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2018年6月

2018/06/30

半分、白い?ハンゲショウ

蒸し暑い日であった。

 
イオンモールに行って涼もうか……という邪心?を持って車を走らせるも、渋滞に突入。
後悔しつつ、イオンモール内に車は入れたが、なんと駐車スペースが見つからない。みんな涼み作戦なのか? そこで離脱……出口付近に空車スペースはあったが、今更なんでパスして元来た道をもどる。そして向かったのは……。
 
イオンとは正反対のところ。
 
 
生駒山に眠る湿原地帯である。
 
なんだか雲行きが怪しいが、逆にそれで人気が少なくなった。
 
1
 
なかなかいい雰囲気だ。ただ、年々湿地が乾燥してきたように感じるのだが。枯れた草が積み上がってきたのかもしれない。周囲は山だから、土砂も流れ込むだろう。
 
今年見られたのは、この植物。
 
2
 
白い花ならぬ、白くなりつつある葉。ハンゲショウというそうだ。「半分、白い。」じゃなくて「半分、化粧。」か。頂部の葉を白くすることで、花と同じ効果を出すのかもしれない。実際の花は、小さな穂だけど。
  
半夏生というのは季節(七十二候)の一つで、今年は7月2日らしい。夏の始まりである。半夏生はそれから5日間。つまり2日から6日まで。
 
なんでもハンゲという妖怪が出るそうである(^o^)。だから働いてはダメ。うん。その点だけは守れそうだ。

2018/06/29

1000年オリーブと樹木葬墓地

娘から、いきなりLINEがきた。

 
「墓石がある樹木葬って樹木葬なんかな?」
 
こんなことを娘に問われたら、樹木葬評論家の私としてはマジに応えなくてはなりませぬ。
 
「それはエセ樹木葬だ」
 
なんでもマンションの広告に入っていて、疑問に思ったからだそうだ。「石を木に変えることに意味があるような気がして」。
 
うんうん。そのとおり。本来の樹木葬とは、そうなんだよ。土に還ることが重要なのであり、墓石はいらない。せいぜい木製名札までである。さらに「森になる」ことが重要なのだが、残念ながらそうした樹木葬墓地は全国にいくつもないのが現状だ。おそらく10数カ所だろう。
そもそも樹木葬とは……と私が解説し始め、本当の樹木葬が見られるところを紹介し出したら、
 
「とくに樹木葬を見たい訳じゃない」と拒否られてしまった。。。。(泣)。
 
詳しくは『樹木葬という選択 』を。
 
 
ま、その後娘とは話題がどんどん変わり、「カードキャプターさくら」のあの終わり方はなんだ!とか、「ポーの一族」を読み返しているとか、「半分、青い。」見ている?とか(笑)。
 
 
さて、それで思い出した。我が家にも広告チラシで樹木葬墓地の案内があったことを。
それは生駒に近い大阪なんだけど、国内最大級とか、樹木葬専門墓地とか、千年オリーブの木がシンボルツリーだとか派手な文言が並ぶ。
 
チラシを読む限り、私の願う・本来の樹木葬墓地とは違うのだけど、ものはためし、見学に行ってみるか、という気持ちになった。どちらかというと千年オリーブの木が見たいというのが動機である。
 
車で30分もかからないところだった。
 
田園風景の中に墓石の並ぶ広大な墓地がある。どうも一つのお寺に幾つもの業者が入って、それぞれの墓地を作っているらしい。「墓地公園」というコンセプトなのだ。
なかには「樹木葬さくら」という看板もあって……チラシとは別の業者の「樹木葬」を謳う一角もあるようだ。
 
ようやくチラシの墓地にたどり着く。なんだか洋風。森どころか緑が少なく、大理石を敷きつめている。しかも、狭い。せいぜい10アール……0,1ヘクタール。これで国内最大級?
 
ちなみに樹木葬の原点・岩手の知勝院は、いくつかに分かれているが、全体で数十ヘクタールの墓地敷地を持ち、そこに1万人は埋葬できるほどの規模だ。ほかにも、ここより広い樹木葬墓地をたくさん知っている。シンボルツリー方式のところでももっと広いところがある。最大級どころか、中級以下の規模だろう。これだけで誇大広告決定(笑)。
 
車を止めて見学しようとしたら、いきなり事務所から人が出てきて、私に張りつく。う~ん、少し一人静かに見学させてくれよ。
 
それでも、彼ら(二人)も仕事なんだから、と思って話を聞く。ただし、私は「千年オリーブ」を見たかったんですよ、とあまり期待させないように事前に伝えた。
それでも、私が歩くとピッタリ着いてくる。しょうがなしに、この墓地の概要を聞くのだが、オリーブ以外の樹木はなくて、むしろ石が目立つ。小さな石板の墓石もあるのだよ。2000柱は収容できるらしい。しかも1カ所に何人か入ることもできる(だいたい3人分の遺骨)。「遺骨を粉にするともっと入る」とか。。。
 
これで樹木葬なのか……。肝心のオリーブも幹はごついんだが、葉は少ない。ちなみにオリーブはスペイン産で中央部に2カ所3本(1000年と500年2本)あったが、乾燥地帯の樹木だから、みずみずしさは感じない。オリーブの回りの敷地は値段が高い……。
 
 
これ、プラントハンターの西畠清順の仕事だろうなあ……と思わせる。彼、こうした木を輸入するのが得意だから。ちなみに、彼の仕事かどうかはともかく、千年オリーブを名乗っている木は、結構日本各地にある。本当に1000年の樹齢があるとは思えないが、スペインは古くからのオリーブの産地で、古木もあるのだろう。
 
ただ、話の端々から、墓地に対する認識のズレを感じた。「チガウだろ~」と思わず口に出しそうな面があった。
墓地というのは、遺族が亡くなった人と向き合う場として、心地よく過ごせることが重要なのに、それをおろそかにしている。墓地の存在意義がわかっていないようだ。樹木葬に関する知識も弱いよなあ。全然由来も何も知らない。
しかも「管理費不用」を売り物にしているんだが、「墓石の回りに草が生えたら掃除してもらえるんですか」と聞いたら、それはしないというのだ。それって何?いわゆる墓守不用ではないのだ。 
 
それでも「せっかくだから(オリーブの)写真撮らせてください」と行ってカメラを出しかけた。すると「墓地の購入を考えていない方はお断りさせていただいております」だと!
 
(・・?) エッ。なに、それ。
 
一気に冷めた。せっかく、このオリーブを宣伝してやろうと思ったのに。そうしたら、オリーブ目当ての客が来て、その中には成約する人も出たかもしれないのに。
 
 
不満はあっても、珍しい木を見られる穴場として紹介しようと思っていたが、撮影拒否で、一気にイメージ悪くなったよ( ̄ー ̄)。
 
せっかくだから、西畠清順さんの別のオリーブの大木の写真を。
 
13
 
某展覧会に出展されたものだ。 この展覧会は、写真撮影お構いなしだった(笑)。
 

2018/06/28

書評『カルピスをつくった男 三島海雲』

『カルピスをつくった男 三島海雲』(山川徹著・小学館)を読んだ。

 
1  2
 
タイトル通り、乳酸菌飲料カルピスをつくり、長くカルピスの会社の社長を勤めた三島海雲の評伝である。
 
実は私も少しだけ登場している。というのは、三島と土倉家は縁浅からぬ関係だからである。私も『樹喜王 土倉庄三郎を執筆する際に、三島海雲についてはそこそこ調べている。
 
三島は、大阪・箕面の貧乏寺に生まれ、若くして大陸に渡った。そして土倉五郎、そして四郎とも出会い、一緒に事業を興して内モンゴルに足を伸ばしている。そこで三島はカルピスにつながる乳飲料を知る。その後辛亥革命で大陸の商売をすべて失った後に帰国してヨーグルトやカルピスで起業するのだが、そこでは土倉龍次郎が関わっているからである。
 
ただ、私の三島に対する印象は、そんなによくはなかった。そもそも大陸で五郎と組んで始めたビジネスが相当怪しい。資金は、ほぼ土倉家のものを湯水のごとく使った。
そして最初は行商とはいうものの、途中から馬や武器を扱いだす。なかには青島駐在のドイツ軍司令官の馬を日本軍司令官に売りつけるというお行儀のよくない商売もやっている。
そもそも五郎は、相当柄が悪い。山林王の息子というには品格もなさすぎた。彼と意気投合したというのだから、三島の心情も相通ずるところがあるのだろう……。
 
