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森と林業と田舎の本

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2019年10月

2019/10/31

幻のオオミミズを探せ!

昨日は、京都で開かれた森林総研関西支所の公開講演会に顔を出してきた。

テーマは「森林の小さな生き物たち」。土壌動物のことである。アリやセンチュウの専門的な話もあったのだが、私が引っかかったのは、土壌動物の分類と研究状況。

土壌動物は、0,1ミリ以下のセンチュウなどを小型、2ミリまでのダニやトビムシなどを中型、2ミリ以上のアリやミミズなどは大型に分類するらしい。そして日本で研究が進んでいるのは、意外やセンチュウやトビムシなどで、大型のミミズなどは遅れているという。

そこで、私が取り上げたいのは、大型も大型、幻のオオミミズ。通常?の数センチのミミズではなく、20センチ以上、いやできれば50センチ以上のミミズである。

まずは10月29日に毎日新聞奈良県版に掲載されたこの記事を見てほしい。

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奈良県には、未知のオオミミズが発見されているのだ、それも2種類も!

一応、日本で最長のミミズとされているのは2015年に発見されたハッタミミズ96センチとされているが、ミミズの長さはあんまり当てにならない。伸ばせば伸びるし、死ぬ(乾燥する)と縮む。だから重さが一番重要らしい。その点ハッタミミズは、やたら細い。重量はしれているだろう。それにこのミミズは東南アジアからの外来種ではないか、持ち込んだのは江戸時代の金沢の豪商・銭屋五兵衛(密貿易で東南アジアにも行っていたらしい)持ち込んだのではないか、という想定も(以前は)あったのである……。

ともあれ、太くて長いミミズを見つけよう。なかには直径が2センチほどある太いミミズもいるそうだ。日本で記載されているミミズはざっと50種類ぐらいらしいが、おそらく生息しているのは200種は下るまい。そもそもミミズの研究者は少なく、十分に新種を発見できる可能性がある。とくに大きければ日本最大級を謳うことだって可能だ。なお新種登録するためには同種を2個体必要となる。外観だけでなく解剖して内蔵を調べ記載しないといけないからだ。

ただ探すのも土の中だから簡単ではない。可能性としては、雨で土壌の含水率が上がると土から出てくる確率が高い。だから林道の法面のような土の断面部分や、そこから落ちて土や落葉の溜まった側溝が狙い目。見つけたら土と一緒に捕獲して、大急ぎで記事にある連絡先(奈良県立磯城野高校の吉田教諭)に。できる限り生きた状態が望ましい。記事は奈良県民だけに呼びかけているが、全国どこでもよろしい。

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十津川村で発見された仮称・トツカワオオミミズ。(渡辺弘之・京都大学名誉教授提供)

 

 

2019/10/30

ボルネオの森が一斉結実

BSプレミアムの「ワイルドライフ」で、オランウータンを取り上げるというので見てみたら、なんとボルネオの森が一斉開花、一斉結実していた。今年がそうだったのか!

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いやあ、すっかり忘れていた。かつては「一斉開花」に興奮したのに。

東南アジアの熱帯雨林では「一斉開花」という現象がある。森のさまざまな植物がある年に一斉に開花し、続けて結実する現象だ。違う種類が一斉というのも謎なんだが、それによって昆虫も動物もどどどと活動を活発化し繁殖も盛んになる。熱帯雨林の生態系はお祭騒ぎ?になるのだ。

これは森林生態学の研究からも大きなテーマで、私はその現場を取材したこともあって興味津々だった。その頃(2000年代)は数年に一度、一斉開花していたのだが、このところご無沙汰で今年は約10年ぶりだという。

私もすっかりご無沙汰して意識から消えていた。オランウータンの研究も興味津々だが、番組取材陣はいいときにぶつかったねえ。

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この撮影のために、ジャングルの高木にもカメラをセットしたらしい。これ、ツリークライミング技術が発揮される。NHKのカメラマン自身が登ったのか? それとも専門家が誰が現地まで行ったのだろうか。
ちなみに番組に登場するオランウータンの研究家・久世濃子博士も木に登る。その登り方を教えに現地まで行ったツリークライマーが私の知り合いだったのだが、その話は面白かった。彼は、木の上のオランウータンの巣で寝たりしている。木登り技術は、そんな使い方もあるというか、新しいビジネス、林業のヒントになるんじゃないか。

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そしてフタバガキ科の大木(よくラワンの呼ぶ木)が結実すると、羽子板の羽根のような種子ができる。羽根をつけていて、風に乗って飛ぶのだ。私も一つ拾って帰り、今も持っているよ(^o^)。

ちょっと興奮の森林異変を映し出していたのだった。

 

2019/10/29

Y!ニュース『「緑のダムは無駄? それとも…』と「天気の子」

Yahoo!ニュースに『「緑のダムはムダ? それとも……最新科学から考える森林の治水機能』を書きました。

唐突だが、今夏よりロングラン上映を続けている新海誠監督のアニメ「天気の子」。このストーリーを思いきり短く言えば、何年も東京に雨が降り続ける話である。

終わり方(主人公の決断)を「これでいいのか?」と議論があったそうだが、私は、どちらか選択しろと言われたらそうなるわな、人の心の仕組みはこうなっているのだよ(笑)と思った。ただ見ていて私が気になったのは、物語の冒頭だけでも、3か月ぐらい雨が降り続けているという設定であること。おい、それでいいのか?

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そんなに雨が続いたら、その時点で東京は都市機能を停止しているだろうに。それが、最後には「もう3年~」だったので、もはや日本は沈没している(´Д`)。日本という国が壊滅しているか、せめて遷都しなくてはならないだろう。たしかに下町は水没しているような会話はあったが、そんな程度で済むはずがない。それは、今回の水害から連想してもわかるはず。

なぜ雨が降り続けるのか、多少とも(こじつけでもいいから)科学的な理由付けがあればとも思うが、一切無視して降り続いていると言われても。結局、天気の神様に見入られた彼女のなせるわざか?

あるいは雨だけ・東京だけに限定せずに、異常気象全般にする(夏に雪は降ったけど)とか世界的現象とすれば、現実に起きている地球規模の気候変動をほのめかしになるのだろうが、あえてそんな方向性やテーマ性は選ばなかったのね、監督は。

 

さて今回の記事は、今年は9月10月と主に東日本で猛威を奮う風水害に触れて、少し科学的に取り上げてみようと思ったわけである。で、またも谷誠先生のお世話になった(^o^)。

昔から繰り返されている「緑のダム」論だが、常に新たな知見が出てくる。それだけ研究が進んでいるわけだが、一般人にはどんどんわかりにくくなっていく。結局、「緑のダムってあるの?」と聞かれれば、「あるけど、効果は限定的だし、それを左右するのは人間には難しいし…」とごにょごにょ言わなくてはならなくなる。

とはいえ、9月に千葉の風害記事で110万アクセスも稼いだのだから、今月は地味で、あまり素人の興味を引かない話題でも取り上げるのも私の勤めだと思うのである。少しでも最新知見を知り、「俗説」に対するリテラシーを身につけるために。

 

2019/10/28

世界最古の植林は、いつ、どこか。

「森と文明」(ジョン・パーリン著・晶文社)という本が手元にある。とりあえず買ってしまったが、分厚いのでなかなか読む気がしない。

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とはいえ、パラパラめくって気になる箇所があった。挿絵だ。

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これは現イギリス王立教会のジョン・イーヴリンが著した林政報告書にあったらしい。「森-林木論と国王陛下の領土における木の増産」である。提出は、1662年、出版は1664年だそうだ。

その挿絵に「この図は、植林の様子を描いた、おそらくはじめてのものと思われる」とある。この「はじめて」なのはイギリス領土という意味だろうか。いずれにしろ、ここに図になるわけだから、実際の植林はそれより少し前だろう。

これまで日本では、林業的に植林を始めたのは吉野で1500年ということになっているから、それより古いと自慢?できるのだが……気になって、少し調べてみた。

すると、神聖ローマ帝国時代のニュルンベルクの「帝国の森」で1368年に種子を蒔いてマツとモミ、それにシラカバを育てた記録がある。だが、これより前にはドレスナーハイデで種子蒔き植林をしたことが報じられていた。(こちらの年代はわからない。)

いずれにしろ1300年の初めごろには植林が試みられたのだ。

残念ながら、日本が世界最古と言い張るのは難しくなったようだ。ともあれ植林は育成林業、つまり近代林業の出発点。ある程度、年代を割り出しておく必要がある。もっとも萌芽更新による森づくりや、種子も苗も植えずに生えてくるのを待つ天然更新に期待する動きも強まっているので、どこからが育成林業とするかという問題も控えているけれど。

 

2019/10/27

興野家文書と林業技術のアレンジ

縁あって、「興野家文書」の資料をいただいた。

「興野家文書」とは、日本の林業遺産第一号になった「太山の左知」(とやまのさち)の興野隆雄(1790~1862)および興野家に関わる文書である。
興野家は、現在の栃木県那須地方にあった黒羽藩の重臣で、なかでも5代当主隆雄は林政家として知られる。傾いた藩政を立て直すため植林を進め、財政を立て直した。その経験をまとめたのが「太山の左知」である。太山とは太い木が生えている山を示し、左知は幸のこと。

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隆雄はもともと江戸に住む幕臣の息子だったが、幼いころから樹芸を好み、植木屋で「種樹の法」を学んだという。黒羽藩の興野家に養子に入ってからも山林育成に熱心で、家臣や雇用人に任せるのではなく自ら山に入った。そして吉野にも視察に訪れている。

