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2017年8月

2017/08/23

大和森林物語5は、『林政意見』!

毎日新聞奈良県版に連載している「大和森林物語」の5回目は、土倉庄三郎の5回目でもあり、『林政意見』を取り上げた。

 
 
実は、この連載の土倉庄三郎の項目は、5回で終わらせる予定だった。つまり今回が最終回だから、やはり庄三郎が亡くなる話にする……はずだった。
 
だが、直前で心変わり。いや、正確に言えば「庄三郎死す!」の原稿も書いていた。しかし、どうも引っかかる。
ちょうど九州北部大水害が起きて、水害と森林に関することが話題に上っている。この点について庄三郎の意見もあるのだ。それに触れたい。
 
というわけで、急遽変更。上記の『林政意見』の出版話に切り換えることにした。
 
ちなみに紙面には載らなかった『林政意見』とはこんな感じ。
 
Photo
 
そっけない(笑)。
 
だから中身をちょい見。
 
2
 
こっちも文字ばかりでそっけない(~_~;)。
 
少し、新聞記事の後半を引用しよう。
 

 庄三郎らが対策として挙げたのは、国有林を分割して、国に残す一部以外は府県郡村に移管することだ。自治体が森林を基本財産とすることで林業振興と貧民の救済につなげることを訴えた。

 林業は山に近いところで経営すべきで、遠くの中央政府が机上で行うものでない、という信念があったのだろう。

 また山川省を設けて、全国の山林河川の業務を統一するよう提案した。治山・治水は両輪なのである。省庁の縦割りが災害対策の進まぬ理由と見抜いていた。これも現代に通じる問題点と言えるかもしれない。

 そして林学の専門教育を受けた官吏の養成も主張した。3年後、続編に当たる「再ビ林政ノ刷新ヲ論ズ」を発表しているが、この点に関して各府県に森林行政機関を設けて、専門の官吏を養成すべしとした。地方の人材を侮るな、ともある。

これは二人の合作で、しかも口述筆記だから、どこが確実に土倉庄三郎の意見なのか特定することは難しい。ただ語調からすると、全体がかなり檄文的で、仲邨博士よりは庄三郎の部分が強いように思う。
 
 
次回こそ、庄三郎に死んでもらう(~_~;)。

2017/08/22

虫の声から見た森林環境論

暑さがぶり返してきたが、ツクツクボウシの鳴き声を聞いた。季節はやはり進んでいたか。

 
そこで森の中を久しぶりに歩いてみた。当然、暑いし、緑がギシギシと取り囲むように伸びてきているように感じて、少々恐れを感じる。
  
そんな中で虫の声のシャワーを浴びた。
 
夏の終わりはとくに虫の声が激しい気がする。セミを始めとして、バッタも見かける。秋の虫も増えてきたのだろうか。
 
Photo_2  Photo
 
この虫の声、デシベル単位で表示したら、どれほどの音量だろう。結構な騒音レベルではないか。そもそも人が聞き取れるのは20~30キロヘルツ間だというが、そこから外れた低周波・高周波の鳴き声もあるだろう。
 
森の環境とは、こうした音も入っている。緑の色や草の匂い、など視覚、嗅覚はよく指摘されるが、聴覚も忘れてはならない。音には風の音、動物の鳴き声などもあるだろうが、虫の声はバカにならないはずだ。
 
そんな音響、虫の声から森を見たらどうなるか。
 
低周波の森、高周波の森、なんてのもあるかもしれない。季節によっても変わるし、気象や生息する虫の酒類でも変わるのではないか。熱帯雨林と日本の森の違いとか、針葉樹林と広葉樹林ではどう違うか、アマゾンとアフリカの森の違いは何かとか。
 
 
こんな点を誰か研究していないのだろうか。
 
熱帯雨林では、100キロヘルツ以上の高周波音がかなり強いという観測結果が出ているそうだ。間の耳には聞こえないが、熱帯雨林の中、もしくは周辺で暮らせば、常に浴びていることになる。
音源ははっきりしないが、虫の声ではないか、と推測されている。高周波を浴びることが「森の心地よさ」に結びつく可能性だってあるかもしれん。
 
 
が、虫の声を聞いても、あんまり嫌な気持ちにならない。むしろ時折車やバイクの排気音が聞こえると気持ちをかき乱される。また電車の音も聞こえるが、自動車ほどではないにしろ、何か違和感がある。
 
よく「虫の声を心地よく感じるのは日本人だけ」という俗説?があるが、怪しい。今どきの「日本スゴイ」の走りだろう。虫の声を好む外国人だっているはずだ。
 
森林環境の研究はいろいろな角度から行われているが、音響から、とくに虫の声から研究したら生命の世界がまた違って見えるかもしれない。

2017/08/21

宮域林、空白の700年

先日もお知らせしたが、今度伊勢神宮で講演を行う。そこで、式年遷宮の木材や宮域林について、にわか勉強している。
現在の遷宮に使われる木材はほとんど木曽から得ているが、前回ようやく宮域林からも使うようになったことはご存じだろう。これが700年ぶりと言われる。
 
古代は、神宮周辺の宮域林(神路山)や志摩の伊雑神戸(いざわかんべ)から用材を得ていたのだが、資源が尽きたため各地に移した。戦乱など治安の悪化で搬出できなくなったこともあるようだ。
 
では約700年間、宮域林はどうなっていたのか。その点がちょっと気になっていた。
 
まず驚くのが、鎌倉時代初期の東大寺の大仏殿の再建に使いたい、と重源上人に霊告があったという記録だ。仏教寺院の造営に神宮の木を使っている可能性があったこと。神仏混交が驚くほど進んでいたのである。
実際に伐りだしたという記録はないが、重源や東大寺の僧60人が伊勢参拝した記録はある。お礼参りだろうか。 
 
