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森と林業と田舎の本

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2022年8月

2022/08/13

和牛再生に学ぶ

ちょっと面白い畜産農家の話を読んだ。

熟豊ファーム

何がすごいって、リンク先のHPを読んでいただければよいのだが、ようは和牛の経産牛を扱う点。通常、繁殖に使われた雌牛は、肉としてはテーブルに乗せられるものではないらしく、10頭ぐらい子供を産むと、ほとんど捨て値で取引される。10万円しないそうだ。それを買い取って、一から育て直す。ちなみに和牛の子牛なら1頭70万円はして、出荷まで20カ月は育てる。

すると、そもそもは和牛の血統なので、半年で出荷できる和牛の肉質になるのだという。ほぼ4等級にはなるらしい。最高品質は5等級だからその一歩手前と思えるが、実は5等級は脂まみれで真っ白い肉(^^;)なので、それを好まない人も多い。とくに欧米では赤身肉の美味さを求める面があるので4等級ぐらいがよいらしい。また肉の旨味も増す。経産牛の方に高値をつける国もあるという。

言われてみれば、私も和牛ならモモや肩ロースのような赤身肉の部分の霜降りを好む。いわゆるロースは脂濃くて食えん。

もちろんビジネス的には、いかに経産牛を肉牛として再生するかというノウハウはあるのだが、これを考えて実行した石飛修平さんは、元警察官がというのも面白い。畜産業界の常識に挑んだわけだ。すでに数箇所の牧場で1000頭近くを肥育しているという。そして海外輸出している。日本国内では、経産牛のイメージがいまだに強くて、価格が上がらないので、海外で高くするわけだ。

小売りの世界ではブランド化、ブランディングの必要性をよく言われるが、狙うべきは今のイメージが低くて安い素材を高く加工することだ。木材業界も参考にしてほしいなあ。高級材を一から生産するのではなく、並材、端材、廃材を加工で高くするのだ。

すでに、いくつか紹介している。廃材による家具とか、端材の木工品、スギ材の広葉樹材化、なんてのも取り上げたことがある。黒芯とか表面に傷が入っていても、製材次第で美しい造作材になるケースもあるのだから。

12_20220813173201高原で放牧される黒牛

 

2022/08/12

森林哲学の基礎編『森の経済学』

『森の経済学』(三俣学・齋藤暖生・著 日本評論社)を読んだ。副題が「森が森らしく、人が人らしくある経済」である。

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森の経済学と聞けば、森林経理学、林業経済学などの既成の学問分野もあるが、それらとは一線を画している。「はじめに」にあるように「『森の経済学』という題名の本書に、森の木々をいかにして売れるようにできるか、ということがほとんど書かれていない」のだ。それを期待して林業家が買うと、痛い目にあう(笑)。

むしろ森林哲学か森林思想かのような内容。そして森林史。似たようなことを書いているのは内山節さんだろうか。私は、同様のテーマをもっと読みやすくするために苦労してきたのだが、こちらは原点回帰? (⌒ー⌒)。

目次を紹介しておこう。目次に登場する用語そのものが哲学用語と言い回しのようだが……。

はじめに

第Ⅰ部 人間の経済と森
第1章 人間にとっての森
 1 連続的な空間としての森
 2 森を見るまなざし
 3 資源としての森
 4 脅威としての森
 5 森の時間――資源の有限性と無限性
第2章 森とともに歩んできた生活世界と経済の発展
 1 生計を支えた森の資源
 2 共同体の経済と森
 3 複雑化する社会と森

第Ⅱ部 森の経済をとらえる学問のまなざし
第3章 自然環境に対する経済学のまなざし
 1 経済学とは
 2 標準的な経済学におけるいくつかの前提
 3 主流派経済学における変化の兆し
第4章 森林をめぐる学問の歩み――森林学のまなざし
 1 林学の誕生と森林学
 2 森林をシンプルにとらえ、体系的に管理する技法
 3 森林を複雑な系としてとらえ、管理する技法

