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森と林業と田舎の本

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2021年1月

2021/01/31

セイロンベンケイソウの花

我が家にあるカクタス(多肉植物)の一つが、急に背丈を伸ばしたかと思うと蕾をつけた。
長く葉だけだったのに、冬になってから背丈が1メートル近くまでぐいぐいとのばしたかと思うと、梢の先が膨らんできたのだ。

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これ、セイロンベンケイ(ソウ)と言うが、セイロン(スリランカ)よりアフリカのマダガスカル島の原産らしい。熱帯・亜熱帯地方で育つ。もっとも、私が初めて目にして採取したのは小笠原諸島の母島。

なぜか野に群生していて、「ハカラメ」という名で呼ばれていた。葉から芽、の意味で、葉を地面に置いておくと葉の鋸歯から芽がざわざわと生えてくる。小笠原諸島にとっては外来種なんだろうが、暖かいので冬も枯れることなく自生してしまっている。
しかし、全部葉からの芽だとすると、それは無性生殖、つまりクローンということになるから、まったく同じ個体ということになる。いや、もしかして日本にあるセイロンベンケイソウの多くが同じ個体から増やしたものかもしれない。これでは種子は稔らないか。

私も、代々葉から出る芽を分岐させて栽培をし続けているが、滅多に花は咲かないのに、今回ばかりは何か理由で目覚めたのか。

ちなみに咲くと、こんな花らしい。

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ホタルブクロみたいでかわいらしい。熱帯性植物だけど、短日性なので日が見字刈るなると花が咲くらしい。つまり日本では冬ということか。寒さに弱いから、室内でいけないといけないが。

2021/01/30

「FRIDAY」の山林買収記事

今週発売の「FRIDAY」の『大ブーム!「山を買う」って実際どうなの?』という記事に私のコメントが載った。

もともと山林買収ブームの記事を私がYahoo!ニュースに執筆したのは昨年9月。それからテレビのワイドショーやらニュースやら、雑誌と次々と来る。私も出演したりコメント寄せたり記事を書いたり……と続いたが、今年になってもまだ依頼があるとは思わなかった。

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最初は、山林にプライベートキャンプ場をつくることに関する鼎談をやりませんか、という依頼だった。鼎談、つまり3人ぐらいが集まって対談しようというのだ。そこで私はどんな人と話をするかまで提案したのだが……役者が3人となると、そこに編集者とライター、そしてカメラマンで6人になる。これって「密」じゃない? ヤバくない?

そこで「森の中でやりましょ!」とまで提案して(笑)、いや、そんなに熱心だったわけじゃないのだが、まあ、記事づくりに参加していたわけだ。が、そこに緊急事態宣言となると、もはや集まれない。結局、ライターの電話取材でまとめることになったわけである。コロナ禍で記事づくりも苦闘中と言うわけだ。

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さて、私が気になったのは、記事そのものや自身のコメントではなく、写真に写っている山とその値段。

和歌山県古座川町の約69ヘクタールが3321万9220円だと (@_@)。。。もっともヒノキ山で作業道も入っているとか投資価値があるというが、果たして……赤字にならないかしらん。それに、これは林業用物件でキャンプ場には向いていないぞ。

ほかにもあるが、「一つの基準」として6000坪が150万円前後とある。2ヘクタール足らずだから、これは、それぐらいかな。

私も生駒山に山林を買い足したいのだが……1ヘクタールぐらいの出物、ないかなあ。


ちなみに今週のFRIDAYには、渋野日向子のスクープのほか、袋とじもあります(^o^)。

 

2021/01/29

ハチの世界にもパンデミック?

ナショナルジオグラフィック誌の記事に、

ハチが減っている、目撃される種数が世界で25%減

という記事があった。

「One Earth」に発表された論文によると、野生下で目撃されたハナバチの種数は、過去数十年で世界的に減少していることが明らかになった。2006年から2015年の間に報告された種数は、1990年代以前に比べて約25%も減っている

のだそうだ。以前より、ミツバチの大量絶滅の話題はあったが、今度はハナバチ類全体らしい。

よく八が大量に死んだことを農薬のせいだと決めつける意見が出るが、実態はそれほど単純じゃない。たしかに農作物にネオニコチドイド系の農薬が使われたことがミツバチを殺してしまう現象はあるが、まったく農薬を使っていないケースもあるし、そもそも農作物には来ない種のハチも死んでいる。そのほかダニの大発生とか地球温暖化による高温とか、いろいろの原因が疑われつつも、完璧に説明できていない。

今回のように野生のハナバチ類を含んで大規模となると、簡単に答えは出ない。むしろ、ハチの世界にパンデミック、つまり、感染症が大流行したとでも考えた方がすっきりする。コロナ禍と同じことが昆虫界に起きてもおかしくはないだろう。ハチ社会では三密回避もできないし……。


私なんかは、ハチのいない世界かどうなるのか、と考えてしまう。

地球上で現れた陸上植物は、みんなシダなどの胞子も含めて風媒だった。風に頼って拡散し、受粉していたのだ。そんな裸子植物の針葉樹は、現在地球上に540種類ぐらいしかない。

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ところが、広葉樹となると20万種をはるかに超える。なぜ、そんなに広葉樹が分化して種類が増えたのかと考えると、花粉を虫に運ばせる手段を取ったからではないか。虫媒花である。実際は虫以外にもさまざまな動物が花粉を運ぶが、その中でもハナバチ類の役割は大きい。(スギの花粉も、虫に運んでもらうようにしたら、花粉症もなくなるのにね。。。)

ハチが植物を進化させた、と私は思っている。だからハチが減っていると聞くと、なんだか不吉な予感。チョー怖い病原菌が発生したのではないだろうな。人間社会で起きていることがほかの生き物の世界でも起きたとしても、なんらおかしくはない。気候変動といい、パンデミックといい、地球の生態系は大きな曲がり角を向かえているのかもしれない。

……とまあ、そんなことを考えてしまったのである。

 

2021/01/28

VUCA(ブーカ)の世界

最近、ビジネス用語で「VUCAの世界」という言葉があるそうだ。もっとも、その語源は軍事用語だという。

VUCAは、
Volatility―変動性、
Uncertainty―不確実性、
Complexity―複雑性、
Ambiguity―曖昧性
の頭文字をとったもの。ブーカと読むそうだ。

この言葉はどれも正確なことは何一つわからず、すぐ変動するし、曖昧で複雑……なんだか手を出しようがないような世界である。ようするに予測不能ということだ。

なぜこれが軍事用語だったかというと、1990年代にこれまでの国対国の戦争はなくなりつつある代わりに、ゲリラ闘争やテロ行為が頻発する国際紛争が増えると想定したことからなのだという。

敵が国なり目に見える組織でないとなると、いつ、どこで、何を仕掛けてくるかさっぱりわからない。そして次々と標的を変えるし、指揮系統も読み取れない。そもそも戦略さえあるのかどうなのか……という状態になる。それに対して行う戦闘というか防御方法とは何か。という軍隊の戦術や組織システムを考える中で「VUCAの世界」という概念が生まれたらしい。
そして、その概念が今ではビジネス界にも持ち込まれたのだ。

改めて、現在の世界を覆うコロナ禍は、このVUCAの世界だ。だから政界も経済界もトップの立案に頼る戦略では対応しきれていない。

VUCAという不確実性の強い世界では、組織のすべてのメンバーが現場で柔軟かつ素早い決断をし、行動しなくてはならない。判断をトップに仰いでいたら間に合わない。常に情報をアップデートして、主観ではなく客観的で信用できる情報を集めて、何をどうするのが最善なのかを決断して選択をすべきだ。ある意味、現場力と言えよう。
何もトップリーダーの判断がいらないというわけではないだろう。むしろリーダーはビジョンを示し、そのビジョンが現場指揮官に共有されてこそ、現場の判断が生きてくる。

判断(理念、構想)と行動(作業、対応)というのは抱き合わせないといけないんだな、と思う。自分で判断して、自分で行動するからやる気も出るし、判断も磨かれて内容もよくなっていく。そして利益も伴う。

ところが近年は管理と作業を分離することが増えた。その方が効率をアップさせ作業が進む、儲かると考えたのだろう。しかし現場から分離されたリーダーが考えるとトンチンカンで現場に合わない判断になる。判断させてもらえない現場では、言われただけの作業をして、それが無意味な作業であろうと止まらない。しかし意欲を削がれる。そして疲弊していく。しかしリーダーはこれでいいんだ、金はやるから文句言うなという態度で、現場も金をもらうために黙ってするしかない。

そんな組織は硬直化する。資本主義の末路である。

なんの話をしてるって? もちろん、林政と林業現場の話である。

 

