対症療法で「治療」はできない
日本の「林業崩壊」が止まらない…救世主を目指すスゴい会社の「正体」
このスゴいタイトルの記事を読んでみた。なんだか出だしは、『絶望の林業』を読んだかな、と思わせる内容。「木余りで買いたたかれる日本の林業」といったスタンスだからだ。が、後半の「救世主をめざす」という会社はどこだ?
「MEC Industry(MEC社)」であった。三菱地所や竹中工務店など、木材に関わる企業7社の出資を受けて設立されたとあるが、同社のメイン商材は、木材を用いた新建材、そして「木造プレハブ」だという。
ふんふん。大手を礼賛するつもりはないけれど、巨大不動産会社やゼネコンが結託して林業に興味を見せるのなら期待できるんではないか。木造プレハブも伝統木工造より、普及しやすいだろう。
ここで社長の言葉。「これまでは、山林を伐採して市場に卸してから売却先を探すという、従来の『プッシュ型』の原木調達が主流でした。当社では、伐採前に山林に欲しい木材を伝える『プル型』のスタイルに変更することで、有効活用が難しかった、大きくなり過ぎた木も利用可能になったのです」
これもいい。が、新建材とは……なんのことはない、CLTなのである。ここで、一気にため息。
やっぱり、何もわかっちゃいないのだ。CLTは、建築業界からすれば魅力があるのかもしれない。が、林業とは何の関係もないのだ。いうまでもなく、CLT用の木材は買いたたかれるからである。買いたたきを止めずに、木材需要だけを増やしても、より木材価格を落とすだけ。林業崩壊を止めるどころか、林業を食い物にする会社になるだろう、MEC社は。
林業振興、林業再生のために、木材需要を増やす、だからCLTを使う。この方程式の矛盾がわからないらしい。
日本の林業危機を、木材需要が減って「木余り」がひどいからと決めつけているが、これは原因ではない。結果、現象だ。それに合わせて木材需要を増やそう、というのは対症療法だ。木材需要は増えても、林業界に金は回らない。目先の伐採代金だけが泡のように現れては消えていく。
実は、この記事はどうでもよい。私がこのところ考えているのは、対症療法は治療にならない、治療はできないということ。だが世間は、この二つを取り違えているケースが多い。
たとえば待機児童が増えたから保育所を増やすというのは対症療法。増やせば増やすほど、子どもを預けようとする親も増える。預けないと働けない職場は温存される。失業者が増えたから、非正規派遣業を解禁したのも対症療法。数カ月間だけの雇用では社会は安定しない。むしろち賃金の安い労働力が増えて不安定さを増すだろう。コロナ禍で働けず金がない人に金を配るのも、対症療法。配られた金が尽きたらオシマイ。とくに補助金バラマキは、たいてい対症療法だ。
対症療法を軽んじるつもりはない、とりあえず緊急事態に最低限の事態を抑え込む効果はある。が、問題の根本を見つめないと、延々同じことが続くだけ。無尽蔵に補助金を出してもらえると思っているのか。副作用ばかりが膨らむのだ。
同じく、林業界が苦しんでいるのは、木材需要がないことではなく、利益が出ないこと。前者に対応すると対症療法となり、後者に対応するのが本来の治療だ。
では、林業界の治療を行うためには、どうするか。まず山にお金が還元されないから林業が衰退していることを認識する。そして、たとえば「木質建材を2倍の価格で買い取る」と治療方針を打ち出す。そのうえで、建材が2倍になった場合に、増えた資金負担分をいかに軽減するかを考える。値上げするのか。あるいはコスト削減か。隠されている無駄を排除してひねり出すことを、プロとして考えるべきだろう。
実際に上記にあるプッシュ型をプル型に変更することで、流通の無駄をかなり省けるはずだ。在庫ロスはなくなり、流通業の営業の手間もいらなくなる。工場も計画的に稼働させられる。そうした工夫で浮いた資金を資材購入費に回すことで「2倍」を実現する。また数ある流通部門のどこかが、こっそり利益を抜くような真似ができないのも、プル型のよいところだ。その点も、記事の中に次のように書かれてある。