第Ⅲ部 日本の森がたどった近代
第5章 日本の林業・木材加工の技術史
 1 「林業」という言葉をめぐって
 2 樹木を育てる技術
 3 森林伐採と搬出の技術
 4 木材加工の技術
第6章 経済が変える森の姿
 1 姿を変える森
 2 人々の資源利用と森の姿
 3 近代化と森の変容(近代~戦後)
 4 人工林の拡大と利用の空洞化
第7章 農山村における近代――コモンズ解体と「高度利用」の神話
 1 コモンズとしての自然――「自然の公私共利」の原則
 2 日々の生活を支えてきた村の中の「共」――入会の森を利用する
 3 森の近代――入会消滅政策=高度利用の果てに残ったもの
 4 非商品化経済をとらえなおす――高度利用の神話が生んだ放置と無関心
第8章 森林エコロジーの劣化と遠ざかる森
 1 森林の「充実」を説明する理論
 2 過少利用の森林が抱える諸問題
 3 遠くなった森が生み出す世代を超えた問題

第Ⅳ部 ゆたかな森林社会へ
第9章 エコロジカルな経済へのパラダイムシフト
 1 近現代の経済の発展と矛盾
 2 エコロジーをゆたかにする経済は可能か
 3 共的部門の再評価――一九九〇年代の二つのコモンズ論
 4 パラダイムシフトに向けた運動
 5 新たな公・共・私と基盤としての自然アクセス
第10章 パラダイムシフトにおける「公」「私」の役割
 1 社会と自然の結び直し
 2 森をめぐる制度の変容
 3 変容する生産と消費のかたち
第11章 共創するコモンズ――森林をめぐる協治の胎動
 1 伝統的コモンズにおける協働の試み
 2 都市と山村をつなぐ――森林ボランティアの広がり
 3 海・川・森をつなぐ漁民の森運動――「森は海の恋人」
 4 森林の教育利用――学校林という森
 5 非商品化経済の営みが創る新しいコモンズ――環境の本源的な価値を求めて
第12章 エコロジカルな経済を支える自然アクセス――みんなの自然を取り戻す
 1 入浜権運動で問われた「自然はだれのものか?」
 2 英国のコモンズをめぐる歴史
 3 北欧・中央諸国に広がる自然アクセスの世界
 4 多の世界を創る自然アクセス制から学ぶこと
 5 非商品化経済をゆたかにする――森林社会の基盤をなす森の経済学へ

おわりに

やたら項目が多いが、その分、細かく刻んでいるから単元ごとにコツコツ読める。ある意味、森林に人間が浸食していった事情と歴史でもある。その一部には林業も含まれるというわけだ。

木の売るのには役立たないとあるが、逆に言えば、書いているのは森にちょっかい出し続けた人間側の論理である。私は、ここに書かれてある程度のことは林業に関わるなら押さえておくべき、と思った。林業として森に人が関わる際の考え方の基礎だろうから。これらを知った上で、現代を見つめるべきではないか。それがないから目先の利益に走って、山を破壊してから嘆くか、壊した後に興味を失う繰り返しになってしまう。
森にも人にも歴史があるのだから、森と人の関係にも時間感覚が必要だ。まさに森と人のシステムを経済学として描ける。

ちなみに歴史的な流れは概ね納得するのだが、部分的には異論もある。とくに最後に無理やり希望を見つけようとしていないか。
たとえば自伐型林業や森林ボランティアなどをとりあげたのは苦笑してしまった。「小さな林業」とか「保全型の施業」の定義も定まらず、個人の資質に左右される怪しいものを持ち出されたらがっかりする。しょせんは補助金ありきだ。単に時代の現象として取り上げるのならわかるが、希望を達成するための具体策かのように紹介してはマズいだろう。

本気で森の現状を見つめたら、もっと真摯に絶望するべきではないか。

なお大学などでも使えるように、入門書として12回分の講義ができるような章立てにして、章の最後には「読者への問い」まで用意されている。たしかに大学で使ってくれたら売れ行きに貢献し部数が稼げるかもしれない。私も真似しようかな(⌒ー⌒)。

 

 

2022/08/11

発掘された扉

生駒市の隣なんだが、山超えたところにある大東市。そこの歴史資料館に行ってきた。

こじんまりしているが、こんな展示が。

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何かわかるだろうか。木の扉なのである。ちゃんと把手が刻まれている。しかも発掘されたのは井戸跡。どうやら扉としては傷んだのか破棄したものを井戸の壁面(井筒)に使ったらしい。