 
ところが、本書を読むうちに、別の視点が開けてきた。それは当時の「海外雄飛」という言葉に象徴される大陸等に飛び出した日本人の群像である。
そのほとんどは、現代の目からは侵略の尖兵だったことは間違いないが、彼ら自身にその意識は少なく、むしろ熱に当てられたように新天地を歩き「自分探しの旅」をしていた姿が浮かび上がる。旧弊にがんじがらめで窮屈で打開の糸口のない日本を飛び出して、乾坤一擲、人生の勝負を挑んだのだろう。
 
それは侵略か否か、善か悪か、といった判断ではなく、時代の大きな風を背に受けて進むヨットのごとき生き方を示している。ただ風の起こす大波に飲まれて流され転覆するのか、向かい風をも前進のエネルギーにするヨットの特質を活かせるのか。人の真価はそこで問われる。五郎は前者、三島は後者かも、と思ってしまった。
加えて言えば、土倉家の長男・鶴松も前者だろう。彼も自身で大陸に行ったわけではないが、蒙古王(内モンゴルの領主)に肩入れして、随分散財している。彼も大陸熱に煽られた一人だろう。
 
 
著者は、とうとう内モンゴルに渡って三島の歩いたルートをたどるのだが、そこではなんと100年前の三島の人柄を今に伝えている人々に会う。奇跡的な出来事だ。
もともと著者は、大学卒業後の進路に迷ってモンゴルなどを放浪した経験があるのだが、それ自体が三島の歩いた道と重なるようだ。
 
さて、帰国した三島は、内モンゴルの経験を活かして国内で起業しようと企てた。それに力を貸したのが、龍次郎だった。資金や人脈紹介のほか、商品開発でもアドバイスをしていたらしい。上等なヨーグルトやキャラメルよりも、その副産物である脱脂乳を利用した菓子をつくれ、というのだ。それが後のカルピスにつながる。
 
当時の龍次郎は、南洋進出を夢見て台湾に渡り、そこで多くの事業を興したものの、それらを全部処分して日本にもどってきたばかりの頃だ。土倉本家を鶴松が破産させたあおりだが、ある意味、三島が大陸で興した事業を全部失った状況と似ている。
だが、夢を諦めたわけではない。東京で新たな事業として温室園芸を模索していた。これは、当時では相当リスキーな起業である。その点でも、龍次郎と三島は似た立場だったのだ。そして三島はカルピスで、龍次郎はカーネーションで成功した。その点については、これまでも記してきた。
 
 
 
 
本書の後半は、カルピスで起業した三島の経営者としての歩みに移る。ただ一読、彼の経営者としての適性には首をかしげる。あるいは古き良き経営者像かもしれない。経済成長期に勘と度胸と努力で突き進む姿である。今の時代には通じない。いや、失格だろう。
ただ、会社が存続し続けたのは、カルピスの商品力と三島の人柄に引かれて支え続ける周囲の人々がいたからではないか。
ちなみに三島が社長を退いたのは、1970年、91歳の時である。後を継いだのは龍次郎の長男・冨士雄だった。
 
 
カルピスの発売は1919年7月7日。今や七夕は、カルピスの日である。
 
※サイドバーに、本書を掲載しました。

2018/06/27

国有林の実質売却計画?

森林経営管理法によって、民有林の皆伐が進む……と警笛を鳴らしてきたが、どうも波は国有林に及びそうだ。

 
国の未来投資会議で、これまで立木販売システムは短年度で行われていたが主だったが、長期・大ロットに広げることになったようだから。それがちょっと桁違いで、面積では4000~4万ヘクタール規模、期間も30年~60年のスパンを考えているらしい。そして年間25万立方メートルの木材生産をできるようにする……。
 
つまり、「民間の素材生産業者が国有林で作業する」というより、大面積の国有林を民間業者が丸ごと借り上げるようなもの。60年間委託して経営させるのなら、もう実質的に国有林ではなくなるように思う。国有林の売却みたいなものか。なんでも、竹中平蔵のアイデアらしい。
 
ある意味、東南アジア各国が伐採業者に伐採権(コンセッション)を売り渡してバンバン伐っていた時代を思い出す。安倍政権は同じように国有財産を叩き売りするつもりらしい。
 
民有林より作業道などの整備が進んでおり、山林も一元化されている国有林は、業者にとっては民有林よりはるかにオイシイ。森林経営管理法による委託なんか手を出すより、こちらに殺到するんじゃないか。
 
これまで官邸種痘の「新たな林政」に唯々諾々と進めてきた林野庁だが、それが国有林に及ばされるとなると、顔が引きつっているのではないか。民有林を伐っても国有林は温存しておく心づもりがぶち壊されたみたい。
 
 
ちょっと歴史を振り返る。
 
明治の初年度に、大蔵省の次官だった井上馨は、国有林の民間払い下げを画策した。大久保利通が岩倉使節団で欧米に言っている間に、幕府や藩の所有していた森林を取り上げてつくったばかりの官有林を、民間に無制限払い下げを行った。しかも買い取った後は何をどうしてもよいというお墨付きで。
 
それは2年後の大久保の帰国と井上の失脚で止まったのだが、どれほどの官有林が売り飛ばされたか。
 
それら約15年後、農商務大臣になった井上馨は、再び官有林の払い下げを画策する。今度は市町村へ移管しようとしたのだ。よほど国が森林を持つ必要はないという信念があったのかも。森林を環境とか国土保全という目ではなく不良財産と見て、さっさと売り飛ばして金に換えることばかり考えていたのである。
これも井上の大臣交代というか、更迭で止まったが、なんか今の政府のやることは井上馨の発想に似ている。
 
明治期のそうした動きは、幸いにして各地の自治体が反対し続けて、最終的には政権交代によって瓦解させた。
太平洋戦争直後でも、民有林は乱伐で荒れていたが、国有林は比較的木材資源も残っていた。それは国有林であったからだろう。ところが戦後は、国有林を自ら大伐採を進めた。
 
 
今度は自らの伐採ではなく、民間委託という形で経営権を譲り渡すことに近い。果たして国有林を守りきれるか……。
真正面から反対できないのなら、取る手は「サボタージュ」だな(笑)。あれこれ問題点を指摘して、足を引っ張り続けて、どうしてもやるには新たな法制度が必要~とかなんとか言って、ひたすら先延ばしにする。そして政権交代するのを待つか。なんか、得意そう。
 
 
 
 
 

2018/06/26

「半分、青い。」はフリーランサーの物語?

朝ドラ「半分、青い。」が盛り上がっているようだ。みんな胸をキュンキュン? させて見ているのか。私もだけど(~_~;)。幼なじみの話って、何か心をくすぐるものがある。

 
が、私がわりとマジで注目しているのは、漫画家というフリーランサーの生き方を描く点。
 
番組でも、ようやくアシスタントになれたとはいうもののデビューまでには遠い道のりで、さらにデビュー後5年経って生き残れているのは1割程度……というナレーションがあった。5年間は生き残れても、その後消えていく漫画家も多いわけで……(主人公・楡野鈴愛も、今のところそのよう。最初の連載作品が打ち切られたら、アシスタントにもどってしまった。)
 
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一方で漫画のアイデアを生み出す苦しみや、ストーリーが上手く開花したときの爽快感も描く。それを自分の経験と突き合わせて、ちと胸が痛む。
 
漫画家というのは、実はフリーランサーだ。自営業者であり、誰も仕事を保証してくれない。
そういや、この番組にはフリーランサーが多く出てくる。登場人物の親がやっている食堂も、写真館も、自営業。バイパスにファミレス?ができて客が減ったというセリフもあった。今後、商店街はどこへ行くのだろうか。最終回はシャッター商店街?
 
