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2017年11月

2017/11/30

書籍原稿を早く書く技を考える

明日で12月。少し早いが今年を振り返ると、なんだか出版の話が多かった。

 
もちろん仕事なのだが、本を書く依頼が増えたのである。有り難いことである。
 
実際、現在進行形で抱えている企画が何本もある。書籍でなくても、ホームページづくり(私の担当は、あくまでコンテンツだが)のような形でまとまった原稿を執筆しなくてはならない用件がある。ただいま必死で取り組み中(;^_^A。
 
……が、それ以外に実質的に断った案件もたくさんあるのだ。
 
その理由は、テーマが私に合わないものもあるのだが、何より問題は、あまりに契約条件が悪いこと。
 
たとえば初版部数分の印税が支払われない。半分だというのである。印税率が10%でも、実質5%ということになる。あるいは初版3000部だとしたら実質1500部と同じだ。残りは売れたとき払い(~_~;)……これでは増刷時と同じ条件じゃん。
 
しかも取材は、比較的遠い某村で、そこに通うには高速道路を何時間も走らないといけない。高速代・ガソリン代などを考えると、一度行くだけで1万円は飛ぶだろう。もし泊まるとしたら? 何回通うかにもよるが、真面目に取り組めば5回では無理、10回は必要ではないか。
そして取材と執筆にかかる日数は、半年で仕上げる自信がない。1年はかかるかなあ。
その間の経費を計算すると、10万円単位でかかる。それを差し引くと……20万円残るかどうか。1年がかりで1冊書いて、この収入では食っていけない。
 
もっとすごいのもあった。
 
初版2000部で、印税率は5~8%。定価は1500円! 本を1冊分書いて、受け取るのが15万円くらいか?もちろん経費込みだから、実質はもっと減る。
 
1冊分の執筆にどれほどの時間が必要だと考えているのか。
2週間ぐらいでサラサラ書けるのならいいけどね。 あいにく、私は遅筆なのだよ。
 
テーマ自体は、挑戦してもいいかなあ、と思わせる提案だったのだが。。。いくらなんでも。
 
出版業界の環境が悪化しているのはわかるが……これって、出版リスクを著者に押しつけているんじゃない? 版元はいつでも誰でもこの条件だというが、それはとにかく本を出したいという副業系の執筆者を相手にしているのだろうか。
 
 
いっそ、2週間で1冊分の原稿(ざっと400字詰めで300枚以上)を書く訓練をしようか。さらさらと講演でしゃべるように……あ、私は講演原稿でももっと時間をかけているよ(泣)。
 
そうだ、ごのブログのように「思いつき」でスラスラと書くのはどうだろう。
その代わり裏取りはしない。
最初と最後でテーマが違う(~_~;)。
行替えを頻繁に行う。
ネット記事のように、間に1行空けることも有効。
誤字脱字の修正は校正に任す。推敲しないで時間短縮!
 
でも薄っぺらだから、1冊の分量にならないなあ。
 
饒舌に、ダラダラと同じことを繰り返し、文章量を増やす。
 
話し言葉にして文字量を増やしますです。
 
ブログのネタを使い回しましょう。
 
1年前のブログを参考にまた書く。いや、書きます、リニューアルと呼びましょう。
 
時事ネタをいっぱい入れましょう。
 
その際に新聞記事の引用をいっぱいするのも効果的。
そこに、単なる感想を付け加えて、行数を稼ぐ。
 
 
あ、たまには2行空ける(^o^)。
 
顔文字も多用。(^o^)。(^^;)\(-_-メ;)。
 
 
 
いっそ3行とりもやるか。。。
 
唐突に兵隊が登場して、号令をかける。
 
1!
2!
3!
4!
……
 
10人くらい呼べば、10行以上稼げるぞ。途中でどもって「もとい!」と、また1からやり直すと20行はいける。
 
 
でも薄っぺらだから、1冊の分量にならないなあ。
 
饒舌に、ダラダラと同じことを繰り返し、文章量を増やす……。
 
 
どうせなら、印刷文字の級数を大きくしたら、ページ数を稼げるのではないか。
 
もっと大きくする。
 
無意味に写真を入れる。
 
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              1
 Photo
 
ノルウェーのウォッカと、プーチンマグと、ミドリのシロクマ。
 
 
これって、薄利多売? 質より量?
 
何、日本の林業を真似しただけだよ!
 
 

2017/11/29

Yahoo!ニュース「パーム油を燃やすバイオマス発電…」を書いた理由

Yahoo!ニュースに「パーム油を燃やすバイオマス発電の異常 」を執筆しました。

 
この記事の冒頭に書いた通り、これまで幾度もバイオマス発電の記事は書いてきたのだが、あんまり繰り返すのも嫌になって、近頃は別件と絡まなくては書かないようにしていた。
 
それを改めて書こうと思ったのは、やはりパーム油を燃料にするという異常さを感じたからである。もっと言えば、パーム油発電そのものは少し前から知っていたのだが、今回気になって少し詳しく調べた結果、フツフツと怒りが湧いてきたのである(笑)。
 
 
政策というのは、最初の意図からどんどんズレるものと相場が決まっているが、本当に重要なのは、それをできないように縛るがんじがらめの規定をつくることではなく、少しでもズレる徴候が見えたらすぐに軌道修正する仕組みと勇気を持つことだと思っている。
 
最初から数年ごとに問題を洗い直し、ゼロから検討し直す約束にしておいてもよい。もっとも、スタートしたら「すでに進行した事態を変えるには勇気がいる。サンクコスト(払ってしまった費用)の呪縛とか、現状維持バイアスがかかるから。
それらを振り払う勇気は……今の政策立案現場にはなさそうだ。。。

2017/11/28

「異常」な時代と比べるな

獣害問題が声高に叫ばれる中、狩猟者の数の推移を調べてみる気になった。

 
よく「1970年に比べると、現在は3分の1以下に……」といった言説を見かけるからである。
ようやく資料を見つけたら、たしかに70年代は狩猟者が60万人近くいたらしい。 現在は20万人を切っているから、正しいわけだ。
 
が、さらに調べて気付いた。狩猟者人口のピークが70年であって、その前はもっと少ないことに。たとえば1920年代は10万人を切っていたのだ。戦後、うなぎ登りに増えて70年代をピークになったのは、狩猟ブームだったのだろうか。そして、その後は下がりだしたのであった。
 
 
そういや、地方の過疎問題を調べていたときも同じことを感じた。
1960年に比べて、現在の人口は何分の1に!」という言葉が各地の農山村の資料でよく見かけたから調べたのだが、その土地の人口のピークが60年前後なのであった。
その頃は、戦後の食料難や大陸からの引揚者などから農山村に移り住む人が多かった。加えて林業が盛んだったし、鉱山開発も各地で行われて人口が急増していたのである。この時期、農山村は過密であった。
 