材質はスギだろう。幅は80センチ級だが、一枚板を削って把手も含めて板にしたものらしい。時代は古墳時代。5~6世紀か。おそらく倉庫などの大きな建物の扉だろう。

井筒だったから腐らずに済んだのかもしれない。こんな遺物は、意外と珍しく日本ではほかにないらしく、当時の建物の建材がわかる唯一の資料だそうである。

2022/08/10

雨の山

昨夜、急に思いついて某村の山に登ることとして、朝出発。

天候は晴れ。猛暑とするでしょう。山裾ではにわか雨に注意……そんな天気予報だった。

実際にすそ野に着いた頃は、青空も残る曇りで、仕事を済ませながら登り始める。が、中腹辺りで、空はにわかにかき曇り……バサバサと大粒の雨が降り出した。ヤバい、と思ったが、にわか雨ですぐに止むだろう、ちゃんと雨具も持ってきているんだぜ、と強気に登る。

しかし難点は、この山、草原なんだわ。まったく雨宿りできる木々もない。ひたすら雨に打たれるしかない。ようやく尾根に着くが、実はここまでは大粒だがまだらな降り方だった。それが、ここで土砂降りに。。。

仕方ないので雨具を着込んだうえに、ザックに入っていた傘まで広げる。しかし、もう尾根を登るのは無理。そもそも山道が川になってきた。ついに引き返す決断。もっとも必要な写真は撮れたので、仕事としては必要最低限のことはできた。

そしてかなり濡れた状態で降りてきたら、雨は止む。まあ、あるある話なのだが……。

その後、ち服も着替えてょっとだけ取材などにも回ったのだが、帰り道はまたもや雨であった。やはり山村は雨なんだ……と思いつつ下界に下りたら、そこでも雨。とうとう前が見えずに車のワイパーを高速で振り続けなくらはならない。ワンセグのテレビをつけると、「奈良県に大雨警報が出ました」だと。

そんな状態で、なんとか帰り着いたのだが……なんでや。生駒は地面が乾いとる。私がびしょ濡れの服を持って帰ったのに、庭木に水をまかねばならないのであった。。。疲れた。

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写真は、出会ったウシさん。奈良の山奥にも牧場があるんだねえ。

 

2022/08/09

Y!ニュース「海を渡るトキは、メスばかり……」を書いた裏事情

Yahoo!ニュースに「海を渡るトキは、メスばかり? 放鳥計画に思う」を執筆しました。

書いてアップしてから気づいたんだが、タイトルは「渡る世間は鬼ばかり」に引っかけているんだね (゚o゚;) 。いや、まったくの偶然ですよ。脳裏でゴロのよい言葉を反芻してつけたタイトルなんだが、その時は気づかなかった。本当だってば。

しかも、文中には、オスは佐渡島に里帰りするかも……と書いてから、あ、里と佐渡がひっかかるやん、ならば……と「ホームシックで里帰りならぬ佐渡帰り」と書き直す。もうオヤジの駄洒落ばかりか! と突っ込みつつ止められん(^^;)。

まあ、お盆も近いので、クソ面倒で鬱陶しい脱炭素だとか林業政策だとかの記事は書きたくなかったわけよ。

当初は、テーマとして「メスばかりが渡りをしている」点を面白がっていた。女子の方が強くて新天地を探して出かけていくなんて、若いオスはだらしがねえぞ。なんだか人間界と似ているではないか……と。

その方が一般にウケてアクセス数も伸びるかもしれないが、ちょっとあざとい。書いているうちに真面目なレポートになったのである。社会・学術的には、遺伝子の変異が少ないこと、鳥インフルエンザの心配の方が重要なのである。

 

 

2022/08/08

ブックデザインの妙味

ブックデザインというより、本の装幀と言いたい。本の活字や写真の並びまで含んで装幀という場合もあるが、やはり最重要なのは本のカバー装幀は大切だ。売上を左右するし、何より印象に残るか残らないかに、本の表紙が与える影響大なのである。

