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2018/01/11

カーボンニュートラルの罠

年末に、ちょっと驚いたニュース。
2017年9月に、約200人の科学者が「バイオエネルギーはカーボン・ニュートラルではない」という内容の声明をEUに送ったという。
 
カーボン・ニュートラル。地球温暖化を防止するための大きな武器として唱えられたものだ。木材など生物由来物質(バイオマス)を燃やしてエネルギーを取り出した場合、熱量に応じてCO2を排出させるが、それは樹木が成長時に空気中から吸収したものであり、再び燃やした木材と同じだけの樹木が生長する際には同じ分量のCO2を吸収するから、プラスマイナスゼロになる……という理屈だ。
 
わかりやすいのが木質バイオマス発電。木材で発電して、その分化石燃料を燃やす火力発電を減らせば、結果的に化石燃料が排出するはずだったCO2を減少させることができる……というわけだ。
 
それに対して200人もの科学者が反対する声を上げたというのである。
発端は、イギリスの巨大火力発電所をバイオマス発電所に改変したことのようだが、そのために年間約650万トンの木材ペレットが供給されている。それは大西洋を横断してアメリカのノースカロライナ州、ルイジアナ州、ミシシッピ州の森林から運ばれ、さらにルーマニアの森が破壊されていると主張している。
詳しくは、こちらのサイト のものを。
英文だが、翻訳すればだいたいの意味はわかる。
 
いくつかの推定では、EUで伐採されている木材のほぼ半分が、発電と暖房のために焼かれているという。とくに危険な状態なのは、オーストリアからルーマニアまで伸びるカルパティ
ア山脈で、ルーマニアから輸出された木材の大半が不法伐採で、オーストリアとドイツの発電所で燃焼されている……(グリーンピースと環境調査機関)と報告している。
 
正直、わかりきっていたことだ。カーボン・ニュートラルの理屈はあくまで机上のもので、実際は木材の伐採や移動によって排出されるCO2量は馬鹿にならない。それどころか森林破壊が進んで、逆に森林吸収分も失われることになるだろう。
 
ヨーロッパのCO2排出量の削減も、結構やばい部分が多いのではないか。
 
それを科学者が声明を出したことに価値がある。
 
 
私は、それに加えて間伐を推進したら森林をCO2の吸収源にできるという点も嘘だ、と声明を出してほしいところだ。
現在の議定書の理屈では、既存の森林の吸収分は認めず、面積を増やしている森林、適正に管理している森林だけをカウントするとしている。日本はこれを最大限に利用して「適正に管理」の部分を「間伐を施した人工林」と読み替えて、税金をドバドバ注ぎ込んで間伐を進めているが、それがどうして森林のCO2吸収量を増やしたと言えるのかどうにも納得しがたい。
 
間伐したら、残した樹木がより生長する、という理屈は、現実にはほとんど当てはまらないのではないか、と思うのだ。新たに枝葉がどれだけ増えるのか。幹の太る速度が増すのか。
もしかしたら森林土壌に蓄積されていた腐葉土などが微生物による分解が促進されて、その呼吸でCO2を多く排出するようになるかもしれない。
 
 
でも、この二つを外すと、日本の取っている地球温暖化防止策の根幹が崩れるだろうね。

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森林学・モノローグ」カテゴリの記事

コメント

生い立ちを考えると、石油、石炭を燃やすのもカーボンニュートラルでしょう。

石炭石油の生い立ちはともかく、カーボンニュートラルを言い訳に木材燃やしていたら、そのうちしっぺ返しが来るぞ、ということです。
 
生命を出した科学者たちも、理論を否定しているのではなく、現在の運用に危機感を抱いているのでしょう。

カーボンニュートラル理論は明らかな過大評価であり、この記事でご指摘の通り、環境破壊の逆効果をもたらしかねない危険な理論だと思います。
バイオマス燃料の原料となる木材や農作物などの栽培・育成・収穫・輸送段階でのエネルギー消費に関わるCO2排出量が問題であることなどは、早くから批判の対象となっていましたが、このような点を指摘するまでもなく、多くのバイオマス燃料については、カーボンニュートラル理論の根本が明らかな過大評価であり、場合によっては「嘘」と評さざるを得ないものだと思います。
植物が吸収した分のCO2を燃焼時に大気中に戻すだけだから差し引きゼロと評価するのがカーボンニュートラル理論ですが、元の状態と比較した場合のCO2排出量削減効果という観点からは、元々植物が無かった場所に新たに植物を育成した場合にのみ(部分的に)通用する理論であり、その場合でも、上記の栽培・育成・収穫・輸送段階でのエネルギー消費に関わるCO2排出量も評価してやる必要があります。
ここはやはり、カーボンニュートラルなどという過大評価で一絡げにしてしまうのではなく、評価対象とするバイオマス燃料の燃焼時のCO2排出量と、原料植物の栽培・間伐(もしも森林活性化が本当ならばその効果分のみを評価)によるCO2吸収量の増加分と、原料植物の栽培・育成・収穫・輸送・バイオマス燃料化の加工などに投入されるエネルギー消費に対応するCO2排出量や、農薬等の環境影響などを個別に評価した上で総合評価するライフサイクルアセスメントにより評価してやる必要があるでしょう。
バイオマス燃料の原料となる植物を、それまで植物が無かった場所で育て、栽培・育成・収穫・輸送が極めて効率よく低エネルギー投入で実施出来、そこで投入されるエネルギーもCO2排出の無いクリーンなエネルギーである場合に、初めてカーボンニュートラル性が高い(しかしCO2排出量ゼロとまで言える条件を整えるのは困難でしょう)、と言えるのだと思います。
カーボンニュートラルという過大評価はやめて、正しくライフサイクルアセスメントで評価した結果により、環境改善効果のある施策を選択するように、大きな政策転換が求められると思います。