そんな時期と比べて、今がいかに過疎であるか……と嘆いても。。。(60年と比べるのは政府の過疎の定義が1960年と比べることになっていたから。つまり官庁が意図的に人口減少を演出したのだ。)
 
 
さらに、木材価格でも同じだ。
1980年の木材価格と比べると、現在の材価は3分の1……」なんて言い方をされている。
が、1980年の材価は、木材バブルの全盛期で最高水準なのだ。戦前はそんなに高くない。そして現在の価格が国際水準だったりする。
 
 
ピークと比べて現在がどれほど減ったかという対比の仕方は、プレゼン的にはよくやる手だろう。しかし、政策立案にそれをやっても全体像はつかめず、間違った方向に誘導しかねない。
 
ピークというのは、一種異常な時期なのだ。その状態と比べて今が落ち込んでいるというのは、どちらが異常なのか誤らせる。
 
 
たとえば狩猟者が減ったから獣害が激化したという理屈は成り立たない。
有害駆除数は、狩猟者の数がピークの時期より現在の方が圧倒的に多いのだから。(1990年と2014年で示すと、狩猟者は3分の1になったが、駆除数はシカが4万2000頭から58万8000頭、イノシシが7万200頭から52万600頭へと急増している。しかし被害額は減らず伸びている。)
 
こんな数字を見たら、狩猟者を増やしても獣害対策にはならないことが読める。
 
「異常な時代」と比べて現在を嘆いても、根本的な解決法は浮かばないのだ。

2017/11/27

三種盛りの真実

今日は、ちょいと飲み会。

 
と言っても二人なので海鮮居酒屋で頼んだのは刺身の「三種盛り」。
二人でつまむのだから、そんなに量はいらない……。
 
出てきたのがこれ。
 
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ええと。ひい、ふう、みい……と数えると10種類くらいあった。氷の上にドライアイスの煙吹きながら出てきた(笑)。
 
店員の説明。
 
「当店では、3種盛りをお頼みのお客様には、こうして驚かすことにしています~♪」
 
 
なるほど。そんな趣向もありか。。。たしかに驚いた。ま、得した気分でもある。
最近の居酒屋は、単に美味しい料理と酒を出すだけではなく、「驚かす」必要もあるのか。
みんな、努力しているんだ。
 
商売というものは、そういうものなんだ。
 
それに引き換え……と、それ以上言うのは野暮だろう(笑)。

2017/11/26

ヒツジのいる効用

以前、スイスに行った際に、街角の道路、中央分離帯とか街路樹の回りにもウシがヒツジが放牧されているを見て驚いたのだが……。

 
奈良でも見ちゃったよ。
 
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奈良の某小中学校の校庭……というか、グラウンドの周辺で、いきなりヒツジがいた。
 
これ、サフォーク種のヒツジだよな。顔が黒いのが特徴である。
 
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思わず車を止めて眺めてしまったが、3頭いるよう。
 
さては奈良の神鹿に負けぬ神の羊にしようというのか。。。まさか。
 
生駒山系にはスリランカ料理店のラッキーガーデンにヒツジを放し飼いしているほか、信貴山のどか村(農業公園)にヒツジが飼われているのを知っているが、学校で見かけるとは……。
それらのヒツジは、まず客寄せ効果があることと、草刈り要員である。
 
だが、こんな季節だと、もう草は生えないから枯れ草を食わせているのだろうか。
年中飼っているのではなく、レンタルヒツジだと思うのだが。
 
もっともヒツジのような大型動物がいると、イノシシなど野生動物が近寄らないという特性もある。最近はイノシシがグラウンドを荒らしていると聞く。ヒツジを夜も放しているのかわからないが、そんな効果も狙っているのかもしれない。
 
現在、農林家では獣害問題が深刻化しているが、かつてはウシやウマを農地につないでおいてイノシシやシカが出てこないようにしていた。対策の一つとしてウシを飼う……ちょっと大きすぎるのならヒツジやヤギを飼うというのも考えてみてもよいかもしれない。
 
もっともヒツジやヤギが農作物を食べないようにする工夫もいるのだけどね(^o^)。
 

2017/11/25

黒いティッシュ

こんなティッシュをもらった。

 
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見た通り、黒いティッシュ。
 
最初は、ぎょっとする(笑)。これ、市販しているものではなく、多分ノベルティとして製造されたんじゃないかと思うが、まあ、アイデア商品だ。
材料は100%パルプで、「強くこするとティッシュペーパーの色の紙粉が付く場合があります」と裏書きされているが、色の成分はなんだろう。
 
ただ、これで鼻をかんでも問題ない(~_~;)。機能面では変わらない。
 
とくに黒くしたからと言って、何か特徴が出るわけではない単に面白いだけ。
もしかして、特別の用途を頭に描ける人にとっては、価値があるかもしれない。たとえば白い粉を拭う機会が多い場合は、どれだけ拭えたか可視化しやすいわけだし。あるいは、美しいと感じる人もいるかもしれない……。
 
色を付けるというだけで話題を呼べるなら、この時点で価値があったんだね。

2017/11/24

Yahoo!ニュース「…伐られた街の木を木工品に…」書いた裏事情

Yahoo!ニュースに「これぞ都市林業? 伐られた街の木を木工品に生まれ変えよう 」を執筆しました。

 
私にとってこの記事は、「街の木」シリーズ(笑)。
 
ちなみにタイトルがアップ直後と現在は変わっている。当初は「……生れ変えよう」だったが、現在は「……生まれ変わらせよう」だ。でも、ツイッターなどに古いタイトルが残ってしまっているよ(泣)。
実は、アップ直後にYahoo!の校正係から通知があった。ま、前者は言語学におかしいわな。
もともとタイトルには悩んで、アップ前から何度も書き換えているのだが、直しているうちに少々主体が狂ってしまったようだ。
 
 
それはともかく、街路樹など街の木の問題だけでなく、林業にも結びつけられたかな。
 
なお、ここで「街の木」としているのは街路樹も含むのだが、現実問題として街路樹や公園の木は、行政の所有物であり、伐採後もそれを活かす(転用する)のは難しいらしい。民間の個人や企業の緑地・庭木でないとスムーズに動けないようだ。
 