奈良県立図書情報館を訪れた。すると世界のブックデザイン展を行っている。各国で開かれた2020年コンテストの優秀作らしい。

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なるほど、凝ったデザイン、装幀の本が並ぶ。表紙が立体的になって中が覗けるものがあったり、もう表紙だけで芸術作品ぽさがあったり。逆に地味すぎて、これのどこが?というものもあるが(^^;)、それぞれのお国柄か。

ちなみに私の本のデザインでは、事実上の処女作(実は別の本があるのだが、そちらは置いといて……)は、友人の装幀家に頼んだ。ところが、版元が「4色(つまりカラー)は使えない」というので、悪戦苦闘させられるのだが……かくして『不思議の国のメラネシア』が出来上がった。

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同じ友人に頼んだのには、『森と近代日本を動かした男・土倉庄三郎の生涯』の複製本『樹喜王 土倉庄三郎』がある。

 

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中身は私が版権持っているわけだから、同じ内容を自分で出版してもよいが、表紙やタイトルは版元とデザイナーがつくったものなので変えることにした。そして再び友人に頼んだわけである。タイトルは『樹喜王 土倉庄三郎』としたわけだが、帯はつけられないので裏表紙カバーに文字を入れる手を使う。しかしでデザイン的にも『森と近代日本を動かした男』より気に入っている。

ちなみに元の本はこんな感じ。

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悪くはない。山林王の雰囲気は出ていると思うのだが、印象に残るかと言えばどうだろうか。

さて、15日後に出版する『フィンランド虚像の森』。この本は私の著作ではなく監訳者扱いのだが、なぜかタイトルやカバーデザインにも口を出している(^^;)。さらに帯文にも……。

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監訳および解説文だけなら、本書の売れ行きの責任はあまり感じないつもりだったのだが、装幀まで口を挟んだとなると……いやあ、気にしないでおこう!

2022/08/07

達磨で、映える寺

ふらりと大安寺に参ってきた。

大安寺と言えば、聖徳太子建立の日本最古級の寺で、飛鳥から幾度も移転と名称変更を繰り返した大寺院である。が、平安遷都の頃から衰退して今は、奈良市の都心から少し離れた田園風景の中にある。ちょうど国立奈良博物館で「大安寺展」をやったことからか人気が出ているが、私は行ったことがなかったので、ちょっと足を延ばしたわけ。と言っても、我が家から車で30分かからないのであるが……。

現在は、すっかり小さくなったということだったが、訪れてみると、なかなか見せる寺であった。何がって、達磨さんが。

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境内のいたるところに小さな達磨さんがいる。それが映えるのだ。インスタ向きのお寺であった。

種を明かせば、この寺のおみくじがだるまさんの中に入っているのだが、引いた後に達磨さん人形を境内に置いていくらしい。みんな、置く場所に工夫している。置くのはおみくじを引いた参拝者なのか、寺側で置き直すのかわからないが、みんな魅せる。

もちろん、お寺としてはインドの聖地と西国八八か所を合わせた巡礼ルートなどもつくって工夫しているし、境内がおしゃれな野外カフェぽい雰囲気だし、寺宝もすごいのだが、やっぱり人気第一はだるまさんだろう。

昨今は寺もSNSで人気が出ないと参拝が増えないのかも。頑張っているわ。こんなちょっとしたことで「映える」のだから、森でも何かできそうな気がする。自然のままを見せるだけでなく、参加型でおしゃれな風景づくりをしてもらえば人気呼ぶかも。

今日はとにかく暑いので、早々に退散してしまったが、気候のよい季節にのんびり滞在してみたくなる。

ちなみに、一つ気になったのがこれ。

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ナンキンハゼなのである。つまり外来種。よく見れば、ドイツのケルン大学の学生会が記念植樹したとあるが、気をつけないと大繁殖してしまう。とにかくナンキンハゼは奈良公園や若草山を席巻して駆除が大変な樹木なのだから。

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後で、インスタにもアップしておこう ♫

2022/08/06

野生動物が都会に進出する理由

先日、大阪に出た際、某ラーメン屋の入り口にネズミがいた。

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まあ、繁華街?にネズミが生息するのは当たり前だし、この店が不潔だったというつもりはない。ただ、まだ明るい時間帯なのにドアをよじ登るかよ、と思っただけだ。