 

 

2021/01/27

貯木場と筏師

友人のカメラマンが、かつて空撮したという貯木場の写真を送ってくれた。

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うわあ、こんなに丸太の浮かぶ貯木場なんて久しぶり、まだあったのか……と思って撮影日を見たら2014年4月だった。それでも7年前には、こんなに丸太が輸入されていたのか。場所は広島県福山市の松永だそうである。南洋材かな。米材の方が可能性あるか。

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これは名古屋港の貯木場の筏師。こちらは2018年撮影だが、まだ筏師が生き残っていることに驚いた。もう、ほとんど消えている存在だと思っていたから。昔と比べて丸太の直径が細くなったから(昔は1~2メートルが当たり前だった)、乗るのが大変かもしれない。大阪も東京も、ほぼ(貯木場が)壊滅しているから、名古屋が大規模な貯木場最後の砦かもしれない。ただ、今はどうなっているか。

この技術も景観も、そのうち「記録」だけになるのかなあ。

もう日本に丸太で輸入される木材は極めて少なくなっている。ロシア材も南洋材も、激減した。米材の一部とか、スポット的な大木の輸入分ぐらいだろうか。輸入するのは製材など製品になってからというのも多いだろう。それに貯木場で水に漬ける必要もだんだんなくなっているからなあ。

20年くらい前に東京の新木場で、ラオスヒノキを浮かべている貯木場を見たが、それが最後だったのではないか。

材木店も減っている。かつて大阪の材木店を見て回ったことがあるのだが、それから10年ぐらいしてから再び歩くと、ほとんどが消えていた。廃業したのか、移転したのか。突然訪ねて、なんだかんだ話を聞いて、何十年も寝かせている銘木を見せてもらったものだが、今はどうなっただろう。

 

 

2021/01/26

「木材・石炭・シェールガス」を読む

『木材・石炭・シェールガス』(石井彰著 PHP新書)を読んだ。副題は「文明史が語るエネルギーの未来」だ。

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著者は日経の新聞記者を経て石油公団で資源開発に携わり、さまざまな研究機関で調査分析をしてきたエネルギーアナリストだ。そして、この本の出版は2014年5月。この基礎情報を知っておいてほしい。

この本が説いているのは、一言で言えば再生可能エネルギーのまやかしだろう。木材から石炭、石油、原子力と流れてきた歴史を追いつつ、世界の潮流となった再生可能エネルギー(水力、太陽光、風力……)。これは地球温暖化防止の方策を模索した果てに選んだ道だ。

しかし、著者に言わせれば、まったく「貧相なロバ」であり、どれも使い物にならないのだそうだ。どれも実は支えているのが石油や石炭、天然ガス、そして原子力でつくられた安くて大量の電力であって、再生可能と言っているだけで、まったく機能していないという。それは欧米も同じで、進んでいるかに見える再生可能エネルギーの利用もデタラメ?というか、誤魔化しだらけらしい。電気自動車を増やせば増やすほど、CO2の排出が増えてしまう……。その中で新たな天然ガスと石油であるシェールガス(とシェールオイル)の実態も解説している。全体としては(シェールオイルではなく)シェールガスに期待する一方で、原子力に未練を示す(笑)。さらに地球温暖化の原因が人為的なCO2だということにも疑問をはさむ。(温暖化は認めている。)
一方で東日本大震災を経ているだけに、「日本で原子力はもう増やせない」ということも認めている。

私自身の感想としては、その通りだろうな、とは思った。個別項目には異議もあるが、全体としては同意せざるを得ない。残念ながら広く薄く存在しているエネルギーである風力や太陽光を集めるのは極めて難儀である。水力は、大型ダムによる発電なら効果的だが、もう適地がないと言える。それに環境破壊がひどい。さらに蓄電用電池などに必要なリチウムも稀少金属だけに広く薄く存在するので、採掘には莫大なエネルギーを消費してしまう。
再生可能というわりには、薄っぺらいエネルギーなのである。地球規模で考えれば、全然CO2の抑制にはならないし、電力料金も何倍にも膨れ上がってしまう。

ここで著者のエネルギー論や私の意見を事細かに紹介するつもりはない。

ただ、気になる項目がある。それはバイオマス発電を評価している点だ。そこで示される日本の森林・林業の状況などは、私に言わせれば素人的な理解の陥穽に落ちている(笑)ので話にならんのだが、「間伐材や切り落とした枝をペレットにして燃料とする」発電は日本に向いているとする。

本書を執筆したのは2013年~14年前半だろうが、このころバイオマス発電所はほとんどなかった。それゆえ理念的なバイオマス発電を描いているようだ。現在稼働しているバイオマス発電所が、「間伐材や枝」どころか燃やすために山を丸ごと裸にしていること、わざわざ海外からペレットやPKSを輸入していること、そして建築廃材のような産廃を未利用材と偽り高いFIT価格を適用させる詐欺まがいが横行していること……などを著者が知ったらどんな反応をするだろうか。

思えば私も、2000年ごろには木材エネルギーを推奨する記事を書いていた。理念的には優れていると思えたのだ。だが現実は、理念より目先の利益を求めて環境破壊を推進する方向へと進んだ。それは太陽光も同じだ。

では、どうすればよいのか。……答えはない。あるのはベストミックスを求めて右往左往するだけだ。(私は、既存ダムによる水力発電の拡大には期待できそうに思うのだが、これも理念だけかもしれない。)

とりあえず再生可能エネルギーの構造的欠陥を知るには勉強になる。

 

 

 

2021/01/25

Y!ニュース「温暖化で森林がCO2の発生源……」書いた裏事情

Yahoo!ニュースに「温暖化で森林がCO2の発生源になる!」を執筆しました。

この元ネタの論文がニュースになったときは、すぐに目をつけていた。なんか『「森を守れ」は森を殺す』(20数年前の拙著タイトル)そのものの内容だからだ。

ただ、これをYahoo!ニュースの記事にするには、元論文を読まないといけない。というわけで挑戦したのだが……記事中にもリンクを張った、これである。

サイエンス・アドバンシズ(1月13日)How close are we to the temperature tipping point of the terrestrial biosphere?

読めん(泣)。。。英語は諦めて、機械翻訳に頼るが、それでもわからん。翻訳の善し悪し以上に、日本語としても専門用語が目立ち非常にわかりにくいわ。それに数式が多すぎ。非常に複雑な観測データを元にしたのだろう。
で、そうそうに投げ出したものの、理屈はわかる。それこそ20数年前に『「森を守れ」は森を殺す』を執筆したときから「森林はCO2を吸収するのか排出するのか」というのは大きなテーマだったからだ。

そこに、土壌が排出するCO2に関する研究を思い出したのである。これは日本の、たしか広島で観測されたデータを元にしていたのではなかったかな。気温が上がるとCO2排出量が増えたという……。

思えば「森林を巡る常識の嘘」というのは、私にとって最初からのテーマである。これからも追求していきたい。

 

2021/01/24

畑に立つ地霧

早朝、奈良の高原地帯(大和高原)を車で走っていると、一部の畑から靄が立ち上っていた。

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おや、と思い、車を止めて見学。おそらく地霧だと思うのだけど、ちょっと不思議。

地霧とは、早朝地面から水蒸気が立ち上がる現象をいうのだそう。畑を耕すと水分が地表に現れるが、そこは黒い色をしているから朝日を受けて温度が上がりやすいという。周辺の冷えた空気より地面が温かくなるため土に含まれる水分が蒸発するというメカニズムなんだろう。温かいと言っても、寒い朝である。沸騰するわけでなくても、相対的に空気との温度差が生じると蒸発するのか。

この日も寒かったが、快晴だった。日射は強そう。ただ、地霧が立っているのは、この畑一枚だけなのだ。周辺の畑は全然立ち上がっていない。

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周りの畑も黒々としているのだが……耕した日が違っていて、もう水分は乾いてしまっていたのだろうか。

それでも、なかなか美しい風景であった。

 

 

2021/01/23

オンライン講演に寄せられた質問について

本日は、オンライン講演「なぜ、野生動物は都会に出没するのか」だった。参加していただいた皆さん、ありがとうこさいます。

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Zoomを使った講演で、全体の時間は1時間と少しだが、そのうち40分を私が話して、そのほか連絡事項以外は質問を受け付けたのだが、それが驚くほどたくさん寄せられた(チャット形式で書き込まれるほか、Q&A欄もある)。

残念ながら時間の都合で質問は全部は取り上げられなかった。そこで幾つかこの場を借りて返答してみたい。まあ、参加者がこのブログを読んでくれるかどうかはわからないのだけど(^^;)。

 