 
今後、都会の木材が結構な資源となる日が来るといいな。実際は街の木を木材資源として活かすのは、ものすごく大変な手間がかかるようだけど。

2017/11/23

クリスマスツリーと割り箸

このところ、(ネットで)話題になっているのが、神戸市の神戸開港150年記念事業として企画された「世界一のクリスマスツリー」を立てるプロジェクトだ。 

 
富山県氷見市の山中にあった高さ30メートル超、直径約1メートル、重さ約24トン、推定樹齢が約150年のアスナロ(ヒバ)を根っこから掘り返して神戸港のメリケンパークに運んで移植するというものだ。
ニューヨークのロックフェラーセンター前のクリスマスツリーよりも大きいことから「世界一」を狙うらしい。そして移植と言いつつも、クリスマス終了後は、切り刻んで直径20ミリの「継ぐ実」と名付けた記念品にして販売するという。。。。
 
 
当然、ネット内で話題になったのは、「いいね」ではなく批判 だ(笑)。こんな巨樹を一過性のツリーとして掘り出し、最後は小さく刻んでしまうのがケシカランというわけ。
 
正直、私は全然興味が湧かないというか、下らない企画だと思う。ただ、いくつかの点で引っかかってしまった。
 
 
一つは、この木の持ち主は、どれほどの対価を受け取ったかということ。これを運んで移植する某プラントハンターや、企画した某氏はたんまり受け取っているのは言うまでもないが、肝心の山主はどうか。
巨木と言ってもアスナロは、そんなに高価格の木ではない。通常なら立米単価は1万円程度だ。この木の材積は5~10立米ぐらい? 長大木だからと割増を付けても、たいした金額にはならないように思う。運ぶのにかかる経費に比べたら、端金になるのではないだろうか。
もしかして買いたたかれたんじゃないだろうか。。。と他人事ながら心配になった(笑)。
 
これは林業全般なのだが、木材価格のほとんどが伐採搬出費とその後の製材加工費だ。何十年、ときに何百年もその木を育て守った山主が受け取る金額があまりに少ない。それでは森をつくり守る気概が失せるだろう。……今回がそんなケースに当たらないことを願う。 
 
 
そしてもう一つは、なぜ短期間に役目を終えて切り刻んだらケシカランと思われるのだろう、という点だ。クリスマスツリーとして多くの人の目に止まるのは、短期間とはいえ大きな役割だし、その後記念品になって長く人の手元に残るかもしれないのに。
 
実は、かつて同じことを感じたのが割り箸。
 
割り箸批判には必ず、使うのは食べる時間だけで、食べ終わったら捨てるのがケシカランという理屈があった。しかし長く使えばよいのか。では何回?何ヶ月? という点には返答がないのである。
私は、食べるときに使い、捨てた後には(ゴミ焼却場の)燃料になるから2回は役に立っているぞ、と言ったのだが。
 
何より、割り箸は、木材単価からすると、かなり高く売れる品だ。1膳が5円だとしたら単純に1立米当たりで20万円以上の価値になる。もちろん加工賃も必要だし、原木にそんな値段はつかない。そもそも(国産の)割り箸用は製材した際に出る端材部分を使う。しかし所有者にとって、高く売れるのがもっとも嬉しい。
 
ほかにも木材を紙にしたら一瞬で捨てられる可能性がある。ティッシュなんて鼻かんでオシマイだよ。そんな木材利用が世の中にあふれているのに、なぜクリスマスツリーは批判されるのか。
 
とにかく高く売れたら、その木材の使い道は正しかったと言えるのではないか。
 
だけど、世間はそうではないらしい。いや山主だって同じかもしれない。
以前、ヒノキの大木をもっとも高くなる使い道を探したら「表札」用だとわかったとき、山主は売るのを拒否した話を聞いた。これほどの大木を細かく刻むなんてケシカラン……というわけだ(笑)。
 
いずれも経済原則に反しているのだが、人の心は、大木を前にすると妙な思い入れが宿るようだ。そして、ときとして非合理に振る舞う。

2017/11/22

吉野林業と銘木の時代

先日、現代林業の苦境というか問題点を話しているときに、

せめて吉野林業ぐらいは元気じゃないんですか」と聞かれた。やはり吉野林業は日本の林業の最高峰。材価も高いし、積み重ねた歴史から苦境に対処しているのでは……と思われたらしい。

 
残念ながら、反対だ(~_~;)。だって、吉野林業は今の林業の真逆の路線をこれまで歩んできたのだから。
質を追求し、量は出せず、コストも値段も高い。これって、質より量、低コスト化を進めて安価で売っていく道を強力(強引?)に押し進めている現在の林業政策と正反対ではないか。実際にも、大半の林業地とは別の道だから、ガラパゴス感が強い。
 
だったら吉野も量を追求し、低コスト林業をめざすべきか……。否。
 
いつも現代の吉野林業の悪口を言っている私(~_~;)は、最近になって吉野の路線こそ将来の林業に相応しいのではないか、と思い直している。そして、また吉野林業がリードする時代が来るのではないか、とさえ考え出した。ま、肝心の「将来」がいつなのか、それが難しいのだが。
 
それは黙っていてもそんな時代が来るというのではなく、そちらの方向に誘導すべき、努力すべきという意味でもある。
 
なぜなら、木材需要が先細りの中、量を追求するとさらなる価格の下落を招くから。だから少量でも利益が出る林業をめざさないと先がない。利益率を上げて少量でも純益を増やせる木材とは、材質を売り物にしなくてはならないだろう。
 
 
以前から強調していることだが、木材はもはや機能を売り物にすべきてはなく、官能を前面に出すべきだ。機能を無視しろというわけではないが、強度とか耐久性、耐火性……などは木材改質や、非木質素材の組み合わせでカバーできる。
だから木材は見た目が9割、いや9割5分くらいではないか。
 
見映えのよい木とは、ようするに銘木だ。銘木とは、一目で素敵と思わせる感覚を呼び起こす官能的な木である。
 
もちろん、天然木の自然に出来た杢などの銘木は、つくろうと思ってつくれるわけでなく、希少性が高い。だが四方無地、絞り丸太のように人工的に作り出せる銘木もあるだろう。
 
一方で、昔ながらの絞り丸太や四方無地がさほど売れるわけではない。こちらも先細り。
そこで今風の銘木を見つけ出さなくてはならない。木目や節の曲線の美しさを魅せるとか、木取りの技術で杢を浮かび上がらせるとか……新しい美意識と発想も必要となる。
 
つまり加工技術や最終商品と密接に結びつき、現代の銘木を生み出すことが吉野林業、ひいては日本林業の活路にならないか……。
 
そんなことを考えてみたのである。
 
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柱の断面に、こんな紋様?の木目があっても面白いと思う。
 
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フローリングの板が、こんな風に張り合わせてあるのも見せる木材だ。
 