一方で平安時代から伊勢や志摩では塩の生産が盛んだったらしい。かなりの規模の製塩業が営まれていたのだが、その燃料に近隣の山の木を使っていた。宮域林も含まれる可能性は高いのではないか。
 ゛
また江戸時代には宮域林から村落の建築資材や薪炭を得ていたという。何度も禁令が出ているのは、幾度も破って採取されていたのだろう。
とくにお伊勢参りが流行ると、全国から押し寄せる参拝客の接待に莫大な燃料が必要となる。それらは全部薪炭だ。山が荒れるはずである……。
 
大正時代に、洪水対策も兼ねて、森林経営計画が作られた。これによって、ようやく遷宮用材の生産を再びできるようにしようという気運が高まったようだ。
 
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面白い。最初は豊富な木材資源があった山も、ついに伐り尽くして薪炭利用に切り替わり、近代に入って復活が図られるというのは、日本全体の森林史に通じるものを感じる。
 
そんな話も織りまぜようかなあ。
9月2日(土)13時~14時30分
伊勢神宮せんぐう館催事室(外宮)
演題  森林は街がつくった
講師  田中淳夫氏(森林ジャーナリスト)
内容  テーマ「森林を求め、林業を生み出したのは街の人である」
 
※ウェブサイトか電話・FAXでお申し込みください。 当日受付も可能
※聴講無料(別途入館料が必要・大人300円)
 
☎ 0596-22-6263
  

2017/08/20

由義宮の運河発掘

このところ、私的に興味深いニュースが続く。対馬にカワウソ発見とか……が、おそらくローカルニュース扱いされているこちらはいかが。

 
 
奈良時代、女帝・称徳天皇の寵愛を受けて出世したとされる道鏡ゆかりの離宮「由義宮」は、幻の離宮だった。続日本紀に記載があるのに、どこにあるのかはっきりしていなかったから。
どうやら、それらしき場所(東弓削遺跡)が発掘されたのだ。
 
道鏡と言えば、帝位を狙った極悪人扱いされたり、天皇との悲恋として扱われたりと毀誉褒貶が激しいが、ここで歴史物語を語るつもりはない。
 
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この遺跡からは約20メートル四方の基壇を持つ建物跡が見つかっている。そこには高さ60メートル級の七重の塔があったのではないかと思われるのだ。となると、大量の木材が必要だったろう。
さらに、幅16メートル、深さ1メートルくらいの大溝も発見された。おそらく人工河川があったと見られるのだ。当時近くにあった川(玉串川)に繋がっていると考えれば、総延長600~700メートルの運河ということになる。
 
それは造営資材の運搬のため……主に木材を運ぶためと想像できる。
 
Dsc_0585
 
巨大建築物を建てるための大量の木材をどこから運ぶのか。奈良からならば大和川経由か。もしかして近江の国か丹波の国から淀川を下り、支流を遡った可能性もあるが……。
 
改めて、重量物、とりわけ木材の運搬は水運が頼りだったと思い知る。巨大な丸太を陸路運ぶよりは、運河を長くても掘る方が楽だったのだろう。
 

2017/08/19

森林本位制と木本位制

日経新聞に「ビットコインと森林本位制 」という記事が掲載されている。

 
触りを紹介すると
 
「人類が直面する長期的難題すなわち地球温暖化問題を、新しい貨幣制度で解決できるのではないか、という可能性である。」
「ある「モノ」が貨幣としての価値を持てば、人々はそのモノを採掘または生産しようとする。その対象を、二酸化炭素を吸収する森林にする、というのが森林本位制のアイデアである。金本位制と同じように、森林を正貨として中央銀行が管理し、森林持ち分証券を貨幣として流通させる。」
「そのような世界では、人々は競って植林を行い、森林を増やそうとする。貨幣を得ようとする人々の利己的な利潤最大化行動が、地球環境を改善させる。こうした筋道は、経済学的にはほぼ自明と思われる。コロンブスの卵のようなものだ。人類を救う新しい貨幣システムを構想できないものだろうか。」
 
これをビットコインと照らし合わせることで可能性を論じている。
 
なんだ、私が10年も前に考えたことと同じではないか、と思った(笑)。
 
どこに書いたかな、と思って探すと、こちらにあった。古いブログである。2006年だ。
 
 
ここでは木材を通貨にしようというアイデアを披露している。ただ日経よりも地に足がついている(笑)のは、ビットコインのような仮想通貨を中央銀行が管理するのではなく、まずは地域通貨はして流通させるのだ。
しかも「生木券」と「材木券」の2種類がある。生木券は、木が太れば利子が生れるが、枯れたり災害で消えるリスクもある。材木券は加工によって価値が変わる変動相場(笑)。
 
そしてコメント欄の応酬を読んでほしいが、最後に「森林本位制」にも言及しているぞ。
一方で通貨というよりは「証券化」にも触れている。 これって、数値だけで動かすことも可能だから、ビットコインのようだ。
 
ここまで行けば、森林証券の先物市場もほしい。ディリバティブはどうだろう。相場師の介入で、乱高下する(⌒ー⌒)。しかしデイトレードは拒否しよう。樹木は1日にして成らず、だ。
 
 
今再び考えると、重要なのは「森林-材木」に価値を置いていることで、土地ではない。つまり土地は所有しなくてもよいし、するにしても金額をずっと落とす。現在の10分の1くらいが妥当ではないかと思う。土地という面ではなく、上に生えている樹木プラス草本・野生鳥獣などが存在する森林という空間に価値を置く。
 