吉野林業を学びに行ったとすれば、おそらく川上郷大滝村に訪れただろうし、そこでは土倉家を訪問したのではないか、と想像を膨らませる。年代的には、土倉庄三郎の父・庄右衛門に面会しただろう。晩年なら若き庄三郎とも顔を合わせている可能性がある。(庄三郎は1840年生まれ。15歳で家督を継いでいる。)

ただ、吉野林業方式をそのまま持ち帰ったわけではない。実際に「太山の左知」に記されているのは、
1、樹下植栽
2、疎植
だからだ。一般に日当たりのよいところに植えるスギを、ほかの樹木の陰に植える方が活着しやすいというのは土壌水分の差だろうか。そして2間(約4メートル)間隔の植栽というのは、吉野の密植とは真逆で、早く肥大成長を進めて太くするという育林法だ。あくまで大径木を育てるのであって、木目を密にすることはめざさなかったようだ。

そのほか細かな点はさておき、吉野に学びつつ、吉野方式を丸ごと取り入れるのではなく地元の状況に応じている。それは立木売りが主流で、地元で製材や商品化はしていなかったことも影響しているのではなかろうか。

思えば明治になって、林業は「吉野に学べ」と吉野式の林業を教えるために庄三郎を筆頭に吉野の林業家が各地を出向いた話が多くあるが、実際に吉野式の林業が根付いた土地はほとんどない。せいぜい天竜ぐらいではないか。土地の条件が違えば、盲目的に真似ても根付かないのである。

現在の林政はすべてが画一的。1か所の成功事例(本当に成功かどうかも疑わしいが)を全国で真似させようとして失敗を繰り返している。それをもっとも推進しているのが林野庁なわけだが、ほかにも自分の体験を元に「このやり方が一番。このようにすれば林業は復活する」と声高に唱える意見が散見される。もっとも林業をわかっていない証拠だろう。

必要なのは成功事例のエッセンスを学びつつも、それをいかに土地に合わせてアレンジするかだ。それも目先の条件ではなく、広く地域も時間軸もとって考えねばならない。画一的な真似をするようでは、200年前の興野隆雄の境地にさえ達していないということだ。

私も、改めて過去の日本各地の林業技術について学んでみたく思う。かつては実にさまざまな形態が花開いていたようだから。

 

2019/10/26

ブックオフの裏口で見たもの

あんまり見たくないものを見てしまった。

買い物で車を走らせていたら、そのコースにブックオフがあることを思い出し、ちょっと寄り道。駐車場のある店舗の裏側へと回ったのだが……そこでみかけたのがパッカー車。いわゆるゴミの収集車である。

この店から生ゴミが出るとは思えないんだけどな、と思いつつ眺めていたら、ガラガラと回っている回転板で圧縮されているのは……本だった。
係員も、裏口から大きなバスケットや段ボール箱をかついで出てきたかと思うと、その中身を投げ込む。もちろん、中身は本。

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そうか、ブックオフの買い取りも、「これは値がつきません」というものもある。あるいは何年間も本棚で売れずに処分することになる本もあるだろう。それらは、こうしてゴミ収集に出されるのね(泣)。。。せめて古紙回収に出すんだと思っていたが、完全にゴミか。あるいは、このパッカー車は古紙回収をしているのか。
別にブックオフがどうだというのではなく、どこでも行われているのだろうけど。(ちなみに最近のブックオフは、新しい本でも買い取らない場合がある。結構、選別するみたいだ。)

ちょいと身につまされる。後で店内を見て回ったら、私の本も1冊見つけたよ。新書だけど、誰か買ってくれないとゴミ扱いされるよ~。

そりゃ、毎日毎月、膨大な出版物が刊行されているから、それらは時間差はあれど最終的にゴミとなるのは理解しているが、パッカー車で圧縮されるのを目にするとなあ。やはり普通のゴミと書籍は感じ方が違う。

『絶望の林業』、4刷決定したのはよいけれど、しっかり人の手に渡りますように。

 

2019/10/25

フジイチの割り箸から多角化を考える

久しぶりの割り箸の話題(笑)。

静岡県天竜(浜松市)の株式会社フジイチという会社がつくっている割り箸をいただいた。おかげで私の割り箸コレクションが一つ増えた。

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フジイチは、自社の山を持って森林経営をしつつ、製材も行っている会社だが、業務の中で割り箸づくりまでしていた。天竜杉の割り箸である。たしか地元の廃業した製箸業者を買い取って復活させたのではなかったか。

今回いただいたのは割り箸と言っても最初から分離しているタイプで、吉野ではシースワロー(現はるか)という会社が開発した「明日香」という種類だったと記憶する。ちょっと普通の割り箸より薄手だが、割り箸として使用に問題はないだろう。木目も細かい。多くが柾目で見た目も美しい。

……と、私の中の「割り箸評論家」成分がうずく(笑)。

最近は割り箸の話題がいまいち出てこない。外食店に入っても、当たり前のように樹脂箸(プラスチック箸)が出てきて割り箸はこちらから注文してもあったりなかったり。しかし、あらためて国産割り箸について考えてほしい。

割り箸の消費量・生産量とも、このところ激減している。ピーク時(約10年前)は年間250億膳を消費と言われたが、近年は180億膳ぐらいだろう。それは外食産業の縮小とともに、樹脂箸が普及したからである。そして割り箸も大半が輸入であり、国産は数%にすぎない。

しかし樹脂箸は、結局洗浄や乾燥に労力とエネルギーを使うので経費は決して安くならないし、従業員の労働強化にもつながる。だいたい営業用樹脂箸は約1年で廃棄されるが、石油製品であるプラスチックは環境にもよろしくない。それを「環境のため割り箸をやめました」なんて表示するのは、ごまかしもよいところだろう。

その点割り箸は、いずれも製材端材(背板)や小径木間伐材、あるいはほかに使い道のない樹種の木材を利用してつくるから木材の有効利用と言えるだろう。林業の末端を支えている存在だ。ただし、価格はどうしても1膳5円くらいになる。中国産が1円前後であるのだから太刀打ちできない。ちなみに中国産を中心とした輸入割り箸は、木製より竹製が増えている。たしかに竹は成長は早いが、すぐにカビが生えるので防腐剤を浸透させている。あまり口に運ぶものとして嬉しくないだろう。

使えない端材、小径木等を割り箸に加工することで価値を付けることは、林業全体に寄与する。なんとか国産割り箸をもっと普及させられないかと気を揉んでいるのだが……。

ただ割り箸製造だけで経営するのは難しいだろう。割り箸は自動化が難しく人手がいるし、専業だと材料の調達から販売まで、不確定要素が多すぎる。いかに他の業態と組み合わせるかが課題だ。その点、フジイチは森林~製材と組み合わせているのだから有利だろう。本当は、ここに消費先としての外食産業も入っていたらベストなのだが。

専業では難しいという点は林業も同じで、スギやヒノキの原木を出すだけでは経営の安定は難しい。需要も価格も乱高下するからだ。森林経営も多角化、生産も多様化しないと落ち着かない。さまざまな木材を生産しつつ、その木材の商品化も多様化する。さらに森林も多様な利用を考えて幅広く収入源にする必要がある。そう考えると、割り箸は林業の縮図なのだ。

国産割りの需要が伸びないのも、国産材の需要が伸びないのも、社会が目先の利益ばかりを追い、環境をないがしろにする構造だからではないか。国産を排除する「絶望」的な状況に取り巻かれているからだろうか。

 

 

2019/10/24

夜の城に登る

昨日から駆け足で岡山~鳥取界隈を回る。

今日はあいにくの雨だったが……。

回ったところで印象に残った「木もの」。

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これ、道の駅「あわくらんど」の一角。前も見ているのだが、その時は一面だけだった風車がパワーアップ?していた。どんどん広げていくのだろうか。

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智頭町の木材市場の一角。先日市が立ったそうで、結構な量の木材が集まっていたが、その中にあったこれは薪の山。これから冬に備えて出番なんだろうか。木材市場というからには、木材はなんでも揃う場になってほしいと思っていたが、薪も扱うのは意味があるのではなかろうか。

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昨夜、沈没した津山の夜の城。津山城は登り損ねたのだが、こちらの城は登った。2階までだけど(^^;)。そして某店で沈没しました。。。登城したつもりが、巷の夜の闇に落ちたのでした。おそるべし、ママさん。
やられたなあ。参りました。。。。ちなみに外装が木の城なのだよ。

2019/10/23

4刷! 『絶望の林業』快進撃?怪進撃か?