2017/11/21

マイブームはSNS

ここ一週間、いきなりインスタグラムラインを始めた。

 
すでにツイッターフェイスブックを行っているのだから、SNS揃い踏みのような状況だ。
何も急にSNSに目覚めたわけではなくて、妙な偶然の連なり。
 
まず、スマホを買い換えたら、すでにインスタのアプリが内蔵されていたので、つい起動してみると、フェイスブックと連動しているのでクリックを数回行うだけで登録できてしまった。パスワードも何も入力しないので、あまりにも簡単。
 
ラインも、これ以上増やしたら収拾がつかないのでやらない! と宣言していた(だいたい、やり取りする相手いないし……)のだが、娘にメールしてもなかなか返事が返って来ない。数日かかる。
なんで、メールが亀の歩みなんだ! と追求すると、ラインばかりでメールは滅多に使わないので……といわれた。そこで娘が相手してくれるという(;_;)ことで、ラインを始めることに。
 
 
でも、始めたら何かと使うものだ(^o^)。
 
インスタは、投稿ゼロでは寂しいので、とりあえずスマホの写真をいくつかアップしているうちにはまったし。インスタ映えする写真とは何かと考えながら写真を取るようになってきた。
 
ラインも、今や娘以外の人とのやり取りの方が多いし(笑)。
 
 
もともとツイッターもフェイスブックも、ブログの転載ばかり。さらに懐かしのミクシィもまだ生きていて、こちらにも転載されるで、たまにコメントをもらう。
 
ただツイッターとインスタは独自ネタも増えてきた。(インスタは転載の仕方がわからない、という理由もある。)なんか、写真と短文でよいので、短歌か俳句感覚なんだよね。
 
まだまだ使い方がわかっていないのだが、そのうち使い分けなどをして収束していくだろうか。
 
 
せっかくだから、インスタ用に撮った写真をこちらに転用?しよう。
 
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2017/11/20

製紙会社の農業ビジネス

最近は、製紙会社が農業ビジネスに取り組んでいるそうだ。

 
栽培するのは、薬草や高機能茶など。王子製紙は漢方薬の甘草栽培に乗り出し、日本製紙はカテキンやアントシアニンの豊富なチャノキの新品種「サンルージュ 」の苗づくりを行っているという。なんでも赤いお茶なんだそうだが……。
 
まあ、ここでは何を栽培するか、ではなくて、農産物の栽培ビジネスに手を広げていること。
 
これまで製紙は装置産業的だった。紙の需要が減ったからと言って、乗り出すのはセルロースナノファイバーなど、これも装置産業。木質などの原材料の加工・利用ビジネスだった。そこから一歩原材料生産へと遡ったのか。
 
 
ただ私が感じたのは、先に林業家が取り組むべきじゃなかったのかな、ということ。
林業も斜陽なら、新たな商品づくりに乗り出すべきだし、その中には農業的な栽培は十分に射程に入るべき。林業家が自分の山で栽培した農作物を製紙会社に売り込みに行く……という方が順序としては正しくない? と思ったのである。
 
実際、林床で薬草栽培する林業は過去には広くあった。林内放牧のような畜産との組み合わせもあった。
 
先日、某地での講演の後に、森林組合の人から電話がかかってきて、私が話した「林床によるアジサイ栽培」の話が気に入って、考えたいと言ってきた。正確には、林家がやるのではなく集落でやりたいというのだが、どちらにしても樹木育てるより時間はかからないし、当たれば利益も大きい。
 
65  
 
もうちょっと、森林経営を柔軟に考えてみたらよいのだ。土地からいかに収益を上げるか、という課題に取り組むのだから。本来なら土地に近い者が思いつくべきではないか。
 
なんか、製紙会社にサキドリされているが残念。製紙会社の方が柔軟?
 

2017/11/19

自分の記事の直し方

今回は、私の門外不出?だったはずの原稿の書き方をご紹介。 

 
 
発表するメディア媒体はもちろん、テーマも長さもみんな違うのだが、なかには似たものもある。また、以前に書いた記事と同じテーマを、改めて別のメディアから依頼があったりする。
そんな時は、どうするか。
 
実は、ときどきコピーする(笑)。
 
先に書いた自分の記事をコピーして新たな原稿面に張り付ける。そのうえで手を入れていく。
必要なのは、同じ表現を使わないことと、文章の構成をガラリと変えることだ。 
 
 
まず出だしを変えなくてはならない。もっとも大切な部分に別の話題を持ってくる。
そのうえで、重心を置く点を別のものに置き換える。前回は2、3行で済ませたことをたっぷり書いたり、逆に前回の中心テーマを外したり。
 
また、新しい話題も挿入しよう。意外と後からもっと面白いエピソードを思い出したりするものだ。それが膨らんだら、前回のエピソードのいくつかを消す。
 
不思議なのは、そうして変えていくうちに、別の視点を思いつくことだ。前回とはまったく違った視点で論じると、ときとして結論さえ変わるのだが、それも面白い。
そんな場合は、改めてゼロから書き直すことだってする。
 
 
表現も、同じ意味でも別の言葉に替えたり、テニオハを変えたり。能動態を受動態に変えると、わりと変化がつく(^o^)。
 
文章量が違うから、削って短縮することもあれば、加筆して増やすこともある。媒体によっては、柔らかく一般向きの説明にしたり、思いっきり専門用語まじりにすることも。笑いを取ることを心がけて苦労もする。
 
まあ、ここまですれば大丈夫だね。どう見ても、別の原稿だ。一部に同じ言い回しが残ったとしても、自分の原稿の著作権は自分が持つわけで、盗作にはなるまい(笑)。
 
たいてい、後で書き上げた原稿の方が面白くなっている。やっぱり寝る・練る(時間を置く・推敲する)作業は大切だと実感する。 
 
 
先日、2年以上前に書いた原稿のゲラが今頃届いた。それは、某出版社が某〇〇百科事典をつくる、と言って依頼のあった原稿なのだが、なんとそのまま放置されていたのである。
私は年末になると問い合わせるのだが、その度に「ほかの先生方の原稿がまだ集まっていなくて……」と逃げられる。そんなの関係ないから原稿料払え、と抗議するのだが、暖簾に腕押し。
 
今年はいよいよ内容証明を送ろうと思っていたら、とうとうゲラが届いたというわけだ。(まだ原稿は全部揃っていないという。)
学識者に査読を通したという。しかし、句読点の打つ場所など文章作法のようなところにしか赤が入っていないではないか。そんな作風にかかわる点に素人(大学教授は文章の素人だろう)に手を入れられるほど落ちぶれていない。
腹が立つのだが、とりあえず一切の赤を受け付けないことを編集部に通告した上で、内容を見直した。2年も経てば、状況も変わるし私自身の思いや意見も変わるのだよ。
 
