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森と林業と田舎の本

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2020年8月

2020/08/31

『獣害列島』Amazon予約受付開始

岩手に行っている間?に、Amazonで『獣害列島』の予約受付を開始したようだ。

獣害列島 増えすぎた日本の野生動物たち (イースト新書) (日本語) 新書 ? 2020/10/10

近年、街中にシカやイノシシ、クマが出没して、よく騒ぎになっている。ニュースなどでよく目にする場面だが、そうした野生動物による「獣害」の深刻な実態を知る者は少ない。
駆除数はシカとイノシシだけで年間100万頭を優に超え、農林水産業被害の総額は、報告されていないものを含めれば年間1000憶を超えるといわれている。
「人間は動物の住処を奪っている」と思っている人は多いが、現在の日本においてはむしろ「動物が人間の住処を奪っている」のだ。
本書では、これまで様々な媒体で動物とヒト、そして森の関係を取り上げてきた森林ジャーナリスト・田中淳夫氏が「なぜ野生動物はこれほどまでに増えたのか」「?共存の道はあるのか」?といった難問に挑む。
動物愛護の精神だけでは解決しない「日本の大問題・獣害」について、偏見を捨て、改善に向けて現状を認識するための必読書。

目次もちゃんと紹介されている。で、同時期に表紙のデザインも決まった。

こんなの。

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……(笑)。新書だから、基本、デザインはみんな一緒なのだ。ただし、ここに結構派手めの帯をつける予定。こちらはまだ最終決定していないからお見せできないが、なかなか迫力ある写真が使われている。

ちなみに遠野のシンポジウムでも、獣害列島の宣伝をしてしまった。どこも林業と言えばシカ害に苦しんでいるものだから、つい口を挟んでしまった風に。

そういや、こんな写真を紹介しよう。

シンポジウムの私の講演風景と、パネルディスカッション全景。

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パネラーの時はマスクをつけているけど、講演では外している。なぜか。……単に熱を帯びて話すとマスク姿では息苦しくなるから、と言ってもよいのだが、実はパワーポイント用に自分のパソコンを持ち込んでいる。これ、最新鋭機種なもので、顔認証方式。ところが、マスク顔をさらすと、認識できずにフリーズしてロックがかかるのだよ(泣)。前回の講演でも他人が顔をさらしたために起きて、開錠するためのPIN番号を覚えておらずに焦ったわけだ。今回はさすがにPIN自体は覚えているものの、すぐにロックされては困る。そこでマスクを外したのだ。いやあ、よい理由ができた(笑)。ちなみに演壇から最前列まで2メートル以上あるから、大丈夫、多分。

 

 

2020/08/30

河童のミイラ、と河童釣り

遠野から帰ってきた。深夜だよ、帰り着いたのは。疲れた……。

帰りの飛行機からは、眼下に花火祭りを見てしまった。あれ,どこの地方だろうな。大きな河川沿いだったが。京都か滋賀か。しかも、近畿は、というか、生駒は今夏一番の超熱帯夜。信じられんほど暑い。深夜だよ、30度越えだよ。

いやはや、なかなか大変な旅であったが、念願の遠野巡りもしたし、わりと満足。ま、想定外の「遠野市でコロナのクラスター発生」事件で、厳戒体制の敷かれていたのは、ちと辛かったが。

なかでも、最大の収穫は、これだ。

河童のミイラ。体長54㎝。

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ミイラだけでなく、生きた河童の捕獲にも挑戦。

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頑張って、キュウリで釣ろうとしたんだけどね。。。。

まあ、本日は疲れたので、これまで。

2020/08/29

木の歩道

き今日はシンポジウムなのだが。。。

朝から酷暑。5時に起きて町を散歩したが、早くも熱を感じる。

で、気づいたのは、遠野の町の歩道は木の道であること。

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かなり太い材だ。もともと枕木や木炭などの産地だが、贅沢な使い方。まあ、こんなことを散歩しながら考えていてもなあ。。。

あ、コロナの締め付けのある中にシンポは盛況でした。ここでも熱を感じました。

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でも、懇親会もなくなり、さらに晩酌も禁止(コロナ感染予防のため)なんだよ(泣)。

 

 

2020/08/28

カッパビエ?遠野の新妖怪

岩手の遠野に来ている。

めざすは、遠野市立博物館。ここで開かれている「遠野物語と怪異」展を見たいのだ。

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カッパのミイラとか天狗の牙とかオシラサマとかケサランパサランとか……いやいや楽しい楽しい(^-^)。

が、出口で新手の妖怪を発見。

アマビエ?あ、ロン毛の河童と書かれているが。これ、どう見てもカッパの木彫りに髪の毛らしいのをくっつけただけやん。学芸員によるとカッパビエというらしいが。。。

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カッパも嘆いているだろう。流行に弄ばれとる。その後河童淵を訪れたのだが、そこでソフトクリームを食べた。座敷わらしソフトというのだそう。旨いよ。

でも、味は小豆味。あずきあらいソフトではないのか?

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2020/08/27

日本も「退耕還林」の時代?

人口減少時代の農山村の土地利用を考える農林水産省の有識者検討会が開かれているようだ。第3回会合では耕作放棄地に植林する森林化をめぐって議論されたという。

耕作放棄地の「森林化」議論 農水省の土地利用検討会

いわゆる「退耕還林」だろう。中国で広まった耕地を森にもどす政策だ。産経新聞は「中国の真似」になるこの言葉は登場しないが(笑)。

もっとも中国は砂漠化防止の観点もあるが、日本では何を心配しているのだろう。

是非の議論よりも何も、すでに耕作放棄地への植林は随分進んでいる。とくに山間の棚田では、住民が去る前に木を植えておくのが普通だ。おそらく木は掘っておいても育つし、太くなったら金になるだろう……という発想があったのだろう。今や金どころか伐採自体が難しい(棚田の石垣があると林業機械はなかなか使いにくい)だろうが。

もっともスギやヒノキ木の植林をするとは限らず、本当に放置して竹が繁っている場合や、雑木が石垣を崩している現場もよく見る。私自身は、山奥の道のない山林を進んでいて、急に石垣が現れると、なんだか古代遺跡に出会ったようで興奮するのだが。

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検討会では、ケヤキやセンダンの植林例が出たようだが、それだって植えた後は放置では使い物にならないと思う。やるなら、林業として熱心に経営しないと、結果的に数十年後に使い物にならない木々ばかりになってしまいかねない。野生動物の巣となってしまうかもしれない。

一方で人口減社会では、完全放置しかないのではないか。それなら自然林にもどすことだ。

より面倒なのは、たいていの土地の地目が農地(もしくは宅地)のままであること。これでは農地法に引っかかるとか、林業補助金も使えないだろうから、地目転換も急がれる。その手間の簡略化は国ならではの法整備をしてほしいところ。そろそろ「地目」という考え方自体を一新するか、地目そのものを破棄できないか。農林の区別をなくして「雑地」というか「自然地」といった指定にしてくれたら、利用の幅も広がる。ビオトープ的にしてもよいし、放牧を試みるのもいいように思う。して一元的に自治体が預かる必要も出てくるだろう。それこそ森林経営管理法みたいに、自治体が預かり「意欲のある」業者に委託する。そうすれば目標を定めて土地利用ができるのではないか。

たとえば山口県では山口型放牧と名付けて、耕作放棄された棚田などにウシを放牧している。草を食べてきれいにしてくれるし、大型動物(ウシ)がいることで野生動物が近づきにくくなる。棚田の石垣が柵代わりになるから、逃げない……。ウシは、生育すれば肉牛として肥育に回してもよいし、繁殖用にもなるのではないか。ウシは次々と棚田を渡り歩いてもらうといい。

ウシの糞が有機肥料になって土地が肥えたら、有機農法で耕作を再開することも考えられる。

農と林と畜産をもっと有機的につないだアグロフォレストリーにする。これぐらいの壮大な構図を描いてほしいなあ。

 

2020/08/26

奈良県フォレスターの募集記事

まだ募集していたか。と思ったのは、朝日新聞奈良県版に「奈良県フォレスターになれる県職員の募集記事が出ていたから。

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なんか、もう締め切りがすぎていたように思っていたが、募集は9月3日までのようだ。なんたって、先に県職員になってから学校に入学できるという有り難いコースだから奈良県内だけでなく、広く全国から受験することを期待するけどね。

ちなみに記事には、「約10年周期で常駐」とか「森林組合や民間企業への就職をめざす生徒も5人程度募集」とか、なんかわからんこと書いてある。そりゃ絶対異動がないと断言はできないし、県職員になるつもりのない入学生もいるかもしれないが、どうもニュアンスにズレを感じる。