まさに他人事ではない(;´д`)。
 
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私が20代、30代の頃に知り合ったフリーランサー(ライター、カメラマン、デザイナー、イラストレーター……)のうち、何人が今も生き残っているか。たまに、当時の友人の名を検索してみて、なんとか生き残っていることを確認したこともあるが、たいていは消えている。
 
私は、かろうじて生き残っているとはいうものの、いつまで続くかなあ。。。もう余生の気分でもあるが。
番組の中でもあったが、仕事が途切れたから「充電中」なんて言っていたらダメなわけで、常に今の仕事をしていながら次の仕事の充電を行う気構えがいる。
 
 
そういや、この朝ドラの脚本家・北川悦吏子もフリーランサーだ。かつて大ヒット作を連発したが、このところ目立たなくなっていた。おそらく悩んだろうなあ。今回の朝ドラは起死回生?作品なのかもしれない。
でも、ツイーターでドラマの裏話を書いたり、登場人物の心の内を解説しちゃっていいの(笑)。「次回は神回です」とか予告までしているぞ\(^o^)/。掟破りじゃないか? ま、それでファンは盛り上がっているんだが。
 
 
 
……と書きながら気付いたが、私もやってるやん(°o °;)。
取材したことを記事にする前にブログにアップしたり(もちろん、本筋は書かないけどこぼれ話を書いてしまう)、Yahoo!ニュースに記事をアップしたら必ず「書いた裏事情」をブログに書いているし。
 
私の場合、ブログやSNSで発信することで、それを読んだ人の関心を高めるとともにコメントなどで寄せられる情報に期待しているのだが、北川さんも同じことをやっているらしい。
言い換えると、これも充電だ。新たなアイデアは現在進行中の仕事からも生まれるのだ。
 
いいぞ、北川悦吏子!やれやれ!! 私もやるぞヽ(∇⌒ヽ)(ノ⌒∇)ノ。
 

2018/06/25

Yahoo!ニュース「国産材家具の普及を拒むもの」を書いた裏事情

Yahoo!ニュースに「国産材家具の普及を拒むもの 」を書きました。

 
いつもどおり「……書いた裏事情」とタイトルにしたためたのだが、裏事情はすでに前回書いた通り。
 
 
> これ、最初に書こうと思ったテーマは「国産材家具の可能性」だった。
> 実は、家具・インテリア業界紙 でそうした記事を読んだから。
 
前回は、それが「クロガキ」の話にズレて行ったのだが、ようやく最初書こうと思った内容にたどり着いたというわけ(笑)。
 
私は木材の用途しては、住宅を始めとする建築物より家具に期待しているのだが、現状はそれにほど遠い。極めて不満足だ。
 
やたら価格の高い無垢板にこだわった「作品」のような家具か、フラッシュ家具(中空合板の張り合わせ家具)に二極化してしまっている。そこに国産材家具となると……。
 
比較的手頃な価格で、でも木の良さを味わえる木製品を生み出してよ。。。
 

2018/06/24

『鹿と日本人』カバーと目次

鹿と日本人 野生との共生共生1000年の知恵』の紹介をしようと思いつつ、ちょっと寝不足で頭の中がまとまらない(~_~;)。

 
とりあえずカバー写真を見てください。
 
4
 
なかなか可愛いシカの顔である。
 
そんで、次は目次(~_~;)。
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目次

はじめに オランウータンからナラシカまで

第1章 奈良のシカの本当の姿
最大の観光資源ナラシカ
鹿せんべいの深い世界
現代のナラシカ伝説

第2章 ナラシカを支える人々
鹿救助隊が行く!
鹿苑はナラシカの病院と収容所
シカ相談室と鹿サポーターズクラブ
陰の仕掛け人・奈良公園室

第3章 ナラシカの誕生と苦難
神鹿の誕生──春日大社への旅
重罪だった神鹿殺し
奈良奉行と角切り行事
ナラシカをすき焼きにした知事
春日大社と神鹿譲渡事件

第4章 シカが獣害の主役になるまで
シカの増え方は〝シカ算〟
シカは飼育しやすい性格?
昔から大変だった獣害
国がシカを保護した時代

第5章 間違いだらけの獣害対策
シカが増えた三つの仮説
野生動物が増えた最大の理由
有害駆除に向かない猟友会
獣害対策は「防護」と「予防」にあり
ジビエが獣害対策にならない理由

第6章 悪戦苦闘のナラシカづきあい
戦後のナラシカと愛護会
ナラシカは誰のものか裁判
世界遺産・春日山原始林の変貌
天然記念物指定方法への批判
ナラシカ管理計画の始動

第7章 神鹿と獣害の狭間で
神鹿になりそこねた宮島のシカ
もう一つのナラシカ・大台ヶ原
人馴れする野生動物たち
栄養失調のナラシカ
ナラシカと森の本当の姿

おわりに 人と動物が共生するということ
お世話になった方々および参考文献

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「奈良のシカ」を扱っているように見えて、実は野生動物が主役だ。「奈良のシカ」以外のシカおよび獣害を取り上げた分量も多いし、かなりの部分で奈良のシカを通じて一般論化している。

 

野生動物とつきあうのは、かくもめんどくさい、ということをわかっていただけたら……。


 


2018/06/23

シカの首に鈴(GPS)

『鹿と日本人 野生との共生共生1000年の知恵』 の見本ができた。発行予定日より2週間前という、ちょっと早いスタート。

 
改めて紹介というか公表したいのだが、とりあえずほっ。
 
Photo
 
そんなところに「シカの首に鈴、ならぬGPSを自動装着する」計画があるそうだ。静岡県である。
 
2_3
 
獣害、シカ害が叫ばれているが、肝心のシカの生態を知らないと駆除も防御もできないよ、というしごく真っ当な声どおり行動を調査する必要があるのだが、そのために首にGPSを付けようというのだが、実は付けるのは大変。
一度生け捕りしなければならないからだ。そして暴れないよう麻酔をして、眠らせてから装着しなければならない。死なせたら、意味がない。
 
7
 
ちなみに写真は、GPSを装着した奈良の.シカ。奈良のシカだったら装着は比較的簡単。麻酔をかける必要もないだろう。近づいて頭をなでることもできる。鹿せんべいでも喰わせつつ手早く、装着するのは可能だ。(写真のGPSは少し大きすぎるが。)
だが、野山のシカなら近づくことも触らせることも無理である。そこで自動装着……?
 
方法は筒状の給餌器にシカが首を突っ込んだら自動でGPS付き首輪を装着してしまうというもの。
対象は角のないメスやコジカになるが、メスなどは群をつくるから1頭に装着できたら群の行動を把握できるようになる……はず。その情報を一定時間ごとに飛ばして、クラウドにため込むという魂胆である。そうしたらスマホでも位置が見られる。
 
現在のところは首輪に付けるGPSを開発中で、実験は秋からするということだ。
 
 
さて、もくろみ通り行くかな? 首罠というのは、意外と難しい。通称のくくり罠以上に警戒するだろうから、まず給餌になれさせないといけないし、首輪が巻き付けられるところまで首を突っ込んでくれるか? 装着に驚いて暴れて首を締めるかもしれない。
 
それに群行動というのも、奈良のシカを見ているといい加減。結構、離合集散が激しい。
 
とまあ、腐すよりは成功を祈る。
 
2 2_2
 

2018/06/22

マスオさんクラブ?

まったくドーデモよいことを書く。内容を深く考えないように。

 
 
ゴールデンウィークで訪れた大分の森。そこで森の中の懇親会を開いたのだが、参加人数は20人くらいか。
 
2
 
面白かったのは、このなかにマスオさんが少なくても3人いたことだ。
 
マスオさんとは、「サザエさん」のキャラクターで、サザエさんと結婚して磯野家と同居している人物の名前。苗字はフグ田だから、婿養子ではないが、磯野家に入っているわけだ。
つまり婿が、妻の家に婿養子か否かはともかく、同居している状態を指す。
 
この時のメンバーにも、妻側の家業(林業)を婿が継ぐ形が何人もいたのだ。
 
婿としては、それなりの葛藤はあるらしい(^o^)のだが、自分が選んだ道だろう。まあ、妻側の親からすると、息子がいないか家業を継いでくれなかったからか、後継者がいない、もしくは娘が継がなくてはならないところを婿が継いでくれたら大歓迎というわけだ。残念ながら娘では継ぎづらい家業もあるからね。
 
夜は酒も入って「マスオさんクラブ」をつくろうぜ、なんて声も上がった\(^o^)/。
 
こういう家業の後継は、日本的なのだろうか。家業は株式会社化しているわけでなかったら、後継者は家族から出すのが一般的だ。とはいえ職業選択の自由もあれば、相性・能力の問題もあるから、必ずしも息子娘が継げるわけではない。
 
そこで日本的社会では、婿取りという方法がわりとある。江戸時代から続く事業の場合、優秀な人物を娘と結びつけて継続させることは、商家に多かった。たとえば優れた番頭とか、同業他家の次男以下を家主の娘と添わせて事業を継がせるわけだ。
むしろ武家社会では、ぼんくら息子に継がせたことで失敗するケースが多い。その点、息子がいても娘に優秀な婿を迎えた一家の方がよい後継者を得ることができた。
 
