マングローブはブルーの炭素を溜める?
伊藤忠商事が、奄美大島でマングローブ「メヒルギ」の植林事業をするというニュースを読んだ。CO2クレジットとしての認証をめざすとのこと。藻場とかマングローブのような海洋生態系に取り込まれた炭素を「ブルーカーボン」と呼ぶそうだが、それを増やす事業である。
この記事自体はさして興味を引かなかったのだが、そこで気になったのは「マングローブは二酸化炭素吸収量が多いことで知られており」という文言だ。えっ、と違和感を持った。
マングローブとは、沿岸部に生える木々の総称だが、海水の中で育つことが特徴だ。若干の汽水域だが、塩分のある中で植物が育つのは大変なこと。塩化ナトリウムを吸収すると生育が阻害されるから、それを排出する仕掛けが必要となり、その分多くのエネルギーを費やす、だから成長は遅いはず……と思っていたのだ。成長が遅ければ二酸化炭素の吸収だって少なめになる。
実際、マングローブ炭が日本に輸入されているが、マングローブの木々の木質は硬くて緻密だからよい炭になるという触れ込みだった。緻密に育つとなると、成長はゆっくりではなかろうか。。。
そこで調べてみた。すると某サイトに「マングローブの二酸化炭素の吸収量は1haあたり年間25~44t-CO2といわれており、日本の森林の二酸化炭素吸収量が10~20t-CO2といわれておりますので、約2倍の温室効果ガス削減が見込まれます。」とある。ま、このサイトはマングローブ植林推進の立場だ。
一般の森林の2倍以上?そんなことあるかなあ。この数字の引用元は「株式会社関西総合環境センター」だそうで、今度はそちらを検索する。
すると関西電力とオーストラリア海洋科学研究所、関西総合環境センターの3社が調べた結果として
マングローブ林は熱帯林(炭素固定能力:5.5tC/ha・年)に匹敵する炭素固定能力(6.9~12tC/ha・年)を有しており、また、土壌中に膨大な炭素を蓄積(1200~6000tC/ha)していることが判明しました。
なんだか数字が違うじゃないか。でも、多いとは書いている。また3年目以降に本格的な成長期を迎え、1年で1メートル、ときに2~3メートルも成長するとある。成長が遅いという予想は外れていたか。
しかし、私は信用しない(笑)。なんか、怪しい。
ちゃんとした論文はないか。
文字信貴・大阪府立大学農学部教授の「マングローブ林の二酸化炭素交換」という論文を発見。
マングローブ群落は、泥の中のしかも塩分を含んだ水中で育つため、根に余計なストレスがかかり、生育には不利な環境におかれているため、光合成能も低いのではないか ともいわれている。
初っぱなに、こんな文章が。なるほど、私の想像と重なっている。フツーに考えたら、そう思うよな。ただ、実際に測定してみたところ、
同じ日射量に対しておおむね同程度あるいは少し大きめの二酸化炭素フラックスを示しており、マングローブ林が特別に光合成能力が劣っていることはないことがわかった。なお、低緯度で日射が強いので全体としての光合成量は大きくなる。
おっ、結局は通常の植物(森林)と同じ程度から少し多めの吸収量を示したらしい。光合成能力が劣っているわけではないが、特別大きくもないわけだ。そして最後にあるように、マングローブは熱帯・亜熱帯地方に成立するのだから日光も強くて、その分だけ光合成量は大きく、二酸化炭素も多く吸収することになるらしい。
ただ、もう一つ気になるのは、「土中に膨大な炭素を蓄積している」という点だ。
これはわかる。熱帯雨林だと植物の成長は速いものの、分解も速い。落葉や落枝、枯れた倒木などはあっと言う間に分解されてしまう。だから炭素はあまり土中に溜められない。その点、マングローブの落葉は海水に落ちる。これは腐りにくいだろう。だから海の底に炭素が溜め込まれるのではないか。
しかし、その理屈は温帯林や亜寒帯林と同じだ。腐葉土を多く溜め込む森は炭素を溜め込んでいることになる。日本の陸上の森林だって腐葉土の森林土壌が多い森はいっぱいある。マングローブがそれより優れていると言えるだろうか。
減少著しいマングローブ林を増やす計画は結構なのだが、陸上の森より炭素をたくさん吸収すると言われると、なんだか誇大広告ぽい。
……という結論に至りました(^_^) 。
とまあ、世間の環境に関する言説には怪しいものが多いのよ。これを一つ一つ確認していくのは大変。ただ世間の常識をそのまま信じるのではなく、異論・異説にも目を配りながら見極めていかねばならない。
こんなこと、日常的にやっていると疲れるよなあ。。。。
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数字が違うのは炭素量で示してあるか二酸化炭素量で示してあるかの違いのようですね。
投稿: | 2021/09/09 11:03
おそらく単位の違いだろうな、とは思っています。
ただ、陸上の森林より多いと言い切るのは無理があると感じるのですよ。
投稿: 田中淳夫 | 2021/09/10 08:57
マン『1491』はコロンブス以前の南北アメリカ大陸のはなしですが、原住民の9割死亡で焼畑農業がなくなったことによる寒冷化とか、(リョコウバトやパイソンの異常増殖はその結果)、アマゾンが人工林であること土壌改良で木炭がうかわれたふしがあることが書かれています。原書出版から20年ちかくなるので、現在は同説が主流でしょうか。
投稿: 岡本哲 | 2021/09/10 16:39
その本は知りませんでした。
焼き畑をなくしたらリョコウバトやパイソンが増えるというのは、どんな理屈なんでしょうか。
アマゾンは先住民による植生の改変が行われているのは、もう定説かもしれません。
投稿: 田中淳夫 | 2021/09/10 21:46
パイソンなどの異常増殖
2億人程度いた原住民が9割疫病等でいなくなって当時の焼き畑及び火による草原管理がなくなったため、ということからの仮説です。森林が急激に増えて炭素濃度が減り気候変動も起きたということです。
投稿: 岡本哲 | 2021/09/11 00:45
15世紀に南北アメリカ大陸に2億人もの人口があったというのは驚き。人が減ることで狩猟圧はたしかに減ったでしょうが……。
草原が森林になると、大気中の二酸化炭素が減るという仮説もすごいなあ。
投稿: 田中淳夫 | 2021/09/11 22:53
『1491』の本が好き!での紹介記事
【https://www.honzuki.jp/book/212916/review/113710/】
投稿: 岡本哲 | 2021/09/13 05:00