ちなみに昨夜の講演では、このフォレスター話もしたのだが、期待と懐疑が半々ぐらいかな(^^;)。
そんな役職つくって何が変わるねん、という気持ちもあるが、少なくても奈良県は新しい道に踏み出したから期待してみようか、という気持ち。

実際、フォレスターが誕生するまで今から2年半かかるし、それが赴任しても十分に仕事ができるまで数年かかるから、結果を見るまで5、6年はかかる。長い目で見ようよ、ということである。そもそも制度と人材は別だからねえ。

 

 

2020/08/25

Y!ニュース「獣害シカの繁殖拠点になる?……」を執筆した裏事情

Yahoo!ニュースに「獣害シカの繁殖拠点になる?メガソーラーに新たな問題」を執筆しました。

なぜか、この頃私の周りではメガソーラーやバイオマス発電といった再生可能エネルギー系の情報が集まってくる。正直、そんなに楽しくない話題ばかりなのだが。

とくに生駒山系の平群町で建設予定のメガソーラーの周辺を伺っていると、なんだかうさん臭い臭いがプンプンする。そもそも事業の裏で糸を引いているのはアメリカのファンドだし、ゴルフ場計画が頓挫した山林を買い取り、あれよあれよという間に計画を立てて許認可も取り付けている。

なんだか凄腕というか、この手の問題の専門弁護士を要しているらしく、法律的には完璧に瑕疵のない計画なんだそうだ。だから、いくら直感的にマズいと感じても、止めようがないらしい。

しかし、そうした計画に乗っかっている連中には、かなり危ない業者や人間が蠢いていることも伝わってくる。なんたって動く金が桁違いに大きいのだ。

今回もたらされた情報を元に、獣害拠点になりかねないメガソーラーという視点で記事にしたのだが、君津で動いた金は、平群町とほぼ同じ規模のメガソーラーで、約230億円だという。それでも儲かるのだという。ソーラーって、たいした装置は必要ないから、もっとコストは安いのかと思っていたが、とんでもないのであった。もちろん地元にもばらまかれているのだろうけど、それは建設まで。完成後は獣害が激化しようが、約束した雇用もなくなろうが、意に関せずだろう。平群の案件でも、同じような金額が動くのかな……。

バイオマス発電も同じだ。莫大な金が動き、それに踊らされて推進する関係者がわんさかいる。それが生駒市でも進行していると思うとうんざりだよ……。

2020/08/24

フォレストジャーナルの「稼げる林業の方程式」

フォレストジャーナルweb版に、こんな記事を書いた。

「稼げる林業の方程式」とは? 4人の林業家を通して見つけた重要ポイントを解説

ご存じの方もいるだろうが、フォレストジャーナルの紙版4号に「稼げる林業の方程式」という特集記事があって、そのまとめをweb版に掲載というわけだ。ただ、私の肩書が「林業ライター」になっている……。

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こういう連携もできるわけだ。もっとも紙版もweb版も無料なんだから、これで登録させて課金しようという仕組みではない(^o^)。

ちなみに、紙版の特集に登場する4人の記事も順次web版にアップされている。今確認したところ、このページからのリンクはまだ2人だけだが、そのうちつながるだろう。私が取材したのは、以下の3人。

磐城高箸

奏林舎

小友木材店

 

2020/08/23

そのアカシアは本当のアカシアか

ふとスーパーで見かけたアカシアのカトラリー。

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近頃増えているようだ。この手の木製の皿やボール、カトラリーはよく見かける。

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ところで、このアカシアとある素材の木は、本当にアカシアなのだろうか。

アカシア (acacia) は、マメ科ネムノキ亜科アカシア属の総称、とある。さらにアカシア属はおよそ1350種が世界中に分布しており、そのうちおよそ1000種類がオーストラリアにある、とも続く。ただ、日本で一般にいうアカシアはこの木ではなかろう。

ニセアカシア (Robinia pseudoacacia) だ。マメ科ハリエンジュ属の落葉高木。和名はハリエンジュである木をアカシアと呼ぶことが多い。最近は侵略的外来種に選ばれたりして、各地に自生しているニセアカシアも切り倒せと言われるようになった。それほど強く、成長が早く、増殖しやすい。しかし養蜂の蜜が取れるし、街路樹など緑化木として重宝した面もあるし、花もそこそこきれい。

ウィキペディアには、「明治期に日本に輸入された当初は、このニセアカシアをアカシアと呼んでいた。後に本来のアカシア(ネムノキ亜科アカシア属)の仲間が日本に輸入されるようになり、区別するためにニセアカシアと呼ぶようになった。しかし、今でも混同されることが多い。本来のアカシアの花は放射相称の形状で黄色く、ニセアカシアの白い蝶形花とは全く異なる。」とある。

まあ木材としてのアカシアは、海外産のアカシアなんだろうが、果たして正式にはなんという樹木なのか。ニセアカシアはわりと木質は硬くて使えそうだ。

アカシアの木材に十分需要があったら、駆除どころか早生樹種として植林するのも手だと思うのだが。もちろん野放図に広がらないよう、ちゃんと管理できる林業地というのが前提だが。いや、本来のアカシアは侵略的外来種に入らないのか。

あああ、わからんようになってきた。ようするに、販売されている木工素材としてのアカシアは、どちらのアカシアなのか。そこからはっきりさせてくれないとなあ。製造は中国のようだが、どちらのアカシアが生えているのだ。混乱するなあ。

2020/08/22

デ・レイケではなかった「これは滝だ」

日本の川を見て、「これは川ではない、滝だ」という有名な話がある。語ったのは明治期に日本を訪れて砂防や治山に大きな貢献をしたというオランダ人の土木技師デ・レイケだとされてきた。

日本の川がいかに急流ばかりで、ヨーロッパ人から見たら滝のように流れているか、ひいては砂防が難しいかということを説明する事例としてよく使われている。

ところが、この言葉はデ・レイケではなかったらしい。

「川ではない、滝だ」実は別人 明治の技師デ・レイケ発言論争決着か

元記事は、富山の北日本新聞のようだが、当時の県会議事録からデ・レイケより前に来日したムルデルの言葉だったらしいことが突き止められたという。これは砂防史の観点では大きな発見だろう。

ただムルデルもオランダ人で、結局はオランダのような平坦な国の人にとって、日本の高低差の激しい川は想定外だったということか。しかし、そんな国の技師が、まったく地形の違う日本の砂防や土木を指導したというのは不思議ではある。

 

ちなみに私が初めて見たヨーロッパの滝は、スイスのライン瀑布である。まあ、観光半分に訪れたのだが、とくに期待はしていなかった。どうせヨーロッパの滝なんて、たいしたことねえ、と思っていたのだ。それはデ・レイケ発言が身に沁みていたからかもしれない。

ただ、実際は結構な迫力であった。なぜかと言えば、落差よりライン川の幅が広いから。

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たしか落差も20メートルぐらいはあったはずだが、一目で見えるのはたいしたことない。ただ幅が150メートルもあるので水量が多く、なかなかの迫力なのであった。

この滝も水が滝の部分の地層を削るので、年々後退しているという。そのうちのっぺりとして日本の川ぐらいの落差になるかもね。

 

2020/08/21

コロナ禍で大工が減れば林業従事者も減る?