血脈よりも人物本意。この方式で、何百年、なかには1000年を超えて継続する企業が存在するのだ。これが日本の会社の特徴でもある。
 
西欧の近代合理主義からすると、法人化することで(株式)所有と経営の分離を計るように発展したのだろうけど、仕事の中にはサラリーマン社長では上手くいかない業種もある。
林業も家業の典型だろう。何十年、ときに100年先を見越して経営を考えないといけない。
なかなか法人にはしづらいし、何年かごとに社長を変える会社では林業を維持するのは難しい局面もある。
 
とはいえ、娘だって今どき家業のために意に染まぬ相手と結婚するのは現実的ではないだろうからなあ。好ましい相手に、家業を継いでもいいよ、と言わせて結婚するのが理想的(^o^)。その際に妻側の籍に入るかどうかはケースバイケースだろう。婿側の家族にとっては、養子に出すのは許せん、という気持ちもあるだろうし。
 
ま、家業の継続を生まれながらに科せられている子どもたちも大変だろうねえ。。。 

2018/06/21

白書記載の「内輪の論理」

先日、元林野庁関係者とお会いして多少の意見交換をしたのだが、そこで話題になったのが、クリーンウッド法

 
私はザル法と言い切ったのだが、その理由として罰則もなく、そもそも違法木材の取引禁止を謳っていないことを上げた。しかも登録した業者のみに適応するという。わざわざ登録するメリットもないのに……。(法の趣旨は、合法木材の推進である。)
それに関して、「こちらの気持ち」はわかってもらえたものの、「仕方なかった」というのである。
 
なぜ罰則を付けられなかったか。それは業界から圧力がかかったわけでも、政治家の横車があったわけでもない、らしい。
 
日本の法体系では、違反と決めつけるまでが大変なのだそうだ。そうすると立証責任が生まれてしまい、とても一件一件輸入する木材の素性を追いかけて違法性を立証できないから。
結果的に努力義務のような、あってもなくても構わない法律になった。
 
なるほど。だがその理屈は、しょせんは内輪の論理だろう。そんな理屈を厳しい違法木材の取締法を設定した欧米諸国に説明して理解を得られるだろうか。しかも、その理屈を外向きに発表もしていない。
 
森林経営管理法のように、個人の財産権・所有権の侵害を疑われ憲法違反かと言われる法律を山賊のごとく力業で成立させておきながら、クリーンウッド法はおとなしいお公家さんのようなことを言われても納得できない。
本気で違法木材を取り締まる覚悟があれば、いくらでも手はある。ようはやる気の有無だ。
 
 
 
そんなことを思い出したのは、森林・林業白書を読んでいて、またもや“内輪の論理”があるんだろうなあ、と思ったから。
 
日本の木材輸入状況を確認していると、いずれも木材量(立方メートル)で表現されている。
 
Photo_2  
 
丸太、製材、チップ……それぞれの輸入量の増減が示されている。これ、金額的にはいくらになるんだろう、と思って読んでいくのだが、全然金額は登場しない。金額は貿易統計などに任せているのかな? と思うが納得いかない。
 
次は、木材輸出の状況だ。こちらは……いずれも金額ベースなのである!
 
Photo_3
 
今度は、木材量の数字はないか探す。ない。これでは、国産材何万立方メートルを海外に送ったのかわからない。木材生産量全体の何割が輸出なのかもわからない。各品目の単価も概算できない。
 
なぜ輸入は材積で、輸出は金額なのか。理解できない。
もしかして、輸出が増えた、これぞ日本林業の復活の気運!と煽りたいのに材積を示したら、そのしょぼさがばれるからでとないか? まあ、金額にしても326億円なんて貿易の中では木屑みたいなもんだが。
 
 
おそらく、それぞれの単位を変えたのは何がしかの“内輪の論理”があるのだろう。「ウォーリーを探せ」みたいに、各省庁の発表している白書や統計の中から該当する数字を見つけてご覧、とでもいうのだろうか。
 
本気で情報発信するつもりなら、単位を揃えるのは常識というか最低限の義務だ。白書を発表しておきながら、日本の林業事情の本質を読み取られては困ると言わんばかりの不遜な態度である。

2018/06/20

『鹿と日本人』の前書き

気がついたら、もうすぐ刊行の拙著の紹介が、版元のホームページで行われていた。

 
 
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田中淳夫[著]
1,800円+税 四六判並製 228頁 2018年6月刊行予定 ISBN978-4-8067-1565-8
神の遣い? 畑や森の迷惑者? 赤信号は止まって待つ?
鹿せんべいをもらうとお辞儀する?
シカは人間の暮らしや信仰にどう関わり、どのような距離感でお互いに暮らしてきたのか。
1000年を超えるヒトとシカの関わりの歴史を紐解き、
神鹿とあがめられた時代から、奈良公園をはじめ全国各地で見られるシカとの共存、
頻発する林業や農業への獣害とその対策、ジビエや漢方薬としての利用など、
野生動物との共生をユニークな視点で解説する。
 
 
6月刊行予定、とあるが、7月になるかもしれない(~_~;)。
 
そして「著者紹介」と「目次」、そして「はじめに」が読めるようになっている。「表示する」をクリックしてくれるとよい。
 
ここでは、まずは目次を見てくれ、そうしたら内容がだいたいわかるから、と説明すべきなのだが……私のオススメは、「はじめに」(^o^)だ。
 
ようするに前書きなのだが、誤解を恐れずに書けば、「はじめに」は、森は怪しいワンダーランド』の続編である! (°o °;)
 
「鹿と日本人」という築地書館的タイトルからは、原始の時代からニホンジカと日本人がいかに関わってきたのかという歴史をがっつり描いた作品のように感じるが……(そうではないと、いうわけでもないが)、もっと私的な自身の経験を交えた野生動物への思い、鹿への思い、さらに奈良の鹿への思いをさらしている。
 
「はじめに」のタイトルは、「オランウータンからナラシカまで」だ。
 
そして「おわりに」は、「人と動物が共生するということ」。こちらにもオランウータンが登場する。(このサイトでは読めないけどね。)
 
まずは、ご笑覧あれ。
 

2018/06/19

Yahoo!ニュース「高値の木を捨てている…」を書いた裏事情

Yahoo!ニュースに「高値の木を捨てている…。日本の林業現場の実情 」を執筆しました。

 
これ、最初に書こうと思ったテーマは「国産材家具の可能性」だった。
実は、家具・インテリア業界紙 でそうした記事を読んだから。
 
そして記事の内容を検討していると、記事の中にパルプ用木材の中に「クロガキ」があったという部分があり、国産広葉樹材をいかに集めるのかが課題とあった。
そういや、数十万円もするクロガキがあっさりチップや薪になっている話を聞くなあ……と思い出し、それから連想ゲームのようになった。
 
日本の林業現場では広葉樹の名前も知らない人が多いし、価値を見極める眼を持つ人も少ない。それって、銘木だけの話ではなく、一般の広葉樹、いやスギやヒノキさえもそうではないの?と思ってこの記事になったというわけだ。
 
企画がどんどんズレていく典型例だ(^o^)。
 
国産家具の話は、また改めて切り口を考えて執筆しよう。ちなみに、この業界紙を提供してくれたOさんに感謝。

2018/06/18

LINEの鹿のスタンプ

今日は朝から地震に振り回された。『半分、青い」が始まる直前にドン! と揺れたかと思うと、テレビは瞬時?に緊急放送に切り替わる。この点、NHKはさすがに早い。

 
私は、前触れ(P波)なしに揺れたので、よほど震源が近いのかと思ったが、たしかに大阪北部と言っても枚方~高槻辺りは生駒と隣接地帯なのである。
 
とはいえ、被害はなし。鍋が落ちたくらいか。それで、すぐ意識から外れていたのだが、娘から電話があって、それで「ああ、世間は大変なのね」と思った次第。でも、ひとしきり娘と会話ができたし、その後宅急便で届いたのは、なんと1日遅れの父の日プレゼントであった。そんで、今度はLINEで交換。
 
 
そのLINEだが、ついスタンプを購入してしまった。(溜めたポイントを使ったのだけど。)
 
Screenshot_20180613232200
 
シカである。シカ三昧。シカしかない。みんな駄洒落オンパレード。
 
なぜ、シカのスタンプにしたのかというと、来月初旬に出版する本が、鹿をテーマにしているから。
 
『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)
 
