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森と林業と田舎の本

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2020/12/02

古城の呪い ?

日頃の運動不足を補おうと、今日は古城に登ることにした。椿井城跡。

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おそらくほとんどの人は知らないだろうが、奈良県平群町の矢田丘陵南部に位置する戦国時代の城だ。もっとも、規模からすれば砦と呼ぶべきかもしれない。建てたのは、NHKの大河ドラマ「麒麟がくる」で登場して一躍知られるようになった筒井順慶、その家来とされる嶋左近。平群は嶋氏の土地なのである。地理的には、松永久秀が築いた信貴山城と生駒谷を隔てて向かい合っており、松永勢の大和進出を拒むため迎え撃った城とされる。

ただ、結果的には筒井家は圧されて城は落ちたのか大和は松永支配となった。そして椿井城も松永のものになったと思われる。その後松永家が信貴山城で討ち死にし、筒井氏が大和を握る。そこに豊臣秀長が大和郡山に入って……と続くが、嶋左近は順慶の死後、石田三成の家来として名を馳せて関ヶ原に散る。

さて、この城跡は長く放置してどこにあるのかさえはっきりしない有様だったが、地元の有志が整備して、ようやく町も発掘調査をし始めた。私がたどったのも、そうして開かれた道。標高は高くないし、距離も短いのだが、いざ登り始めるときつい。なんで、こんなに急坂なのか……。山頂は220m。これは我が家より低い(^^;)。

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ところどころにのぼりが立つのは、雰囲気出る。一部にスギが植林されているが、多くは雑木。かつては草山だったと思われるが、今は草木が繁っている。ぜいぜい言いつつ、尾根に出た。すぐに椿井城の南郭に出る。2つの城郭を持った城だったが、今のところ発掘が済んだのは南だけ。

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一部に石垣が残り、掘切、土塁などがあって後期城郭の特徴を残すところからすると、おそらく松永久秀の手によって改修された城ではないか。広くはないが、尾根に砦を築いたのだろう。南も二つに分かれていけ各々に砦があったのだろう。堀切は結構深い。そもそも急斜面なので、ここを攻め上るのはかなり厳しい。それにここに立つと、生駒谷から生駒山~信貴山が一望できる。眼下に戦状況がつかめたのではないか。

ここを守っていた足軽も居たのだろう、どんな戦備えがあったのか、どんな生活を送ったのかわからないが、亡くなった者もいたかもしれない。記録に残らない戦いがあったのかもしれない。と、歴史の一齣を感じて、満足。

その後北郭のあった尾根筋の様子も眺めて下った。今度は急坂を駆けるように下りて、登山口に当たる春日神社に出た。ホッとして気づいた。

カメラを忘れた (゚o゚;) 。。。場所は……頂上の城郭跡である。

ようやく下りて休憩しようと思ったのに……(泣)。放置できないから、再び登る。おかげでカメラはなんとか回収したが、まさか古城まで2往復することになるとは。今度はゆっくり見学なしでダッシュしたから息も絶え絶え。

低い山に登るつもりだったのに、こんなにきつくなるなんて。しかも、帰る前に買い物でスーパーマーケットに入ったら、マスクを忘れた。……

甘くみてはいけない、古城の呪いはある(苦笑)。

 

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