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2020/12/09

CLTの歴史から日本の情報脆弱性を知る

CLTについて調べている過程で、「そもそもCLTは誰が発明したんだ?」と思いついた。

板を張り合わせてパネルにするのは、すでにLVLなどさまざまな建材がある。そして直交させて張るというアイデアも、合板と同じだ。合板のベニヤ板(丸太をかつらむきにした薄板)を直交させることで強度を全方向に増している。それを分厚い板でやっても同じ効果が見込めるし、面になって用途も増える……このぐらいなら誰でも考えつくだろう。だが、実際に商品化したのはどの国の誰だ?

で、少し調べる。残念ながら確定的な情報は見つからなかったのだが……。

CLTを考案したのは、ドイツらしい。1990年代の初頭に産み出したという。ただ接合面をどんな形状にするとよいか解決せず、止まってしまったらしい。ところが1995年ごろオーストリアが成功させた。

CLTの接合にはそんな厄介な問題が含まれていたのか。単に板の表面に接着剤を塗ればOKではなかったのか。これは意外。もしかしてパテントもあるのかもしれない。ともあれオーストリアで実用化してから各国で発展させてヨーロッパ一円に広まった。さらにアメリカ大陸にも普及したらしい。欧米では、すでに住宅やビルにパネル工法が広まっていたので、適合しやすかったのだろう。一気にCLTを使った建築物が増えたわけだ。

1_20201209162701 オーストリアの建築物

では、それがどうやって日本に入ってきたのか。これは銘建工業の中島浩一郎社長の証言が重要だ。それによると1997年にオーストリアに合弁会社をつくっており、そのパートナーから「CLTに興味はないか」と言われたという。これが何年か記載はないが、2000年前後だろうか。
ただその時は忙しくて、とくにCLTをどうこうしようと思わなかったらしい。そして2004年にウィーンで4階建て木造アパートを見た。これがCLTの建築で、新しい木の使い方が生まれていることを再認識した。ただ、それでもすぐに飛びついたわけではない。

ようやく日本にCLTという話になるのは、おそらく2009年だという。国交省に設立された「木の家づくり検討委員会」に中島氏が呼ばれて話をすることになった。たまたま当日はヨーロッパから帰ってきたばかりで、その時にCLTを紹介したそうだ。そこでは、日本でCLTをつくれば木材需要を一気に伸ばせる……いった夢を語った。すると住宅部長が興味を示して本気でやる気はあるか、と聞かれたという。

どうもその時は、中島氏はたいしてやる気はなかったらしい(笑)。が、そうは言えずに「はい」と返事したそうである。すると、2カ月後にCLTの実験用に3億円の予算つけたから、と連絡が来た。しかし11月で年度中には無理ということで8000万円で期日も翌年8月まで伸ばして始めたということだ。これが実質的な日本のCLT事始めだろう。

その後、2013年12月に日本農林規格(JAS規格)が制定され(「直交集成板」という名称もここで決まった)、本格的にCLTが広まっていくのだ。

う~ん、これがCLTの発明と日本伝来の歴史だとしたら、わりとあやふやな状態でスタートしたようだ。本気でCLTに惚れ込んだのは誰だ?本気で林業振興に役立つ建材と思ったのは誰だ? 

気がつくのは、ヨーロッパでCLTが実用化したのが1995年として、日本で動き出すのはなんと15年後なのである。この情報伝達の遅さはなんだ? グローバル化の時代、おそらく中島氏以外にも建材を扱うメーカーや商社、それに研究者なども当時のヨーロッパの動向としてCLTという建材が登場したことを把握していた人はそこそこいたはずだ。だが、政治家も官僚も誰も知らなかったのか? 官僚に具申する人も中島氏以外にいなかったのか。

本当にその内容を煮詰めて、「これは日本では無理だね。導入する必要はない」という結論を出していたというのならまだしも、おそらく何も考えることなく、スルーしたというのが本当のところではないか。
この時代、情報だけなら世界中を瞬時に結んでいる。ヨーロッパに行かずとも、インターネットでCLTの存在を知った人もいただろう。だが政策立案にもビジネスにも反応しなかった。日本人の情報に対する感度の弱さというか脆弱性を感じる。木質建材の将来を読んでいたのは中島氏だけだったのか。また林野庁など林業系の人は食いつかず、国交省から動いた点も面白い。


ところで……実は私も「木の家づくり委員会」には参加したことがある\(^o^)/。12年の末に意見陳述を求められて霞が関を訪れたのだ。たしかに、その場に中島氏もいたなあ。私は何を話したっけ。「木は見た目が9割」というタイトルだった。それにフローリングは建築基準法の穴場!とか口走ったような気がする(笑)。
この会議で印象的だったのは、国交省の委員会とは言いつつも、林野庁の人も出席していたことだ。そもそも「木の家づくり」自体が林業振興を目的としているのだから。ところが一切発言しない。司会者が気を利かせて指名しても、まったく話そうとしなかった。「勉強させてもらいます」とだけ行って発言を拒んだ。私の林野庁に対する絶望は、この頃から始まったのかもしれない。

これは私が幾度も書いていることだが、CLT自体は面白い建材だと思っている。建築系から見ても新しいアイデアがいろいろ湧くはずだ。ただ……林業振興にはならんよ。素材がBC材であることと、その買取価格を知った時点で無理と思った。そういう意見を持っていたようにも見えない。その後林野庁はCLTの推進に邁進するんだからね。

なお、CLT以外にもDLT、NLTなど板の接合の仕方の違い(ダボ、クギ)で新たな建材が誕生しているし、超厚物合板もある。競争は激しくなるばかりだろう。

 

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コメント

根本的な問題がこの国にはあるのでしょう。それは国の政策担当者のほとんどが次年度の予算要求のみにしか関心がないことです。
次年度の予算要求するのに十分な材料があればそれ以上新たなことには関心を持ちません。
しかし、自らの予算枠を満たす材料がない場合新たな事業を探し回ります。それは十分に検討された内容でなくても予算要求に形が作られうるものであれば良いのです。
それで予算要求してみて、通れば新たな事業が生み出されるのです。予算要求する部門もいい加減、それを査定する部門もいい加減で、無責任で形作られるのです。
林業の将来、木材資源の将来をどうしようとするなど、そんな大きなことなど全く関心がないのです。
くだらない予算要求と予算査定の分野がこの国のいちばん重要な仕事であり、そしてそれのみでしかありません。全く役にも立たず逆に国を間違える部門が大きな顔をしているのが今の現状です。
民間で経理部門がこの会社の中心に至ったときにはその会社はもうだめなところと言えます。会社はそれで潰れていきますが、国の機関は看板だけ変えて生き残っていきます。最終的にはその国が破綻するまで続きます。それを変えることができるのは国民ですが、さてその能力があるのかどうか。

集成材・CLT・DLT・NLT…オッサンには、原木をわざわざラミナに挽いて、また合わせる意味が理解できません。どうせ合わせるなら、4寸柱を合わせて8寸角の柱とし、壁の様に周りを囲ってサイコロの様な家に住んでみたいです。耐震性に優れていて、木材の需要拡大にも繋がります。
これぞ総檜造りの家!…杉でも松でも雑木でも良し!大工さんの養成が必要ですな。

ようするに戦略が見えないんですね。CLTを採用するにしても、林業にどんな影響を与えるか真剣に検討した様子がない。
いや建築業界のためにCLTを普及するんだ、というにしては、中途半端に製造だけさせて建材としてどうするのか放置気味で、建築業界は全然喜んでいない。
本当は林業界も建築業界も、地球環境に対する影響まですべての要素を含めて検討してほしいのだけど……。

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