コロナ禍によって、大工職人の廃業が相次いでいる、というニュースがあった。

コロナ禍で住宅建設が止まってしまい、一人親方の大工が次々と止めていくのだそうだ。もともと高齢化が進んでいたが、一人親方は雇用ではなく事業主扱いなので、行政の支援も少なく、しかも日雇い仕事が多い。長く仕事がなくなると、とても持ち堪えられず廃業せざるを得ないのだろう。

もともと、彼らの仕事は現場で木材を加工することだった。しかし近年はプレカット材による建設が増えるにつれて簡略化されたため、労働単価の低下が続いていた。かつては1日3万円以上になったというが、今や半減し、交通費や道具代も自腹だから収入は厳しい。蓄えもさほどできない。腕自慢は高齢になってもできるから貧困は目立たなかったが、仕事がなくなると、しがみついても大工を続けようとは思えなくなるのだろう。

ちなみに2020年の大工人口は、推定21万人。だが数年後にどこまで減っているかは読めない。


このニュースを読んで、そのまま林業従事者にも当てはまると感じる関係者は多いだろう。それこそ一人親方で、日当で、交通費や道具代も自前……という林業従事者にも多いのだ。コロナ禍でも、職場の3密はないにしても、建設が止まって木材が売れなくなると必然的に林業現場でも仕事は止まる。

そして「2020、21年度の2年間で20万戸の新設戸建て住宅の需要が失われる」(野村総合研究所)という予想まであると……。20万戸の多くは木造住宅だろう。それがなくなることで大工職人も急減してしまうわけが、それは木材需要そのものの縮小も意味する。住宅に使われる木材は、まだまだ国産材が多いが、そこの需要がなくなると、どうなる? 今は林業そのものが木材生産を止めているが、仕事がなくなったことで山仕事を諦める人も出てくるかもしれない。

仮にコロナ禍が終了して数年後に住宅需要がもどったとしても、すでに大工が足りずに木造住宅は建たなくなるかもしれない。木を伐採できる林業従事者も減ってしまえば、木材生産量が減る可能性がある。結果的に住宅は非木材系の建物になるだろう。もっとも、非木造系の建築職人も十分に残っているのかどうかわからないが。

コロナ禍の影響はいろいろあるが、こんなところにも落とし穴がありそうである。






2020/08/20

「見た目の伐採地」の研究

森林総合研究所のHPに、伐採後の「見た目」についての研究が発表されていた。

伐採地の「見た目」に抱く印象のズレを理解し森林管理に活かすために

サイトには7種類の写真があるから、見比べてほしい。見た目から伐採跡地を論じるのは、なかなか珍しいだろう。

森林の「見た目」の印象は立場によってズレがあり、その人にとっての価値を大きく左右します。したがって、利害関係者が伐採地にどのような印象を持つのかについて、伐採者がしっかりと認識していることが期待されますが、これまで特に伐採地の「見た目」の印象のズレについての研究はほとんど行なわれてきませんでした。

そこで私たちは、北海道のトドマツ人工林を対象地として、さまざまなタイプの伐採地を写真撮影し、専門家ではない人々(非専門家群)と森林・林業を専門とする研究者ら(専門家群)を対象にして、伐採地の写真の「見た目の印象」について調査しました。

その結果、非専門家は皆伐地と広葉樹老齢木が残された伐採地をポジティブに、トドマツを群状に伐り残した伐採地をネガティブにとらえる傾向があること等が明らかになりました。また、林業を行うための伐採への評価は両群で大きく異なっており、その解消には、伐採の必要性や生態系保全への配慮等についての情報提供が有効なことが分かりました。

本研究は、森林の持つ公益的機能(景観、生物多様性)と林業の折り合いをどうつけるのかといった課題を、非専門家の視点を中心に解析した点に新規性があり、今後、地域住民や旅行者等の目線や生態系に配慮した伐採計画を考える上で役に立ちます。

非専門家、というのは、ようするに林業に関わらない一般人という意味なんだろうが、「皆伐」を評価しているのか。これをどのように解釈するか。写真の撮り方? 斜面か平坦地か。見上げるか、見下ろすか。案外、そんなところも見映えの印象に影響する。

ちなみに私は、「中級保持」がいいかな(^o^)。それと、これって「保持林業」のことだと思った。これまでも幾度か紹介しているが、

ブログなら、保持林業の実践地!

フォレストジャーナルでは、主伐後の森林の生態系を守る! 欧米で提唱されている「保持林業」とは?(前後編)

皆伐時に木の残し方の見た目の評価にもなる。

見た目を重視するのは、たとえば恒続林のように「最も美しき森」をつくるというのにもつながるかも。美しいと感じるのは、実は生態系が健全な森なのかもしれないから。

日本森林学会誌に発表されたものらしいが、ちゃんと本文も読んでみたい。

 

 

 

 

2020/08/19

バイオマス白書2020、公表

昨日は霞が関側のバイオマス発電に関するごにょごにょした動きを紹介したが、くしくも本日、バイオマス白書2020が公表された。こちらは白書と言っても政府が発表しているものではなく、NPO法人バイオマス産業社会ネットワーク(BIN)が出しているもの。

紙版もあるが、インターネットサイト版を広く公表している。

バイオマス白書2020サイト版(本編)

目次は以下の通り。

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バイオマス白書2020の紙版は、ダイジェスト版(A4版フルカラー28p)を1冊200円(送料・税込)にて、注文を受付ている。
こちらは、以下のページから申し込める。

全体を通して網羅的にバイオマス発電の動きについて取り上げている。今年は舞鶴のパーム油発電をほぼ中止に追い込んだことがトピックに入っているが、私はそこでダイベストメントの動きがあったことに注目する。ダイベストメントとは、投資撤退のこと。パーム油発電事業を推進していた日立造船へ融資を行っている金融機関に対し、環境団体がダイベストメント(投資撤退)を呼び掛ける文書を送った。

すでに幾度か本ブログでも取り上げているが、企今や環境に対する姿勢が企業にとって投資を呼び込んだり撤退されることで影響を与えるのだ。もし環境に寄与する事業なら投資が集まるし、逆に持続可能性の問題がある事業には、資金面で大きなリスクとなる。世界中で石炭火力が中止に追い込まれているのは、このダイベストメントが起きているからだ。

日本の林業はEGS投資かダイベストメントか

それなのに肝心の資源エネルギー庁では、「バイオマス発電を主電力に!」なんてぶち上げているんだから(´Д`)。意識低すぎ。世界の孤児だ。

2020/08/18

林業・木質バイオマス発電の成長産業化に向けた研究会 (@_@)

資源エネルギー庁と林野庁が、先月「林業・木質バイオマス発電の成長産業化に向けた研究会」を立ち上げて第1回会合を開いた。

テーマは、「木質バイオマス発電の発電事業としての自立化と、木質バイオマス燃料の供給元としての森林の持続可能性の確保を両立させるため、経済産業省、農林水産省、及び関係事業者団体等が、課題認識を共有するとともに、課題解決に向 けた方策を官民連携により検討」すること。

バイオマス発電を成長産業に、とは恐ろしい発想ではないか。今まで以上に建設して、数を増やし、多くのバイオマスを燃料に燃やすという意味なのだから。私は、早く撤退してほしいのだが。

バイオマス発電は、燃料を集めるのが最大のネックだ。そこで燃料費をFITで嵩上げして集めている。しかしFITは20年で切れる。それまでにコストを削減しなければならないが、燃料コストが全体の7割も占めるだけに、そう簡単に削減できない。削減するというのは、木材を安く買いたたくということだ。それでは売る人がいなくなるだろうし、何より林業振興にならない。補助金を積み上げて高く買い取れば、燃やすために木を伐ってしまうから、これまた林業は持続的にならない。

やるとしたら、産廃(建設リサイクル材)のような安価なバイオマスだけを燃料にすることだ。それは成長産業にはならない……。どう考えても堂々巡りで、成り立たない。

さて、肝心の会議は傍聴はオンラインでできるということだったが、さすがにおつきあいはしなかった(^^;)。

その内容と当日の資料が、経産省のHPで公開されている。

第1回 林業・木質バイオマス発電の成長産業化に向けた研究会

その中から、両庁の資料が見られる。

なかでもエネ庁の資料には、

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なんとFIT制度を20年度中に抜本的に改めるとな?本当ならすごい。なんとか「未利用材」区分をなくしてくれないか。そして輸入バイオマスにFITを適用しないでくれ。それでは維持できないというのなら打ち切ることだ。

一方で両庁が、それぞれ課題と思うところを並べていた。

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なんか、生ぬるい。絶対に成長産業にならないことを薄々感じつつも、無理やりこじつけて結論を出そうとしていないか。早生樹植林まで持ち出しているが、植えて、育てて、燃やす、のだろうか。さらに広葉樹を持ち出すところを見ると、雑木林や天然林も燃料扱いか。

私も委員に入れてほしかったなあ(笑)。徹底的に論破してつぶしてやるのに。

私案としては、バイオマス発電はゴミ発電と抱き合わせて、全国に5件くらいに絞る。発電は従として熱利用を主とする。燃料は、ゴミと端材と建設リサイクル材のみ(もちろんFIT価格はずっと引き下げ)。これが量的にも限界だろう。林業振興ではなくなるから、林野庁は外してゴミ問題を扱う環境省を入れる。

いかがか?

2020/08/17

日本の樹木数は1200種・210億本!

琉球大学理学部の久保田康裕教授がこんな発表をしている。

日本全土の樹木種の個体数:約1200種で約210億本!