結局、全体の半分以上を新たな文に書き直した
 
薄謝のうえ2年間も待たせた原稿に、こんな手間をかけるなんて我ながら馬鹿くさい。しかし、サガだね。直さずにいられない。。。
 
 
ところで最近、私の書いた記事とそっくりな記事を見かけた。同じところを取材して、同じテーマで書くと似てくる面はあるかもしれないが、出だしの話題が同じだと、展開も似てくるし、知ってか知らずか盗作一歩手前だよ。いくらその後をひねって結論を変えようとしてもね。プロなら、他者と違った文章にすることに心血を注ぐもんだ。
 
恥という字を思い出してほしい。。。
 

2017/11/18

Yahoo!ニュース「増税!森林環境税と……」を書いた裏事情

Yahoo!ニュースに「増税!森林環境税と森林バンクの怪しい内実 」を執筆しました。

 
国が森林環境税を創設したいという動きについては、いろいろ考えていた。当然、Yahoo!ニュースへの執筆も考えたのだが、そこでネックとなったのは、すでに森林環境税について取り上げてきたこと。
 
2015年に、二度も森林環境税についての記事を書いているんだよね。
一度目は府県の森林環境税、もっとしっかりせいよ! というものだが、2度目は国の森林環境税と環境省の環境税導入の動きである。一応、リンクを張っておこう。
 
 
 
 
見方を変えれば、2年前から動きをチェックしてきたんだぜ( ̄^ ̄)と言って自慢できるのだが(笑)、同じ話題を繰り返してもしょうがない、という気持ちだった。
そこに、Yahoo!ニュース編集部から「書いてみないか」というお声がかかった(°o °;)。私、勧められるとノル性格なので、じゃあ、書きましょう、という気持ちになったわけ。
 
ただ切り口には結構悩んで、使い道とされる森林バンクに焦点を絞った。まだ構想段階なんで、内容がはっきりしないのに取り上げるのは危険ではあるが、問題点を象徴できる点でもあるからだ。
 
放棄森林に手を入れるため、という一見心地よい目標・目的。
意欲的な林業事業体に任せる、という一見真っ当な経営感覚。
 
でも、全部ウソだろ。
放棄森林に手を入れても赤字の恐れがあるから税金投入。
意欲的なのは木材生産量の拡大であって、バンバン木を伐りたいだけ。
そして森林バンクは、官僚にとっての美味しい天下りポストの確保。
林業家は、自分らにお金(税金!)が回ってくるから期待する。。。
 
 
本当に、これでいいと思っているのかね。

2017/11/17

般若窟の頭上

生駒山の中腹にある宝山寺。

 
この境内には、巨大な岩塊があり、般若窟と名付けられている。古代、ここで役の行者が修行したという伝承が、宝山寺の創建伝説でもある。
 
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これが岩塊の全景。オーバーハング気味の岩壁だ。
 
このなかに、面白いものが写っていた。
 
011
 
ちょっと近づきました。般若窟といっても洞窟ではなく窪地なのだが、そこに仏像が祀られている。その頭上なのだが……。
 
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これでわかるだろう。そう、スズメバチの巣だ。
 
さすがに退治できないなあ。
 

2017/11/16

宮沢賢治と「絶望の日本林業」

NHKBSプレミアムの『英雄たちの選択』で、宮沢賢治を取り上げていた。童話作家の部分よりも農学校の教師時代を中心として描いている。

 
英雄たちの選択「本当の幸いを探して 教師・宮沢賢治 希望の教室」
 
東京に出て大正自由主義の空気を胸いっぱいに吸い込んで故郷に帰った賢治は、そこで疲弊しきった岩手の農村に向き合う。貧困と旧態依然とした社会への絶望に包まれた農民たちを前に、いかに希望を伝えようとしたのか……。
 
この番組を見ながら思い出した。そうだ、私は大学生の時、東北に旅立ち、宮沢賢治の足跡を追ったことがあったのだ。読んだいくつかの童話と、なぜか暗唱できた「雨ニモマケズ」の詩だけを頼りに一人旅をしていた。
なぜ宮沢賢治にはまったのか、わからない。当時の私は、宮沢賢治をこれっぽっちも理解していなかった。それなのに引きつける魅力。今だって、宮沢賢治の思想は10分の1、いや100分の1も理解していないだろうけど。
 
 
 
このところ、また取材を受けることが増えた。先日も東京から新聞記者が訪れて、現在の林業と林業政策について教えてくれ、と言われた。
私はトツトツと、各分野を紹介した。林業現場。木材流通。材価の変動。木材輸出、CLT、バイオマス発電。補助金制度。林野庁の新年度施策……とくに一部を強調したり誇大化したわけではない。ようは、このブログや著作に書いててきたことを繰り返したのである。
 
記者は,絶句した。「そんな産業があるのか……」。
 
記者は、これまで農業や水産業界は取材していて、それなりに補助金漬けや無茶苦茶な施策を見てきたそうだ。とくにクロマグロやサンマ資源を枯渇させているのは日本の漁業なのに、原因にほおかむりして収奪を続けている現場に憤慨したという。
 
が、それでも林業よりはマシだろう。。。。と。
 
 
絶望の日本林業という言葉が浮かんだ。
 
ここに希望を持ち込むことはできるのだろうか。補助金のバラマキのような刹那的な希望(気泡?)ではなく。
その前に必要なのは、当事者が現状の行き着く先がどんな世界か気付くべきかもしれないけど。
 
 
林業にとっての“本当の幸い”を探すべきではないだろうか。

2017/11/15

森の暮らしが幸福?

こんな記事があった。
 
人間は森の近くで暮らしたほうが、幸福な時間が過ごせる。都市部で生活するにしても、出来るだけ自然の森に近い場所を選んだほうが、ストレスの少ない生活を送れるという研究リポートが科学誌「ネイチャー」が運営するサイト「Scientific Reports」に掲載された。
 
発表したのは、ドイツのマックス・プランク研究所。住環境が人間に与える影響を調したものらしい。
比べたのは、都市部の人工的なグリーンエリア、自然の森のそば、荒れ地に住む人々だそうだ。周囲の環境が人間の情動をつかさどる扁桃体にどんな影響を与えるか調べた。その結果、森の近くに住む人々の扁桃体は健康的で、ストレスや不安、鬱状態をうまくコントロール出来ることが分かったという。
 
 
なんか、素晴らしい研究結果が出たように感じるが……なんか怪しい(~_~;)。
 
森林地帯と言っても、地域によって全然条件が違うだろう。面白いのは、グリーンエリアのそばに住む人々と、荒れ地に住む人の間に大きな違いが見られなかった、と付け足されていることだ。だったら、森で暮らすだけでなく、荒れ地でもよいわけだ。(この荒れ地の定義もわからんが。)
むしろ都会の刺激が扁桃体に悪影響なのであって、森や荒野は刺激が少ないから、と結論付けてもよいような気がする。
 
 
たとえば森林療法&森林セラピーでも、同じようなことが言われているのだが(森を歩くとストレス解消されて健康になる……うんぬん)、実は原理はわかっていない。単に肉体の反応を数値化しただけに思える。それでも、実際に森を歩けば心地よいことは経験則としてあるのだが、今回の研究は、そこまでも達していないような。。。
 
これを「ネイチャー」の運営するサイトがねえ。。。
 
 
この手の研究は、かなり恣意的に行われているのではないか、と感じる。自然、とくに森林を持ち上げるのはよいのだけど、中身が伴わないと。それとも、記事になっているところが抜き書きで、もっと完璧な裏付けのある研究なのか? 
 
