北海道から帰って来たら、平成29年度の森林・林業白書 が公開されていた。
ざっと目を通す。
案の定、「新たな森林管理システム」(⇒森林経営管理法)に関しては、かなりのページ数を割いている。気になる方はどうぞ。あ、森林環境税に関する説明にも紙数を費やしている。私は見ないけどね(⌒ー⌒)。
もう、うんざりだから(笑)。北海道でもしゃべってきたし。しかも会場には林野庁出身者がいたし(笑)。ちょっと内幕も聞けました。
で、今回の私のお気に入りとなったのは……。
トピックスである。その中の、
4. 「日本美
うつく
しの森 お薦め国有林」の選定
5.明治150年~森林・林業の軌跡~
である。とくに後者は気になる。

こちらは概要の囲み記事。
ちょっと引用すると、
明治時代になると、近代産業の発展に伴って、工事の足場や杭、鉱山の坑木、電柱、枕木、梱包用材等、様々
な工業用の用途にも木材が使われるようになりました。当時、鉄道用の枕木やマッチの軸木等は主要な輸出
品目となっており、明治43(1909)年における輸出量は枕木約30万㎥、マッチ用軸木約4,000トン、木炭
約12,000トンとなるなど、我が国の外貨獲得に貢献していました。また、クスノキから抽出される樟脳は、
当時重要な工業製品であったセルロイドの原料であり、木材由来の工業用品として、盛んに生産され、輸出もされていました。
実は、私もかつて明治期の林業を調べた際に、枕木や木炭需要、そして樟脳生産などが想像以上に大きかったことに気付いたのだが、肝心の数字(統計)は見つけられなかった。それがここには載っているではないか。さすが林野庁!(ヨイショ)
枕木を30万立方メートルも輸出していたんだぜ。国内消費も少なくなかったはず(鉄道建設ブームだったし)、いったいどれほど大木を伐っていたんだ。
さらに気付かなかったマッチの軸木も輸出が4000トンかあ。足場や杭や鉱山の坑木、電柱の量も示してほしかった。
樟脳はどうだろう。おそらく台湾で生産したものが多かったと思うのだが。
こんな数字を見ると、当時の林業の素顔が浮かんでこないか。林業と言えば建築材と思い込んでいる昨今の硬い頭を崩す一助にはなるだろう。
なお、こんな明治~昭和の伐採量や造林面積グラフもある。
戦前のこれらの数値は、意外と見つからなくて戦後と比較できなかった。それが、このグラフでよくわかる。かつては薪炭がいかに多かったことか。。。
目先のことばかり見ている林業関係者に、明治からの日本の林業を見つめ直せ、と言いたいね。そして、そこから何を読み取れるか考えてほしい。
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