無料ブログはココログ

森と林業と田舎の本

« ヒグマと奈良県フォレスター | トップページ | 鹿避け笛 »

2020/09/11

広葉樹林業が流行するわけ

北海道知内町では、広葉樹シンポジウムで講演した。

実は依頼された時は「『絶望の林業』を読んだので」と言われたので、そうか、絶望ネタをお望みだな、と思ってその準備をしていた。が、7月ぐらいにシンポジウムが「広葉樹シンポジウム」だと知る。あれ、広葉樹のこと、話さないといけないのね(^^;)。

そこで、こんなタイトルにした。

Photo_20200910120201

絶望の林業と広葉樹をいかにつなげるか。なかなか興味深い(タニンゴトじゃない……)。

 

最近、広葉樹が持て囃されているのは感じる。各地で広葉樹関係のシンポジウムが開かれているし、「広葉樹によるまちづくり」宣言とか、広葉樹植林の研究が始まったとか……。なぜか、と考えると、やはり通常の林業が行き詰まってきたから、何かオルタナティブな道を探る中で広葉樹に飛びついているように感じる。

林野庁も口では「木材生産量の増大」だとか「成長産業化」だとかアホの一つ覚えのように唱えているが、本音のところでは無理と感じているのではないか。そして自治体レベルでは、もっと如実に感じているのだろう。林野庁のいう通りにしても、全然林業も山村も振興しない。もっと別のネタはないか? ……そこで広葉樹材に目をつけた。基本的に針葉樹材より価格が高いし、資源は増えているはず。逆に外国からの広葉樹材の輸入は制限が掛けられてきた。そこで国産広葉樹の利用で一発逆転を狙えないか? 
一方で研究者も、スギやヒノキを研究していても埒があかない……というか、ろくな展望を示せない。研究テーマとしても面白くない。そこで里山だとか、広葉樹に首を突っ込みだしたのではないか。ちょうど里山の広葉樹は太り続けて蓄積を増やしている。生物多様性やナラ枯れの頻発も含めて研究テーマになりそう……?

ま、これは私の想像です(^^;)。

とはいえ、広葉樹林からの木材生産を強化するのは危険だ。なによりも資源量を誰も把握していない。国はおろか自治体だって調べていないだろう。くわえて針葉樹材以上に流通ルートはおぼつかないし、製材や乾燥、そして加工技術もない。いっそバイオマス発電の燃料に回そう、という悪魔のささやきにとらわれるのがオチだ。

さらに広葉樹の植林技術も未知の世界。樹種が多すぎて苗の生産がほとんどされていないし、それぞれの技術も確立していない。なかには、植えても植えても枯れてしまうのに、放置したら生えて生えて困るような樹種もある……シラカバなどはその典型だ。

結局、「絶望の林業」の先の希望を広葉樹に託しているだけではないのか。仮に「広葉樹材は儲かる」と言い出すと、あっと言う間に「絶望の広葉樹林」になる可能性だってある。

私が唱える広葉樹林業は、「量の林業から質の林業への転換」の一部だ。質の面で見ると、材価が高い広葉樹を狙うのは一つのベクトルとなりうる。ただし、利用量は少なく抑える。それでも高付加価値で利益率が高ければ、純益は増す可能性があるだろう。そして循環利用で持続的な利用が絶対的な条件だ。

Dsc05835

広葉樹材(ナラ)によるフローリング材。ほか、クリ、タモ、マカバ、セン、ニレ、シラカバなど。

ちなみに『絶望の林業』は、すでに版元でも在庫は1000冊を切ったそう。底をついても増刷されるかどうかはわからないから。。。未読の方はお早く手に入れることをお勧めします(^^;)。とくに広葉樹に希望を託したければ、その前に読まないと理解できないはず。

 

« ヒグマと奈良県フォレスター | トップページ | 鹿避け笛 »

取材・執筆・講演」カテゴリの記事

コメント

局面としては「あと二千万㎥のバイオマスを出せば、日本林業は必ず、必ず勝てます」と言い出した段階に近く、誰も御聖断は下せないものですからほとんどの集落は消滅して開拓からやり直すことになるでしょう。機械化と動員だけは進むが兵站はお粗末の至り、そもそもの作戦計画が間違っていたのです。