 
ドイツにも自然礼賛、自然は全部正しく素晴らしい、という思想があるのか。まあ、ドイツが産んだロマン主義こそが、そういう思想だけど。

2017/11/14

明治神宮御苑の切株

明治神宮で見てきた、もう一つのもの。

 
正確には、明治神宮御苑である。より正確には、御苑の北門から入ってすぐのところである。
 
2
 
切株。これは、コナラかな? ナラ枯れでも発病したのだろうか。
 
これだけだと、何が珍しいと思うかもしれない。(原則、人の手を入れないことを謳っている明治神宮の森だが、ある程度の伐採は繰り返している。御苑はさらに人の手で景観を管理している。)
 
が、この切株の断面をよく見ていただきたい。
 
3
 
年輪そのものは、非常に読みづらいが……1878年の西南戦争を芯(発芽年?)として、1920年の明治神宮創建とか、昭和元年とか西暦2000年とか……。
 
よく数えた(笑)。
 
担当者の遊び心を感じる。願わくば、もう少し項目を増やしてほしい(^^;)\(-_-メ;)。
 
 
せっかくだから、パワースポット・清正井にも。
 
5
 
相変わらず満員。列を作って井戸を見る。水に触れるなとか、なかなかウルサイ。全然癒されん。ブームになる前は、一人静かに眺められたのに。

2017/11/13

ハフポストに土倉庄三郎の林業哲学

ハフポストHuffingtonpost日本版に「土倉庄三郎の林業哲学 」が掲載されました。

 
内容は、グリーンパワー11月号に執筆したものと同じだが、没後100年記念記事。
 
すでにグリーンパワー7月号の記事 をハフポストに転載しているが、そこでは土倉翁がいかに林業で得た資産を社会事業に投入したか、ということを記した。
だが、それだけだと「金持ちが有り余る金をばらまいた」と感じる人がいるので、実は林業にも大きな関わりのある事業だったことを説明したもの。
 
Img001  グリーンパワー版の記事
 
 
林業、環境、経済、どれもが繋がっていることは、何も欧米の理論や21世紀に入ってからの学説を持ち出さないでも日本でも昔から根付いていたのだと思うよ。ただ、施政者が活かせたかどうかは別だけどね。

2017/11/12

明治神宮の吉野杉鳥居

「シン・ゴジラ」を異常な緊張感をもって見終わったところだ……(~_~;)。

見どころ、言いたいことはそれこそ山のようにあるが、あえて一点を選ぶなら、最初の迎撃作戦であるタバ作戦だろう。

多摩川河川敷に陸上自衛隊が並び、空には航空自衛隊の武装ヘリ、戦闘攻撃機が舞うなか、ゴジラが武蔵小杉に立つところだ。 

おれ、3日前に武蔵小杉近くのホテルに泊まったんだよね……(^o^)。
ここにホテルを選んだ理由は幾つかあるが、隠れ理由に「シン・ゴジラ」を意識していたことは間違いない(⌒ー⌒)。

おかげで?寝苦しかったよ……。

 

さて、ここで心を清浄化するために紹介したいのが、明治神宮である。これまで幾度か紹介してきたが、明治神宮の鳥居の一つが、吉野杉で作られることになった。

これまで鳥居はヒノキ製で、といってきた神社側がヒノキ大木が手に入らないことから折れて、スギに、それも吉野杉で立てるなったのである。
 
たしか今年には完成したはずだが、私はまだ見ていなかったので、今回の東京行で明治神宮を訪ねた。
 
鳥居と言っても幾つもあるから、どれだか迷ったのだが(一の鳥居と聞いていたが、有名な南参道入り口にはなく、はて、北参道?と思ったが、 どうやら明治神宮では参道から数えるのではなく、本殿前から数えるらしい)、本殿・拝殿前であった。
大鳥居などから比べると、一回り小さいが、無垢・木製の堂々たる鳥居である。
 
2
 
見たら、新しいので一目でわかる。
 
3
 
木肌。筍杢?のような。。。たしかにスギだろう。ただ白い塗料が薄く塗られているかな?
 
ただ気になるのは、足元。
 
Photo
 
黒い染み……黴が生えてきたのか。。。まだ重症ではないが、ヤバくない?
 
 
ともあれ、明治神宮は救われたのである。。。。

2017/11/11

木工芸記録職人

本日訪ねたのは、東京・表参道のアートスペース・リビーナというところで開かれたJAM展「木」。簡単に言えばテーマを決めたグループ展で、今回は「木」にかかわることであった。

 
実は、ここの出展者の一人・中川未子さんと知り合い。彼女は、工芸や祭など民俗学的な世界をイラストに移して記録に残す仕事をしている。
写真では、むしろわかりにくくなる部分をイラストで表現し、また説明していく手法。だから、実際に現場に通って取材して、それを描くのだから、なかなか大変な仕事だ。
 
今回は、そうした作品の中でも木工芸に関するものを選んで展示していた。
 
Dsc_0731 作品と著者近影(^o^)。
 
Dsc_0732
 
テーマには、樽丸とか桶職人、割り箸、経木、挽物……と林業に関わるものも多い。
 
私も幾度か組んで仕事をさせてもらった。
 
上記の写真では、どんな作品かわかりにくいと思うので、勝手に私の手元から紹介してしまう。(~_~;)ゴメン
 
Img001
 
これは、木馬引きのもの。道具というより、引き方の記録を行っていることが重要。
 
もっとも、扱うのは林業や木工ばかりではなく、養蚕、漆芸、祭の屋台……と幅広い。だから私は、こうした「木に関係した作品展」といった切り口よりは、「中川未子の世界」展を開いて、作品集を出版したら……と勧めているのだが。私のブックプランナー(?_?)として超高感度アンテナがムクムクと動くのだよ\(^o^)/。

