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森と林業と田舎の本

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2021/02/04

時松辰夫さん死去に触れて

ニュースで、大分県の由布市湯布院町の「アトリエときデザイン研究所」主宰の時松辰夫さんが1月3日に死去していたことを伝えている。83歳だというから、そこそこ天寿を全うされたのだろうが、私にとって記憶に残る人だ。

と言っても、取材したのは20年近く前ではなかろうか。クラフト作家ではあるが、本人の作家活動というよりは木工指導で有名な人だ。全国に木工を広げて、それによる町おこしや個人レベルでの田舎暮らしの生業などとして成り立たせていた。

Photo_20210204223701研究所(工房兼販売店)は樹林に包まれている。

とくに湯布院には研究所という拠点があって弟子の養成をしていたし、湯布院観光の一角を担っていたはずだ。旅館で、ここの木工品(食器から家具まで)などを使って、それが欲しくなってこの店を訪ねる……というルートができあがっていたからだ。

しかもつくられているのは、地元の樹木(雑木)を利用した作品。私が訪ねたときも、果樹園で古くなった木(ミカンだったと思う)を植え直すために伐った木を使った器がつくられていた。材料の木を巡るドラマも聞きながら、それを作品に仕上げていくのだ。それは言い換えると樹種を選ばない。

しかも行うのは、いわゆるグリーンウッドワーク。生木を削る方が柔らかいのでつくりやすい。ただ、そのままだと割れるから少しずつ乾燥させるのだけど、それに電子レンジを使うとか、ウレタン樹脂を浸透させて固めるとか、当時の私には目からウロコの手法だった。
なにより木工品の価格からすると、1本の木から数十万円分の商品が生まれる。

Photo_20210204223801 

由布院ブランドとも言えるものだが、それを全国に広げるための指導も行っていて、各地にここで習った技術で取り組んでいるところがある。私も、その後そんなところを3、4ヶ所見て回った。ただ、完全に成功しているところはそんなにないようだ。町おこし、と思って取り組んでも難しい。やはり木工が好きという人材がいないと進まないのだろう。弟子は約500人、このうち約150人が工芸で生計を立てているとあるが。

Photo_20210204224401細い幹でも、このように成形すると碗が幾つも採れる。

建築材しか眼中にない林業とは違う木材利用に目を向けるきっかけとなった。その意味でも、私に新たな視点をくれた人であった。そうそう、取材で訪れて夕方になったら、晩飯の用意までしてくれたよ(^o^)。

最近、広葉樹林業なんて言い方で、木工にも目を向ける人や地域が出てきたが、ずっと昔から時松さんは、それを唱えていたんだぜ(そして私も、その片棒担いでいたんだぜ)と言いたい。合掌。



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