『絶望の林業』の4刷が決定しました。ありがとうこざいます<(_ _)>。

3刷した分がいよいよ底を尽いてきた。で、強気の4刷。いやあ、社長の独断いや英断\(^o^)/。何か「見えた」らしい。私的には、こうした本は2年3年かけて捌ければよいかと思っていたので、おろおろしている。

ちょうど北海道新聞に書評が出た。これは独自の執筆だろう。ルポライターの山村基毅氏が執筆。

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ちなみに少し驚いたのは、20年前に「修羅を見せてくれた林業従事者」という箇所。20年前とは1999年だ。この時期まで修羅が残っていたのか? たしか私の記憶では岡山県で最後まで修羅(ようするに丸太で組んだ滑り台。伐りだした丸太を滑らせて山の下へと運ぶ)を使っている林業会社があったと思うのだが、私自身は見ていない。この時期まであったのなら見たかった。。。それとも、修羅下ろしはしていず、形だけの修羅が山に残っていたのか? 気になるところである。

04 吉野の修羅だし現場

なお、共同通信配信の記事も、下野新聞、愛媛新聞、秋田魁新報、四国新聞、岐阜新聞 そして21日の中国新聞と掲載が続いている。林業県は基本的に地方紙の強い地域であるから反響を期待したい。
でも、基本的にこの手の本は口コミだろう。SNSも含めて、身近な人の紹介が頼り。

もし売れ行きがピタリと止まったら……知らんゾ、しばらくして返品の山になっても(^^;)。

 

 

 

 

2019/10/22

Y!ニュース「森林所有者ほど幸福でない?……」を書いた裏事情

Yahoo!ニュースに「森林所有者ほど幸福でない?林業は弓矢でなく「糸屋の娘の目」で臨もう」を書きました。

いやあ、今日が祝日とは知らなかった。夕刊がないと知って、「なぜ?」となって気づいた。

おかげで朝から平日のつもりで仕事しなくちゃと、思わず書いたのが、これ。Yahoo!ニュース、今月は1本で終わるかも?? と心配になってネタを探したところ、この「森林幸福度」調査を思い出す。実は数日前にブログ記事にでもなるかと思ってピン止めしておいたのだが、もう少し深く考察してみることにした。

でも「幸福度」から「糸屋の娘」という連想はどこから来たのか、私にもわからない(笑)。ただ以前いただいた後藤國利さんの講演資料が頭に浮かんだ。その締めが糸屋の娘の目だったのである。そしてブータンのGHN。

むしろアップする際に悩んだのは、写真だ。単に森の中を歩いている写真、くつろいでいる写真ならたくさん持っている。が、もう少し幸福を感じさせるものはないか? Yahoo!ニュースには「アフロ」というフォトライブラリーと契約していて、好きなものを使える。

そこで「森林 幸福」とか「森林 楽しさ」とかで検索してみる。意外やたくさん出てきた。最初は、森の中でいかにも楽しんでいる家族や少女の写真を選びかけた。

が、イマイチ普通すぎる。こういう思弁的?内容の記事は、タイトルと写真が大事。……と思って目に入ったのが、大木の枝に寝ころがる女性。これだ! 楽しんでいるのかどうかわからんが、目を引くではないか。見えない女性の顔も見える足も気になる(^^;)。あんまり本文とつながらないかもしれないが……目立つの優先で選んだわけである。

タイトルも、内容をコンパクトにまとめたものより意味不明の謎の方がいい。で「糸屋の娘の目」なのである。

まあ、記事づくりには、こんな要素も加味して作り出すのである。私は編集者としても鍛えられた過去があるので、わりとアイキャッチになるタイトルや写真にはこだわるのだ。効果あったかって? 知らんけど。。。

 

 

 

 

2019/10/21

イノシシのための二期作

生駒山麓は田園……というより棚田地帯だが、どこも柵か網で囲まれたところばかり。いうまでもなく、イノシシを中心とした銃がいい対策だ。
生駒山系にシカはいないが、イノシシは激増しているし、ほかにアライグマなども増えている。

ところが、そんな中を散歩していて見かけた一角。

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ここは柵がない。まあ、稲刈りを終えて必要なくなり外したのかもしれない。が、よく見てほしい。この棚田は二期作だった。。。。

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しっかり刈り取った後の株からヒコバエが伸びて、すでに出穂している。もうすぐ稔って米が採れる。

このヒコバエの米の量は想像以上に多い。10アールで47キロになった、という実験結果もある。自家用のためはヒコバエを刈り取るだけで得られる、しかもこの米が美味い、という農家もいる。(過多気味の窒素が抜けるため。)

二期作というのは、かつて米不足の時代に、1枚の水田から年に2回米を栽培する方法として考えられた栽培法だ。早稲なら8月には刈り取れるから、それからもう一度田植えをして11月に収穫する……というようなことが行われた。労力とコスト増の割には収穫量の増加分はしれているうえ、米余りとなり減反が進む今では行われることはないと思っていたら、しっかりやっている。ただし、2回目の収穫はイノシシ用(笑)。

これでは、獣害防除になりませぬ。いくら駆除してもイノシシは美味しい餌を提供されるのだからやってくるだろう。餌をバラマキながら防護柵もないのだから餌付けに近い。まず田畑に寄せつけないようにしなければ。

 

改めて記す、獣害対策とは「予防」と「防除」を合わせて「駆除」を行わねば成り立たない。

ちなみに、近くの畑は、こんな状態だった。

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赤いのは伏見トウガラシか。それにナス。それにトウガン? 色はインスタ映えするけど(^^;)、たっぷりイノシシ用の餌を栽培しているのであった。

 

2019/10/20

タピオカからソロモン諸島を想う

いまだにタピオカドリンクは流行しているようだ。生駒駅前にも専門店がオープンした。冬を越せるか……。

Dsc02730_20191020111701台湾のタピオカミルクティ。

このタピオカ、キャッサバというイモの澱粉からつくることは知られてきた。私は、キャッサバはイモとして食べた方が美味しいと思うのだが……。というか、私はかつてキャッサバで命をつないでいた(笑)。正確にはサツマイモとキャッサバだが。

どちらも南米原産だが、南太平洋を通して東南アジアまで栽培は広がっている。私自身はソロモン諸島を旅して現地住民のところへホームステイしたいた時、毎食がこの二つのイモだった。

キャッサバイモは、皮をむかねばならない(皮にはシアン化化合物を含んでいて毒)。ただ焼くほか水にさらすと、毒は水溶性なので抜けて食べられる。タピオカは、澱粉だけを取り出したものなので安全だ。イモを焼くか蒸かして食べると淡白でさほど味がしないのだが、砕いてココナツミルクと捏ねて焼いた「キャッサバケーキ」とすると、美味い。

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キャッサバケーキ(パンケーキみたいなもの)の作り方。
1、ココナツの実の中のコプラを削って水に浸して絞るとミルク状の液体が採れる。それがココナツミルク。
2、キャッサバは、蒸したり茹でてからつぶし(写真左。おろし金でおろすこともある)て、ココナツミルクと混ぜて捏ねる。
3、それを円盤状にしてバナナの葉(鍋でもよい)に包む。
4、焚き火に放り込んで焼くか、焚き火の後の熱い地面に埋めてバナナの葉をかぶせて一晩おく。あるいは地熱の高いところに埋めて蒸かす。写真右は、サボ島の火山地帯で熱い蒸気の吹き出す地面に埋めて蒸し焼きにする様子。

当時は、こうしてつくったキャッサバケーキが主食だった。なかなか美味いのだよ。ついでにツカツクリという鳥の卵(写真中)も掘り出し(ツカツクリは地面深くに卵を産んで地熱で孵化させる)てゆで卵にする。

だから私にとってのタピオカドリンクは、回り回ってソロモン諸島の思い出につながっている。

 

そのソロモン諸島。いきなりニュースになった。南太平洋ののどかな島国のはずが、中央州のツラギ島周辺を、中国の企業に経済特区として貸し出すというのだ。ツラギ島といえば州都。それを外国企業に租借? かつての上海じゃないんだから……。

そもそも中央州はフロリダ諸島とサボ島などほんのわずかな島々で構成されている。フロリダ諸島に付属するツラギ島は、イギリス植民地時代の行政省庁が置かれたところだが、島としては極めて小さい。2平方キロしかない。かつてはガダルカナル島の州に属していたはずだが、独立した州になったらしい。

私は40年ぐらい前に訪れたのだが、殺風景な小島である。ただ日本の大洋漁業(ソロモンタイヨー)が進出していて、鰹節工場があった。沖縄人が多く働いていて、私もお邪魔した記憶がある。

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ツラギ港と、鰹節工場。

当時はソロモン諸島は独立間もない時期だったが、貧しくても貿易は黒字で堅実に国づくりを行っていた。ところが、今や援助漬けで財政危機に陥っている。ただ民族間の確執があって各島の分離指向となり、治安も悪化したようだ。オーストラリア軍が介入して治安維持をした時期もあった。すでにソロモンタイヨーは撤退している。

あげくに中国に“身売り”。。。つい最近まで台湾側を承認していたのだが、急に断交し大陸側に乗り換えたかと思えば領土を貸し出すとは、よほど切羽詰まっているのか。

日本は、ソロモンから木材を輸入している。今や南洋材(丸太)といえば、東南アジアはすっかり減って、ニューギニアとソロモンになってしまった。ほか、ダイビングツアーによる観光客が結構多く訪れているようだ。ツラギ-サボ島の周辺は、日本海軍の墓場と言われるほど多くの艦船が沈んでいるのである。だが治安が悪くなっては今後どうなるだろうか。過去の思い出の地の変貌が心に刺さる。

そんなソロモンの精霊と探検の話を知りたい方は、『森は怪しいワンダーランド』をどうぞ(^o^)。※左サイドバーにあります。

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2019/10/19

ジビエをペットフードに!

