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2016/04/22

大和長者番付における土倉翁は?

こんなものをある方からいただいた。

 
Img003
 
全部写し出すにはデカすぎるので半分だけ(~_~;)。
 
「新大和」という新聞社がつくった「評判番附大和長者」というもの。発行は、明治44年8月1日になっている。ようは、奈良県の金持ち一覧である。とくに納税額とか明確な基準があるようには見えない。おそらく資産を推定して勝手に番付したのだろう。
おそらく相当数が林業関係だ。
 
ここに土倉庄三郎が登場する。ただし、どこかわかるだろうか。
 
よく見ていただきたい。ここだ。
 
Img001
 
そう、勧進元
その上に「検査役」として谷甚四郎とか岡橋清左衛門という名が並んでいる。現在は谷林業、清光林業という社名になってるが、吉野の林業家だ。
その上には「行司」、「格別」、さらに上に「総後見」という位が設けられているが、ここに名を上げられるのは、番付に入らない。ただ総後見には北村又左衛門(現在の北村林業)の名があり、彼の額は800万円とされている。桁違いなのである。
 
岡橋家は500万、谷家は80万円と、バラツキが多くて何を基準にしたのかわからないのだが、奇妙なことに勧進元には金額が記されていない。資産額とは別に、勧進元に位置づける格があったのだろうか。
 
そこで気になるのが明治44年という年。実は、土倉家が破産したのは、明治42年なのだ。この年に、長男鶴松の借金のカタとして大半の山林を没収されてしまった。だから44年の土倉家は、さほど財産がなかった時代のはずだ。
しかし家の格を勘案して、「勧進元」に入れたのだろうか。
 
本来なら「総後見」に入るべきかもしれない。ここには北村家のほか、中野利三郎、栗山藤作(おそらく、中野林業、栗山林業の家系ではないか)が並ぶ。
 
ところで、番付をよくつ見ていると、もう一つ気づくのは、15万円の位に土倉平三郎の名があることだ。
平三郎は、庄三郎の弟だ。土倉本家ほどではないにしても、父・庄右衛門から山林を受け継ぎ独立して林業を営んでいたはず。だから番付に乗ることができたのか。
 
Img002  左端上段に注意。
しかし、平三郎家も、いつしか没落する。これは本家の借金の穴埋めに財産を差し出したのではないかと私は推測していたのだが、少なくても明治44年にはまだ残っていたことになる。
 
やがて平三郎家は、兵庫県朝来の原六郎の山林管理を請け負う形で吉野を去る(つまり、その頃には吉野の山林を失う)のだが、この当たりの経緯はわからない。
 
まだまだ謎がいっぱいなのだ。
 
 
 

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