そうすると、森林土地の流動性が高まり資金も流れ込んでくる。志ある人は、荒れた森もしくは裸地を安く購入し、そこに豊かな森を作ることで価値を膨らませる。いわばベンチャー企業が、役員等にストック・オプションで株を安く買わせてから業績によって10倍20倍に上げるように、森林の蓄積価値で儲けるのである。創業者利益ならぬ造林者利益。
 
う~ん、ちょっと夢見るな。。。。

2017/08/18

Yahoo!ニュース「「林業は成長産業」って本当?」を書いた裏事情

Yahoo!ニュースに『「林業は成長産業」って本当? 』を執筆しました。

 
直前に、「日本の林業は「成長産業」 若者比率など驚くべき状況……」と言った記事がネットで流れたので、それに対する当てつけだろう、と思っている人が多いと思う。実は……その通りだ(笑)。
 
いや、インスピレーションをいただいたのは事実なんだが、ずっと前から考えていたのだよ。記事にも触れた通り、そうした取材で私のところに連絡が幾度も入っているから。その度に説明するのだが、納得しないというか、そんなことを言われたら困るという反応になる。番組や記事にならなくなると思ったのだろう。
 
 
もう一つ。「成長産業」という言葉に思い出がある。
 
私が勤めたばかりの新人の頃、リクルート社の「成長企業の研究」という冊子づくりを命じられたことがある。ようするに企業案内というか就職活動の冊子なんだが、その広告ページとは別に、冒頭に就職運動に関するノウハウや企業情報を調べるハウツウを書かされたのだ。
 
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問題は、タイトルにある「成長産業」の定義だ。
 
担当者ははっきり言った。「中小企業のこと」。
 
大企業の就活案内冊子は別にある(いわゆるリクルートブック)。それに対する中小企業の案内なのだが、中小企業と書いたら人気が出なくなる。だから「成長企業」と名付けて、将来性のある会社と思わせるのだと。
 
実際、紹介するのは小さな会社ばかり。本当に成長しているのかどうかも怪しいのだが、業績が伸びている、社員数が増えている、特別な技術を持っている、世界で(日本で)ここだけの商品を持っている……と特徴を探して取り上げる。
 
ま、あの頃は日本経済全体が堅調だったからそれでもよかったのだろう。ブラック企業なんて言葉もなかったし。
 
ともあれ、私にとって「成長産業」と聞くと、この「成長企業」を思い出す。そして疑いの目で見るのである。

2017/08/17

NHK「超巨大杉伝説」

一昨日のNHKの大捜索ドキュメントと名打った「屋久島 超巨大杉伝説」を見ただろうか。

 
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屋久島で、縄文杉を超える大きさのスギを探す、という番組だ。
放映済みだからネタバレで記すと、結局、太さは12メートル43センチで縄文杉に次ぐ2番、高さは45メートルとナンバーワンのスギを発見した。場所は、これまで人が入れなかった人跡未踏の谷。あまりに急峻なので、誰も近づけなかった一角だ。それを天空谷と名付けたのだが、そこで発見したから巨大杉は「天空杉」と名付けられた。
 
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ほかにも、これまでに記録のない巨大杉を何本も発見したようだ。そして、その裏では、航測技術を駆使して、空からレーザー探査して巨大な木のあるところを割りだす、という掟破り? いや現代的な手法も用いている。
 
 
それなりに楽しく見た。実際、太さはもう一歩だったにしろ、幻の巨大杉を発見したのだから結構なことだ。ただ番組になる前に、この発見は世間に伝えられなかったのだろうか。太さが2番ということでベタ記事ぐらいになったのか。
 
 
ところで私は以前に、別の巨樹捜索をしている人から「すでに縄文杉を超える杉は見つかっている」と聞いていたのだった。
しかも、その杉は、意外や人里近くにあるらしい。某屋久島の写真集に、うっかり杉のある地域の森が載ってしまった……とまで聞かされた。
 
それでも、世間に発表すると大騒ぎになるし、縄文杉が弱っているから、今は隠しておこうということになったのだそうだ。
 
ま、こちらの話が幻だったと言えばそれまでだが、今回はそういう噂は一切触れていない。あくまで人跡未踏の土地なのだ。その方がドラマになるしv(^0^)。
 
巨樹、巨木、大木というのは、その存在の有る無しも含めて、人々の気持ちを引きつける。一方で、そんな大木を伐ってみたいという欲望も渦巻く。実は、そんなことをテーマの原稿を書いたばかりだ。大木というのは、存在してほしい、守りたい、そして伐りたいという3段論法で成り立っているのだ。

2017/08/16

洪水探知装置?

生駒と奈良の間には、矢田丘陵がある。

こちらは、生駒山系ほど高くはない、まさに丘陵地帯。しかも両側からニュータウンや大学や農地なとの開発が進んでいる。それでも、結構谷などが入り組んでいて、入ってみると深山幽谷の気分が味わえるところも多いのだが……。
 
そんな中で見かけたのがこれ。
 
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小さな沢に設置された簡単な装置なんだが……どうも増水を探知する装置らしい。水かさがあがると、作動してどこかに信号を送るのだろうか。
 
こんな低い丘陵地で、しかも奥行きがない(川は短い)ところの沢なんだが、洪水の起こる可能性はあるのだろうか。場所は住宅地から入ってすぐであった。
 
ともあれ、備えよ常に。こうした工夫が大切なんだろうね。

2017/08/15

かつて「砲台山」があった

終戦の日だからというわけではないが、最近思い出して気になっている所がある。

 
私が中学・高校時代を過ごした北九州市門司区のことだ。
 
私は生涯で初めての引っ越しをして、門司区のもっとも端に位置する町に住んだ。北九州市は100万人都市だったが、当時の第一印象は田舎町だった。家は小高い丘の上にあり、関門海峡を見下ろすことができた。まだ関門橋は完成していなかったが、海峡を行き来するたくさんの船を毎日見ていた。今思えば、「コクリコ坂」の世界と似ている。
 
