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2018/03/08

街路樹の起源

私は街路樹ジャーナリストでもある(・・?) エッ のだが、日本における街路樹の起源とはいつだろうか。

 
 
街路樹と言えば、どちらかと言うと西洋のもので、明治維新後に日本に持ち込まれたと思われがちだ。実際、京都、東京を初めとして明治になって大規模な道路と街路樹の整備が始まっている。
 
が、道路づくりと言えばやっぱり起源は奈良だ。奈良時代、藤原京から平城京へと都を移して道づくりが大規模に進み出す。(ここでいう、道、道路とは、公的な大通りや街道のことである。人が歩いてできる踏み分け跡のような道は話に入れない。)
 
実際、奈良時代に全国に道づくりが進むのだが、その際に並木がつくられたという記述を見つけた。日本では街路樹というより並木なのだろう。
 
一つは道標的な意味もあったろうが、陽射しや雨から遮る役目もあったとされる。また植えた木の多くが果樹で、カキやナシなど木の実、食べ物を旅人に供給する役割もあったともいう。
だから水飲み場も整備されたとか。ちょっと驚きだ。
 
 
それが鎌倉時代になってスギ、ヒノキ、マツの並木へと変わっていく。それがなぜかは、記されていないのだが。。。
 
 
さらに織田信長は、並木奉行を置いたそうだ。一里塚もつくった。一里ごとに塚と樹木を植えて距離の目印にした。残念ながら、この職については私はよく知らない。ただ道づくりの工事は武士も参加していたとあるから、信長が道を重視していたのは間違いない。
 
そして江戸時代になると、道奉行と道中奉行が置かれた。両者の区別はよくわからない(~_~;)。が、いずれも街道全体の管理を司っていた重要な職だが、並木も関わっていたはずだ。
 
 
さて、3月24日に奈良に平城宮跡歴史公園 がオープンする。これまで平城宮跡としていたところに、奈良時代?の雰囲気を再現する。明日香歴史公園に続く国営公園だ。(奈良県営公園部分もあるけど。)
メインは朱雀大広場と朱雀大路。幅74メートルの大通りである。ここには並木、街路樹はあるかなあ。
 
 
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この想像図には、街路樹が描かれているわ(^o^)。

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