなり、遺族とも連絡が取れなくなって、霊園側が仕方なく整理したのではないか。
 
なかには、こんな自然石の巨大なものも。
 
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昭和30年代の建立らしい。考え用によっては50年程度で整理されてしまうとは。立てたときは、立派な墓として誇らしげで、ずっと子孫が引き継いでくれると信じていたのだろうけど。
 
 
さて山に入る。急斜面を登って、森林公園の敷地に入ったが、気分が変わって縁に沿って伸びる道をたどった。どうも思っていた方向と違うようになってきたので、道を逸れた。
 
なに、森の中を突っ切ればいい。この程度のブッシュなら行ける。頭の中に地図が広がって、ちゃんと私の頭の中のナビは、急斜面を下っていけば、霊園にもどれることを示していた。
 
ガレ場を渡って、シダを分け入って、イバラを蹴散らして……。どうやら、(頭の中の)地図にある道にたどりつく前に、未知の尾根と谷があったようだ。何、問題ない。わずかな地形に人の痕跡の気配を感じる。ナビを直行から迂回ルートに切り替える。
 
やがて、前方に平地が見えてきた。ほれ、人里に出た。
 
なんか、重機でかき回したような土地。
 
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おっと、こんなものがあったぜ。
 
……骨壺の墓場。そうか、整理されるのは墓石だけではなかったか。。。。
わりと高価そうな壺もあるが。坪野中の骨は、どんな処理をしたのだろうな。
 
 
墓も死に絶えることがあって、そのための墓も必要なのであった。
 
もし、こんな墓地の裏側を知って殺伐な気分になったら、墓石も骨壺も必要なく、骨も時とともに自然に帰す樹木葬を考えよう\(^o^)/。
 
Jumokusou_2
最後はちゃっかり自著に結びつけたのでした(⌒ー⌒)。

2016/01/24

『樹木葬という選択』完成!

築地書館から、本が届いた。

 
樹木葬という選択~緑の埋葬で森になる』である。刷り上がったのだ!!
 
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表紙デザインは以前に示したから、ちゃんと本になった証拠に立体的に撮ってみた(笑)。
 
まだ印刷製本が終えただけだから、今後書店に配本するまでに少し時間がかかる。
予定では、2月10日当たりからだそう。地域によって多少ズレが生じるが、2月第2週中には全国に行き渡るだろう。
もちろん、ネット書店にも出回るはず。
 
長い道のりだった(泣)。。。
いや、実際は企画・取材・執筆で2~3年といったところだが、執筆には1年弱程度。何が長いかというと、まず企画として思いついたものの、本当に成立するのかという点がはっきりしなかった。
 
なぜなら、単に樹木葬墓地のガイドブックにするつもりはなかったからだ。(それなら簡単。半年でできる。)
あくまで「森をつくる」「森を守る」樹木葬にこだわった。ところが、調べれば調べるほど、そんな樹木葬をやっているところは、日本にはほとんどないことが浮かび上がったのである。
 
日本で最初に樹木葬を始めた岩手県の知勝院。ここはあきらかに「森をつくる」樹木葬を行っている。全国的に有名であり、ここを出発点に全国に樹木葬が普及したのだが、驚くべきことにその後次々と誕生した樹木葬墓地の大半は、知勝院の理念を無視しているのだ。
 
その時点で、私なりに「森を意識した墓」と判断できた墓地は、知勝院以外に1、2カ所。
だから「樹木葬と森をつなげて書けるかなあ~」と迷っていたわけだ。
加えて、編集者に話を振っても、興味を示すところは少なく、示しても「完全ガイド本じゃないと無理」と言われる。「木のない樹木葬」批判本では出版する意味がない。
 
それでも、コツコツ探せば少しずつ数が増えていくものだ。とはいえ、まだものになるかどうかわからない……。
 
そんな中でゴーサインを出してくれた築地書館に感謝。逆にOK出た時点で、それなりの数を探さねばならなくなったし、ちゃんと本になるよう執筆しなければならなくなったのだけど。
 
結果的に10の樹木葬墓地と5つの国の樹木葬事情を紹介している。加えて樹木葬の背景と、今後の展望にも紙面を割いている。
 
内容に関しては、また改めて。
ただ樹木葬は世界的な潮流となっており、しかも中山間地域の立て直しにも有効だという確信を強めたのである。

2016/01/23

森林の仕事ガイダンス2016で得たもの

森林の仕事ガイダンス2016大阪へ行ってきた。

 
今年の出展は25ブースと近来になく多く、なかなか力が入っていたようだ。
 
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例年どおり、葛城奈海さんのトークショー……いや、緑の研修生のトークショーもあり(写真は、福島県からの3人)もあったし。
もちろん葛城さんに挨拶しましたよ。年賀状ももらっていたし♡。
 
ただ参加者は、少し少ない。一見会場は人が多いのだが、よく見ると、みんな緑のジャンパーを来ているスタッフ側の人。どうも荒れるという天気予報が影響したのか、あるいは隣のホールで行われていた新農業人フェアに田舎暮らし希望系の来訪者を奪われたのか……。こちらのフェアも覗いたが、ずっと規模が大きく面白かった(^^;)。
 
それでも、各ブースでいろいろ話を聞く。なかなか意欲的に採用を考えている道府県が多いようだ。北海道・東北からも出展している。どうも、昨今の林業事情とアンバランスな気がするのだが……。
聞いてみると、やはり仕事量は増えているようだ。それはバイオマスや大型製材所の開設などが影響しているらしい。ただし、十分に利益の出る仕事なのかどうかはわからない。
 
それでも、各地にオープンしている林業大学校事情も聞けたし、それなりの収穫。
 
 
なお、もっとも目に止まったのは、会場で流されているDVDだった。。。
 
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釜石地方森林組合。東日本大震災にあい多くの被害を出したこの組合が立ち直っていく様子を描いたドキュメンタリー。
なぜ目が止まったかというと、先日訪ねたばかりだから。映っている高橋参事にもお会いしたわけである。その時も少し震災時の話を聞いたが、改めて映像で見てしまったよ。。。
 
 
ちなみに、このガイダンスに行くことをブログに前回書いたら、「ナンパしにいくんじゃないの」というケシカラン声があったが、今回ナンパできたのは、某和歌山県の某森林組合所属の、本人のいう所の村落貴族奉仕人である。
 
ちゃんと「貢ぎ物」を持ってきたという。
 
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イノシシ肉! もちろん狩猟で仕留めたもの。さあて、どう料理するかな。硬いから煮物がオススメということだが、やはり最初は焼き肉で、ジビエの野性味を味わってみるか。