Photo ※表紙カバーのイメージです。
ただのシカではない。テーマの中心は「奈良のシカ」である。世間と違って、奈良市ではシカを保護しているのだ。だが、シカ害も深刻。それに向き合う人々から導き出す獣害対策を描いている。
 
 
そんなわけで、娘に鹿スタンプを連打したら「新しいゲームを買ってもらった子どもみたい」と返事されてしまったよ……。。。

2018/06/17

大阪・材木浜から見た木材輸送システム

ちょっと大阪歴史博物館に行ってきた。

 
ここで開かれている特別展を見るためだ。ま、その前にちと歴博には腹立たしいことがあったのだが、それは置いておく。
 
その展示を見る前に発見したのが、江戸時代の大阪の町の図。江戸時代の「天下の台所」だった時代の大阪である。
 
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水の都と言われた通り、大阪には縦横無尽に水路が通っていて、各所が産業の中心となっていたのだが、その中に材木浜という場所があった。ここに木材が集まってきていたのだ。
 
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アップしてみた。関西、土佐、日向から木材が集まってきたらしい。関西はともかく、四国や九州からも木材を輸送するとは、結構な輸送力と流通システムが整備されていたことにちょっと驚く。
そんな筏の図が描かれていた。大阪にとって、木材の商いというのは意外と大きなビジネスであったらしい。紀伊国屋文左衛門も、ミカンだけでなく江戸の火事に合わせて木材運んで大儲けしたわけだが、大阪経由の木材もあったに違いない。
 
 
これまで四国や九州から燃料としての薪の類を運んでいたことは記録を読んでいたのだが、丸太も運んでいたのだろうか。船に格納していたのか、筏を引っ張っていたのか。江戸時代の輸送力をなめてはいけないな。
 
ちなみに明治に発行された「吉野林業全書」にも、大阪の木材商いについて描かれている。
 
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肝心なところは、江戸時代とあまり変わらない。明治でも木材輸送は筏だったのか。木材の搬出と輸送という点からすれば、江戸時代から昭和の前半まで、そんなに大きな変化はなかったのかもしれない。
大きな林業輸送イノベーションは、戦後のトラック輸送が始まってからだろうか。この視点から林業史を組み立てたら、別の姿が浮かぶかもしれない。
 
 
 

2018/06/16

棚田経営管理法案?

梅雨に入る頃には、棚田も田植えが終わっている。
 
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これは生駒山の棚田地帯。ほとんど峠に近いところだ。やっぱり棚田は水が入って、稲の苗が植えられたこの時期がもっとも美しい。
 
6_1
 
これも同じところである。中辺りの黄色い草は小麦畑。麦秋……と言いたいところだが、風雨で倒れてしまったようだ。この小麦は、生駒大社の神事に使うものなのだが、立ち直るかなあ。。
 
 
棚田の維持は大変だ。手間とコストがかかる。が、収穫量は少ないので、放棄が増えている。生駒山の棚田も、写真以外には放棄して森に帰ったり、草ぼうぼうだったり、畑に変えられたり、と完全な棚田景観ではなくなっている。
 
 

ところで森林経営管理法が国会を通ったと思ったら、今度は自民党で棚田に関する法律をつくろうとしているらしい。

 
まだプロジェクトチームを立ち上げた段階だか、棚田の景観保全を行わせる補助金を出すつもりらしい。美しい棚田を選定して、その維持にかかる経費を補助していこうという趣旨である。ついでに村おこしとか棚田に関するイベントにも使えるようにするとか。。。。
 
一見よさそうな、反対しにくい法案だが、しょせんはバラマキである。はっきりと棚田をネタに観光事業でもするというなら別だが、景観という名でメリットのない耕作を所有者に押しつけても事態は変わらないだろう。
そのうち、棚田を維持する「意欲と能力のある事業体」に管理権を譲り渡せ、と言い出すかもしれない。もっとも、皆伐して儲けるようなことは棚田では不可能なので、引き受け手も現れない気がするが。イネではなく大麻でも栽培したらペイするか(@_@)。
 
 
結局、自治体が直接耕作したりして。財源用に棚田環境税を新設する(笑)。
 
 

2018/06/15

無断伐採!

このところ、盗伐、無断伐採の話題がよく飛び込んでくる。

 
私としては、約2年前にヨミウリオンラインに盗伐問題 記事を書いており、随分前に終わったような気がしていたのだが、今年に入ってからこの記事に関して問い合わせ……というか、新聞やテレビ局から取り上げたいという声が多く入ってくる。
舞台は主に宮崎だが、昨年末より裁判も始まったからだろうか。そして盗伐が決してなくなっていない、今も頻発していることを示している。
 
どうせなら私をレポーターにでも採用して現地を歩かせてくれたらよいのに、今のところメールや電話の取材ばかりだ(~_~;)。
今月に入っても相次いでいるので、多分どこかで記事や番組になっているのだろう。
 
と、大げさな書き出しから始めたが、私も盗伐というか、無断伐採被害にあってしまった!
 
タナカ山林である。
 
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訪れると、道の端の木がこんな状態に。
 
切り口を見ると……003
 
これはノコギリを使ったように見える。ということは、計画的だ。何気なくノコギリを持ち歩いて、たまたま目の前にあった木を伐る……なんてことはありえない。あの木を伐ってやろうと意識を持って行ったのだろう。
 
直接目につくのは2本だが、以前から無理やり樹木を折ったケースもあるし、結構頻発している。おそらく地元民だろう。
道端の木がうっとうしいから? しかし道にかかるほど広がっていたわけではない。電線などに触れていたわけでもない。この木の下に車を止めたら枝葉が被さるからかもしれない。
しかし、それを所有者でもない人間が文句をつけるのはお門違いだ。そもそも車止めの部分も私の土地なのだから。
 
ムカムカする。(欧米にはある)森の立入権について議論することもあるが、日本では無理だろうな。森に立ち入るだけで済まないからだ。必ず草木を引っこ抜いたり、木々を痛めつける行為をするのが日本人。森に対する民度が低い。
 
 
ムカついた頭を癒してくれたのは、ポツポツ咲き始めたアジサイの花である。
 
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2018/06/14

「森林管理の手引」はゲームアプリで

林野庁、やっぱりお節介。

来年度から施行される森林経営管理法に合わせて市町村が森林管理の責務を負うことになるわけだが、そのための手引き書づくりを林野庁が行っているそうだ。今から来年の準備をこのようにやりなさい、というわけか。

内容は管理対象となる森林の目安(どういう状態が放置林か、林地台帳で所有者を調べたり境界線を確認したりしなさいよ、集約する優先順位は……など)を示すというのだ。
さらに、こんな森林は管理権を所有者から奪って業者に委託しなさい、こういう森は、森林環境譲与税注ぎ込んで管理しなさい、と指導するらしい。
 
市町村が独自に森林管理をやりなさい、と言いつつも「指導」が入るわけね。どうせ市町村に林業のことわかる人材なんかいないだろ、と見切ってお手伝いするのか。(本来、間に入る都道府県を見事にディスってる気がする……。)
 
 
実際問題、ほとんどの市町村は困っているだろう。林業に詳しい人材はそんなに多くないし、仮に一人や二人いても全体を見渡して指針を考えるのは厳しい。マニュアルがあれば頭使わずに済むから有り難いだろう。
しかし、そもそも林野庁にも、それを示せる能力のある職員が何人いるのか問いたくなる。スギとヒノキの区別も付かない職員もいるよ、と以前に聞いたが……。(もちろん、それは特別な例だと思いたい。)
 
手引き書づくりを丸ごと否定するのではない。
気になるのは林野庁がつくれば、全国画一的なマニュアルとなりかねない点だ。
 
森林は地域ごとに大きく違うものだ。気温や降水量はもちろん、土壌、地形、水分条件、光条件。所有者の立場や意志。そして地域の背景の木材産業事情。素材生産業者の数と質。木材市場や製材工場の配置まで響いてくる。
 
それらに対して目をつぶって手引をつくられても、機能するのか。もちろん林業に通じた優秀な職員がいたら、手引を元に自分で地域事情を落とし込んで上手く適合させるだろうが、そうでなければマニュアルを御旗のごとく金科玉条に実行しようとするかもしれない。
 
全国画一的な施策が、日本の山を多く荒廃させてきた。植樹本数から始まり、下刈りの回数や間伐率まで決めてきた。複層林なんてのもあった。現場を無視して実施して傷ついた山も多いはずだ。また繰り返すのか。。。
 
