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2017/07/02

アテの元祖

能登半島の旅で、なかなか見応えのあったものの一つが、これ。

 
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アテの元祖、という標識。もう少し見やすい位置からだと
 
5
 
これは、泉家という一般の住宅敷地内の裏山にある。
石川県、とくに能登半島の林業と言えば、アテだろう。アテとは、ヒノキアスナロ、ヒバという方が通りがよいかもしれない。
ヒバと言えば、青森県(アオモリヒバともいうか)だが、石川県でも県木となっている。
 
その由来を調べると面白い。まず地元にあった天然のアテを造林した説と、津軽から持ち込んだ説の二つがある。が、後者が有力だ。
 
渡来伝説は、さらに二つある。そのうちの一つはまた二つに分かれる(~_~;)。
まず奥州の藤原氏の秀衡三男である泉三郎忠衡が、1189年に当地に赴任した際に、義経が生前愛でていたヒバの苗木を2本持ち込んだというもの。
 
一方で泉家19代之兵右衛が、ヒバの苗木5本を津軽から持ち帰ったという説もある。
これが写真の元祖アテだ。 
太いものは目回りが約4メートルあり、樹齢も400~700年と言われている。
 
あと一説は、加賀藩5代目藩主前田綱紀が、ヒバの苗木移出を禁じていた津軽へ藩士を農民に変装させてヒバ苗 を取寄せ、これを能登各郷に植林したというもの。
 
いずれにしても、江戸時代から能登ではアテを植林するようになったのである。
ただ、今回の旅でも目につくのはやはりスギ。アテはどこにでもある、とまでは言えないようだ。
 
アテは、初期生長が遅いので、戦後の造林品種としてはあまり使われなかったのだろうか。 
 
 
ただアテ(ヒバ)材は、非常に耐水性・耐腐性が強い。それはノキチオールを豊富に含んでいるからだ。そもそもヒノキチオールはヒノキにはほとんど含まれず、ヒバの精油なのだ。
 
アテ植林、今なら見直してもよいのではないか。
 
なぜなら、国が早生樹種の植林に力を入れているから。。。
常に国の政策の逆張りをしておいた方がよい(⌒ー⌒)。
 
ちょっと調べると初期生長は遅いと言っても、40年生でスギの70%ぐらいの材積だという。これならヒノキと比べてそんなに大きく劣らない。材質も(見映えでなく)香りで勝負すれば、十分太刀打ちできる。いや、ヒノキチオールを前面に出せば、高級材とすることも可能だ。アオモリヒバのまな板は超高級品(何万円!)もする。
 
もちろんヒバ、アテの一斉造林などする必要はない。
スギやヒノキ林の一部に植えておけばよい。耐陰性ゆえ、枯れる心配はない。
いっそ早生樹種の合間に混交させてもよいのではないか。20年で直径30センチ以上になるセンダンやコウヨウザンの合間にヒバを植えても育つだろう。そして早生樹を伐採後に大きく育てる。
 
林業は、森づくりは息の長い仕事だ。とにかく時間がかかる。現在の売れ筋や経済状況だけを見て行ったら、将来公開しかねない。常に国の政策の逆張りを加えて多様な森を。
 

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コメント

ヒバの起源について、遺伝子分析した論文を見たような記憶がありますが、結論も含めて忘れました

(~_~;)。
ヒバの起源というより、石川県にあるアテ(ヒバ)の起源は、やはり青森にあるように思います。

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