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関門海峡。住んでいたのは地図の「手向山公園」の右隣の緑地辺り。
 
一方、国鉄も走っていて、蒸気機関車が何十台と集結していた。なんだ、消えるSLと騒がれたが、こんなにあるじゃないか、と思った記憶がある。毎日SLが見放題。近づくこともできた。もっとも鉄ちゃん趣味は私にはないので、さほど嬉しくもない。それは九州中のSLが最後に集まってきていたからであり、その後一斉に姿を消すのだけど。
 
さて、住んだ家は、すぐ横が森になっていて、そこから山になってきた。
住みだして何カ月経ってからか、意を決して森に分け入った。道はない中を登りだしたのだ。これこそ、現在の生駒の森歩きのスタイルの原点だ。ブッシュをかき分け、木と木の間をがむしゃらに登るのだ。
もちろん急坂もあれは窪地もある。手を地面につくこともあったが、ひたすら登る。すると、急に視界が開けた。光が射し込んで、森から道の一角に出たことに気づいた。
 
地道だったと思うが、わりと幅はあったように記憶する。そこからは起伏のある草原だった。その頂上部分に浄水施設が設けられていたから、そこへ行くための道だったのだろう。
 
森から出て草原を歩くのは異世界のような気分だったが、眺めはよかった。そのうちに妙な工作物があることに気づいた。上部は土に埋もれているのだが、レンガを積んだ地下式の建物が3つほど並んでいたのだ。中に入ると、湿った空気の匂いがしたが、ガランドウだった。それは倉庫……というより弾薬庫だったらしい。
 
その後徐々にわかってきたが、この山には陸軍の陣地があって、砲台が備えつけられていたのだ。なるほど、関門海峡に侵入する敵船を監視して、攻撃するのにはもってこいの場所なのだ。おそらく明治時代につくられたのだろう。
だから地元の人は「砲台山」と呼んでいた。
 
その後、砲台跡も発見した。大宝は撤去されているが、砲台を設置した丸い陣地があったのだ。その下に何かあると睨んだ私は、スコップを持って行って掘った。すると砲台跡の下にはちゃんと陣地があった。ここで大砲への砲弾込めをやっていたのだろう。
そんな空間は、中学生の私と友達の間では、まさに秘密基地だった。
 
当時、写真を撮っていたら貴重だったのだが、どうも撮影した記憶がない。ネットで調べてみたら、同じ門司区でも先端部の和布刈砲台跡の写真を見つけた。
 
Photo
 
弾薬庫はこんな感じだ。もっとも私の見たのは石組みではなく壁か全部レンガだったと思う。しかも整備されず放置状態だから、もう少し荒れた雰囲気だった。
 
そのことを思い出したので、ネットで確認できないかと見てみた。
 
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……なんにも見えない。というより、草原だった部分もみんな森になってしまっている。逆に、私が道なき道を登った部分は宅地造成されて家が建っているよ。
わずかに浄水場の上が草原のままだが。もはや弾薬庫も砲台跡も撤去されてしまったのだろうか。。。戦争遺跡としても貴重だったと思うのだが。
 
なんと、思い出からの戦跡探しから、植生遷移を確認してしまったのだった。

2017/08/14

サルスベリ

宝山寺でサルスベリの花を見た。

 
おや、こんなところに以前からあったのだろうか、最近植えたのか。。。と思うが、たまたま真っ赤な花が目立つので気づいただけかもしれない。
 
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宝山寺鐘撞堂前。奥に見えるのは、獅子閣と呼ばれる明治初期の擬洋風建築。
 
 
この花を見ると、盛夏という気がする。
 
ただ、これまでは庭木のイメージが強かった。それが、急に街のアチコチでサルスベリが目につくようになった。今日気づいたのは、ニュータウンの街路だ。新駅ができて急速に住宅が建ち並び出した一角を今日車で走っていると、ズラリと赤い花が並んでいるではないか。
 
これまで街路樹があったかどうかさえ記憶になかったのだが、鮮やかな花の色が目を引きつける。
 
最近は、サルスベリの街路樹が増えているような気がする。
これまでケヤキやイチョウ、サクラ、あるいはハナミズキ、アメリカフウといった樹木が目立ったのだが、これらは新しい街路では、あまり見なくなった。
これらの木は、植えて30年も経つと大木化して問題になっている。電線に触れたり見通しが悪くなったりするうえ、剪定が大変だし、歩道を根が持ち上げているケースもある。そこで、あまり背の伸びないサルスベリが好まれるようになったのだろうか。猛暑にも耐えて花も美しい(赤以外に白、ピンクの花もある)から。
 
背が低くても花の色で目立つことが有利なのか。
 
ただ、これも外来種と言えば外来種だけどね。
 

2017/08/13

山頂でかき氷

かき氷を食べたくなった。

生駒でもっとも美味しいかき氷は、どこか。
 
というわけで、生駒山に登ってきましたv(^0^)。
 
夏になったら山に登って、かき氷かソフトクリーム、というのは私の避暑スタイルなのだ。
まずは車で中腹の宝山寺に行く。ここでお参り。
 
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境内の森にあった樅の大木が2本伐られていた。職員に聞くと、もう枯れて樹皮がバラバラと落ちてきていたのだそうだ。しかし、境内で伐るのは大変だったでしょう、と聞くと「何、ワイヤーかけて車で引っ張ったから簡単だったよ」。
なかなか寺内でも派手な作業をやったみたい。
しかし、なかなかよい木である。材も何かに使えそうなんだが。。
 
