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森と林業と動物の本

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2020/12/28

映画「斧は忘れても、木は覚えている」

斧は忘れても、木は覚えている」という映画がある。ドキュメンタリーである。

このタイトルを「木を伐ったチェンソーを現場に忘れてきて、伐った木は忘れずにトラック積み込んで搬出した」という意味にとって林業映画かあ、と思った人、それは林業人あるあるです(^o^)。

この言葉の元はアフリカの諺で、加害者は忘れても、被害者は覚えている、の意味。木は、自ら伐られたことを覚えているというわけだ。この映画の監督はラウ・ケクファット。マレーシア華人だが、現在は台湾在住。だから、この映画も台湾映画になる。

このほど大阪のシネ・ヌーヴォで上映されることになって誘われたのだが、私はコロナ禍もあって大阪に出たくなかったので(奈良では「大阪に出るな」というのが合い言葉(笑))、パスした。そうしたらDVDを送ってくれた。

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私はオラン・アスリの映画と聞いていた。オラン・アスリとは、マレー半島の先住民であり、森の民のことだ。そこにマレー人が移動してきて支配し、さらにイギリスが入っていて植民地化。そして華人やインド人の移民を労働力として導入した。かくして現在の多民族国家マレーシアができあがったわけだが、肝心の先住民は人口が1%未満となってしまった。ボルネオ側(サバ、サラワク州)は少数民族と言っても結構な人口があるので、まだ存在感があるのだが、半島ではほとんど忘れられている。

私はボルネオの少数民族にはいろいろと関わってきたが、オラン・アスリについてはほとんど知らない。ただ精霊と夢を見る民族として水木しげるなどが紹介していた。この場合の夢とは、「希望」的な夢ではなく、文字通り眠って見る夢であり、彼らは夢と現実を区別していないという。夢の中の出来事も現実として受け入れる精神文化を持っているのだ。そして精霊(というより妖怪か)が見えるらしい。
ただ今や森の民と言っても開発が進んで森を奪われていると聞いていたので、この映画で実情が知れるかもしれないと思って興味があったのである。

映画の内容は、予想とは違った。前半はオラン・アスリが、マレー人に奴隷にされたり子どもをさらわれたり、イスラムへの改宗を迫られてきた歴史の話。後半は、マレー人と華人の暴動(1969年)で多くの華人が殺され権利を奪われた記録であった。いわば「マレー闇の歴史」の映画である。この映画もマレーシアでは劇場上映の見込みは立っていない。

現在のマレーシアではマレー人優遇(ブミプトラ)政策を取っている。これは経済的に強い華人を抑えて国家のバランスをとる(……という名目)ため公職や進学などでマレー人が優遇される政策で、当初は時限的だったのだろうが、そろそろ矛盾が露呈している。だが、なかなかやめられない。マレー人にとって特権と化しているからだ。一般にマレー人は、イギリスの植民地支配を受け、また華人の経済搾取を受ける立場だったのだが゛その内部にはさらに差別階層が設けられている。

オラン・アスリ問題も華人民族暴動も、いわゆるマレーのセンシティブ事項であり、国の統合を保つために触れるには特段の注意を要する。きれいごとの人権とか平等の論理では片づかない。

以前、日本に留学している中華系マレーシア人と、ブミプトラ政策について聞いたことがある。すると、意外や「認める」と言った。なぜか。「保険だ」というのだ。マレー人に特権を与えることで、社会的格差を埋めないと、また華人に対する弾圧が始まるかもしれない、それを抑えるため、自らの安全を得るための「保険」だと捉えていたのである。
もちろん、中華系がすべてそんな意見なわけはない。マレーシアで観光ガイドをしてくれた華人は、こっそり恨み節を語った。

ほかにもイスラムとしての食事や酒の問題などもあって、こちらはマレー人が多民族・他宗教に譲るところもある。我々と同じテーブルで酒を飲んでもいいよ、私は飲まないけど……という態度だ。多分、中近東なら有り得ないだろうが、東南アジアのイスラムは寛容だ。そして実に微妙な、センシティブなバランスでマレーシア社会は成り立っている。それだけに難しいのである。

オラン・アスリに話をもどすと、この政策の中ではオラン・アスリはマレー系に含まれていて優遇されることになっている。一方でイスラム化が強要されたり、彼らの土地(未登記・慣習法による所有)をマレー人が奪うことにもつながっている。彼らの土地は、戦前よりゴム農園に変えられ、さらに現在はアブラヤシ農園に変わり、森は失われ続けている。

それにしても、地球上でもっとも豊かな資源と生態系を持つ森林地帯の民は、世界中を見回しても常に虐げられる側になっているというのは、いかなる人類史の皮肉だろうか。

 

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