 
ここで、どんなマニュアルが適切か考えてみた。必要なのは「手取り足取りの指導」ではなく、現場の職員に自分で考えさせることだ。
 
森林のタイプ(上記の条件)ごとに分類し、それぞれのタイプ別施業の選択肢をいくつか示す。市町村の担当者は、自分なりにどれを採用するか決断させる形式はどうだろう。いわばロールプレインゲームのように森林管理の施業を自分の頭で考えさせる。
そうなれば担当者も勉強するだろう。鍛えられるし、自分で判断した行うのは楽しい。上手く行って森が健全に美しくなればやりがいになるし、下手な選択をして失敗する経験も疑似体験させる。
 
いっそパソコン用アプリにするとよい。安易に選択肢をクリックしたら、10年後森林がボロボロになる様子を画像で見せる(笑)。そしてゲームオーバーとか減点100点とか。
せっかく健全な森づくりができたのに、ある時台風で山崩れが発生して壊滅!という事例も入れておく。君は何段階までクリアできたか? なんて競争になる。
 
そうだ、自分のアバターを決めて、アニメキャラを当ててもよい。「武器」は、森林生態学や土壌学、砂防学など専門分野の試験を合格したら手に入る\(^o^)/。
 
Photo 画像はイメージです。。。
 
なんなら、このゲーム攻略の全国大会も開催。100年後もっとも美しい森をつくるのは誰だ、日本一の市町村林政担当者を決めよう! と競わせる。日本の林政の底力を鍛えられるぞう。。
 
 
あ、実地の森で実行しなきゃ意味ないね……。
 

2018/06/13

植村直己記念館

昨日の続きのようだが、実は帯広で植村直己に会ってきた。

 
Photo
 
実は、帯広から帰る飛行機は午後なので午前中だけ時間があった。しかし、その程度の時間では北海道はどこにも見学にいけない。そもそも足がない。タクシーでは高くつくし、レンタカーを借りるほどでもない。歩いて行ける距離で何かないか……。
 
層思って地図と睨めっこすると、なんと徒歩15分程度の緑ヶ丘公園に「植村直己記念館」の文字が。
 
よし、ここだ、と思って足を運ぶ。
 
すると、なんのことはない、おびひろ動物園の中であった。そこで入園料を払って、キリンさんやシマウマさんを見つつ探すと……ありました。
 
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「氷雪の家」と名付けたドーム型の小屋に展示あった。帯広には、郊外に「植村直己帯広野外学校」がつくられていることは知っているが、生前の植村が帯広に北極圏の冒険の道具類を結構寄贈したらしい。また犬も連れてきている。それらを展示しているのだった。
 
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犬の剥製も、かなりボロボロだったが……。
なお、この動物園の隣の美術館で、ちょうどナショナルジオグラフィック写真展が開かれていたので、こちらにも寄る。冒険というか探検というか、ナショジオらしい写真の数々を見ることができた。
 
 
ちなみに植村関係の記念施設は、まず故郷の兵庫県豊岡市に「植村直己冒険館」がある。
 
1_2 入り口。
 
なかなか立派な施設だが、地下にあるのであんまり目立たない(^o^)。なお、この冒険館があるのが、植村直己記念スポーツ公園だ。
 
同じ豊岡市には、直己の兄が実家に開いている記念館もある。
 
そして東京の板橋区には、「植村冒険館」がある。こちらは板橋区が植村直己の遺族から寄贈されたものを元につくったもの。公益財団法人になっている。
 
記念施設だけでも、いくつもあるのであった。
 

2018/06/12

探検史ジャーナリスト~伊能忠敬と松浦武四郎

毎日新聞奈良県版の連載「大和森林物語 」は続いていて、現在は「紀伊半島の探検家群像」を続けている。

 
6月12日に掲載されたのは、松浦武四郎 。これまで野呂介石、植村左平次、森野藤助と続けてきたのだが、無名の人が多い中で武四郎はわりと有名だろう。
 
ネットの記事には写真が掲載できないようなので、一枚だけ。
 
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大台ヶ原にある武四郎の墓(分骨碑)である。
 
私は今でこそ森林ジャーナリストなんて名乗っているが、これは世を忍ぶ仮の姿。本来は「探検ジャーナリスト」である( ̄^ ̄)。
その証拠に、20年以上前からホームページで「知られざる探検家列伝 」を執筆してきた。ま、商業誌からこの手の依頼が来ないから勝手に書いていたのだが、それを今では毎日新聞で行っている気分である\(^o^)/。まあ、一応「森林物語」とタイトルにあるから、森林も絡んでおり、森林ジャーナリストと探検ジャーナリストの合体かもしれない。
私的には、正確には「探検史ジャーナリスト」のつもりだが。現代の探検にあまり眼を向けず、歴史的なものを漁っているからなあ。
 
 
さて、松浦武四郎が生まれたのは1818年。
 
実は、この年に亡くなった人がいる。伊能忠敬だ。
 
伊能 忠敬は、1745年2月11日(延享2年1月11日)に江戸で生まれ、1818年5月17日(文化15年4月13日)に亡くなった。
武四郎が生まれたのは3月12日なので、微妙に重なっている(2ヶ月ほど)。
 
そして気付くだろうか。今年2018年は、忠敬の没年と武四郎の生誕、両方の200年なのだ。ついでに言えば、武四郎は1888年に亡くなったので没130年でもある。
 
 
このことに気付いて喜んでいるのは、極めてマニアックなわずかの人だろうな(笑)。
 
ちなみに、先日訪れた北海道では、いたるところに武四郎と忠敬の名が登場していた。
やっぱり二人とも北海道に縁が深いのだ。(北海道の測量は、間宮林蔵に助けられた面が大きいのだけど。)
 
 
もっと、こちらの分野の執筆を増やしたいね。

2018/06/11

Yahoo!ニュース「雑草が国土を守る?草刈り前に…」書いた結果

Yahoo!ニュースに「雑草が国土を守る?草刈り前に考えること 」を執筆しました。

 
多少、林業から離れたことを書きたいな、季節柄みんなが関わるのは何かな…と思って思いついたのが草刈りでした。
 
「草刈りの愉悦」とか、「草刈りの快感」なんてのをテーマにしようと思ったが、結局は真面目な内容になりました(^o^)。
 
 
しかし、いるんですね。マジに怒る人が。いや、怒るというより絡みたいのかな。
 
立て続けに3本のメールを送ってきた奴がいる。なんか、このメールがイタイのだけど。匿名だから、一つを転載するね。
 
Yahoo!ニュース個人記事を読みました。雑草と草刈りについての記事です。専門家だからと、"日本で唯一"のとか"日本一の"森林ジャーナリストとか名乗っているのはイタイです。記事の文章も、上から目線で偉そうです。草刈りに文句を言う人だって世の中にいるかもしれないのに、決め付けないで欲しいです。文章の最後の方に、"除草剤撒いたろか?"とか書かれていて、コワイです。除草剤何て毒物じゃないんですか?返信は必要無いです。
 
 
異論・反論は受け付けますが、その場合は実名で。真面目な意見なら、私も真摯に対応します。が、これではなあ。
カワイソウだなあ、とも思う。世の中を文句付けるしか生きがいはないのだろうか……。
 
 
ちなみに除草剤は悪という決めつけも怖いというか、馬鹿。
 
私は、農薬や除草剤を全然忌避していない。これまで幾度も記してきたことだ。もちろん家では蚊とり線香も使えば、殺虫剤も撒く。ジェット噴射だ(^o^)。そして風邪を引けば風邪薬、胃が痛くなったら胃薬を飲む。
 
雑草や草刈りにこれほど反響があるのなら、また雑草について書こうかな。結構、書きたいことはあるのだよ。

2018/06/10

奈良の森の未来を考えるお勉強

ちょっとお勉強をしようと思ってある本を探した。

 
それがない。古い本だが、Amazonで検索すると、1冊2万円だと出るし……。「日本の古本屋さん」も、同程度。なんで、こんなに高いのだ。奈良の図書館にもなかった。国会図書館関西館にデータはあるだろうが、多分フィルムだろうし貸し出しは不可である。
 
結果的に、大阪の図書館で発見。借り出すことに成功。生駒は周辺に大きな図書館が多くて助かる。
 
その本とは……。
 
Photo メーラーの「恒続林思想」。
 
 
この本の何がすごいって、後書きを村尾行一先生が書いていること(笑)。ここには「どうも私の深層心理をメーラーの思想は形成していたらしい」と記されている。
 
ちなみに非常に読みやすい。訳もよいが、メーラーはこんなに優しく語っていたんだ、と言う点に感心した。まあ、大雑把な「恒続林思想」は他の本でどを読んで知っているのだが、本家の本にも目を通しておこうかな、ということである。
 