2016/01/22

「あさが来た」より、学長メッセージ

NHK朝ドラ「あさが来た」の視聴率が絶好調のようだ。連日20%超え。

 
それはメデタイ。放映前から注目していた私も喜んでいる……と思うだろ? 違うのだ。私の興味はすでに冷めている。最近は、そんなに熱心に見ていない。
 
もともと私が注目したのは、日本女子大学設立に土倉庄三郎とともに協力した広岡浅子をモデルにしたドラマという点であり、ドラマにも土倉翁に相当する役が登場するはず、と期待したからである。
 
まだわからないが、どうも登場の気配はない。それどころか日本女子大学の話は終盤に押しやられたようだ。当初は、主人公の白岡あさ(広岡浅子)の主要エピソードとして大きく扱うと思われたのだが、この調子だと、2月以降、番組終了のちょっと前になるだろう。
 
だが、私の興味が冷めたのは、それが原因ではない。もっと番組の初盤からだ。
 
そもそも広岡浅子の史実とは、全然違っているのだ。
たとえばドラマでは、明治維新によって苦境に陥った両替屋が炭鉱経営を始めるように描かれているが、実際の炭鉱経営を始めるのはずっと後だ。明治も後半近くになってから。
その前に石炭を買いつけて海外に輸出するため商店を立ち上げたものの、あまり上手く行っていなかった。むしろ銀行設立の方が先である。
 
銀行ができてから、解散した商店の置き土産のように手に入れた炭鉱を自主経営して成功させるのである。 ドラマでは、今週、大阪商工会議所の五代友厚が亡くなるようだが、実は五代が亡くなってから炭鉱経営を始める。
 
まあ、ドラマはドラマ。史実に従う必要はないかもしれない。
 
ただ広岡浅子の魅力は、男の世界だった(今もか?)実業界に、不協和音をはねのけて猛進したところだと思っている。浅子は、まさに猛女であり、自信家であり、周りを蹴散らして進む女性だ。そして苦心惨憺、明治時代に新しい事業を立ち上げ成功させていくのがカッコいい。
 
しかし、ドラマのあさは、お転婆ではあるが、可愛い女性のように描こうという意図が強くて、なんか気持ち悪い。事業の展開もほとんど触れていない。私には無意味に思える炭鉱爆発事件なんぞ挿入したり、五代をロリコンに仕立ててあさに横恋慕させたり。。。五代って、もっとすごいやり手のビジネスマンであり政商だったはずだ。
 
結局、仕事ドラマではなく、ホームドラマ。それもホームコメディになってしまった。朝ドラらしいと言えばそれまでだが……。(その方が視聴率を稼ぐという点では成功しているわけだが、私の好みではない。)
 
 
……そんな気分の中、ブログの読者から、情報が寄せられた。
 
日本女子大学の2016年の新年メッセージ が、ホームページに載っているという。
学長・理事長をかねる佐藤和人氏の言葉である。
 
 NHK連続テレビ小説「あさが来た」の主人公のモデルは本学創立発起人のひとりである広岡浅子氏です。広岡浅子氏は成瀬仁蔵の熱意と女子教育理念に共鳴し、女子大学設立運動の力強い協力者となりました。その広岡浅子氏を成瀬仁蔵に紹介した土倉庄三郎氏も本学の創設には欠かせなかった恩人であり、本年は百回忌にあたります。本学には多くの人に支えられた創立以来の女子教育にかける熱き思いが息づいています。
 
 
ちゃんと土倉庄三郎のことにも触れ、さらに今年が百回忌であることも紹介している。立派な人だ(^o^)。
ちなみに今年6月に川上村で土倉翁百回忌の法要ほかのイベントが行われる予定だが、この佐藤和人学長は出席してくださるそうである。立派な人だ(^o^)。
 

2016/01/21

高層木造建築コンテスト

こんなサイトがあった。

 
 
 
まあ、木造ビルに関しては、私も以前から触れてきたが、この記事で面白いのは、アメリカでは昨年9月に高層木造建築コンテストが行われて、西海岸部門、東海岸部門が選ばれていること。その優秀作は12階建て、10階建ての木造ビルで、いよいよ建築が始まるらしい。
 
この記事は、結局のところ、CLTを持ち上げているのだが、CLTを使わなくても木造ビルは可能だろう。(原文では、日本のことは書いていないし、CLT以外の構法にも触れている。)
 
 
いかにもアメリカらしいが、記事にある木造ビルのデザインは、なかなかいい。木ぽさも出しているみたいだ。日本でも行えばよいと思う。なぜなら、日本の木造ビルは、どうも残念なデザインが多いからだ。 
 
ぜひ、美しい、木の映えるビルを建ててほしい。日本にあるCLT建築物は、いずれも「どこが木造なの?」と言いたくなるほど、木が見えない。むしろ構造材を外装・内装で隠すようにしている。
 
ところで、以前紹介した奈良に建つCLTのビル。そろそろ完成が近づいているらしい。見学に行こうと思っているが、時間がないのと、天候不順で止まっている。急がないと完成してしまったら木の構造(つまりCLT)が見えなくなる……。
木造ビルなのに木が見えなくなったら意味ないからなあ。なんでも、外装に改めて木質パネルを張ると聞いているが。
 
Photo 完成予想パース
 
ちなみに以前書いた「国産CLTの本音 」記事に、面白いコメントがついた。Jパネルの開発者だそうである。ご一読あれ。

2016/01/20

東ティモールの人口

先日、ふと新聞の記事で、東ティモール民主共和国の人口が121万人を超えていることを知り、仰天した。

 
何のことやと思うかもしれない。
 
東ティモールは、東南アジアの一角、インドネシアのバリ島から東に連なる先にあるティモール(チモールとの表記も使う)島の東半分の国である。元はポルトガルの植民地だったが、インドネシアが占領していた。ところが経済危機に陥った世紀末に住民投票で独立を決した。その後混乱を経て2002年独立。21世紀最初の独立国である。ちなみに日本の自衛隊も派遣されている。
 
私と、このティモール島との関わりは、『チモール 知られざる虐殺の島』を参考のこと。
 
この本で、私は日本とチモールとの関わりを歴史的に追いかけたのだが、安土桃山時代の日本人町の話はさておき、大きく関わったのは太平洋戦争時である。当時、中立国であったポルトガル領を含むチモール島を占領したのだ。
 
戦後はまたポルトガル領にもどるが、その際に言われたのが東チモールの人口減。
 
1930年の統計で47万2221人だったのが、1947年には43万3412人に減った。これは日本軍の虐殺のせいである、と記述された本があったのである。4万人の大虐殺?があったという。
 
占領しただけで、ほとんと戦闘もなかった島で、そんな虐殺が起きるか? 
 