Q.野生動物が多かった江戸時代にも、獣害が問題になっていたのでしょうか。

A.はい、非常に多かったようです。今より酷かったかもしれません。古文書に、田畑が全滅し年貢を減免した話も書き残されています。その対峙のために銃の使用許可を求める嘆願書も出ています。この時代、侍より百姓の方が、火縄銃をたくさん持っていました。ただし、使用と弾丸に関しては厳しく管理されていました。

Q.都市への獣害増加では、中型(動物)が想定されているかと思いますが、大型動物(シカ、イノシシ)はいかがでしょうか。

A.すでにイノシシは都市に出てきていますね。そのうち都会の空き家に住み着くイノシシの家族が登場するかもしれません。シカとクマは、出没しても、すぐに発見されて捕まえるか駆除するか、追い払っている状態です。でも、地方都市などでは毎晩シカが市街地を歩いているケースもあるようです。人間側も、シカなら人に危害の恐れがないので見逃してしまい、それでシカも平気になるのでしょう。でも、それが動物側が「人は怖くない」と覚える元になるので、どんどん増えてしまいかねません。

Q.(獣害)対策は国や自治体で対応していかないと難しいと思ったのですが、音頭を取るのはどこの政府機関でしょうか。

A.現在は、農作物や水産物なら農水省、林業被害なら林野庁、生物多様性とか生態系劣化の問題なら環境省。建物や工作物、そして河川を下って街に出てくるのだから国交省も関わるし、銃などは警察庁かな。とにかく縦割りです。それを統合した省庁をつくるのも一案でしょうね。無理そうだけど(^^;)。

Q.もし害獣と言われる生き物がすべていなくなったとしたら、人にどんな影響があるかわかれば。

A.わかりません(笑)。でも、害獣というのも数が多いからで、1頭1匹1羽だけならカワイイ動物なのかもしれませんから、いなくなると寂しいですね。そうした人以外の動物がいることが、人間の精神に及ぼす影響があるかもしれませんし、文化を産み出す元かもしれません。昔話にいっさい動物が出てこなかったら味気ないと思います。

メモをとれたのはこれぐらいかな。ほかにもあったかもしれませんが、お許しを。


正直、オンラインで講演するというのは、自宅だから楽のはずなのに、妙に緊張して疲れる。相手の顔も見えないし。今後回数を重ねたら慣れるのだろうか。でも出かけて直接しゃべる方が楽というか面白いなあ。いや、講演そのものより、出かけるという行為が楽しいんだろうな。私もコロナ禍の被害者だ。

もっとも参加側は、全国から可能になって楽なんだろう。質問も直接するより書き込む方が気軽なのかもしれない。

 

 

2021/01/22

森の教養~只木先生の非売本

京都府立林業大学校の只木良也校長より、「じいじ先生ちょっと教えて」という本の贈呈を受けた。

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只木先生は、日本の林学界の大御所だ。専門は造林学、森林生態学、そして森林雑学(プロィールより)。

私の書棚にも先生の本は何冊も並んでいるのだが、この本は初めてだ。それもそのはず、非売品である(^^;)。

このタイトルで気づかれた方もいるかもしれないが、もともと「森林雑学研究室」というウェブサイトがあり、その中に「じいじ先生ちょっと教えて」コーナーがある。さらに「只木良也のひとりごと」ブログも設けられている。このサイトは2009年にスタートしているから、もう10周年を一昨年超えたのだが、それを記念して、娘二人と孫娘が「森林雑学研究室かるた」というものをつくり、さらにその記事の一部をまとめた冊子として本書を作り上げたという。身内ネタも多いというが、もちろん森林雑学というには惜しいほど森にまつわる教養が詰まっている。

実は私もこのサイトはブックマークをつけていて、時折覗いていた。とくに本ブログのネタに詰まったときに何かヒントはないか……とネタ探しにネットサーフィンするのであった(^o^)。まあ、ネタにはならなくても森林雑学を身につけられる。今回は、まさにそのままネタにしてしまったけど。

その中の1ページぐらいなら、ここで引用しても怒られないだろう。

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冒頭に「生態学は現代の“聞き耳頭巾”」とある。まさに森林を眺めつつ、その変化を読み取ることこそが生態学のスタートだ。先に理屈を考える前に、まずは観察しよう。

それにしても只木先生、今年87歳だという。お元気だ……\(^o^)/。

 

私も、いっそブログの記事をまとめて本にするかなあ。非売本ならぬ非買本、誰も買わない本になるかもしれんけど。

 

2021/01/21

子どもの「遊び」と「遊び場」について

先日訪れた大阪城公園で見かけた施設に、「プレイヴィル」というものがあった。ようするに子どもの遊び場なのだが……。

株式会社ボーネルランドが経営している屋内と屋外の大型遊具を揃えた遊び場だ。このご時世だが、満員であった。ここでソーシャルディスタンスが……とは言うまい。ただ入場料がねえ(^^;)。子どもが30分で800円とか。付き添いの大人も600円取られるし。大人が遊んだ方がコスパがよいぞヾ(- -;)。

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大阪城公園そのものは広くて森林もあるのだが、そこで子どもを遊ばせるのではなく、遊具の揃った場所を求める親、保護者が多いのだろう。また子どもも単に公園内では何をしていいのかわからんのか。

そこで思い出すのが、この前取材にお邪魔した奈良の「森のようちえん ウィズナチュラ」。閉鎖中のキャンプ場を使っているのだが、保護者などがつくった手づくり遊具で遊んでいる。何を使ってどんな遊びをするかは、子どもが自分で考える。

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焚き火もできるし。木に登れるし。ナイフで木を削っている園児もいるし。火と刃物というのは、子どもにとって、どれほど魅力的か。まあ、それを見守る保護者にも、“覚悟”はいるけどね(笑)。それに安上がりだ。毎日がアウトドア\(^o^)/。いや木育と言っておくか。

 

遊び」はなぜ必要か。遊びは、人間だけでなく動物も子どもの時代に必ず行う。イヌ、ネコはもちろんもっと下等なネズミ以下の動物もするし鳥類にもあるようだ。爬虫類や両生類、さらに魚類はどうかわからないが、実は似たことをやっているのではないかと思う。

なぜなら「遊び」の役割は、一つには「訓練・練習」であるからだ。ケンカは敵対者と戦う訓練であるだけでなく、同類との争いでどの程度までなら相手に怪我させずに屈伏させるかという加減やテクニックを覚える意味がある。逆に攻撃を受けた際に身を守る方法も覚えるだろう。

同時に「ストレス解消」と「スキンシップ」の役割もあるはずだ。目一杯身体を動かしたり、わざと仲間にちょっかいを出したり。これを幼児時代に覚えないと、精神面のコントロールが難しくなる。性格形成にも響くだろう。

これらは大人が教えるのではなく体得していくべきなんだな。「子どもは未熟な大人」ではなくて「子ども」なのだから。ルソーのいう「子どもの発見」についても考えてみなければなるまい。「教育は消極的でなくてはならない」なんて言葉もある。

ま、そんなことを考えると、上記のどちらがいい?

 

 

2021/01/20

木造人工衛星がめざすもの

京都大と住友林業が、2023年に木造の人工衛星を打ち上げる計画を発表した。もちろん世界初。

すでに新聞などで記事になっているが、ほとんどがその目的を「人工衛星は、運用終了後に大気圏に突入させて燃焼させるが、これまでは燃焼時に大気の汚染源となりうる微小物質(アルミナ粒子)が発生させていた。木造人工衛星なら完全に燃え尽きてクリーンで環境に優しい人工衛星になる」という点を指摘している。

れもあるだろう。だが、よく考えたら馬鹿げている。なぜなら人工衛星全部が木製のわけはなく、中に様々な金属部品を含み観測や通信などを行い電子制御を行わねば人工衛星たる機能は果たせない。だから、完全にクリーンに燃え尽きるはずはない。なんで、ここに注目するのだろう。ちょっと紹介している記事を総ざらえしてみると、BBCがそのように報道していた。イギリスでは、そこがウケたのかもしれないが、それを日本のメディアが丸飲みしたのてはないか。

そこで計画の元ネタを探して住友林業のニュースリリースを読んでみると、「木材は電磁波・地磁気を透過するので、アンテナや姿勢制御装置を衛星内部に設置でき)」点や「衛星構造を簡素化して、軽量化できるので、打ち上げコストなどを低減できる可能性がある」ことにも触れている。なるほど、木製にはいくつもの利点があったのだ。(もちろん欠点もあるはずだ。)なんで、そうした点を取り上げないのか。

