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森と林業の本

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2021/05/03

隠れ仕事シリーズ③目黒駅前の探索

これまでも触れてきたが、土倉龍次郎について調べている。土倉庄三郎の次男である。

その足跡を追うと、なかなかの引っ越し魔であることがわかる。川上村から幼年時代に京都に移って同志社に通ったのはよいとして、そこからいきなり台湾に渡る。(その前に川上村にはもどっているが。)若くして台湾にわたって事業を立ち上げるのだが、本家の危機に台湾の事業を処分して帰国する。そして住んだのが東京だ。

東京のどこに住んだのか。最初は大磯(神奈川県か)で療養したようだが、その後は転々としている。それらを追跡しているのだが、なかなか全容はつかめない。同志社名簿などから住所を探ると、芝公園四号-四という住所が出てくるが、これは現在のどこだろうか。公園内ではあるまい。このままの番地で検索すると、東京タワー近隣になるが……。御成門駅の前で運動公園があるらしい。
次に大崎町上大崎に移っている。ここが長かったようだ。そこは小川も流れていた広大な土地で、温室をいくつも建てて、という。

というわけで、上大崎がどこか探したら、なんと目黒駅の真ん前ではないか。

そこで当時の地図を探すと、1917年の東京府の地図があった。この年は大正6年であり、庄三郎が亡くなっている。ちょうど龍次郎が上大崎に住んでいた頃だ。

1917

目黒駅のすぐ側に広い野原が描かれている。ここか。ここに龍次郎邸があったのか。広い。もし今も所有していたら、どれほどの財産になっただろうか (@_@)。その後、操車場になったとか、さらにバスターミナル?都電の駅?になったとか聞く。ちなみに現在は、Brillia Towers 目黒 サウスレジデンスというタワーマンションが建っているよう。超高級マンション&ショッピングセンターらしい。

いまさら当時の痕跡もないだろうが、付近を歩いてみたいと思っていたらコロナ禍で東京に行けなくなった。

その後、林業試験場の近くに移っている。これは現在の「林試の森公園」の近くということだから、ここも閑静な住宅街だよなあ。はっきりした住所がわからないのだが、目黒不動尊もある。

なお臨死の森、じゃない林試の森には以前足を運んでいる。その点については、以前、龍次郎も紹介しながらこんなことを書いていたなあ。

目黒の龍次郎

次に目黒を訪れたら、土倉邸跡地のタワーマンションで食事をしてみたい。(一人では寂しいか。。。)

 

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土倉家の人々」カテゴリの記事

コメント

田中さんの土倉さん関係のブログ興味深く読んでいます。
私の曽祖父は同志社中学を卒業したと、祖父や父に聞かされておりますが、曽祖父が37歳の若さでなくなったため、資料が皆無に等しい状態です。曽祖父は熊野市のものです。
卒業しているのかな?と思っていますが、同志社を卒業したことを確認する方法はありますか?
土倉さんや西村伊作の弟も同志社を卒業ですよね?

曾祖父が同志社中学に通っていた年代はいつ頃でしょうか。
私の経験では、同志社系の学校は、同窓会名簿が充実していました。だから図書館などに当たれば、当時の学生の消息がわかるかもです。
ちなみに土倉家では女子はだいたい同志社を卒業していたように記憶しますが、龍次郎はしていなかったような……。そもそも、あまり卒業という枠が見えない。当時は、転校が多いように思います。

田中様、返事ありがとうございます。。
同窓会名簿はどこの図書館で見ることができますか?
曽祖父は明治27年2月生まれです。同志社へ行ってたのは大体、明治40年代か大正のはじめ頃になると思います。

そりゃ、同志社大学の図書館です。大学図書館は敷居が少し高いですが、まずは問い合わせてみたらいかがでしょう。卒業生には優しいところだから。

ちなみに田垣内という姓は珍しいですが、大台教会とは関係ありますか。あるいは吉野出身でしょうか。

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