私が苦労して見つけ出したのは、1936年に46万558人という戦前の統計だった。つまり戦争前に1万人以上減っている。ようするに人口統計がデタラメなのだ。
 
さらに1973年のポルトガルの統計では62万6546人。ところがカトリック教会は74年が68万8711人になっている。
 
1975年にインドネシアの侵攻があったのだが、1980年が55万5000人(インドネシア発表)。ところが同年のカトリック教会は、42万5000人。そして10万人前後の虐殺と飢餓による死者が出たとされた。
 
その後、20世紀末には80万人程度の人口で独立運動が起きたと記憶しているが、2014年には121万1000人なのだ! 
近年の人口統計は、平和裡に行われたので一応信じるとして、この人口急膨張に唖然としたわけだ。20年程度で人口が1・5倍?
 
人口統計がいい加減という思いから、人口爆発の凄まじさへ思いを馳せたのである。ただ、東ティモールが若者の国であることは間違いないだろう。
 
 
今後、世界中で人口減が進む。日本に続いて韓国も台湾も、そして中国だって減少期に入る。東南アジアの増加率も軒並み落ちており、徐々に落ち着くはず。増えるのはインドやアフリカ、中南米諸国か。ただ政情不安な国・地域は、人口が増えても経済発展は難しい。
 
その中で東ティモールは注目すべきかもしれない。今後人口ボーナスもあって、大きく発展する、アジア最後のフロンティアになる可能性だってある。
 
ティモール島の高原には、サバンナが広がっているが、一部にチーク林とコーヒー畑がある。あの風景をもう一度眺めてみたい。今、猛烈に訪問したくなっている。
 
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2016/01/19

「ラオスには雑草という言葉がない」

「草と緑」という会員誌が届いた。緑地雑草科学研究所が発行している。

 
その中に巻頭言のエッセイがあるのだが、ラオス奥地の村を訪れた経験が綴られている。
 
そこには「雑草」に相当する現地の言葉がないのだという。そして雨期の水田に行ってみると、田んぼの中には、雑草(に相当する草)がほとんどなかった。
 
聞いてみると、稲以外の草はみんな取ってしまうらしい。ただし、それは食材として。
日本の水田にも多いデンジソウやオモダカなどは人気の食材だという。また強害のヒマワリヒヨドリは、薬草なのだ。
 
日本的な意味で雑草を取るのではなく、それぞれの草に役割があって、利用するために採るわけた。
さらに家畜の糞につく甲虫のフンコロガシも人気の食材で、みんな集めて食べてしまう。
 
この世に不要な草はなく、それぞれの特徴を活かして利用している世界だったのだ。稲と雑草は並列的に扱っているのかもしれない。だから「雑草」という概念がないのだろう。
 
 
ふと、これって昔の林業にも当てはまのではないか、と思った。
 
今でこそ、林業には保育が必要で、植えたら下刈りして、除伐、間伐して、獣害からも防備して……と苗や稚樹を育てるために大変だと言われるが、本来はそうした概念さえなかったのではないかと思うのだ。
 
昔の林業を想像してみると、すべて自分の足で移動し、人力しか頼りにできなかった時代だ。そんな中で、将来の「木材生産のためだけに」山に通い、今は役立たない作業をするだろうか。そんな非効率な動きはできなかったろうと思う。
 
果たして下刈りのために山に通ったか。切り捨て間伐などしたか。
 
多くの育成林業地は、焼畑の地に誕生している。山を焼いて、そこに作物のタネを蒔いて、その間に樹木の苗を植える。そして1~3年くらいは作物を収穫するのである。野菜や蕎麦などの穀物を。それが下刈りとなった。
あるいは林内放牧をすることで、林床の草は家畜の餌となった。
 
間伐も、最初の頃の細い木も使い道があった。直径数センチの丸太だって重要な木材として収穫した。もちろんシカやウサギも貴重なタンパク源として獲った。すると、獣害もあまりひどくならなかった。
 
やがて植樹したスギやヒノキが大きく育つと、林床に食べられる草木も生えなくなる。だから放置する。そのまま数十年経つと、木材を収穫できる日が来る……。
 
無駄なく、すべて利用することこそが文化だったのではないか。
 
今は、多様な利用を忘れてしまっている。
仮に“雑草”の一つに薬効があったとしても、それを摘んで利用しようとしない。薬は薬で、別に(もっと薬効が強い?)草を栽培する。あるいは化学合成する。結果的にモノカルチャーとなり点の効率を追うことで、面としては無駄の多い「文明」となってしまった……。
 
ふと、そんなことを考えるのである。
 
 
残念ながら、現在はラオスでも近代的農業が年々広がり、農薬を使って「雑草」を駆除するようになってきているそうだが……それでいいのか?
 
 

2016/01/18

森林の仕事ガイダンス2016

森林の仕事ガイダンス事務局から連絡が来た。

森林の仕事ガイダンスを、また大阪で開くので来てください、とのことであった(^o^)。
そんなに私が林業に就業したがっているように見える……のではなく、取材しろという意味だろう。たしかに毎年顔を出している。
 
8 昨年の森林の仕事ガイダンス
 
 
1月 23 日(土)、 13 時から 17 時まで、大阪マーチャンダイズビル(OMMビル)Aホールである。とくに目立ったイベントは行わないようだが、これまでどおりの各県のブースと全森連の相談コーナーのほか、「緑研修生交流コーナー」や生活・暮らしについて語る「緑研修トークショー」、林業 道具展示などがあるらしい。
 
参加ブースの一覧を見ると、徳島県、愛媛県、高知県と四国勢が多くのブースを出すのは力を入れている証拠だろうか。福島県からも大勢くるように見えたが、県のブースはなくて緑の研修生ばかりのようである。(女性もいるらしい♪)
 
 
毎年顔を出しているだけに、この1年の変化を肌感覚で知るには悪くない。なんとか時間をつくって足を運んでみるか。
 
ただ一人で行くと、ざっと見て回るだけで終わって、そんなに面白くない(~_~;)。誰でもいいから、私に気づいたら声をかけてください。
 
Photo
林業は若者の就業が大きく伸びている、と自慢するグラフ。

2016/01/17

「使わない資料にも意義がある」

昨日、古書市で大量の本を購入したことは、すでに記した。

 
こうした情報の仕入れは、古書に限らず定期的に行っていることだ。すでにある資料を吟味していらないものを選んで捨て、また新たな資料を入れる。いわば情報の新陳代謝である。
 
新しい資料とは、個人的に興味のある分野や、今手がけているテーマ、今後手がけるかもしれないテーマ……。もちろん単に楽しむための小説やら読み本だってある。選書は、勘としかいいようがない。
 