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なお、今回の計画で打ち上げるのは、一辺が約10センチの立方体。あくまで実験用だ。真空状態で最も変形に強かったホオノキを用いて、国際宇宙ステーションと同じ高度約400キロで半年~1年間、定期的に木の強度や変形度合いのデータを地球に送信させる計画らしい。いきなり実用的な人工衛星を木製化するわけではない。

さらに計画をよく調べると、京大と住友林業の協業テーマは多くあり、木造人工衛星というのはその中の一つにすぎないよう。ほかにもこんな項目が並ぶ。

共同研究テーマ
・宇宙環境における木材の物性に関する研究
・宇宙環境における樹木の育成に関する研究
・宇宙ステーション等の極限環境におけるストレス低減に及ぼす 木の効果研究
・宇宙環境における木造建築物構築に関する研究
・宇宙の大気、土壌等に関する研究

そのうえで、木造建築向け超高耐候性木質建材の開発して、(地球における)木造建築・木材利用推進につなげようというわけだ。それなら将来的なビジネスにも結びつくから研究する価値は高まるだろう。

 

私自身は、「宇宙環境における樹木の育成」というテーマがもっとも興味ある。木材より生きた樹木ですよ(^o^)。

それで思い出したのは、40~50年くらい前のSF映画に「サイレント・ランニング」というのがあって、そこでは地球上に植物は絶えてしまい、宇宙空間で植物を保存しているという設定だった。ドーム型衛星をいくつか打ち上げて、その中に森林をつくって植物を栽培している。しかし管理者もほとんど植物には興味なく投げやり。その中に、たった一人植物の大切さを感じている担当者がいた。そこに予算削減から「植物保存計画」は打ち切りになり、宇宙空間に森をつくっていたドーム衛星を爆破することになった。だが植物を愛する担当者は抵抗して、とうとう一つのドーム衛星を切り離し宇宙に放す……そんなストーリーだった。

かなり低予算で、しかも未来の宇宙船の描き方は陳腐だったが、結構感動できた(笑)。あれが「2001年宇宙の旅」や「スターウォーズ」などの宇宙SF映画の系譜につながっていくのだとも思える。

今回の研究も、そんな宇宙に森をつくる壮大な計画を目標にしてくれたらなあ。

 

2021/01/19

知らなかった農林系の専門職大学

専門職大学(と、専門職短期大学)という教育機関を知っているだろうか。

2017年5月24日の学校教育法の改正によって設けられた実践的な職業教育を行う新しい高等教育機関のことである。従来の大学(と短大)とは異なり、実習や実験等を重視した即戦力となりうる人材の育成を目指す……とある。一方で既存の大学校、専門学校などとも違って、各学校の長所を取り入れて、理論にも裏付けられた「高度な実践力」「豊かな創造力」を身に付ける……と謳っている。

実際に設置が始まったのは2019年以降。その分野はいろいろあるが、2019年に開学したのは高知リハビリテーション専門職大学、国際ファッション専門職大学、ヤマザキ動物看護専門職短期大学。20年には岡山医療専門職大学、開志専門職大学、情報経営イノベーション専門職大学、東京国際工科専門職大学、東京保健医療専門職大学、びわこリハビリテーション専門職大学……その中に静岡県立農林環境専門職大学(と短大)がある。農林分野では第1号だ。愛称は「アグリフォーレ」。アグリとフォレストの合体か。なんとなく笑える。昨年4月オープンだから、コロナ禍の中での船出だったよう。

静岡県は、実習・演習を中心とした「実学」重視の教育研究を展開する……とあるが、これって大学校や専門学校などの教育理念にもふんだんに使われる言葉だ。いや最近は、大学だって地方では「実学重視」を掲げている。そして地域に貢献とか……そう言わないと存在意義が疑われるらしい。いま一つ、専門職大学の差別化ができていない。

「アグリフォーレ」は、静岡県立農林大学校から独立させて設立したようだ。大学校はなくならないが、生徒募集を止めているから遠からずアグリフォーレに大学校を吸収するのだろう。ちなみに、静岡県には静岡大学農学部もある。ちなみに、私はここの林学科を卒業している。ちなみに、今では当時あった林学科も林産学科も消えて、かろうじて生産資源科学科の中に地域生態環境科学コースと木質科学コースとして名残がある。そういえば静岡には静岡天竜林業高校もあった。こちらは2014年に廃校・統合になったが……。森林科は残されたようだが。教育機関はどんどん変遷を重ねているのだ。

さて、教育内容を見ると、やはり農業が中心で畜産などが目立つが、林業コースもあった。せっかくだから林業教育のカリキュラムを見よう。

林業コース生産理論科目
森林計画・政策論 造林学 森林土木学 木質科学概論 木材生産システム
林業コース生産技術科目
演習林実習 生産マネジメント実習Ⅰ(林業) 生産マネジメント実習Ⅱ(林業) 企業実習

森林計画や造林など、林業生産分野における基礎的知識を座学で身に付けるとともに、県有林などで実習を行い、森林管理の実践力を養います。
トラクター、ドローン、グラップラーなどの林業機械等の実習、また林業経営体における長期企業実習も行います。

なんだか各地の林業大学校カリキュラムと似ている……。企業実習って。どこで違いを出すんだろう。

ただ学長の鈴木滋彦氏のプロフィールを見ると、名古屋大学大学院農学研究科を修了後、静岡大学農学部林産学科に奉職し、木材の有効利用、特に木質材料、森林バイオマス、セルロースナノファイバーに関する研究に従事、とあるから、林業系の人のようだ。学長が静大の講師を勤めていた期間と、私の静大在学期間は重なっていることになる。学科は違うけど、講義を受けた可能性だってある。
ほか、講師陣に平岡裕一郎准教授の名が載っている。森林総研から来られた森林育種分野の方のようだ。

まあ、まだ開学1年経っていないうえにコロナ禍だ。どのように授業をしたことか。

各地の大学、大学校が改組されている。従来の仕組みでは社会と齟齬が生まれているからだろう。それはそれでよし。その中に専門職大学という新たな組織が生まれたのだから、今後農林系を学びたい人にとっては選択肢に入れられるはず。なお山形県でも農林系の専門職大学の設立に動いているそうだ。こちらにも林業コースはできそう。

それにしても、あまりに専門職大学は世間に知られていないね。まあ、専門職大学というネーミングがダサすぎるけど。文科省、もう少しセンス持てよ。。。まあ単に「大学校」「専門学校」を「大学」にして見映えよく学士を与えるようにしただけ、というのならしらける。健闘を祈りたい。

 

2021/01/18

銀杏の運び屋は誰?

大阪城公園を訪れた。久しぶりの大阪。生駒にいると、さほど緊張感はないのだが、緊急事態宣言の出ている大阪である。なんか鬼の瘴気が満ちている……、いやコロナウイルスが蔓延している気配がするではないか。

もちろん厳戒体制下であるから、徹底的な防護を試み、家から公園まで、すれ違う人は別として2メートル以内に他人を近づけることはしない。私もマスクどころか一口も声を発しない。電車の中では息をしない。(嘘)

公園内は意外や想像より人は多かったが、さすがに広いから接近する人もいない。ホッとして気持ちとマスクを緩めて歩ける。

それでも道を歩くのは危険だ。先に歩いた人が吐き出したコロナウイルス入り息が漂っているかもしれないではないか。そこで森の中を選んで歩く。樹間なら、さすがにコロナウイルスも浮遊していないだろう……。

とまあ、そんな心持ちで進むと、そんな木の根っこに妙なものを見つけた。

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この白い粒はなんだ。

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拡大すると、こんな具合。どうやら銀杏(ギンナン)の実であった。臭い皮は剥けて、芯の部分。大量にあるところを見ると、偶然に落ちたのではないだろう。イチョウは、周辺道路に街路樹としてたくさんある。そこから銀杏を集めたのは……臭いあの実を食べたのは誰だ。人間は、臭い種皮は食べられずに、その中の硬果を食うのだが、ここにあるのは種皮を食べて肝心の硬果を残している。こんなことをするのは何者か。

しかもたくさん食べたのか。あの臭い実を。そして、ここに吐き出した?