ありそうでなかったというか、日本列島に何本の樹木が生えているのか、ちゃんと調べた人はいなかったのだね。もちろん、1本1本数えるものではないが、それなりの根拠とデータを積み重ねて推計するのは結構大変だ。
私の感想としては、樹木数が1200種というのは、意外と少ないような気がした。いや、これでも世界的にはかなり多い方だろう。ヨーロッパなんぞは100種を少し超える程度だというし。ただ私は熱帯雨林にハマっていたので、どうしても森には数千・数万種もの樹木がある世界のイメージがあった(笑)。ちなみに草本も加えると、日本の植物種数は3000くらいだろうか。

一方で210億本というのは、やはり多い。樹木といっても、多くは低木だろうが、こんなにあるか。

ただ、その分布地図が面白い。樹木の個体は、中国地方から北陸地方が赤く染まっている。日本海側の方が多いんだ。そして、各地でも結構偏った分布になっている。厳密に見たら、どこそこの山は樹木が多い、とか言えるのだろう。

一方で樹種分布は、逆に太平洋側、四国、紀伊半島、東海・中部山岳地帯……と赤く染まり、日本海側が少なくなる。北海道は驚くほど青い。意外と関東が多いところを見ると、開発とは関係のない地形要因なのか。

個体数の多い樹木ランキングは、びっくり。

1位)ヒサカキ
2位)イタヤカエデ
3位)ヤマウルシ
4位)クロモジ
5位)ミズナラ
6位)イヌツゲ
7位)リョウブ
8位)テイカカズラ
9位)アオキ
10位)コシアブラ

スギ、ヒノキのような人工林の針葉樹は入らないんだ。森林面積の4割が人工林で、そのうちの7割がスギとヒノキなんだが。たとえば面積にすると700万ヘクタールにスギとヒノキが植えられている。スギの方が多いから、ざっと500万ヘクタールということにして、そこに平均1500本/haとしたら、7億5000万本くらい。これぐらいの本数は多い方ではないわけか。

それにしてもヒサカキが一番とは意外。庭園木にも使われているが……。クロモジとかコシアブラ、リョウブが多いのも意外。森でそれほど日常的に見る樹種ではないと思うのだが。

こんなデータを見たら、何をどう読み取るか、結構楽しめる。しかも、この研究を行った琉球大学の研究室は、研究室の企業化を行っているそうだ。株式会社シンクネイチャーである。
昨日の「自己肯定感の低い」「変化を好まず挑戦しない」沖縄人と若者の話をしたが、一気に独創的な挑戦の話になってしまうなあ(笑)。

2020/08/16

絶望!『沖縄から貧困がなくならない本当の理由』

出版されたときから気になっていた。だが、すぐに買うのはためらっていて、ああだ、こうだと考えた末の購入。

沖縄から貧困がなくならない本当の理由』(樋口耕太郎著・光文社新書)

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一読、思ったね。これは『絶望の沖縄』だ。

沖縄が抱える問題点は、ともすれば戦争体験と米軍基地支配に収斂されがちだ。しかし、それでは説明のつかない点がいっぱいある。それを実に切れ味鋭く、そして重苦しく切り開いた。そこに明るい展望がない。林業と同じ、それ以上の絶望に包まれている。

たとえば、自殺率、殺人・強盗・レイプ……などの重犯罪、DV、幼児虐待、いじめ、依存症、飲酒事故、不登校……などの率は、他都道府県を圧倒するほど高いのだそうだ。これらの多くは、貧困から生じている。その理由を解きあかそうとしている。

著者は盛岡出身ながら、野村證券から沖縄のホテルの再建をなし遂げて、現在は沖縄の大学准教授。そして16年間沖縄に住んできた。そこでさまざまな出来事を経験したのだが、この謎の解明のために取った手段がすごい。日曜日を除く毎晩、那覇市の繁華街のバー?に通いつめ、ひたすら客と会話しているというのだ。ちなみに彼は酒を飲まない。約3万人、2万時間の話を聞いたという。

この手法そのものが、超フィールドワークである。学問でも取材でも、このレベルに達した人はいるのだろうか。

そして得た結論は……これは本書を読んでいただくのが一番なのだが、一言で言えば、沖縄人の自己肯定感の低さだという。そして「できるものいじめ」の横行する社会なのだ。つまり出る杭は打たれる……をもっと過激に、きつくした状態だ。「なんくるないさ」は、実はあきらめの言葉でもある。
もっとも出る杭のレベルは低い。車のクラクションを鳴らす、暗い教室で最初に電灯を付ける、仲間うちで先に意見をいう……そんなレベルからリーダーシップを取ることが「お前は出すぎた」と認定されてしまうらしい。そして「変わること」への拒否感が強い。新しいことに取り組むと嫌われるのだ。それらが若者の創造性を奪い、労働生産性を落としていく。
南国のイメージががらがら崩れる。外目とは違った見えない緊縛の世界。「のんびり自然の中で働く林業」が嘘なのと同じだ。

そして「給料を上げて」「非正規から正社員に」するというと断るそうだ。給与が上がっただけで、仲間外れにされてしまうから。それゆえ低賃金が続き、貧困はなくならない。

それは戦争体験でも米軍基地でもなく、もしかしたら琉球王国時代の身分制度や監視社会の残滓かもしれない。また同調圧力なども日本社会全体に通じることだろう。ある意味、日本社会のうすら黒い部分を濃縮した地域なのかもしれない。本書にも、「沖縄問題とは、濃縮された日本問題である」と書かれてある。

それにしても……基地の金ではなく、莫大な沖縄振興予算という名の補助金が社会をゆがめ、改革を拒んでしまう状況などは、そのまま林業界にも当てはまる。じゃぶじゃぶと注ぎ込まれる上から降ってくるお金が、いかに関係者の精神をゆがめ、社会に害毒をぶちまけるか。目先の問題を金で解決しても、それは対症療法であって根治しない。

ああ、なんだか「日本の林業は、日本社会の縮図」と書いた『絶望の林業』と相似形だ。。。

そして、この本にも「希望への処方箋」がいくつか描かれてある。その一つは教育であるし、外からの圧力(この場合は本土資本や人材も含む)である。これは、林業界にも通じるだろう。

沖縄問題と林業問題の驚くべき共通点があるなんて……。

 

 

2020/08/15

小笠原諸島で見た陣地

今年6月に大学探検部の後輩が亡くなった。そこで追悼集をつくる話が進んでいるのだが、彼に関わる(探検部時代の)もっとも大きな思い出は小笠原諸島だ。探検部の遠征は、都合6度も行われたが、彼はその大半に参加している。

彼が写っている当時の写真を探していたら、奇しくも戦争遺跡がいくつも浮かび上がった。

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今は観光開発が進んでどうなっているか知らないが、40年前の小笠原諸島は、まだまだ手つかず(というか、戦後も放置され続けていた)の地域が多かったのだ。道端にトーチカが普通に並んでいたし、地下壕もいたるところにあった。それらを探索するのも「探検目的」の一つだった。

そんなトーチカに私は一つ一つ潜った。上記の写真は、まだ入口が大きいが、なかには這いつくばらなければ入れないところも多かった。そして、多くは内部に、戦時の残骸が転がっていた。

同じ諸島の一角である硫黄島で死闘が行われたのは知られているだろう。島には数千の兵がこもっていが、硫黄島の状況を知りつつ、次は自分たちかと観念していたのだろう。
ちょうど父島の洲崎飛行場沖の海底に、零戦?らしき残骸が沈んでいることを新聞に報じられていた。特攻に飛び立った機体だろうと記されていた。ここから硫黄島の米艦隊に向けて出撃したのだろうか。

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高射砲が転がっていた海岸もあった。もしかして、崖の上の陣地から破棄されたのだろうか。

さらに岩山に登ると、その山の中にも地下壕が掘られていて、その奥に進むと、なんと岩壁に窓が設けてある。そこから覗くと見えるのは……

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美しい海と海峡だが、ここから通交する敵船に砲撃する魂胆だったのだろうか。まあ、1発撃ったら、すぐに砲台の場所がバレて、艦砲射撃で全滅させられていただろう。

トーチカ内にしばらく佇んで外を伺う。じりじりと暑い。虫が這う。南国の風が吹く外とは、隔絶した空間。学生の私は、その時何を考えたのだろう。

せめて、単に歩いて見て回る「探索」だけでなく、きっちり調査して場所と内部の目測図でも描いていたら貴重な戦跡記録になったのに。学生時代がもったいない。多分、小笠原には全長十数キロに渡る地下壕が張りめぐらされていたはず。地下の戦いを想定したのは、硫黄島だけではないのだ。

そんな75年以上前の遠い過去と、40年前の少し近い過去を思い出す終戦記念日。

 

2020/08/14

丸太のクッションin百均

見つけてしまった。丸太のクッション。場所はダイソー、ようするに百均ショップ。

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まあ、この丸太クッションは200円だったが。

なぜ、このことに驚いているかと言えばだ。実はこの手の木材をモチーフにしたクッションを初めて目にしたのは、8年前のスイスだったから。その時、日本にはない丸太とか切り株を模したグッズが街角に売られていることに感心したのだ。これを好む人がヨーロッパにはいる……。それに反して、日本では喜ばれない。

もっとも、その後少しずつ日本でも見かけるようになった。それらを発見する度に、本ブログで紹介してきたはずだ(笑)。つまり、数年遅れで丸太や切り株というデザインが日本にも受け入れられてきたわけである。

チューリッヒの街角の切り株

丸太クッション

それと、ほぼ同じものがなんとダイソーにあったわけだ。若干大きさに違いがあるかもしれないが、2種類。それぞれの樹種を言えたら凄い。すっかり日本人にも定着したのだろうか?

