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2020/07/17

「奈良県の森林管理職」制度を考える

奈良県の森林管理職の募集要項(試験案内)が発表された。先に『ひっそり募集?奈良県の「森林管理職」』に記したものである。

森と人の共生推進室のHPにも記された。いよいよだ。

ちょっと引用すると

奈良県では、スイスやドイツの森林管理官(フォレスター)を参考とした「奈良県フォレスター」(市町村において、長期間、同一の森林に関する行政事務を担う奈良県職員)となる職員(森林管理職)を採用するための試験を実施します。
この試験に合格し、採用された方は、県職員として令和3年4月開校予定の奈良県フォレスターアカデミーに入学し、2年間のフォレスター学科における教育を経て、卒業後に「奈良県フォレスター」に任命される予定です。

この奈良県フォレスターに関しては、

森林環境の維持向上に関する専門的職員として奈良県フォレスターを県に置きます。
奈良県フォレスターは、目指すべき森林への誘導、森林環境の維持向上に関する技術・知識の普及指導、森林の巡視などの専門的事項をつかさどります。

とある。試験内容に関してはリンク先を見ていただければよいが、ちと思うところを。

と言っても、単なる感想や評論ではない。というのも、私は、この制度の元になる条例「奈良県森林環境の維持向上により森林と人との恒久的な共生を図る条例」づくりの検討委員会に参加していたからである。もちろん私に条例づくりの権限も知識もなく、あくまで理念面での意見を述べただけだ。それでも、多少は内部事情を知っている立場から個人的思いを説明しておきたい。

まず、私は「制度(条例)は器」であると考えている。制度をつくれば施策が動き出すわけではない。中に何を入れてどう利用するかである。ただ器がなければ何も入れられないし、動かせない。いかなる森への思いも実行に移せない。

その意味でこだわったのは、森林を総括的に見て指導できる役職の必要性であり、その担当官は長期間異動しないことだ。通常の行政職員では2~3年ごとに異動があって専門性も地域密着性も薄れる。地元の人も舐める。だから原則動かない立場の確保すること。
そして森林施業の許認可権限を持つこと。これは条例レベルでは難しかったが、「届出」をきっちりチェックするという発想で形作った。施業前と後に担当官が現地に足を運び調査確認することで、書類だけの植林も、書類とはかけ離れた伐採も、ごまかすことができなくなる。そこから指導力を発揮してもらいたい。
一方で地元密着しすぎても癒着する。また給与が担当地域の林業収入で賄うことになったら、危険だ。その点、県職員という身分が保証されたら、生活の安定とともに地元の林業家にもの申す距離感ができる。

……とまあ、こんな形の「器」をつくり出した。もちろん私が提案したのではなく、委員の理念的意見に対して事務方が知恵を絞って理念を具体化する方法として設計された。私はその内容に「お見事!」と思っている。結果、議会も通ったのだから器として完成したわけだ。

Photo_20200717115001

一方で、奈良県フォレスターアカデミーも開校し生徒募集も始まった。めざすは「器の中に入れる人材」の育成だ。これは、土壇場で大きな変更があった。

フォレスター学科の募集人員は10人だが、その半分5人を、最初から奈良県職員とするというのだ。給与をもらえるわけだから、現林業従事者など社会人が入学すると、学生の間の生活をどうするかという問題が解決する。全国から経験豊かで志のある林業関係者が応募できるのではないか。大英断だ。もっとも、卒業生が奈良県以外の地域に出て行ってしまわないように仕掛けた安全弁かも(^o^)。

ちなみにスイス林業を参考に、と紹介されているが、これは世間の勘違いを呼び込みかねない。たしかにスイスのフォレスター学校と提携する、というのは看板として目立つが、スイスの林業技術をそのまま学ぶわけではない。学ぶのは理念だ。その理念は、大雑把に言えば豊かで健全な森づくりを第一とする林業だ。今の日本の主流となった木材生産量を競う林業ではない。
だから学ぶ技術は、コミュニケーション能力とか生態学、生物多様性など広範囲な知識だろう。恒続林をめざすのも、スイス・ドイツの技術で行うのではなく、針広混交林など豊かな森を育てながら木材生産も同時に行うという理念だけを取り込む。そのための技術は日本(奈良)独自のものを考え出さないといけない。なお、恒続林をつくるのは吉野林業のような確立された林業地で行う必要はなくて、舞台はおそらく施業放棄林・不成績林になるだろう。

こんな担当官(フォレスター)を養成するのはなかなか厳しい。よっぽど全国の多くの人が応募し、その中から選別しないと適格者はいないのではないか、と思う(^^;)。

そして、どんな優秀な人材でも、アカデミーを出たらすぐにフォレスターとして活躍できるとは思えず、また赴任する地域に溶け込む大変さもある。おそらく完全に制度が機能するまで数年から10数年かかる。長い覚悟が必要だろう。短期間で結果を求めて制度をいじったら林野庁の二の舞になる。

委員会中に私が口にしていたのは、「奈良県の森を林野庁から守れ」であった。林野庁というのは全国一律の、短期間で成果を出そうとする制度の代名詞で、そうではない制度と理念で森を守りたいという意味。そして全国の森がボロボロになったときに、奈良県だけに健全な森が残っていたら、奈良の林業発展間違いなしだ。

さて、この器が機能するか否か。中に入る適格者は現れるか否か。求む、志のある林業人。

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