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森と林業と田舎の本

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2021/05/24

来るか、山岳居住の時代

タナカ山林を訪れると、森の中に渓流ができていた。

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ここ、本来は里道だったのだが、廃棄され藪に埋もれている状態だった。ただ土地の境界線でもある。そこに水が流れこんで、長年のうちに地面を削って渓谷になっていたのだが、先週の大雨続きで新たな渓流が誕生したらしい。

見ると、わりと急流も深みもあり、滝までできている(高さ1~2メートル)。思わず引っかかっている枯れ木をどけてやると、水はあふれて別の方向に。自分の森の中に渓流のあるのはいいなあ。と、喜ぶわけにもいくまい(-_-;)。

だいたい、水はいつまで流れているのか。ここ数日は晴れたが、また降り出すだろう。

ちょうどテレビで水害の番組を見たのだが、川が増水⇒洪水⇒流路拡大⇒流路変更……という状況を説明していた。河川津波という現象もあるそうだ。蛇行する河川がつくった平坦地に築かれた住宅地がいかに危ないかわかる。

そこで大和川の亀石を思い出した。写真の右下方である。

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奈良盆地に降った雨と川の水は、すべて大和川を流れて大阪湾に注ぐのだが、もっとも狭い部分を亀ノ瀬という。この瀬にある亀石が動くと、地すべりが発生するという伝説があるのだ。
実は近代になっても幾度も地すべりは発生。鉄道のトンネルを埋めてしまったり、大和川自体を土砂でふさいだこともある。その度に上流部は水が貯まり、即席の湖が出現する。で、決壊すると今度は下流の大阪平野を水浸しにするという……。

300万年~1万年前まで奈良盆地には巨大な奈良湖という湖があった。この亀ノ瀬が詰まっていたのだろう。かなりの面積で古琵琶湖の水も流れ込んでいたほどだ。もしかしたら奈良県は、滋賀県のようにど真ん中に巨大な湖を抱えた県になったもかもしれない。

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(別冊宝島「竹村公太郎の「地形から読み解く」日本史より。)

そこで古代人は盆地には住めず山麓や高地に住居を築いていた。つまり、現在なら一等地である平坦な土地は人が住む場所ではなかったのである。実際、古代人の遺跡はおしなべて山間の高台部にあるのは全国的な傾向だ。

そもそも平野というのは氾濫原で湿地帯が多いうえ、見通しが利かないから住むのに適していなかったのだろう。稲作も、最初は谷地田といって扇状地につくられたはずだ。たとえば関東平野なんて、長く人の住めるところじゃなかった(笑)。今があるのは、江戸幕府が開かれてからだ。家康はは堀を掘り、埋め立てしたり堤防を築いて、関東平野の氾濫と水没する土地を減らして、ようやく住めるようにした。今や平地こそが人間社会の中心になってしまっているが、歴史的には極めて最近。

しかし気候変動で、もはや人間の力で水害は防げなくなる時代が来るのではないか。あと30年もすれば、人知の及ばない豪雨大風が日常茶飯事になる。そうすると再び関東平野に暴れ川が出現し、下町は水没するかもしれない。
しかし力付くで水害を防ぐ時代ではなくなってくる。ウォーターフロントは危険地帯となり、居住地の見直しが必要になる。その時、めざすのは山岳地帯かもしれない。高原地帯を空路で結び、斜面を楽に行き来できる乗り物を活用する。科学技術は、低地を埋め立てるのではなく、山岳地を住みやすくするように使った方がよいと思う。(そう思えば東北沿岸部は、先を行っている。)

代わりに氾濫原となった平野部に森林を造成する。津波を防ぐのにもよい。そして林業は平地で。重機も使いやすく搬出も楽。

来るか、山岳居住と、平地林業の時代。

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