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2016/06/09

書評「チェリー・イングラム」

発売直後から気になっていた

「チェリー・イングラム~日本の桜を救ったイギリス人(阿部菜穂子著 岩波書店)
 

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ようやく読み終えた。とくに後半は一気読み。ひさびさに良質なノンフィクションに触れた余韻を感じる。著者は、元毎日新聞記者で、現在ロンドン在住とのこと。 
 
 
日本のサクラは、江戸時代に多様な品種がつくられてきたが、今やソメイヨシノ一色になってしまった。日本列島のサクラの7割がソメイヨシノ1種に占められているのである。
 
だが、イギリス、そしてアメリカなどには、日本以上に多彩な(日本の)サクラが植えられて咲き誇っているのだ。
それは戦前から日本に通って多様なサクラの品種を集め続けたイングランドの園芸家コリングウッド・イングラムの努力のおかげだ。そして彼は、日本で失われたサクラの品種の里帰りにも力を尽くした……。
こうした彼の人生を軸に、日本のサクラのたどった運命を描いている。
 
ある種、伝記のような気持ちで読み始めたのだが(前半は、たしかにそうだった)、もっと奥が深い。
日本のサクラのたどった歴史、とくにソメイヨシノ全盛となった事情やそれを利用した軍部、その陰で多様なサクラを守ろうとした「桜守」の人々も登場する。
そして、彼らと親交を深めつつサクラを愛したイングラムと、その家族の物語はそのまま日英交流史になる。ただし、香港で日本軍の捕虜となったイングラムの義理の娘もいて、決して奇麗事だけで終わらない陰惨なエピソードも描かれる。
 
 
私も『森と日本人の1500年』の冒頭でサクラについて取り上げ、軍国主義に利用されたうえ、日本の風景を変えてしまったソメイヨシノの話を記したから、こうした日本人とサクラの華やかでいて哀愁のにじみ出るエピソードはよくわかる。
 
そして最後に記されるのが、
 
イングラムの残した最大の功績は、イギリスに多様な桜を根付かせたことであろう。「多様性」は、じつはイギリスで最も大切にされる価値である
 
まさに、これこそが私の問題意識でもある。
 
かつては世界中でモノカルチャー化を押し進め、今もグローバリズムに覆い被そうとしている欧米が、今では多様性のある社会をめざしているのだ。
一方で、日本はサクラだけではなく、森林、林業、そして街の風景までもが、どんどん多様性を失ってきた。日本の戦後は、本来持っていた多様性を捨てる方向に進んでいる。
 
もしかしたら、日本軍の捕虜になった過去を持つ娘のエピソードに噛みつくネトウヨがいるかもしれないが、それもまた多様な立場や思考を放棄した日本の現状となるだろう。
 
 
 
もちろん、欧米諸国が植民地支配で行った所業やプラントハンターによる世界の動植物(遺伝子)の収集、人工的につくられた里桜の品種にこだわり続けることの意味など、私なりの問題点も感じる。
 
それでもなお、イギリスには街路や公園、王室の庭園まで多様なサクラが植えられていると知ると、今や桜の国は彼の地にあると思わざるを得ない。
 
そんな感傷にも浸れる、深みのあるノンフィクションである。
 
 
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