だから驚いたのは存在ではなく値段。だって、200円……。

初めてチューリッヒで見かけたときは、たしか何十フランかした。日本円に換算すると数千円にもなり、へえ~と感じた記憶がある。もちろん買わなかった。いや、かさばるし(^^;)。

で、ヴィレッジバンガードで見かけたものは2000円。これも買わなかった。

しかし、200円までディスカウントされたのだ。心が動くではないか。……でも、買わなかったのだよ(^^;)ヾ(- -;)

ちなみに百均では、こんなものもあった。こちらは100円だ。

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リフォーム用のシートなのだが、どれも木材風。なかには古材風とか、集成材風?まである。これをプラスチックの家具に張ったら、あら不思議、木材家具に化ける。面白い商品だ。これが売れる時代になったことが面白い。……買わなかったけど。。。

 

 

2020/08/13

「お花畑」の正体

本日は、大峰山系の山上が岳に登ってきた。

朝5時起きで、登山開始からゴールまで約7時間。さすがに応えます。しかもコースは……。

その話は別の機会にして、超猛暑(気温は6時台で30度越え!)の中苦しむかと思いきや、登山口の標高が約1000mで、1719mまで登ると、ひんやり涼しい。というか寒い。ぐっしょり汗で濡れた上着がガスの漂う風で急速に体温を奪う。これだけはよかったなあ。

山頂の大峰山寺に到着して一服していると、前に「お花畑」の矢印標識が。大峰山に高山植物の咲き乱れるお花畑があるの? ちょっと記憶にない。以前登ったときも見た記憶がない。

それで矢印方向に進んでみると……。

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お花畑というか、笹原であった。。。お花を咲かせそうな草木はほぼない。こんな風景も以前来たときにあったかなあ。
それに、この風景は、大台ヶ原に近い。大峰山と大台ヶ原は紀伊半島に並んで屹立しているが、地形も植生も随分違うと思っていたが、ここだけは似ている。ということは……。

笹をよく見ると。

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あきらかにシカの食痕がある。そう、この笹はシカに食われている。大台ヶ原と一緒であった。大台ヶ原の笹原は、シカが原生林を食い荒らしてつくったものだからだ。それが大峰にも広がりつつあるのかも。もちろん、さまざまな要因はあるのだろうが。

まあ、風景としては、なかなかのものであった。

2020/08/12

惹きつけられるティッシュペーパーの箱

某ディスカウントスーパーに行って店内をグルグル歩き回っていると、妙に惹きつける一角があった。

ティッシュペーパーやキッチンペーパーを山積みしている。それのどこが……。

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なんとなく、近づく。

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なんだ、箱の模様が木材だったからか。。。それも古材ぽいのや集成材ぽいもの、そしてタイル模様まで。目が馴れちゃっているというか、無意識に反応するらしい(^o^)。価格は198円。ただし、ちょっと小ぶりで、枚数も少なめ(150組)。

こんなものに惹きつけられるとは……しかし、ちょっと魅力(^o^)。

まあ、買わなかったけどね。

2020/08/11

「中抜きの林業」のヤバい部分

ふとSNSで流れてきた「東洋経済オンライン」の『日本人を貧しくする商習慣「中抜き」のヤバい訳』を読んだ。

ああ、これだこれだ、と私の考えていた「林業がなぜ儲からないのか」理由を改めて振り返る。ただし、この記事の指摘する「中抜き」という言葉の意味は違う。

この記事の冒頭には、政府の持続化給付金事業を受託した組織が、業務を外部企業に再委託していた問題でが説明されている。まったく仕事をせずに請負額から手数料だけ抜いて(下請けに)丸投げしていることには激しい怒りを感じるが、この手数料だけを抜くことを「中抜き」と記している。この額、通常は約1割だが、ときに半分ぐらい搾取するケースもあるから恐るべき日本社会の構造である。

だが、私の指摘する林業の問題の「中抜き」は表面上は少し違う。山主から伐採業者(素材生産業者)、市場、製材所、プレカット工場、木材問屋、木材店から工務店、施主までの流れに幾度となく木材が動いているが、ここに問題があると指摘すると「中抜き」が行われるのである。たとえば市場を抜く、木材問屋を抜く……などである。ときに山主と伐採業者が一体化する「自伐」によるマージン削減も考えられる。この様な流通の一部の機能を飛ばすことを「中抜き」と呼ぶことが多い。

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私自身は、この中抜きに危険を感じている。なぜなら各ステージにある役割を誰が負うかはっきりしないからである。たとえば市場を外して、その移動などの手間と手数料を削減するとしても、市場の土場の仕分け機能や市場自体が持つ金融(ファイナンス)機能を代わって負うのは誰か。仕分けは、山主が指揮する?伐採業者がどこかの土場で行う? 資金の先払いを受けずに業者は仕事を回せるのか……もちろん、代わりを務められたら大いに結構。山主が自ら木を伐るのはそんなケースだ。まさに中抜きがコスト削減になる。
しかし、もし馴れないため仕分けが上手くなく、売れ筋を外したらどうするか。金融機関が適切な資金供与せずにショートしたらどうするか。いや仕分けが面倒だから、A材もみんなバイオマス発電行きだあ~! てこともある。中抜きによって得るべき利益を失っているのである。

一方で、多くの(独立した)業者が介在することで、確実に増えるものがある。それぞれのステージで管理部門の手数と人件費がかかるのだ。たとえば経理担当者も、営業マンも各自抱えている。材料の入荷と工場の稼働状況を管理する人がいないと、工場の常時稼働はできず、止まれば損害を負う。

これは、日本の多くの産業全般で行われる流通の細分化にも通じることだ。いくつもの会社を経由することで、仕分けなど機能は分担できるが、それぞれの会社の管理コストが膨らんでいく。しかも、それぞれのマージンもデタラメ。力の強いところが多く取る。ほとんど仕事をせず下請けに出しながらマージンを2割3割取る業者もいれば、要求に応えて細かな管理をしているのに数%しかとれないところもある。

私は、林業改革で最初に手を付けるべきは、この部分ではないか、と考えていたのだ。

管理部門をばっさり落とせば、随分経費が浮くはずだ。全体のコーディネートを行う会社が、流通過程のすべてを把握して、一括して管理(営業も、経理も、スケジューリングも)する役割を果たせば、1割2割のコストが浮いて、その浮いた金を適正に配分するだけで、随分業界は儲かるようになるのではないか。何より山主にまともな金額を配分できるのではないか。

……ということを考える、お盆のさなか。

 

 

 

 

2020/08/10

Y!ニュース「墓参りは苦痛?……」を書いた裏事情

Yahoo!ニュースに「墓参りは苦痛?捨てられる墓と霊園も縮小の時代」を執筆しました。

一見、昨日のブログ「樹木葬墓地で見かけたもの」とつながっているように見えるが、まったく別に思いついて両方を書き分けたと言うべきだろうか。もっとも、どちらも墓地見学から思いついたことではある。ちょうどお盆の時期だから、書き留めておいてよいかな、という気持ちだ。

 

思えば今年上半期は、何人も知り合いを亡くした。このブログでも伝えた村尾行一氏以外に、大学の後輩も亡くなった。
追悼集をつくろうという話になるが、いざとなると原稿の書く人の少なさよ(^^;)。まあ、私は仕事がら書こうと思えばすぐに書けるのだが、一般の人はそんなに文章を書くのに抵抗あるのかな。現代人はSNSやメールなどで膨大な文章を書くようになったと言われるが、改まると苦手意識が出るらしい。メールで思い出を送ってくれたら、私の方でちょちょいと追悼文らしい文章にして上げるサービスも提供しているのにねv(^0^)。