おりしもザーリッシュの『森林美学』の完訳本が出版されたばかりだ。(戦前に新島善直・村山醸造の『森林美学』が出版されているが、これは日本流の森林美学であって、ザーリッシュの訳本ではない。)
 
メーラーは、「恒続林施業のみが、森林美学の提出する要求を果たすことができる」と記したように、両者は大きく関連する。
 
Photo_2  
 
こっちは分厚いし文章は硬いし、値段も高いから読む勇気が湧かない(^o^)。また、原理主義的にザーリッシュの森林美学やメーラーの恒続林を信奉する気もない。
むしろ考えたいのは日本的な恒続林であり、さらに言えば近畿・奈良における恒続林とは何か……なのだが、それを考えるためにも本家・恒続林のお勉強をしておこうかと思った次第である。
 
 
ちょうど今年の森林・林業白書を読んでいると、こんな囲み記事があった。
 
Photo_3
 
奈良県の取り組むスイス林業との連携が記事になっている。そういや、林野庁のメンバーがこの取材にきた際、私も横にいたんだったな、と今頃思い出した。
 
ここではサラリと流しているが、スイスに範をとるということは、奈良県は恒続林をつくろうとしていることになるんだよ。。。
 
だからお勉強が必要なのだ。
 

2018/06/09

『モリのいる場所』の庭

仕事が一段落したので、映画を見ることにした。頭の中に異物を入れて切り換えたい。

 
選んだのが『モリのいる場所 』(沖田修一監督)。
 
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モリ……森だからというわけではない。このモリとは、主人公・熊谷守一のモリなのだ。
熊谷守一は、今年で没40年を迎える実在した画家である。50歳を迎えてから世間に認められたのだが、それから約30年間家から一歩も出なかったとされる。引きこもりではない。毎日庭の宇宙に出ていたのだ。
 
毎朝、「行ってきます」と行って縁側から出る。腰には鹿革の尻当ても当て、本格的なフィールドワーカーぽい。そして庭を彷徨する。庭には縦横に小路があり、腰掛けるポイントは十数カ所。そこで観察する。草。樹、昆虫。池。魚。空。ときに茣蓙を敷いて寝ころがる。日がな、それで過ごす。ひっきりなしに客は来るが天衣無縫。
 
そんな日常が描かれた映画である。詳しく知りたければ、公式サイトへ。
 
すごいね。この映画。隣の婆さんらが上映中にペチャクチャしゃべるのに閉口したが、とんでもない宇宙を感じさせられた。
 
そして思った。こんな庭をつくりたい。庭を宇宙にしたい。
 
そうだ、森なんて、わずかな面積の庭があればつくれるのだ。何ヘクタールもなければ森じゃない、と決めつけなくてよかった。
 
と思って山に行く(^o^)。タナカ山林をこんな森にしようか。山林としては狭いが、庭としたらちょっと広い。
 
雨まじりの天気だったので、山に分け入ると濡れてしまう。でも、宇宙の片鱗を見た。
 
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186_4  186_9
 
 
ここ数年、せっせと植えたアジサイがいいように広がってきた。花はいくつか大輪に咲いていたが、まだ多くは蕾。各所から調達してきたので、どこにどんな花が咲くかわからないが、多くがヤマアジサイだろう。もう少しでアジサイ園ぽくなるかもしれない。
 
この中を歩き回る小路と、座る場所をつくって、日がなうろつく……そんな老後を送ろうか(笑)。

2018/06/08

シカ避け出入り口2態

北海道行の途中、苫小牧に寄ってきた。

 
まず北海道には前日入りした方が安心だと考えたのだが、札幌で一泊というのは芸がない気がした。帯広まで行ってしまうのもイマイチ。どこか途中で寄るところはないかと考え、小樽も浮かんだが帯広方面とは方向が反対。そこで苫小牧(~_~;)。
 
苫小牧で何を見るの? と考えた結果、北大の研究林に足を伸ばした。
 
苫小牧研究林は、『森はよみがえる~都市林創造の試み』(石城謙吉著・講談社現代新書)を読んでいたので、興味があったのだ。ボロボロ状態の(~_~;)大学演習林を再生した話である。都市林というには、あんまり都市はなかったけど。
 
さて、苫小牧駅前はなんだか寂れていて、研究林への交通機関もないのでタクシーで向かう。
 
ところが、その日は小雨。。。森の入り口に着いたものの、私以外に人影はないわなあ。そして森林記念館、資料館も閉館中。一般公開は月イチらしい。アカンがな。
 
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見たかった観測塔。しかし立入禁止で近寄れませんでした。。。しかも、本当に見たかった樹冠観測用のクレーンやジャングルジムはどこにあるのかわからない。どうも立入禁止地区のよう。
 
よっぽど研究所の事務所に顔を出して声をかけようかと思ったものの、しょぼくれた気分で元気が出なかった。。。だいたい、なんと声をかけたらいいんだ? いきなり押しかけて見学させろ、と? 
 
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結局は、散策で終わってしまった。
 
 
その中で、こんなものを。
 
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花木園にシカが入らないようにした出入り口。なるほど狭くてV字に曲がっているから、シカは身体を触れてしまうので警戒して入らないわけね。まあ、人間にも狭いけど。。。
 
これで思い出したのは、奈良の大台ヶ原の散策道。
 
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出入り口部分にこれを設置すると、足が挟まりそうで警戒するみたい。
 
獣害避けの防護柵はいろいろあるが、集落など地域全体を柵で囲むには問題がある。何より人の出入りとの兼ね合いだろう。人間はすぐ扉を閉めるのを忘れるのだ。それに道路や川は完全に封鎖できない。
 
そのための仕掛けはいろいろ考案されているが、完全なものはまだないはずだ。
 
封鎖できない出入り口をいかに防護するか……。獣害対策の肝かもしれない。
 

2018/06/07

新千歳空港の周辺にて

北海道の旅で気になったこと。

まずスタートは、新千歳空港へ飛ぶことだったわけだが……。

 
で、着陸寸前にこんな光景が目に入った。
 
2 もちろん、ピーチ(^o^)。
 
滑走路直前。ん?
 
拡大してみる。
 
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ソーラーパネルでした。。。。
 
広がっています。北海道の大地にも。まあ、ここは森を切り開いたというより、農地だったか原野だったか、あまり使い道はない場所を有効利用したように見えたが。
 
 

2018/06/06

『戦前の大金持ち』に土倉庄三郎

小学館新書から出版された、『戦前の大金持ち』。ここに土倉庄三郎が取り上げられている。

 
Photo (780円)
 
どんな本かと言えば、帯文にあるとおり。明治・大正・昭和(戦前。一人だけ戦後)の大金持ちを取り上げている。せっかくだから、目次を紹介。
 
Photo_2Photo_3
 
4番目が土倉翁だ。ちなみに、土倉以外はほとんど有名なのではないだろうか。名前程度は私でも知っている人ばかりだ。
ただ私は、土倉の章以外は、斜め読みしかしていない(~_~;)ので、本全体の評論はできない。あくまで土倉の章の紹介ということで。
 
 
まず編者となっているのが、出口治明氏。昨年までライフネット生命の創業者~会長だったが、退任して今年から立命館アジア太平洋大学の学長……という経歴の人物だ。たまにテレビでも見かける。
 
本の構成は若干ややこしくて、まず人物の評伝がある。こちらはノンフィクションライターの稲泉連氏と、山川徹氏が執筆。それを受けて「解説」を出口氏が書いている。「解説」というより自分なりの視点の人物論ということになるだろうか。
 
土倉庄三郎の章の「評伝」は、山川氏の執筆で、中に私が語り部として登場する(^o^)。
 
ちなみに出口氏の視点としては、当時の情報の拡散や移動時間は長く、東京の一極集中はあまり進んでいなかった。山村も相対化されていた……と見ている。文献から引用している文言に私の知らない・違う言葉が出てくるのは謎だが、「全国の山を愛する人とつながり、山に対する愛情を持つ人を育てていけば、山は将来にわたって生き続けていく。」と結んでいる。
その点からすれば、今は山に愛情を持つ人が少なくなったんだなあ……と思ってしまう。
 