ただし臭いのは種皮の部分で、ここには酪酸が含まれるから排泄物系の臭いだ。まさに瘴気。しかも触るとカブれる。これを食べられるのは、やはり鬼、じゃない特別な消化器系がいる。

たとえはタヌキやクマは種皮ごと銀杏を食べてしまうそうだ。アライグマも食べるという。鳥はどうだろうか。ヒヨドリが食べたという報告はある。果たして、大阪城公園のケースはなんだろうか。溜め糞のようでもあるので、タヌキやアライグマの可能性もあるかもしれない。

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ついでに、こんな鳥の羽も、周辺に落ちていた。結構大きな羽だ。カラスかもしれない。カラスが銀杏を食べるとは思えない。むしろ、これが落ちているというのは、ネコにでも襲われたのかもしれない。

2021/01/17

シカカモカモシカカモ。。。

こんな記事があった。三重県の菰野町はカモシカの棲息地として売り出し中らしいが、カモシカをシカの仲間と思っている人が多いことから、
誰が、鹿や。」というポスターをつくったらオオウケらしい。
カモシカ=牛の仲間だったんだ… 「誰が鹿や」菰野町ポスターが話題

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しかシカとつくが、ウシ科の動物だね。考えたら、今年は丑年だから、こんな話題が記事になったのかも

私も学生時代にニホンカモシカの生態観察をしようと冬山に乗り込んで1週間ほど張り込んだが、見られたのは一度だけ、という経験があるので懐かしい。ただ、今では見るのにそんなに苦労しないだろう。あきらかに数は増えている。

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この写真、某林業家(の奥さん)から提供された写真。岐阜県の下呂地方の山らしい。ここまで大きくしっかり撮れるのだから、かなり近づけたのだろう。カモシカは、もともと何か異変があると、すぐに逃げずに立ち止まって確認する癖があるのだが、カメラチャンスにもってこいだ。

実は私が調査しようと思ったのも、もともと当時はカモシカの林業被害が多かったからだ。とくに岐阜の付知地方で問題になった。
私が張り込んだのは静岡県の中川根で、ここも増えているはずだった。しかし、簡単には目撃できないほどの生息数だったのだろう。今はその頃より増えているのは間違いないので、もっと獣害が発生してもよいものなんだが……。当時は植林したヒノキ苗を食われてしまう害が多かったが、現在は植林そのものが行われていないから目立たないのかもしれない。しかも、あまり農地の作物を狙って里まで出てくることはないようだ。その点はシカと違うかも。シカより用心深いのだろう。その上シカがあまりに増えすぎて、それに圧されている面もある。

だが、生息している限りは、何か植物を餌にしているわけで、それなりに植生を圧迫しているはず。今は何でもシカのせいにされるから目立たないだけかも。シカたがない(^^;)。

ちなみに食痕とか足跡、そして糞などはシカと似ているから区別しづらい。シカとカモシカの糞を区別できたら動物生態調査は一人前だ(笑)。

 

 

2021/01/16

Y!ニュース「大都会に出没する野生動物の侵入ルート…」を書いた理由

Yahoo!ニュースに「大都会に出没する野生動物の侵入ルートと隠れ家はどこだ」を執筆しました。

拙著『獣害列島』出版を受けて、

SpringX 超学校 「つくること、食べること、生きること なぜ野生動物は都会に出没するのか

というオンライン講演をすることになった。ただ本と同じ内容を話すのでは芸がない。何か新味となるテーマは、という相談をして、獣害という以前の野生動物が出没する理由、それも農山村ではなく都会まで足を伸ばす理由、ということをテーマにすることになった。

ま、この記事は、その講演内容のネタばれ?である(笑)。

もちろん、丸ごとこの記事読んだら講演を聞く必要がないよ、と思われたら困るから、その延長にまた新しいことも話す予定だ。

考えてみれば、農山村にイノシシやシカが出没して深刻な獣害を引き起こしていることは、地方の人間なら自明の理というか、すでに知っている情報だろう。そして、それが地方の都市にも侵食してきたのが現状だ。そこからもう一歩進めると、大都市にも大型野生動物が侵入して被害をもたらす事態ではないか。すでに散発的にイノシシやシカが東京の都心部に登場してニュースになっている。そこから次に起こることを都市住民にも自覚してもらいたい……というのが講演の趣旨になるだろうか。

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ともあれ、オンライン講演は、私にとってもまだ試行段階。どうなるか、講演の進め方自体にドキドキしている。

 

2021/01/15

トレイルカメラが身近に

野外にセットして、動くものを児童で撮影するトレイルカメラ。

かつて野生動物の行動を研究するのに究極のアイテム扱いで、これをアチコチに仕掛けたいなあ、でも高いしなあ……と思わせる代物だった。

それが、あっさりホームセンターで売っていた (@_@)。

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電池式で6カ月スタンバイしてくれるという。しかも赤外線で暗闇でも写る。防水・防塵なのはいうまでもない。なかなかの優れものだ。これが1万円足らずで手に入るのだから……。

一応、防犯用やゴミの不法投棄監視などが目的と書かれているが、こうした品が身近に出回るようになったのは、やはり農地や庭などが動物に荒らされることが頻発するようになったからではないか。これで荒らす正体を調べるためだ。イノシシが多いだろうが、シカやアライグマ、タヌキ、ハクビシンなども写っているかも。クマが写ったら怖すぎる。

それだけ獣害が身近になったということかね。

 

2021/01/14

「どんぐり運び」の危険性、証明された?

森林総研のサイトにアップされていた、こんな研究結果。

異なる地域のドングリを植えて生じる悪影響―ミズナラの種苗移動による成長低下と遺伝的交雑
(本研究成果は、2020年12月3日にForest Ecology and Management誌でオンライン公開されているらしい。)

 

これって、例の(笑)、熊森協会などがやっている「どんぐり運び」活動の問題点の一つとしている遺伝子攪乱問題に関する証明になるのだろうか。ここではミズナラの実を材料に、同種でも地域の違うドングリの遺伝子が持ち込まれると、森林環境に影響をもたらすことを示している。

Photo_20210114222501(上記サイトよりパクる)

北海道と岡山県のミズナラ植栽試験地で、地元由来の植栽木とよそ(他所)の地域に由来する植栽木の遺伝子型との成長を比較し、それらのどんぐりから生じた芽生えの遺伝子型を調べました。その結果、他所の地域に由来する植栽木の成長は地元のものとくらべて低いことがわかりました。また、芽生えの遺伝子型から異なる地域に由来する植栽木の間で交雑が生じていることも明らかになり、次世代以降の地域の遺伝的固有性に影響を及ぼすことが考えられました。

具体的な実験方法は、
全国19産地から収集したミズナラを植栽した北海道と岡山県の試験地(それぞれ北試験地、南試験地とする)において、植栽木の遺伝子型と成長を比較し、さらに試験地内のどんぐりから生じた芽生えの遺伝子型を調べました(北試験地:北海道大学北方生物圏フィールド科学センター森林圏ステーション北管理部、2001年植栽。南試験地:鳥取大学農学部附属フィールドサイエンスセンター教育研究林「蒜山の森」、1982年植栽)

・他所の地域に由来する植栽木は、地元由来の植栽木よりも両試験地において成長(生育面積あたり幹断面積)が約40%低下しました。
・両試験地とも植栽木から落ちたどんぐりの芽生えは、親木である植栽木よりも地元と他所の中間的な由来比率の頻度が高く、その多くが地元と他所の地域に由来する植栽木の間の交雑の結果として生じたものと考えられました。

森林総研では、「広葉樹の種苗移動に関する遺伝的ガイドライン」があって、地元の種苗を植林に用いることを推奨しているようだ。


ちなみに私は、「どんぐり運び」に関しては、現実問題としてほとんど環境に影響ないだろう、と思っている。何百キロ運ぼうと、その地域で生産されるドングリの量と比べて些少だろうし、そのほとんどを虫に食べられてしまうと想像するからだ。さらに鳥、ネズミなどの小動物、そしてタヌキにイノシシに……と食べられる。少しぐらいはクマの口にも入るかもしれない。(クマのテリトリーを考えると、一つのドングリの山に1頭しかいないだろう。)いずれにしろ、芽吹くのはわずかで、芽吹いても次のドングリを稔らせるまで生き延びられるのはごくわずかだ。上記の研究のように生長が悪いのなら尚更だ。……しかし、こんな研究結果が出たか。

実験では地元種と交雑している結果が出ているだから、それなりに悪影響をもたらす可能性はあるわけだ。まあ、それほど意外感はなくて、そうだろうなあ、というレベルなのだが、ちゃんと証明したのだから(植栽から考えると、20年、40年もの時間をかけている)立派。

今後、「どんぐり運び」問題が持ち上がったら、この成果を世間にひけらかそう(^o^)。

 

 

 

2021/01/13

木が白く染まる被害の正体

『獣害列島』を出版したからというわけではないが(いや、したからかも)、身近なところでも獣害が目によく止まるようになった。

これは奈良市のややこしいところ(道が入り組んでどこに向っているのかわからんようになりそうなところ。)を走っていて、目に止まった池の写真。

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池は、昨日の寒波で薄らと凍っているのだが、岸辺の木々がやたら白く染まっている。一瞬、何か白い薬剤でも撒いたのかと思ってしまった。あるいはペンキを空から散布したとか……。