ちなみに私も、一応の墓参りはしたのだが、心がこもっていないことおびただしい(^^;)。私自身は入りたくないから、樹木葬を望んでいる。ただし、近くにまともな樹木葬を行っているところがないのが難点だ。奈良県内で、誰か、つくりませんか。いや、樹木葬だって面倒だから、森に骨を撒いてもらおうかとも思う。森林散骨だ。

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こんな杭一本の墓でもいい。

2020/08/09

樹木葬墓地で見かけたもの

相変わらず、近隣の墓地を見て歩くことがある。

最近は「樹木葬」を名乗る霊園が増えた。ここで拙著『樹木葬という選択~緑の埋葬で森になる』について紹介するのは抑えておくが、樹木葬の中身は百花繚乱状態で、みんな好き勝手にしている状態だ。

ただ、石の墓標でなく樹木の墓標にする理由の一つに、墓守が楽というのがある。森になれば、放置してもよいのだ。

しかし、近年の樹木葬墓地は、そもそも樹木葬と言いつつも石の墓標はあるし、植えるのは樹木というよりは低木の花の木。

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これ、正確には樹木葬ではなくて、庭園風墓地なのだが、これ、目茶苦茶管理が大変。

折しも私の訪れたとき、業者による大規模な手入れをしていた。

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おそらくお盆前にきれいに整えようということなんだろうが、本来(石の墓の場合)は各々の遺族が墓参りをして墓石を磨くと思うんだが、ここでは業者が草花の手入れをしている。墓石を磨いているかどうかまでわからないが、小さいし地面に埋め込んでいるからしれている。

結局、墓守を遺族がするのではなく霊園側に任せているということか。まあ、管理費は高いだろうと想像する。

一見、この手の庭園風の墓は人気を呼ぶのだろうが、多分長くは持たないな。遺族も、徐々に来なくなる(子息は高齢になるし、孫の代になるとなじみがなくなる)だろう。管理費もちゃんと払い続けるかどうか。払わなくなったら、永代供養と言っても、撤去の対象になるんじゃないかなあ。

で、こんな看板もある。

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そのうち霊園では経営が行き詰まることも考えて。

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ちゃんと霊園の裏には、メガソーラーを。

これが現実かね。

 

 

2020/08/08

紆余曲折、コロナ禍の中の講演

コロナ禍が始まって以降、初めての講演があった。

もともと3月以降の事前の予定は全部消えていたのだが、ちょうど3月に依頼があった件だ。

これはとくに、どこの団体というのではなく、ほとんど個人とその仲間たち……といった依頼なのだが、とにもかくにもコロナ禍の中ではどうにもなりませんね、ということでペンディングになっていた。

だが6月だったか、緊急事態宣言が解除されてからまた依頼があって、8月に行いたいというのである。その熱意にほだされて?受けることにした。まあ、条件にしても状態にしても万全とは言い難いのだが、ただひたすら熱意に押し切られた(笑)。

ただ、150人は集まるというのである。しかも県議会議員や市会議員、もしかしたら市長も呼べるというのである。なかなかの実力者だ。ともあれ、計画は進行して私も準備を進めた。

が、いよいよ7月に入ると、またもやコロナ禍の行方が危ぶまれるようになる。じりじりと増える感染者。そこで会場をセミナー室からホールに切り換え、十分なソーシャル・ディスタンスを取れるようにして50人限定で開きたいという。それはそれでOKした。

そのうち70人以上の応募があって、断っているのだが削れない……という声も届く。なんで、こんなに盛況なんだ。

私は、基本列車で行くつもりだった。話をする前に運転で体力消耗したくなかったし、終わった跡はクールダウンでどこかで一杯引っかけたいという心づもりもあったからだ。しかし、この情勢で大阪圏内を公共の電車で通過したくない。大阪の空気は吸いたくない(^^;)。そこで車で行くことにした。自宅と現地を直に結んで感染可能性を減らすのだ。

こうして準備を進めたのだが……あまりにも急激に感染者が増加している。そのため1週間前に事態は悪化しているからどうするかと相談。
結局、延期というか中止ということになった。気が抜けたが、キャンセル料の話をされたので、もうそれはいいよと断った。有志のメンバーで準備している講演会で、それは要求できないだろう。

ところが、ところが(^^;)、なんと会場のキャンセルができないという。会場費を払うぐらいなら、もう内輪の会でいいから開きませんか、という声がかかった。20人くらいに絞るという。

それなら、もはや茶話会の感覚で(笑)開きましょうか、ということになったのである。

かくして迎えた本日。

ただ、ここでトラブル発生。なんと私のノートパソコンがプロジェクターと連携しない。パワーポイントが映し出せない。
時間が来ているので、司会者と私が手ぶらで話して時間稼ぎをする。その間に会場の担当者に繋いでもらう……が、ここで重大なミスが。

このパソコン、最新鋭の顔認証システムなのだが、私以外の人間がパソコンを長くいじったためにロックがかかってしまったのだ!
解除のためにはPIN番号が必要だが……そんなもの、その場でわかるわけないじゃないか(泣)。

かくして万事休す。……が、パワポのデータをUSBメモリーでも持ってきていた。まったくの偶然というか、虫が知らせたのだろうか。
そこで急遽、事務所のパソコンを持ってきて、そちらに入力してようやくパワーポイントを使えるようにしたのであった。

なお、最初はぐだぐだと始めてしまった講演だが、参加者はなんと38人もいたのだ。多いじゃないか。散らばってはいるがホール一杯に人が集まってしまったよ。そして質疑も活発だったし、持って行った本も全部売れたし、議員も来ていたし、なかなかよい会になったのではないかい。。。。

しかし、疲れたなあ (゚o゚;) 。これからPIN番号を探すなどリカバリー方法を探らないといけない。プロジェクターとの連携ができなったわけも未解決のままだなあ。誰か教えてくれ。
今はしばらく惚けよう。汗だくになってくたびれたから。これがコロナ禍中の講演か。8月末からいろいろ動き出すが、もうこんな目にあうことのないように。

 

 

 

 

2020/08/07

CLTに続け?DLTにNLT!

CLTの出始めの頃、なぜこんな建材が流行るんだ?という話題になったとき、ローマ字3つ並んでいるのが言いやすいしオシャレ感覚なんだよ、という意見が出た。そう言えばその頃、AKBだNMBだSKE、HKT……ととアイドルグループ名に多用されだしたのだった。

そんな今、なぜだか登場した建材、DLTとかNLTを知っているだろうか。

DLTは、Dowel Laminated Timber。木ダボで接合した積層材のこと。
NLTは、Nail Laminated Timber。釘で板を相互結合させた積層材である。

別に新発明ではなくて、昔からある。DLTは1970年代の登場だが、私も新月伐採(なつかしい!)を売り込んでいたオーストラリア人が盛んに勧めていたのを覚えている。私的には新月伐採より、木ダボ接合に興味を持ったのだった。

NLTにいたっては、100年以上の歴史がある。釘を打ちつけるだけなんだから、誰でも考えつくのだろう。

それがなぜだか日本では今頃注目され出したらしい。
理由として考えられるのは、製造時に接着剤を使用しないことと、工程が単純なため大型の接着製造設備が不要であることだろう。そしてそれは、製造時の使用エネルギーや環境負荷の低減にもつながる。
日本の木材加工業としては、CLTや集成材、合板のような大型工場がいらない点で、参入しやすいのかもしれない。同時に、何か新しい建材に飛びつきがち。今の建材に何かと不満があるのか、一発逆転の商品がほしいのか。

ただCLTのように板の木目を直交させるわけではなく、木目を揃えるから、どちらかと言うとLVL、単層積層板に似ている。板の厚さが違うし接着剤も使わないけど。
そして昔から使われてきたということは、安全性・耐久性を示せるとともに、あまり普及しなかった理由もあるのではないか。

私自身は、それらの建材について詳しく知っているわけではないが、まあCLTと同じで、面白い部分もあるけど、欠点もあって、使い道に合わせて選ぶのがよいのだろうなあ。何より、その原料となる木材を高く買い取っているかどうかが重要だ。

DLT、NLTともに、CLTよりは真っ直ぐなラミナが必要だろう。するとA材になるか。接着剤で加圧して面でくっつけるのではなく、木ダボや釘だけなら、張り合わせる面にすき間ができないようにしなくてはならないだろうから。もしかして、カンナで削って面を作るのなら歩留りがかなり悪いかも。