農水省は、ジビエの利用拡大に熱心だが、今度はペットフードの加工を推しているようだ。そして「ジビエペットフードシンポジウム」を開催するという。

ジビエ利用拡大フォーラム内
ジビエペットフードシンポジウム

日時:令和元年10月21日(月曜日)15時30分~17時30分
会場:農林水産省 本館7階 講堂

内容は、ジビエ利用モデル地区の取組事例の説明及び意見交換
〇捕獲鳥獣の有効利用のためのジビエ協力隊について(長野県長野市)
〇シカ・イノシシ丸ごと1頭活用ネットワークの構築(兵庫県県内広域)
〇外食事業者が求めるロットの確保のための統一規格の運用(岐阜県西濃ブランチ)
〇研修により解体処理技術等を新規施設に移転(鳥取県東部地区)
〇高級部位以外をおいしく加工(和歌山県古座川町)
〇学校給食やペットフード等幅広い需要開拓を推進(大分県県内全域)
ジビエ利用拡大に向けた対応方向
 

私は、昨今の鳥獣害を防ぐために主にシカを駆除するのは致し方ないと思いつつ、それをジビエに利用するというのは無理だろうと思っていた。なぜなら、駆除目的で獲ったシカを食用にするのはハードルが高いからだ。

たとえば銃で撃つには胴体はダメ。内蔵の大腸菌などが肉に飛び散るからだという。頭か首、あるいは胸を撃ち抜かなくてはいけない。
かといって罠猟も難しい。かかった個体は暴れて蒸れ肉になるからだ。それに毎日見回りするのはキツい。
それに仕留めてからせいぜい2時間以内に解体場に運ばねばならないのも厳しい。かといって山の中、川の水などを使った解体は衛生上売り物にはできない。ま、ほかにもいろいろあるが、人が食べられるようにするのは大変なのである。

ただ一つ。ペットフードはどうか、と思っていた。シカのジャーキーや骨付き肉は、イヌネコの高級やおやつとして人気だと聞いたからだ。やっぱり野生の肉は食肉目の動物を奮い立たせるようだ。ペットの健康志向も高まっている。需要は結構あるだろう。

Kiji1img シカ・ジャーキー。

材料としては、蒸れ肉でも構わないようだし、これまで人間は食べない肩肉やすね肉も使える(人間はモモとヒレ肉しか食べない)。シカ肉は牛肉などに比べ、低脂質で高タンパクと栄養価が高いだけでなく、稀にいるウシアレル ギーのイヌへの需要も見込まれる。加工時に、人間用ほど衛生面で気をつける必要もない。

すでにペットフードに使われるシカ肉もあるのだが、それはミンチにして配合飼料と混ぜた品で、業者に卸すだけでは安価で利益が出ない。しかし、ジャーキーへの加工なら捕獲者自身でもできる。ようは乾燥させるだけだから。そして高価だ。

とまあ、このように考えていたわけだ。駆除個体をジャーキーにして利益を出せば、それなりに駆除も効果的になるのではないか。

さて農水省が音頭を取って、そんなに上手く行くかどうかはわからないが、珍しく方向性としては私の意見と一致した(笑)。

2019/10/18

木でない木目のデザイン

最近の建築は木質化ブームが起きているらしい。

一方で建築家は木造がダイキライ! という声も聞こえる。なぜなら木材のような性能がはっきり読めない素材は使いにくいからだ。木材と言っても樹種に加えて生育による差もあるし、加工方法によっても変わるし、まあ重力計算などを必要とする建築にはいかにも使いにくいから。

で、見かけたのがこれ。これは、某店舗の壁。

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見た目漆喰か? と思わせて、よく見ると木目が描かれている。別に色は木材ぽくないのだから、木肌ぽく見せようとしたわけではないのだろうが、あくまで木目なのである。転写したのか、印刷したのか。ちゃんと凸凹もあって、触ってみると本物ぽい。

木に見せかけるのではなく、木のデザインを借用する……というわけ。ここまで来たか、と思わせたのであった。

でも結局、本当の木材を知らない、というより使いたくない建築家にとっては、コッチの方向に行くのだろう。すでに木肌・木目を印刷したり真似た合成樹脂建材も多い。それでも、まだ木に見せかけようというところには「木質はよい」と思いがあるようだが、ここまで来ると木質ではないことを主張しつつ、木目模様が美しいから取り入れた、という感覚だろうか。

危うし、木質ブーム。本当の木の魅力とは何か、を追求しないとまがい物に乗っ取られるぞ。

 

2019/10/17

Y!ニュース「釜石スタジアムの木製座席は…」書いた裏事情

Yahoo!ニュースに『釜石スタジアムの木製座席は第2の釜石の奇跡」だった』を執筆しました。

これ、いうまでもないけど、昨夜書いた「釜石のスタジアムの木製座席」と同じネタ。

実は私のブログは、基本15分以内で書き上げることにしている。そんなに時間を割けないからだ。昨夜も、ネタとしては「釜石のスタジアムは座席シートが木製なんだって。しかもそれは…」という情報で書こうと思いついてサラサラは書いて仕上げたもの。

が、今朝になって、この記事はええ加減に書いたらアカン。と気がついて書き直し始めた。最初はブログを少しいじる程度のつもり。ところが、だんだん手の入れ方が大きくなって、元の原稿とは別物になってきた。ここまで改めてしまったら、いっそYahoo!ニュースにアップするか、と思いついて、さらに手を入れ始めた。結果的に、何時間もかけてしまったみたい。

というわけで、内容は一緒でも、執筆の際の姿勢の違いでこんなに変わるということを両者を読み比べて……比べたらダメだよ(-_-;)。そういう酔狂なことはせんように。どちらも私の文章である。

ま、縁のなかったはずのラグビー関連の記事を書けたという点でもよかったか。

2019/10/16

釜石のスタジアムの木製座席

ラグビー・ワールドカップの釜石会場は、岩手県釜石市の釜石鵜住居復興スタジアム。ウノスタと呼ぶそうたが、国内で唯一、今回のワールドカップのために新設されたそうだ。

ここで13日に開かれる予定だったカナダ-ナミビア戦は、台風19号接近のため中止になった。その後、カナダ代表が被災地でボランティア活動を、ナミビア代表も宮古市でファン交流会を開いたことで話題になったが、もう一つ別の話題も紹介しておこう。

会場となったウノスタの座席4990席は、木製だったのだ。さらにベンチ108基、トイレ2棟、日よけのためのルーバーも木製。ほかにも使い捨ての木皿などもつくったという。使われたのは約800本。

しかも、ただの木材ではない。そこで使われた木材は2年前に釜石市内の尾崎半島で起きた400ヘクタールにも及ぶ山火事によって焼けたものだった。ウノスタで使われた木材すべてを被災スギで賄った。
木製の座席は暑い日も温度か上がりにくく座りやすく、見た目も美しい。考えてみれば、火災に遭ったと言っても芯まで燃えた樹木ばかりではない。内部は十分使える木材もある。それを「焼けた杉」と悪いイメージになるのをひっくり返したわけだ。そもそも「焼き杉」は古来からの加工方法。表面を焦がして腐朽しづらくする手法でもあり、木材の質を上げるのだ。

思えば2011年東日本大震災で釜石は、大津波によって甚大な被害を受けた。その中でほとんどの小中学生は助かった「釜石の奇跡」と呼ばれる事象もあったが、スタジアム建設はある意味復興のシンボルだった。ここに釜石の木を使う計画を進めていた。その最中に山火事が起きたのである。だが、山火事による焼けたスギを建設中のスタジアムに活かすことを提案、実行したわけだ。

その立役者は、やはり釜石地方森林組合だろう。震災では事務所も職員多数も失われたが、そこからの復興途上である。そこに起きた山火事だが、それを逆手にとったわけだ。

この森林組合は、震災後林業スクールを開いたほか、バイオマス燃材の利益から基金を立ち上げ、伐採跡地への再造林費用を補助する民間の補助制度もつくっている。そして山火事の後にスタジアムの木製座席を生み出した。今回の3回目の被災ともいうべき台風の後に何を生み出すか、私は楽しみにしている。

 

2019/10/15

報道に見る「被害と原因」の因果律

やはり出てきたか。そう思わせる記事が林政にュースにあった。

林野庁と千葉県は、9月の台風15号で発生した大規模な風倒木被害に関する緊急調査の結果を10月11日に公表した。どこで被害が起きてもおかしくない強風と地形的な要因が相まって、人工林・天然林、樹種などを問わず風倒被害が発生したと分析。サンブスギの多くが溝腐病に罹病・腐朽していたが、「倒木の発生原因とは必ずしも言えない」とした。

これは「倒木の原因は山武杉の溝腐れ病」という報道がなされたことに対する返答だろう。そして、溝腐れ病の存在を大きく広めた一人として私と、私の記事も含めているに違いない。

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で、私は反論するというより、この意見に同意する。いや、初めからそう言っている。

ここで改めて私の記したことをなぞると、台風被害で「中折れしているスギが多い」⇒「千葉県は山武杉が多く植林されていて、その杉の多くは溝腐れ病に罹患している」「溝腐れ病になると幹が途中で折れやすい」と説明してきた。倒木すべてを溝腐れ病のせいだとは言っていない。

また多くのメディアに私がコメントしているが、必ず私は「今回、多くの倒木が出た理由は、何といっても台風15号の風が強かったから」と説明している。そのうえで「街路樹などは根元から倒れているのが多いが、山に植えられたスギの多くが幹の途中から折れている」「中折れした倒木の処理は、通常の倒木以上に難しい」⇒停電解消には時間がかかる、としたのだ。