そういや、先日まで山口市小郡で、連続してニホンサルに人が襲われる事件があった。たしか累計60人以上が怪我をしたはずで、それも人が手出ししていないのにいきなり襲ったのか、窓を破って押し入ってきたとか、かなり怖い状況だったようだ。それも1匹の凶暴なサルが……と思いきや、どうも複数が徒党を組んで、いや群で街の中を移動しつつ各地で襲撃を繰り返したという。

少なくても2匹は捕まえて駆除した。だが、その後も被害が出ていたから人を襲うことを覚えたサルはもっといるのだろう。もしかしたら群に伝播した……人を襲う知恵をつけたのか、文化が生まれたのか? さすがに今は被害が出なくなったようなので、群は小郡を去っていったか。暴れるだけ暴れて、さっさと退却するとは、ヒットエンドランを覚えたような。次は、またやるよ。

私にサルの気持ちがわかるわけではないが、人にちょっかい出されてとか、餌になるものがあって、ではなく、人を襲うために室内まで侵入するというのは、野生動物の常識を覆す行動だったのだが、地方ニュース扱いで終わらせるのはもったいないというか、危険と感じる。もっと、重大事として取り上げてほしい。

私の勘としては、今後も続くように思う。時折、町を襲うのだ。これは野生動物の都会進出の一例だと思えるからだ。
動物は、常に行動域を広げる欲求があって、それは条件が整うととめどなくなる。町を自らのホームレンジとして認識しだしたのかもしれない。

野生動物は、今や奥山から里山、里山から田舎、田舎から地方都市へと広げている。そのうち大都市にも向かうだろう。これまではネズミが尖兵となり、タヌキやアナグマ、イタチなども生息域を広げていた。そこにイノシシ、シカ、クマ、アライグマ……なども加わり、目立つうえに被害を出す大型・中型動物も現れだした。その流れの中に、サルも入ってきたのではないか……と。

もちろん、根拠を示すことはできない。ただ野生動物全般の大きな動きとして有り得るのではないか。

まあ人類も一緒で、ロシアはウクライナへと勢力圏を広げる行動を起こした。今ならできる、と思えたのだろう。中国も、常に周辺の領土を狙う。台湾だけではなく、取れるものならどんな小島でも海域でさえも囲い込もうとする。日本だって、アメリカだって、その潜在意志はあるのだろうが、今は理性が抑えているのか。(もしロシアや韓国が国家として破綻し軍事力がなくなったら、日本は北方4島も竹島も取りにいくと思う。私は千島列島全部が日本領土だと思っているけど。)

ネズミとサルから、ここまで連想するのは、もはや予言者だね(^^;)。

2022/08/05

『神々の山嶺』で思い出すあの頃

久々に映画館で見たのが『神々の山嶺』。上映館は少なく、上映期間も限られているようで、私が入ったときもガラガラだったが、いやあ、よかった。アニメなんだが、大人の映画だわ。

内容については、リンク先の『神々の山嶺』公式サイトを参照のこと。

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原作は、夢枕漠だが、製作はフランス。アニメーションである。山登りの映画って、だいたいマニアックで冗長なんだが(笑)、これは魅せる。そしてアニメでしかできないだろう、山のシーンが見事に描かれる。ああ、こんなシーンを実写化するのはCGつかっても難しいだろうな、そもそも登攀できる役者を見つけるのに困るよなあ、と思う。
人物は、東洋人はみんな同じ顔みたいとツッコミたいところもあったが、山岳シーンは実写並に細かくリアルに描いている。今では山というと、森と同義語的に使っているが、本来の山は高みであり、より岩に覆われているものなのだ。

ちょうど先日、BSプレミアムで「幻の剣大滝」の番組を見たが、こちらはドキュメンタリーとしてガッツリ岩登りを魅せてもらった。こちらも、よくぞ撮影したなとは思わせたが、今回のアニメも負けてはいない。

なお原作へのリスペクトは感じるが、ストーリーなどはかなり変えているように感じた。モチーフとしてのマロリーは登場するが、本筋とはちょっと離れている。ミステリーにはなっていない。
でも登場人物はほぼ日本人だし、舞台も日本が多い。よくぞ、フランス人が描いたものだ。都会の隅々の日本語の看板とか、居酒屋シーンとか。時代は1990年代らしいが、過去を幾度も振り返っているから、おそらく話の半分ぐらいは70~80年代。そしてマロリーの時代の話は戦前だから、時間感覚には気をつけて見なくちゃいけない。