やはり木材産業も林業界も、一発逆転、この新建材が売れまくって経営が一気に好転する……ことを期待するのは邪道だろう。
もはやAKBだって斜陽だ。今や乃木坂、欅坂、日向坂……の坂道時代なんだもの。

 

2020/08/06

複層林・複相林の7年間

先に紹介した竜門の滝の近くには、こんな森がある。

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わかるだろうか。そう、複層林(複相林)だ。スギの人工林の一部を伐採して、その跡地に新植する。これで樹齢の異なるスギが並ぶ複層になる、という施業方法。林野庁が長く推進していましたねえ。
ちなみにこの場所は、1区画はせいぜい2~3アールかな。ただ幅は5mくらいしかないから、実質列状間伐をした跡地に植えたような感じ。

ま、始めたころから意識ある林業家には、「絶対に無理。失敗する」と言われていたのだけど、実際どうにも下層のスギは育たない。上層のスギがすぐに枝を伸ばしてしまって暗くなっているからだ。よほどこまめに上層を間伐して光を調節しないと厳しいだろう。

でも「一度上げた旗は降ろせない」(林野庁)ものだから、フクソウリンという読みを同じの複相林という施業法にこっそり切り換えたのだけど、いつのまにか、帯状皆伐を大々的に導入するのに利用してしまったといういわくつき(笑)。これは、複相林の方かな。

ちなみに、この下層のスギは何年生だろうか。細くてひょろひょろだけと、少なくても20年以上は経つはず。

参考までに、7年半前に撮った写真を。ほぼ同じ場所なのだけど、幹の太さは変わらない。7年間まったく成長しなかったのか。いや、枝葉の色が今の方が悪い。前回は3月だったのに青々としているが、今回は8月で下枝が枯れている……。ただ、紐打ち(初期の枝打ち)を施しているようらしいのは、さすが吉野だと感じる。初期の撫育はしっかりしている。

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なかなか林業における樹木の成長を考えるのによい(反面教師)場所であった。

 

 

2020/08/05

林野庁次長に浅川京子氏

このほど農林水産省の事務次官・末松広行氏が退任し、後任には官房長の枝元真徹氏が就任した。ま、これはすでに流れていたニュースなのだが、林野庁がらみでは、次長に四国森林管理局長などをつとめた浅川京子氏が就任する異動もあった。

おそらく林野庁次長に女性は初めて(森林管理局長としても初)だと思うが、それはともかく、どんなお人なのかちょっと探る。

すると農水省の女性キャリアを紹介する冊子があって、こんなインタビューが載っていた。

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内容は、公務員の心構え的な無難な内容(^^;)。そこで経歴を見ると、入省後最初は林野庁林政課だったようだが、その後東北農政局、いきなり労働省職業安定局、水産庁の協同組合課、食品流通局、林野庁の林政課調査官、水産庁の加工流通課長、厚生労働省の職業能力開発局育成支援課長、農水省にもどって経営局総務課長、そして林野庁の四国森林管理局長……その後も水産庁資源管理部長、関東農政局長、去年は大臣官房総括審議官を務めていた。目まぐるしい。

農水省の中でも本丸の農業だけでなく林野、水産もまんべんなくこなし、さらに労働畑ですか。ちなみに東大法学部出身。広く浅く? オールマイティー?なのは事務官らしい。

経歴からだけでは、林業、それも産業面に精通しているとは思えない。四国森林管理局長の経歴が強調されているが、それは2014年から1年間だけみたい。1年で何ができる。

 

あえて期待するなら、劣悪な林業現場の労働環境を改善することだろうか。とりあえず、従事者がまともな保険に入るようにね。入らない(雇用者が入れない)事業体も多いから。労災も申請できるようにね(雇用者が申請させないところも多い)。事故率が全産業の10倍以上という異常さから抜け出ることだ。もっともその前に、違法行為をさせないことかな。法律守っていないところが多すぎる。あまりにささやかな目標かもしれないが……。

ちなみに気分転換法は、床に壁に鍋を磨くことだそうで。無心に磨く……といわずに、木のフローリングに目覚めてほしいなあ。フローリングの木はどこのなんという木か。合板にフリッチ張っただけかもしれない。とはいえ建築物でもっとも触れやすく、また価値も高いのは造作材だよ。建築基準法にも適用されないしね。国産材フローリングをもっと売るといい。それとも木は傷がつきやすいから磨きがいがないかな?

次長となると、将来は長官の目もあるのだろうか。だが、幅広い経歴の持ち主だから、長官は長官でも水産庁もあり得るかも。事務次官だって。ま、どこでも何でもできる人なのだろう。林業以外は?ヾ(- -;)。

 

ちなみに異動は、ほかに林政部林政課長に経営課長、国有林野部管理課長などもあったようだよ、林政課長の永井春信氏は、未来投資戦略で林業の成長産業化を担当していた人かな? 知らんけど。

2020/08/04

風の木

久しぶりに山に登った。それが、まあ、過酷な山(泣)。

登山口から頂上まで、距離は2キロもないくらいなのに、標高差は600m前後ある。尾根を張りついて登るルートで、道もよくなく、這うがごときの小道だ。とくにあと数百mの表示があってからの辛いこと。

ザックには水が詰めてある。もう少し平らなところに着いたら水を飲もうか……と思いつつ尾根に張りついていると、不意に風が吹いた。ずっと茂みの中だったが、ここだけ風の道になっているのか。

そこで目に入ったのが、これ。

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スギの幹。この見事な横線。見れば、周囲に幾本もある。

やっぱり風に揺らされたのかなあ。ぶちぶちと樹皮が切れている。さて、中身、つまり材はどうなっているやら。やはり繊維が切れているだろうか。伐ったらバラバラになるかなあ……。

と、見とれているふりして、休んだのであった。ま、単独行なんだけど。

ひいひい言って、なんとか山頂にたどり着いた。祠がある。ちなみに下りは登りの半分の時間で下りた。まったくきつい山だ。

そういや山の名を紹介していなかった。吉野の竜門岳である。

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まったくきつい、何もよいところがない山だ。あ、写真はハンモックだけど。

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きつくてきつくて、登山口までおりてから滝に浸かってしまった。あ、これは竜門の滝。まったく楽しくない山だ。

 

2020/08/03

林野庁は教育官庁になる、か?

林野庁は、今月中に「森林環境教育」を推進するための有識者委員会を立ち上げる予定だという。これまでも、森林のガイドになる森林インストラクターや森林セラピストの養成など、多少は教育ぽい分野もあったが、今度はもう少し前のめりの様子だ。
どうも新型コロナウイルス感染(COVID-19)対策から「3密」回避を持ち出したら、自然の中の保育が推進できると思いついたのではないか。

森林を舞台にした環境教育は、これまでもあった。ただイマイチ広がりに欠いているうえ、国レベルの教育分野としては、ちょっと傍流というか白い目で見られてきたと思う。野外体験なんて本来あるべき教育から外れるという声があるようなのだ。
教育とは、ちゃんとした施設の中で席について学ぶもの、という概念が抜けない人たちが多い。森の中で行うなんて、お遊びで教育じゃねえ、というわけだ。たから環境教育というか、「木育の敵は、教育者」(某大学教授の言葉)というわけだ。

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実際、林間学校、臨海学校などで野外に子ども達を出しても、単に遊んでいるだけ、何も学んでいない、と心の奥で思っている「教育者」は多いのだ。楽しく遊んでいては学べないという思い込みというか、自らの受験勉強で刷り込まれたのか。

林野庁としては、COVID-19が起きたのを機に「野外で教育しよう」という機運に乗ろうと考えたのかもしれない。ちょうど今年より始まった新たな学習指導要領でも、自然体験などの体験活動の充実が打ち出されている。

私は、林野庁よ頑張れ、とエールを送りたい。その代わり、もう林業に口を出さないでほしい。目先の対症療法的な政策を打ち出してボロを出すより、森林環境教育、木育を推進する方が似合っているし、効果的。深慮遠謀・長期展望を持って教育に取り組むのがよいのではないか。

そもそも絶望的な日本の林業だが、それを何とかする林業政策はあるのかと疑問に感じる。何をやっても上手くいかない。本気で建て直そうと思うのなら、遠回りでもよいから教育から始めないと無理ではないか、という思いがある。林業現場でも、(潜在的に)森林なんか愛していなくて林業を金づるとしか思っていない人が大半なのだから。打開策は、子どもたちから変えていくことだ。