 
しっかり賽銭を入れて順々に手を合わせて回る。そして奥の院にたどりつくと、ここから山に入るのだ。
 
今回は、ほとんど廃道に近いルート、それも直登コースを選ぶ。先日の雨で地面が湿っていて、ずるずる滑るし土臭い。道なき道も考えたが、結果的に廃道を進むのが精一杯か。
このところ暑さに負けて運動をあまりしていないから、ぜえぜえ言いつつもなんとか尾根のスカイラインに着いた。
 
ここから山上遊園地へ、またぜえぜえ言いながら階段を登る。
 
さすがにお盆休みなので家族連れやカップル客が多い。そこに男一人が歩くのはあんまり言いカッコじゃないが。。。
 
そして山頂展望レストランへ。
もちろん頼むのはかき氷一つ!
 
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(・_・)...ん? 前より小さくなったような……それにストローだよ。先は開いていたけど。スプーンくらい付けろよ。。。これがレストランの品かよ。
それでも一気食いをして身体を冷やした。
 
思えば、2年前も山上でかき氷を食べた。
そのことについては、2015年8月8日の「遭難ツアー 」に記している。これは某者が生駒山で遭難ツアーをやりたい、と言い出して参加者を公募し、結局3人で行ったのだった。宝山寺で集合し、そこから道なき道を登って山上へ出た。
そしてかき氷を食べたのだった。
 
……その参加者だった廣友さん(当時、林木育種センター勤務)が亡くなったことを知ったのは、それから1年経っていなかったと思う。最後の出会いだったんだなあ。。
 
当時も、飛行塔は回っていたっけ。
 
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一緒に乗ってくれる人は、まだ現れないのだが……。
 
帰り道は、大人しくハイキング道を。そこで見つけたもの。
 
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もうクリが落ちていた。夏の終わりを感じたのであった。

2017/08/12

Yahoo!ニュース「生物学的に見た介護の効用」書いた裏側

Yahoo!ニュースに「生物学的に見た介護の“効用”」を執筆しました。

 
だんだん、森林ジャーナリストから離れていく(~_~;)。
 
ただ、この記事を書こうと思った直接のきっかけは、日経ビジネスオンラインの「介護生活敗戦記 」である。著者の松浦晋也氏は、私と同年代で、ノンフィクション作家。加えて科学技術ジャーナリストの肩書も持っている。が、ようするにフリーランスのライターだ。
 
そこにシンパシーを感じた(~_~;)。だから介護そのものよりも、自宅で仕事をしているために介護担当になることや、介護に時間を取られていると収入が減る……など結構身につまされるのである。
 
フリーというのは時間は自由になるのだが、それゆえに雑事に時間を取られやすく、すると仕事ができなくなる。というか、仕事に時間を割かなくなる。気がつくと仕事してない、のである。
 
 
それに取材先で、取材の用件は終わった後の雑談で、意外や多くの人が介護および介護予備軍であることを知る。それで話が盛り上がることにもなる。
 
日本がとてつもない社会になりつつあることを肌で感じる。事態は猛烈な速度で進行しているのだ。
その末に訪れる将来の未来図を読みつつ、今を生きねばならない。
 

2017/08/11

「バイオマス」は「丸太」なのか?

今日が祝日であることを、ほとんど気づいていなかったのだが。

 
久しぶりに大阪に出た。普段、あまり大型書店に行けないので、こういう機会に覗く。
すると、何かと本を買ってしまうのだが……。
 
ふと目についたのが、「環境ビジネス」という雑誌。季刊で発行しているらしいが、最新号はバイオマス特集のよう。
 
Photo
 
こーゆー表紙。私は当然ながら買わず(~_~;)、立ち読みしただけなのである。内容は,それなりにいろいろ説明しているが、それについては触れない。ただ、表紙が気にかかった。
 
丸太の山積みなのである。
 
やっぱりバイオマス=木材=丸太、という連想なのだろう。
 
写真の丸太は相当素性がよいし、これを燃やすのか?と思ってしまう。この写真は、あくまでイメージであるのかもしれない。しかし、専門の雑誌が表紙写真に選んだ時点で、大きな勘違いが広がっていることを示すのではなかろうか。
 
そもそもバイオマス・エネルギーにする木材は製材端材や、建築廃材、その他木片・木屑であるべきなのだが、十分建材になりそうな丸太を燃やすのはスタート時点で掛け違いが起きていると思う。
 
バイオマスエネルギーの利用を、熱ではなく発電としたこと。
未利用材区分をつくって、それをFITでもっとも高く設定したこと。
小規模分散ではなく、大規模集中型施設を推進したこと。
 
これらは制度というかシステム設計の過ちだが、加えてイリーガルな世界が広がっている。
 
燃料の素性のチェック体制がまるで甘いこと。廃棄物処理のいい加減さ。産廃を未利用材と偽れば、FITの差額は莫大である。産廃の場合は、燃焼灰が強アルカリや強酸性になることもあるが、どのように処分しているのか。。。
 
そういうことを専門誌には追求してもらいたいんだけどねえ。
 

2017/08/10

杉皮の和紙

奈良県森林技術センターを訪れたら、ロビーの壁に「杉樹皮の和紙」が展示されてあった。

 
スギやヒノキの皮を材料に和紙を作る研究が行われたようだ。「こんな研究が行われていたんですね?」と、目の前の前センター所長に聞いたら、「35年前に僕が研究したヤツや」と答が……(笑)。
 
