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森と林業と田舎の本

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2020/12/29

改めての「森林」宣言。

今年もあと2日。このブログも今日でお休みすることにする。なんだかルーティンすぎて、書かないと体調悪くなりそうな気もするが……(笑)。

改めて振り返ると、今年は執筆も含めて仕事では新たな分野に取り組むつもりだった。それは『獣害列島』ではない(^^;)。別の分野を考えていたのだが、コロナ禍で取材も何かと止まる中、先にあった予定の『獣害列島』の執筆が大きくなった。なんたって他人に会わなくても書けるから。おかげで早く書き上げてしまい? 出版予定も2カ月早めるほど。

しかもCOVID-19そのものが野生動物によってもたらされた感染症ゆえ獣害なのである。なんだかネタを提供してもらった……もとい、獣害の幅広さを深く考えるきっかけになったような気がする。

思えば『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』を2年前に書いたことで動物ものに手を出し始めたのだが、その総ざらえになってしまった。獣害という切り口は、ちょっと偏っているものの人との接点としてはよかったと思う。今後も動物と人間というテーマも広げていきたい。

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ここで宣言しておくと、改めて私は「森林ジャーナリスト」であり、林業ジャーナリストでも林業ライターでもない、と意を強くした。さらにジャーナリストの肩書を外してもいいかな、とも思う。文筆家、著述家でいい。いずれにしろ森林が核なのだ。たとえば林業もその周辺にあるが、動物も、樹木葬も、森林史も、山村文化も、田舎暮らしも、木工も木育も、みんな核の周りに漂う同列の一要素として捉えたい。

だから林業愛のような業界偏愛は唾棄すべきだ。それが「林業栄えて、山村滅ぶ」「今の林業が盛り上がれば、国の未来がどうなっても知らん」という現実の元だ。そうじゃない。林業は滅んでも山村(住民)と森林が元気ならいいんだよ。もちろん持続的にね。

 

さて、来年はいかなることになるか。COVID-19は、すぐには消えないだろうが、コロナのワクチンが普及しようがしまいが、歴史を振り返ると古今のパンデミックは約3年で収まってきた。じっくり待つしかなかろう。その間に何をするかを考えた方がよい。

私も幾つか考えている。セミリタイヤ宣言をして(⌒ー⌒)、ガツガツせず面白いか否かを基準に取り組んでいこうと思っている。

 

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コメント


どちらかと言えば、マクロファージ。

NK細胞やST細胞では無くて。体内の免疫系の細胞と例えさせてもらいましたが、情報の海を漂いながら、わたし達に貪食してもらったファージ咀嚼の視点を、しがらみ?無く発信して頂けていることに素直に御礼を申し上げます。
まあ、各現業担当者からの立場としての唾棄されて困ることや怒ることも多様にありますが、田中様の視点は包括的に示唆に富んでいて考える種として刺激されます。これからも、森林を田中イズムで元気にオモロク世間に発信して頂けることを願っています。
 
たびたび考えが洗われるー!感謝。 mata

今年最後のコメントありがとうございます。私も今年最後のコメント返しになるかと思いますが……。
業界愛もある人は結構ですが、業界愛しかない、もっと言えば自分が儲けることしか考えない人が、業界も森林も地域も破壊するのです。それがぬぐえた時、きっと次のステージが待っていると思いますよ。

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