すぐ気づいた。これって、鳥害だ。鳥の糞が木々にかかって白く見えるのだ。そして木は枯れていく。犯人、いや犯鳥はカワウだろう。よくよく見れば枝の先の方に群で留まっている。

ちょっと逆光なので池の反対側に走る。これがまた路地のような道だったのだが……。距離は遠くなったが、よりわかる。

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アップしたのも載せよう。

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この鳥の糞害というのも馬鹿にならない。木をどんどん枯らすし、いくら追い払ってももどってくる。仮に追い払えても、その句・群は別の山に移るだけで、そこの木々を枯らす。手の打ちようがないのだ。少々殺しても平気だというからカワウの駆除やもちろん防護や予防は簡単ではない。この岸辺の木もそのうち枯れるだろうなあ。

『獣害列島』では主に哺乳類に絞ったので鳥の害についてはほとんど触れなかったが、実はカラスやカワウといった鳥害も大きい。鳥インフルエンザの人間感染のように、潜在的にはコロナ禍より恐ろしいと言われる感染症の恐怖もある。

いつか鳥害を扱ってみたい……いや、止めておこう、鳥は誰かほかの人に頼むよ。私は、鳥は苦手だ(^^;)。

 

 

2021/01/12

箱わなに獲物がかかったとしても……

生駒山に仕掛けられた箱わなを見た。イノシシ用だろう。場所は、正確には県境を超えて、大阪府に入ったところだ。すぐ近くに建設資材置き場があるなど、わりと賑やかな場所なんだが、それはイノシシ的には気にしないのだろうか。

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餌は、ぬかとサツマイモのようだ。箱わな前と、入り口と、奥。3ヶ所に餌が置かれ、一番奥間で入ったら扉が落ちる仕掛けだろうか。
これが箱わなの仕掛け方として定石、なのかどうかは知らない。果たしてかかる個体がいるかどうか。

いつも思うのだが、仮にかかったとして、それを仕留めるのは誰が行うのだろう。素人には難しい。一番ポピュラーなのは槍で刺すことだそうだが、これは担当者の度胸も技術もいる。一発で心臓を刺せるのか。檻の中でも暴れるだろうし。急所を刺せずに血を流しながら暴れられたらきついだろうな。。。
次にを使う手があるが、これは猟銃を持ち資格も必要だ。大阪にも猟友会はあるにしても、わざわざ現場に来てもらわないといけない。銃だって当たり損なうとすぐには死なない。
最近は電気止め刺し槍もあるらしい。イノシシにバッテリーから電気ショックで命を絶つものだ。これだってアースが必要だし、漏電や自身の感電が怖いから慎重にしなければなるまい。ただ槍を突き刺したり銃で撃つより、心理的抵抗は少ないらしい。(でも、肉は食べられなくなると聞いたが、いかがなものか。)

そして死んだと思って箱わなから出したら、目覚めたりするケースもあるそうでヒッ (゚o゚;) 。

駆除と一口に言うけど、やっぱり大変だよ。。。

 

2021/01/11

「クマにどんぐり」論争に一石投げ入れた?

本日、ZAKZAKに「困ったクマにドングリで大論争 「ビーガン」団体の活動に生態系破壊懸念の声」という記事がアップされた。

これは1月8日の夕刊フジに掲載されたものの転載だが、日本ヴィーガン協会が行った「クマにどんぐり」を運ぶ運動のためのクラウドファンディングに寄付が殺到したことを元にした記事で、私がコメントしている。

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私を(電話)取材した記者は、とくに生態学に詳しいわけでも、その前の日本熊森協会の運動についても知らなかったが、直感的に「ヘンじゃね?」と思って取材を始め、クマの都会出没にコメントしていた私のところに連絡してきたというわけだ。そこで私が20年も前から問題になっている熊森協会の問題と歴史を含めて解説したわけである。で、クマの餌になるように人がドングリを運ぶことの問題点を総ざらえ的に説明した。

思えば、この問題の記事はいくつもある。そもそも私も、本ブログで昨年12月26日に「どんぐり騒動」として記している。

その前には J-CASTニュースで「クマのために「山にドングリを」 論争呼ぶクラウドファンディング」もあった。こちらでは両論併記というか、環境省の逃げ腰が目立つ。

そして共同通信の「クマ対策、各地で模索続く ドングリ集め給餌、植栽も」という記事を昨年のうちに流していた。ここでは出没するクマ対策の一つとして、どちらかというと好感を持って伝えている。だが、それに反論というか問題を指摘する声が高まったのだろう、年が明けて再び配信した。

クマ対策、山にドングリをまくのは大丈夫? 専門家、生態系への影響を危惧」。(1月8日)

こちらは懐疑的というかどんぐり撒いちゃダメという論調だ。ただ後半はふるさと納税でどんぐりのなる木を植えることを“好感”を持って伝えているから、記者はわかっていないのかな?

ともあれ、なかなかの賑わいだ(笑)。いや他人事ではいけませんね。私も一石を投げ入れた一人だし。正直なところ、別にどんぐり運んでも、生態系に与える影響はさして大きくないと思っている。運んで何百キロかのどんぐりの大半は鳥や虫やネズミ、せいぜいイノシシが食べるだけで、クマの口にはほとんど届かないだろう。そして残ったどんぐりも芽吹くことは少ないし、自然の中に飲み込まれていく。ただ、無駄なことやっているとしか思わない。

実は、ほかにも取り上げたいというメディアはあるのだが、どうせなら本丸の熊森協会を取材してほしい。彼らの資金源を洗えば面白いよ、と伝えているのだが。すると腰が重くなる……。

私自身も、以前も書いた通り、この問題は面倒くさい。。。むしろ興味を持っているのは「なぜ、クマなの?」ということや、「なぜ、ネコは可愛がられて駆除されないの?」なのだ。
カワイイという感情の正体を追いかけたいのだが……世間はカワイイとカワイソウの二つの感情で動いているというのが私の持論。ただカワイイはカワイソウと語源が同じなんだよなあ。不憫だという同情と好ましい・美しいという感性の関係も気になる。でも、これは心理学の世界になるし、世間を敵に回す(怖)からなあ。結論は、どう考えても
「ノネコを、どんどん駆除しろ」になるからだ(⌒ー⌒)。

ネコやクマがカワイイなら、農作物食って駆除されるシカやイノシシもカワイイし、ネコに食われる鳥の命はどう思うんだ、というだけである。

2021/01/10

林業の獣害は止まらないことの証明

たまたま見つけた、農水省のサイトにあった平成30年度農作物鳥獣被害防止対策研修。

どうやら各地から鳥獣害に取り組んでいる行政マン(農水省、環境省、各地の県、市町村自治体)、それに民間会社も含めた研究発表会のようなもののようだが、その中で気に入ったのは「個体数管理の落とし穴」だ。山梨県総合農業研究センターの本田剛氏によるものだ。

その主題の一つは、近頃流行りのシャープシューティング(野生動物を餌付けして、人に馴らして集まるようにしてから仕留める狩猟の仕方)に対する批判というか疑義。最終的に殺すつもりでも、餌付けして人に馴れさせたら仕留めるまでにも農地に出て被害を出すでしょ。私も、人に馴らしてから殺すなんて、動物に対する尊厳が感じられないと思ってしまうが……。

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むしろ注目したのは、「単純に個体数を半減すれば被害も半減すると考えるのは浅はか  個体数 ≠ 被害量」という言葉。

つまり駆除だけでは効果は期待薄、ということだ。同意する。とにかく捕獲、駆除数に頼って獣害を減らそうとするのは無理だ。かつて獣害対策会社に取材した際、「網や柵を張るのに力入れるより、どんどん駆除すればいいんだ」といった言葉を聞いて幻滅したことがある。一応、専門家がこんなことをいうのだから……。上記のように個体数を半減させても被害は半減どころかたいして減らない。やるなら絶滅に追い込むぐらいに駆除しまくるのならわかるが。

ただ私が考え込んだのは、「林業被害を減らすために、山奥でシカを殺す」ことは問題があるという点だ。

山奥での捕殺を続けるとどうなるかというと、シカを始めとする動物はむしろ里に出てくるようになる。というのだ。そして

• 農業被害増える.
• シカやイノシシの交通事故増える.
• サル,イノシシ,クマの人身事故増える
• 山奥での捕殺は,森林から出てこない「慎重な」個体を殺す
• これを続けると「大胆な」個体が増える.

