書評「植栽による択伐林で日本の森林改善」
このところ、私の講演では奈良県の恒続林計画を話すことが多い。別に勝手にやっているんじゃなくて主催者側から「奈良県のケースをぜひ」とか「恒続林について触れてくれ」という要望があるからである。おかけで私は奈良県の森林新条例と、そこで恒続林をめざす方針に触れながら、奈良県フォレスターの育成などについての話を各地でしている。まさに奈良県の広報マン(笑)。
ただ奈良県フォレスターはともかく、恒続林となると難しい。何もメーラーの「恒続林思想」から説き明かす必要はないにしても、林業(木材生産)と森林生態系保持をいかに両立させるかという理念だけでなく、技術的要素に触れざるを得ないからである。そして日本で恒続林をつくる技術はまだ確立されていない。せいぜい、各地の成功事例を紹介する程度だ。
そこで、この本。
植栽による択伐林で日本の森林改善 (梶原幹弘著 築地書館)
本書には恒続林という言葉は一度も登場しないが、択伐、それも針広混交林を対象とするとしている。これは恒続林につながると言ってよいのではないか。
目次も紹介しておこう。
はじめに
Ⅰ 木材生産と環境保全の歴史と現状
1 天然林の利用
原生林
木材生産と環境保全への利用
2 皆伐林と択伐林の成立
日本
ヨーロッパ
3 皆伐林の増加と環境保全対策
皆伐林の増加
環境保全対策
4 森林の現状とその問題点への対策
森林の現状と問題点
現行の対策とその疑問点
Ⅱ 樹冠からみた皆伐林とヨーロッパ方式の択伐林の比較
1 基礎資料とした林分構造図について
幹曲線と樹冠曲線の推定
林分構造図の作成
2 樹冠の大きさと空間占有状態および量の差異
樹冠の大きさ
樹冠の空間占有状態および量の検討
3 木材生産機能の優劣
樹冠と幹の成長との関係
幹材の形質
幹材積生産量
4 環境保全機能の優劣
水土保全
生活環境保全
景観の維持
野生動植物の保護
地球の温暖化防止
5 森林経営上の得失
森林の健全性と持続性
施業実行の難易
木材生産の経営収支
Ⅲ 森林の改善策
1 皆伐林とヨーロッパ方式の択伐林の総括
木材生産
環境保全
森林経営
2 森林改善における基本方針と森林区分の見直し
基本方針
森林区分の見直し
3 択伐林導入の方法と効果
皆伐林
環境保全用の森林
4 経費負担と支援体制
経費負担
支援体制
おわりに
梶原氏は、以前も「究極の森林」という本で択伐を記している。それも針広混交林だ。今回は、それをより煮詰めて、理論的にした感じ。
ドイツと日本の択伐施業を紹介するとともに、生長量や木材生産能力、防災機能、生物多様性(野生動物)、景観、地球温暖化、そして林業経営までを皆伐林と択伐林を比べている。その結果は、択伐林の圧勝(^_^) 。まあ、ちょっと身贔屓すぎないかと思う点もあるのだが、長期的な視点からは択伐にした方が木材生産も増えるのだそうだ。
あえて言えば、景観で日本人は人工林の景色の方を好む点を指摘している。これは別の意味で興味深い。一般に人はイメージで「人工林より天然林」を喜ぶように思えるのだが、実際の調査では吉野や北山の林立するスギなどの景観の方を美しいと感じるという結果が出ているのだ。択伐林はより天然林に似ているのだから、好まれないことになる。
一方でスギやヒノキの天然更新が難しいことも指摘。混交林にするための間伐の仕方や植え付けの仕方まで言及する。
その点は理論的でありつつ、実際の恒続林づくりの技術につながるのではないか。
奈良県フォレスターの業務も幅広いが、とくに不成績造林地の更新の際には、混交化が大きなテーマになる。荒れたスギ林の中に、いかに広葉樹を誘導するか。そしてスギも広葉樹も元気に育てる育林を行えるか。多分、これまでにない施業を行うことは反発も強いだろうから、相当ていねいに取り組まないといけない。
奈良県フォレスターは、そうした技術を身につけなければなるまい。フォレスターアカデミーは、それらを学ぶ場になり得るか? 各地で取り組んでいる人を呼んでほしいし、彼らの技術を奈良県の各地に根付かせるための実験と工夫が必要だ。私の感覚では、おそらく弱度の抜き伐りをしつつ、森の変化をこまめに観察して次の手を繰り返す多段階間伐をしないといけないと思っている。
1本の伐る木を選ぶのに1年かけた……というドイツのフォレスターに負けない苦労がありそうだ。本書は、そうした取組の教本になるのではないか。
« 尾根に並ぶ風車と発電規模 | トップページ | スギの垣根 »
「書評・番組評・反響」カテゴリの記事
- イオンモールの喜久屋書店(2025.02.20)
- 『日本の森林』に書かれていること(2025.02.19)
- 盗伐問題の記事に思う(2025.02.03)
- 『看取られる神社』考(2025.02.02)
- 『敵』と『モリのいる場所』から描く晩年(2025.01.25)
本当に広葉樹林あるいは針広混交林の択伐林を実現するなら、県の体制や補助金の仕組みが変わらないとどうにもならないと思いますよ。各市町村にいる林業の担当者がただ奈良県フォレスターに置き換わるだけなら、おそらく1mmも変わらない。林業の現場、施業をコントロールしているのは補助金だから。
仮に奈良県フォレスターが素晴らしい能力を発揮し様々な提案をしたとしても、「それは補助金が出ないから」でペッと切られたらどうしようもない。インセンティブがないと素材生産業者も「めんどくさい」で手を付けない。
そんな状態が続いたらフォレスターも意気消沈して辞めるんじゃないかと危惧します…
投稿: kskt | 2020/10/20 21:49
たしかに、現在は補助金なしでも植林しようという人は極めて少ないでしょうね。
ただ間伐補助金は使えるし、広葉樹植林にも一部の補助金は使えるはず。実際、大規模皆伐地の後にサクラを全面に植えているところもありましたよ。これはどうかと思いますが……。
それこそ森林環境譲与税を使い勝手のよい形にしないといけません。
幸いというか、対象は不成績造林地、放棄地にする予定なので、あまり反対は少ないでしょう。
奈良県フォレスターが生まれるのは3年後、それまでに試行錯誤して制度も整備していくしかないですね。
投稿: 田中淳夫 | 2020/10/22 00:14