実際、あるテレビ局の番組では「根元から倒れた木」と「中折れした木」を並べて写して、なぜこんな違いが出たのか、そして今回の千葉では中折れが多かった……ことを説明していた。これは、かなり丁寧に取り上げてくれたと思っている。ただ、中には一部を抜き出して「山武杉は病気がかかっていてすぐ倒れた」と説明してしまうケースもあった。

だいたい千葉県の森林のうち人工林は4割ぐらいで、そのうち8割がスギで、スギの2割ほどが山武杉。山武杉の8割は溝腐れ病。こうした数字を突き合わせたら、溝腐れ病にかかっているのは森林全体の5%にすぎない。

どうしても報道は(時間や文字数の関係で)端折る部分が出るし、単純化してしまうのは仕方ない。そして読者・視聴者も読み聞きしたうちで理解して記憶に残すのは、全体のほんの少しだ。いくら懇切丁寧に説明しても正確に伝わるのは一部になる。これは報道が悪いとか、視聴者がアホだとかいうのではない。人的コミュニケーションとはそういうものなのだ。

ただ、やはり情報のリテラシーを磨くことは大切だろう。さもないと、結果をつくった原因を誤ってしまう。

ちなみに台風19号でも、ダムの緊急放流がいけないとか八ッ場ダムが洪水を救ったとか、スーパー堤防をつくれとかという言説が垂れ流されつつあるが、これもいい加減。もともとダムの貯水量なんてしれていて洪水の時間差をつくるものにすぎないし、もし放流せずにダムの整備が壊れたらより大災害につながりかねない。八ッ場ダムも今回の雨量・河川流量の数%にすぎない。巨大洪水の前に効果は限界があるのだ。そんなこと、ダムが建設される前から計算でわかっている。またスーパー堤防は幅が広いのであって高さは従来の堤防と一緒。かといって見上げるばかりの高い堤防を河川両岸全域に築くのは現実的ではない。ここでは日経新聞などが言い出した「もう堤防に頼れない」の方が正しい。

原因と結果を結ぶのが仏教用語でいう「因果」だが、この因果律をしっかり見極めないと災害対策まで間違えかねない。

 

 

2019/10/14

役所用語と河畔林の伐採

台風19号の洪水状況を空撮映像で見ていると、河畔の樹林帯もかなり水没しているのが確認できる。

つい河畔林は洪水対策に有効かどうか考えてしまった。昔から河畔には竹を植えたりして堤防補強につなげたりしたものだが、河川沿いに樹林帯があることで多少とも水があふれるのを押しとどめたかもしれない。一方で、逆に水を滞留させて流れを悪くすることで越水させる元にもなる可能性もある。ただ河川に沿って森林があることで動植物の生息地として需要な役割を果たすのはまちがいないだろう。とくに広葉樹が多い河畔林は、貴重な生態系を生み出しているはずだ。

もちろん今回の災害は、その雨量が記録的で、河畔林どころか堤防やダムだってほとんど無力だったといえるが……。

そんなときに、こんなものに目を通す。

東北森林管理局の「30年度地域管理経営計画及び国有林野施業実施計画」である。この中の配布資料に目を通していて、興味深い文言が目に入った。

ここでは「渓畔林」という言葉を使っている。そして森林生態系ネットワークを築くために重要だとしている。

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だが、別のページをよく見ると、ちょっと引っかかる文言があった。

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「渓畔林は適切に保全」とある後に、「有用広葉樹がある場合、周辺の人工林の伐採の際に一部利用することも検討」。さらに「間伐等を繰り返すことで大径木育成」「林道沿いの大径木は人工林の伐採の際に利用」なんてある。
なんだ、伐る気満々ではないか。間伐とか大径木育成とか言葉でごまかしているけど、これは河畔林の広葉樹材を得るためというのがミエミエである。「大径木育成」がいつのまにやら「大径木利用」に置き換わっている。言葉を微妙に変化させているところが怪しい。なぜ大径木を育成しようと書きつつ、大径木を伐るのか。
「伐採指定状況」でも、皆伐地の下斜面に当たる沢筋を「間伐」するというが、河畔林の防災能力を落としかねない。

国有林では、スギやヒノキは価格下落で儲からないから大径木の広葉樹を伐りたい願望は昔から強い。大径木の広葉樹材は非常に高値がつくからだ。スギの数倍、十数倍の価格も珍しくない。だから伐りたいのだ。
そもそも国有林の多くが広葉樹林でもある。ただし、天然林を伐ると言うと世間の反発が出る。そこで「渓畔林」という言葉で、その中の大径木広葉樹を伐ることを推進しようとしている……ように読める。しかし河畔林を木材生産する場とすること自体が無理があるのだ。

間伐といえども伐るために重機を入れたら林地を荒らすし、堤防機能を弱めかねない。川の近くだから増水時に水に浸かる可能性もあり、流木発生源になることもあるだろう。伐採跡地が災害を発生させる心配はないだろうか。

こうした役所用語で綴られた計画などは、よほどよく読まないと真意をつかめない。

2019/10/13

森林環境譲与税の配分

いまだ台風被害の全容はつかめていないが、今後は復興の問題も論議されていくだろう。
ちょうど先日記した「超学際的研究の時代…」とつながるところがあって、水害を自然科学的に見るだけでなく、災害許容度や災害後の復興といった社会的な面まで目を配る必要が出てくる。

そんなときにナンだが、森林環境譲与税の配分が始まっている。21年度までは、9月と翌3月の2回に分けて譲与することになっているのだ。今回は総額約100 億円(市町村約80億円、都道府県約20億円)。というわけで、9月30日に第1回目の譲与が行われた。ちなみに配分基準は、5割を私有人工林面積、3割を人口、2割を林業就業者数とするため、人口の多い(森林は少ない)都市部ほど額が多くなるという妙なことになっている。 

総務省が、9月30日に森林環境譲与税を各自治体に配分した額を見ると、最も多いのは横浜市の7104万4000円、次いで浜松市の6067万1000円、 大阪市5480万3000円の順だった。一方で配分額が少なかったのは、沖縄県の渡名喜村(8000円)、北大東村(1万3000円)、粟国村(1万4000 円)。
これを2倍にしたのが、だいたい年間受け取る金額だと言ってよいだろう。ただし、当面は借入金で払っていくため、24年度からの森林環境税の徴収を始めるまでは少なめだ。さらに借り入れ分を返済(10年くらい先になる予定)し終えて満額になると、ざっと6倍ぐらいになるのではないか。つまり横浜市は約4億3000万円ぐらい。渡嘉敷村は4万8000円(^^;)。

こうした金は、森林関連につながることに使うとなっているが、実際の縛りは弱い。こじつけたら何でもOK。だから森や木に関するイベントとか木造建築にも使えるわけだ。

ならば、この譲与金を今回の災害復旧に使ってもよいのではないかと気づいた。山崩れも倒木も、みんな森林絡みだし。洪水被害だって河畔林整備とつなげられる。ちょっとした都市部を抱えているところなら数百万円はあるはず。多少とも足しにはなる。場合によっては、都市部が上流の被災した山村地域に提供する手もあるかもしれない。ま、8000円ではどうにもならないが……。

ほかにふるさと納税なども、こうした被害地が復興のために募集する手として使える。そもそもふるさと納税は、税金の配分を変えるのが趣旨であり、新たな税収アップ策ではない。言い換えると、ほかの自治体の税収をかっぱらう施策だ。泉佐野市のような理念も知恵も誇りさえないえげつない自治体が稼ぐためにある制度ではない。

被災地が利益ではなく復興のために求めるのは、趣旨に沿っているだろう。

 

2019/10/12

『絶望の林業』朝日新聞書評

『絶望の林業』、朝日新聞の書評欄で紹介されました。

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なおネットの「好書好日」でも読めます。書き手は、どうも新聞記者ぽいと思ったら、論説委員でした。

ちなみに、拙著は以前はしょっちゅう朝日の書評欄で紹介されていた。とくに『「森を守れ」は森を殺す!』の出版時には、なんと書評欄で「ここまで書かなくても」と批判?されたのだ。この本は、「絶望の自然保護運動」的だったからね。そして森林ジャーナリストという肩書を最初に使ったのは、その書評ではなかったか。

今回は、タイトルに「環境も経済も持続へ 希望探る」とある。『絶望の林業』のうち希望を記したのは、6分の1ぐらい、それも「無理でしょ!」という絵空事なんだが、そこに注目するとはお目が高い(笑)。

今回の紹介では、プロフィール欄に「フリーの森林ジャーナリスト」としたうえに、著書として『森林異変』(平凡社)と『樹木葬という選択~緑の埋葬で森になる』(築地書館)を並べている。このチョイスは謎だ。『森と日本人の1500年』(平凡社)でもなければ、『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)でもない。文字数の関係かね?