というわけ。そして取るべき手段として上げるのは……

効率的な捕獲とは?
人を見ただけで山奥に逃げてしまう動物を作ること

れを裏読みすると、シカなど加害獣は山奥に閉じ込める⇒林業被害は防げない。ということになる。里に出てくる個体を駆除することは農業被害を抑えることになるが、森から出てこない個体は残る。それらは林業被害をもたらす……ということにならないか。

それを防ぐ決定打はない。あえて言えば里に近づく個体をどんどん捕獲したり追い払うから人を恐れる個体が多くなるだろう。そこで林業地に常に人の気配を広げること、だろうか。

これは厳しいねえ。林業地(造林地だけでなく、皮剥を防ぐためには高樹齢林も含む)に人が常に入る状況をつくるのは無理だ。数か月、いや数年間も人が通わない林地だって珍しくないのに。人の臭いのするものをばらまく……というのも効果は長続きしない。
そして柵も滅多にメンテナンスしないから、どこかに穴が開いたり開けられて侵入される。

さて、どうする?

 

2021/01/09

Y!ニュース『2021年「南洋材時代」の終焉……』書いた裏事情

Yahoo!ニュースに『2021年「南洋材時代」の終焉迎えるか』を執筆しました。

実は、冒頭に記した大新合板工業が廃業するというニュースは、昨夏に流れていた。その時は読み流していたのだが、年末になって「南洋材」について書こうと決意。これをもって2020年最後の……

と、ところが書けなかったのだ。幾度も手を出すが筆が進まない。もともと(紙の記事と違って)ネット記事は速筆が自慢。一気書きすることが多いのだが、今回ばかりは何日も書いては直し、寝かし、また悩む。だんだん主題が変わって「南洋材時代」に対する自分の体験まで入ってくる。自分の南洋材、熱帯ジャングルに対する思いを再認識してしまった。

とうとう年末は諦めて2021年最初の1本とした。つまり2年越しの記事なのである(^^;)。

もちろん、一つの会社が解散したからといって、すぐに南洋材の輸入がストップするわけではない。ほかにも南洋材を扱う会社はある。合板でなくても家具や建具も作られている。またアフリカや中南米から輸入する業者もいる。だが、そうした南洋材商品は、いまや銘木扱い……とまで行かなくても高級で珍奇な材の商品となるだろう。もしかしたら寺社の大径木建築に使われるかもしれないし、高級デッキなどになるかもしれない。

それはそれでよいのではないか。何もすべての南洋材を輸入するな、というわけではないのだ。高値で少量販売することは、その国にとって利益をもたらすわけで、むしろ木材のイメージを高めるだろう。南洋材を安物と思っている日本人が古いのだ。

南洋材時代が終わり、木材のイメージを新しくして未来に臨むスタート。それが2021年であってほしい。

 

 

 

 

2021/01/08

土器が引き起こした森林破壊

j栃木県益子町から採取した土壌に含まれる花粉の種類と個数を調べ、8~10世紀に盛んに行われた須恵器生産のため、植生が変わったという研究が好評されている。

栃木県南部益子地域における過去1400年間の植生変遷と人間活動の影響

具体的には、アカガシ亜属(アラカシ等)やコナラ亜属(コナラ等)の樹木は減少し、代わってクリ(クリ属)が増加したという。

ちなみに須恵器は、朝鮮半島から伝わった土器で、日本古来の縄文式土器弥生式土器、そして土師器よりも焼成温度が高くて窯の温度を上げるのに燃料を多く使ったから……と推定している。ま、みんなブナ科じゃねえか、と思うと、この差がわからんのだけど。アラカシやコナラばかりを土器を焼く燃料にしたってこと? クリだって燃料にならないわけはない。クリを燃やしても温度が上がらないのか。

ただ地元の生駒山も、須恵器や黒色土器、そして平城京の瓦などを大量に焼いたことで植生が変わったという報告が出ている。ただ、益子焼の生産が開始された19世紀中頃以降における樹種構成の変化はほとんど認められなかったそうで、その理由に益子焼は少ない燃焼材で生産可能であったため。また化石燃料が用いられるようになったことも要因として考えられる……としているのは解せんなあ。

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生駒山の某所で私が盗掘した土器(^^;)。窯跡が見つかっている近くの灰原で発見。

益子焼に関しては、ウィキペディアによると、
江戸時代末期、嘉永年間に常陸国(現笠間市)で修行した大塚啓三郎が益子に窯を築いたことにより始まったとされる。益子焼の陶土は、豊富にあるものの肌理が粗く精巧な器を作るには向かなかったため、当初の益子焼は主にみずがめ・火鉢・壺などの日用品として製作されていた。その後1927年から創作活動を開始した濱田庄司によって花器・茶器などの民芸品が作られるようになり、日本全国に知られることとなる。 
とのこと。

益子焼は、陶器であるから土器より高温で焼いたのではないか。それなのに少ない燃料で焼けたのか? さらに磁器となるとさらに高温ではないのか。幕末ともなると、すでに石炭が燃料として使われていた時代だが、栃木県で入手可能だったのか。

ところで、こちらは信楽から伊賀地方の粘土鉱山。グーグルで見たとおり、ごっそり山を削っている現場。まだ現役の鉱山だ。主に長石を掘っているらしい。磁器の原料だ。

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これも、そのつもりで見ると大変な森林破壊であり、植生の変化をもたらしているねえ。見たところマツが多いのは、やはり土壌を剥いでしまったからか。もともと古琵琶湖の湖底だったから比較的平坦だけど、粘土を掘り取ることでより平地を増やしたかもしれない。

部分的に国有地もあったようで、森林管理署が植林していた。何の木かわからないが……。それにシカが多いので、食われちまっているようだ。

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2021/01/07

オンラインで考える獣害問題の講座のお知らせ

こんな講演をオンラインで行うことになりました。

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「なぜ野⽣動物は都会に出没するのか?」

(SpringX超学校〉つくること、食べること、生きること
 【講師】田中淳夫氏(森林ジャーナリスト)
 【日時】2021年1月23日(土) 15:00~16:00 ※Zoomにてオンライン開催
 【参加費】1000円(税込)
 【申込締切】2021年1月22日(金) 12:00
 URL: https://kc-i.jp/activity/chogakko/food/detail20210123.php

シリーズ「つくること、⾷べること、⽣きること」
⽣活や命の根幹である「⾷」は、激変する世界において私たちの営みの変わらぬ原動⼒となっています。今後も講義やワークショップを通じて、⾷にまつわる歴史や思想、農⼭漁村と農林⽔産業をめぐる社会課題、⾷⽂化からフードテックまで、さまざまなアプローチで迫ります。
■主催:⼀般社団法⼈ナレッジキャピタル
■お問い合わせ:ナレッジキャピタルSpringX事務局 springx@kc-i.jp

獣害というと、今も農山村のものと思われがちだが、今回は都会がテーマ。街になぜ野生動物が出没するのか、という点に絞り込んでのお話。
すでに都会のど真ん中にシカやイノシシ、ときにはクマまで出没することが増えている。

なぜ野生動物は都会をめざすのか。
なぜ、都会のど真ん中まで侵入することができるのか。

この点にフォーカスしたい。意外と誰も指摘しないのだが、山間部から何十キロも離れた都心まで気づかれずに動物が移動できるものなのか、この謎を説き明かしてみたい。それに頑張って街に出てきても動物にとって何かメリットはあるのか、という点も考察しておきたい。

オンラインならではの気軽さで申し込みください。時間的には約1時間なので、40分くらい話して20分~は質疑応答ができれば。オンラインでどの程度話せるのか、また質問が出るのか予測できないので不安(^^;)。質問が出ないと早く終わっちゃうかもね。。。。ヾ(- -;)

と、ともあれ、私としてもチャレンジです。

 

2021/01/06

「けものが街にやってくる」を読んだ

けものが街にやってくる』(羽澄俊裕著 地人書館発行)を読んだ。

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このタイトル。まさに拙著『獣害列島』のテーマと被っている。私も、最終的には野生動物は街に進出してきて獣害は都市住民にも身近になるであろう、と考えているは記した。しかも、発売日が昨年10月10日と、まったく同じだ。

先に「池の水」抜くのは誰のためも近い時期に発行された拙著と似たテーマの本として紹介したが、こちらもズバリ真正面から来たなあ、という印象である。

しかも著者には記憶がある。「野生動物保護管理事務所」という会社を立ち上げツキノワグマの研究家として知られているのだ。実は、私も電話取材をした記憶があるので、数十年前に話したことになる。ま、向こうは覚えていないだろうが(^^;)。たしか野生のクマの生息数の推定法について聞いたはず。駆除数などから推定するから、駆除すればするほど生息数は増えることになる、結構いい加減……なんて意見を聞き出したように思う。