最速で答を得られたようだ(^o^)。
 
 
スギの樹皮で和紙をつくると言っても、樹皮全部ではなく、内樹皮だけを分離して行うようだ。
すでに吉野町の和紙職人が作っているとか。
 
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これが杉皮和紙。名刺用紙に仕立ててある。
 
通常のコウゾによる和紙とはちょっと違った触感であるが、よい使い道はないのだろうか。
 
もともと和紙の定義として材料が決まっているわけではない。あえて言えば木質繊維ではなく、樹皮繊維を原料とすることだろうか。
コウゾ、ミツマタ、ガンピが3大原料だが、そのほとんどが輸入物。コウゾは栽培こそ簡単だが、使えるようにするのは手間がかかる。枝分かれしすぎたら皮むきが大変。私もやったことがあるが、蒸して剥いて乾かして、叩いて繊維をほぐして……。
 
ならばスギやヒノキの樹皮というのも調達が楽な原料にならないだろうか。外樹皮と内樹皮を分けるのは面倒だが、コウゾの処理と比べて難しいというわけではない。むしろ楽なように思う。
 
繊維の質が違う? いや、その心配はないと思う。なぜなら和紙と呼んでいるものも、その原料の半分くらいは木質パルプを混ぜているのは公然の秘密だからだ。
全部コウゾやミツマタで作っている和紙など希少だ。和紙にも洋紙と同じ樹木の木質部の繊維をほどしたパルプを使っているのだ。
 
 
ならばスギの樹皮を使ってもたいして変わらない。いや、樹皮なのだから和紙の定義に合うではないか。スギやヒノキの樹皮なら製材所に始末に困るほどあるだろう。コウゾやミツマタは慢性的に足りないのだから、新たな資源にできる。コウゾと混ぜたら品質は変わるまい。
 
 
ああ、でも木質パルプを使っている業者にとっては、樹皮なんて面倒だから嫌がるかな。それで世間が騙せている限り、面倒なスギ樹皮なんか使わないか。
 

2017/08/09

トーセン学習帳って?

本日の「J-ficニュース」 に、「木育の新ツール」として「トーセン学習帳」なるものが紹介されている。

 
 
ちょっと引用すると、
製材大手のトーセン(栃木県矢板市、「林政ニュース」第547号参照)が文具メーカーのショウワノート(富山県高岡市)と連携して『トーセン学習帳』を製作した。「木育」の新ツールとして、森林・林業・木材産業の理解拡大に活用することにしている。配布希望などの問い合わせは、FOREST MEDIA WORKS(電子メール:narazaki@forestmediaworks.com)へ。
 
何、これ、と思った人もいるのではないか。
実は、私の手元にもある(^o^)。
 
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ジャポニカ学習帳のパクリ、と思えなくもないのだが、実はジャポニカ学習帳を発行しているショウワノートが作成した公認・本物のノートとのことである。
 
中身をちょっぴり見せると、
 
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こんな感じ。中ページは、しっかり方眼を切ってある。ただ最初の見開きなどに森林資源の時給の話とかもあるのだが、やっぱりトーセンの説明というか、宣伝ではある(笑)。
 
これ、木育に使えるかなあ。ま、ノートと割り切ればいいか。
私も、次の取材に使おうかな\(^o^)/。

2017/08/08

風景画で村おこし

もし、好きな画家を挙げろと言われたら、まず浮かぶのはムンクだ。

「叫び」で有名だが、神経症的な画風は、なんか頭から離れず昔から虜になっている(^o^)。

Photo  ムンク

一時期は、ムンクの展覧会を追いかけて結構遠くまで足を運んだり、画集を集めたりもしていたのである。だから、そのうちノルウェーのムンク美術館に行ってみたいと思っている。

もっとも、ムンクが好き! というと、私の精神状況もアブナイと思われるかもしれないので、バビルゾン派の風景画も好きであることを強調したい。

プレ印象派的な位置づけがされるが、初めて風景の美しさを芸術の対象としたと思えば、画期的ではないか? 

バビルゾン派とは、フランスのバルビゾン村に住んだ、広義には村を訪れたことのある画家まで含めるが、コロー、ミレー、テオドール・ルソー……総勢100人以上に及ぶ画家の画風を指す。彼らがこの村の風景や住民の生活を描きまくったことで、今やバビルゾンは、観光地だ。

ムンクのように一人の画家の魅力で人を呼ぶのではなく、多くの画家に描かれた舞台として人気を呼んでいる。

Photo_3 コロー

 
そして、これは村おこしになる、と感じるのである。
土地の風景を絵にしてもらうことで、地域の人気を高めることはできないだろうか。写真もよいが、やはり絵画だ。
 
近頃、芸術祭が目立つ。それも地域起こしの手法としてだ。なんでも全国100か所以上で開かれているらしい。みんながみんな成功しているわけではないが、上手くいったところは100万人以上の訪問者、それも海外からも集めているという。
 
 
フランスで始まった「もっとも美しい村」運動は、日本にも飛火して、「日本で最も美しい村連合」が作られている。それはよいのだが、加盟地域はどんな情報発信をしているのだろうか。
 
いろいろ模索するしかないが、風景画という手はどうだろう。たくさんの画家(の卵)を招いて村のアチコチの風景を書いてもらう。滞在費を面倒見ると言えば魅力にならないだろうか。
そして最低何枚かの絵を描いてもらう。
 
もし、参加した画家のうち一人でも将来大物になれば、風景絵を通して村は人気を呼ぶかもしれない。 アニメや映画の舞台の「聖地巡礼」が流行る昨今だから、絵画の舞台を巡ってもらえることを期待したいなあ。
 