ともあれ、共同通信の書評が全国の地方紙に掲載されるのに合わせて広がってほしい。

 

 

2019/10/11

オオカミの聖地でみたオオカミ

超大型台風19号が日本列島に向かっているとのことで、メディアもてんやわんや。先の15号の際には、千葉の大被害をスルーしてしまい、その反省からだろうか。
しかし、あまりに「超大型台風が上陸する!」「早く対策を!」と連呼されるとしらけてくる。単に台風をネタに盛り上がっているだけじゃないか。あまり騒ぎすぎて「オオカミ少年」になってしまわないように。

と言っても、奈良は今のところ平穏です。おそらく生駒山の霊力に守られているからでしょう、知らんけど。


そこで今夜は、のほほんオオカミネタ。

先日、東吉野村を訪れた。ここは吉野林業だけでなく、もう一つの聖地だ。それはニホンオオカミ。1905年、マルコム・アンダーソンが現東吉野村小川で買い取った遺骸を最後に、ニホンオオカミは日本列島から姿を消したからだ。その後、福井等いくつかの地域でオオカミがいたという記録はあるが、公式には確認されていない。だから、東吉野村はニホンオオカミ終焉の地として聖地となったのだ。

そのことを記事にした。

大和森林物語48 幻の生きものたち① 謎だらけのニホンオオカミ

もっとも、ここでは記事ではなく、取材を通じて村内で発見したオオカミを。

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これは有名?なニホンオオカの銅像。実はイヌより小さい。

 

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こちらはモンゴルオオカミ(タイリクオオカミ)の毛皮。もちろん本物。聖地に奉納?した人がいる。比較的新しいが、モンゴルでもオオカミは希少種になっていたはず。密猟かな?オイオイヾ(- -;)

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これは村内喫茶店にあるトルコのオオカミの剥製。おそらく種としてはタイリクオオカミだろう。もちろん本物。剥製コレクターの遺族からの寄贈。やはり聖地には、各地からオオカミに関するものが引き寄せられてくるのだ。

ちなみにタイリクオオカミはでかい。ニホンオオカミの2倍くらいありそうで、生きた個体と向き合ったら震え上がりそう。これを野に放せ、と主張している団体もあるのだが。。。

なお毛皮も剥製も、どちらも間近に観察できる。並んで写真も撮れる。そして触れられる。オオカミファンよ。羨ましいだろう(⌒ー⌒)。やっぱり東吉野にオオカミは似合うのだ。

村内のどこにあるかは、リンク先の記事を読んでいただきたい、有料だけど。

2019/10/10

古墳セラピーに挑戦

ホント、体調が悪い。とくにここ数日ひどいものだ。まず、風邪気味が続き、夜は鼻が詰まって眠れぬ有り様。次に目がしょぼつき、もはや市販の目薬では治まらない。さらにかなり昔の歯の詰め物が抜けたらしく、歯がしくしく痛みだした。そして昨日から急な腰痛。ぎっくり腰か?

結局、歯医者に行ったら、抜けた詰め物の奥に炎症があるらしく、まずは神経の治療から。そして目医者では「もうこれ以上強い薬はない」という抗アレルギー用目薬を2つも処方され、その足で整体院に足を運ぶ。ああ、風邪薬も忘れず飲まなければ……。

というわけで、満身創痍?なのである。

こんなときは、ゆっくり心を静めるのさ……と、訪れたところは、森ではなく古墳(^^;)。

森は必ずしも心を落ち着かせるだけでなく、心をざわつかせる効果もある。もっと静かに心を静める効果のあるところは……と思いついて、ふと石の部屋に籠もりたくなったのだ。

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これは生駒山系の平群(へぐり)町にある西宮古墳。かの古代豪族・平群氏の古墳群の一つだ。実は、この当たり古墳だらけで、さらに中世の山城も重なってあるという史跡の宝庫である。

中に入る。ここはいつでも勝手に入れる。

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石棺もそのままある。この周りは巨大な一枚岩に囲まれているのだ。なかなか精密な造りで石と石の隙間が見えない。

石棺の中に入ってみようかと思ったが、意外なほど小さい。長さ150センチあるかどうか。しかも浅い。深さは30センチないのではないか。
当時の日本人は慎重が150センチ以下だったというから、これでもよかったのか。そして棺桶と言っても、そのまま埋めるのではなく、石の蓋をして玄室に安置するのだから、遺体は寝かせる程度でよいのだろう。

というわけで、古墳に“安置”されて、心を落ち着けようという試みは挫折した(笑)。

とはいえ、暗がりの石の部屋でじっとたたずみ、悠久の時間を感じるのは、一種のセラピーになるかもよ。「古墳セラピー」、売り出せないか?

 

2019/10/09

なぜ?伸びる売れ行き

今週頭より、また『絶望の林業』が売れだした。とくにAmazonで動いている。

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今日(午前)は、なんと全書籍で418位。これは発売以来、最高位だ。ノンフィクション部門でも69位と二桁台をキープしている。

売れて喜ばしいのだが、発売後2か月が経って、この動きはよくわからない。3刷になって、ようやく各地の本屋に並びだしたのかもしれないが、Amazonと直接関係はなかろう。SNSでも、目立ってバズッた様子はないし。

とりあえず週刊エコノミストに書評は載ったが、専門誌だし、さほど大きい扱いではないのだが……。

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これはネット版だが、紙版とだいたい同じ(だろうと思う)。あと、朝日新聞の「次回の読書欄-好書好日」でも取り上げられている。これは今週土曜日に書評が載るよ、という背禁じた告知であるが、まだ本文がないまま、そんなに影響を発揮できるとは思えない。日経の広告は、さほと効果がなかった、とは版元の言葉(^^;)。

では、どこでどんな情報が広がって、売れているのか。わからん。正直、そんなに売れる本だと思っていなかった(^^;)。かなりマニアックでしょ、林業なんて。これまでタイトルの多くが「森林」とか「森」であり、「林業」と付いていなかったのも、森林の方が一般向きという意図からだった。自然よりも産業を扱う方が興味湧くのか。

いや、いいんですけどね。売れれば。ただ理由がわからんと、パタンと売れ行きが止まる恐れでってあるのですよ。

私としては、こつこつ口コミで広がってくれるのが一番。テーマは流行りものじゃないしね。9月は千葉の停電問題でYahoo!ニュースのほか新聞や雑誌に露出したから、このコメント出したのはどんな奴だ? と思って調べてたどり着いたのかもしれない。

ちなみに農水省地下の三省堂書店での8月の売上ランキングでは、以下の通り。

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「森林未来会議」の後塵を拝しております(^^;)。

 

2019/10/08

「健康と自然」の研究は信じられるか?

最近、森林や自然と健康に関する記事がよく目に入る。

たとえば、週に何分以上を自然の中で過ごせば健康さや幸福度が増すのか、その最低ラインが研究で判明 という記事。

イギリスで2014年から2016年にかけてイギリスで暮らす2万人を対象に、自然と触れ合うことで効果が得られるようになる時間を調べたという。具体的には、過去7日間の間に何時間、自然(公園、森林、海浜……)と触れ合いましたか、というアンケートをとって、詳しく調べたらしい。
その調査の結果、少なくとも週に2時間を自然の中で過ごしている人は、自然の中で過ごす時間がゼロの人に比べて「健康状態がよい」「幸福感がある」らしい。逆に2時間以下の人は、全く自然の中で過ごさない人と、健康やウェルビーイングの感覚が同程度。また3時間以上になると、増加割合が緩やかになり、5時間以上自然の中で過ごしてもそれ以上大きなメリットが得られるわけではない……という結果が出たという。

ま、これはインタビューによって得られた主観的感覚なので、それほど確度が高いようには思えないが、自然の中に1週間でたった2時間? その程度でいいの? 私は、どう考えても2時間以上になる。1回森に入って散策すれば、やはり1時間は過ごす。週に2、3回はあるんじゃないか。5時間を越えるかどうかは微妙だが、1回朝からずっと森に入っている日があれば5時間を超すだろう。

どうも、私は無駄に自然と触れ合っているようだ(´Д`)。。。山村住まいだったら、林業関係者だったら、毎日5時間以上かもね。健康には無駄に緑と触れ合っている(笑)。

 

さらにオーストラリア在住の4万6786人を対象に健康状態について調査を行い、居住地から半径1・6キロに占める緑地面積の割合との関連性を調べたという研究結果も出ている。
この場合の緑地とは、樹林地、草地、その他の緑地の3種類。すると樹林地の占める割合が0~9%の環境に居住している人と30%以上のところに住んでいる人を比べると、前者の方が心理的苦痛を訴える人31%、自身の健康状態が悪いと評価した人33%……と、統計学的に有意な低下を確認できたという。そして草地やその他の緑地環境と健康状態には関連性を認められなかった。

少なくても、我が家は数十メートル離れたところから森が始まり、森の入口までも100メートルはない。半径1・6キロ内の面積比だと6割ぐらいが樹林地(笑)。

なんだか私は、えらく健康に効果のある生活を送っていることになるではないか。

こんな取ってつけた「自然と健康」なんて研究結果に惑わされてはイカン(笑)。

 

 

「そこで夕方になってからごそごそ動き出す。とりあえずタナカ山林へ。思えば夏の間はほとんど来ていなかった。やはり酷暑の中運動を控えていたのだ。
見ると草ぼうぼう。ジャングルと化していた。

2019/10/07

NHK番組を見て飢えるナラシカの将来を想像した

昨夜のNHK「ダーウィンがきた!」では、「奈良ならでは!古都のシカ 命つなぐ戦い」をやっていた。これはナラシカ(奈良の鹿)を取り上げた動物ドキュメンタリー。奈良公園で人と交わりながら生きるシカをテーマにした記録だ。メスを巡るオスの争いや、立派な角が危険すぎるので切り落とす「角きり」などを紹介していく。