 
たとえば、もうすぐ刊行される『樹木葬という選択~緑の埋葬で森になる』の場合、元から樹木葬には興味を持っていて、その関連本は書棚にあった。
ある時に、少し詳しく調べてみるかと思いつき、樹木葬に限らず葬儀・埋葬・墓の民俗的資料を集めだした。それこそ古書店に行って、目に止まったものをまとめ買いすると、あっという間に数十冊集まる。手持ちの資料の中にも関連本を改めて取り出す。
 
書籍だけでなく雑誌や論文も含めてネット検索し、手に入るものを集める。樹木や里山、あるいは緑化に関する資料は、すでに大量にある。ドイツなどの森林を巡る人々の事情は、前著の執筆時に収集済だ。
 
さらに近隣の墓地を訪ねる。樹木葬を名乗っている墓地にも足を運ぶ。
 
 
ただ、この時点では、まだ樹木葬について本を書くかどうか決まっていない。むしろ、否定的な情報ばかり集まっていた。樹木葬とは名ばかりの墓が多いのだ。それこそ「木のない樹木葬」が日本の場合は主流と化している。
 
ここで諦めたら、集めた資料は全部無駄になっただろう。そうしたケースも実は結構ある。だが情報を探っていると、それなりに森をつくる樹木葬もないではないとわかってくる。海外情報も入ってくる。
 
ようやくゴーサインを出す。現場を訪ねる。取材する。
 
そして執筆する。ただし、収集した資料のうち、実際に参考になるものはごくわずかだった。ほとんどが無意味で役立たずだ。
 
 
では、大量購入した本は無駄だったのか。
いや、そうでもない。執筆に役立たなくても自らの知識になることで、実は執筆時の下支えになっている。多くの無駄に囲まれて核は育つ。
 
無駄を排除すると、核は見えなくなるのだ。
 
そういや「働かないアリに意義がある」という本もあった。通常、アリの巣にいるアリの7割は働いていないという知見があるが、働く3割のアリだけを集めたら、またそのうち7割は働かなくなる……というのだ。そこから無駄に見えるものにもある意義が見えて来る。
 
同じく、遺伝子の7~8割は働いていない、少なくても生命活動に有利にも不利にも働いていないという中立遺伝子説もあった。それでもいずれの遺伝子は必要なのだ。
 
もっと身近な例では、某有名スーパーが売れ筋商品に特化した品揃えをしたことがある。たとえば刺身売り場にはマグロばかりとか。その代わり価格はぐんと下げる戦略だ。
これなら人気を呼び売上もアップ……のはずが、一気に客離れを起こして売上は急降下をたどった。その後、幾度も立て直しを図るが、とうとう倒産。イオンに吸収される……。
 
売れない商品にも意味はあったのだ。
 
 
そんな無駄を積み重ねて完成させた本である。
 
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2016/01/16

掘り出し物in 古書市

今日はふらりと大阪の某古書市に。

 
何かよい本はないかな、と探してみる。
ときには、ズバリ見事に今自分が取り組んでいるテーマの本が見つかったり、長年探してもなかった本を発見したり、ということもあるのだが、そうそう期待通りにはいかない。
 
それでも中吉くらい?(笑)。
 
意外な内容で何か使えそうと思える本や、何か読んでみたくなる本や、いつか取り組むつもりでただいま資料収集中、のテーマの本。そしてこの内容にしては安い! というコスパの合う本などをン十冊買い込んでしまった。
 
重い……。
 
これで、ここ何日もかけて処分して空いたはずの本棚の空間が埋まるだろう。かくして断舎離は振り出しにもどるのである。
 
 
ちなみに、その中でもっとも掘り出し物ぽい本を選べば……これかな。
 
Dsc_0102  写真・吉田繁 文・蟹江節子
 
巨樹の写真集。定価は3800円のところ、500円v(^0^)。
多少傷んでいるが、気にしない。見応えたっぷりの巨樹がいっぱい紹介されている。
 
一つ発見。これまで世界一太い樹は、メキシコ、オアハカのトゥーレの樹と思っていた(多くの書物にそう書かれてある)が、アフリカ・ジンバブエにあるバオバブ〔ビッグツリー〕は、それを超えているらしい。(表紙の木)
 
実は各国で計測方法が微妙に違うらしいが、著者が両者を計測して比べた結果だ。
バオバブと聞くとマダガスカル島と思うが、実はアフリカなどにも生えているらしく、それらはちゃんと計測したりギネスに申請していないケースも多い。まだ未知の巨樹が見つかる可能性だってあるのだ。これこそ掘り出し物か?

2016/01/15

スキマ樹木

スキマ植物の中でも大物を見つけた。

 
某有名神社の裏手の駐車場脇にあったのだが……。
 
1
 
わりと大きいがフツーの木。幹の直径は20センチ以上ある。
しかし、その根元を見ると。
 
2
 
コンクリートのスキマから生えていた……。
 
3
 
向きを変えて見ると、こんな感じ。やっぱりコンクリートのスキマから生えたので薄い(笑)。幹も円というより押しつぶしたような薄い楕円になっている。根も、スキマに伸びているんだろうか。
 
頑張ったなあ……。コンクリートと戦っているんだ。

2016/01/14

ラップランドの森の民

ミニマリストめざして、溜まりに溜まった資料の削減作戦を決行している。

涙を流しつつ、資料類を処分しているのだ。よくぞ集めも集めたり、だ。
 
だいたい報告書とかパンフレットのような冊子類は分別を終えて、段ボール何箱分かはちり紙交換に出した。これだけで本棚の1割は減らしただろうか。もっとも全体の1%ぐらいなのだが。。。
次は紙類。とくに新聞や雑誌の切り抜きである。これは、一枚一枚内容をチェックすると大変な労力となる。時間をかけぬよう瞬時に判断するようにしているが、分けてから「待てよ……」とまた手に取り直すことも多く(~_~;)、進まないねえ。
 
面白いもので、これまでほとんど10年くらい手をつけなかった資料を、ちょうど今書いている原稿の内容に則しているものであったため、引っ張りだすことになった。こうなると、いよいよ捨てられない……(^^;)。 
 
今日は、「おっ?」と思うものを見つけた。
たとえば、今から24年前の切り抜きに、ラップランドにカナダの森の民がやってきた話が載っていた。ラップランドと言えば、フィンランド北部のサンタクロースの故郷みたいな土地で、トナカイの放牧をしているところてはなかったか。森とは縁遠いように思えるのだが……。
 
Img002_2_2  
 
イリアダマントと呼ばれるカナダ・インディアンの一族ということだが、彼らの森の智恵を北欧で活かして森の保護と活用法を探る試みだったらしい。
ここで四半世紀前の話を蒸し返す気はないが、驚いたのは、そこで語られる森の扱い方。
 