いわゆるコンコルド効果というヤツで、これまでこんなに超音速機の開発費を注ぎ込んだんだから、後戻りや打ち切りはできない、という心理なんですかね。
バイオマス発電所を、こんなにたくさんつくったんだから、林業振興にこんなに予算注ぎ込んだんだから、と次から次へと投資する。それが傷口広げることになるんだけど。

コンコルドというよりは、少ない経営資源から何とか成果を挙げようとするが、誰も責任は取りたくなくて現場力にばかり力を入れる、旧軍そのままの心理が働いていると思っています。広葉樹に注目が集まるのも、それを商品化していた昔の状況が今はもうないことを見ないことにして、海外の商品化している事例から何とかモノにならないかと思うからなのでは。バイオマスは岡山の某トップメーカーくらいの規模で経営の足しになる程度、樽丸も今では海外の洋酒の方が本場で確かに価格は高いですが植林からどんな酒に使うかという所までこれから作り上げていかなくてはなりません。

林業振興について「こんなに」と思うのは林野から見ての話で、国政においては少なく、林野行政の払う金は末端に届いていません。製材工場と林業機械を潤すのみで、現場は機械代金の為に働いているのでは。一度林業経営に対する機械の償却費が占める比重について全国統計を取ってみてはどうかと思います。なおバイオマスに限らずともあぶれた広葉樹はご存知の通り㎥一万円もしないで買われたりします。価格が高く早く育つからと行われた政策が1960年代にあった気がします。

兵站が必要な場所に届かないこの有様は「こんなに」と思うまで粘って終に離村することが都市からは見えない現状の主因でもあります。今ある山村の空き家のうち都会の人の所有がどれだけあるか、これも統計を取ると面白いと思います。土地の産業により建っているわけでも地から生えているわけでもなく、村から出た元住民の思い出補正でこれまで維持されてきたものが多いと判るはずです。関係者にそれがある内に人口の再生産ができる産業を作れず、却って北海道の猟友会に対する不義など、規則や義務ばかりを強めています。そういう地域に美や社会的意義を強調して人を送ろうとすること、これも兵士の精神力に頼る憂き目を見た旧軍の生き写しです。

自分はかつて現場に居たことがありましたが、事務では統計処理や関数形が使えるだけで希少であり、少し出来れば現場でもバリバリやって上に行って自分たちを気遣ってくれる人予備軍に当然なるものと扱われます。しかしそこから一歩外に出た機械メーカー、講師の立場からは、どうかすると、賢しらな雰囲気があれば怒鳴りつける対象にもなります。できない人を一番に呼び、作業手順を受講者に見せず、二番目(実質ぶっつけ本番)に手違いがあると怒鳴って見せて仕事をした気になっている。地域は地域で、やりやすい現場があれば早い者勝ちで入っていく。ではその分稼げるかというと、御存知の通りです。同じ事なら、また知っている人にやってもらおうとて都会と同じ仕事もやらされるなら、誰だって林業以外に行きます。

そこに、計画せよ、集約化せよ、地理情報を活用せよ、生産性を上げよ(土壌の脆さによる危険性も御存知のことと思います)、なぜ海外と同じにならない怠けているのか、という追い打ちがかかる。

今の日本林業というより山間部の存続に必要なものは新商品に飛びつくよりも、素材生産の収益や外部者の定住といった足腰の問題を洗い出すためのどぶ板営業と思います。それに目を向けることが誰にもできないから未知のものに頼りたくなるのです。

山村の過疎化も、林業の衰退も、最大の問題は当事者にやる気がないことです。
人口減に悩んでいると言いつつ、移住者が来たらいじめて追い出そうとするし、林業が儲からないといいつつ,新ビジネスに挑戦する気もなく、単に補助金くれくれとしか言わないし。
どちらも、行き着くところまで行って、本当の意味で切羽詰まってからが勝負じゃないですかね。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« ヒグマと奈良県フォレスター | トップページ | 鹿避け笛 »

October 2020
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

森と林業と田舎