Q

たしかに、あの時代は、山にとりつかれた登山家が多かった。最高峰だ、未踏だ、ヴァリエーションルートだ、冬季だ、単独だ、無酸素だ……。自分でハードルをつくって、それを乗り越えることにハマっている人々。私は、ほとんど登山にも氷雪にも岩にも興味はなく、ましてや筋肉勝負のようなアスリートも嫌いだったので、そちらの世界には足を踏み入れなかったが、一つだけ。未踏である場所にはこだわった。

そこで選んだのが洞窟の世界だった。どんな高い山でも、すでに登った人がいるなら興味が湧かない。どんな小さな洞窟でも、誰も潜ったことのない穴なら、先頭をもぐりたくなる。私が発見したり初ケービングした洞窟は、5つ6つあったはず。

もっとも、今はそれも関心から外れてきた。すでに未踏も飽きてきて、より広く未知の世界を探したい。でも体力はできるだけ使いたくない。みんな知らないけど、すぐ近くにあって、苦労なくたどりつけるところ……。
これは学生時代より言っていたのだが「温泉探検家」になりたい。温泉を探検するのではなく、昼間は探検に出かけて、帰って来たら温泉旅館に泊まって温泉につかって美味しいものを食べて、翌朝また探検に出る……そんな探検家になりたいのである。ないけどねヾ(- -;)。

その結果行き着いたのが、森林ジャーナリストだった(゚o゚;) 。。。この肩書は誰も使っていなかったし、森から人間社会を見るという視点の書き手もほぼいない。未知の世界だったのだよ(笑) 。

今? そろそろ森林ジャーナリストも飽きてきたかな。『神々の山嶺』の登場人物のように“未踏”を追い続けない。むしろ過去ばかり繰り言して「昔の俺は凄かった」といって周りに愛想づかしされつつ、でも嫌われない程度の老人が夢。あ、こんなブログを書いたいるのは、すでにその境地か。

 

2022/08/04

熱帯雨林で読んだ松本清張

8月4日は、松本清張の命日だそうだ。それも没後30周年。そういや、最近いくつかのテレビで松本清張もしくはその作品が取り上げられていた。

私は、さほどミステリーは読まないが、松本清張には思い出がある。作品というより読んだ場所に。

それはボルネオの熱帯雨林の中だった。生まれて初めての海外がマレーシア連邦サバ州、つまりボルネオ島なのだが、テーマは野生のオランウータンの観察。当時、野生のオランウータンはほとんど研究はおろか観察例もなかった。とにかく見つけて、その行動を可能な限り追いかけて観察するだけで論文がかける(^^;)と言われたので、学生でも取り組みがいがあったのだ。それ探検部の遠征として行うことにしたわけだ。

実際に現地を訪れるまでのドタバタは省略するが、とにかくサバ州の東部に突き出したデン半島の南海岸に流れる川スンガイ・メラが目的地だった。スンガイは川、メラは赤だから「赤い川」という地名だと思えばよい。当時はデン半島にはまだ原生林が残っていて野生のオランウータンがいると思われたから。

ところが、現地の森林局と交渉の結果、スンガイ・シバハットに向かうことになった。スイガイ・メラの隣の川だ。そして、この川を遡るとティンバーキャンプがあり、そこに泊めてもらいながら周辺のジャングルで調査する計画である。

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まあ、その途中のすったもんだも飛ばすとして、なんとかキャンプにお邪魔して泊めてもらうことに決まったのだが、考えてみればティンバーキャンプ、つまり伐採基地があるのだから、周辺の森はすでに伐られているのである。今考えると、この時点でどこか間違えていたのかもしれないが、現実にはキャンプの周りは深いジャングルなのだから、そんなに気にしなかった。

そして、毎日土砂降り(スコール)の合間を森に出かけては歩くわけだが、泥だらけ汗だらけになって帰って来ては、マンディをする。水をかぶって、与えられた鉄のベッドにゴロ寝する生活。今考えても安楽で楽しかった。ただヒマでもある。