木材にする木は伐採してはダメで、根から掘り出すのだという。
「根を残すと、その水分が冬に凍って、周りの木の邪魔をするから」であるとか。
ほかにも病気の木なども引き抜く。そして跡地に作物を植えるのだそうだ。零下40度にもなる世界ならではの発想だろうか。
「森は人が住んでこそ生長する。我々は放置された森より三、四割も早く木を生長させる」
 
 
この作業法が、現代生物学、あるいは林学的にどうなのか私にはわからない。ただし、彼らは「森の民」とはいえ、生物学博士もいるほか、多くが緑化の専門家として国連で活躍している。決して伝統だけを唱えているわけではない。 
 
所変われば?智恵も技術も変わる。う~ん、北欧の森を見てみたいなあ。
 
 
 
ああ、こんな記事を発見してしまうと、いよいよ捨てられないなあ(泣)。。。

2016/01/13

スマホでKindle

スマホでもKindleを導入することを知り(いや、知っていたのだけど、やらなかっただけ)、スマホ用のKindleアプリをダウンロードしてみた。

 
すると、あっと言う間にパソコンのKindleと連動した。何も手間かからないのね。
 
当然ながら、この本を開く。
 
Kindle_002   Kindle_004
 
文字はこんなぐらい。まあ、読めます。ちょっと小さいけど。ただ句読点や鍵括弧などは少し位置がズレておる。
スマホだから、タッチでページが繰ることができる。その点はWindows7でスクロールするより楽。電子書籍リーダーやタブレットに近い感覚か。
 
Kindle_005  ページを飛ぶには、目次からリンクをクリック。
 
Kindle_006
 
横にしたら、文字もちゃんと横になった(~_~;)。こちらの方が読みやすい。相変わらす句読点等はズレておるが。
 
便利である。
が、電子書籍とは、そのデータそのものを手に入れるのではなくて、クラウドに置かれたデータにアクセスすることなんだなあ、と感じますな。
読むだけでなく、資料的な本は電子書籍として購入した方が、いつでもどこでも確認できてよいのかもしれない。
 
……といいつつ、正月には分厚い専門書を購入してしまった。重い。でかい。ついでに高かった(泣)。。おかげで、まだ序章しか読んでいない(;´д`)。。。。
無駄にしないよう、しっかり読まねば。
 

2016/01/12

魚種転換と樹種転換

近頃、水産関係の書物をひもといている。

 
いよいよ林業に見切りをつけて、水産業に転進か……いえ、海は森の恋人ですから(^o^)。
それに水産分野の専門家が林業分野にも進出して発言するなど、最近は垣根が低くなっているのだよ。私も負けずに幅を広げないと。
 
それはともかく、どうやら近年の水産業……さらに海洋そのものまで激変の模様だ。海の温暖化や酸性化、化学物質や放射性物質の汚染。外来種の跋扈。さまざまにある。
 
なかでも魚種転換(魚種交代)に目が向いた。これは、もともと資源としての魚が長い時間の中では増えたり減ったりすることを指すようだ。まあニシンが減ったりイワシが増えたり、サンマが不漁……などは問題になる。
ただ近年は、それに加えて水辺環境の変化による在来種の減少とか外来種の増加とか、海水温度の上昇による熱帯水域の魚種の回遊などの要因も加わっている。もちろん漁獲しすぎることによる問題もある。絶滅危惧種に追い込んだウナギやマグロなどは典型だろう。
 
 
話を広げすぎないようにすると、ここでは魚種転換によって、人類の食がどう変わるかということが気になる。
たとえばニホンウナギがとれなくなるとヨーロッパウナギに乗り換え、それも絶滅危惧になると、次は東南アジアのビカーラ種? そこまでウナギを食い散らしてどうする。というわけで、ウナギ味のナマズも登場しかけているわけだが……。
 
一方で、(日本の)ハマグリが減少すると、シナハマグリやミスハマグリ(東南アジア産)を輸入する。外来種のホンビノスガイもシロハマグリの名で出回る。
あるいは近海魚が獲れなくなると、深海魚を商品化する。
 
 
以前、漁業ベンチャーを始めた人に取材したところ、「魚の総量は減っていない。魚種が転換しただけだから、食べるものを変えれば大丈夫」という意見を聞いた。そして「これまで獲らなかったものを獲るか、漁獲していたが市場に出さずに捨てていたものを商品化する」ことを使命としていた。
それも一理あると思う。本当に総量が減っていないのかどうかはともかく、減少一途の魚種にこだわると、本当に絶滅させてしまう。価格も跳ね上がるだろう。資源としては、広く薄く得るのが持続の鉄則だ。
 
 
そこで思い出すのは、北海道で家具作家に、「300年もののミズナラ材がなくなった。どうすればよい?」という質問だ。
なくなりつつあるものを追いかけて、根こそぎ調達するとか輸入材に切り替えるのではなく、「今豊富にある木をいかに利用すべきか考えるべき」というのが私の答だった。その際に例にだしたのはコナラである。本州には大木がうじゃうじゃあるから。
 
もちろんコナラはミズナラより硬くて歪んで扱いづらい材質だし、調達ルートもあってなきがごとし。しかし、家具材としては悪くないという印象を持っている。私の手元にも切り片を長く持っているが、光沢のある木肌は魅力的だ。
 
長い眼で見ると、おそらく世界の森林、日本の森林も樹種の転換が起きるだろう。地球温暖化や乾燥化もあれば、伐りすぎの問題もある。外来種問題も、思わぬ害虫の大発生もある。
その点は水産業と同じだ。もちろん寿命が短く変化の早い水産生物に比べて、樹木は世代交代が遅いから目立たない。しかし、今ある樹種が将来もあると考えるのは危険なのではないか。
 
林業は100年後を考えるべきというが、500年後の変化も考えないとマズいかもしれない。スギの伐採跡地にスギを植えても育たないかもしれない。今はチップにしてしまう雑木の中に将来の宝の木が埋もれているかもしれない。高級ブナ材も、乾燥技術の未発達の頃は役立たずで「木で無い」と書いてブナだったように。
 
今ある木をいかに活かすか。今低品質扱いしている木材をいかに高品質化するか。ここに林業が水産業に学ぶものがあるのではないか。
 
あ、結局、林業につなげてしまったなあ。。。。
 
 
今の私は、「マグロのすべて」本に載っていた珍しいマグロ料理を試してみたくて仕方がないのだけどね。
 
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2016/01/11

朝日新聞の吉野記事

正月から朝日新聞の奈良版に「吉野悠久」というシリーズ記事が連載された。

 
7回続いたが、大台ヶ原の大台教会、十津川の瀞ホテル……と続いた。
 
第3回が、「造林王」
 
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もちろん、土倉庄三郎と吉野林業のことを取り上げている。実は、私も取材を受けた一人。
完全に林業の素人に土倉翁や吉野林業の現在について伝えるのは難しい(^o^)。
 