それはともかく、本書だ。目次を引用する。

Ⅰ部 すでに始まっている問題
 人口減少問題の一般的な論点

 野生動物の分布拡大と高まる災害リスク
 分布拡大の理由
 生態系に影響する問題
Ⅱ部 国土計画の盲点
 人口減少時代の環境変化

 コミュニティへの侵入を防ぐ
 自然資本として森をマネジメントする
Ⅲ部 解決に向けて
 機能不全の正体

 現場の実行体制
 人を育てる

まず拙著とテーマは非常に近いのに、アプローチが全然違うことに驚いた(笑)。目次の通り、まず人口減少問題から入っているのだ。それもかなり詳しく、人口減少のもたらす社会的影響に触れている。その上で動物たちの動向に触れている。ただ、ここは私的にはそんなに目新しく感じなかった。個々の事例は、さすがに研究者だから多くあるが、全体として拙著と変わらないのではないか。たとえば感染症、コロナ禍を獣害として扱っているところも拙著と同じだ。
原因に農林業の衰退などが挙げられているが、その林業の指摘に関してはちょっと突っこみたくなるところもあったけど(^^;)。

そのうえで、再び地域問題として対処法などともに人間側の問題点を指摘してくる。再びここで社会問題として強く記している。これは、仕事として獣害対策を請け負うことで国や自治体と交わった経験があるからだろう。

内容はいずれも的確だと思うが、今後の対策としては個人のレベルを超えているなあ、という印象を持った。財源問題や人材の育成……などなどとなると、一般人には手が出ない。これは無意識的に、自治体の行政マンや議員・首長向きに執筆したのではないか。

ともあれ獣害問題を考えるなら、人口減少社会からというスタンスは、私も取り入れたい。

 

 

2021/01/05

樹木葬墓地が広がってきた

正月、娘に促されて母の墓参りをした。

私は墓参りが苦手である。あの、石の墓標に何の愛着も感じないからだ。娘は意外と律儀?で、「行かなくちゃダメでしょ」とせっつくのである。そこで訪れて、墓石を磨いて、花を供えて、線香を立てて、手を合わせてきた。

ところで、私はどこの墓に入るのだろうか。この墓に入るのか……と考えた際に、頭に浮かぶのは樹木葬である。

私が『樹木葬という選択~緑の埋葬で森になる』(築地書館)を出版したのは、2016年だから5年前になる。ちゃんと重版がかかったから、そこそこ売れた本なのだが、発売直後はそれなりに声がかかって講演やら原稿執筆を行ったが、やがて音沙汰がなくなった。拙著のラインアップからすると特異すぎるのだろう。一見、森林とも林業ともつながらないからか。私的には樹木葬で森を守り育て、限界地域を活性化する壮大な可能性を描いたつもりなのだが。

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しかし、昨年あたりから再び声がかかり始めた。樹木葬墓地をつくりたいという人から連絡があるのだ。

実際、各地に「樹木葬」を名乗る墓地は増えてきた。ただし、私の基準からするとまがい物が多すぎる。なかには「木のない樹木葬」さえある。芝生に埋葬するのだ。スペインから輸入した巨大なオリーブの木を真ん中に植えて、その周りに石の墓板 (゚o゚;) を並べる「樹木葬」もあった。墓石の代わりに樹木を、という基本さえ無視されている。「自然に帰る」という理念もない。樹木葬の定義自体が蹂躙されたと言ってよい。墓石があるのに、なぜ樹木葬なのか……。単に墓石の周囲に花木があるだけだ。植木の世話は墓石以上に大変だし、遺族は継承が大変になるだろう。

 

そんな中、大阪府の公設霊園(大阪北摂霊園)に樹木葬エリアを設けて、今春開園するというニュースがあった。この霊園は総面積98ヘクタールもあり、山の中に広がる巨大霊園である。私も訪れたことがあった。縁者が眠っているからだ。
この広大な敷地の一部の森に生えている木を墓標にするドイツ式(正確にはスイス式)だそうだ。樹木葬エリアは「木もれびと星の里」と名付けるという。広さは6500平方メートル。232本の木立から自分で木を選び、その根元に埋葬できるようにするそうだ。ほか集合墓も設ける計画だ。計約2000人分の区画ができるという。契約金額は1件15万~120万円に設定するらしい。

まだ完成していないし、詳細はわからないが、私の定義する樹木葬になんとか含められそうだ。(定義については省略するが、世界的には「緑の埋葬」と呼ばれる潮流に関わっていること。拙著をお読みください。)

なぜ、各地に樹木葬墓地(エリア)が設けられるようになったかというと、近年、通常墓の契約数が減少しているからだそうだ。死者は増えているのに墓地が売れなくなってきたのである。一方で、2019年の墓の購入のうち4割が樹木葬だったという統計もある。これは母数がネットで墓の資料請求をした人の中で、という条件がつくし、何より樹木葬を名乗っているだけで、中身はいい加減なものが多いから数字そのものは信用ならないが、少なくても樹木葬(という言葉)は人気があって、希望者が急増しているのは間違いない。

しかし、本当に満足できる墓になるだろうか……私も、自分が入りたくなる樹木葬墓地を作りたいなあ。と、正月から終活を考えてしまったのであった。

2021/01/04

ウイルスの進化のように

謹賀新年。正月も明けました。

一年の計は元旦にあり……と言いますが、今年の元旦に来たメールは、仕事の依頼でした。これは幸先いい、と思うべきでしょうか(^^;)。まだ企画段階だから本決まりではないようですが、セミリタイヤを宣言した身には光栄であるとともに戸惑いもあります。

さて、年末年始に考えたのは、ウイルスのこと。今やその名を誰もが知っているのは新型コロナウイルスだろうが、それは関係ない。ウイルスは、核酸(と遺伝子。RNAかDNA)だけを持ってきる存在であり、自分の複製をつくる(繁殖行動)には他生物の細胞が必要とするので、生物とは認められていない。ただ増殖するのは間違いないので、一般によく言われるのは「生物と無生物の間」だ。

ウイルスはどこから生まれたのか。その発生源は生物であることは確かなので、これを端折って言えば、原始生命体が「進化」していく過程で生まれたわけだ。一般に進化とは、機能が高まり複雑になっていくことと思いがちだ。原核細胞(生物)が真核細胞(生物)へと進化し、やがて多細胞となり、なかには維管束を設けた植物や、脊椎を産み出した動物が誕生し……という方向だろう。

しかし、ウイルスは逆に必要な器官をそぎ落として、核酸だけになった。最近はウイロイドなる代物も発見されており、こちらは核酸のタンパク質の膜さえなく、ほとんどRNAだけ(しかも一本鎖)の生命体?もあるが、この進化の方向はなんだ、と考えたのである。よりシンプルになっていく進化だってある、という点に注目したい。

いきなり話が飛ぶが、大阪では縄文人と弥生人が共存していた遺跡が発見されている。近くに、それぞれの村があって、交流もしていたらしい。
一般に弥生人は水稲などの農業を持ち込んで、狩猟採集生活の縄文人を駆逐したような歴史を描かれがちだが、共存した時代もあるのだ。お互い争わず、相手の生活・文化を認めていたわけだ。縄文人も、米が食いたいから農業を始める……ことはせず、自らの縄文式生き方を守り抜いたようである。農耕というアイデアや技術は知りながら、真似たり教わることはなかったと思われる。

ちなみに人類でもっとも古く農耕を始めたのはニューギニア人だとされている。1万年以上前の灌漑農耕の跡が発見されている。しかし、農耕から階層社会をつくることなく、国を築くこともなく、村落社会を20世紀初頭まで続けてきた。ほとんど1万年間変化しない文化を持っていた。リーダーとしての村長さえいなかったらしい。いたのは世話役だけである。ただし隣の村と戦争になれば、戦争指揮者は生まれたらしい。

またまた話を飛ばすが、ニホンザルの群れにボスがいる、という学説は今や否定されている。野生下のサルの群にはボスはいないのだ。ただ群に危機が訪れたり、(動物園のサル山のように)囲い込まれて生活を送らねばならなくなったときにボスという位が発生する。つまり非常時だけのリーダーで、通常は平板な社会なのである。

で、何が言いたいかと言えば、ようするに生物体も人間社会も、いわゆる進化の系統樹どおりに進んできたわけではなさそうだなあ、と感じたこと。みんな、バラバラの方向に進んで、たまたま生き残ったり滅んだりして今がある。

ウイルスのように生活をそぎ落とした進化の方向もあり、と思ったのである。大きく、多く、複雑になるだけが能じゃない。それは自然界も、人間社会も、産業も、みんなに通じるだろう。

 

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