ようは政治的産物なのです。何らかの地球温暖化防止の手法で各国が妥協を図るために「カーボン・ニュートラル」理論を持ち出し、バイオマスエネルギー利用を推進したわけです。

日本はそれに悪のりして、熱利用のないバイオマス発電だけを行い、さらに無意味な間伐を削減量の算定に組み込んだ。
そのツケは、今後誰が払うのか。まったく温暖化防止に役立たず、単なる税金のバラマキをしてしまったツケは。

田中様のご指摘の通りだと私も理解しております。
大気中CO2増加による地球温暖化説がほぼ間違いないとされている現在、温暖化防止に本当に役立つ施策を選択して注力していかないと、本当に手遅れになってしまう恐れが大きいと思います。
カーボンニュートラルという過大評価(場合によっては逆効果で有害な「嘘」にもなりかねない)を弄んでいる場合では無いのだと思います。

Yahoo!知恵袋で、枯木を利用しないまま放っておいたらキノコやカビやシロアリに全て分解されて跡形も無くなり、その木に蓄えられていたCO2が全て大気中に放出されてしまうのだ、だからその前に燃料として燃やして発電すれば化石燃料を燃やさずに済む分だけCO2削減になる、つまりカーボンニュートラルは正しいのだという論法を見ましたが、この意見の信憑性についてはどの様に感じられますでしょうか?
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14150274049
私は、放置された木が「全て」CO2に戻って「全て」大気中に放出されてしまうというのは極論だろうと憶測しておりますが。太古の昔に放置された木が(全部ではないにせよ)石炭になったのですし。
枯れて利用されない木がキノコ、カビ、シロアリなどに分解されてCO2を出し跡形も無くなるというのは、それを餌にしたシロアリなどの呼吸によるCO2排出までをも勘案し、その死骸も全て分解されてCO2放出して跡形も無くなることを前提としていることになりますし、こういった森林の中での自然の営みで発生するCO2を部分的に取り出して積極的に評価対象に取り込むことにもなるとも思いますが、このあたりは評価法として妥当なのか、私自身は疑問を感じている次第です。
上記の論法も部分的には正しいかも知れませんが、それなら、枯れた木を木材として、キノコ、カビ、シロアリなどに分解されにくい状態で活用すれば、それもCO2排出量削減に貢献していることになるかも知れませんね。
森林を常日頃から身をもって体感していらっしゃいます田中様は如何お感じでしょうか?

すごい牽強付会理論が出回っているんですね……。

もっと広く考えれば、地球温暖化が進めば災害も増えて人類の活動は抑制される、もしかしたら人類の文明は壊滅するかもしれない。それは長い目で見て温暖化ストップにつながるから止めなくてもいいノダ、なんて理論を主張しようかな(笑)。ま、2億年ぐらい待てば地球は健全になります。

有難う御座います!!!
確かに、人類が滅べば、その後地球環境は正常な状態に復旧していくでしょう!!!(笑)
プランクトンまで含む植物性の生物を全て滅ぼし尽くし、植物の再度の発生すら阻むほどの環境破壊でもやらかさない限りは!!!(笑)
いや、これは、論理的に正しいですし、単なる冗談ではありませんよね!!!
それに比べると、カーボン・ニュートラル・ファンタジーの方が非論理的で、本当はもっとひどい笑い話だと思えます!!!

植物をやたらと燃やそうと涙ぐましい努力をするな!!!植物を増やす努力をせよ!!!地球環境の観点からはこうなりますよね!!!

そして、ここからは賛否が分かれるでしょうけど、光合成を利用して燃料を作るくらいなら、太陽光を直接利用して発電する方が太陽光の利用法としては効率が良いのではないかと、私自身は個人的にそのように考えております。
植物を伐採してメガソーラーを作るのではなく、理想を言えば、人類の建造物の屋根をソーラーパネルで覆うイメージの方が良いと思っておりますが。

森林を破壊しかねない木質ペレット燃料よりは遥かにタチが良いながら一考を要するものに、廃棄物を燃料にした発電があると思います。
焼却処分しなければならない廃棄物がある限り、焼却時に発生する熱を利用して発電し化石燃料による発電を代替するのは化石燃料の節約になるしCO2排出量削減になると評価出来る、というところまでは、私は正しいと思っています。
しかし、「燃やしたい」という目的が先に立ってしまっては、廃棄物再利用等によって、焼却廃棄物そのものを削減しようという活動を疎かにする恐れすらあると思います。
環境調和型の廃棄物への対応としては、(1)廃棄物そのものを減らす(リデュース)、(2)廃棄物をそのまま或いは手入れしたり修理したり改造したりして再利用する(リユース)、(3)廃棄物を材料レベルで加工し原料として再利用する(リサイクル)、(4)廃棄物を燃焼させて熱源として発電などに利用する(熱リサイクル)という優先順位になりますので、(1)(2)(3)を蔑ろにして(4)で燃やす燃料を増やしたい、そうすればカーボンニュートラルだという発想になってしまってはいけないのだと思います。

これだって森林と無縁の話とは限りません。
製紙会社が、新たな原料から新たな製紙をした方が、タール状の副産物(だったかと思います)が得られてカーボンニュートラルなバイオ燃料として活用出来るので、再生紙よりもむしろ地球環境に優しいのだと言い出したことがあり、たまたまそれを読んだ私は驚いたことがあります。数年前のことだったかと思います。その後どうなったか追いかけておりませんが。

カーボンニュートラル理論に基いてバイオマス燃料をやたらと燃やしたがることの弊害、「カーボンニュートラル理論そのものの環境負荷」をそろそろ本気で見直すべき時ですよね、本当は。

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