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森と林業と田舎の本

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2022/09/12

国産材の「安定供給」試論

林業振興、あるいは日本林業の弱点という話題になると、「国産材は安定供給ができない」という意見が出る。

ようするに注文する側(木材消費側)からすると、木材が欲しいときに、どこそこの業者あるいは市場が、さっと供給してくれるのを願っている。注文したときに、いつも同じように在庫がないと使いにくい、だから外材に流れる……という意見である。いつでも注文したら、さっと揃えて納品してくれるのなら国産材を使うよ、と言いたいらしい。

そこで対策として国産材の供給力を増やす、大量供給することで品切れを抑えるという発想になるのだろう。それが安定供給だと。

まあ、たしかに国産材が安定供給できていないのはその通りで、それが国産材需要が伸びにくい理由の一つなのもその通りだと思うが、その対策が大量供給というのは安直ではなかろうか。

「安定供給」を文字通り捉えたら、出荷量が安定していること。毎年、季節にこだわらず、できる限り同量出荷されて在庫もあることだ。

だったら、何も量を増やすことと同義ではない。出荷量を安定させればよいのなら、林業現場(事業体ごとか、市場など産地レベルか)で計画的な生産をすれば、可能である。むしろ闇雲に増産して供給力を増やしたら、常に在庫を多く抱えることになり、それは値崩れを起こしかねないし、少なくても在庫コストが上がる。また大量生産は林道・作業道の開削や機械類の購入、人件費……などのコストも上げる。そして資源量の減少と山地崩壊の頻発も招きかねない。

一産地の生産量が小さくても、そこからは常に一定量が出荷されることを周知させれば、発注する側も計算できる。そこだけで足りなければほかの産地と抱き合わせることで量を確保すればよい。ちゃんと、どこにいくら在庫があるか、という情報を告知されていれば融通できる。どうしても足りない分は外材でもよいが、スポットで購入せず計算して輸入すれはよい。山側もその方が供給側もコスト減になって利益を確保できる。

そうなれば国産材全体の生産量を増やさなくても、確実に品は捌ける。むしろ供給量が絞られた方が、売り手市場となり価格決定権を手にできるだろう。それなら外材を頼ると言い出す建設業者もいるだろうが、今や外材自体が手に入りにくくなっている。価格も高い。そんなに思い通りにできないのだ。使用するのは国産材か外材か、はたまた鉄筋コンクリートかと悩むのは発注側に任せておこう。林業側が言いなりに増産しなくてよい。むしろ売り手市場にすべく駆け引きしなくてはならない。

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OPEC(石油輸出国機構)は、常に原油生産量を、世界の需要量の少し少なめに保とうとしている。その方が高値を維持できるからである。現在、ロシア原油の禁輸を進めたことで石油が足りないと欧米はOPECに圧力をかける……いや、増産をお願いしているが、なかなか応じないのは、まさに駆け引きしているのだ。最大の産油国サウジアラビアは、アメリカの懇願で多少の増産はしたが、景気悪化で石油需要が減少しそうと読むと、すぐに減産に切り換えた。したたかである。

木材が高値で困る、という買い手、つまり建設業界の言いなりになる必要はない。むしろ「40年前は、今の5倍した」と脅せばよい。

各社バラバラで疑心暗鬼の塊の国産材市場に、そんなディールは望むべくもないが、決して増産だけが安定供給ではないのである。

そして木材生産量を絞ることは、森を大きな炭素の在庫に仕立てることである。(木を伐らないとCO2吸収量は減る、なんて林野庁のデタラメを信じてはいけない。)伐採量を減らし皆伐を少なくすれば、森林生態系は守られ、生物多様性の維持、山地崩壊など災害の防止にも貢献するだろう。

ま、そんなこと論じても、自分は損したくない、自分だけ儲けたい……と業者は連帯などどこ吹く風と抜け駆けするのだろうけど。。。

 