2017/11/10

森のお土産

森のお土産
今日は、朝から東京から秩父まで往復。帰りは西武池袋線が大きく乱れて特急も乗れず、だらだら各停や準急などを乗り継いで新宿にたどり着く。

お土産は……森のサイダーとキハダのボディソープ。
キハダの苦味を活かしてビールを作るはずが、サイダーになったそうだ(笑)。結構、癖になる苦味である。

2017/11/09

テーブルの秘密

テーブルの秘密
木のテーブル。この木が何かわかるだろうか。

エノキである。

エノキで家具を作ること自体が珍しいことと思うが、もう少し秘密がある。この木の素性に。

わかるかなあ。

実は街の木なのだ。再開発で伐られた街路の木。街路樹や、緑地の木を生まれ変わらせたのだった。

2017/11/08

コンフォルト159号は杉特集

隔月刊の雑誌「コンフォルト」。建築資料研究者の発行している、一応はインテリアやリフォームの雑誌。そうでもない記事も多いのだけど……。

 
現在発売中の159号(2017年12月号)の特集は、「杉を生かす、スギと生きる」である。
 
買ってしまった(~_~;)。1800円もするのだけど。。。
 ゛
Img001
 
記事のトップが「吉野杉の挑戦」であり、コラム4本が「杉と建築」であり、板倉づくりのケーススタディーであり、全国各地の「杉図鑑」に国産材建築カタログ……。
スギコダマもたっぷり登場する。あ、表紙からしてスギコダマであった。
 
だから、知っている人もたっぷり登場する。
 
なかには海杉さんこと、宮崎県の海野さんの「パレットホーム」も入っていた。
これ、日常的に使われる運送用パレットの形で保管しておく、仮設住宅である。安くて早くて素人でも組み立てられる……そうだ。
 
 
ちゃんと書けないのは、まだ読んでいないから(~_~;)。だって、買ったばかりだから。
 
しかし、興味のある人は手に取って損はない。実は、私は近隣の書店で結構探して見つけた。意識しないと見つからないのが、こうした専門分野の雑誌である。

2017/11/07

高校生からの質問

某高校2年生から、質問のメールが届いた。

 
なんでも、河合塾の第一回京大即応オープン模試の、地理Bの問題の解答解説文に「安い外材」についての記述があったのだそうだ。
 
問題は、1960年代から70年代にかけて国内の木材生産量が急減した点を、木材と需要と供給の面から50文字以内で書け、というものだ。
 
私のブログや著書を読んでいる某君は、まだそんなことを言っているのかと思ったのだが、農水省の統計を見ても1970、80年代は外材が安くないとは確認できませんでした……というものであった。
 
実際、解答解説文には、次のような文があると添付してくれている。ちょっと問題個所を拡大したのだが。。。
 
Img_1793  
 
いやあ、こんな問題、私なら50文字で書けないようなあ。500文字は必要だ。
 
ともあれ、私も解説しました。極めて簡単に言えば、70~80年代は外材の方が国産材より安かったのだよ、ということになる(~_~;)。
もともと50年代から始まった外材輸入は、ずっと国産材より高かったのだが、70年代に入って為替が変動相場制に移行して円高が進行することで、一気に安くなった。この時期は、たしかに外材の方が安くて、それに国産材は負けていた面はある。
 
だが90年代に入って、再び国産材の方が安くなっていく……が、2000年代はまた乱高下する。(返答では、もっと詳しく書きました。)
 
その資料としては、やはり森林林業白書である。取材による聞き書きも含まれるが。
 
 
ともあれ、高校生の林業オタクがいたことに感心した(笑)。もっとも学校には、話の通じる友達がいないそうだが(~_~;)。
 
ただ、教科書には「世界と日本の林業」という題でまるまる1ページ語られているそうである。そうか、最近の教科書では、また林業が復権しているのか。
 
なかなか勉強になりますな。私も、高校の教科書にも目を光らせようか。

2017/11/06

なんかヘンと感じたスギ林

山中を走っていて、車窓の景色を見ていると、ふと「なんかヘン?」と感じることがある。
 
今回は、こんな景色で思わず車を止めてしまった。
 
2
 
このスギ林、なんかヘンだなあ。
通常なら見過ごすというか、通りすぎてしまうのだが、この時は車を止めたのだ。
 
改めて見直すと、わかった。幹の高い位置まで枝がない。まさか枝打ちをしたとも思えないんだけどね。。。
 
少し考えて気がついた。
 
このスギ林は密植したまま間伐しなかったせいで、下枝が落ちたのだ。ただ、そんな森は通常森の中に入らないと目にできないのだが、そもそも走っている道が、そのスギ林を切り開いて作ったのだろう。だから、いわば森の断面が見られるようになっていたのか。
 
おそらく道自体がまだ最近開いたばかりで、林際の植生(マント群落)が発達していないから、よく見えるのだ。
 
わかればナンの不思議もないのだが、ちょっとした違和感もよく考えると面白い。森の断面を見られるのだから。
 
以前、間伐遅れの人工林は「緑のマントを羽織ったペテン師」と喝破した林業家がいた。これはマントを剥がしたところかもなあ。
 
その図を探し出した。
 
1  
 
これだ。この図のような断面を感じたのだ。
そして語ったのは、大分県の後藤國利氏であった。
 
マントを剥がされた森林は、その後どうなるのだろう。今更枝は生えないし、太らせるのも難しいと思うが……せめて下層植生が発達したら、生態系としてはマシになるのではないか。
 

2017/11/05

竹を殺す、その前に

 
先日開かれた森林総研関西支所の公開講演会。テーマは「竹の駆除は容易じゃない」であった。。。
 
2017_4
 
ようするに「ひたすら伐り続けても竹は殲滅できず」、「除草剤を使うのが手っとり早い」というのが結論だった(^o^)。
 
ま、内々にそうだろうと思っていたが……私は竹の切株に薬剤注入を予想していたのだが、散布法も効果があるそうだ。ならば竹だけでなくササにも使えるかも。我がタナカ山林も、隣の竹林からの越境に悩まされている上、ササも繁りだしたので、そのうち試行してみよう。
ちなみに私は、除草剤や農薬に忌避感がないので、全然抵抗がない。バンバン撒いてやる! ……たが、決して安い薬ではなさそうだが。。。
 
とにかく、里山を浸食する竹林をなんとかしなければならないのは間違いない。
 
 
そんな決心を固めている時に目に止まったのが、四代目田辺竹雲斎 の記事だった。
 
竹工芸を芸術まで高めた人物である。とはいえ、まだ若い。40代だ。
一度お会いしたことがあるのだが、その時は三代目竹雲斎の父の下で、田辺小竹と名乗っていた。今年になって父親の跡を継いで竹雲斎を襲名したようだ。
 