木材の選定から切り出し、製材、加工、組み立て、販売というMEC社1社で担うことができる。大幅な中間コストの削減が図れる
だが、MEC社は、浮いた資金を吐き出すようには見えない。そのまま自社の利益にするだけで、山元なんかに還元しない。本音は林業なんぞに興味はなく、自らが儲けることが目的だからだ。「林業振興のため」は、単なる看板である。そういえば世間の聞こえがいいし、もしかして国からの補助金も引っ張れるかもしれないからね。
そもそもCLTだって、林業振興を旗印に国から補助金を引っ張りだして工場を建てた。ところが売れないので補助金で穴埋めする。そのあげく、外材でCLTを作ろうとして顰蹙を買っている。
いっそ林業振興という言葉を使用したのだから、林業界は宣伝協力費を要求してもよいかもしれない。
結局、広い視点で病因をつかみ、根本的な治療方針を立てられる人がいないことが、林業崩壊を止められない理由だ。
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同記事の見出しを見て、何か違った取り組みがと期待したのですが、全くの期待外れでした。今の林業は、木材の生産量を抑えることしかないという私なりの結論です。
しかし、木々を長期に適切に管理するためには間伐などの経費が必要になります。そして木材価格が高くなり林業が成り立つまでどうして生活をしていくのかが問題です。
一つの可能性ですが、林業地で利益を生み出す副業を作り出すことではないかと考えています。林業は季節天候により作業できない期間があります。その期間で利益を生み出すものを作り出すことです。
それは独占できる新技術であり、多額な投資を必要としないなど、ほとんど不可能に近いものです。そして何よりも生産物が消費者に受け入れられなければなりません。
それが何とか可能になるように今苦心しています。
投稿: フジワラ | 2020/08/03 08:12
治療法は、自分で考えるべきです。他の地域の真似したら、たいてい失敗する。
投稿: 田中淳夫 | 2020/08/03 09:40
別のサイトで石紙の記事からこちらのブログを拝読いたしました。石紙には石綿みたいな問題が起きないのか、燃やすと有毒ガスが出ないかなど、気になっています。
石紙にしろ、防水技術にしろ後始末(ゴミ)の問題を先送りして発明して大量生産してモノを売るのはもうやめてほしいです。上水道でさえマイクロプラスチックで汚染されている時代です。要らない紙製品が郵便受けに、手渡しで家庭内に押し寄せて来るたびに、子供たちの未来の酸素が減ったと感じます。早く育つ杉や檜、白樺で花粉症、子供はアレルギーから食物アレルギーになって、野菜や果物にも反応するようになりました。この異常気象、地球温暖化が大問題の中、むしろ「樹木を切らない」ことこそが有益になるような価値観で、発明や事業を考えていくべきではないのでしょうか。二酸化炭素の吸収量の多い木を調べて率先して植える、あるいは「畑の森」食べられない樹木ばかりではなく、食べられる樹木(木の実や果実の多く取れる樹木)を植えて、来るべき食糧難の危機に備える。子供たちに農業以外の形で、食糧難を乗り切る「レリジェンス」を最低限身につけられるようなことに使って欲しいです。。。子供たちのための取り分の酸素のために森や山を残してゆく。。綺麗事かもしれませんが、ブラジルの熱帯雨林がもう当てにできないですし、洪水の無いところでは干魃や山火事もあるのですから、自分たちの酸素は自分たちの住む地域で守って行かないと行けないと思います。「飯のための仕事」は必要ですが、人間がこれからも「訳あって絶滅」してしまった動物の一種にならないためにも、もっと頭を捻って考えて欲しいです。。。。
投稿: 一児の母 | 2020/08/07 12:51