そんなときに見つけたのが、キャンプに置いてあった本。それも日本語の文庫本。そうか、このキャンプにはかつて日本人が滞在していたのか。それも伐採した木の買いつけなんだろう。それをむさぼり読んだ。

その本が松本清張だったのである。書名も忘れたが、短編集だった。そのうちの一つは、ある男が殴り殺されて、犯人はある女が怪しいのだが証拠がない。凶器もない。幾度も女のところに訪ねるが、正月が過ぎて雑煮の餅が出された。それを食べさせてもらう。……そして気づくのだ。硬く乾燥した餅こそが凶器だと。だが、その証拠を私は食べてしまったのだ……。

今、調べたら「凶器」という短編で、「黒い手帳」に所蔵らしい。熱い熱帯で読んだ、雪の降る土地の餅の話。なんとも印象深く覚えている。逮捕されることもなく終わったという点も(当時は)斬新だったように感じた。

その後、長編も含めて清張はいろいろ読んだはずだし、またドラマなども見たが、この短編がもっとも印象深いのである。

 

 

2022/08/03

「ネコは侵略的外来種」論争 

「イエネコを侵略的外来種として登録」。こんなニュースを知っているだろうか。ただし、ポーランド。

ウクライナ戦争でウクライナを全力で支える国として最近注目されているポーランドだが、実はこんな論争が起きていた。

ポーランドの国立科学アカデミーがイエネコ(Felis catus)を1787番目の侵略的外来種に登録。生物の多様性を脅かす存在の動物と認定したというのだ。これは勇気ある発表。同時に日本で報道することも勇気かも。報道したのはスポニチだけどね……。

もっとも、お決まりだが、その後、愛猫家や獣医らが猛反発している。愛猫家の代表的意見は、こんな具合。

「多様性を阻んでいるのは環境破壊や、鳥がぶつかる建物を作っている人間のせい。その人間が侵略的外来種ではないのに、ネコが登録されるのは公平ではありません」と反論。

侵略的外来種だとする根拠は、「イエネコはポーランド国内で毎年1億4000万羽の鳥を捕獲している」とデータベースでの登録に至った正当性を主張。「イエネコが多様性を脅かしているという共通認識は高まっている」

ちなみに私は『獣害列島』で、すでにネコは猛獣!と指摘、主張し外来種認定している。当然、反発を買っている(笑)。私のデータは、主にアメリカやオーストラリアのもので、残念ながら日本には同種の研究例自体がないようだ。いろいろ探したが、たまに見かけたネコ論文は、「なぜネコは可愛いのか」というテーマばかりであった。

可愛いのはいいんだよ。でも、可愛くても猛獣だし、外来種だし、在来種を痛めつけているんだよ。あえて付け加えたら、街中にいるノラネコは、あまり気にしなくてもいいと思う。あいつらは、各家庭を回って餌を確保しているのが大半で、野生動物を獲っていないだろう。ネズミや昆虫などは狙うかもしれないが、野鳥も少ない。逆にカラスなどの餌食になっている。

だが、郊外の森の中に住み着いたノネコもいるのだ。

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これは、生駒山の森林公園に住み着いたネコ。近頃、とみに増えている。こやつらは、たまに餌をやる人間もいるようだが、絶対数が足りないから、おそらく野鳥や野生の小動物を餌にしている。ネコも野性味があるならともかく、ミョーに人慣れしているのが気に食わんが。

ポーランドの科学アカデミーの主張は、「鳥の産卵期にはイエネコを外に出さないようにする」ことを求めている程度だ。

侵略して多様性を奪っていくのは、ロシアと一緒かもね。

 

2022/08/02

バイオマス発電所の燃料アンケート

国際環境保護団体FoE Japanは、再生可能エネルギーのバイオマス発電事業者に対して、バイオマス燃料の持続可能性に関するアンケートを実施した結果を公表した。

これに目を通すと、なかなか味わい深い(^^;)。

ちょうど「再生可能エネルギー」に関する講演を行ったばかりなので、余計に考えさせられる。実はこの講演主催団体は、気候変動対策に再生可能エネルギーを推進していたのだそうだ。が、このところ、メガソーラーにしろ風力にしろ何かと批判が起きてきたので、改めて見直したいという意向だった。そこに私は、バイオマス発電も加えて話をしたわけである。