その中で一部ひっかかった点。

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まず、夜も森に帰らないナラシカがいることの紹介。本来なら昼間は公園や寺社の境内など芝生が広がる街に出て草をついばみ、夜は背後の春日山の森に帰る。ところが最近は、夜でも街の中で過ごし、夜も餌を探しているところを描いていた。
たしかに餌も探しているだろうが、そもそも街の中で寝るようになったことが重要だ。安全を求めて森に帰らなくても公園内でも十分安全と感じだしたのかもしれないし、時間感覚を失いだしたともいえる。ようはシカの生態が変わってきたことに注目すべきだろう。

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ただ、餌不足問題は大きい。番組でも木の皮や落葉を食べる様子を映し出していたが、これは末期的である。あきらかに食べるものが足りない。なにしろ奈良公園内だけで1300頭を越え、春日山などを加えたら2000頭を越えるシカが生息するのだ。生息密度は自然界の100倍以上だろう。それに比して餌となる植物(主に芝なと草類)が足りないのは事実である。だから公園から飛び出し周辺の農地を荒らすことも起こすのだ。

この点を私も昨年、Yahoo!ニュースで「奈良の鹿は栄養失調?鹿せんべい食えたらイイわけじゃない」として記事にしている。
この時は、だったら餌を人間がやれ、という問題じゃない、餌を与えたら野生ではなくなるし、より生息数を増えて問題を大きくすると記したつもりだが、多くのコメントや反応は「栄養のある鹿せんべいを開発して与えろ」だった。。。

より問題なのは、増えすぎたシカの食欲が農地を荒らすだけでなく春日山の植生を壊していることだ。春日山は原生林であることが価値で天然記念物であり世界遺産でもあるのだが、どんどん植生が劣化している。次世代の稚樹が食われてしまって老木ばかりになっているうえ、シカの食べないアセビやナギ、それにナンキンハゼばかりが繁茂するようになってきた。

かといって、「それではナラシカの個体数調整(ようするに駆除)しよう」いうのも困る。あくまでナラシカは天然記念物であり、神鹿として宗教的に1000年以上守ってきた生き物であり、今や観光資源であり奈良のシンボルなのだから。

こうした点を昨年出版した『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』で考察したわけである。

私も考えた。考えて考えて、悩んで出した結論としては「ナラシカはこのまま保護し続ける」である。ただし、餌の給餌などは一切しない。簡単に言えば飢えてもよしとする。それも自然の営みである。そうすることによって、個体サイズは小さくなる現象も起きているし、自然淘汰を受けやすくなる。
一方で、春日山などの植生が荒れる点も享受しなければならない。完全に植生を保護しようとすることに無理がある。そもそもシカのいる森は、どこでも植生被害を受けるのだ。春日山も戦前は荒れ放題だった。結局、長い歴史の中では「豊かな自然」というものが本来の自然ではない、と気づいたのだ。常に自然界にはストレスが存在して、多少は傷みつつ存在するものなのだ。

ただし、森林の一部を柵で囲って、鹿の入れないエリアで現植生を守る。さもないと絶滅種を出して生物多様性を失われてしまう。いつか自然現象としてナラシカが減ったときに、再び植生を広げることに期待したい。それが精一杯の人間のできる「保護」ではないか。

今後、ナラシカはどうなるだろうか。草の餌が足りなくなって飢えたら、高い木の枝を食べようと首を伸ばすかもしれない。首が長いシカが生き延びて、そのうち首の長いシカばかりになる。ナラシカがナラキリンになってしまう。さらに木登りして高木の枝葉をむしりだすかもしれないし、木の幹をボリボリかじりだすかも。もしかしてに昆虫を食べて動物性タンパク質によって栄養つけるとか、池に飛び込んでサカナを食う、いやいやイヌやネコを襲って食べだすかもしれんよ。狩猟を覚えたら、次は芝を栽培し始めて農耕を行うかな。。。とまあ、そんなアホな想像も頭に浮かんだが、動物は環境に適応して生態を少しずつ変え、形態を変え、それが進化につながるものだよ(⌒ー⌒)。

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2019/10/06

人の道を外れて獣道ファン

運動をしなければならないと思った。

近頃の体調不全は運動不足、それも自然不足にあるのではないか。

思えば夏の間は暑さを忌避して、あまり森を歩いていない。昨日のような森散歩はしていたが、ガッツリ歩かないから不眠や肩こりや胃痛や目の充血……と体調がおかしくなるのだ。

と決めつけて、久しぶりに山に入る。運動だから、ザックに水を詰めたペットボトルを幾本も入れて担ぐ。ざっと5,6キロか。これは小手調べ。徐々に重くしていこう……と思って家を出た。予定していた道はすぐに途切れたので、早速木々をかき分けることになる。未知のない斜面を直登する。蜘蛛の巣が顔にかかる。

……ぜえぜえ。あかん。重い。この程度で足があがらん。体力もかなり落ちていることを自認したのであった。これから鍛え直さねば。

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そこに現れた獣道。なかなかくっきり見えて、上等な獣道だ。ここだけなら山の小径に見える。が、後も先もないのだよ(^^;)。

私は獣道ファンである。獣道とは獣(おそらくイノシシ)の通り道だろうが、獣道を歩くと人とは違う視点で山を見られる。何を目的にこのルートを選んだのか、どこへ向かっているのか。そんなことを考えると、思わず自分の人生に当てはめてしまう。人の道から外れて獣道。


ご承知の方も多いが、昨日の朝日新聞の「耕論」の面に私が登場した。千葉の倒木停電から全国の林業危機、森林危機へと話を広げてほしいという依頼だった。さすが朝日新聞というべきか、ひさしく連絡をとっていないかった人から次々とメールなどで「新聞に出ていましたね」と連絡が来る。

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このところインタビューやコメント依頼が相次ぐのは、たまたま森林関連の法律が立て続けにつくられたことに加え『絶望の林業』の出版や千葉の災害と森林絡みの話題が相次いだのに森林林業について発言する人物が極端に少ないからだろう。

もっとも、別の面も見えてくる。

先日電話をくれた方は、以前取材した人なのだが、『絶望の林業』を購入していた。幾度も幾度も読み返したという。そして「ようやく林業のことがわかった。私が受けた仕打ちが理解できた」。

ここで、その仕打ちの内容は紹介できないのだが、かなりひどい目にあっている。この人は親から継いだ山を持っているのだが、理不尽な仕打ちにあって七転八倒してきた人なのだ。その過程で林業界に触れたわけだが、理解できないことばかり。

そして「ごめんなさいね」と言うのだ。実は私が取材を申し込んだ際に、県の役人や林業団体など林業関係の複数の人に私のことを訪ねたそうである。「森林ジャーナリストの田中という人は何者なのか」と。
かなり評判が悪かったそうである(^^;)。だから取材時も色眼鏡で見てしまった……。たしかにつっけんどんな対応だったなあ、と思い返す。

私としてはしてやったりである。林業界に喜ばれることなんぞ書いていたら森林ジャーナリストは務まらん。もともと業界に寄り添わない、ニッコリ笑って振り抜きざまに切りつけるのが信条だが、悪評こそ勲章。有り難い。

獣道だなあ。

2019/10/05

湿原のツリフネソウ

生駒山湿原地帯の定点観測。

秋に入った(入った気がしないけど)ら、ハンゲショウから次はツリフネソウの群落に移り変わったようだ。

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このところ体調不良。よく眠れないし、風邪を引くし、目が痛いし、身体のアチコチにガタが来ていると感じる。

涼しくなったら山を歩いて鍛え直そうと思っているのに、全然涼しくならないので……と言い訳(^^;)しているが、本当は暑い盛りでも耐えられるように鍛えねばならんのだった。森歩きを改めて心がけよう。

実は、この湿原。溜め池のために堰が築かれて生まれたところなので、もともと地形的には谷であり、多少の傾斜がある。そのためか水はけが比較的よい。下手すると乾燥してしまう。

ツリフネソウが咲いているところも地面が渇きかけていた。思わず木道から下りて花に手を伸ばしたくなるのだが……

ツリフネソウの花言葉は「私に触れないでください」であった。。。。

 

 

2019/10/04

「 大阪万博奮戦記」の時代

関西の人以外は、いや大阪の人以外は誰も知らないかもしれないが、2025年に国際万国博覧会が大阪で開かれる。ほとんどの人は興味ないだろうし、情報も持っていないのではないか。

たまたま小松左京の「やぶれかぶれ青春記」(新潮文庫)を読んだ。表題は小松左京自身が青春時代(主に中学~旧制高校)を描いた作品だが、この本自体は30~40年ぐらい前に読んでいる。ただ、今回読んだ復刻版には、第2部として「大阪万博奮戦記」が収録されていた。こちらがショッキングな内容だった。

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知る人ゾ知るかもしれないが、SF作家として知られる小松は、1970年の大阪万博のブレーンでもあった。かつて(1980~90年代)は、影の立役者であり万博を主導した人物とさえ思っていたのだが……実は全然違っていたのである。

簡単に紹介すると、もともと新聞の片隅にあった「大阪へ万博誘致?」の記事を読んで興味を持ち、「万博を考える会」を発足させる。万博って何?何をするの?すべきなの? といったことを考える、まったく私的な勉強会であるが、メンバーには梅棹忠夫や加藤英俊など関西の碩学揃い(ただし、当時は30代の新進気鋭の学者というべきか)。そして万博のあるべき姿について意見を出し合っているうちに、本当に大阪万博が決定して、そのプロジェクトの渦中に巻き込まれていくのだ。

