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森と林業と田舎の本

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2023/04/12

「本草綱目」とごちゃ混ぜの学問

このところ朝に早く目が覚める。年のせいか きっと夜明けが早くなり、光が差し込むからだろう。そうに違いない。しばらく布団の中で粘っても仕方なく起きる。すると、7時15分からBSで「あまちゃん」を見ることになる(^_^) 。

面白い。いやあ、何度目かになるのに新鮮だ。今のところ、本番の朝ドラ「らんまん」より面白い。

と言いつつ、本日の「らんまん」は別の面白さがあった。『本草綱目』が登場したのだ。中国の植物全書というべきか、正確には薬学書だろう。主に植物の利用について網羅している。完成は1600年以前なのだから、まだ江戸幕府も成立していない時期に1800種以上の植物を調べ尽くしたのだからすごい。そして日本は、それを明治になっても使っていたということからも、空前(絶後)の書物だったのだろう。

日本では、まず『本草綱目』に載っている植物が日本のどの植物かを決める「名物学」があったそうだ。(植物だけではなく動物も含む)当時は、中国にあるものは日本にもある、と思い込んでいた、地理的な植生の違いは想定外だったのではないか。つまり、現代の外来種問題も想定外だろう。

それでも日本独自の植物も発見してやがて「大和本草」(貝原益軒著)という本も出た。絵入りにもなった。さらに研究も進んで「本草学」へと進化したのだろう。日本の薬学書・植物図鑑というべきか。ただ私が興味を持つのは、植物を利用の観点から研究した本草学も、幕末頃にはより存在の面白さそのものを突き詰めた「博物学」へと発展していたことだ。そこには植物だけでなく動物、鉱物、そして妖怪まで含んだコレクション的な学問?になっていく。今なら生物学から岩石学、地質学、民俗学まで引っくるめたような世界。

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松山本草(森野藤助)

もちろん、明治になって西洋から近代科学としての「植物学」「動物学」「岩石学」「地質学」……あるいは「民俗学」「民族学」「文化人類学」などが導入されることで本草学は姿を消していくのだが、博物館という言葉は残されるように、何か魅力的。

私としては、もっと「博物学」を現代に蘇らせられないかと思う。だって、楽しいもの(^_^) 。学問というよりオタクのコレクションと観察日誌みたいで、好奇心だけの世界だ。植物学も、さらに分類学や生理学、生態学へと細分化されていくのだが、それは研究者に任せて、もっと広く全部ごちゃまぜの自然に対する興味を包含する学問分野があってもよいと思う。それが学問かどうかもわからないが……。牧野富太郎は、まさに本草学から入って、博物学を飛び越えて植物学、そして植物分類学へと発展させたのだろう。

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和州吉野郡中物産志(畔田翠山)

実は幕末に現れた紀州藩の畔田翠山は、全国を歩いて本草学を究めた巨人だが、その書物をひもとくと、植物以外も多く登場する。多いのは魚類だが、昆虫もいるし、さらに動物も登場する。オオカミとヤマイヌは別になっている。ツチノコも記載がある。さらに山女なども記されているから、その頃は妖怪もいたのだろう。。。。

それは本草学から博物学へと進んでいるのだが、なかには植物の生える環境を記したものもあって、もう一歩で生態学へと発展したのではないか、と思わせる記述もある。興味は高まれば学問に昇華する。私は、勝手に牧野富太郎がやりたかったのは博物学だったのではないかと思っている。それが植物分類学へとオタク度を強めていったのではないか。

でも、素人の楽しめるごちゃ混ぜの博物学も残しておいてほしい。

 

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