実は、地方レベルではかなり進んできたのだ。森そのものを園舎とし、森で過ごすことから子ども自ら学ぶことをめざす「森のようちえん」も、全国に増えている。それを県あげて推進しているところも増えてきた。これまでの鳥取県や長野県、広島県に加えて滋賀県、岐阜県も動き出したのである。
面白いのは、これらの自治体では、いずれも最初は林務関係部署が動き出して実現したことだ。文科省につながる教育委員会がやろうとすると、必ず既成の教育者から横やりが入るから、外部の部署が手を出した方がよいのかもしれない。何より、森についての最低限の知識を持ったものがやるべきだろう。学校現場の教師には虫嫌い、土や泥嫌い、ようするに自然嫌い森嫌いが多いから。


もっとも、有識者会議の立ち上げねえ。森林教育の先進事例に関する文献調査や関係団体へのヒアリングから、効果や課題を検証するとか、具体的な教育プログラムの提案まで考えているらしいが……。
その時点で、なんだか自由度の低そうな内容になりそうだ。まあ、しぶしぶ取り組む学校関係者にとってはマニュアルがほしいのかもしれない。教科書なしでは教えられない教師も多いだろうから。

しかし年度末までに新たな教育プログラムを策定する予定らしいが、それだと実質半年、会議はせいぜい3回ぐらいしか開けないだろう。有識者の意見はアリバイ工作で、庁内で案をつくってしまう魂胆か。

なんだか自然観察会みたいな矮小化した森林教育に陥らなければいいけどなあ。思い切りはじけた内容を提案してくれたらよいが。まあ、「期待」しておこう(笑)。

 

2020/08/02

対症療法で「治療」はできない

日本の「林業崩壊」が止まらない…救世主を目指すスゴい会社の「正体」

このスゴいタイトルの記事を読んでみた。なんだか出だしは、『絶望の林業』を読んだかな、と思わせる内容。「木余りで買いたたかれる日本の林業」といったスタンスだからだ。が、後半の「救世主をめざす」という会社はどこだ?

「MEC Industry(MEC社)」であった。三菱地所や竹中工務店など、木材に関わる企業7社の出資を受けて設立されたとあるが、同社のメイン商材は、木材を用いた新建材、そして「木造プレハブ」だという。

ふんふん。大手を礼賛するつもりはないけれど、巨大不動産会社やゼネコンが結託して林業に興味を見せるのなら期待できるんではないか。木造プレハブも伝統木工造より、普及しやすいだろう。

ここで社長の言葉。「これまでは、山林を伐採して市場に卸してから売却先を探すという、従来の『プッシュ型』の原木調達が主流でした。当社では、伐採前に山林に欲しい木材を伝える『プル型』のスタイルに変更することで、有効活用が難しかった、大きくなり過ぎた木も利用可能になったのです」

これもいい。が、新建材とは……なんのことはない、CLTなのである。ここで、一気にため息。

やっぱり、何もわかっちゃいないのだ。CLTは、建築業界からすれば魅力があるのかもしれない。が、林業とは何の関係もないのだ。いうまでもなく、CLT用の木材は買いたたかれるからである。買いたたきを止めずに、木材需要だけを増やしても、より木材価格を落とすだけ。林業崩壊を止めるどころか、林業を食い物にする会社になるだろう、MEC社は。

林業振興、林業再生のために、木材需要を増やす、だからCLTを使う。この方程式の矛盾がわからないらしい。

日本の林業危機を、木材需要が減って「木余り」がひどいからと決めつけているが、これは原因ではない。結果、現象だ。それに合わせて木材需要を増やそう、というのは対症療法だ。木材需要は増えても、林業界に金は回らない。目先の伐採代金だけが泡のように現れては消えていく。

実は、この記事はどうでもよい。私がこのところ考えているのは、対症療法は治療にならない、治療はできないということ。だが世間は、この二つを取り違えているケースが多い。


たとえば待機児童が増えたから保育所を増やすというのは対症療法。増やせば増やすほど、子どもを預けようとする親も増える。預けないと働けない職場は温存される。失業者が増えたから、非正規派遣業を解禁したのも対症療法。数カ月間だけの雇用では社会は安定しない。むしろち賃金の安い労働力が増えて不安定さを増すだろう。コロナ禍で働けず金がない人に金を配るのも、対症療法。配られた金が尽きたらオシマイ。とくに補助金バラマキは、たいてい対症療法だ。

対症療法を軽んじるつもりはない、とりあえず緊急事態に最低限の事態を抑え込む効果はある。が、問題の根本を見つめないと、延々同じことが続くだけ。無尽蔵に補助金を出してもらえると思っているのか。副作用ばかりが膨らむのだ。

同じく、林業界が苦しんでいるのは、木材需要がないことではなく、利益が出ないこと。前者に対応すると対症療法となり、後者に対応するのが本来の治療だ。

では、林業界の治療を行うためには、どうするか。まず山にお金が還元されないから林業が衰退していることを認識する。そして、たとえば「木質建材を2倍の価格で買い取る」と治療方針を打ち出す。そのうえで、建材が2倍になった場合に、増えた資金負担分をいかに軽減するかを考える。値上げするのか。あるいはコスト削減か。隠されている無駄を排除してひねり出すことを、プロとして考えるべきだろう。

実際に上記にあるプッシュ型をプル型に変更することで、流通の無駄をかなり省けるはずだ。在庫ロスはなくなり、流通業の営業の手間もいらなくなる。工場も計画的に稼働させられる。そうした工夫で浮いた資金を資材購入費に回すことで「2倍」を実現する。また数ある流通部門のどこかが、こっそり利益を抜くような真似ができないのも、プル型のよいところだ。その点も、記事の中に次のように書かれてある。

木材の選定から切り出し、製材、加工、組み立て、販売というMEC社1社で担うことができる。大幅な中間コストの削減が図れる

だが、MEC社は、浮いた資金を吐き出すようには見えない。そのまま自社の利益にするだけで、山元なんかに還元しない。本音は林業なんぞに興味はなく、自らが儲けることが目的だからだ。「林業振興のため」は、単なる看板である。そういえば世間の聞こえがいいし、もしかして国からの補助金も引っ張れるかもしれないからね。

そもそもCLTだって、林業振興を旗印に国から補助金を引っ張りだして工場を建てた。ところが売れないので補助金で穴埋めする。そのあげく、外材でCLTを作ろうとして顰蹙を買っている。

いっそ林業振興という言葉を使用したのだから、林業界は宣伝協力費を要求してもよいかもしれない。

結局、広い視点で病因をつかみ、根本的な治療方針を立てられる人がいないことが、林業崩壊を止められない理由だ。

2020/08/01

古都華のかき氷から考えた

今日は娘と古都華のかき氷を食べに、平群の道の駅「くまがしステーション」に行った。

ちなみに古都華とは、イチゴの品種名。奈良県で生み出された新品種で甘みの強さでチョー人気。テレビなどで紹介されたために、引っ張りだこで価格も高い。なかなか県外では手に入らないが、多分日本を代表するイチゴとなるだろう。

そのイチゴと、イチゴソースをふんだんにかけたかき氷が生まれたというので出かけたのである。

するとかき氷は、最後の一つだった。かくして一つのかき氷を娘と二人で両側から食べることになった……。ま、かなり大きいので一人で一皿はきつい代物である。価格も1080円と、なかなか張る。

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これを、いかに崩さずに食べるかが、難問であった……。

ところで、なぜイチゴの新品種とかき氷なのか。実は、奈良県はかき氷発祥の地として売り出し中。なんたって氷室神社が各地にあるほど、氷の産地というか、古代から冬の氷を夏まで保管して、それを食した記録があるからだ。
ま、なんでも発祥は奈良が最初にしてしまうのが、奈良の悪いクセなんだが(^^;)。たとえばお茶にうどん(そうめん)、日本酒、奈良漬け、食べ物以外でも墨や薬(陀羅尼助)、そして相撲まで。

そして、もちろん育成林業も。吉野が500年以上前から始めている。いや収奪林業だって、飛鳥時代に起源があるから奈良発祥だろう。

そう思えば古都華とかき氷の組み合わせは悪くない。

なお、味は美味しゅうございました。イチゴは青果が一番かと思いきや、ソースにすると意外な魅力が出た。食べ物への使い勝手がよくなり、日持ちもするだろうから普及に力を発揮するはず。
ちなみに吉野杉も無垢材ばかりでなく、ソースを売り物にするとよいかもよ。フリッチ(ツキ板)はもうあるのだから。柱でなく、パネル一面に吉野杉のソースを塗りたくったらどうだろう。

 

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