ただ、この記事だけではないのだ。
たとえば第5回の吉野山の「千本桜」を紹介した回でも、明治初年度にサクラを伐ってスギやヒノキに植え替える計画があったことに触れて、土倉翁が金を出して止めたことに触れている。
 
また第1回の大台教会も、文中には触れていないが、初代の教会を建てたのは土倉庄三郎である。古川崇の計画に対して寄進したものである。ちょうど大杉谷開発をしている時で、その一部に大台ヶ原までの道と教会をつくったのだ。
記事には、その初代の教会の写真が掲載されている。この写真いいなあ。ぜひ、借りてきて土倉翁百回忌に展示したい。
 
ほかにも天川村の行者宿や、柿の葉寿司、移住者を取り上げているが、なんか知った人物が何人か(^o^)。。。
 
残念ながら、今年は土倉翁逝去99年目で百回忌であることに触れていない。まあ、少しずつ露出&告知していかないとね。

2016/01/10

『樹木葬という選択』のデザイン決定

東京オリンピックの出直しエンブレム、デザインの最終4案が決定したというニュースが流れていたが、こちらでも決定しました。

 
2月中旬に発行予定の私の新作『樹木葬という選択~緑の埋葬で森になる』の表紙デザインが。こんなんになりました。
 
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どうです? お墓本と聞くと、なにやら荘厳なデザインを想像しがち(事実、これまで発行されたものには、そうしたものが多い)だが、ちょっとポップな感じでしょう?
 
この表紙のイラストだけなら、森とか樹木の本とイメージしがちだろう。
実は、イメージだけでなく、本書は完全に森の本なのだ(^O^)。
 
その証拠に版元の築地書館は、もともと動植物、農業など自然系で森の本を多く出してきた。たとえば私の本棚にも、築地書館の本として、
「木材と文明」
「多種共存の森」
「世界の森林資源」
「日本人はどのように森をつくってきたか」
「熱帯雨林破壊と日本の木材貿易」……
など、森林系の本がたくさんある。ほかにも新刊なら、森のさんぽ図鑑」とか「公園・神社の樹木」「ナチスと自然保護」などもある。
 
ところが、出版が決まってから知ったのだが、同じく築地書館から出版されている本に、
「お墓づくりの本」
「おひとりさまの終の住みか」
など、意外な人の終末、老後・死後系の本がラインナップされていた。
 
そう考えると、拙著『樹木葬という選択』は、見事に版元の路線に乗っていることになる(笑)。
 
 
まあ、そんな出版社の得意分野と本のカテゴリーを考えながら手に取ると面白いよ(^o^)。
 

2016/01/09

ひょうご林業大学校……?

このところ全国で設置相次ぐ林業スクール。

 
今度は兵庫県でも動き出した。
 
まだ設置について検討を始めたばかりで、開校は平成29年4月、つまり2年後を予定しているそうだが、いよいよトレンドになってきたのだねえ。
 
実は、兵庫県も設立をめざしているという話は以前から聞いていた。関西圏で二つも林大ができることにちょっとした驚きを感じていた。
 
なんでも知事の集まりで、兵庫県知事が京都府知事が京都府立林業大学校を4年前に設立した話を持ち出して、
「うちの林業マンの養成も、京都で頼みますよ」。
ところが京都府知事は「
「やだよ。京都林大では、京都で働く林業人を養成するんだよ~」。
 
この拒否にムカっときた県知事は
「そんなら、うちはうちで設立するからな!」
そう啖呵を切った。
 
……あ、これは私の勝手な脚色だからね(~_~;)。
 
ともあれ、兵庫県でも林業大学校の設立に向けて動き出したわけだ。ほかにも大分県でも動きがあるらしい。
 
だいたい京都の林大の学生は、3分の2が他府県から来ているのだよ。なかには長野県からも来ているらしい。長野には林大があるのに……。もっとも長野の林大には、京都からの学生が在籍しているとも聞いた。
 
林業大学校は全国に増えているが、それ自体は結構なことだ。何より体系だった林業を教える場所は絶対に必要だ。これまでの徒弟制度か独学、自己流に近い林業技術の身のつけ方では、あまりに危険だし効率も悪いし、何よりどんどん変容する現代の林業についていけないだろう。
 
私は、日本の林業がいつまで経っても足腰強くならないのは、教育の問題ではないかとさえ思っている。また自伐の名の元に、短期間の研修だけで個人が林業を始めているが、そのうち大事故がおきるのではないかと心配になる。
いずれにしろ、林業教育は、焦眉の急だろう。
 
ただ、現代的な林業を教える人材も必要だ。古い考え方の人を講師に据えたら、学校で教える意味がなくなる。
それに林大に限らず林業スクールで学んだ人々をちゃんと受け入れる場もつくらないと。せっかく合理的な技術や考え方を身につけても、いざ勤めた林業事業体がそれを活かせないと元の木阿弥だ。
そもそも就職先の確保だって、本当に卒業生全員を受け入れられるだけあるのか。
 
まあ、そんな懸念を消せるような教育を行ってほしい。

2016/01/08

『ゴルフ場に自然はあるか?』99円セール!

Kindle版『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』が、いきなり99円になった!

 
 
この仰天情報は、なんとツイッターで知った。
 

ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実 (田中 淳夫) が、Kindleストアで193円値下げされて99円になりました。

 

 

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ほんま、びっくりぽんや。。。

 

なんでも販売元のごきげんビジネス出版が発行する書籍すべてである。マーケティングとして初めて仕掛けるものだそう。

 

期間は、本日(8日)~14日まで。Kindleでは全品99円セールなのだ。楽天は、まだ年末年始の半額セール(292円)のままである。

 

 

この際だから、電子書籍の裏側を紹介すると、書籍価格を変動させない再販制度は、紙の書籍にしか適応できない。電子書籍ならではの時節を捉えた価格変動(たいてい値下げ)ができるのだ。

 

ただし著者側からすると、価格が下がれば印税も減る。しかも、もっと重要なのは、紙の本なら出版時点で印刷部数=発行部数分が印税として一括支払われるが、電子書籍では売れた分だけなのである。

 

そう考えると、よぼど爆発的な売れ方でもしない限り、利潤は小さい。もちろん何年もかけて積み上げていくと、全体では結構な金額になる可能性も秘めているが……。

 

ある意味、電子書籍は、版元にとっても、著者にとってもまだ実験的な代物なのだ。 

 

 

とはいえ、99円セール。私もこの時に買えばよかった~と思わぬでもないが(~_~;)、お買い時ですよ。

※一時的にランキング1位になったようで……。

 

20160108

2016/01/07

「現代林業」16年分!

