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2020/10/30

首里城再建。文化か森林か……とモヤる

10月31日は、首里城火災が起きた日。つまり昨年の火災からちょうど1年である。そのためか、このところ新聞やテレビなどでは首里城に関する特集記事や番組などがいくつも組まれている。

それらを見ていると、ふと心にモヤモヤした気分になった。沖縄の人々がいかに悲しんでいるか、早い復元を望んでいるか……を語るのはよいのだが、現実の再復元には途方もない壁がある。そもそも(焼け落ちた首里城の)1992年の再建からして、いかに苦労したことか。だいたい再現したい過去の首里城を見た人がいない(過去の姿とは江戸時代のことを指すうえ、沖縄戦で資料のほとんどは失われた)のだから。

ただ私の興味は、つい木材の調達になる。大径木材が大量に必要だったからだ。すでに沖縄には本来使われた樹種(イヌマキ)の大木はない。そこで前回はタイワンヒノキに目をつけたのだが、台湾でも伐りすぎによって伐採禁止。……そこで何とかできないかと模索するのだが、そこで描かれる“苦労”が、どうも引っかかる。特別に伐らせてくれないかと考えてしまうのだ……(結局、すでに伐られて材木店の在庫として眠っていたタイワンヒノキの製材を集めた)。そこでは、首里城は特別なんだから、という意識がかいま見える。

いや、これは首里城だけの話でない。21世紀は木造建築物の復元ブームのようなところがあり、各地で大径木材の奪い合いが起きているのだ。名古屋城の本丸御殿や天守閣、あるいは平城宮の大極殿、そして興福寺の中金堂……巨大木造建築物なら何でもなのだが、〇〇〇復元のために大木が必要だから、森にわずかに残されていた大木を伐らせてくれ、ご神木も伐らせてくれ、カナダやアフリカの原生林から伐り出してもいい、という発想がちらつくのだ。

これは復元を担う建築家や文化関係者の発想だろうか。文化(建築)と自然(森林)を天秤にかけて、つい文化の方が大切だと考えてしまうのは。

しかし、首里城もその他の天守閣や寺院も古代宮殿も、別にないと困る施設ではない。あえて言えば観光には役立つだろうが。もちろん復元することで多くの人々が過去の文化・歴史に触れることができ想像力が高まるとか、あるいは復元工事を通じて過去の伝統工芸の技法を追求できるとか、何とでも言えるのだが、それに比べて数百年かけて自然が育んだ大木と、それらを取り巻く森林生態系の劣化をいかに考えるか。あんまり想像力を働かせていないように感じる。

すでに令和の首里城復元計画は進んでいる。主な木材は国産ヒノキを使うのだそうだ。調達できる目途が立ったとも聞く。首里城の柱は直径60センチ級らしい。それぐらいならあるだろうな、というのが私の感想。しかし直径60センチの柱となる木材とは、おそらく樹幹としては80センチくらいは必要だろうし、そうなると150年~200年生のヒノキだろう。これ以上の太さとなると、かなり厳しいが、今ならかろうじて200年生のヒノキは残っている。
おそらく、神社の境内に生えるご神木クラスか、はたまた山主が「この森で1本だけ残しておいた」ヒノキを拝み倒して伐り、かき集めるのではなかろうか。

まったく伐るなというつもりはない。ヒノキもいつかは枯れるわけだし、その前に木材として使われるのも宿命だ。しかし象徴的に数本、というのではなく、全部の柱を無垢のヒノキで、となると無理が出る。それに今全部を根こそぎ伐って使ってしまったら、今後出てくるでなろう、ほかの文化財としての木造建築物の修復・復元に使える木がなくなることも意味する。
それは、ほかの素材も同じだ。とくに首里城は漆塗りが多いらしいが、国産漆は極めて少ない。首里城再建のためとごっそり集めたら、ほかの文化財級の漆芸で困ったことになるだろう。

しかし建築側の気持ちとしては、今自分の担当する建築物は全部無垢の木(や国産漆)を使いたいという願望が強いようだ。それが森を破壊しかねないと気づいても、目をつぶってしまうのか。また厳密な復元・再建を言えば、樹種も揃えないといけないはずだが、イヌマキでもヒノキでもタイワンヒノキでも、いやアフリカのアパやカナダのウェスタンレッドシダーでもいいというのは、いかがなものか。無垢の木にこだわりつつ、なぜ樹種はこだわらないのか。いっそ樹種を重視すれば、首里城は細いイヌマキを集めて寄木にするという手もあるのではないか?

……とまあ、そんなことをもやもやと感じたのであった。これは森林側視点の発想だろうか?

文化のためなら自然破壊も致し方なしとか、森林こそ至上のもので文化は二の次とか言うつもりはないが、もっと穏やかに対応できないか。首里城の正面の数本は無垢の大材だけど、ほかのものは集成材を使う……という折り合い方だってあるはずだ。
ちなみに現在東大寺大仏殿は、江戸時代に再建されたものだが、柱のほとんどは寄木づくりだ。それもヒノキだけでなくスギやマツも混ざっている。その時代には、大木がなくなっていたからだ。ただ虹梁だけは無垢の大木を日向から運んだ。それが今や国宝だ。

ちなみに国産材ならスギは60センチ級、いや80センチ級の材でもまだまだある。そして集成技術も防腐技術も進歩している。この際、スギを使うとか、集成材や鉄骨を使って建てて、それなりの価値を生み出す建築に挑戦する勇気はないのか?

ちなみに以前、このような記事も書いている。

首里城復元に使うべき木材はスギだ。琉球の歴史をひもとけば見えてくる木材事情

08

2006年に訪ねた際の首里城。

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大仏殿。柱は様々な樹種の材を鉄鋲と銅の環で束ねた寄木である。

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