さてアンケート結果は、ぜひリンク先に飛んでじっくり読んでいただきたいが、私も詳しくチェックし考察する前に感じた点に触れておく。

まずアンケートを実施したのは、FITの認定を受けた発電出力1万kW以上の主な発電設備(187設備)を有する発電事業者154社(2022年5月19日~6月10日)。そして回答があったのは56社(61設備)。それらの会社が利用しているもしくは利用予定の燃料の内訳は、輸入木質ペレットもしくは木質チップが36社、PKS(パーム椰子殻)が30社、国産木質チップが21社、その他が2社となっいる。

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ここで気をつけたいのは、出力1万kw以上であることだ。気づいた人もいるだろうが、これまで日本各地に「林地残材を使って発電します。だから林業に貢献します」と言って建てられたのは、だいたい5000~6000kw級なのだ。そこが入っていない。

実は、5000kw級以上というのは、林地残材を使うという前提だった。すると、この規模にしないと採算に合わない。これ以上だと燃料の残材を集めるのが難しいとされた。
ところが、現実はこのクラスでも燃料となる木材は6万トン、10万立方メートル以上必要なのだが、なかなか集められない。集めやすい林業地の道沿いは1、2年目で底が尽き、その後はより奥地から集めることになる。それでは採算が悪化する。だから産廃をこっそり混ぜている業者も多数いるようなのだが、開き直って1万トン以上にすると、今度は一般木材を燃料にしても採算が合う。FIT価格は安くなるが、燃料を海外調達する前提となるからだ。つまり、記事にもあるPKSや木質ペレットである。そこに石炭混焼も加えている。それがアンケートの対象なのだ。

さて、この前提の上で出た結果だが……回答率が低い(-_-;)。それにまだ稼働していないところも含むから、現状と言えるのかどうか。(事業者の)希望的予定なのかもしれない。

このあとは、皆さんも分析してみてほしい。私も、じっくり考えてみるよ。

ちなみに、このページから飛んだ別のところにあった言葉。

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面白いねえ。

 

 

2022/08/01

万博の木造建築は世界最大か

2025年大阪・関西万博の運営を担う日本国際博覧会協会は、会場となる人工島「夢洲」に建設する1周約2キロのリング状の大屋根を木造でつくる予想図を発表、世界最大級の木造建築になる予定だとか。屋上からは海を見渡せる予定。この大屋根を「会場のシンボル」と位置付けている。

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総工費は約350億円。来春から工事が始めるそうだが、出展されるほとんどのパビリオンは、大屋根の内側に配置される。大屋根をデザインは、建築家の藤本壮介氏。一部が水上にせり出し、建築面積約6万平方メートル、高さ12~20メートルとなっている。

よく世界最大の木造建築というと、奈良の東大寺大仏殿が上げられる。あるいは高さだと京都の東本願寺阿弥陀堂とか。しかし、単純に大きさを言えば、海外にもっと大きなものがたくさんある。記憶では、スペイン南部のセビリアに誕生したメトロポールパラソルという複合ショッピングセンターとか、アメリカオレゴン州のティラムーク航空博物館とか。今回の建築物の大きさは、それらとちゃんと比べてほしい。

ところで以前の大坂万博では、大屋根を鉄骨でつくり、それがシンボルの予定だった。ところが、そこに岡本太郎の「太陽の塔」が屋根をぶち抜いて設置したため、もはやシンボルは「太陽の塔」になってしまったが……。実際、万博後に残されたのは、大屋根ではなく塔となっている。

今回は、終了後に解体して移設することも考えて、組木工法で建てるそうだ。世界最大級の木造建築物をどこに移設するのか……。

そもそも肝心の材料の木材はどこから調達するのか。国産で、という声は強いが、果たして調達できるか。太さは集成材だから気にしないとしても、また特需を生み出すのだろうな。本当は、そうした特需を利用して構造改革を勧めればよいのだが、今の老衰している日本に、そんな発想や余裕はあるだろうか。

いっそ、太陽の塔に相当する斬新なモニュメントを提案する人が出てきてほしい。かつての万博は、ある意味エネルギッシュで、型破りな発想も取り入れる余地というか余裕があった。

 

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