 

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コメント

「安定供給」について、大手の建材会社などがなぜ国産材を使わないのかと言えば、多額の設備投資をして多数の雇用をしている工場を絶対に止めるわけにはいかないからです。外材であれば、それが海を渡ってきたとしても、発注したボリュームを納期までにコンスタントに納入できます。「安定供給」に問題を抱える国産材ではそうはいかないです。

実際のところ、国産材に対しても必要量の「安定供給」が確約できるなら、今よりずっと高い価格で買いますよと言う業者はいくらでもいます。中国など海外もです。しかし、国産材ではコンスタントな大量供給はできないので、そういう受注を逃しています。国産材が相対的に安く買い叩かれるのは、つまるところボリュームが集まらないからと言えるでしょう。

「闇雲に増産して供給力を増やしたら、常に在庫を多く抱えることになり、それは値崩れを起こしかねない」のような話は確かに昔ありましたが、今は需要に対して全く応えられないのが状況です。

ヨーロッパ(例えばオーストリア)のような真に高性能な林業機械と道があれば、環境にも十分配慮しつつ効率的な生産ができるのに(実際にやってます)、日本には名ばかりの高性能林業機械(本当は低性能)とフォワーダ前提の作業道・作業路しかないから、山を破壊するようなめちゃくちゃな皆伐をせざるをえない状況です。それがいいことであるはずがありません。

大規模林業も日本には必要であるし、そもそも規模が問題なのではありませんね。何が悪いのかを冷静に考えてほしいです。

相変わらず「業界脳」ですね。工場を止めないためとか、雇用を維持するためという理由で大規模伐採をするという発想が、そもそも間違っている。林業・木材産業のためなら森林を破壊してもよいと言っているのと同じです。逆ですよ。森林を保つために必要なら林業はなくてもよいのです。
将来森林がなくなるか劣化すれば、林業そのものが存続しませんしね。日本の地質や生態系を考えれば、大規模林業はほぼ必要ないです。

よく経済の議論をする人たちは、「生産効率」を問題とします。大型機械が国内に導入されたときも、ドイツでは時間あたり何立米の木材を生産できているとして、その生産方法を勧めます。機械の生産効率は確かに時間あたり大きいかもしれません。しかし、その機械がどれだけ稼働し続けるかの肝心なところはころっと抜け落ちています。
ドイツの林業家のインタビューでこう説明していました。高価な機械を償却させるためには夜間も休みなく作業する必要があるとのことです。交代で作業し、長期間それだけ作業し続けられる林業地があるという前提が必要なのです。
この肝心な前提を全く無視して表面的な真似をするだけでは失敗するのは当然です。補助金で導入した機械を稼働させる林業地がなければ少しでも機械の償却をするために盗伐も行うことになります。そしてその元の原因を作った行政はそれを見ていないふりをすることになります。
もはや救いようがありません。

生産量や生産効率ばかりを意識するのは、古い林業ですね。世界中の資源が縮みだした状況を理解していない証拠でしょう。
もう飽食の時代は終わり、限られたパイをいかにロスなく分けて利益を高めるかを考えなければなりません。林業の規模の拡大は、未来の資源の先食いにすぎないので、次世代から恨まれることになるでしょう。

林学は「森林の保続」に原点を発しているはずなのに(その究極点が「法正林」)、経済が絡んでくると利益優勢で保続不可なほど伐採してしまうんですねすよね。これは林学が発達したドイツでも産業革命時にはそうなったし、日本も戦後の好景気でそうなった。そろそろ、歴史に学んでもらいたいところですが....

法正林とは対極の理論のように見える恒続林も、どちらも「森林の保続」原則を守ることが大前提ですね。いや、すべての林学は保続を目的にしていたはずです。鉱山のように掘り尽くしたら別の場所に移っていく産業ではないのだから。

でも、今の林業の多くがそれを守っていないのだから非科学的です。

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