もちろん、描かれた風景を後世に残すという義務も発生するのだけどね。
 

2017/08/07

変化朝顔の葉

先日、ちょっと京都府立植物園に寄り道。

 
そこで「変化朝顔」展を行っていた。
変化朝顔とは、主に江戸時代後期に流行った朝顔の変種づくりで、驚くほど多くの品種を作り出したもの。突然変異体を選び出してより交配を重ねたのだろう。驚くほど多種多様だ。
日本の市井に、これほどまでの育種の技能が広がっていたのか、と思わせる。
 
植物園の一角に並んでいたのは、その一部だが、残念ながら咲いた花はあまりない。考えて見れば朝顔なのに昼に訪ねたのでは見られないで当然か。
 
4
 
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むしろ葉の変化ぶりがすごい。花より激しく変化させたのではないか。とても同じ植物に見えない。
 
たまた読んでいる本がダーウィンの進化論の根幹である自然淘汰説を批判して、ラマルクの用不用説を推奨している。その理由の一つが、突然変異の起こる確率と変異の幅が進化に結びつく可能性の小ささである。
しかし、朝顔一つが江戸時代のわずかな一時期にこれだけ変異したんなら、可能じゃねえ? と思ってしまったのだった。

2017/08/06

伊勢神宮で講演!

なんと、伊勢神宮で講演を行うことになった。

 
1_2
 
9月2日(土)13時~14時30分
伊勢神宮せんぐう館催事室
演題  森林は街がつくった
講師  田中淳夫氏(森林ジャーナリスト)
内容  「森林を求め、林業を生み出したのは街の人である」をテーマに、日本林業の近現代史と現況について解説を行い、あるべき林業の未来像をお話しいただきます。
 
※聴講を希望される方は当館ウェブサイトのお問い合わせフォームか電話・FAXでお申し込みください。 当日受付も可能です。(定員40名)
※いずれも聴講無料ですが、別途入館料が必要です(大人300円)
 
☎ 0596-22-6263
  

ところで、式年遷宮記念せんぐう館は2013年の第62回式年遷宮を記念して開館した新しい施設。場所は、外宮(豊受大神宮)にある。一般に参拝客がよく訪れる内宮(皇大神宮)とは違うので要注意。(伊勢市駅前)
 
そして注目すべきは、現在開催中の企画展示である。(9月25日(月)まで) 
 
「式年遷宮はつづく―御杣山ー」
 
「御杣山」とは、式年遷宮の造営に必要な御用材をいただく山のこと。
かつては伊勢周辺の山々に定められていた。しかし式年遷宮に必要なヒノキの適材不足となり、江戸時代以降の御杣山は、木曾地方(長野県・岐阜県)に移される。
一方で、明治時代に神宮の宮域林でも必要な木材を生産できるようにと森づくりが進められ、第62回式年遷宮では一部を宮域林から伐りだしている。
今回の展示は、御杣山変遷の歴史とその背景を解説しているのだ。
 
私は現地の展示は見ていないのだが、展示説明資料だけ拝見した。これがスゴイのだ、日本の林業史の一端を示しているかのよう。
 
たとえば鎌倉時代に東大寺大仏殿を再建した重源上人が伊勢に訪れた話もあり、もしかして東大寺に伊勢神宮の木を使わせてくれと頼んだ? 形跡もあったりする。
 
2
 
これは、常設展示の様子。古い林業・大工道具や、外宮正殿の原寸大模型もある。
 
 
3 
 
現在の宮域林。約5446ヘクタールあるが、将来木施業が取り入れられ、200年生のヒノキを育てる針広混交林になっている。(せんぐう館を訪れたら、この森に入れるわけではないので、念のため。)
 
多分、日本の森林史的にも、林業的にも、伝統建築的にも面白いはず。私は、講演ではそんな展示を引き継いで、近現代の森林事情を放すつもりだ。もっとも自分の講演より、それらを観覧することを楽しみにしている(^^;)\(-_-メ;)。
 
よろしければ、お伊勢参りついでに参加ください。

2017/08/05

東チモールの人口爆発

毎日新聞に東ティモール(チモール)のルポが連載されているようだ。

 
 
東ティモール! この国を知っている人はどれぐらいいるだろう。東南アジアの一角、インドネシアのバリ島から連なる小スンダ列島にあるティモール島の東半分の独立国である。21世紀最初の独立国であると同時に、独立までのインドネシアとの闘争、そして独立を巡る紛争でおびただしい人が殺されたことで知られている。
 
私にとっては忘れがたい土地でもある。
なぜなら、21年前に私は外国人立入禁止のチモール島(当時はチモールと表記した)に潜入したことがあるからだ。
その顛末は「チモール知られざる虐殺の島」読んでほしい……絶版だけど(笑)。
 
だから、この新聞記事を興味深く読んだ。
 
なんでも、首都ディリにショッピングモールができたそう。日本食レストランまである!
行きたいなあ。私の訪れたのは基本的に西チモールで、東チモール潜入は失敗したのである。少し入ったけど、インドネシア軍に捕まった。
ディリも、まだ訪れたことがない。でも、私はこの国の独立運動に、些少ながら協力したのだと自負しているよ。
 
4  
 
こんなはげ山と水田の風景が広がる。高原地帯はサバンナだ。
 
ただ、この記事で気にかかったのは、人口だ。現在121万人だと!!!
 