年末にKindleで本を購入したことを記した。

 
それは電子書籍ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実を自ら試すためだったが、そのためにダウンロードしたKindleアプリを最初に手に入れた本のことを覚えているだろうか。
 
そう『ぼくたちにもうモノは必要ない。』である。物を持たないミニマリストのススメ、みたいな内容だ。
 
一年の計は、この本にあり。私も、身の回りのモノを減らすことにしたのである。
手始めは、あふれる本だ。資料だ。私の仕事部屋には日に日に本や書類が増えていく。多少の整理では追いつかない。本棚をあふれて足元を埋めていく。
 
そこで、バッサリと処分することにした。半減……は無理でも1割2割は削減しなくては。
 
とはいえ、単なる本なら処分してもよいが、いわゆる書類や報告書的なものは一度捨てると取り返しがつかない。全部電子化するのも手間を考えると無理。
とはいえ、何年も見ることはなかったからと、捨てた途端に必要になったりするのが、この手の資料なのである。いつ、急に関連した情報を求めるときが来るか……。
 
とりあえず古いものを中心に処分することに。内容を忘れているものは、ようするに何年経っても思い出して探すこともない。
 
 
最初は心に引っかかるものも、捨て出すと快感に(^o^)。
ポンポン捨てます。段ボール箱に放り込むと、3箱4箱と増えていく。これ、ちり紙交換に出すしかないか……。
 
そこで悩んだのが、雑誌類。とくに「現代林業」がどっさりある。調べると、1995年3月から定期購読したらしい。でも、近年打ち切った。どうも役に立っていないと感じたから(~_~;)。
そこで処分することにした。
 
とりあえずここ数年分だけは残すことにして、16年分
 
1995年3月号~2011年3月号まで。
 
見れば、それなりに面白い特集もあるのだが……何より、知っている人は知っている、表紙となっている林業界の女性たち。これは貴重かもしれん(^o^)。きれいどころも多いよ。。。単純計算で200人ほど揃っているのだ。
ちょっと(無作為に)並べてみた。
 
 
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どうだろう。このなかには、私が会ったことある人も何人かいるよ。
知っている人、いませんか。もしかして、被写体になった人、このブログを読んでいませんか。
 
あっ、彼女がいるなあ……。彼女も……(@_@)。。。
 
 
さてさて。この16年分、欲しい人はいるだろうか。それなりに林業界の動きを俯瞰するのに役立つだろう。林業資料館みたいなところがあれば寄贈したいぐらいだが……。(吉野の川上村の林業資料館は、ぼや火事で閉鎖してしまったからなあ。)
 
売ることも考えたが、あまりにマニアックで扱う古本屋があるとも思えない。ネットでもどうか。専門書専門のネット古書店というのもあるのだが。。
 
それよりも、もし希望者がいたら、名乗りを上げてください。読みたい、資料として保存したい、表紙だけ破いてポートレートにする……どんな理由でも結構です。しかも無料。ただし送料のみ負担をお願いします。近くの方なら手渡ししますが。。。
 
 
 
 
 
※希望者多数の場合は、理由などを考慮の上で抽選させていただきます(~_~;)。

2016/01/06

岩と戦う植物。その行く末は?

詣は、毎年山を超えて森の中を抜けて宝山寺へ向かう。今年は雪がなくて楽なルートだったが……。

 
その途中で、こんな木を見かけた。
 
1
 
急斜面に立ち、背後に巨石を背負うコナラ。
 
なかなかたくましい。これを、もう少し観察してみることにした。
 
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これが真横から見た図。巨石の下には空間があって、文字通りコナラがささえていることがわかる。コナラの幹は横にへしゃげつつも頑張って岩を受け止めている感じ。
 
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岩との接触面に近づいてアップに見ると、樹皮が膨れ上がっていることがわかる。
 
これまで、厳しい環境で生育している植物を「ど根性植物」とか「虐待植物」「すきま植物」などと呼んで紹介してきたが、これは虐待されているわけでも、隙間に生えているわけでもないからなあ。
あえて呼ぶなら「戦う植物」。困難な状況に絶えて戦っているのだよ。
これ、新シリーズにしよう\(^o^)/。
 
 
……が、まてよ。。。よくよく幹を観察すると。。。
 
5
 
粉ふき芋のように点々と木屑を噴き出しているよ。。これって、ナラ枯れの症状。。
このコナラは、すでにナラ枯れにやられて枯れているのかもしれない。ということは、徐々に腐っていくだろうから、岩の重みに耐えられるだろうか。根も、数年で腐るだろう。その時、岩は転がり落ちるのではないか……。
 
この斜面の下にある遊歩道をつぶしてしまうかもしれない。あるいは遊歩道そのものをふさぐかも……。もし人が歩いていたら大事故になりかねないなあ。かといって、肝心のコナラを先に伐採するわけにも行くまい。
 
さて、どうする?

2016/01/05

明治神宮と伏見桃山陵の森。そして鳥居

また明治神宮の森が注目されているようだ。正月に、NHKスペシャルの「明治神宮不思議の森」が再放送(完全版)されたからだろうか。

 
神宮の森に植栽が始まったのは1915年だから102年目、1921年の完成から数えれば96年目に入る。
 
ところで明治神宮というのは、明治天皇(と、昭憲皇太后)を祭神とする。つまり両者の死後祀ったわけだが、これって言い換えるとお墓(天皇の墓だから陵)である。そこに森をつくったのだから、さしづめ樹木葬(^o^)。
 
とはいえ、故人の遺骨遺灰等を埋葬した場所を墓と定義付けるのなら、神宮は陵墓ではない。本当の明治天皇の陵墓は京都の伏見にある。
 
というわけで、へそ曲がり?の私は、明治天皇陵(伏見桃山陵)を訪れた。
 
002
 
想像以上に立派だ。隣の昭憲皇太后の伏見桃山東陵と合わせると、広大な敷地である。そして、その大部分が森になっている。
 
明治神宮の森は約70ヘクタールだが、こちらも負けぬほどの面積を誇る。しかも明治神宮のような喧騒はなく、静かだ。広い参道(というのか?)を歩くと、鳥の声が響き、非常に心地よい。参道脇には、伏見城建設時のものとおぼしき石材も見学できる。はっきり言って明治神宮より雰囲気あるぞ。穴場だ。
 
敷地は、豊臣秀吉の建てた伏見城の本丸跡に位置する。隣接して桓武天皇陵もある。
陵墓を造営する際にどれほどの木々があったのか私は知らない。何もないところから森をつくったのか、あるいはすでにある森を囲い込んだのか。ただ明治期は京都一円もはげ山だらけだったから、おそらく立派な森はなかったろう。陵墓になることで整備されたに違いない。
 
