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森と林業と田舎の本

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2023/08/13

製材の川流し?

お盆も仕事をしている私。

来週に仕上げる予定の原稿に関わる写真を眺めていて、ふと疑問が湧いた。

25_20230813162601

これ、吉野というか、戦前の奈良県上北山村の林業なのだが、川で木材を流そうとしている様子。管流しなのか、筏を組んで流すのか、と眺めて拡大していると、ふと奇妙なことに気付く。

2_20230813162701

これは中央部の拡大写真。流そうとする木材は,製材された角材ではないか? 少なくても丸太には見えない。それも近くにいる人と比べると、かなりのサイズ。大木から切り出した角材だ。本数もかなり多い。

しかし、製材したのに川を流したら、少なからず傷むだろう。せっかくの製材を台無しにしてしまうかもしれない。川の水の量も多くないから、筏にはできなさそう。一本ずつ流す(管流し)か? 人は乗るのだろうか。そもそも下流まで流せずロスになる可能性だってある。

では、何をしている写真なのだ。川が氾濫して、川沿いにあった製材所から製材が流れ出たのを回収しようとしている……そんな馬鹿な。それを撮影して保存はしないだろう。

製材を川を使って輸送するなんてこと、あったのだろうか。

なお上北山村は、吉野川流域ではなく北山川の源流部で、その下流は熊野川に合流する。そして河口の新宮にたどりつく。そこには違った林業があったのだろうか。別に記事には影響しないけど、不思議な気がするのだ。誰か真相を知っていません?

 

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コメント

島田錦蔵著「流筏林業盛衰史」によると北山川(熊野川支流)水系では、河口の新宮市で製材業が発展するまで杣角で流筏することが一般的だった模様です。明治時代には、板材でも筏を組んで流していたとの記載もあります。

ありがとうございます。たしかに「流筏林業盛衰史」にそう書いてあると教えてくれた人がいました。

意外ですよね。なぜ製材にしてから流すのか。何か利点があるのかわからない。かさは減るでしょうが、水量が少なくてその方が流しやすいのかな。

木曽式伐木運材図会【上巻】の9.御山厘(おやまりん)之図で現地で製材している様子が描かれていますが、やはり運搬を楽にするためだったようです。流水の力を借りるといっても、そこまで持ってくるには修羅など組めなければ人力でしょうから少しでも軽量化したかったのではないでしょうか。それに、山元で簡易製材しておけば、川下で製材したときにいわゆる2度挽きのような効用もあり経験的にやられていたのではないでしょうか。(推測ですが)

木曽林業の絵にも製材を流しているという指摘はあったのですが、川流しの手間よりも、川辺に運ぶまでの重量を減らす意味はあったのかもしれませんね。
川下の製材の手間を減らす意味もあったのかもしれない。二度挽きは欠かせなくなると思いますが。

こうした古い写真からいろいろ考えるのも面白いですね。

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