これは仰天だ。
拙著の執筆で調べた東ティモールの人口は、
1930年が47万2221人。
1936年が46万588人。
1947年が43万3412人。
1973年が62万6546人。
 
ま、統計の誤差が大きすぎて、数万人単位でずれていると思ってよい。それに独立闘争で、10数万人が亡くなっている。
だから 
1980年が55万5000人になっている。
ただ、1999年の独立宣言時で約80万人と言われたし、統計のいい加減さを引いても、爆発的な人口増加が起きている様子。
 ゛
外務省のデータによると、2015年で118万3000人だ。
それから1年で3万人増えた? 怪しい(笑)。
 
人口爆発は長期的には問題だが、今は若くて活力ある国と言えるかもしれない。人口減に苦しむ日本からすると。。。
東ティモールでビジネスしたら、夢があるかも。
戦前はコーヒー産業も盛んだったし、チーク林業もあったのだよ。今は、海底油田絡みの投資が多いそうだが。この国で森づくりをやりたいな。

2017/08/04

スギにすきま植物

以前より、ど根性植物にすきま植物、虐待植物……といろいろな呼び方をしていた植物。
ようするに、通常の生えるところではない、コンクリートの隙間や圧迫された条件不利地に根を下ろした草木のことだが、また発見した。
 

某人工林で見かけたすきま植物。

 
054
 
幹から葉っぱが?
いや、スギの樹幹についた傷に、腐食土でも溜まったのだろう、そこに生えている謎の草である。
 
アップすると、こんな具合。
 
054_2
 
なんという植物なのか確認しなかったなあ。
ヤドリギのような寄生木ではないようだけど。。。。

2017/08/03

シカ追い払い装置

関西では、夕刊一面の記事。

 
Img001 朝日新聞7月31日
 
なんだかんだと話題になるのね。ようするに、これまでシカを保護してきた奈良でさえ、シカを捕獲するのか、という驚きがあるのだろう。
ご心配なく。捕獲するのの奈良公園の外側だから。しかも銃は使わず箱罠。捕獲した後の処分が問題なのだが……。
 
ただし、これまでだって農地を荒らすシカは捕獲してきた。防護柵に引っかかったり、イノシシ罠に捕まったものは、その度奈良の鹿愛護会が引き取りに行って、鹿苑に収容。終身刑に処してきたのだから、たいして変わらん気がする。
 
 
これで思い出したのが、先日訪れた宮島。
 
宮島港のターミナルにあったのがコレ。
 
4 出入れ口の上部に取り付けてあった。
 
これが何かと言えば、動物追い払い機なのだ。
 
アメリカ製だと思うが、不定期なストロボ発光と、威嚇音(オオカミの鳴き声らしい)、そして超音波(若者には不快音だが、年寄りには聞こえない)が発生している。これでシカがターミナルのロビーに入ってくるのを追い払うのだそうだ。
 
 
本当に効果あるの? と思うが、聞いてみると、それなりにあるらしい。これまで毎日中に入ってきたシカが、せいぜい1週間に1度くらいになったとか。
 
これを農地にしかけろ、とは言わないが、みんなあの手この手で工夫しているのだよ。

2017/08/02

ナラ枯れ防止装置?

ナラ枯れに関していろいろ書いてきたが、こんな絵を。

 
1  3
 
これ、ナラ枯れの元とされるカシノナガキクイムシのトラップ(捕獲装置)。ペットボトルの口の部分を集めてつなげばよいので、素人にも自作できるということで流行っているらしい。たまに山の中で見かけるのである。
 
カシナガは、この木に穿入する前に漏斗の部分に入ってしまうと、抜け出られないらしい。
それなりの捕獲効果があることは間違いない。しかし……。
 
カシナガを一匹残らず捕獲するのは不可能だ。トラップに落ちる個体の横で幹に穿入する個体もいっぱい出るように思える。それに森の中にいくつ設置できるのだろうか。製造の手間、設置の手間を考えると。。。
 
また、仮にこのワンセットで1000匹のカシナガを捉えたとして、100セット設置したら10万匹である。  
しかし、ナラ枯れを引き起こす際のカシナガは、おそらく森全体で数百万、いや数千万匹レベルで生息しているのではないかなあ。
1本の大木がナラ枯れで枯れたら、その中で卵がどれだけ産まれて、幼虫がどれほど羽化するのか。。。カシナガを捕獲して生息密度を下げることでナラ枯れを防ぐという魂胆だとしたら、どう考えても効果は薄い。
 
しかも、写真を見たらわかるどおり、トラップの上部分の幹も結構太くて、穿入する余地あり。
 
 
 
そういや、こんなムナシイ防護もあった。
 
1_2
 
ビニール巻いて、カシナガの攻撃から守ったつもりなんだろうけど、どう見ても上部から入りそう。実際、この木はその後枯れたからね。
 
試行錯誤もいいだろうが、こうした方策では徒労感を感じるのだが。。。

2017/08/01

大和森林物語4は明治のコウウヨウザン

毎日新聞の奈良県版に、「大和森林物語」を連載していることは以前にも紹介した。それはネットにも公開されるので、全国でも読める。

ただ隔週であるため気づかないこともあると思って、本ブログで告知を何回かした。
 
実は本日は第4回目が掲載。紙面の都合で掲載日程がずれているから改めて紹介しよう。
 
第4回目は「土倉庄三郎編」の第4回でもある。 もっとも、取り上げたのは次男の龍治郎であり、コウヨウザンだ。
 
 
川上村にはコウヨウザンが植えられている。現在確認できているのは2本。これが植えられた秘話の紹介だ。
 
 
龍治郎は、庄三郎以上に謎が多いのだが、また魅力的な人物である。台湾では相当な大物実業家であったし、帰国後の東京時代もよくわかっていないが、多分、表に出ないところで思いもしない事業を展開していたと想像している。
 
そしてコウヨウザン。今になって注目を集め、広島県では造林樹種に選ばれたとのことなので、今後植林面積も増えていくのではないだろうか。
 
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森と林業と田舎