肝心の誘致した国は、単なる商品見本市の国際版的な目で見ていて、具体的なことは何も考えていなかった。そこで「考える会」の成果をパクろうとしたわけだ。しかし、それが「理念」の大切さや情報と世界の未来を描く必要性を突きつけたのだから不協和音が出る。それは官僚たちの主導権争いに巻き込まれることを意味し、世間からもまるで「万博成金」扱いされる中、戦い続けるのだ。
実際は、まともな経費も払われないまま、自腹まで切って行う「満身創痍」である。一時は下りかけたのだが、国のためではなく、ましてやお役所のためではなく「人類の未来のため」に引き受ける。小松にとっては戦争時代の総決算的な意味があったことは、前半の青春記から自然と浮かび上がるのだが。(それにしても、この頃の小松は30代前半である。多くの実働メンバーが30~40代。)

……それでも、なんとか動き出し、結果的には大阪万博を成功に導いたのは、小松の周辺の優秀な人々、そして当時の官僚の中にもいた全体像がつかめる人のおかげだろう。この本を読んで、もし小松左京が「万博を考える会」をつくっていず、単なる国際的見本市としての万博だったら、どれほどひどいものになったか想像できる。

……実は、万博当時の私は小学生で学級会の中でも幾つかの班に分かれて万博について勉強し全員の前で発表するという「授業」があった。一生懸命に調べて教室の前で発表するのは、なかなか緊張感のある経験だ。そのおかげか、今でも時代のなにかしらの空気感はつかめるし、万博がもたらした壮大な未来の夢の断片を感じる。

さて、2025年の万博まで約6年。ちょうど小松が考える会のつくった頃だ。果たして見えない裏側で50年前と同じような苦闘をしているメンバーがいるのかどうか。単に「東京五輪の次は大阪万博」と過去をなぞっているだけではないのか。戦後の幾つかの大きなイベント開催によって積み重ねたマニュアルに沿ってオシャレなコンテンツをチョロチョロと並べて、集客だけはできるようなウケ狙いのお祭にしてしまうような危惧を覚える。

正直、今の私は大阪万博になんの期待も持っていない。小松や彼を取り巻いた超エキサイティングな人材が現代にいるように思えないし、官僚社会はより強固に、人材はより小粒になっている。何より時代が違う。未来を見られた当時とは。
高齢化した社会に似合うのは、未来より過去の回顧ではないか。いっそ「絶望の日本社会」をテーマにした方が世界にアピールできるんじゃないか、と皮肉を言いたくなる。世界の反面教師としての日本である。

 

2019/10/03

インタビュー掲載誌紙届く

今日は、なぜか続々と掲載誌紙が届いた。

もともと8月は、私が取材を受けることが多かったのだが、それに加えて9月は千葉の台風被害問題でもアチコチにコメントすることになった。それらが一斉に届いた状態。私の執筆ではなく、書かれる立場の記事である。

全部は紹介できないが、いくつか披露しておこう。

まずは高知新聞。これは8月初旬に取材を受けた。テーマは森林経営管理法。四国各地に取材して回ってたうえで私のところに来たのであるが、5回連載となり、私の回は9月29日だったそう。余談だが、この記事を書いた記者は、このあと林業の勉強をするためにしばらく会社を休んで林業研修を受けるのだそうだ。なんか、林業沼に足を突っ込んでしまった……パターン(笑)。

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そして週刊プレイボーイ。この雑誌はいいよ。なんたって、グラビアに数々の色っぽいアイドルが登場して、付録に傳谷恵里香のDVDも付いている……記事がなかなかの硬派なのだ。千葉も現地入りして、かなり密に歩いている。私のコメントは最後のまとめ。

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ちゃんと『絶望の林業』にも触れてくれた。

そして、8月にオークヴィレッジで行った対談が、「オークヴィレッジ通信」430号に掲載。これは会員誌?なのか。
1ページ目と4ページ目を紹介しよう。

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最初に「絶望の林業」に触れて、最後に「希望の林業」に言及……ちょっとヨイショぽいが(笑)、なかなかバランスがよい。
ちゃんと本も紹介してくれた。

なお今週末5日(土)の朝日新聞にもインタビュー記事が掲載予定。

とまあ、こんなところです。自分で書かずに書いてもらうのは楽でいいなあ。

2019/10/02

庭に植えたい木ナンバーワン

暑い。とくにこの数日は完全に夏になってしまっている。服装も夏に逆戻り。10月だよ? 
夜も寝苦しくて、何も被らずに寝たら、夜中に寝冷えなのか鼻水で鼻がつまって目が覚めて、眠れなくなるとか、なんか最悪。秋になると消費増税と言っていたが、暑さが続いているのだから延期できないか……とか考える。

と、まあ、そんなときに目にしたのが、この木である。

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ご存じだろうか。実は、私の好きな木なのだ。できうるものなら自宅の庭にも植えたい。生長は早いから数年で高さ3~4メートルになるらしい。そして実をつける。この実が好きなのだ。私が初めて食べたときは、こんな美味い果実があるのか、と感動したものだ。
そして、食料不足に陥ったときは、未熟なこの実をもらって、煮て食べた。煮ると冬瓜のような感じで腹持ちにはよいのだ。この実入りのカレーライスもよかったなあ~。

と思い出にふけるこの樹木の正体は、パパイヤ。

そう、熱帯果樹である。とても日本では育たない。冬を越せないと諦めていたのだが、なんと植えているところがあったよ。しかも……

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実も付けているではないか。もう少し大きくなれば食べられるかも。本当は、かり大きくなり、黄色に熟せば甘くて美味いのだが、未熟な実も料理用に美味しい。沖縄では野菜だ。生駒山も、沖縄なみに育つかもしれない、このところの暑い気候が続くなら。

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場所は、私の応接室、スリランカ料理店ラッキーガーデンである。ここではバナナも育てているが、パパイヤにも挑戦か。この山の上でも植えられるなら、標高が100メートルほど低い我が家でも可能かも……。今後、育つ樹種は温暖化が進む中でどんどん変化するかもしれないなあ。

 

2019/10/01

東京新聞の私のコメント

9月27日の東京新聞「こちら特報部」で、千葉の停電から全国の森林問題につなげる記事が掲載され、そこに私のコメントが引用された。

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ここでは全部読めないように小さくしているが、実際は見開きだからかなり大きい。タイトルだけでも味わってくれ。

私は、その前にも東京新聞で千葉の停電を取り上げた記事にコメントを寄せているが、今回はまた別の記者が林業につなげる記事を書くに当たって電話してきたのだ。

いきなりであったが、それはまあいい。ただコメントの使い方に若干誤解を招きそうな点があるのでここで触れておく。そのためコメントのある段だけ引用する。

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「倒木は手入れが行き届いていないことによって起きていると考えられる」。

このセリフの前に、私は「今回の千葉の倒木は台風の風が強すぎたから起きた」と念を押している。だからスギ以外の広葉樹だって倒れたことを指摘している。手入れしようがしまいが、風が強ければ倒れる。私が指摘したのは、今回の千葉のスギは中折れしている(から処理が難しい)が、それはスギが溝腐れ病になっていたからで、手入れ不足だろうということだ。
ついでに言えば、千葉を訪れたのは別件で、台風被害を視察するためではないことも説明した。

そして溝腐れ病は山武杉だけだが、全国的にはナラ枯れが起きていて危険だと言った。こちらは手入れは関係ない。ナラ類は太くなったらナラ枯れ(カシノナガキクイムシ)が入りやすくなるということだ。

その後、林業の衰退理由を林野庁の見解をそのまま垂れ流している。

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ここの私のコメントもなあ。「人工林は育て、切って、また植栽する」というのは林野庁の見解であって、私は使わない言い回し。これって今の皆伐推進理由に利用されかねないからね。しかもサイクルを繰り返すだけで森は健全にならないし、間伐と保水力は関係ない。保水力と倒木も関係ない。
ついでに言えば、その下のサブタイトル「NPOなど巻き込み」なんて、とんでもない。林業はプロの世界だ。NPOが何を意味するかはともかく、現場作業を気軽に動員する話にしてはいけない。

以上、記事コメントに関する私のコメントでした。

ちなみに私が責任を持つ文章は、書籍と雑誌・新聞など自身が執筆する文だけ。インタビューなどで他人が書いた私のコメントなどには責任をもたない。仮に私の名で書かれた文章によって読み手が誤解しても気にしない。もちろん、正反対の意見・事実だとかまったく別のことを書かれては困るが、ニュアンスの違いなどは口をはさまないことにしている。週刊誌などには、絶対に私が口にしない言葉づかいで、しかもアケスケに語っており、この森林ジャーナリストどこのどいつや、と思うものもあるが、笑って済ます。

そもそも私は本来取材する側の人間で、私自身も他人から話を聞いて記事を書くわけだが、その際に誰のコメントのどこの部分を切り取ってどのように載せるかは私の権限(と責任)において行っている。もしかしたら拙記事に気に食わないコメントを引用されたと思っている人もいるかもしれない。いや、録音などして確実に言ったことを引用しても、ニュアンスの違いは出るし、読み手の誤解はさらに大きい。どんなに詳しく書いても誤読は絶対に起こる。むしろ誤読前提でいなければならない。その程度のリテラシーだ。誰がどんなに丁寧に書いた文章でも誤読されているよ。しょせん、自分の伝えたいことは全部伝わらない覚悟を持たねば。
だから、他人が私のことをどのように書いてもドーデモよいのである。

だけど、たまにはブログでチクチク書く(笑)。

 

 

 

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森と林業と田舎