 
ともあれ、土倉庄三郎の名を世間に広める一助になれば幸いである。Kindle版もあり。多分、私の本より売れるだろうな。。。
 
せっかくだから、サイドバーにAmazonへのリンクを張っておく。

2018/06/05

奈良林業の新聞記事3本

九州から「日経新聞に奈良の林業が取り上げられているよ」という情報が。

有り難いなあ。こうした情報提供が私を支えている。
 
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結構、デカい記事だ。九州の国産材輸出にも触れられているが、全体に奈良県の木材ブランド化を大きく扱う。
 
探してみると、ちゃんとあった。
 
 
詳しくはこちらを読んでほしいが、これは登録しないと全文を読めない。私的には、後半に注目してほしい。
 
■森守る「フォレスター構想」
 紀伊半島の森林資源を守り生かそうと、「フォレスター」を導入する構想が進む。主導する奈良県によるとフォレスターとは(1)林業の生産(2)防災(3)自然保護の観点に立った生物多様性の(4)観光などレクリエーション――を一元的に管理する専門職。モデルのスイスでは医師同様に社会的地位が高く、子供の憧れの職業でもあるという。
 スイスでは過去の災害や病害を教訓に、単一樹種ではなく様々な木が混在する森林で自然な成長に見あった量を伐採し、利活用する考え方に転換した。県は同国の関係機関と人材交流を開始。2019年度を目標に「森林環境管理条例(仮称)」を策定し、将来は人材育成機関「フォレスト・アカデミー(同)」の設立も思い描く。
 奈良、和歌山、三重の3県知事が年1回集まる「紀伊半島知事会議」で17年、フォレスター制度の検討に共同で取り組むことで合意した。
 構想の一つのきっかけが、11年に3県で88人の死者・行方不明者が出た紀伊半島豪雨だ。奈良県内では約1800カ所で土砂崩壊が起きた。間伐などの手入れがされていない「施業放置林」の増加も一因とみられる。荒れた山林は、豪雨などで表土が流れやすくなるとみられる。
 
 
実は、朝日新聞にも取り上げられている。6月1日の記事だが、これは奈良県版かな?
 
 
こちらも全文を読むためには登録が必要だが、こちらは写真でも字が大きいのでそのまま読めるだろう。
 
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どちらも同じところを取材しているから、これは県がしかけた団体取材かな?
 
朝日の記事は、インドネシアの政府関係者が来訪して川上村を視察した点に焦点を合わせてインドネシアに吉野材を輸出する可能性を紹介している(つまりストレートニュース)が、日経は追加取材もしたのか現在の林業事情や奈良県の新たな取り組みにも眼を向けている。
 
 
ほかに毎日新聞には、インドネシア科学院長官 知事を表敬訪問 原木や製品市場を視察 (奈良版)のように短報もあった。
 
取材者が何を取り上げようかと考えたか感性がわかるね(^o^)。

2018/06/04

29年度森林・林業白書の読みどころ

北海道から帰って来たら、平成29年度の森林・林業白書 が公開されていた。

 
ざっと目を通す。
 
案の定、「新たな森林管理システム」(⇒森林経営管理法)に関しては、かなりのページ数を割いている。気になる方はどうぞ。あ、森林環境税に関する説明にも紙数を費やしている。私は見ないけどね(⌒ー⌒)。
 
もう、うんざりだから(笑)。北海道でもしゃべってきたし。しかも会場には林野庁出身者がいたし(笑)。ちょっと内幕も聞けました。
 
 
で、今回の私のお気に入りとなったのは……。
 
トピックスである。その中の、
 
4. 「日本美 うつく しの森 お薦め国有林」の選定
5.明治150年~森林・林業の軌跡~
 
である。とくに後者は気になる。
 
150 こちらは概要の囲み記事。
 
ちょっと引用すると、
 
明治時代になると、近代産業の発展に伴って、工事の足場や杭、鉱山の坑木、電柱、枕木、梱包用材等、様々 な工業用の用途にも木材が使われるようになりました。当時、鉄道用の枕木やマッチの軸木等は主要な輸出 品目となっており、明治43(1909)年における輸出量は枕木約30万㎥、マッチ用軸木約4,000トン、木炭 約12,000トンとなるなど、我が国の外貨獲得に貢献していました。また、クスノキから抽出される樟脳は、 当時重要な工業製品であったセルロイドの原料であり、木材由来の工業用品として、盛んに生産され、輸出もされていました。 
 
 
実は、私もかつて明治期の林業を調べた際に、枕木や木炭需要、そして樟脳生産などが想像以上に大きかったことに気付いたのだが、肝心の数字(統計)は見つけられなかった。それがここには載っているではないか。さすが林野庁!(ヨイショ)
 
枕木を30万立方メートルも輸出していたんだぜ。国内消費も少なくなかったはず(鉄道建設ブームだったし)、いったいどれほど大木を伐っていたんだ。
 
 
さらに気付かなかったマッチの軸木も輸出が4000トンかあ。足場や杭や鉱山の坑木、電柱の量も示してほしかった。
樟脳はどうだろう。おそらく台湾で生産したものが多かったと思うのだが。
 
こんな数字を見ると、当時の林業の素顔が浮かんでこないか。林業と言えば建築材と思い込んでいる昨今の硬い頭を崩す一助にはなるだろう。
 
なお、こんな明治~昭和の伐採量や造林面積グラフもある。
 
Photo
戦前のこれらの数値は、意外と見つからなくて戦後と比較できなかった。それが、このグラフでよくわかる。かつては薪炭がいかに多かったことか。。。
 
 
目先のことばかり見ている林業関係者に、明治からの日本の林業を見つめ直せ、と言いたいね。そして、そこから何を読み取れるか考えてほしい。
 
 
 

2018/06/03

鹿溜まりのイチャツキ

久しぶりに見た、奈良公園の鹿溜まり

 
2
 
先日、奈良公園でナラシカが30頭以上、密集している一角があった。
鹿溜まりと呼ばれているが、こうした密集陣形?は夏が多かった。涼しい一角にシカが集まってくるのだ。ときに100頭ぐらい。
 
まだ酷暑までにはならない今の季節に鹿溜まりができるのは珍しく感じるが、その鹿溜まりの周囲を観光客が取り囲むという独特の二重円ができた(笑)。
 
 
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その中でも目立つのは、この2頭。イチャツキが目に余る(^o^)。
 
 
北海道から帰って、私を待っていたのは「鹿と日本人」の再校ゲラであった。都合3日間を北海道で過ごしてゲラに目を通す時間が半減してしまった。今、焦って取り組んでいる。そんな時にブログ書くな、と思われるかもしれないが……(~_~;)。
 
ま、鹿溜まりの写真を眺めつつ、シカのゲラに目を通すのも悪くない、(いや悪いか?)と思う。
 
さらに明後日締め切り原稿も1本あった。
 
ああ(泣)。

2018/06/02

ホッケと言えば……

北海道から帰りました。

 
連日歩き回って、心地よい疲れがあります。が、帰ると緊急の仕事が溜まっていてぞっとしています。。。今晩から手をつけねばならんなあ。
 
今回も、そこそこ面白かったのだけど、イマイチ残念だったのは、あんまり美味い北海道の幸を食べられなかった。とくに帰りの空港で食べたラーメンの不味かったこと。。。
 
だいたい講演会の後の懇親会は、多くの人と話すから食べられないのですよ。夜中に腹が減ったりして。。。
 
その中であえて引っかかったのは、講演会前夜に食べたこれ。
 
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なんと、ホッケの刺身。
 
ホッケって、一夜干しの焼いたのは絶品だと思うが、たまたまメニューに「ホッケの刺身」とあって珍しいなあ、と思って頼んでみた。700円もする。
 
……珍味かも? でも、ホッケはやはり刺身向きの魚ではなかった(~_~;)。
 
 
ああ、食べ物に未練の残る北海道であった。

2018/06/01

帯広はシカの街?

20180601_152640


北海道、帯広に来た。約4年ぶりだろうか。
そして帯広駅前には実物大シカの銅像があるのも以前と一緒。

だが、今回は新たな発見。
街角のベンチに座ったら……。

20180601_152617

なんと、足跡が。

この凝り性はなんなんだ。
もしかして帯広はシカの街?

地元の人に尋ねたが、シカの由来は知らなかった。もしかして地元の某実業家が寄贈したんじゃない?
とのことだった。


奈良から訪れた私としては気になる。奈良は生きたシカがうようよ?いるが、鉄?銅のシカもいいかも。
だって、食害も起こさないし。

もうすぐシカの本を出版するだけに、帯広のシカは無視できない存在なのである。

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森と林業と田舎