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2019/06/05

外国人が見た奄美と蝦夷地

奄美諸島は、鹿児島と琉球諸島に挟まれた地域である。沖縄の南国リゾートイメージ より弱く、なんとなく影の薄い存在。世界遺産認定も今のところ足踏み状態。

そんな日本でもイマイチ注目度の低い奄美諸島が、なんと明治時代にドイツ圏で非常に注目されていた、訪れる人もたくさんいた、という記録を目にした。

ドイツの園芸専門家やお雇い外国人、一般旅行者まで押しかけたのである。当時の世界旅行は船旅だったし、開国間もない日本から、さらに交通も宿泊も整備されていない奄美への旅の難易度は非常に高い。
それは1880~1890年代にかけてである。この時期、ドイツ人学者やプラントハンターが相次いで奄美諸島を訪問している。さらに観光客?いわゆる冒険的旅行者もいたようだ。当時の日本政府より熱心だったのではないか。本土では奄美の存在はほとんど意識されていなかった。
琉球王国は、フランス艦隊、次いでペリー艦隊が浦賀来航前に上陸している。が、奄美に関しては触れられていない。奄美は独立した王国であった時期はないし、長く薩摩の支配下にあった。それなのに、なぜ有名になったのか。

実は明治政府のお雇い外国人の一人である、ドイツ人動物学者ドゥーダーラインが、1881年(明治13年)に奄美諸島を訪問したことがきっかけとなった。彼の目的は、まだ世界にその実態がほとんど知られていない動物相、特に海の動物相についての研究であった。
しかし、報告内容はその分野に留まらず、広く奄美大島の地理、地質、植生、歴史に始まり、農業、林業、漁業、商業等々の産業、さらに言語、宗教、祭祀、風俗習慣、建築と多岐にわたっているそうだ。ちゃんと読んでいないけど(^^;)。

1894年に奄美大島の島司に笹森儀助が任命されているが、琉球に関する著書『南島探検』を残した彼も、奄美ではさしたる記録を残していない。むしろこの時期行ったトカラ列島視察の方が業績とされている。結局、明治時代の奄美の記録はあまりなく、日本人のものよりドゥーダーラインの記録が重要となっている。

言い換えると、科学的な報告書がガイドブックの役割を果たしたわけである。優れた報告は、世界中で注目される。それが100年以上前から得られる教訓か。
もう一つ、まったく方向的には反対の蝦夷地において、ヨーロッパ人の記録を見つけた。1618、21年のポルトガル人宣教師の報告である。おそらく蝦夷地のもっとも古い記録ではないか。これより古い日本人による蝦夷地を調べた文献があるのかないのか私は知らない。

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著者は、イエスズ会のジェロニモ・デ・アンジェリスとディオゴ・カルワーリョ。
何も学術的な調査をしたわけではなく、布教の可能性を探って旅した記録なのだが、各地の地誌や、アイヌ人の民俗の記録として貴重だ。
海外の文献に日本の古い姿を知るというのも一興。
この文献、つい購入してしまったが、結構高くついた。いつか、活かせることもあるだろう……なければならん(泣)。
ただ、まだちゃんと読んでいない(^^;)。

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