そして陵墓になれば立入禁止なのだから、100年以上人の手は入っていないことになる(一部、手入れはしているだろうが)。陵墓建設は明治神宮に先んじているから、明治神宮の森より古いのではないか。
 
 
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ちょっと森の内部を覗くと、こんな感じ。かなりの大木もある。スギやヒノキも見かけるから、植栽したものもあるかもしれない。
 
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こちらが天皇の墳墓。基礎はコンクリートだそうだが、上円下方墳だ。こちらも鳥居があるから、神社扱いなのだろうか。
 
その周辺の木々には、落葉樹が目立つ。その点は、関東にある神宮の森は、照葉樹林となったとは対照的だ。しかし関西も潜在植生は照葉樹林帯に属するから、墳墓の回りに落葉樹が多いのは、人が手を加えているのかもしれない。参道周辺は照葉樹が目立つのだが。
 
 
 
ところで、明治神宮の一の鳥居が建て替えられることになったそうだ。現在の鳥居は、タイワンヒノキ製だが、直径1・2mもあるとかで、次に建て替えるのにそんなヒノキはもはや手に入らない。台湾でも、すでにタイワンヒノキの巨木は伐採禁止になっている。
 
そこで吉野杉を使うそうだ。すでに川上村から樹齢250年のスギが伐採されたそうである。もちろん人間が植えて育てた木だ。これまで神社仏閣に使われる巨木といえば天然木だったが、ついに植栽木を使うようになった。環境面から考えると、こちらの方が健全だ。そういえば、私の知っている川上村の巨木林が近年伐られていた。あそこの木ではないか……。
 
ヒノキでなくスギの鳥居となるとどのような加工をするのかわからないが、なんでも白い辺材部分を剥がして赤身部分を使うらしい。だから耐久性はヒノキに負けないのだとか。
いつ建て替え工事が始まるのか、私も詳しいことは知らない。改めて情報を待ちたい。
 

2016/01/04

私の「森林ジャーナリズム」

新年明けましておめでとうございます。

 
さて、昨年のYahoo!ニュース『新国立競技場の知られざる不安』に付いたコメント(ツイッター等も含む)の中には、森林ジャーナリストってなんだ?とか、日本唯一って林業界の記者がいるじゃないか……などの声が複数あった。せっかくだから、新年に向けて、私の肩書について語っておこう。
 
まず私の肩書は、ときとして林業ジャーナリスト、林業ライターなどと言われることもあるのだが、これは間違い。私は、あくまで「森林」ジャーナリストだ。そもそも、私自身がつけたのではなく、書評子が名付けたのである。
 
もっとも、この点に関しては拙著『日本人が知っておきたい森林の新常識』のあとがきでも触れている。ちょっと抜き出す。
 
 
(森林ジャーナリストという肩書は)誰が最初に付けたのか記憶にないのだが、これまでにない言葉だったから、私は新鮮に感じて、そのまま使わせていただくことにした。そこには「日本唯一」の森林ジャーナリストという位置づけを面白がった面もあった。
 
その後の私の興味は、日本の林業事情に深く踏み込んだり、里山地域のシステムを考察したり、日本人と木の文化にも向けられた。さらに割り箸やゴルフ場などピンポイントのテーマに絞って取り組んだこともある。
(中略) 
ただし森林ジャーナリストを名乗るためには、森林ジャーナリズムがなくてはならない。
あとづけになるが、森林ジャーナリズムとは、単に自然科学的な目で森林を見るだけではなく、かといって産業としての林業界の情報を追いかけるだけでもないはずだ。森林と、森林にかかわる人々の両方を見つめる視点を持つこと……と私なりに定義づけている。
 
思えば森林と林業は、切り離して別々に論じられることが多かった。学問としても、市民の意識としても、それぞれ別の領域になりがちだ。しかし、日本の森林のほとんどは人の手が入って成立していることや、持続的でなければ林業は成り立たないことを考えれば、両者は一体化して見るべきである。さらに近年は、新しい森林との関わり方を模索する人々も増えてきた。おそらく、森林ジャーナリズムの役割は、途切れがちなそれらを再びつなぐことだろう。
 
 
もともと私は、熱帯雨林に憧れたことをきっかけに、日本の森林にも眼を向け始めた。やがて林業抜きには日本の森林を語れないと知ったから、人が手を加えた森林にも足を踏み入れた。都市のような人工的な環境も加えると、建築にも目が向く。
今では森林に限定せず、草原や砂漠、海洋や湖沼のような環境も扱いたい。どんどん欲張りになっていく(~_~;)。
 
 
このように自己分析してみると、私が求めるのは未知の世界と多様性なのだと気づく。その象徴が森林だった。その点からすると、人工の一斉林は未知の部分や多様性に劣る。やはり複雑な構成の天然林~針広混交林が好きだ。
 
 
 
改めて、自らの仕事を振り返ると、どのような割合で行っているだろうか。(実際の仕事量というより、意識の上の配分である。)
 
まず直接森林に関係ない分野も手がけている。山村社会・文化、田舎暮らし、地域づくり、伝統工芸、歴史……。これらは20%
 
森林(自然科学系)は、残り80%の半分くらい……40%になる。動植物・微生物の生態系や生理、地質・地形、水文……加えて森林を巡る歴史や文化、哲学も入るかもしれない。政治・政策も入れるべきかな。
 
残った40%は森林産業(ビジネス)系だ。当然ながら木材生産を行う林業が大きいが、そうではない産業もある。樹皮、樹液、草本系資源。空間資源としては森林療法なども入る。そんな非木材系が10%
 
林業は30%。このうち森づくり(植林・造林)が半分の15%
伐採搬出・木材産業系も15%。この中に木工や木造建築も含む。
 
……こんなところかな。
 
今後を考えると、もっと分散させるべきと思う。仕事にも多様性を持たせるべきだ(^o^)。それに同じ分野ばかりでは未知の部分が減ってしまう。
 
まず林業以外の森林産業系を広げたい。樹液産業とか、樹皮・香り(アロマ)もある。樹木葬も森林空間ビジネスと言えるのではないか。
また木材系ではあるが、抜け落ちがちだった製紙業にもっと注目したい。
 
これで一年の計ができたな。。。。(⌒ー⌒)。
 
 
ちなみに今年の御神籤は、行く先々の神社で引いた。
最初が吉。次が大凶。次の次が大凶(°o °;)。。。さらに引くと小吉。さらにさらに引くと中吉であった。徐々に回復している(^o^)。ただ「願望」欄は、いずれも「遅い」「時機を待つべし」「後に叶う」「ゆるゆると進めるべし」なんだよね……。

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森と林業と田舎