会ったというのは、水口細工 の取材の一環で、消えた葛細工を再興しようと町の有志が取り組んでいたとき、彼らに協力して編み方を教えていたのだ。私はてっきり、それなりの授業料を払っているのかと思ったら、「菓子折り」だけだという……。その教え方といい、気さくな人柄に好感を抱いた。
でも、あの時はまだ若手の後継者的なイメージだったのだが、もはや押しも押されぬ竹工芸の第一人者であり、アートまで高めた芸術家と言えるだろう。
 
そういえば、彼は葛細工にも取り組み、その作品が伊勢神宮の神宝として納められているのであった。
 
 
42
 
当時、田辺家で見せていただいた作品の一つ。リンクしたサイトも見てもらいたいが、竹がこんな造形になるのか! と目を見張る世界を切り開いている。
 
 
今、各地の里山で猛威を奮っているモウソウチクを中心とした竹林の問題に、農薬でもなんでも使って枯らすのは反対しないが、竹にはこんな世界が広がる可能性もある……ということも知った上で取り組みたい。
 
 
 

2017/11/04

樹木の癒着造形

三連休の中日、ということをまったく感じない一日でした(;´д`)。

 
だから今日もタナカ山林へ行って、草刈り・除伐。チェンソーがいきなりおかしくなったのでナタを奮い続ける。(回らないのよ、チェーンが。最初は回っていたのに。)
 
そんな中で見つけたのが、こんな樹木であった。
 
1711_007
 
樹木はカシの一種だろうが、ようは一度分かれた枝が、その上部でまたくっついている。
同じ木だからくっつきやすいのかもしれないが、やはり珍しいのではないか。通常、枝の先が幹に触れても癒着しないだろう。樹皮もあるし、どうやって組織が融合するのだろうか。
 
 
どんな自然条件でこんなことになったのかわからないが、こうした造形を発見するのも楽しみの一つだろうか。
 

2017/11/03

ナラ枯れ木からの萌芽

昨日に続いて、タナカ山林の草刈り……。

 
そこで見つけたのが、これ。
 
1711_001
 
この切株は、ナラ枯れしたもので、昨年末に伐採してもらったものである。
よく見ると、萌芽が出ている。しっかり育っているではないか。
 
この木はナラ枯れ、つまり枯れていたわけだし、そもそもコナラは大木になったら萌芽がしないと言われている。萌芽更新をできるのは若木だけ。。。と思っていた。事実、これまで何本も太いコナラを伐ってきたが、それらから萌芽は出なかったのだから。
 
それなのに、この木からは出ているのだ。枯れていなかったのか?
ちなみに隣のもう1本も萌芽が出ていた。
 
1711_003
 
一応、昨年の伐採直後の写真も載せておこう。
 
171_3
 
 
枯れてしまった老木が、伐採することによってよみがえった……と考えると面白い(^o^)。
真面目に考えると、根っこは生きていたのだろう。むしろ菌に犯されて、最後の力を振り絞ったのかもね。
 

2017/11/02

生駒も災害地だった

なんと、明日から世間は3連休らしい。。。。

 
世の中、知らないことがいっぱいある。今日も、久しぶりにタナカ山林を訪れたら、ナラ枯れしたコナラやアベマキの枝が散乱していてエライことになっていた。
 
これらの木は大木で、一時カシナガが侵入した跡を見つけていたが、その後、新しい枝葉が繁りだしたので持ち堪えた、と思っていた。
 
ところが、力尽きたのか、アベマキの大木が枯れ、コナラも葉の着いている枝とは別に梢などが枯れてしまった。それらの枝が先日の台風で折れて落ちたのだろう。
 
 
ま、この程度の台風被害なら仕方ないさ。。。と思っていたら、なんと帰り道でもっとエライところにぶち当たった。
 
Dsc_0681
 
とうせんぼじゃないか。。。道が崩れていたのだ。国道308号線に合流する手前である。
 
Dsc_0682
 
なんと、電柱が崩れ落ちていた。これで停電にならずに済んだのだろうか。
しかし、崩れた日時は知らないが、少なくても22号台風が過ぎ去って1週間近く経つが、回復工事をし始めている気配さえない。電線、大丈夫か?
えらくのんびりしているじゃないか。
 
幸い、わりと近いところに迂回路があるので、生活道路としてはさほど問題はないだろうが……明日からの3連休は界隈のお店に客が押し寄せる時期。さあ、とうなるかな。
 
先日の小浜、大台ヶ原と土砂崩れで道が相次いで封鎖されていて、結構大変だったのだが、灯台元暗しというか、生駒も災害地だったのであった。
 
 

2017/11/01

究極の地産地消建築?

これは、紀伊半島の大台ヶ原に建つ初代の大台教会

 
2
 
大台教会は、古川嵩が神習教という宗教の一派として立てた神道系の宗教だが、その神殿である。建てられたのは明治32年(1899年)である。
もともと1500メートル級の山の中であり、近畿の秘境だったが、教祖・古川嵩がここに建てたいと望んだ際に協力したのが、土倉庄三郎
 
大杉谷開発に取り組んで林道を開いていた庄三郎は、そこから支線を大台ヶ原に延ばし、さらに教会を建ててあげた。庄三郎も、さすがに「えらい金がかかった」と嘆くほどの難工事だったそうだ。
 
この教会は、1990年代に建て直されている。だから今は残っていない(写真の神殿後ろに建つ生活棟は使われていないが、一応残る)。
しかし、豪壮なつくりだったようだ。中には「土倉の間」もあったとか。。。
 
ただ、今回私が感じたのは、庄三郎の尽力のことよりも、どのように建てたのか、という点だ。
 
だって、考えてみてほしい。当時、道を開くだけでも大変だったのに(それも徒歩か牛車の道であり、自動車が入れるわけではない。)、材料はどうしたか。
使った木材は、全部大台ヶ原の木だったらしい。たしかに原生林には大木が多く、木材そのものの調達には困らなかっただろう。しかし、製材はどうしたか。一度山から下ろして川上村、いや吉野のほとりの製材所で板や柱にしてからまた担ぎ上げた? それはないだろう。
 
ということは、現地で製材したことになる。動力機械だってないだろう。ノコギリなどの刃物だけか。
 
どうやったのだろうなあ。雨ばかり降る山の上で、せっせと製材して乾燥させて刻んで建てたのか……気が遠くなる。
 
昔は、どこでもできるだけ近くの木を使って建築をした。地産地消である。
 
7
 
初代の建築の面影が残る裏の生活棟。神殿ではないにしろ、結構太くて立派な材を使い、丁寧につくられた様子が読み取れる。

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森と林業と田舎