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2017/09/18

魚梁瀬杉の終焉

高知県馬路村の魚梁瀬杉の伐採が今秋で終わるそうだ。

 
……って、まだ伐っていたのか!
 
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この写真は、おそらく20年以上前に馬路村を訪れて、魚梁瀬杉が残る千本山を登ったときのもの。ここは保護区だが、かつて直径1メートル級のスギが馬路の山を埋めつくしていたという。巨木の間隔が狭いことに驚く。樹齢も300年級ぞろい。
 
豊臣秀吉が、京都の方広寺に大仏を建立、その大仏殿に使ったという曰く付きの巨木だ。
だが、戦後伐りまくって、脂分が多いので腐りにくく土台などに使ったというが、やがて魚梁瀬杉のブランド名で持て囃された。
 
それを魚梁瀬杉という名の銘木として伐りだしたおかげで林野庁はおおいに潤い、一つの村に二つの営林署があったほどなんだが……。
 
実は私が訪れたときは、すでに営林署の一つは消え、広大な何百世帯もの空き家が広がっていた。すでに資源が底を尽き、伐採は止めたと思っていた。
 
が、なんとまだ伐っていたのだ。ようやく今秋をもって伐採中止とするそうだ……。その最後の伐採が58本だという。しかも、、用途はとくに決まっていないので市場に出すそうだが、それなら伐る必要あったのか? 単に売却益が欲しかったということになる。
 
 
こうして、日本の山野から、本当の大径木は消えていくんだな。魚梁瀬杉のブランド名も忘れられるのだろうか。
 
 
 
 

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