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森と林業の本

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2016/06/15

プナンの人々

夏が来れば思い出す……。

 
それは「はるかな尾瀬」ではなく、「ボルネオのプナン」(笑)。
 
以前は、毎年夏になればボルネオに足を運んでいた。だいたいサラワク州。ときにサバ州。
ある年は、奥地の村に入ることをめざしていた。
 
ちょっと貴重な写真がある。
 
1_2
 
紙焼きからのスキャンだが……彼らはプナン族の兄妹である。
 
妹は美少女だった(^o^)。その眼差しが強烈で、オーラを漂わせている 。兄もイケメン。ただ、二人とも顔に比して足が頑丈そうなのが印象的。
 
彼らには、滅多に会えない。
なぜなら、彼らはジャングルの中を常に移動しているから。
 
それが、たまたま私が滞在した村に姿を見せたのである。香木(多分、伽羅)の塊を持っていたから、交易するためかもしれない。
 
 
かつて1980年代後半から90年代前半は、熱帯雨林の伐採反対運動が盛り上がっていた。
ボルネオのジャングルには、巨木のラワン(フタバガキ科の樹木。当地ではメランティと呼ぶが、赤だ白だと数多い種類の総称)が生えている。その巨木は合板・コンクリートパネルとなるベニヤを取るのに最適だった。そのため野放図な伐採が行われていたのだが……。
 
森が荒らされて困ったのは、森から野生の動物や植物の採集をおこなっている少数民族だ。なかでも定住せずに遊動生活を送るプナンの人々だった。彼らは地球上で最後に残った非定住型の狩猟採集民だと言われていた。
 
彼らは、伐採を止めるためにとうとう林道を封鎖する。だが、これによって伐採会社と少数民族の問題だけでなく、警察や軍まで出動することになった。そして逮捕され、拘留されてしまうのだ。
 
それだけなら、おそらくサラワクのローカルニュースに終わっていただろう。
 
だが、逮捕されたプナン族のグループの中に、一人のスイス人が混ざっていた。
彼の名は、ブルーノ・マンサー。
 
Photo  Img001
 
プナン族に憧れ、彼らの中に入り込んで一緒に生活を送っていた人物だ。彼は、逮捕されて移送中にトラックから飛び下りて逃亡し、サラワクを脱出した。そしてプナン族の窮状を世界に訴える。地球サミットにも参加して世界中に情報発信した。
 
これが世界的な熱帯雨林伐採反対運動につながるのである。
 
私も、その一角に触れていた。。。
 
だから、夏が来れば、ボルネオとプナン族とブルーノを思い出すのである。
 

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